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今、バンコクの東のはずれではバンコク新国際空港(スワナプーム空港)が建設中です。度重なる開港延期の末、現在のところ来年半ばにオープン予定。なんでも9/29には離発着試験が実施されるとか。タクシンさん、本当に大丈夫でしょうね?(笑)その新空港とバンコク中心部を結ぶ高速鉄道の建設工事も始まったそうですね。きっとバンコク在住の方は工事渋滞に悩まされていることでしょう…。この写真は国鉄のパヤタイ駅付近から東側を撮ったもの。ほぼ頭上にはBTSのパヤタイ駅もあります。私はてっきり、その高速鉄道、このパヤタイが終着駅になるんだと思ってました。頭の中ではこの辺に高架の駅ができるんだろうなーと勝手に想像までして。が、違うんですね。終着駅は「マッカサン」と新聞報道にはあります。どうせならあとちょっと、パヤタイまで伸ばしてくれればずっと便利になるのに!マッカサンまで、ということは、ラチャプラロップ通りを越えないということですか。うーん、なんだか中途半端ですね。ま、いずれにしても新空港開港&高速鉄道開業でこの周辺は様変わりしそうです。私の予想を2つばかり…・空港へのアクセスの容易さから、安めのアパートが集まるソイ・ランナムやラチャプラの 日本人人口がさらに増加。でも賃料の便乗値上げで現在主要な住人層の語学留学生・ 現地採用組には住みにくい環境になる可能性も。・現在買出しアフリカ人の溜まり場となっているプラトゥーナムの安ホテル群が、 第3のカオサン化するかも。それに合わせてパブや土産物店が増え、一大歓楽街化もありうる?2つめは、大胆過ぎる予想ですね(笑)
2005/08/30
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バイト先の研究機関には、タイ語が流暢な日本人職員がいることは、以前ちょっと書きました。その人、何故タイ語が上手なのかと思ったら、随分前にタイの大学の研究室に数年いたことがあるんだとか。どうりで上手なわけだ。で、その人が先日、娘さんを連れてきました。小学1年生。可愛い盛りです。「お名前は何ですか?」と私が聞くと、○○○と返ってきました。思わず聞き直してしまったほど、珍しい名前です。日本人の名前としておかしくはありませんが、初めて聞きました。なので、当のお父さんに、どういう意味なのか尋ねると、「インドの言葉で”孔雀”の意味なんです。タイでもそう言うでしょ」さすが、奥が深いネーミングです…早速タイ日辞書で見当をつけて探してみると、ありました。確かに"孔雀”の意味で、パーリ語源であることが記されています。こういう名前っていいですよねー。日本でもタイでも使える名前。私もタイ語を勉強していて、実は以前ひらめいた名前があるんです。それは”あかね”タイ語で”東南アジア”を”エーシア・アーカネー”というその”アーカネー”と音が似てます。この言葉もインドのサンスクリット語源。我ながら妙案だと思っていたのですが、タイ人いわく「ダサイ名前」だとか(泣)いつか自分に子どもができることがあったら、そんな日タイ共通で使える名前をつけたいです。あ、職場の人の娘さんの名前を○○○としたのは…私も拝借しようかなーと思うほど、いい名前だったので(笑)
2005/08/28
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「全然メールくれないけど忙しいの?」先日、またタイ語メールが届いていました。今度は3月に3年半ぶりに再会した子(3/18の日記参照)から。以前シーナカリン・ウィロート大学で一緒の授業を取って知り合ったのですが、彼女はその後、他の大学に入り直し現在、理学部の海洋学専攻で津波を研究中の4年生。そんな頻繁にメールやりとりするほど仲良くないだろ~(笑)とか思いつつも返事を書くと、早速またメールが。「日本の大学院に進学しようと思っているんだ。」 うんうん、津波研究の先進国で学びたいって言ってたもんね。「それで university of tokyo に行きたいんだけど」 おーい、それって「東京大学」じゃん! そんなにサラリと言うなー!「そこって奨学金あるのかな? ちょっと調べてくれない?」 …そんなこったろうと思った(泣)タイで自分の大学の留学課で聞いた方が、いい奨学金が見つかるんじゃないかなー。日本の文部科学省のとか、それこそゴー・ポー奨学金とか。チュラ大だったら理系の先生になるための奨学金もあるって聞いたことあるし。でも奨学金で悩む前に…東大にどうやって入るかを考えた方がいいような(汗)
2005/08/27
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実は今、卒業前にタイへ行って来ようと計画中。しかし旅費は貧乏学生にとってバカにならない金額。そこでせっかく行くからには、しっかり元を取って来なければなりません!まずはいずれ購入予定のものを、安いタイで仕入れて費用節減。卒業式用スーツは、タイで作る。ビタミンCなどの常用サプリもタイでまとめ買い。DVDやタイ・ポップスのCDもタイでごっそり買う。う~ん、これだけではまだまだ旅費が浮くまでには届きませんなー。で、いっそ習い事もこの機会にしちゃおうかな、と。実は去年の滞在時には、PC教室に通って「フォトショップ」を習ったんです。タイ語での説明がチンプンカンプンかと思いきや、PCを操作しながら教えてくれるし、ソフトのメニューは英語だしで、なんとかなっちゃいました(笑)なので今回も、何かソフトの使い方を習って来るのもいいかも。この手の講習、日本では高いですもんねー。これで旅費が浮くかな。そういえば、PC教室以外にもタイで習い事に通ったことがありました。ワット・ポーの学校でマッサージシーロムの料理学校でタイのお菓子作り外国語学校で中国語上の2つは、タイ語があまりできなくても問題ありませんでしたね。こう挙げてみると、PC教室じゃなくて、他のものを習うのもいい気がしてきました(汗)何か短期で習える面白いものないかな~。ちょっと調べてみます!
2005/08/25
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今日はなぜか竹亭さんのところでもlatina1500さんのところでもチン事が話題になっているので、ついでに私も便乗します(笑)あれはもう10年近く前、チェンマイへ旅行に行った時のこと。温泉があるというのでわざわざ入りに行きました。場所は、かなり町からはずれた大きな公園(?)の一角。ちゃんとした建物の中にあって、入口受付でスタッフの女の子に料金を払ってから入りました。客はなんと私だけ。まーあんな昼間っから来る物好きは普通いないんでしょう。日本の銭湯のような感じでした。浴槽はジャグジーになっていて気持ちいいです。上がって体を洗って、ふと後ろを振り向くと、浴場のドアが少し開いてるのに気付きました。「あれ~? さっき入るとき確かに閉めたはずなのに」するとドアの隙間の向こう側から、さっきの受付の子が覗いてるじゃあないですか!私と目が合うと、恥ずかし気にはにかんだ顔をして、そそくさと消えていきました…「自分は覗かれたんだ」と気付くまでに時間がかかりましたよ(笑)あんな経験、後にも先にもそれっきりです。
2005/08/24
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どこの大学でもシンボルの建物ってありますよね。チュラロンコン大学だと大講堂でしょうか?タマサート大学の場合は、「アーカーン・ドーム」という名のこの建物。日本語に訳すと「ドーム棟」とちょっと味気ない名前です(笑)元々は4棟の軍の建物だったものを、繋いでドーム状の屋根を乗っけたことからこう呼ばれているようです。その後2棟だけの姿になって今に残っているとか。で、今は何に使われているか? 私も知りません…(汗)この建物についてですが、他の調べ物をしていて、偶然面白い写真を見つけました。下の写真です。1973年の「10月14日事件」の際のものですが、よーく見ると、この建物がチャオプラヤー川に面して建っています!ということは、後になって川を少し埋め立てて、キャンパスを拡張したんですね。以前紹介した「プリーディー・パノムヨン図書館」も、元々は川だった所に立っているということですか。本がしけっちゃったりしないんでしょうか?(笑)
2005/08/23
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すっかり忘れていた大学院に入るまでを書こうと思います。前回は7/23の日記だったので、ほぼ1ヶ月ぶりっす(汗)書類審査はなんとか合格し、いよいよ第二次選考(論述試験&面接)の当日。まず論述試験です。以前仕事の関係で偶然知り合った現役学生さん(5/12の日記参照)から「論述試験のテーマは、大雑把過ぎて対策は立てられませんよ~」とのアドバイスをもらっていたので、もう開き直って臨みました。で、出題されたテーマは、『20世紀国際関係における特質について述べよ』こりゃ対策立てられんわ…(笑)どんなこと書いたかイマイチ覚えてませんが、強引にタイと結びつけて書いたような。その後引続き、面接へ。呼ばれて部屋に入ると、なーんと憧れの先生が再びおられるじゃぁないですか!「オープンキャンパスの時いらっしゃいましたね?」おぉ、覚えていてくださったなんて涙が出るほど嬉しいですよ。で、色々聞かれました。将来どうしたいのか。今の給料はなんでそんなに安いのか(汗)。入学したら仕事はどうするのか。なぜタイの法律について研究したいのか、などなど。最後に先生はこうおっしゃいました。「もし合格したら、入学までにタイの法律の一本でも翻訳してきなさい」ぐわっ…。そ、そんな入学前から厳し過ぎるっすよ~。大学院生活の厳しさを予感するようなご指示でした。何が決め手だったのかよくわかりませんが、結局合格することができました。壁に突き当たった現状を変えるには、進学しかないと思って受けた大学院。もし落ちていたら、将来の展望が描けなかったので、本当に嬉しかったです。しかもあの先生のゼミに入ることができるなんて!と、喜ぶのもつかの間、入学まではタイの法律の翻訳で苦しんだのでした(笑)でもその時に得た知識のお陰で、修士論文の資料収集がスムーズにできたので、やっぱり先生に感謝です!それで2003年秋から仕事を辞めて、晴れて大学院生となったのです。大学院入学までの話はこれにて完結。今後は入学後のことも少し書いていこうと思います。
2005/08/22
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こうも日差しが強い日が続くと、気付かないうちに日焼けが進行しているんだろうなー、と思う今日この頃。今日も真正面から照りつける日差しが顔に当たるのを、無意識のうちに手のひらで遮って歩いてました。で、ふと気付いたのです。こんなことやってる男って私だけじゃん(汗)ついついタイに住んでいた時に身についた習慣が出てしまいました。タイ人って、日差しを手やノートで顔に当たらないようにして歩くじゃないですか。信号待ちでは、柱の細~い陰に苦労して隠れたり(笑)そんなタイ人に接しているうちに、知らず知らず私も同じ振舞いをするようになってました。それにタイ人女性は色白の男性が好みということも私の日焼けを避けようとする行動に拍車をかけ(笑)日本では、まだ真っ黒に日焼けするのが流行ってるんでしょうか?最近の若い人のことはよくわかりませんけど…(汗)その他にも、日本では常識として疑いもせずにしていた振舞いが、タイに住んだお陰で、日本国内でしか通用しない常識なんだと気付いたことが多々ありました。それを学べただけでもタイにハマッた甲斐があったかな、と思います!
2005/08/21
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今日は数多く出版されているタイ語入門学習テキストの中から私がこれなら良さそうだと思うものを独断と偏見で紹介したいと思います!らくらくタイ語文法+(から)会話改訂版(CD付き)著者: 田中寛 出版社:国際語学社 本体価格:2,300円 (税込:2,415円) 初級レベルで必要な知識を網羅していて、説明もわかりやすいです。CD付きなのも、発音がとても大事なタイ語学習には嬉しいのでは。難を言えば、文字学習について全く触れていないのが残念!ちなみに著者は大東文化大学の先生。この大学は毎夏、学生を集団でチュラ大文学部に短期留学させ、日本語専攻の学生と交流の場を持っています。羨まし~!(笑)タイ語の基礎(CD付き)著者: 三上直光 出版社:白水社 本体価格:4,300円 (税込:4,515円)内容的には市販テキストの中で最も完璧に近いのではないでしょうか。「ペン」と「クー」や関係代名詞「ティー」「スン」「アン」の違いなどをやや掘り下げて説明しているので、疑問点が明快に解決します。が、言語学の知識がないと文章がやや難解に感じます。さらに「入門学習テキスト」というより「文法解説書」といった感じで、「電話での会話」や「類別詞」の説明がありません(たぶん)。また可能の「ダイ」が最後に近い課で登場したり。なので入門者向けには不適と思います。中級以上の方が復習に使うのに最適でしょう。実用タイ語会話(1)再訂版著者: 佐藤正文 /ワッタナー・ウティチャムノン出版社:泰日経済技術振興協会/スリーエーネットワーク本体価格:3,883円 (税込:4,077円)たぶん最も定評があり最も使用されているテキストでしょう、私もお世話になりました!これで最後まで学べば、初級の知識はしっかりつきます。が、このテキストの難点は、重い! 古い! 別売りテープが高い!(苦笑)そんな声を受けて近々内容刷新の噂も。ま、とりあえずこれで学べば間違いは無い、という無難さNo.1テキストです。今すぐ話せるタイ語(入門編)Ver.2(CD付き)著者: 水野潔 東進ブックス 出版社:ナガセ 本体価格:1,800円 (税込:1,890円) 大事な基礎知識が簡潔に読みやすくまとめられているので、人気が高いようです。旅行に行った際に、少しはタイ語を使えるようになりたいという方にオススメ。構成は「学習入門書」というより「日常&旅行会話集(簡単な説明付き)」といった感じ。じっくり学びたい方には文法や表現の説明が物足りないかも知れません。CDエクスプレスタイ語(CD付き)著者: 水野潔 /鈴木玲子 出版社:白水社 本体価格:2,200円 (税込:2,310円) 東京の伝統のある某教室で使用されているテキスト。長年タイ語教育をしてきた方が執筆しただけあって、学校用テキストとしての使用に最適な構成&内容です。難点を言うと、印刷文字がやや不鮮明な点と発音記号が併記されていない点が非常に残念。それさえ改善されればもっと売れるでしょう。私の目についた範囲では、この5冊がオススメです。でも、きっと他にも良いテキストがあるのでは。もしご存知でしたら教えていただけたら嬉しいです!!
2005/08/19
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今日メールチェックをしたら、何やらタイ語のメールが届いてました。最近在タイのタイ人の友達(この表現もなんか変ですが)がめっきり減ったのでタイ語メールなんて久しぶり。バンコクで旅行会社を経営している知人からでした。「昨日、日本で津波と地震があったそうだけど、大丈夫?」「地震」よりも「津波」の方が前に来ているあたり、津波被害の記憶が鮮明に残っているタイの人ならでは、といった感じです。やっぱりタイ人は津波について敏感になっているんでしょうね。今回の地震による津波は、幸いにもほとんどわからない程度のもの。そのことと、私のいた東京は全然大丈夫だということを伝えようと思います。さて、これから返事を書くことにします。タイ語メールを書くのも随分久しぶりな気がしますねー。勘が戻るかな…
2005/08/17
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タイ・バンコクへ旅行する時は毎回、宿泊先に頭を悩ませます。ちゃんと正社員で働いていた時なら選択肢は豊富でしたが、プー&学生生活中は、少しでも安いところをと考えます(ガマンガマン)。が、いったん贅沢な思いを経験していると、なかなかレベルを落とせないもの(泣)落とせてこのレベルかなー、という私の限界レベルのホテルは、第2のカオサンとも呼ばれる、ソイ・カセムサン1にあります。交通の便がいいですし、MBK至近で快適な滞在生活を過ごせるので、ここ数年、短期旅行の際に時々お世話になってます。去年、日本から旅行に来た友人もそこに泊まってました。この写真は、その友人の部屋へ遊びに行った時に、窓から撮影したものです。目の前にはサイアム・ディスカバリー、BTSの高架線路の向こう側にはサイアム・スクエアが広がってます。もっと遠くにはウィッタユ通りのビル群が見えます。なかなかの夜景ですよね~。あの値段でこの夜景付きは、かなりお得では?でも、東向きの部屋でないとこの夜景は付いてきません(笑)ただ今、次回のバンコク行きはどこに泊まろうか思案中。まだ予定も立っていないのに~!
2005/08/16
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「ガティンデーン」の名は、栄養ドリンクとして有名です。でもその名はかつて、別のものの名として有名な時代があったんです。ガティンデーン = 職業訓練校生の暴力集団の名前として…時は70年代に遡ります。日本より一足遅れてタイでは学生運動の真っただ中。73年に起きた10月14日事件後、表現の自由が認められたため、運動は共産主義に傾倒し、労働者や農民も巻き込んで高揚していきました。10月14日事件で学生を中心とした民衆のパワーに脅威を感じた政府は、学生勢力の分裂工作に着手。その中心は陸軍影響下の国内治安維持本部に所属するスットサーイ・ハサディン大佐でした。スットサーイ大佐は、職業訓練校生の大学生に対するコンプレックスをあおって、見事分裂工作に成功。しかもその職業訓練校生で、学生運動に破壊活動を行なう暴力集団を組織したのです。そして結成されたグループが、そう、「ガティンデーン」でした。74年10月以降ガティンデーンは、学生らの集会のほとんどに対して殴り込みをかけたり爆弾を投げ込んだりしました。しかし政府側は当然、この行為を取り締まることなどしません。私はこの「ガティンデーン」の活動が、現在の職業訓練校間の過激な抗争事件のルーツでは、と思っています。元の火種は政府が作り出したのです。75年3月にククリット政権が成立すると、学生運動に対する本格的な弾圧が始まりました。その手段がまた暗殺やら集会への爆弾投げ込みやら、もうメチャクチャ。75年8月20日には、ガティンデーンのメンバー数十人が、共産主義者のアジトとなっているとの理由で、タマサート大学講堂に爆弾を投げ込んでいます。そして76年9月、10月14日事件で国外追放になったタノーム元首相の帰国で急展開を迎えます。帰国反対のポスターを貼っていた2人の電気公社職員が暗殺された上に吊るされる事件が発生。この暗殺を風刺した学生の寸劇がタマサート大学の反対集会で上演されました。すると右派系新聞2紙が、暗殺された職員役の学生の顔が、皇太子の顔に似ているように見える写真(故意に修正したとの説も有り)を掲載して、王室を侮辱する行為だと非難する記事を載せました。実はそのうちの1紙は、「ダーオ・サヤーム」だったのです。そう、後に栄養ドリンク「ガティンデーン」の生みの親となるチャリアオ・ユーウィッタヤー氏が買収した新聞社です。このあたりに何らかのつながりが感じられませんか?76年10月6日、この写真を口実に、「国王制度を破壊しようとしている国賊」であるとして、タマサート大学内でタノーム帰国反対集会を続けていた学生達を、大量に動員された民衆が包囲し、その中で警察と国境警備警察による弾圧が行なわれたのでした。もちろんガティンデーンも加勢しました。これが死者530人と言われる「10月6日事件」です。この事件を機に多くの活動家はラオスのジャングルに逃げ込み、学生運動は下火となったので、タイ版「東大安田講堂事件」と言えるのではないでしょうか。そして、栄養飲料「ガティンデーン」の販売開始はその5年後の81年のこと。市民にはこの職業訓練校生の暴力集団「ガティンデーン」のイメージがまだ生々しく残っていたはずです。それでもこの名を冠したということは、この暴力集団に対して市民はマイナス・イメージを持っていなかったということなのではないでしょうか。当時の学生運動は、共産主義と密接に関連していました。しかし多くのタイ国民は、共産主義=ポル・ポトの大虐殺、というイメージを抱き、タイの共産主義国化に恐怖心を持っていたので、ガティンデーンの行動を肯定していたのかも知れません。栄養飲料「ガティンデーン」のネーミングにこの暴力集団が関係するのか証拠はありません。しかし「ダーオ・サヤーム」の件といい、インパクトあり過ぎのこの名を敢えて使ったことといい、関係が無いという方が不自然だと思いませんか?このような歴史を見てみると、栄養飲料「ガティンデーン」のパワフルな効き目とロゴは、激動の70年代のタイの香りを現代に伝える役目を負っているような気がします。調査不足で突っ込みが足りない点もありますが、これにて「Red Bull秘話(?)」は完結です。最後までお読みいただきありがとうございました。<参考>・村嶋英治「1970年代のタイ国における学生運動と共産主義」『アジア経済』XXIII-12, 1982年・アートーン・チャンタウィモン編『タイ国史』チュラロンコン大学ブックセンター, 2003年(タイ語)・2519.net(タイ語)
2005/08/10
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かつて聴講生をしていたバンコクのシーナカリンウィロート大学は、スクンビットのソイ23を突き進んでいった突き当たりにあります。チュラロンコン大学と比べるとかなり手狭なキャンパスですが、それでも図書館、売店、わりと美味しい食堂などなど、施設は充実してます。さらに嬉しいのは、キャンパス内の駐車場で毎週木曜日にマーケットが開かれていたんです。よくタイのお菓子を買ったものです。今年3月の滞在時、木曜日に時間ができたので久しぶりに行ってみました。すると、あれっ? 無い!! マーケットが出てない!!ガックリしながら食堂で食事をしていると、その裏側がなんだか騒がしいことに気付きました。ん? 何だろ?なーんと、マーケットがキャンパス外側の路地に引っ越して、しっかり開いてるじゃあないですか!!より広いスペースになったので、規模が何倍にも拡大してました。しかもツーリスト・ポリスの人が巡回してくれてますし。場所柄、日本人駐在員の奥様方の姿が目立ったのも以前と変わらない光景(笑)ま、とくにこれといった見所はありませんが、ブラブラ歩きながらお店を覗くだけでも楽しいものですよね。
2005/08/09
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昨日の第1話で、ガティンデーン(Red Bull)はタイ発祥であることを書きました。今回は、オーストリアとの関係と海外進出について書こうと思います!ガティンデーンがタイで発売開始された翌年の1982年、オーストリアの富豪Dietrich Mateschitez氏は、タイに来て飲んだガティンデーンを気に入りました。そして(恐らく)香港のマンダリン・ホテルのバーでくつろいでいる時にオーストリアで販売したいと思い立ったのです。1984年、ライセンスを買い、オーストリアでレッドブル社を設立。株式の49%を自らで取得し、残りはチャリアオ・ユーウィッタヤー氏が49%、息子のチャルーム・ユーウィッタヤー氏が2%を保有することに。Mateschitez氏は、ガティンデーンをコカ・コーラのような世界的な飲料にしたいと考えたようです。1987年に、ガティンデーン(赤い野牛)を英訳した「Red Bull」の商標でオーストリアでの販売を開始しました。そして1992年にハンガリーでも販売を開始したのを皮切りに海外展開を開始し、現在では世界100ヵ国以上で販売されているそうです。 オーストリアのレッドブル社は、「Red Bull」の欧州、米州、豪州各国へ向けた製造・販売のビジネスを担当する「本社」とのこと。恐らくは、チャリアオ氏のT.C. Pharmaceutical Industries社は、タイを始めとしたアジア地域での製造・販売を担当する「本社」なのでしょう。ベトナム、中国、インドネシアに「ガティンデーン」の製造工場建設の投資をしていますが、それはこのタイの本社が担当と思われます。なので、ガティンデーン(Reb Bull)は、「タイのもの」というのも「オーストリアのもの」というのも、両方とも正しいのです。オリジナルのルーツはタイ、世界に広めたのはオーストリア、というべきでしょう。ちなみに米ビジネス誌「Forbes」が発表した2005年世界長者番付(World's Richest People)によると、タイのChaleo Yoovidhya氏 :292位オーストリアのDietrich Mateschitz氏 :321位とのことです。あのコテコテの栄養ドリンク「ガティンデーン」で2人も長者番付入りするとは、なんとも意外ですよね(笑)次回は番外編として、もう一つのガティンデーンに触れたいと思います!<参考>Red Bull.com(英語)MrThaijob.com(タイ語)Wikipedia(タイ語)vcharkarn.com(タイ語)
2005/08/06
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ガティンデーン(Red Bull)誕生の歴史を追って見てみることにします~!ネットで情報収集したのみなので、正確さに欠ける部分もあるかも知れませんが…1956年のタイ。中国系タイ人のチャリアオ・ユーウィッタヤー氏が、TCファーマスーティカル(T.C. Pharmaceutical)合資会社を設立したことが、そもそもの始まりです。この会社は、主にイギリスからの医薬品輸入販売と、ドイツから製薬工場向け原料としての化学薬品輸入を行ないました。しかしその後タイの商標で売るために、外国の企業を使って製薬を行なう方針へと変更。この事業は評判となり他社も追随したため、瞬く間に競争が生じ、利益が出なくなるという結果に。そこで、国内に自社の製薬工場を設立。自社製医薬品で成功を収めました。よく知られている(とくに地方で)ものに、炎症を抑える抗生物質「TC-マイシン」があります。医薬品の他にチャリアオ氏は、化粧品製造にも進出。1965年にTC-マイシン・インダストリー社を設立し、「テットゥー」「ベビードール」の商標で化粧品を製造しました。シャンプー、パウダー、口紅、石鹸などのラインナップはクオリティーが高く、消費者からの反応が非常に良かったとのことです。さらにチャリアオ氏は、エネルギー飲料に注目。当時タイにおけるこのマーケットは、タイ国内で製造の我が「リポビタン-D」がダントツのトップシェア。大きく開けてタイ製品の「ポッピンディー」が二番手につけていました。同社は市場調査の結果、参入に勝機ありと判断。当時のエネルギー飲料は医薬品としての登録が必要でした(現在は、食品・医薬品委員会が食品としての登録を定めている)。同社は医薬品分野での経験と事業許可証があったので、研究に投資し、飲料の製造を行なって、マーケティングとセールスのテストを行ないました。1981年、力強く堂々と向かい合う2頭の野牛を商標にしたエネルギー飲料「ティーオープレックス・ディーサイラップ」(小瓶のガティンデーン)150CCが誕生しました。 その後ガティンデーンが短期で成功を収めた背景には、力をイメージする商標、覚えやすいスローガンの他に、他社製品と味の面で差別化したこともありました。他社製品の大部分は薬のような味だったのです。同社は消費者にアンケート調査を行ない、飲料を配布して、味の改良を進めました。市場可能性、商品のクオリティー、長所、短所の研究を製造開始まで3年も続けたことが「ガティンデーン」への自信となり、成功の一つの要因となったとも言えるでしょう。チャリアオ氏の成功は、タイ・ビジネス界でサクセス・ストーリーとして有名になりましたが、本人はインタビューを受けず、表舞台に姿を現さずに黙々と仕事に打ち込むタイプのようです。一度だけ、保健省食品・医薬品委員会の委員に招かれたことで表舞台で姿を現しましたが、その結果、理由は定かではありませんが、保健省と自分自身が批判にさらされることとなったそうです。しかし、チャリアオ氏は新聞「ダーオサヤーム」を買収して批判への反論に使いました。…というワケで、「ガティンデーンはタイのもの」であることも確かであることがわかりました!タイ人も面目躍如といったところでしょうか(笑)次回は、オーストリアとの関わりについて書こうと思います。長い文章を最後までお読みいただき、ありがとうございました!<参考>Red Bull.com(英語)Krating Daeng(英語)Wikipedia(タイ語)vcharkarn.com(タイ語)
2005/08/05
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タイの栄養ドリンク「ガティンデーン」またの名を「Red Bull」タイを旅行したことのある方は見た、あるいは飲んだことがあるかも知れません。 私はこのガティンデーン、タイの製品だと思い込んでました。タイ人だってそうでしょう。が、ニュージーランド在住HYPER RFH-05さんのブログの2004年11月25日の日記には「Red Bullはオーストリア本拠の飲料メーカー(及び製品名)」との驚愕の事実が書かれていたんです!!プライドの高いタイ人が、こんな事実を突きつけられたらどんな顔をするでしょうか?(笑)それよりも本当にそうなのか?ずーっと疑問に思いつつ日が経ってしまいましたが、やっと時間に余裕ができたので、ネットで調べ始めることに。まず見つけたのはHYPER RFH-05さんも紹介なさっているRed Bull社の会社案内(英語)。そこには、「タイ」とは一言も書かれていません。Red Bull社のオーストリア人「創業者」が香港のマンダリン・ホテルのバーでアイデアを思いついたと述べられているだけ。次に見つけたのは、タイのRed Bull Extraの会社案内(タイ語)。そこには、「Red Bull Beverage社は、タイ人によって設立・運営され、30年以上の長きにわたって、エネルギー飲料KRATING DAENGやミネラル飲料Sponsorを製造している会社です」とあります。どっちが本当なんだ???というワケで、これから数回にわたって、このガティンデーン(Red Bull)について書いてみたいと思います。乞うご期待!(?)
2005/08/04
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ふと気付いたらバンコクの地下鉄が開通してから1年が経ってたんですね~。この1年の間に衝突事故やら何やらありましたが、最近は落ち着いているのでしょうか?ま、いずれにしてもバンコク都民の足として定着したんでしょうね。しかし日本人にとっては、あまり利用価値が無いような…(汗)強いて言えばチャトゥチャクに行くくらい?ヤオワラートの方へ伸びてくれたら嬉しいんですけどね。去年7月3日の地下鉄開通式典、ミーハーな私は見に行く決心をしていたにも関わらず、うかつにも昼寝をしてしまいました。ハッと起きてTVをつけると、「タクシン首相が国王陛下の到着を待っております!」というナレーションが!私は急いでアパートを飛び出し、トゥクトゥクを拾ってフアランポーン駅まで飛ばしたのでした。到着すると駅内の大型液晶画面には、国王陛下が地下鉄車両のシートにまさに腰かけようとするお姿がぁ~っ!間に合いませんでした…(泣)写真は、国王陛下がご乗車された電車が出発する頃の、フアランポーン駅前の様子です。さて、気持ちを切り替え、今度は営業初日の地下鉄乗車を目指すことに。一般客は19:00から乗車できるという話だったのが、待てども待てどもゲートが開く気配がなく、暑い中しかも人ごみの中延々と待ち続け、20:00近くになってようやく入場。が、切符を買うのにまた長蛇の列。電車に乗車したのは20:25でした…。もうヘトヘト。フアランポーン駅ではなく、他の駅からだったら、もっと早く乗車できたようです。あ~(泣)
2005/08/02
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2001年11月に来日したタクシン首相が小泉首相に持ちかけたことから始まった日タイFTA交渉が、やっと合意する運びとなったようですね。何はともあれ、良かった良かった。でも予想どおり、日本側が要求していた土地所有権付与は通らず。ここは物議を醸している「経済特区法案」の行方を楽しみにしつつ…7/30に修士論文の口述試験を終え、やっと暇になったので色々やるつもり。PDICタイ語の単語登録も再開します。ずっとサボッててすみませんでした、黒沢さん!(汗)その7/30、隅田川花火大会を見に。しかし花火とともに私もバクハツ。彼女とケンカしてしまったんですね~。早くも仲直りしましたけど。短気なところを直さないとなぁ。最近My Roomではインドネシアの大人気歌手グループ「Peterpan」の「Bintang di surga」がヘビーローテーション。いいっすよ~! さて、7月の目標についての一人反省会を開きます。「タイ行きの費用を稼ぐ!!」でしたが、まだ目標額に達してません(泣)授業も終わったことですし、8月は稼ぎますよ~。では、8月の目標を宣言します。「タイ行き+卒業式で着るスーツ購入の費用を稼ぐ!!」 みみっちい目標ですんません…
2005/08/01
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