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先日、ブラッドピットを見に行った。ブラピを見るのは「トロイ」以来2回目。遠かったけど、あの形は確かにブラピだった、、。大変ミーハーなのでもうしわけないけど、ラテン化する前からブラピファンです。 月曜日、六本木ヒルズでプレミアがあった。でもすごいライトが当たってて、ほとんど見えなかった、、。というか、アンジェリーナ ジョリーははっきりわかったが、ブラピはなんだかよくわかんなかった(悲)。 翌日、TVを見たら、ブラピがわかんなかった理由がわかった、彼は髪を黒くしていたのです!それではわかんなかったはずだ。軽くコリン ファレルが入っているみたい、、。やっぱりブラピは金髪でなくてはね! 来日時、帽子をかぶっていたので、まったく気がつかなかった。髪を黒くしたなら黒くしたと、言ってくれ(たぶん私が知らなかっただけだけど)!しかし、問題はそのことではない。なんだかスターのオーラが減っているのだ。いえ、減っているのではなく、アンジーがものすごい量のオーラすぎて、すべて彼女に持っていかれてしまうのだ。おそらく彼は、そのくらいのパワーの彼女にひかれているのだと思うけど、、。彼女は実際ものすごく美しいパワフルなエナジーの人で、これは同じ人間なの?と思った。シルエットがスクリーンに映っていたけれど、美しい人は影さえも美しく、影が美しいなんて、初めて知った。 ブラピはおそらく彼女のためなら、少しくらい自分が後ろにまわっても、苦にならないんだろうなと思う。むしろ、それが喜び(プレジャー)。アンジーは完全に「格上の女」でした。
2005年11月29日
最近、ある雑誌で光野桃さんのエッセイを読んだ。私は彼女の文章が好きで、ずっと読んでいる。彼女は最初雑誌社に勤めていたが、結婚後夫の仕事の関係でミラノに引っ越し、そこで見たこと感じたことをエッセイに書いていた。彼女独特の文体と視点が新鮮だった。 その後一度日本に帰ってきて、今度は中東(だったか)に夫が転勤になったので、しばらくそちらに行っていた。 そして、今年、彼女は日本に帰ってきて、活動を再開したのだ。 今月のエッセイで、こんなくだりがあった。正しい文章はショックのあまり忘れたが、こんな感じの内容だった。「夫と子供はそれぞれ外国で暮らしている。」え~~~~!なんと世界に家族離散なのだ!これを読んで、シーザーではないけれど、「光野さん、おまえもか、、、。」とつぶやいてしまった。 彼女は元々キャリア派なのに、夫の転勤でそのキャリアを寸断されている。きっと無念だったと思う。しかしあれだけイタリア人のライフスタイルについて書いていたのに、別居(というかどうかはわからないが)して、自分だけ日本に帰ってくるのは、よっぽどの理由があるとしか思えない。具合の悪い家族がいるとか、、、。まさか仕事のために帰ってきたとは思いたくない。 私が彼女の帰国の理由を読み飛ばしてしまった可能性もあるけど、正直驚いた。さらに今、日本に帰ってきて、玄米を炊いて食べるのが幸せだと言う。私も玄米派だけど、まさか夫より玄米を取ったわけじゃないよね?! ここで私はあるスペインの画家の言葉を思い出す。その人はスペインと日本を行ったり来たりしていたので、「家族とは別々に住んでいるのですか?」とたずねた時のこと。彼はこう言った、「なに言ってるんですか?スペインで3カ月別居したら、即離婚ですよ。」彼はずいぶん昔に家族とお別れしていた。 イギリスのことを書いている井形慶子さんの本にも、こんな感じのくだりがある。「家族は離れて住まないので、子供は学校を何回も変わることがある。あくまでも夫婦が家族の単位なのだ。」と。たぶんヨーロッパ全土にそういう傾向があるのかもしれない。 夫婦のことなので、くわしいことは何もわからないが、光野さんの家族離散(離婚ではありません!)には本当に驚いた。日本国内で単身赴任はめずらしくもないかもしれないが、やっぱり異常なことだと私は思う。単身赴任が普通という状況が変だ。 家族はユニット、子供はいいとしても、夫婦は一緒に行動したい。夫婦という単位の日本人の希薄さは、考えなおしたほうがいいのかも。人は人だから、すべて同じでなくでもいいけれど、その家族が納得できる、幸せな家庭の形を見い出してほしいな、と思う。 今回の件も、きっと夫婦の間では了解の上のことだと思うが、やっぱり、、、夫婦は一緒に住むほうがいい。それともたまには別々の方が、会った時新鮮なのでしょうか。 おお、もうひとつ思い出しました、ゴクミの言葉。アレジとの結婚生活について聞かれ、「10年一緒にいるけれど、どんどん好きになる。長く一緒にいたら愛情が深まるのは当たり前でしょ。愛が減るなんて人が言ったことを信じてはダメ。」 と答えていた(だいたいこんな内容だった)。それに対して、アレジも同じようなことを言っている。 やっぱり愛は一緒に生活して、一緒に生きて、同じ空気を吸って、育てていくものじゃないかな。
2005年11月27日
先日、「宮殿とモスクの至宝」展に行きました。場所は世田谷美術館、砧公園の中です。 長い間、田園都市沿線に住んでいたので、懐かしかったです、、。今住んでるところとはかなり雰囲気が違います。この公園にもサイクリングとかで何回か来てました。用賀駅から美術館までの道のりは「いらか道」というのがあって、水が流れています。なんだか津和野を思いだしました。こんなところに、こんなものがあるとは。やっぱり用賀はいいなあ。 さて、私は昔からイスラミックタイルに興味があって、スペインタイル(イスラミックです)の勉強に行ったくらいなので、超興味津々。先日のダ ヴィンチ展より楽しめました。 結論から行くと、興味のない人には、なんの見る価値もないかもしれない展覧会です。ですが、もしイスラムの陶器やガラス器、カーペットなどを見たことがない人、またはイスタンブールのトプカピ宮殿などに行ったことのない人は、見てみたらいいかと思います。昔のイスラム人がどれだけ進んだ文化を持っていたか、わかります。私はタイルの付いた卓が気に入りました。 イスラム教がなければ争いもなかったかもしれませんが、こんな文化ももしかしたら生まれなかったかもしれません。 今回私は、イランや中東のものは好きではなく、トルコや、イベリア半島(つまり侵略されていた頃のスペイン)のイスラムものが好きだとわかりました。特にトルコブルーの配色された陶器や、スペインの寄木細工などが大好きです。イスラムだから、どれでも好きなのではないようです。 もしかして前世があるとすると、たぶんトルコあたりにもいたことがあるのかな、と思います。小学生の時からモスクのデザインが好きだったし、工作の題材にしたりしていました。ラテンに狂う前はエジプトに凝っていて、トルコ音楽やアザーン(祈りの声)を聴くと、血がザワ~(本当に!)っとしてくるのでした。スペイン音楽も同じです。初めて行った外国はトルコ、ギリシャ、エジプトでした。 それにどういうわけか、トルコ人に縁があります。いくら東京でもトルコ人にそうそうあたるとは思えませんが、なぜかトルコ人に気に入られます。 前にアストロロジーで、私のホロスコープのラッキーな国にトルコが入っていて、「なるほど」と思いました。「すべてのことに偶然はない」と考えていくと、結構おもしろくなります。 イタリアや近隣国も、イスラム文化の影響を受けています。やっぱり国どうしが近いとそうなるのですね。 イタ彼も初め、トルコ人かな?と思ったくらいなので、どこかでミックスされているのかもしれません。そう考えると、不思議な気がします。 さて、用賀の帰り、気になったOKというスーパーマーケットに行ってみました、、、。引っ越したいので、最近あちこちのスーパーのリサーチが趣味です。ちなみに広尾は高すぎてダメでした。 ここ、用賀OKは、、、、なんと安い!なんで??庶民的なうちの方より、2割は安い!ツイてるさんはこの辺にお引っ越しなのよね。ほんと、ツイてます! というわけで、この日はなぜか用賀で大量にお買い物。このスーパーのために引っ越してもいいかと思ったくらいでした。住環境はいいし、買い物は便利だし、砧公園もあるし、やっぱり用賀はいいな、、。 それに住んでる土地や人の気も大事かな、と思いました。そこからエネルギーをもらうというか、住んだらそこのエネルギーの人になっていくのですね。住む場所も真面目に考えよう、と思った一日でした。***「宮殿とモスクの至宝」は12月4日までです。
2005年11月26日
先日のソース勉強会にて、気がついたこと。「私は人に期待しすぎている!」 人に失望するのは、期待をしているから。期待しなければ、失望もない。、、、その通りです! 友情や恋愛やいろんな人間関係に失望するのは、「こうあるべき」という私の勝手な思いこみから始まる。期待してないようで、大きく期待しているのだ。 パーティの会話がつまらなくても悲しくなるし、会話が続かないのも悲しい。気のきかない男性も嫌いだし、エスコートしてくれないのも嫌。食事に興味のない人もダメだし、パッションや知性レベルも低いと悲しくなるのはすべて、私が相手に「期待しすぎ!」なのです。 かといって、期待をすべて捨ててしまうと、何を残していいのかよくわからなくなり、誰でもいいんじゃないか、という感じまでしてくる、、。希望は持ちながらあくまで期待はしない、相手が思いどおりにならなくても、「人は人だし、ま、いっか。」くらいのことで終われてればいいんだと思う。 もっと人間関係にファジーになりたい。 それに私は加点法ではなく、減点法タイプなので、最初に大量に得点を与える。よく言えば初めから人にいいイメージしか持たないので、たいていの人はいい人になる。そしてだんだん失望する。 行ってみたい外国の場所などもそうで、私の想像の部分があまりに素敵すぎるため、行くとがっかりすることがよくある。想像力がたくましすぎるのも問題だ。同じように人にも想像力がたくましすぎるのだ。 加えて最近、一部のまともな男性(もちろんソースの人たちはこちら)を除き、「すべての男は消耗品」ならぬ、「すべての男はアホである」としか思えてならない。男性の方、すみません。こんな見下した態度ではいけないわね。女を見下している男の態度をみて、「こいつはアホなのだ。」とさらに見下す。いけない、いけない。 でも本当は、私は嫉妬しているのかもしれない。アホになれる才能と、それで生きていける才能に。 人に、男に期待しなければ、失望もない。これからは、私の素直すぎる?期待を少しずつ捨てる。「どうであってもよい」というスタンス。「自分に失望するのが嫌なんじゃないの?」とも言われた。その通りです。 「期待をしないで、人のありのままを受け入れ、許す」ということが、今の課題。それが「自分は自分でいいんだ」と、ありのままに受け入れて、生きることにもなると思うから。ワンポイント豆知識: アホ、とはスペイン語でにんにくのことです。ソパ デ アホと言えば、にんにくスープの意味。アホを食べてアホになろう!
2005年11月23日
私たちは変化を恐れている。恋愛関係の終わり、仕事の終わり、すべての人間関係の変化、、。いつまでもハッピーエンドでいることを望んでいる。でも、現実はそうはいかない。 最近、知り合いから、「アメリカにグリーンカードの申請をしたんだ~。」と聞かされた。なんでも、やりたい仕事の本場がアメリカなので、もしかしたら、当たらなくてもアメリカの学校に通うという。その仕事は普通の人が目指すような仕事ではなく、少し特殊な仕事だった。そのために彼女はこの1年半、勉強していたという。1年半と言えば、私が英語を勉強してた期間と同じだ。全然知らなかった。 また別の知人は、「ロンドンから仕事のオファーがあって、受けるかもしれない。」と言う。 そして、また別の人は、「自分のレストランを持ちたいから、今の仕事を辞める。」と言う。それぞれ自分の夢に向かっているのだ。 みんな毎週のように会っていた人たちだ。こんな風にしょっちゅう会う人たちだけど、いつかはこの関係に終わりが来ると、私はあらかじめ覚悟している。みんななぜか世界に散る。今の関係はとても楽しいが、永遠ではない。 私だって、密かに日本から出ることを考えているのだから、別に驚くことじゃない。ただ、自分の中で前もってそれを受けとめる心の準備ができてないだけだ。しかしこういうことは、一人で考えて、決断して、ある日突然(でもないが、用意周到に)動く。そして私は動揺する。 でも、終わりを悲しんではいけない。終わりは新しい関係の始まりだ。また新しい環境と出会い、新しい人と出会い、話し、新しいものを得る。「変わらないものは何もない。」変化を恐れないこと。すべては変わっていく。また新しいものを受け入れて、楽しんでみよう。今という時間を共有する仲間たちや空間を大切に。新しいことにチャレンジする人たちを喜んで送り出そう。 夢のある人たちと一緒にいられたのは、自分にとってもいいことだった。刺激になったし、夢を持つ彼らをうらやましくも思う。自分も夢を叶えたい、という起動力にもなっていく。 自由なエネルギーで、世界に動く彼らが今後どうなっていくのか、楽しみだ。
2005年11月20日
ラテン系に、あまり先のことを聞くのは難しい。 先日、あるスペイン人に、「将来の夢は?」と聞いたところ、「国に帰って、今の仕事を続けたいかな。」と一言。「終わり?」と私は叫んだ。「他にはないの(だってそれ、2~3年以内の話だよね)?」 後はたいてい、家族と仲良く幸せに暮らしたいとか、そういうことを言う。ソースや宝地図をやっている者としては、そのビジョンのなさにビックリすることがよくある。「なんでそんな先のことばかり言うんだ?なんで今を楽しまない?」そうだよね、ラテン系に先のことを聞くのは御法度だった、、。 最近軽い脱力が続いている。悲しいかな、彼との会話は、私のスペイン語能力が低いので、英語。だが、お互いネイティブでないためか、時々会話がわからない時がある。いや、コミュニケーションレベルが合わないのかもしれない。まあ、それでも3時間話したけど。 先日私は「teeth」と「cheese」の発音が区別できなかった。私が言うのもなんだが、彼の英語は、スペイン語なまりだ。「ケソ(スペイン語でチーズ)だよ!ケソ!」と言われて、やっとチーズと理解する。 そんな彼は日本で英語も教えているのだと言う。スペイン人に英語を習う日本人、、。いったいなんなんだ、この国は?! というわけでこのところ、自分の英語と、コミュニケーション能力にヘコんでいる。「何語を話そうとも、大切なのは、コミュニケーション能力の高さだ。」と信じているので、とてもショックな出来事だった。 「なぜ私たちは3カ月で英語が話せるようになったのか」 [実業之日本社]の本城武則さんによると、英語を話せるようになるには、「英語がペラペラです。」と宣言すればいい、とのこと。自分より話せる人を人は「英語ができる」と思うので、その方式で行くと、みんな「他の誰かよりペラペラ」ということになる。私の最近の落ちこみは、自分より上のレベルを見てるからなのね、と理解する。 そして、「知らない人に話しかけること。」 日本で知らない人に話しかけられないのなら、外国人に話しかけられないのも無理はない。ということで、まずは日本語で知らない日本人にも話しかけるようにする。これには納得。外国人はわりと簡単に知らない人に、声をかけたり話したりするので、だいぶ慣れたけれど、日本人に話しかけるのは、そういう習慣がないので難しいのだ。 なので、駅員さんや、ショップの人など、話しやすい人から話しかけることにしている。「どうやって行ったらいいの?」「こんなものを探しているだけど。」とか、そんなことから話す練習をする。できる人から見たら、アホみたいな練習だけど。 そのせいか、このところ、知らない人から話しかけられるようになった。道を聞かれたりするのだが、外国人も普通に英語で話しかけてくる。 先週、普通に歩いてたら、突然、「Are you salsa dancer?」と聞かれた(爆笑)。 人間には隠れたメッセージが、たくさん発信されているようだ。
2005年11月19日
土曜日、駅のエスカレーターで地中海系外国人に声をかけられた。「この駅にOO線はありますか?」「ありますよ。」と私は答える。私はよく道をたずねられるので、またか、と思う。すると彼は、「その素敵なお尻をコートで隠してしまうのですか?」と突然言う。私はちょうどコートを着ながら、エスカレーターに乗ろうとしていた。「あの、私のお尻を見てたんですか?」と思わず私は聞いた。「見ちゃった。」とかわいく彼は言った。けどさ、要するに見てたんだよね~?!これってよくあるできごと? その時私は少し落ちこんでいた。「あ~、愛し愛される人が一人いればそれでいいんだけどな~。」な~んて思いながら、駅を歩いていたのだ。それなのに神様、この仕打ちはなんだよ?! 帰る方向が一緒だったので、同じ電車に乗る(結構私はいい人だ)。そう悪い人でもなさそうだし、ジャーナリストだと言うし、お尻以外の話は堅かった。しかし、夜中の1時に、「英語を使うことは国際化とは言えない」「言葉には個性がある」などと力説されてもね、、わしゃ知らんよ。 彼の話し方を聞いて、イタ彼のことを思い出す。私はどういうわけか、こういう堅めのインテリ外国人に好かれるのだ。ただ私の中で、イタ彼はイケてるが、彼はイケてないだけ。 東京の外国人は二極化しているとぼんやり思う。ただ、働きに来た外国人と、頭がよくて真面目な外国人。中間の人がいないように感じる。頭がよくて真面目な外国人は日本語を操り、自分の意見を持ち、あれこれ討論できるが、時々疲れる。しかし、ただ働きに来た外国人とは会話が続かない。 この夜も彼と話していて疲労感だけが残った。、、というわけで、彼とまた会うことはないと私は決める。「よく積極的だと言われます。」と彼は言ったが、初対面でお尻の話をされてもね、、困るんですよ。しかもお尻だけではなく、手まで見られていた!「特に小指の爪の形がいいです。」と彼は言う。たかだか電車に乗って道を歩いていただけで、そこまで人から見られていたとは!みなさん気をつけましょう。特に男性は手を見ているんですね。顔や化粧も大事ですが、手や後ろ姿にも気を配った方がよいようです。 10分後、ドップリ疲れて電車を降りた。勝手に気に入られても迷惑なのだ。ああ、私は普通の愛がほしい。
2005年11月17日
普段アグレッシブな私だが、実は浮き沈みが激しい。しかし、どんなに前向きな人も、やっぱり時には落ちこむようだ。それを聞いて安心する。斉藤一人さんレベルではどうかわからないけど、、。 人って自分のイメージと他人のイメージとマッチしてないことがよくある。私のイメージは、人から見たら表に立つ人。パーっとしてる、華やかだと言われることが多いけど、自分ではへーっ?って感じ。結構、山ごもりの熊のようにこもってる日も多い。 その熊になってしまう時、効果的なのは、本屋に行くこと。前向きな言葉をたくさん読んでるうちに、忘れてたことを思い出す。本屋は最高の特効薬なのだ。 さて、その大好きな本屋で立ち読みしていたところ、あることに気がついた。それは、「ビジョンや目標を見失うとつらくなる。」こと。今度こうしよう、とか、来年こんなことをする、とか、将来こうなっていたい、それを忘れると今、何していいのか、わからなくなってしまうようだ。 例えば、私は将来海外に住みたい。そしたら、今できることは英語や他の言語を勉強したり、調べたりすること。歌をやりたいから、先生を探すとか、いくらでも今やれることは見つかる。 ソース(マイク マクマナス著 ヴォイス刊)では、これを「最初の一歩」としていて、自分のやりたいことにまず一歩踏み出せ、と書いている。私は自分のやりたいことを細分化して、やるのが好きだ。最終目標に合わせて一年後、今すぐできることを分けて考える。これはすぐ忘れるので、なるべく紙に書くようにしている。 例 海外に住みたい: 住むところを探す 収入の流れを作る 資料を読む 英語を習うetc今、できることは英語を勉強すること、資料を読むこと。そうすると、突然元気がわく。今が未来の夢につながっているからだ。つまらなく思っていた勉強にも意味が出てくる。 人間はすぐ忘れる。でもそれは神様からのギフト。つらいことは忘れて、いいことや自分のためになることを、また思い出したらいいのだから。
2005年11月15日
人はいろんなところからメッセージを受け取る。ある時は服装だったり、またある時は、見えないフィーリングだったりする。私たちはいつも何かを「感じて」いる。 彼女と私は、英会話サークルで会った。彼女への第一印象は「ソース仲間のハッシーに雰囲気が似てる」彼女の私に対する印象は、「弟の奥さんに似てる」だった。 彼女はマスコミ系だったし、「気が合うかも」と私は思い、彼女は、私のことを「外国のにおいがする」と思った。そして、もう少し話してみたいかも、と二人はお茶した。 そしたら、こわいくらい、話が合った、、。 まず、まったく同じパンツを持っていた。そのパンツはとても変わったデザインで、今まで着ている人を見たことがない。数ある中から同じものを選ぶ、というは、同じ趣味だということ。その日の朝、私は違うパンツをはいたが、なぜかわざわざ着替えた。そして彼女は、同じパンツをはこうとしてやめた。 これはまあ序の口で、私が玉村豊男さんについて話したところ、彼女の親しい人が友達で、彼女も玉村さんのファンだと言う。普通、玉村さんを知ってるだけでもまあまあなのに、住まいや本についても知ってるのはめずらしい。 さらに、彼女の信条は、「アール ド ヴィーブル(人生はアート)」。私と同じじゃありませんか。「普通、アール ド ヴィーブルという言葉を知ってる人が少ないんです。」と彼女。だよね、、。私の好きな人、パトリス ジュリアンが、たぶん、日本にその言葉を広めた?と思っているけど。 さらに踊りについて話したところ、彼女は「ブエナ ビスタ ソシアル クラブ」が好きだと言う。私が斉藤一人の話をすると、彼女の今聴いてるI-PODに、講演会のテープが入っていたりして。 知り合いがカッシーナに勤めていた話をしたら、彼女のだんなさんがそこにお仕事関係があったり。その他にもとにかく、大量に共通点があった。 しかも、それらのキーワード、「玉村豊男」「パトリス」「斉藤一人」「カッシーナ」などなど、私の頭の中で「今、この話をしたら?」と、どこからともなく、声が聞こえる。つまり、ひらめく。そうすると、それは、たいてい彼女の何かにつながっている。最後は本当に怖くなった。私の中のこの声はなんだ? 元々、勘はいいし、シンクロも起こりやすいが、ここまでのはなかった。いやあ、彼女が男だったら不倫に走ってたかも(笑) 男性だと、「わー!素敵!」と飛びついて、この段階で失敗することが多い(!)ので、冷静に冷静に。 英会話サークルに行ったのは、今回が初めてで、二人共2日前に「ひらめいて」行こう、と思って申し込んだのだ。そして同じテーブルに座った。人間の出会いっておもしろい。 シャーリー マクレーンから聖なる予言(ジェームズ レッドフィールド)、その他いろいろと本を読んでるところも似てたので、会話に共通言語があった。変な話、打てば響く、という感じ。1から10まで言わなくても、感覚で話が理解できる。しかも、共通の興味?は、英会話。 こんな感じで2時間ノンストップで話し続け、この日は終わった。 心を開いて話す、というのは、とても難しいけれど、大切なことだ。「人生をアートにしたい」と正直に言える、応援してくれる人間関係ってなかなかないと思う。そういう意味で、彼女にはソースの仲間的要素を感じた。ある種のグループソウルというのかな。人生をよりよく生きようとしているカンパニーという感じ。 私の本「ラテン的生き方でワクワク人生を生きよう!」が出たあかつきには、買ってくれるという。 話は変わるが、この前、ソース&楽天仲間、ツイてるファシリーテーターさんに原稿を読んでもらったところ、「おもしろい!」「感動した(ツイてるさんの奥様)」と言ってもらって、すごく励みになった。ありがとう! 変な話だけど、「ラテンライフを遊ぶアーティスト」と名前を変えてから、いろいろと展開があるような気がする。 人生に疲れるのは、自分でない自分を生きているから。本当の自分でいられる空間、時間を一日の中に多く持ちたい。そして、人生全体をアートに生きよう!また、人生をアートに生きるグループを作ってもおもしろいかも。
2005年11月12日
最近のマイブームキーワードは、「不労所得」だ。ラテンライフを遊ぶには資金も必要、というわけで、株や外貨、アパート経営までいろんな本を読んでいる。 最近「副業はサラリーマン」石川臨太郎 著(東洋経済新報社)を読んだ。株のコーナーに置いてあった新刊で、タイトルがとてもキャッチーでいいな、と思った。 この方、サラリーマンをしながら株もやり、アパート経営もされている。しかし、なによりよかったのは、「文章がおもしろかった」こと。タイトルは中身を裏切らなかった。 だいたい、株の本は読んでておもしろくないものが多い中、読み物として、おもしろかった。それになにより株に精神性がついているのがよかった。今までの株の本は、金もうけが先で、その後どうしたいのか、目的がよくわからなかったのだ。で、さっそく著者にメールを送る。 インターネットになってすごいなと思うのは、こうして直接感想を送れることだ。昔はこんなことありえなかった。で、私は自分がおもしろかったことを伝えたことで満足する。 しかし、ご丁寧にも著者からお返事をいただいた。おすすめの本まで紹介していただき、ありがとございます。 「ケチケチ3年ケチ8年」このキャッチが気に入った! 最近、株がブームだけど、幸せなお金持ちになっていったいその時、何がしたいのか?それが一番大切だと思う。不労所得を得て、セミリタイアして、なにをするの?株の本にはそこまで書いてない。 石川さんは、ブログで「妻に花を買う」と書いており、そこがよかった。日常の幸せを大切にしなくては、それ以上の幸せはありえない。 本当にしたいことはなにか?時間もお金も心配しなくてよくなったら、なにをして暮らしたいのか?それを知るのに、ソース(マイク マクマナス著 ヴォイス刊)のテクニックは役に立つと思う。 ニートが増える中、あるアドバイザーが、「まず、いろんなことをやってみて、やりたくないものを探そう。」とテレビで答えていたが、やっぱりやりたいワクワク探しの方が、道は早い気がする。やりたくないことを見つける時間がもったいない。 お金持ちになって何をしたいのか?自由な時間で本当にしたいことは何?まずはそこから考えよう。
2005年11月10日
わけあって、会社で働いている。わけというのは、過渡期のソース。単純に家の更新料を払わなくてはならず、せっせと働いている。しかし、私は普通の会社勤めの経験が少ないので、非常にとまどう。 まず、コピーとは、こんなに必要なのか?よくドラマで終業間際に「この資料を頼むよ。」と言われ、残業になるシーンがあるが、あの気持ちがこの歳になって初めてわかった。資料って作るの時間がかかるんだね。私なんか、慣れないので特に時間がかかるよ~。 さて、今日は注意を受けた。「言いにくいんですが、おなかを出す服はちょっと、、。気にしてる方もいらして、、。」「え~?おなか出てました?すみません、仕事に没頭してて気がつきませんでした(本当に)。」と笑顔で言うが、内心、「またか」と思う。どういうわけか、普通の会社で、私はよく服装に関して注意を受けるのだ。 丈が短いだの、ノースリーブだの、みんな暇だなと思う。腕くらい出ててもいいんじゃないの?袖がどうしたっていうのか。ここは東京だよ! 今日の服もおなか見せファッションを着てたのではなく、たまたま動いたら1センチくらい、パンツとトップスの間に肌が出てただけ。話によると、昨日も「おなかが出てた。」らしい。私は本当に一生懸命仕事していたのに、「おーよくやってるね~。」ということよりも、「腹が出てる~」と思われてたとは、、。ショック(涙)。それに、気にしてる人って誰よ?おじさん?女の人?そんなのさ~直接言ってよ! そんな丈の長い服なんかないよ、、いっそのこと、サリーとか、モロッコの服とか着て、体をおおってやるう~~! ラテン系の辞書には、「普通の服」の文字はない。 音楽業界は、服装が自由なので、とんでもない格好が許された。ジーンズはもちろんOK、上司はある日、短パン、サンダルで現われ、私はリゾートファッション(休みがとれないので、ヤケぎみ)で仕事に行ったこともあった。他のレコード会社でも、ラッパー??みたいな人もいて、おもしろかった。服が個人の表現になっているところでは、ある程度のことは許される。 今行ってるのは、かなり堅い会社なので、仕方ないか、とも思う。私は同僚の化粧の濃さや、ズルズルした歩き方の方が、よほど問題だと思うが、人は私の予期せぬ(?)腹出しの方が許せないらしい。日本で生きるには、極力個性は消して、目立たないように、似たような服を着ていくしかないのだろう。 ここで私は、「トスカーナの休日」を思い出す。ヒロインがイタリアで不動産契約に行った先の女性、超セクシーなブラウスに、ジャラジャラしたアクセサリーをしていた。セクシーさが悪な国では、とうてい理解できないファッション。日本ではセクシーなことはすべてご法度だ。会社では、ダサくてもとにかく地味~な色で、肌の出ない服がよいとされる。だから雑誌のOL着回し術とか、ぜ~んぶ同じになっちゃうのね、、。全然いいと思わないわ。 別に私の腹出しファッションがいい、と言っているわけではない。それに私は、わざとへそ出しで行ったわけではないのだ!ただ丈が短かっただけ! おそらくラメの服も問題だったに違いない。ヒカリものの服、斉藤一人さんところではOKだと思うけど、今の会社ではダメだ。 関係ないが、ついでに書くと、毎日一緒に食事に行く習慣も耐えられない。正直、仕事の中でもっとも疲れる時間。私は毎日決まって同じことをするのが苦手なのだ。ごはんくらい、何も考えず、ゆっくり食べたい。おじさんたちのように、一人でもくもくと食べて、本読んだり、ぼんやりしてたい。というわけで、いつも会社の知らないおじさんたちにまみれている。私は一人ごはんが楽しい。 日本の会社って大変だなあ~。もう早く足洗って、アートな暮らしに向かおう。今の毎日は、自由に向かうためのものなのだ。 今日はとてもヘコんだため、最高のモンブラン日和だった。私の自由の象徴はモンブラン。ここはオフィス街なので、ケーキ1個でも買えるようだった。OLさんが休憩時間とかに食べるのだろう。 というわけで、すっかり機嫌もなおり、明日から超おなかの隠れる服で、淡々と仕事に励むことにするとしよう。
2005年11月08日
昨日、スペインの建築家、アレハンドロ サエラ ポロ氏の講演会に行った。彼は横浜の大さん橋や、愛知の愛 地球博でスペインパビリオンを手掛けた、新進気鋭のアーキテクト。ソース仲間晋ちゃんからの紹介で、私がスペイン好きなので、講演会のことを教えてくれたのだ。 さて、講演は、アレハンドロがスペイン人らしく非常に早口で、聞くのが大変だった。一応、同時通訳が入っていたのだが、訳す人も疲れたと思う。だって、会話にほとんど隙間がなかったから! 彼の手掛けた作品は独創的で、普通では考えつかないようなものばかりだった。ダリやピカソ、ガウディを生んだ国スペインには、時々このような非凡な才能の持ち主が生まれる。5角形の建物や、ゴールドのうろこのような(ヤシをイメージしたらしい)建物、宝石をイメージしたもの、いずれもアシンメトリー(非対称)なのが特徴。こういう建物を見ると、いつも風水的にどうなんだろう?と思う。なにかバランスを取りたくなってくるのだ。だから、私は建築家には向いてないし、建築家と一緒にいても、それがストレスになるだろう、と思う。 さて、知らなかったが、講演会の後、ロビーでパーティがあった。スペインのカヴァ(スパークリングワイン)やタパス、ハモン(生ハム)などがあって、日本人は飲み物と食べ物に群がる。アレハンドロを囲んでのパーティなのに、肝心の彼が来る前に半分以上食べ尽くしていた! 関係者が、「みなさん、どうぞ食べ物を取るのに並ばないで下さい。」と言っても無駄。給食の配給のように、並ぶ。 係の人が私のところに来てこう言った。「もっといいパーティにしたかったのに。残念です。」彼は悲しそうだった。「みんな一人で食べてばかりで、誰ともしゃべろうとしない。もっと知らない人どうし、話してほしい。」と彼。「これがジャパニーズスタイルなのよ。」と私は言った。 彼はスペイン人で、このパーティのケータリングサービスの社長だった。なぜ、彼がお客である私にそんなことを言ったのかよくわからないが、誰かにわかってほしかったのだろうと思う。「日本では、ただのものはすぐなくなります。」そう言われて、日本人として悲しかった。 さて、社長は遅れているパエリアの到着を気にしている。そして、巨大パエリアが到着した時、みんな我先にと、パエリアに突進した!OH NO~~~~~!日本人よ、恥を知れ! 社長の声、「パエリアはまだですよ!」という声も虚しく、会場に響くだけ。そして、本日のゲスト、アレハンドロ氏が登場した時、みんな彼よりパエリアに夢中だった! 最初はアレハンドロ氏を囲んでいたのは、外国人たち。そのうち、パエリアも食べて満足したのか、日本人も話しかけるようになった。彼は今ロンドン在住だから英語もできる。だからスペイン語で話す必要はないが、コミュニケーションに英語は必須だ。だから英語のできる人しか、彼に近寄らない。 私もシャンパン2杯飲んで景気をつけて、アレハンドロ氏と話す。建築関係者でもないんだけど、こんなこともなければ、一生会うこともないと思って、最初スペイン語で、途中から英語のチャンポン会話。「建物のインスピレーションがどこから来るのですか?」と質問。「うーん、プログラムして考えるよ。」と、いたってデジタルに考えているようだった。天才の頭の中はわかりません。「君はスペインに住んでたの?」とアレハンドロ。とにかく、私は建物がすばらしかったということをお伝えして、満足する。 彼が去ったあと、そこに残った日本人と少し話す。ふたり共建築家で、それならと、建築の話をしようと思う。「アシンメトリーの建物をどう思いますか?」「アレハンドロ氏の建築について」とか、少しは知的な会話ができるかと思ったが、一向に会話のキャッチボールができない。私が何か言っても、「はあ。」って感じで、次の会話につながっていかないのだ。だから私が質問するばかりで、相手からの質問は少ない。これは会話の訓練ができてないか、人間として私に興味がないかのどちらかである。私はえらく失望する。 ここで、おととい出た別のパーティで、久々に会ったカナダ人ジョージの話を思い出す。「もっと深い話をしたいのに、『どこから来たの~?どこ住んでる~?何してる~?』で終わり。日本人と中身のある会話ができない。特に男!」「それはたぶん日本人の英語能力にもよるけど、コミュニケーションスキルが低いんだよ。」と私。「知らない人と話す習慣がないし、日本語で話せないものは英語でも話せないんだよ。」「日本語で話してるのに、中身のある会話は少ないんだ!」とジョージ。ちなみに彼は日本語ペラペラだ。その気持ち、よくわかる。社交的に、知的に会話するのは、日本の通常レベルでは無理なのか。 昨日会ったアメリカ人も同じことを言っていた。深いコミュニケーションこそが大事だと。パーソナリティやインテリジェンスは、その会話の中に現われる。 あと、どういうわけか、日本人は話してる途中でさよならも言わずに、会話を打ち切る。「飲み物を取りに。」「ちょっと失礼」とか言えないのか? 昨日もアレハンドロ氏と話したいけど、英語ができないから、、と尻込みしてる建築家に、「話せなくても行った方がいいですよ。」と背中を押してあげたのに、無言で彼のところへ移動していた。 そんなわけで日本人(特に男)と話すのはストレスがたまるのだ。 日本人を悪く言いたくないが、パーティでのマナーは最悪だ。いろんなパーティがあるんでなんとも言えないが、普通レベルのパーティではかなりひどいことになる。 もちろん、食べ物を食べてもいいけれど、あまりにも食べ物にがっつきすぎて、人との会話をないがしろにするのはよくない。それに、日本人はたいしておなかがすいてなくても、食べ物が出ると我先に、とがっつく。そういう私も時々ガツガツしてることがある。たいていパーティに失望して、ヤケクソな時だが。 戦後の貧しかった頃の記憶が、今だに消えてないとしか思えない。 とにかく、パーティに行ったら、食べ物にかけよらず、知らない人とも積極的に会話を楽しむ!!!!食べてる姿、立ち姿も美しく! それだけはどうかお願いします! あと、できたら会話能力も磨いてほしいけど、これはまだ第二段階。実践あるのみ。 帰りにケータリングの社長に、「パーティをありがとう。」とお礼を言う。「私、パーティマナーの本書きます!」と社長。「日本人の意識が変わるのに、100年かかるかもよ。」と私が言うと、「そんなことない、大丈夫!」と自信ありげだった。あー、パーティに出て、ストレスたまらず、エンジョイできるようになりたい。
2005年11月06日
先日、TVで「ブログマダム」という言葉を聞いた。主婦でブログにハマる人たちの特集。ところで、何かにハマるってそんなに悪いこととは思いませんが、どうかしら? 番組では、「なんで日記を人に公開しなきゃならないのか?」というようなことを言っていたが、短時間でこの問題を考えるのには、無理があるようだ。それに、「主婦はヒマ」という安直な決めつけを感じる。 私は書くことが鍛練みたいなもので、楽天に載せるのは、単に締めきりみたいなものかな、と思う。考えをまとめる練習にもなるし、何よりも「書く力」がつく(はず)。 最近、「成功している人は、文章力のある人」という言葉を読んで、なるほど、と思った。いろんな人の顔が浮かぶ。どんな方法にしても、書くことは自分を高めることになりそうだ。 番組に出たマダムは極端な例だと思うけど、夜10時から朝4時までブログ作りに没頭し、ダンナを放ったらかしだった。これ、日本以外だったら、即離婚だよ。 ダンナが話を聞いてくれないとしても、もう少しコミュニケーション取らないと、一緒にいる意味ないよ、、。 でも想像するに、きっと彼女がブログにハマる理由は、「誰かに認められたい。」ということなのね。家庭に入ったら誰も認めてくれないし、ダンナは話聞いてくれないし、、、となると、自分が編集長で、一人OKの出せるブログは最高。 なんたって、ブログは上司や編集者のOKもいらないし、自分の判断で出せる、最高のアウトプットだもの。 やっぱり人間って、誰かに認められたい生き物なのね。 でも夜のブログ作りはほどほどにして、ダンナさんの相手をしてあげてほしいです。だって、愛より大事なものはないですよ、セニョーラ! 失ってからじゃ、遅いのよん。 でも、その6時間、ダンナや勉強や株取り引きでもなんでもいい、他のことに振り向けたら、もっと素敵な未来が待ってそうな気がする。
2005年11月05日
今も昔も小悪魔って素敵な響きだ。悪魔じゃかわいくないけど、小が付く小悪魔は魔性の女。女は一生一度くらい、悪い女になって、男を手玉に取りたい願望があるのかもしれない。蝶々さんやホステスさんの本が売れてるのも、そういう理由なのかも。 しかし、そういう本を読んでいると、「とうていこんな風にはなれん!」と思うこともしばしば。いい女の道は遠いよなあ。 よく六本木でホステスさんをみかけるけど、品のいい方って少ない。今の時代、品のよさ、って大事なキーワードだと思う。「品がある」「華がある」「雰囲気がある」私はこれを3大ほめ言葉として確定しました!これさえ押さえておけば間違いなし(なにが?)! 華と雰囲気は作れても、品は持って生まれたもの、なかなか難しいと思う、、。 先日、バニーガールを見学に行った。というのは、会員制クラブに毎日のように通っている人がいて、バニーを見たことのない私を誘ってくれたのだ。 さて、バニーガールたちは、確かにいた。しかし、私の想像とは違って、お色気ムンムンのバニーさんたちではなく、実に清楚なバニーさんたちであった、、。若すぎて、なんの色気も感じないということは、私が歳取ったということなのね?! 確かに編みタイツに黒い衣装、耳もつけて、間違いなくバニーの格好だった。ブリジット ジョーンズの日記で、ブリジットがパーティに着て行った衣装と同じ。私は普段、もっと濃いセクシー南米ラティーナさんとか、日本人のセクシー系を見つけてるせいか、何も感じず、、。 でもはたと気づいた、「ここは日本、こういう清楚な品のあるセクシーさがウケるのだ!」 ちょっと控えめなくらいの、自分でもどうにかできそうな、その辺にいそうな女の子のほうが、きっといいに違いない。六本木並みのケバさを考えていた私は間違いだった。 だんだん、日本男性の本当のニーズからはずれている、自分を感じる。 今、小悪魔はそこいらにいる、普通の女性なのかもしれない。そうかそうか~!
2005年11月03日
私が最近驚いたのは、「ゲイの方にお孫さんがいた」こと。お孫さんがいるということは、まずは結婚しなくても子供を持たないとダメよね?私なんか子供もいないというのに、うらやましいわ。 この方、いつもホットパンツにへそ出し、金髪でイケイケギャル(死語)みたいな格好をしている。小脇にバッグを抱え、以前お見かけした時はシルバーのハイヒールをはいていた。私は足が痛くなるので、はかない高さのくつ。その努力に頭が下がる。きっと女性のファッションを楽しんでいるんだろうな、と思う。『私はこれで行くから!』っていう信念がそこに見える。私は、この方のウオッチングが好きなのだ。 昨日、久々にお見かけしたら、この寒いのにホットパンツにロングブーツ、胸の谷間?をチラ見せの服。ハロウイーンの仮装にまぎれていたが、いつものスタイルを貫かれていた。私は丸々着込んでいたっていうのに。 おなかも出てないし、スタイルをキープされていて、女の私より足がきれい(泣)。おいくつかは知らないが、絶対に歳より若く見える。それが、「おじいちゃん」なのだ~~~!なんでしょ、これは~~~! 彼女の苦労に比べたら、女をやってる苦労なんてたかが知れてる気がした。女だからいろんな面で不利だと思っていたけど、いつでもどこでも注目をあびる彼女の生き方は、私たちの苦労なんてもんじゃないと思う。 なんだか、最近、「どんな生き方もアリだな~~!」と思う。普通の結婚、普通の仕事、普通の暮らし、どれも私にはできなかったし、これからもするつもりがない。残念だけど、それで生きられるのなら、もうとっくにできてるハズ。 別居婚、遠距離、歳が離れた恋愛、ずっと旅のような生活、子供のいない生き方、、、どんなスタイルであれ、人にどう思われようと関係ないと、覚悟を決めてやっちゃえば、なんでもありなんだなあ、と思う。「好きなスタイルで生きる。」それをゲイのおじいさん(?!)に教えられたのでした。彼女の生き方に秘かに注目。
2005年11月01日
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