2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全10件 (10件中 1-10件目)
1
大学時代からの親友が昨日帰って行った。グランドラピッズからデトロイト経由で関空の旅程が、空港へ着くとデトロイト行きがキャンセルになったので、よかったらタクシーでどうぞ、それか明日出直して来て下さい、との話。おっそろしきは、ノースウエストなり・・・。(ブル子、益々持論を強化。)そもそも、この旅行のきっかけが「会社を辞めて独立するので」だった彼女。まだ会社は辞めていないので、旅程が狂うと仕事にも差し障りが有る。家へは、もう一泊して貰っても大歓迎だったのだが、そういう理由で仕方無くタクシーへ乗り込んだ。両親を見送った時もハプニングできちっとお別れが出来なくて(涙だけは流したけれど)尻切れトンボ状態だったのだが、今回はもっと。なにせ、空港からまた外の道まで出て来て、そこでお別れをするんだから、なんだか変な感じは、やっぱり否めない。月日の過ぎるのは怖い程だ。彼女と知り合った大学時代は、つい最近のような気がしていたのに(厚かましい!)よく考えたらもう随分長い付き合いになる。わたしはつくづく引き立て役に生まれついたのか、わたしの友達には物凄い才色兼備の女性ばかり、気が付けば集まっている。大学の時の仲良しグループをとってみても、結婚しているのはわたしだけ、みんなまだキャリアウーマンで、世界に散らばっている。学生時代からその片鱗は明らかだった彼女達。わたしの母でさえ、「なんでブル子とお友達になってくれているのか分からない」などと酷い事を平気で言ってくれる。(が、実はわたしも同感。)超大手の出版社で編集の仕事をしていた彼女、電話もメールもマメでないのはお互い様で、連絡はお世辞にも頻繁とは言えないが、里帰りの度に会う時は「忙しい~!」と言いながら、いつも眩しい程輝いていた。仕事をしていた時の自分も、今の専業ママの自分も、わたしは同じぐらい好きで、同じくらい嫌いだ。が、密かに、同じ年の彼女の人生を見て、わたしは勿論彼女程有能では無いけれど、それでも、「わたしにもこんな人生が有ったかも・・・?」なんて夢を見る。遥々大阪から来てくれた彼女、ブル乃助もた~~っぷり可愛がって貰って、夜は遅くまで昔のように関西弁でずっと喋って、日曜日にはブルルにベビーシッターを頼んで二人でモールへ行ったり、本当に楽しかった~!相変わらずモデルみたいに細い彼女、やっぱり何を着ても可愛い。よし、わたしもダイエット頑張るぞぉ。勿論彼女にはその必要性をはっきり言われた。女友達って、正直・・・。「だって、産みたてやねんもん!」と言い訳をするわたし。でも、もう一ヶ月も経ってるし、説得力無いんだけれど。そうそう、彼女に「何が欲しい?」ではなくて、「何持って行って欲しい?」と訊かれ、「要らない本が有ったら持って来て。それからキャリア用でないわたしらぐらいの年代のファッション雑誌!」とリクエストしたわたし。帰国の度に買う「Voce」や「美的」や「ハーパースバザール」も、なんだか今の自分とちょっとしっくり来なくて、選択は彼女にお任せにした。重量オーバーギリギリの沢山の文庫本と、(これがまた涎が出るくらい趣味が似ているのだ。)幾つかの育児書に加えて彼女が持ってきてくれたのは「Very」と「バイラ」。彼女の滞在中はお喋りに忙しくて写真をパラパラと見ただけだったのだが、今日、改めてゆっくりと眺めてみた。因みにわたし、日本語の雑誌だけは捨てられなくって、日本語の禁断症状が発症する度に、三年前の雑誌を引っ張り出して来て、じとーっと眺めたり、なんてしょっちゅう。そうそう、それで、今日気付いたのだが、サロネーゼ、ハマシロ、リラカジ、カルジェル。この意味の解る方、海外組でいらっしゃって?いえ、国内組の方でも、お解りになって??シロガネーゼ、アシヤレーヌ、までは腑に落ちないし口が裂けても使う単語ではないけれど、いくらわたしでも、意味が解る。ミラネーゼ、のノリで、白金や芦屋に住んでる人の事を言うんでしょ?じゃ、サロネーゼ、は、サロンに住んでいる人かと思うけれど、文脈からして、どうも違う。(大体、そんな人居るの??)ハマシロ、は本当に解らない。浜城って言う地名?若しかして歯真っ白、って事??まさかね・・・。リラカジ、は設楽リサ子の関係かなぁ?でも、それならリサカジ、だよねぇ??カルジェルはネイル関係の単語のようだけれど、やっぱりお手上げ。ほんっとにわかんない~。試しにパソコンで変換してみたら、タイトルのようになったゾ。(ほらね?パソコンでもわかんないんだ!・・・とちょっと反抗してみたりして。)浦島ブル子、どころじゃない、これじゃあ。恥ずかしいなぁ、と思ったり、コラ日本!勝手に単語を作り過ぎだよ!なんて思ったり。才女の友達は帰っちゃったし、誰か教えて~。気になる気になるううううううううううううう!
June 30, 2005
コメント(27)
ブル乃助は朝機嫌が良い。クー、とかフンフン、とかの声がする時も有るし、まったく静かに起きている時も有る。夜中には起こされたらピュー、と飛んで行くけれど、その代わり朝も起こされないと起きないわたし。これで、二人目、三人目だったら、若しくは仕事をしていたら、こうは行かない。ベッドの横に殆ど横付けにしてあるバシネットを覗きに行くと、お目めをパチクリして、きょとん、と天井だかバシネットに付いたモービルを見つめている。「あら、おっきしたの?おはようブル乃助ちゃん。」朝からわたしは抱っこ出来るのが嬉しくて仕方が無い。首は据わりかけて居るのだが、抱き上げる時に脇の下に手を入れて彼の体を持ち上げると、いつも、肩が上がって胴体がびよ~ん、と伸びて、顔が少し赤くなって、言葉にしたら「ぶに~~~」という顔になる。(?)この顔を見るとわたしはいつも、分娩室でドクターに抱き上げられた時の、あの、初めて会った瞬間を思い出す。同時に、その「ぶに~~~」(解るかなぁ?)の顔を見ると、人間の赤ちゃんの無力さをまざまざと感じさせられて、よく人類はこれまで持って来たなぁ、なんて思う。野生の世界で人間の赤ちゃんが一人で生き残る可能性は皆無だし、お母さんが一緒だって、外敵から常に守るのは難しかっただろうに・・・。つい最近まで、わたしの両親とブルルの両親と、多い時には12本の手がひっきりなしに抱っこしてくれていたので、彼が急に寂しい思いをしないように、出来るだけわたしも抱っこしている。(自分がしたいだけなんだけどね。)彼がそんな、家の人口が急に減った事に気付いているとは思われないが・・・。そうとは言え、家事やシャワー、食事の時に、「ちょっと抱っこしていて。」と頼める人が居なくなってしまったので、前から使っていたバウンサーに加えて、地下に置いてあったスイングも、地上へ出して来た。これが、優れ物で、セッティングによっては、赤ちゃんが泣き出したら揺れ始める、という凄い技をこなす。ブル乃助の場合、最初ぐずり時にオムツなりおっぱいなり応えてやらないと、一度泣き出すとスイングぐらいでは機嫌が直らないのだが、それでも二階から走って下りてくる間の時間ぐらいは稼げるのである。ブル乃助の大好きな物は、おっぱいとおしゃぶりと抱っこ。なんてシンプルな毎日なんだろう!おしゃぶりが口から落ちたら、それは悲しそうに泣く。大抵、彼の胸の上とかその辺に落ちているが、たまに、首筋に突き刺さって居ても、まだ彼は解らないし、自分では取れない。拾って口にあてがってやると、喜んで興奮して、バタバタするのでまた落とす。そんな繰り返しで、わたしの毎日も、実にシンプルだ。新生児特有の皮が剥けるのが、最後まで残っていた脚に、セロテープかワックスですっきりさせたいなぁ・・・と思ったり、他はくるん、と綺麗にカールしているのに、目尻だけ睫毛が真っ直ぐなのを見て、部分ビューラーをかけたいなぁ、なんて思ったり、胎脂がまだ体から抜けきって居ない頃に、小鼻に白いポツポツが有るのを見て、鼻パックしたいなぁ、なんて思ったり、・・・は、辛うじて制御しているわたしの欲望だ。今の所、爪を切ったり耳や鼻のお掃除をしたり、で大忙しだ。例のぞうさんのお椅子は首が座ってから、なのでバウンサーが今の所彼の椅子だ。食卓の横に置いて見ながら食べたり、ソファーの横に置いて本を読んだり、ピアノの横に置いてコンサートをしてあげたり(迷惑?)今は書斎の机の横に置いて、PCをいじっている。ピアノと言えば、彼はドビュッシーの月の光が怖いらしく、何故か泣き出すので弾けない。どうやらショパンとベートーベンがお好きなようだ。(笑)明日から、大学の時代の親友が遊びに来てくれる。楽しみだな~。
June 24, 2005
コメント(20)
今日は父の日。朝起きたらブルルの目につく場所に、昨晩からカードとプレゼントを置いておいた。父の日の今日も、彼は勿論仕事。後になって訊くと、ギフトカードを持った世の中のDaddyが沢山お店を訪れる為忙しい日らしい。父の日にありきたりのネクタイやコロンなんかをプレゼントしないで、父親の好みの物を選べるように、とギフトカードをあげる子供も可愛いが、貰ったその日にお店へギフトカードを使いにやって来るお父さん達も可愛い。わたしはと言えば、父の日に彼に何かプレゼントするなんて、ヘンな気分。母の日にはちゃっかり病院でプレゼントを貰っておいてずうずうしいのだが。(笑)なんと、「初めての父の日」用の、いかにも赤ちゃんが書いたかのようなカードを見つけたので、少し前に買い物へ行った時に、隙を見て買っておいたのだ。中身の文句の少ないそのカードに、(アメリカのカード売り場には、サインするだけでオッケー、と言うような、 美辞麗句を散りばめた長い長~い、 そしてこっ恥ずかしいが便利なカードが溢れている)自分でまるで手紙?と思われる程の長いメッセージを書いた。泣くかな?と思ったのに、「上手いねぇ、君は!Hallmark(カードの会社)に採用されるよ!」と言って、チュ、だけだった。なんなのよぉ・・・!!!(怒)一生懸命書いたのにぃ。そして、びっくりするような時に泣いたりするんだから、こうなるとわたしは「乙女心の解らぬオヤジ」の気分である。オヤジと言えば・・・。ブル乃助と2人きりの日常を送るようになって数日が過ぎた。おっさんのようだ、と前に書いたが、最近は髪の毛が薄くなって来て、おじいさんのようで有る・・・。(爆)それでも、生まれた時は最高に毛深い、と聴いていた通り、頭髪や産毛が減り、それからまた新しい髪の毛がちょぴっと生えかけて居る。その新しい髪の毛はまだ透明で短くて、触るとびろうどのようで、撫でる方向に拠っては滑らかだったり抵抗が有ったり。ブル乃助の最近の様子については、また落ち着いてゆっくり書くつもり。ついでに、両親滞在中の思いでも、日付を遡って書くかもしれない。(リンクを頂いている皆様におかれましては、何度もNew!と表示されて鬱陶しいかと思いますが、暫くリンクを外すなり無視するなりして下さいませネ。)
June 19, 2005
コメント(8)
昨日は皆様を泣かせてしまってごめんなさい。あれから、やっぱり泣き虫さんは続いて、地下のゲストルームのリネンを洗おうとして、よせばいいのに匂いを嗅いで見たりして、また泣いていた。楽天のお友達にはお世話になりっぱなしで、妊娠中に美味しい食べ物を送ってくれたり、お陰でブル乃助の何パーセントかはMade In Japanなくらいなのに、そのお礼が昨日みたいに泣かせる、だなんて、考えてみれば恩知らずで酷い話だ。ヘンなもので、がらん、とした家の中で、一人で居るよりもかえってブル乃助を抱いて居る方が、恋しさが増す。本当にヘンな話なんだけれど。掃除やらアイロンがけに追われて居る内に、退院の翌日以来初めてのブル乃助と2人きりの一日は過ぎてしまった。時間が経って、時計を見るたびに「え!もうこんな時間?」と目を疑う内に、だんだん泣いてばかりも居られなくなって来た。折角生まれて来てくれたブル乃助が目の前に居るのに、帰ってしまった両親恋しさに涙にくれている、なんて、ブル乃助に失礼だ。会いたくても両親の居ない人や、都合で両親を知らない人だって世の中には居る。子供が生まれて、親に会わせてあげる事の出来るだけで、わたしは幸せなのに、こんなにめそめそしていてはバチが当たる!!改めて、ブル乃助の顔を見て、「はじめまして」という気持ちになった。自然に「こんにちは、赤ちゃん」の歌が口を突いて出た。♪こんにちは、赤ちゃん わたしが~ママよ~。♪こんにちは、赤ちゃん わたしが~ママよ~。♪わたし~が~マ~マ~よ~ わたし~が~マ~マ~よ~お~♪は~じ~め~まっしてっ。 わたしがママよ~。・・・あれぇ???ブル乃助は「ママ、しつこいよ。」とい言いたげに(爆)わたしを見つめていた。
June 16, 2005
コメント(9)
やっぱり、駄目だった。朝も、空港への道でも、空港へ着いてからも、平気だったのに、やっぱりゲートへ向かう金属探知機をくぐる直前にブル乃助を抱いている母が、「ピーちゃん元気でね~。元気で大きくなるのよ~。」と話し掛けるのを見て、先日、次に会う時に人見知りをされる事や、顔を忘れられる事を悲しそうに危惧していた父が、何も言わずにそんな母を見つめるのを見ると、本当にダムが壊れたかのように、涙が溢れて来た。日記を書きながら今も泣いているんだから、全く始末に負えない。空港へ着き、意外にも込んでいたカウンターで、父と母、わたしとブルル、それから乳母車のブル乃助は列に並んで談笑していた。こんな事は我が家では前代未聞なのだが、なんとスーツケースの内の一つが重量オーバーで、追加料金が390ドル掛かる、との事だった。慌てて、カウンターの職員の助言通りに、他のスーツケースに重い物を移動させ、なんとか重量を落として、規定の70パウンドギリギリの、69パウンドになった。これに結構時間が掛かって、もう10分で搭乗時刻だった。待合室で、隣の女性が「あら、可愛い赤ちゃん!初孫ね?」と母に話し掛ける。聞き取れなかった母の代わりにブルルが答える。「ありがとう。そうなんです。」「今からどちらへ?」「日本です。」「あら、わたしは今から韓国へ行くのよ。」「そうですか・・・。」世間話は続く。ベンチに座りブル乃助をこれが最後と抱きしめる両親。自分の子供が、自分の親に抱かれて居る。感極まってわたしは声も無く泣き出した。それを引き離すのは、わたし達の決断そのものなのだ。アメリカへ来るに当たって、こういう事は熟考してあった筈だった。数々の理由の内の最大のものは、アメリカでなら、アメリカ人のブルル、外国人のわたしはもとより、その頃はまだ見ぬ我が子も、日本でよりは暮らし易いだろう、という考えだったのに、ブル乃助の為に下した判断自体さえ、この強烈な光景の前には、政治家のスピーチのように、感情の死んだ、血の通わない、くだらない理屈にしか見えなかった。わたしと一秒違いぐらいで泣き出した母。ブルルがビデオを撮っているのにも構わず、わたし達は顔を見合わせて泣き続けた。レンズ越しのブルルも泣いていた。一瞬でも多くの両親とブル乃助の映像が欲しいばかりに、わたしは敢えてブルルを止めもしなかった。もう、時間が無かった。先程の女性が、やっと、「あぁ、あなた達はここに住んで居て、彼等が日本に住んでいるのね・・・。」と言い、それからは邪魔をするのを止めようと思ったのか、他の人に話し掛けていた。「もう、行かなくちゃね。」それからは、「元気でね」と、「ありがとう」とを、何度も何度もお互いに言い合って、わたしがぼろぼろ涙を流す内に、2人は行ってしまった。セキュリティーに引っ掛かり、どうやらさっき重いので手荷物に移動させた父の化粧ポーチの中の髭剃りを没収されそうになったのが見え、(母のパントマイムで内容が分かった)それから、角を曲がって視界から消えて行く直前、「ありがとう!!!」とわたしは叫んでブル乃助のおくるみをぶんぶん振った。飛行機が発つのは、悲し過ぎるので見送らなかった。車の中で、一番辛いのは、「もしこれが最後だったら・・・?」と考えてしまう事。そんな話をブルルとした。そのままゾンビのように真っ直ぐ家に帰り、地下に忘れ物が無いかもう一度確認に行ったブルルが、両親が私たちが貸してあげていたトレーナーやシーツ類、ハンガーなどを、綺麗に畳んでソファーに並べて居たのを見て、目を泣き腫らして上に上がって来た。彼も、わたしの両親が大好きなのだ。(終)
June 15, 2005
コメント(12)
今、久し振りに日記を更新しようとして、いつも時差の関係で日付が一日早いのを自動的に直して更新するのに、15日という日付を見て、なんだか泣きそうになった。明日15日には、とうとう両親が帰ってしまう。一ヶ月以上もの間の滞在の後は、別れも辛いだろうなぁ、とは分かっていたが、それでも、日本に一時帰国して帰って来るいつもと違い、わたしにとってはこの家やブル乃助など、「両親が居ない」という以外の環境は何一つ変わらない別れであり、それ故に一日の中でぽっかりと、家の中でもどっかりと、穴が開くのが容易に想像される。今日はオハイオのあやちゃんが「ご主人」の出張に付いてグランドラピッズ入りし、可愛い愛娘の琴美ちゃんを連れて遊びに来てくれた。あやちゃんとは去年一度会った事が有るが、グランドラピッズへ来たからと言って、わたしに言わなければ分かんないし、絶対にわたしに会う義務も何にも無いのにまた会いに着てくれた事がとても嬉しい。この間北海道のお土産を沢山送ってくれたばかりなのに、今日も色々頂いて恐縮。中でも、おっぱいの出が良くなるように、と、お餅を沢山持って来てくれたのには食いしん坊ブル子は大喜び。琴美ちゃんは写真で見る以上に(写真でもあんなに可愛いのに、だ!)可愛くて、ブル乃助と並べたら当たり前だがお姉ちゃんだった。色が白くて肌のキメが細かくて、睫毛は1.5cmぐらい有るんじゃ無いかな?髪の毛の先だけクリン、としていて、天然ハイライトが入っていて、レストランでも知らない人から沢山声を掛けられて居た。思えば北海道の友達ってあやちゃんが初めてだ。北海道の子って、みんなあんなに肌が綺麗のかしらん??やっぱり、食べ物がいいから???家へ来て貰って、両親と出勤前のブルル、それからブル乃助にも会って貰い、それからあやちゃんの運転で前回と同じAtlanta Breadへ行って、前回を同じハーフ&ハーフのアヴォカドサンドイッチとチキンダンプリングを食べたのだが、なんだか「カリフォルニア・アボカドサンドイッチ」って言うのに変わっていて、ポテトチップスが付いて来なかった(細かい!)が、それでも美味しかった。(笑)楽天で、こうして同じ中西部の同じ年代の(あやちゃん、一緒にしてゴメン!)友達が出来たのが嬉しいが、今回は特に子供の話が出来て嬉しかったし、なんだか余計繋がりや共通項が増えた気がした。あやちゃん、またいつでも来てねぇ。ブル乃助も抱っこしてくれてありがとう、って言ってるよ~!!さて、階下からお夕飯のいい匂いが漂って来ている。(オイオイ手伝えよ。)毎晩舌鼓を打っていた母の手料理も今晩が暫く最後。今晩もだが、明日も、泣かないようにしたいな・・・、と思いながら、既に目頭の熱くなっている情けないわたし。明日は空港で泣かないように、みんな応援していてねぇ。当面は、ブル乃助をスーツケースに入れられないように、それとなく見張って居る。
June 14, 2005
コメント(11)
金田一春彦著の「日本語」と言う本に拠ると、心当てに本を手に取り開いた個所の、会話のカギ括弧の羅列を見ただけで、その人物の性別、教養、年齢、社会的地位などが判るのは、日本語の特徴だそうだ。成る程、英語の場合だと、余りカギ括弧が続くとややこしいので、"Good morning!" He said."What's so good about it?"Her voice was icy cold.なんていう風に、日本語に直すと何かの台本のト書きみたいになる。日本語を毎日話す期間が一ヶ月程続いて、情けない事にわたしは両親に毎日大笑いされている。余り恥を晒さないように気を付けて日記をタイプするのとは違い、(それにしてもわたしはタイプミスが多いのだが、それでも漢字変換様様、なのだ)ポロッと出た一言に、特に意外な場面で大きな反応が有り、ギクッとしてしまう。撮りに撮ったブル乃助の写真のフイルムが一杯になったので、お店へ行く前の両親に1Hour Photoで渡すメモを英語で書き、それから写真の仕上げやサイズなど、希望を訊いた。「サイズはアメリカのだと大きいからね。 このメモを見せたら一時間で現像してくれるから、 お店に着いたらまず写真コーナーへ行くんだよ。 それから、つるつるのがいいか、絹ごしがいいか、訊かれるけど・・・」それから、普通に世間話をしていて、登場人物のどなたかのご主人の話をする時にわたしが「**さんの旦那さんがね」と言うのが、両親には可笑しくてたまらないらしい。「ブル子ちゃん、女中さんみたい・・・!」と涙を流して笑われても、結構複雑な気分である・・・。泣き出したブル乃助のオムツを替えようと二階へ上がろうとしながら母に「ちょっと二階に持って上がるね!」と言って、「まあ!『連れて上がる』でしょっ!」と叱られる。・・・だって、英語では一緒なんだもん、なんて反論してみる。「ゲンコツ山のタヌキさん」の歌詞は、皆様の仰る通り、♪だっこしておんぶして♪だった。まだ首の座っていないブル乃助の場合は、本当に♪だっこしてう〇ちして♪なんだけどね。親戚中に内祝いのカードを書かなくちゃいけないんだけど、パソコン無しでは漢字もおぼつかず、下手をすると勝手なへんとつくりを組み合わせ、実在しない漢字を創作している場合だってまま有る。(恥)頭痛いなぁ・・・。と、打ってみて、「頭遺体」と出て来て大笑い。日本語は大好きだけど、奥が深くて面白いけれど、どうにも得意とは言い難くなると、ちょっと困っちゃう事も、有るのである・・・。
June 7, 2005
コメント(8)
この間「もう20日!」って言っていたのに、もう一ヶ月になったブル乃助。今日は日本の妹が送ってくれた石膏に手形と足型を付ける写真立てに挑戦。ちょっと手が綺麗に開かず、おまけに彼の爪型まで付いてしまったが、それも愛嬌!と決定。いい思い出になるだろう。Newbornしか着られなかった彼も、最近では0~3ヶ月用の洋服が着られるようになった。メーカーに拠ってサイズが違うのは、大人服も子供服も同じのよう。もうすぐで、ハワイ市場ちゃんが送ってくれた可愛いベビー服が着られるだろう。そうしたら、写真を載せちゃおうかな?(まだ考え中です。)最初の頃は、爪を切るのが怖いのと、ブル乃助が自分で顔を引っ掻いちゃうので、手の所をクルリン!と引っくり返せる袖口(名前が有るんだろうが・・・。)で、足元がゴムの筒状の、あまり可愛い!!とは言えない服が重宝した。近頃はオムツの所の三つのスナップもささっと外せるようになったし、着替えの時に頭をくぐらせる時にももたもたして泣かれる事も減った。(まだ時々有る。)ゆきぞーちゃんが京都の銘菓と一緒にお洋服を、あんずちゃんが産後ガードル一式を、Roseちゃんがエゲレスのクマちゃんを、Ayaちゃんが北海道・日本の食べ物と一緒に日本のべボー服を、送ってくれた。次々に届く国際小包に、両親はびっくりしているが、今の所詳しい説明は省いている。(笑)みんな、みんな、本当にありがとう。ブル乃助は幸せだなぁ。今はゲンコツ山のたぬきさんのような毎日だけれど、いつかこんなにみんなに祝福されて生まれてきた事を理解して欲しいと思う。そう言えば、ゲンコツ山のたぬきさんの歌詞、ご存知の方居られるかしらん?♪ゲンコツ山の~たっぬきっさん~♪おっぱい飲んで~ねんねして~♪だっこしてう〇ちして まった明日ぁ~♪しか出て来ない・・・。(汗)なんか違うと言う母も、考えられずに悩んでいる。
June 6, 2005
コメント(7)
あんなに「母乳だったら体重はすぐ戻るよ!」と言われていたのに、産後3週目程から、体重減少が滞っている。この際だから言っちゃうと(笑)妊娠前は45キロ、ちょっと暴飲暴食で49キロぐらいに増え、日本へ帰るのでまた少し落とさなくちゃ、と思っている時に妊娠発覚。だから、スタートが49キロだとしたら、妊娠中の最高値は142パウンドつまり64キロだから、妊娠単独ではほぼ15キロ増えた事になる。退院した時に130パウンド(59キロ)でガックリ、でもそれから毎日1パウンドぐらいの割合で減って、ここ暫く119パウンド(54キロ)で止まっている。あれだけ嘆いていたCanklesは無くなり、目出度く足首は復活した。が、体重のせいか、今まで楽だった靴が痛かったり、一寸まだ不便。体重だけ見ると順調に戻っているようでも、ふっくらした顔や腕、ぽよよん、としたお腹と骨盤、ココナッツのような胸で、なんだか何を着ても合わない。・・・と言うか、着られない!!(涙)やっと、お腹に力を入れて引っ込められるようになったが、それでも妊娠前のパンツもスカートも、ぴったりした物は玉砕。ジーンズもカプリパンツもショートパンツも、全滅。結局ウエストがゴムのフレアースカートか、ジムへ行くようなパンツ、辛うじて昔友達に貰ったバナナリパブリックのサイズ4のスカートを、以前は腰に引っ掛けて履いていたのに、ウエストぎりぎりで履いている。それでも、あんまりパツパツで、田舎から出て来たばっかりのホステスみたいで、みっとも無いったらありゃしない。(号泣)以前は0か2号を着ていた(日本の9号?)ので、ハンガーに掛かったスカートを見比べてみても、4号とは大分差が有る。でも、それすらキツイなんて・・・!モールでセールなんかを見かける度に、[マタニティーでない服を買いたい]+[今の体系に合う服が欲しい]という欲望を覚えるが、今の所、頑張って痩せよう、と心を決めている。半年後にまだ体系が戻らなかったら、着ない服を楽天で叩き売るかも・・・。
June 5, 2005
コメント(5)
先週の土曜日から来ていたブルルの両親が、今日グランドラピッズを発った。いつもの通りのすったもんだやピリピリした雰囲気は有ったものの、なんとか、わたしの両親の前で大爆発する事も無く済んだ。済んでみるとホテルに泊まって貰ったりして何もお構い出来なかったが、今回はブル乃助を大変可愛がってくれて、それだけで2人が楽しめたら、とわたしは今日になって願っている。お昼過ぎに空港へ送りに行った後、わたしの両親、ブルルとわたし、それからブル乃助でグランドラピッズのアートフェスティバルへ行って来た。赤ちゃん連れなので正味一時間ぐらい歩いただけだったが、両親は、数々のステージで踊る派手な衣装のおばあさんの集団や、張り切って合唱する少年達を見やりながら、「アメリカ」の雰囲気を満喫したようだった。爽やかに晴れ渡ったミシガンの空のもとでのゴルフを楽しんだ父や、暢気にお散歩やショッピングをした母は、「ミシガンって意外と素敵な所じゃない!」と思っているようだが、これから家に帰って以前わたしの送った雪の写真を見ても、知っている風景が真っ白なのを見ると感慨も違うのではなかろうか。もう後10日で両親は帰ってしまう。今週一杯休みを取っていたブルルも、月曜日から仕事再開。明日を残すと後は、もう一日しかわたしの両親と過ごす休みは無い。買い物やら観光やらに、残りの日を指折り数えては強迫観念にも似た感情で、両親は残りの日々に無駄の無いように、と焦っている。そして結局、ブル乃助の頬を撫で回したりなんかしている。思う存分したい事は、それだけなのかも知れない・・・。
June 4, 2005
コメント(8)
全10件 (10件中 1-10件目)
1

![]()
