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武漢を訪れるのは約6年ぶりになる。一日目で記憶に深かったのは中国便の中、唯一一人の日本人FAだろう。中国便で働くFAを見るのは初めてだ。中国語の出来ない観光客や中国訪問者にとっては非常に重宝な存在だろう。見ているとそのように感じた。しかし、唯一一人の日本人ということもあってか、他のFAの輪には入れてないような印象があった。仕事に対する姿勢にもやはり違いがあるように思う。日本人FAは仕事の時間内は仕事の事に集中していた。中国人FAは規定の仕事さえこなせばお互いの輪を大切にしていた。例えば常に乗客に気を配って動いている、日本人FAに対して、現地FAは後ろで休んでいた。現地の仕事の姿勢を非難するつもりはない。私が感じたのは仕事に対する姿勢の違い、そしてたった一人の日本人FAの孤独を感じた。スッチーといえば日本人の女性であこがれる人の多い仕事だ。彼女もきっと自分の憧れを叶え、FAになったのだろう。しかし、今の現状に果たして満足できているのだろうか。FAの人を見るたび、時々感じてしまう疑問がある。あのように往々にして綺麗で、何倍もの難関を潜り抜けたのだから、きっと頭脳も明晰なんだろう。しかしやってる仕事は煎じ詰めて言ってしまえば、ただのウェイトレスだ。ただ、給仕をする場所が飛行機の上で、ビジネスクラスの客なら富裕層が多い。それだけの違いしかないように、思える。そこでいつも感じる。虚しくはないのだろうか?まあ、そこで金持ちに出会って結婚する、とか言う話はどこかで聞いたような気がする。それが目的なら満足だろう。言うことはない。しかし自分なら、そんな生活まっぴらだ。彼女は葛藤しているように見えて仕方が無かった。たぶん、自分の心情と重なったのかもしれない。自分の能力を生かした仕事には就けているが、やっていることは本当はたいしたことはない。・・・・しかしながら、大したことにするのは自分次第だ。創意工夫、自ら考えて行動する。それこそが仕事だ。彼女もそう思って踏ん張っているのかも知れない。進もう。
2008/01/25
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先週、去年秋に久々受けていたHSKの結果が返ってきた。 結果に2ヶ月半もかかるなんていかがなものなんでしょう? 7級。 正直、非常に微妙。 昔、この試験が上手く行かず、しばらく落ち込んだ時期があった。 必死で勉強しての結果だったので、 自分は言語音痴なんじゃないか?もしかして自分は馬鹿なのか? という言葉が常に付き纏っていた。 今回はそのトラウマの打破を兼ねて受けた。 そのわりに勉強する時間が無かったけど。 結果の分析として: 良く見れば、昔の自分から上昇している。前進と言える。馬鹿ではない。やればそれだけ身につく。 悪く見れば、かれこれ8年目に入るのに其の程度かよ。 …どちらも真です。 まあ、いい結果が出れば、変に驕ってたでしょう。もし以前と変わりがなければ、またしばらく立ち直れなかったかもしれない。 たかが資格試験ですが私にとっては大きな壁だったから。 とにかく、少しずつではあるが前進はしてる。 人より習得が遅くとも、前進はやめないで行こう。 そんな事を思っている、今日この頃。 くだらん駄弁、失礼。
2008/01/12
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午前中最後の便に乗って関東圏に戻った。天候もよく、曇り、雪の日の多い日本海側と比べ、日中は格段に暖かい。 この日について特に記述することはない。「母さん、お前らが帰った後しばらく落ち込むんぞ。」空港へ送ってもらう車の中で父は笑いながら言っていた。まあ、親父がおるから大丈夫よ、言うと偉そうなので心の中で思った。 一緒に帰った兄貴についても特筆することはない。なぜなら帰り道、ずっと眠っていたから。朝もギリギリ、車の中でも睡眠、飛行機の中でもドリンクサービスも受けず爆睡。こうやってメリハリをつけているんだなぁ。私に出来るのは邪魔しないことだ。沢木耕太郎の映画評風エッセーを読みながら、時間を潰した。「俺は預け荷物あるけん、先帰っていいよ。」兄が気を遣って言ったのかも知れない。食事でもしようかと思っていたのだがそう言われたので、きちんと額面どおりに受け取り、帰ることにした。どちらがよかったのかは分らないが、後悔はしていない。兄弟の間で気を遣いたくないというのが私の心情だし、兄もそうあってもらいたい。行きの時の議論が示すように、事実そうあっているのだから。兄は次の日からスノボ旅行に行く。元気だ。ボードを買った話をしていた兄は楽しそうだった。またそれぞれの生き方で人生を彩り、楽しんでいこう。
2008/01/02
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今年の映画の中でそこそこの評判であり、また最近西洋史に興味を持っていることから、観ることにした。 時代は紀元前何百年、ギリシアがまだ最盛期を迎える前の話だろうと推定。 ギリシアの一都市国家、スパルタの300の兵が3万を相手に戦ったというお話。 スパルタの王は当時は先進国であったペルシアの属国になれ、との要求をはねつける。戦争になるが、祭祀階級が戦争の敗北を予言し、軍が動かせなくなる。 よって王は精鋭300だけを率いて、3万と対決し、壮絶な戦いを繰り広げる。 「人はいかなる位置にあっても、それが自ら最良と信じたものであれ、もしくはそれが指揮者によって指定されたものであれ、そこを、危険を冒しても、固守すべきであり、恥辱に較べては、死やその他の如きは毫も念頭に置いてはならないのである」(プラトン著『ソクラテスの弁明』岩波文庫) ソクラテスはアテネの人だが、この映画の思想を非常に端的に表している。 「壮絶な戦いの中で死ぬことがもっとも名誉である」との考えをもつスパルタ人、その思想を体現した物語。 その考え方に関しては否を唱えるつもりも無く、むしろ、賛成な方である。 魂の探究を続け善く生きることは大切なことである。 しかしこの時期に西洋VSオリエントを題に取るのはなんだか違和感を感じる。喋ってるの英語だから、スパルタ人がコマンドーに見えてくるし。そう思えたのは私だけじゃないと思う。 「グロテスクな場面を含む」と書いていたがその通り。最新VFXを使い、戦いをリアルに再現している、と書けば分かるだろう。 何はともあれ、人生は生き様勝負。自分に恥じない生き方をしたい。 300 スリーハンドレッド(UMD) ◆20%OFF!
2008/01/01
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親孝行の形は人によって様々だ。私はそれをとやかく言うつもりはない。 元旦、兄はこの日、家族皆で大分のほうへ温泉にでもいこうという話をしていた。兄の真意は親孝行から出たものだった。しかし、30、31と夜更かしが続いたため、母が大きく体調を崩した。そういえば昨日、皿洗いなどの家事手伝いを怠っていたのを反省した。3人で説得して母を寝かしつけた後、3人で新年の挨拶を済ませ、帰宅。その帰り道に兄はコンビニに寄る。「ポカリ買って来る。」帰った後気づいたのだが、朝から何も食べていない。食事も取れないといっていたことを思い出した。気が利くようになったなぁ、兄貴。実は自分、温泉が無くなって少々安堵していた。温泉は好きだが元日から動きたくない。今回は家で家族4人でゆっくりしたい、それが望みだった。もう少し日数が長ければ外出も可能だとは思うが実質2日の日程では厳しかった。そこをいくと、兄貴は休み=どこかに出かける、というのがリラックスの方法らしい。兄貴にはいつも驚かされる。最近、リリーさんの『東京タワー』の影響を受けたのだろうか、親孝行、特に母に対して優しくなった。高校時代、兄の反抗期はすさまじく、母を「おばちゃん」呼ばわりし、友人から「お前、実の母親やないと?!」と驚かれたことがあるらしい。今は対称的に両親の誕生日に黒川温泉(九州の有名どこ)のペア旅行券をプレゼントしたり、母が上京してきたときは車を駆って送り迎え、食事まで世話をする。この変化がどういう考えに基づいているかは自分にははっきりとしないが、嬉しい。私は今は社会人として生きていけるようになることがひいては親孝行になるのではないかと考え、今、踏ん張っている。なかなか難しい。兄貴もこういう時期があったのかもしれない。とにかく経済面で安心させて、勉学に励んでもらいたい。これが私の今の目標であり、形だ。今年もまた踏ん張ろう。
2008/01/01
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