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この時代の人物は「姓」「名」「字」(日本語では「あざな」と読む)を持っている。たとえば諸葛亮、「諸葛」は姓、「亮」は名、「孔明」は字となる。また伏龍と称される記述もある。一般的には、「字」は目下の人間が目上を人間を呼ぶ時に用い、「名」は目上の者が目下のものを呼ぶ時に使うとされる。しかしながら、この一般論はすべてに当てはまるわけではない。彼らはどのように呼び合っていたのか、使用される場面を思い出してみよう。まずは例えで出した諸葛亮、彼は劇中ではほぼ、「孔明(kongming)」で呼ばれていた。「諸葛亮」で呼ばれた場合はなかったと記憶している(DVDが出た時に確認が必要)。逆に周瑜は字が「公瑾」なのだが、劇中では一度も使われなかった。ほぼ「周瑜(たしか面と向かっては使用されなかった記憶)」「周都督(言い難そうだった、都督は役職名)」だった。曹操は字が「孟徳」なのだが使用されなかった(うろ覚え)。噂、話題の場合は「曹操」、たしか呉の議論の場所では「曹公」、漢の献帝、及び臣下たちは役職で「丞相」と呼んでいた。字で呼ばれていたのは孔明だけか?と思うが違う。趙雲、字は「子龍」なのだが、彼は「子龍」で呼ばれたり、「趙雲」と呼ばれたりしていた。場面はDVDを見ないと分からない。必ずしも歴史、場面に忠実に呼び名を使用しているとは限らない。娯楽であるのだから、分かり易い呼称を用いるのだろう。これではたしかに、初めて見る人は混乱してしまうのも無理はない。昔、このことを(論点は別のポイントにあるが)修士論文で取り上げた。これもまた興味深い、部分だ。
2008/11/25
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この日、想人の実家にゆく。お母様がご病気であり、医師の見解では余命僅かとの事。お見舞いが目的。ベットに横たわれ、めっきり痩せられていたが、苦痛の色合いは見られず、むしろ喜々としていると表現した方がいい、落ち着いた居住まいをされていた。私の方が最初は緊張やどのように振舞えばよいのか戸惑ってしまい、却って緊張を伝えてしまったかもしれない。しかし、しばらく端座した後は心も落ち着き、余計な事を考えるよりも、自分のできることに集中しようと思え、料理に集中し、心を注いだ。料理に対してここまで心を注いだのは久しぶりだった。お父様がお帰りになられた。以前お会いした時より、印象に残ったことは眼の奥に幾分か悲しみが感じられた。私の気のせいかもしれないが。私たちのことを熟考されていたのだろう。私に向ってこう語られた。「これが将来の、何十年後かの姿です。参考にして下さい。」まさに、夫婦の究極の形だ。数十年連れ添い、お互い、共に生きている。その方が発する重みのある言葉。自分もこのようになれるだろうか。その後、続けて以下のように語った。「二人ともが最も活きる方向で生きて行けばいいと思う。」変に気負わせないための気遣いと、大事な部分を確認していただいた。「夫婦は我慢が必要。でも時にはケンカもするぐらいじゃないといけないよ。」自分勝手に生きるのとは違う事の確認。心に刻んでおきたい。その後、暖かい雰囲気の中で過ごさせていただいた。人生の終盤を自分はこのようにどっしりと構えて過ごす事が出来るだろうか。今はまだみえない。そのために、今を生きよう。
2008/11/23
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「赤壁の戦い」の主役は誰なのか。史書『三国志』から推せば、周瑜だろう。羅貫中『三国演義』から考えれば、諸葛亮ということになるだろう。 悪役として一致しているのは曹操。まさに「治世の大盗賊、乱世の奸雄」たる面目躍如と言ったところだ。 私は諸葛亮が三国志の中で一番好きだ。 色々、賛否両論あると思うが、金城武演じる孔明は人間として成り立ちうる天才という感じで良かった。 冒頭の長坂波においては、盾に反射板を仕込み、突撃を撃退する(あれは絶対孔明の策だと思う)。たぶんこれはオリジナルエピソードだが、ナイスな案だ。 しかし、満足に兵を集められず、(劉備が民を守るために兵を用いた)兵力不足のため、歯がゆい思いをしつつ奔走する孔明。出蘆したてのまだ若さという感じがして人間的だった。 そこから呉王・孫権並びに群臣の説得、周瑜との対談と続く。 一緒に見た歴史好きの友人、えどぅはこの場面がいささか不満だったよう。『演義』では、当初、周瑜は魏への降伏を考えていた。それに対して孔明はそれもいいでしょうと答える。間でうろたえる魯粛(これは日本のみかな)。さらに、孔明は付け加える。二人の人間を献上すれば、戦わずして曹操軍を引き上げさせることができます。周瑜:その二人とは?その問いに対して孔明は、曹操が天下を取った後は呉の有名な美人、小喬、大喬姉妹と過ごしたいと語っていた話を持ち出す。彼女ら二人を献上すれば、丸く収まると語る。周瑜は怒りを抑えつつ、証拠を問い糾す。孔明は曹操の息子、曹植の作った詩を諳んじてみせる。その内容はまさしくその通り、そこで周瑜はブチ切れて小喬は自身の妻、大喬は先主孫策の妻であることを明かし、怒りを以て開戦に突き進む。 もちろん、小喬が周瑜の妻であることは知って孔明は説いている。まさに孔明の妙計。というエピソード。その部分が映画では両人が琴で会話を行い、開戦に踏み切るというエピソードになり、両者共の人物を上げる内容となっている。自分はどちらも好きだ。孔明の会話の妙技もいいし、琴で語るという詩劇性があっても面白い。眠いので今日はここまで。続きは気が向いたときに書こう。
2008/11/20
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三国志ファンとして見逃すわけにはいかず、観にいきました。大満足です。お話は長板波から赤壁まで。関羽、張飛など特に期待どおりの個性の強さで、それぞれの人物が生き生きと描かれていました。三国志を知る友人は周喩の活躍ぶりがあまり好きでなかったみたいですが。たしかに今まで正史、演義では影の薄かった呉の人物の掘り下げが特色と感じました。こういう解釈、賛否両論でしょうが、自分は好きです。一緒に見た三国志を知らない、想人も楽しめたといっていました。簡単ですが以上。レッドクリフパーフェクトガイド
2008/11/02
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