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里中満智子先生講演に駆け付けて下さった方を紹介します。一人は私の師匠でもある竹中ナミさん。22歳の頃からお姉さんのように可愛がって下さった、家族のような方です。18年たっても付き合いが続いているって何よりも嬉しいことです。ナミねぇも講演のことをブログに載せて下ったのでご覧下さいね。ナミネェのブログ→こちらをクリックそれから・・・二人目は小林紀子さん。「きらっといきる」の司会者です。「安藤ちゃん!!!!」と駆け付けて下さったのです。参加申し込みをしておられたことは知らなかった私。「え?え????えええええ~!小林さん!いらしてたんですか!!!」「会いたかったぁ!!!」と久しぶりに手を握り合いました。この方とは・・・9年前から数回お会いしていました。同じ年とは思えない、美しい方!!!わざわざお忙しい方なのに、ディレクターと一緒にいらして下さいました。気が付けば、NHK関係者が数人参加しておりましたので、みんな顔を見合わせてびっくりしておられたそうでした。私、「誰と誰が来るよ」とはお知らせしなかったので・・・けれど、皆さん、多忙の時間を忘れるかのように講演に見入っておられたそうで、よかった、よかった~それから、、、3人目。手話落語家 渚乃ベティーさんです。友人として息子さんと一緒に駆け付けて下さいました♪息子さんも大きくなって・・・・びっくりしました。聴覚障がい児たちや子供達が影響を与えてくれるようなイベントを。。。。今後も実施したいと思います。講演に参加して下った方々、そして応援に駆け付けてくれたスタッフたち!みんな、みんなありがとうございます!!!
2010年01月27日
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昨日は大阪ドーンセンターでマンガワークショップ&里中満智子先生の講演を無事に終了することができました。満員御礼でした。。。。東京、高知からわざわざ来られた方もおりました。里中満智子先生の講演を実施することができ、嬉しく思います。里中満智子先生は、マンガの描き方について、実演をやって頂きました。子供たちがワークショップで描いた作品をご覧になるなど、コンテストで選ばれた子供たちに里中先生の手からプレゼントを渡して下さいました。あとは子供たちと里中満智子先生は記念撮影。もう、夢のような出来事でした・・・。私が小学校の時だったかな?里中満智子先生の「あすなろ坂」のマンガを読んだのは・・・家でマンガを読むと怒られるから、学校帰りの寄り道にある古い何もない小さいお寺?があって私はそこで隠れて読んでいました。当時、私は耳もきこえなくて、言葉もうまく話せず、他の男の子からよく「みみぼう」と言われていました。気づかないふりをしていましたが、やはり自分はきこえない女の子ってやだなぁ・・・と悔しかったとき、里中満智子先生のマンガに出会いました。あすなろ坂の中の女性たちは厳しい戦争の中、生き抜く姿を描いています。小学生の私は涙が出てきました。「今までの女性は強く生きてきたんんだ」と。と勇気をもらえたマンガでした。里中満智子先生のような人になりたい。マンガ家になりたい。もっとも私に影響を与えて下さった方です。今も「天上の虹」を描いておられる・・・どんな状況になってもマンガにペンを取っておられる様子を私は尊敬していました。いつだったかな?私は高校2年のとき第19回りぼん新人賞努力賞を獲得。そのときは漫画家、一条ゆかり先生からアドバイスが。「絵ははっきりいって古風ね。でも17歳の若さがあるからこれから勉強したらいいよ」と。集英社の担当さんとマンガ制作に励んでいたが、なかなか思うように行かないまま、上京。マンガの持込に懸命でしたが、他の出版社にも足を運びました。ある出版社に私の言葉がうまく話せないことを話すと、「耳がきこえない人は漫画家には無理!!」その一言が私を大きく変えてしまったのでした。きこえないことを言われるなんて。関係ないや~!と東京から大阪までの新幹線の中で3時間、ワンワン泣きっぱなしだった私。その後は、最愛の父もなくなり、もう人生真っ暗でした・・・何もかも忘れたい。一人暮らしをしていた私は夜になると涙が溢れてしまうため、里中満智子先生のマンガをたくさん買ってそれを読んで自分を慰めていました。プロはめざすことなくてもマンガが好きだからセミプロとして、4コママンガを描けばいい。そこからまた私はマンガを描くことになりました。そんな年月が過ぎ、MAMIEを設立し、マンガ教室を開催するまで至りました。憧れの先生が目の前にいるのです。講演が始まる前に私は里中先生と二人きりで打ち合わせをしましたが、もう感激でした・・・「私、あこがれの先生と二人きりだぁ♪」講演を聴いてびっくりしましたが、里中先生はなんと今日が1月24日、自分の誕生日だったそうです。62歳になったと・・・ええええ~、そんな大事な日にMAMIEの講演を受け入れて下さったのかと思うと、感無量でした。里中満智子先生、本当に本当にありがとうございました・・・夢のような講演を私たちに与えて下さり、感謝してやみません。「いくつになっても漫画家をあきらめないで」と強調しておられた里中満智子先生。わ、私もがんばります!!!中央が里中満智子先生です。右側の方はプロップ・ステーションの理事長、竹中ナミねぇです。(私の師匠)左が・・・里中満智子先生にデレデレしている私です。(私の手に注目)(きゃあ~、里中先生の手を触っちゃった・・・幸せ。)
2010年01月25日
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障がい児ひとりひとりをみつめ、ともに歩いていく。今の私のスタイルそのものになりつつある。昔はそこまで想像したこともなかったことである。私は聴覚障がい児を中心に指導しているが、ダウン症のひろ君と毎週向かい合っているこの時間が私の大切な時間でもある。違う障害の子供を指導するにあたって、自分を見つめなおすひとつの基本を学ぶ。これが、とても貴重なのです。聴覚障がいもダウン症も同じなんです。みんな同じ人間。しかし、それぞれ持つ障害は違うということを頭に入れておかなければならない。そういう意味で私はひろくんとともに歩いていくこの時間が大きな鍵になっているんです。そういう意味で私は幸せかもしれない。
2010年01月16日
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とも君の話をしたいなと思います。とも君は私の大阪のひまわり教室(パソコン)の元生徒です。現在は息子と同じ中学生3年生です。彼の障害は小児麻痺で、松葉杖か、車椅子で移動します。パソコンのキーボードを打つとき、右手しか使えなかったけど、実はリハビリで左手も使おうと思えば使えるようになると聞いたので両手でローマ字が入力できるように訓練した結果、左手が使えるようになりました。そんな中、中学生になり、勉強に精一杯な日々が続き、ひまわり教室も大阪市の事務所に変わったこともあり、とも君とは会わなくなりました。久しぶりにとも君のお母様からメールを頂きました。「受け入れてくれる高校がなくて、高校探しに悲鳴を上げている」という近況報告を教えて下さいました。「ともの高校の受け入れ先がなくてまだ高校巡りをやっています。私学も良いお返事を頂いていたのですが、土壇場になって拒否されました。なかなか現実は厳しいですね・・・府立高校に切り替えるか、夜間にするか、迷っているところです。」というお言葉を頂き、涙が出てきました。同じ年の息子を持つ母親同士として、、、やりきれない気持ちになりました。「何か私にできることはないか・・・」と思うばかりでした。『私学も良いお返事を頂いていたのですが、土壇場になって拒否されました。』おそらく、私学に国から助成が出る話が出る前はやむを得ず・・・と私学は受け入れようとしたかもしれない。けれど、私学に国から助成が出ると話しが決まった時点で生徒の受け入れが変わったというならば、酷だ。私学も大変なのはわかるが・・・・。どうして目の前にいる生徒を受け入れてくれないのか、思うと悲しい。現実は厳しいとわかっているけど、親としてみれば、どうすることもできないって悲しいもんだと感じました。なんとかともくんの受け入れの高校が見つかりますように・・・!
2010年01月11日
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新年明けましておめでとう!レオンです!!!ねむ・・・・お正月に眠ってばかりだとダメだ!とママからたたき起こされ、1時間位散歩です。ママ、無理せんといて・・・眠い・・・眠いよぉ。ここは・・・どこだと思う?ママの息子の中学校なのだ。ママがもう今年ここを卒業するから、この場所ともしばらくしたらお別れだって。ボクにしみじみ語るねん。ママの息子、もう卒業だもんな。早いわ。年月がたつって早い。「運動不足だと思うからドッグランへ行こう」とママが連れて行ってくれたのは近くの公園のドッグラン。ママはボクのリードを握りながら一緒に走ってくれたの。無理せんといて~。これはおまけ。ママが可愛い♪これはクマちゃんなのよ~というけど・・・マミースタッフのいっちゃんは・・・「クマというより、おサルみたい。。。」マミースタッフのぐっちゃんは・・・「還暦みたい。。。。」こんなマミーだけど、今年もよろしくね♪レオンを応援してください♪
2010年01月04日
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