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「餃子を作ってあげよう」とパートナーが休日に黙々と餃子を作ってくれた。「・・・・スゴイ器用だなぁ」と眺めてた私。にんにくもニラも入っていない、臭くない餃子にはエビを入れてくれた。プリプリ♪器用なパートナーの餃子って初めて食べる。「次は小麦粉で皮を作ってあげるからね」と言ってくれた。「うるる」と私と息子は手作りの餃子を口の中に入れると「生きててよかった」と二人で感無量♪しっかし、なんでもできるんだなぁ~。その餃子がきっかけで、私は毎日、料理の本を見て勉強することに・・・(冷や汗)よく考えてみたら、「美紀の18番」といえるべきな料理がないんだよな・・・。このごろ、私は料理の本を見ながら夕食の支度をするように。中学生のお母ちゃんになっても、まだまだなのだ。頑張るわ♪
2008年01月31日
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ダウン症のヒロ君に教えて2年目を迎える。彼は小学校4年生。最初は平行線だったが、言葉で理解できるダウン症だったので不安を抱えながらも親御さんの強い願いを受け入れることに決心。毎週朝10時半から12時まで1対1で私は彼とパソコン個人レッスン。手取り足取り、ご機嫌取り、「どうして?」質問攻めとのコミュニケーションに時間を随分取られたが、彼はなるべく病気以外休まず、私のパソコン個人レッスンに通って2年目が過ぎた。ヒロ君は成長した。パソコンも成長した。私はヒロ君の性格、癖に慣れたせいか、彼をうまくコントロールできるようになった。「だめ」もはっきり言う。「先生、言葉がはっきりしてないよ!」とギャフンと言われることもあった。私は「さしすせそ」という言葉がうまくいえない。ヒロ君はそれに鋭く、「先生、今なんと言いましたか?」といわれる。くそ~、なんて手ごわい生徒だ!と思いながらも「あ~だ、こ~だと言わないの!」というと、思うように行かない、ヒロ君は机の下に隠れたり、物を投げたりするが、私は開き直る。腕を組んでうんとも言わない。時がたてば、ヒロ君は私に「ボクのことを嫌いにならないで」と泣き付く。抱きしめて「ヒロ君は頑張ればできるよ」とフォロー。ヒロ君は涙をふいて、パソコンに向かう。「できた!」と喜ぶと、ヒロ君の頭がくしゃくしゃになるほど撫でまくる。ヒロ君は褒められると伸びることがわかった私はこの方法で彼にパソコンを指導。この結果を見て下さい。ワードですが、左側が見本です。右側に左側の見本と同じように図形を作成します。右側がヒロ君が作成したのです。ここまで成長しました。キーボードのABC・・・・が理解できなかったヒロ君がローマ字を覚え、今はワードを中心にいろんな図形や線を変化させるまでに至りました。私はとても嬉しいです。ダウン症のヒロ君とコミュニケーションが取れず、幾度もヒロ君のお母様に慰められたことか。レッスンが終わった後、ヒロ君が作ったお菓子を頂きます。いつもヒロ君はお母様と前日、お菓子を作るそうです。。美味しいヒロ君の愛情をたっぷり頂いて私は幸せ♪ヒロ君、ありがとう!そして君が大きくなるまで、社会に出るまでパソコンを一人でマスターできるように頑張ろうね!
2008年01月24日
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MAMIEではパソコン教室経営の他にホームページ制作の業務委託しています。もともと私はフリーランスでそれぞれの一般の企業から制作を引き受けてきました。MAMIEではこのホームページを単独作業から共同作業に変えました。ユーザーと打ち合わせ、そしてスタッフと打ち合わせ。その流れでMAMIEは共同制作が始まります。いつもはおしゃべりでにぎやかなMAMIEなのですが、締め切り前までのMAMIEは集中しているので静かです。私の役目は打ち合わせとそれぞれの作業の振り分け、フラッシュというソフトを使ってアニメを作成します。そしてスタッフに作り方を指導したりすることもあります。自分は、わからないことにぶつかったときはインターネットで検索するか、“ホームページの師匠”であるダーリンに教えてもらいます。(泣く泣く・・・)ダーリンはCGIなどタグを暗記しており、難点があってもすぐ解決できるクリエーターです。私はいつも負けてしまいます・・・。私は昔、積水ハウスグループの積和不動産でフラッシュを使ってマンションの映像(アニメ)をたくさん作成しました。数年、作らなくなって、今回、ホームページのフラッシュの仕事が入り、久しぶりにフラッシュを触ったのですが・・・・。頭の中が真っ白でした。やはり、使っていないと忘れてしまうんです。1日中、ずっとフラッシュを触って触りまくって記憶を戻した私はなんとかフラッシュを使ってムービーを作りました。「ママステージ」上野東http://www.mamastage.jp/maststage/toyonaka/index.html「セイレイ」http://www.air-seirei.com/
2008年01月22日
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程一彦さんをご存知でしょうか?実は私の生徒さん(パソコン個人レッスン)の甥です。いつも彼女は私が指導してる時に甥のことを話してくれました。名前を訊くとどこかで聞いたような・・・・あ、料理の鉄人に出た人だ!と気がついたのです。 http://zaq.ne.jp/tei/profile/そう、私はここで昨夜、MAMIEの新年会をしました。台湾好きなスタッフが多いのでそこにしました。「リュータン」の目印はこのマスコット。このマスコットを見つけたスタッフは「きゃあああああ!」と思いきゃ、携帯でパシャ! お店に入ると雰囲気は台湾そのもの。「きゃあああああ!台湾だ!懐かしい!」スタッフはよく台湾に行ってる。話は無論、台湾のアイドルの話で盛り上がっていた。「どうやったらそんなに燃えるねん?」と私はスタッフに突っ込んだが、台湾好きなスタッフは二人もいたので負けてしもうた。そんなところ、程一彦さんが厨房から料理を持ってテーブルに登場。「きゃあああああああ!」本物が出てくるとは思わなかった。「いつも貴方様の叔母様から話を聞いております」と話すと程一彦さんもびっくり!「お体の様子は大丈夫でしょうか?」「足を少し悪くされましたが、静養をとりながら元気にやっておりますよ」そんな話を交わした。程一彦さんは自ら料理を持ってきてくださるなどの配慮をした。最後にはデザートまで用意。そして、それだけでなく、みんなで「リュータン」のお店前で写真撮影。通行人が立ち止って見るほど目立っていました・・・。彼の作ってくれた「鉄人チャーハン」は感無量。本当にパラパラしており、スゴイ美味しい・・・「また行きたい!」とスタッフが呟いたほど。「今度は子供たちも連れていこうや」また行きますね!程一彦。彼はまさに鉄の料理人。そして・・・程一彦のおばはものすごい大物です。80歳の身でベンツを乗り回し、不動産の社長です。そして週に1度、私は彼女の家まで行ってパソコンを指導します。彼女の息子さんは二人とも医学博士。それから・・・下の息子さんは吉本興業で大笑いをやっています。スゴイ顔ぶれです。なんでこんなスゴイ人なのか???と不思議に思うのですが、それは人と人のつながりを大切にする思いやりから生まれるものです。それを私は彼女から学ぶことが多い。彼女は私にとって先輩。
2008年01月20日
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私はずっと心に引っかかったことがある。それは「ラッキーウーマン」という大作を描くことである。いまだにまだ完成していない。他の漫画は描けるというのに、この作品だけが私にとって大きな課題なのだ。もっと勉強したいと、東京の漫画の担当者に漏らしてしまった。担当者が私のためにわざわざ小学館の漫画編集者に訊いてくれた。「ミキティの場合、いま流行りの漫画を研究し尽くして、自分の固まったスタイルをカイゼン(TOYOTA式)するのがいい」というアドバイスだった。今、私のために講談社にプロのラフを見せようとしてに多くのライターさんが動いて下さる。社内規定が厳しいから、時間はかかっているのですが、こうしてみんなが協力してくださるのは有難い。私は昨日、安野モヨコの「働きマン」を読みあさった。あと5回は読む。ミキティの読み方はこのように進む。(1)台詞だけを読んで漫画を読み終える。(2)主人公の立場になって読む。(3)主人公に憧れる立場(第3者)になって読む。(4)どんなトーンやペンタッチなのか見る。(5)背景やコマ割りを見る。(6)最後に気に入った漫画は分解してみる。(7)台詞だけをパソコンに入力してみる。この台詞だけでこの漫画に完成するのだと見比べる。台詞だけ並べると、小説と違うねん。飾りのない言葉。当然やな、飾りの言葉がない代わりに漫画で表現してるんだから。ミキティは今、ドラマを見るようになった。流行のドラマを見る。これも漫画の時代に乗るためだ。ドラマの多くは漫画から作られるものが多い。漫画とドラマを見極め、どんな漫画がウケるのか、調べるのが一番大切なのか、レポートを頭の中でまとめる。「けれど、大事なのは読者が漫画に入ってしまうような流れが一番やな」常に私のスタイルは自分で作るものではなく、時代に乗ると共にスタイルを作るものかもしれない。漫画はね・・・漫画を描く前に仏前に祈りたいほどの仕事なんよ。私の漫画を読むのは読者だから。今の読者に読んでもらえるような漫画を描くことが一番なんよ。
2008年01月14日
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私はずっと大阪府から連絡が来るのを待ってやっと、昨日連絡が来た。下記の内容がそのメール。「大阪府では補助犬の貸与者募集につきましては、年1回行なっております。20年度の募集は 3月中旬から4月中旬に行なう予定です。(府政だよりに掲載)申請書は市役所で配布しており、提出先は大阪府自立支援課です。大阪府で申請を受理しますと、自宅に訪問し調査を行ないます。調査内容は、募集条件等を満たしているかについて聞き取りに伺います。その後、審査会で審査を行い、貸与候補者の決定を行ないます。なお、今年度は10名の申請に対して4名の方に貸与を行ないました。」ということは3月中旬から申請することから始めよう。しかし、その前に職場となるMAMIEのビルのオーナーに聴導犬の許可を頂かないといけない。先日、オーナーに聴導犬のことを話したが、まだ返事はもらっていない。もしもよ、このビルで火災が起こったとき、私はきっと「黒こげ」だよ。このビル、非常階段がひとつしかないんだな、階段を降りることが出来ないときは窓から飛び降りる・・・・ここは6階。「降りたら即死やな。」「それか、隣のビルの人がご親切に窓を開けてくれたら生き延びるかもしれん」窓を開けて私は呟いた。うーん・・・・。もしそうだとしたら嫌な死に方やなぁ。「黒こげ」と「落下死」はいやだなぁ・・・。冗談でもこんなこと言えないわ。北海道でもひとりホテルに泊まったとき、呟いたわ。「もし、火災が起きたら私、気づかないまま、煙に巻かれて・・・」とか、思っちゃう。そうそう、そこのホテル、朝はサービスで部屋まで朝食を持ってきてくれると聞いて、私は「きゃ~サービスのいいホテルやわ」と喜んだ。「ええホテルやん!どんな形で朝食を運んでくれるのかしら?ホテルボーイ?きゃ♪」と思ったら・・・・よぉ~く、考えてみたら聞こえない私がひとりホテルに泊まるのだ。誰がきてもわかんないんだよ。じゃ、朝食を持ってきてもわかんないんじゃないか~。と慌ててロピーに駆けつけた。「あのぉ~私、耳がまったく聞こえないんで持ってきてくれる時間が決まったら教えて欲しいですけど・・・」「時間は決まっていないです。8時~9時までになってるんです」「えええええ~ノックの音、わかんないんです・・・・」「じゃ、下のレストランに朝食をご用意しましょうか?」案の定、寒い朝、下のレストランで朝食を頂いたが、なるほど、北海道は寒いからみんな部屋で朝食の方が有難いんだな、と実感。自動ドアが開くたびに冷たい風が「ひゅううううううううう」なのだ。そんなわけで私の心は聴導犬の申請に近づいてきた。だけど、現実は甘くないという壁が次から次へと用意されているのだ。大阪府は赤字だらけ。こんなこと言っちゃいけないけど、聴導犬1頭につき大阪府は聴導犬育成のために100万位の助成金を出さなければならない。だから・・・・大阪府はなるべく「聴導犬」のことを必要でないやろ?と言いたいわけだ。大阪府は赤字を埋めないといけないという状態があちこち伝わるねん。まだ私の団地より新しいのに、(右側)隣の団地が潰れて大阪府は阪急不動産に売った。そして今度は(左側)隣の団地を潰すことに決定。そうやって大阪府は赤字を埋めるのだ・・・・。だが、MAMIEの聴導犬の活動を大阪府教育委員会に選ばれ、ビデオ化になる。平成19年度「"まなび、ふれあい、まちづくりプロジェクト"」の第2次審査通過を果たし、選ばれた。2008年4月からMAMIE聴導犬のビデオが大阪府に置かれる。これだけが救いでもある。大阪府は厳しいが、理解してくれるところもあるということを。
2008年01月12日
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息子は1年ぶりにいとこたちと再会。いとこたちは私の兄の子供たち。一緒に並ぶと・・・・おんなじ顔が並ぶ。遺伝やな・・・・・特に鼻と口部分は似てる。ぼやけた写真があったのでそれを載せます(兄、許してくれ)幸い、私にはあまり似てないのが幸運だったかも?そうそう、めいが私の七五三の着物を着たのだ。その写真を見せてもらったら・・・・めっちゃ~可愛い!同じ着物でも何故違うのか?めいは京の舞妓さんみたいで艶やかだった。このブログに載せたい気分だが、兄貴の大事な一人娘なので遠慮しときます。ここ数日、めいと一緒にいたのか、「女の子は可愛い~」連れて帰りたいほどの可愛い姪でした。やっぱり、女の子は違うわ~。と思っていたら、兄貴が仕事から帰ってきた。「このお酒ね、めったに手に入らん酒なんよ。」と持ってきたのは「三岳」焼酎である。三岳というお酒はなかなか入らないだそ~だ。焼酎ファンが喜ぶお酒だ。屋久島の名水で仕込んだ 三岳 本格いも焼酎です 年間生産量が少ないため、貴重な本格焼酎となってるだそ~だ。
2008年01月07日
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しばらく鹿児島に帰郷してました。新年おめでとうございます~。安藤美紀の実家は鹿児島県いちき串木野市にあります。(つけあげの名所です)私はそこで生まれて2歳であとにして鹿児島市に暮らすが、(聾学校に通うため)父が船から降りて帰国して暮らすことも考慮し、いちき串木野市に戻り、実家を建てました。高校2年から1年しか位しか暮らしてない実家。(思い出が薄いのですが・・・)そこには兄夫婦が暮らしています。私が帰ったのはそこの家ではなく薩摩川内市にある母の恋人の家。母はそこでずっと恋人と暮らしてるので私はそこに泊まってきました。母の恋人は大変優しい人で私のために近くにある岩盤浴の旅館に連れていってくれました。それがね、最高!宮之城温泉なんだけど、温泉の匂いがいいの。そこの岩盤浴がなんと1200円なのよ~安い!めっちゃ安い!しかもシャワーが温泉!温泉のシャワーに感動してました!「うおおおお」と何度も浴びていた私です。手塚riyokanというところですが、昔からあった旅館。それを二代目が現代風におしゃれに変えた旅館です。素敵だったよぉ~。んもぅ、最高!岩盤浴に持っていく竹のかご♪かわいいなぁ。もうこの風景を眺めて「極楽~極楽~」と唸ってました♪
2008年01月06日
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