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2005 2/28(月)こんばんは、minminです。今日で2月も終わりですね、ほえ~。2月は「逃げ月」なんて言いますが、今月は私にとってはとても長く感じられました。さて、人間ドックの2回目です。昨年行った所はかなり変わっていました。年度内に受診しないといけなかったのですが、希望する所はどこも一杯で、「しようがない、取れる所を取る!」ということになり隣の市まで出かけました。みぞれ交じりのとても寒い日で、その頃はshinもまだ雨の日歩行があまりうまくなく、出かける時から不安な思いがありました。最寄の駅から10分位歩いたでしょうか。「えっ、ここ?」って感じの建物でした。外見は病院というよりはマンション。「間違いないよねぇ」と言いながら恐る恐る入ってみると、自動ドアの向こうはエレベーターになっていて、どうやら検診の受付は2階のようです。もう一組のご夫婦と一緒にエレベーターへ乗りました。どうやらこちらはリピーターらしく、私たちのようにキョロキョロしていません。エレベーターを降りると、あれれ。ここ、どこ?赤い絨毯が敷き詰められ、微かに漂うお香の香りと琴の音。フロアーの作りは純和風で、受付カウンターには御簾なんかがかけてあるのです。「ええっ、これ何っ」と思いながらも手続きを済ませると、案内係の女性が現れましたが、ナント和服を着ています。ほえ~、こんな人間ドック来た事ないし。「上の階が更衣室になっておりますが、それぞれ個室ですのでごゆっくりお着替えください」とshinと私にキーを渡してくれました。指定された部屋へ行くとバストイレ、小さいキッチン、ベット、クローゼットと丁度ワンルームマンションの作りです。検査着とタオルが一枚用意してありました。「何に使うのかな」と思いましたが、必要だから置いてあるのだろうからと持って検査フロアーへ降りました。検査中は靴ではなくスリッパに履き替えです。シマッタ!…と思いました。shinは病後スリッパを履いていません。踵がない履物は要注意なのです。様子を見て無理なようだったら靴に履き替えればいいか…そう相談して検査がスタートしました。検査の内容は、他の施設と同じですが、一つ終わるたびに和服の女性が次の検査室や待合室へ案内してくれます。何回目かの待合室で、壁に掛けてある施設案内を読むうちに私の疑問が解けました。まず、ここの施設の経営者は「脳内革命」の筆者であること。何かと緊張を強いられる人間ドックを少しでもリラックスして受診する為に、室内装飾やスタッフも和風のしつらえであること。(さすがに検査担当者は白衣でした^^;)この建物はある会社の社員寮だったものを改造したこと。年度内のスケジュールだけに拘って探したので、施設の検索もしないでやってきた私たちでしたが、ここは結構話題の施設のようです。ふ~ん、そっか。待ち時間が一緒になった時、可笑しくてshinと笑ってしまいました。「あとは、バリウムだけだね」そう言っていると、隣に座った女性が「あら、ここは胃カメラを飲むんですよ。ご存知ありませんでしたか?」な、なんと 「胃カメラですか…」本当に何も調べずに来た私たちです。でも人間ドックで「胃カメラ」は初めてです。「え~、バリちゃんもいやだけど胃カメラもねぇ」と今更言ったところでどうなるものでもありません。先にshinが呼ばれましたが、私も4~5人の女性と一緒に呼ばれて検査室へ入りました。横長のソファーに順番に座り、みんな揃ってお口をあ~ん。看護師さんが胃カメラにつきものの、あの苦い麻酔薬をポチッ、ポチッと口の中に流れ作業で入れていきます。そのあと胃の動きや胃酸の分泌を抑えるための麻酔薬を肩にチクッ。だんだんポワ~ンとなってきたところで、ベットにネンネです。麻酔を打ってはいるものの、カメラを飲むときはやはり体が反応します。ずっとナゾだったタオルはこの時の為に必要だったのです。「はぁ~ん、今分かったよ」なんて思っているうちに、検査が終わりました。胃カメラは体を固くせず、うまい検査技師がスルスルっと入れてくれればそんなに辛くはありません。「うん、なかなか上手い人なのね」…まだ麻酔薬の影響で頭はポワ~ンとしたままです。また和服の女性が近づいてきて「暫くお部屋でお休みください、お食事の用意が出来たらご連絡します」と囁きました。ちょっと酔っ払った感じのまま部屋まで行き、暫くベットで横になりました。電話のベルが鳴って目が覚めました。いつの間にか眠っていたようです。おぉ、麻酔も切れたようで本当に目が覚めた感じです。私は麻酔の効き方も醒め方も標準なのでしょうか。人によっては効き過ぎたり醒めなかったりもするかもしれません。shinも着替えが済んだようで、一緒に指定された食事の場所へ行きました。朝から絶飲食だったので体は不調ですが、空腹も感じています。食事のお給仕はもちろん和服の女性です。(ここでが一番馴染んだ感じです)お食事はとてもおいしいものでした。じっくりとした和食で、カメラを飲んだ胃にも優しく、不調で食べ始めたのに食後は随分元気になりました。心配したshinの足元も大丈夫でした。段差が無かったので何とかスリッパで動く事が出来ました。「はぁ~、珍しい人間ドックだったねぇ」とshinと話しながら帰宅しましたが、どうせ胃のチェックがはいりカメラを飲むことになるのならドックで飲んだ方が手っ取り早いのかもしれません。shinも私もストレスのせいか、胃に出血痕があったりポリープが見つかったりしたので、私たちにとってはカメラは正解だったようです。婦人科の検査でもポリープと筋腫が見つかりましたので、やはり検診を受けて良かったと思いました。そんな諸々の思いから今年も同じ所でいいかな…と思っていましたがshinはイヤだったらしく前年と同じ施設の予約を無理矢理取っていました。さて、明日の問診票も書きました。お土産の採取物も用意できています。明日は午後からのスタートですので、7時までに紅茶とトーストを食べる事ができます。私にはその方がいいかもしれませんが、その結果はまた次回に。
2005.02.28
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2005 2/26(土)こんばんは、minminです。とても冷た土曜日でした。インフルエンザが流行りだしたそうですが、皆さんお変わりありませんか。H2Aロケットの打ち上げが成功した…と7時のニュースで言ってました。良かったぁ~。「明日の天気は日本全国微妙かも…」なんて天気予報になったら困りますよね。さて、来週はshinと人間ドックの受診を予定しています。前々職の会社では配偶者も35歳を過ぎると人間ドックの費用を健保が負担してくれるシステムがあったので、毎年受診していました。前職でも同様でしたので、2月に受診したのにshinの発病は6月で。あ~ぁ、何の為の人間ドックだろう…なんて思いもしましたが、やはり受けないより受けた方がいいよね…とshinとも相談し、昨年も受診しました。10年近くも受診していると、その間に受診施設が変わったり内容が違ってきたり…と変化もありました。今日と次回はその辺りをちょっと書いてみますね。以前にも書いたかもしれませんが、私は朝から何も胃に入れないと(水分も固形物も)頭痛がひどくなり、ある時間を過ぎるとどれだけ食べても飲んでもリセット出来なくなる体質です。ですから朝から絶飲食の検査があると、本当にツライのです。まぁそんな不調も覚悟の上で(ちょっと大袈裟?)毎年受ける訳ですから、私にとっては大きなイベントなのですが。私達はいつも日帰りコースでしたので、朝9時ごろからスタートしてほぼお昼には終了です。内容は、採血、採尿から始まり、身長、体重、視力、眼底、聴力、エックス線、肺活量、心電図、超音波…を順番に回っていきます。友人同士やご夫婦での受診も多く、夫々の検査の待ち時間に人間ウォッチングをしたりもしていました。そうそう人間ドックのフィナーレは何と言ってもバリウム検査でしょうか。最初に小さなコップに入った発砲剤を飲み、ゲップ(失礼)をガマンしながらバニラ味のバリウムを飲み干すのです。バリウムの量も結構あって、某ハンバーガー店のシェークの大きいカップくらいありました。「残さず飲んでくださいよっ」私が当たった担当者は怖い系が多かったです。一度こっそり飲み残したら「全部飲んでって言ったでしょっ!」ってエラく叱られた事があります。大体バリウムはコースの最後に来る事が多いので、私の場合バリウム検査は、もうリセットが効かないタイミングになっています。で、バリウムを飲んだ後、胃の写真を撮っていくのですが、固い金属の検査板の両端の手摺りを握りながら「はい、右を向いて~、そのまま上~、もうちょっともうちょっと、はいそうそう。つぎ仰向けになったままちょっとだけ左に傾いて~、左って言ったでしょ、左!はい、それからうつぶせになってすぐ右っ。右ですよっ」なんて具合に狭い金属板の上でチマチマ動く訳です。でもね、もう朦朧としていますから左右だかうつ伏せだか仰向けだかがダンダン分からなくなってくるのです。担当者はそんな事は分からないから、だんだんイラツついた声になってくるのが分かる。人に話すと笑われるのだけど、本当なのですよ。それで怖い担当者には怒られて、終わった時には口の周りにバリウムの白いあとを残したまま、ヘロヘロになって検査室を出るのがお決まりなのです。はぁ~。それからバリちゃんのための下剤をもらって検査が終了です。今まで食事付きのコースでしたので、着替えをして無駄とは知りながらも水分を摂ってホーッとした頃、和食系のジワ~ッとした昼食を食べるのです。あ~ぁ、何で毎年こんな思いをしているのかしらん…だんだん億劫になってきたな。でもね、今年の検査施設は超展望の良い所にありスタッフも優しいはず。おまけに午前中の検査は予約できなかったので午後スタートですから、7時までなら紅茶とトースト(もちろんドライ)なら食してもよく、これはもしかしたら私も少しは楽かもしれない…と密かに期待しています。横浜の観光スポットの中にこんな施設があるなんて知りませんでしたので、最初に行った時は大きな発見でした。皆さん同じ思いなのでしょうか。予約もなかなか取れずに昨年はここでの受診を諦め、違う所にしました。次回は昨年のかなり変わった検査施設でのお話です。
2005.02.26
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2005 2/25(金)こんばんは、minminです。shinが日曜日の検定に向けてPCの前に座る時間が増え、私はちょっと遠慮していました。さて、今朝起きると外は真っ白で少々慌てました。前にも書きましたが、我が家は坂道の途中で小中の通学路なので子供達が沢山通ります。外に出てみると、今朝の雪は大して積もってなく水分が多い感じでした。早速雪かき開始です。すでに斜め前のお宅のご主人が随分きれいにやっていてくれました。おお、私より若い人がいたのだ。雪かきスコップで雪を道の左右に分けていると、お隣のHさんがワンちゃんのお散歩から帰ってきました。Hさんは義母と同い年ですが昼間はご主人と二人でまだ介護保険も利用せず、がんばって暮している様子です。ワンちゃんのお散歩は毎朝欠かさず、いつもは6時ごろ出かけているようです。私が雪かきを続けていると今度は資源ゴミを出しにお家から出てきました。「え~、Hさん、私が出してくるから。坂道の上のほうはまだ雪かきできてないし。あぶないですよぉ」とゴミだしを手伝いました。「あらぁ悪いわね。ちょっと恐いから、じゃぁお願いするわ」とお家に戻りましたが、次はホウキで玄関脇の雪を掃いています。お庭の手入れもマメにする方なので、気候がいい時はお花を見せてもらったり育て方を教えてもらったりするのですが、やはり年齢のせいか、腰や手足が痛いようで最近は少し背中が丸まってきたようにも見えます。一方義母はお昼前に起きてきて(今日はケアマネージャーのKさんの訪問日でしたが)お風呂に入り、「あらぁ今日は雪が降っていたのね」と昼食に現れました。私は考えてしまいました。体の不調はありながらも、老夫婦だけで暮しているHさん。何かあった時の不安感はきっと我が家の両親より大きいかもしれませんが、自分ができる事をキチンとこなしているのはとても立派だと思います。一方両親はアレコレ文句を言いながらもHさんご夫婦に比べれば体力的にも楽をしている分、逆に衰えも早いような気もするのです。私が両親に対して行っていることは、実は両親の為になっていないのではないか…と雪を見ながら思ってしまいました。こんな事、考えなくてもいいのかな。 *-*-*-*-*お昼前に買い物へ行きました。今夜の献立を考えながら歩いていると、きれいな鯵が。「よし、今夜は鯵の塩焼きだ」「ややや、一匹400円。かけるの6人ではナント2400円」…ちまちまと迷っていると大きな鯛が一匹1000円で沢山出ていました。お雛様も近いので鯛も出番なのでしょう。鮮魚売り場の人がきれいにさばいてくれたました。(以前鯛を自分で下ろして出刃包丁をボロボロにしてしました)もちろん養殖ですが、お刺身とお吸い物に出来ます。今日は大衆魚の鯵より鯛がお買い得でした。ただのお刺身ではつまらないのでカルパッチョにして生の野菜と一緒に食べましたが、美味しかったなぁ。鯛が美味しくなってくるのは春が近い証拠でしょうか。国公立の試験も今日から始まりました。受験生と家族が早く笑顔になれますように。
2005.02.25
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2005 2/22(火)こんばんは、minminです。今日は「2」が3コ並びましたね(だから何?)本日のイベントは長女のマラソン大会とshinの就活関係で面接が一件でした。娘は私に似て大トロですが、毎朝駅まで走っています。どんなに時間が無くても身支度には抜かりなく食事も全部食べる娘です。登校時間なんて全~然気にしない娘です。(このあたりおばあちゃんやshinのDNAを濃く受け継いでいます)あはは。「私はね、2月のマラソン大会のために毎朝走って体を鍛えているのよ。時間があればつい歩くでしょう?時間をギリギリにしてモチベーションを高めてるの。分かる?」ったくよく言うよ!です。で今年の結果は…というと4.5キロを20分ちょっとで完走し約400人中97位だったと少々鼻高~々で帰宅しました。なるほど朝の時間も無駄にノンビリ過していた訳ではなかったのね。「じゃあ来年はどれくらいを狙うの?」と聞くと「あのね、3年は受験ですっ。マラソン大会は2年まで」と一喝されました。ほい~ちゃんと進級して志望校に近づく努力をして欲しいものだわ。shinは先日「障害者就職面接会」が東京と横浜であり(すごい人出だったとか)、合計7社と面接ができました。(ってかあれだけ会社が来てるのに場所は狭いし、時間は少なすぎる!とshinは怒ってましたよ、ハローワークさん)その内の一社と今日は2次面接でした。shinが出かけるタイミングには予定があり私は外出中でした。「行ってらっしゃーい」と言った方がいいのかな…とも思いましたが自分で出来たところまでが評価の対象と割り切ることにしました。いろいろと想定問答などを考えたり会社のHPを見たりして面接のシュミレーションもしていたようです。去年はいろいろと気になることだらけのshinでしたが、今年はshinの「身の丈」を評価してくれる会社であれば…という思いが強くなりました。…と言っても過大でもなく過小でもなく適切な評価…って難しいですけどね。夕方関西の親友U子ちゃんから電話があり、懐かしい声を聞けてhappyな気分になりました。私には大事な宝物が沢山あります。明日は「春一番」がふくかもしれないとか。空飛ぶ看板にご用心! *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-7000のキリ番ももうすぐです。前回はうっかり自分で踏んでしまったソコツな私です。^^;getされた方、よかったら足跡を残してくださいね。
2005.02.22
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2005 2/21(月)こんばんは、minminです。もうすぐ雛祭りですね。我が家は娘が二人なので、以前は毎年お雛さまを飾っていました。お片づけの時期は早くがよさそうなので、2月中旬には準備して長く飾るようにしていました。また長女は冬休み中、次女は5月の連休中が誕生日なのでお友達を呼んでお誕生会…はせず、お雛祭りにワイワイ騒いでいましたが。子供達も大きくなり、だんだん飾るのも仕舞うのも億劫になりました。押入れの置くからごそごそといくつもの箱を取り出して、またその箱に仕舞って…考えるだけで一日延ばしです。お雛さまの他に市松人形が2体あり、子供達は「夜は不気味だから何か被せるとかして」と毎年言いました。おまけにいつの頃からかお雛さま仕事をすると腰が痛くなるようになりました。押入れからの出し入れの姿勢が原因でしょうか。そんなこんなでこの2年ほどお雛さまとは会っていません。一昨年は長女の受験を理由に(どんな訳?)飾りませんでした。でも家族で行った熱海の美術館にとても立派なお雛さまが飾ってあったので、ちゃっかりその横でお写真を撮って帰りました。へへへ。昨年はshinのこともあり、何だか前向きな気持ちになれない2月でしたので、やはり飾りませんでした。我が家のお雛さまはお内裏様とお雛さまだけで、あとお道具が少々ですが、それでも「ああ面倒だな、ガラスのケースに入ったタイプにすれば良かったかも」なんて罰当たりな事も思ったりしましたけど。飾ればパッと部屋中が明るく華やかになるのは分かっているのだけれど。今年はどうしようかな。ちょっと迷っています。
2005.02.21
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2005 2/20(日)こんばんは、minminです。昨日に比べて暖かく凌ぎやすい日曜日でした。今夜は家族の好物の皿うどんを作りました。ご存知ですか、皿うどん。またまた長崎話になりますが、長崎名物「チャンポン、皿うどん」と言えば「あ~」と思われる方も多いかもしれませんね。皿うどんとチャンポンの大きな違いは、チャンポンが汁麺で皿うどんはあんかけ麺ということでしょうか。と言っても上に乗っている具は同じと考えていいでしょう。個人的にはチャンポンが好みなのですが、家庭で一人分ずつ麺を茹でるのはちょっと…。作る時は殆どが皿うどんです。チャンポン麺は「唐あく」という長崎独特の素材を使った黄色い麺が特徴で、食べるとその風味が口中に広がりますが、他に例える物が無いのでちょっと説明ができません。皿うどん麺は細めんと更にそれを揚げたバリ麺、また好きな人はチャンポン麺を太麺と注文して食べるようです。一般的に細い麺が多いのですが、口に刺さるようなバリ麺が好物の人もいます。家庭で作るときは細麺で作ります。最近は関東のスーパーでも麺だけは売っていますが、私はやはり長崎の麺で作ります。うちの家族は細麺が好きで尚且つ両親は軟らか好みなので、一度スープに浸してフライパンで軽く焼きます。さて、具です。キャベツ、タマネギ、青ネギ、もやし、豚肉、カマボコ、ハンペン(注1)、イカ、アサリ、カキ(注2)、きくらげ…ざっとこんな感じでしょうか。これらを炒め合わせて調味をし、チャンポンはスープ&麺の上に、皿うどんはとろみをつけて麺の上にかけます。何と言ってもスープに特徴がありますが、最近は麺を買うとスープも一緒についてくるのでそれを使えば間違いありません。注1のハンペンですが、チャンポン皿うどん用のハンペンは20センチ×15くらいの平べったい形で厚さが2センチあまりですが下が白上が紅の二層になった物を使います。注2のカキは冬場だけですが、魚介類とりわけあさりやカキが入るとスープにこくと深みが増し、とても美味しくなります。長崎には何故か「チャンポン屋」はありますが「皿うどん屋」はありません。チャンポン屋で皿うどんも食べるのです。また出前を取るとチャンポンは一人分ずつの丼に入ってきますが、皿うどんは大皿にドカンと中高に盛り付け大きなステンレスのボールを被せて配達してくれます。大勢でお皿を囲んで食べるのが長崎スタイル。さらに、リポ○タンD等のドリンク剤の空き瓶にサラサラ系のソースがついてくるのがお決まりです。さて今夜の出来は…もちろんバッチリでしたよ。6人家族なのでいつも30cmくらいの大皿で二皿作ります。ただハンペンはこちらでは手に入らないので紅の板付きカマボコで代用します。またカキはダメな人がいるので、アサリだけにしましたがやっぱり美味し~い!以前、永六輔さんが長崎のあるお店で「昨日の皿うどん」というメニューを見つけて食べたらとてもうまかった…と話していました。バリ麺で作っても一晩経つと具の旨みを吸って麺もシットリし、おいしいのです。明日の昼食で「昨日の皿うどん」を食べるのは…きっと両親でしょう。 *-*-*-*-*蛇の足*-*-*-*-*-もしかしてチャンポン食べたくなりました?ほぼ全国展開している○ンガーハットは、私が若い頃できました。その頃の地元では、値段の安さゆえに中高生は食べに行くものの、なかなか受け入れてもらえなかったように覚えています。しかし高校の同窓会MLで「あれだけの味をいまどき380円で提供しているのは評価に値するのではないか…」と故郷を離れた先輩方が「○ンガーハットの名誉復活」を唱えました。(何と大袈裟な…と思われるでしょう、これが長崎人です)私も早速始めての○ンガーデビューをしてみたところ…。チャンポンは旨い。380円であれだけの味を出す企業努力は認めてよい…と思いました。ただ皿うどんは残念ながら、別物と思って食べたがよいでしょう。ちょっと違います。どうしても本物の皿うどんを食べたくなった方は…どうぞ本場長崎まで足を延ばしてみてくださいね。今夜も長々と長崎話になってしまいました、スイマセン。
2005.02.20
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2005 2/19(土)こんばんは、minminです。今朝はこの辺りは雪が降りました。朝一番の窓の景色が真っ白だったので慌てましたが、道は大丈夫でした。いつもは子供は起こさないのですが、なにせ坂の上に住んでいるので余裕を持って登校したがよい…と思い長女に「雪が降っているから早く起きたら?」と声をかけました。結局朝食に降りてきたのはいつもの時間。「ねぇ、母の愛の声は聞こえなかった?」と尋ねると、「雪が降って喜ぶ年でもないし…」と冷めた答えです。喜ばそうとした訳ではなかったのですが、まったく可愛くないお年頃です。でも足元だけは雪対策で出かけた娘でした。我が家は坂道の途中にあり、小中学生の通学路になっているのでお休みでない日は朝早くから雪かきをします。しかしご近所の平均年齢もだんだん高くなってきていて、私でも若者!(笑)なので我が家の前だけでなくかなりの距離の雪かきをすることになります。shinにはまだ出来る事ではなさそうなので、去年の冬も「降りませんように、降りませんように…」と願っていましたっけ。(雪かきスコップを玄関に立てかけておいたのが良かったのかもね)今年はお正月から雪でしたが、学校が休みをいい事におさぼりしました。幸い早めに溶けてくれたので、良かったです。さぁ雨水も過ぎ、暦の上では春間近ですが、雪まだ降るかなぁ。
2005.02.19
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2005 2/18(金)おはようございます、minminです。長い事お休みしまして、ごめんなさい。なかなかPCの前に座ることが出来なくて…。皆さんにはご心配をおかけしましたが、父は10日の明け方に亡くなりました。前日の3時ごろ私は父のもとへ着きましたが、父は私のことを待っていてくれました。それから半日をかけてゆっくりとディミニエンドし、最期はPが4つくらいの小さな息をして眠りにつきました。遠く離れた娘としては心残りばかりですが、父が好むような見送りが出来た事が小さな慰めです。今日だけシミジミ系でもう少し書かせてくださいね。ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、長崎では「たこあげ」のことを「ハタアゲ」と言います。ハタはヤッコサンや武者などの絵柄ではなく、白・青・赤の配色(オランダの国旗色と関係があると聞きましたが…)でのデザインで形も四角形で大きさも様々です。春になると長崎人は風頭山(かざがしらやま)をはじめ近辺の低い山に登りハタアゲを楽しみます。小さい頃はお弁当を持って家族でハタアゲを楽しんだ事も度々ありました。長崎のハタアゲの特色の一つにビードロがあります。これはヨマ(タコ糸)にガラスの粉を付着させ、近くに寄ってきた別のハタのヨマを切ってしまうのです。少々乱暴ですが切られたハタは切った人のもの…が長崎の暗黙のルールです。ただでさえも風の抵抗でヨマを手繰る指は痛いのですが、ビードロを着けた時は専用の皮のプロテクターをはめます。ハタの手入れをし、ヨマを専用のカゴに絡まらないようにセットし、ビードロも着けて…と大の大人が準備から楽しむハタアゲです。そんなハタアゲが父も大好きでした。父と母が結婚して間もない頃、二人でハタアゲに行ったそうです。その日も父はビードロを着けたヨマを使っていたそうですが、あいにく切られてしまったそうです。そしたら何を思ったのか母はハタが落ちた辺りへ駆け下りていったそうです。数分後母の手には父の切られたハタが…。切られたハタは取り返さない…ルールをうっかり母に教えていなかった父でした。おまけに相手はバイオレンス系の人だったらしく、父は呆然としたようです。(よくこれでケンカもおこるとか…)青ざめた父に母はニッコリ笑ってハタを渡した…お酒が入ると父はよくこの話をしていました。我が家の可笑しなエピソードの一つです。ハタアゲの他にも長崎には精霊流し(さだまさしの曲で有名ですね)や諏訪神社の秋の大祭:長崎くんちなどのお祭りがあります。どれもが長崎の季節と地域に密接に関わるもので、父もとても楽しみにしていました。大はしゃぎする人ではなかったですが、毎年毎年お祭りは楽しみにしていたようです。「長崎ランタンフェスティバル」は10年程前に始まった新しい長崎のお祭りです。最初は中華街を中心に「春節」を祝うイベントとしてスタートしたようですが、今や全市を挙げての2月のお祭りになっています。父が入院していた病院は中華街のすぐそばで、お祭りのざわめきや中華街にはつきものの派手なバクチクの音なども聞こえていました。長崎が大好きな父がランタンフェスティバルの最中に亡くなったのも父らしい最期の決め方だったのかもしれません。気持ちを整理するにはまだまだ時間がかかりそうです。うっかりすると仕事の手が止まり、鼻の奥の方がジーンとして目がウルウルしてしまう私です。でもゆっくり自然に任せようと思っています。最後になりましたが、掲示板やコメント、メールなどで沢山の方から励ましやお悔やみの暖かいお言葉を頂きました。どれも私の気持ちに沁みるものばかりで、本当に感謝しています。改めてこの場を借りてお礼申し上げます。どうもありがとうございました。明日から普通のminminにもどりますね。シミジミ系にお付き合いくださりどうもありがとうございました。
2005.02.18
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2005 2/8(火)こんばんは、minminです。今日も寒い一日でした。さて明日から父の病気見舞いに九州へ行くことになりました。今のところ帰りの予定が立っていませんので、しばらく日記はお休みしますね。落ち着いたらまた書きます。皆さんも風邪などひかれませんように。では、また。
2005.02.08
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2005 2/6(日)こんにちは、minminです。お天気続きで超乾燥モードです。火曜日に降るらしい雨に期待しています。さて、来週はバレンタインデー。本来の姿からは大きく形を変えてしまった日本のバレンタインデーのようですが、もう現代歳時記の季語にもなっています。我家にも娘が二人いますが、最近は男の子にはあげずに「友チョコ」が流行っているとか。トリュフ系ありチョコレートケーキ系ありブラウニー系あり…とみんな好きなもの得意なものを作ってお友達にあげたりお弁当の時間に食べたりしています。例年我家でも娘達が100均でかわいい袋を買ってきて10人分くらいを個包装にしています。今年は数が多いから個包装にはしないで大きな箱に入れていこうかな…は長女の計画。オーブンを使わずに作る簡単チョコがお薦めですが、中でもマシュマロを溶かしたチョコでコーティングしたものや、カステラ系のお菓子とドライフルーツやナッツ、ラム酒などをマゼマゼして小さく丸め、チョコ&ココアコーティングするお菓子は毎年作ります。昨年長女が「お母さん、バレンタインデーの時って男子はなんか落ち着かないんだよね。ソワソワしてて可笑しいの。今日なんか帰りのスクールバスのなかで△君が{チョコ残ってないの}だって。男の子は友チョコって好きじゃないらしい」と笑っていました。男の子は、いえ男性はたとえ義理チョコでも欲しいものなんでしょうね。11日の祝日は親子でチョコレートデーです。ワイワイ騒ぎながらお菓子を作るのが恒例になっています。今年はどんなお菓子にしましょうか。
2005.02.06
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2005 2/5(土)こんばんは、minminです。もう週末です。早っ。さてさて南半球のブラジルではカーニバルが始まりました。陰暦を使うため毎年スタートが違うそうですが、今年は2/5~2/8まであるそうです。もともと謝肉祭はイースターまでの禁欲生活に入る直前の儀式だそうで、どこの国でもお祭りと宗教は密接な関わりがあるのですね。きらびやかな衣装に身を包みノリのよいサンバのリズムで踊り倒すあのエネルギッシュなお祭りは日本人の想像を超えるものかもしれません。一年間をこのお祭りの為に働き、かつ準備をする・・・と聞いたこともありますが、お祭りにかける情熱はスゴイものなのでしょう。パレードでは音楽、衣装、ダンス、など十にも及ぶ採点基準があるとか…。踊る人、演奏する人、楽しむ人…それを見に行く観光客は80万人と言いますから、ド迫力ものです。そんなキラキラするブラジルと対照的なボサノバの世界も私は好きです。「ボサノバ」というジャンルはどこのCDショップでもかなりのスペースを取ってありますが、その歴史は意外と新しく誕生してまだ40年ほどです。「ボサノバ…新しい音」という意味だそうですが、アントニオ・カルロス・ジョビンとジョアン・ジルベルトが作り出した音楽と言っても過言ではないくらい、この二人の影響は大きいでしょう。「イアパネマの娘」や「マシュケ・ナダ」はとても有名な曲ですね。決してバラードではない、どちらかと言えば囁くような歌い方のボサノバは息づかいまで分かるような所で聞きたい。以前にも書きましたが、「癒し」とか「和み」という言葉を口に出して使いたくない私ですが、ボサノバは私を静かに落ち着かせてくれます。ちょっぴりパウダーな声が似合う「おいしい水…AGUA DE BEBER」や「3月の雨…AGUAS DE MARCO」あ、どっちも水だ、ちょっと元気なワン・ノート・サンバ…。日曜日の午後5時、夕食の準備をしながら聞くJ-WAVEのボサノバ番組は私のお気に入りです。明日はカーニバル特集かもしれません。楽しみです。
2005.02.05
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2005 2/4(金)こんばんは、minminです。今日は介護保険の利用でOTの先生の訪問日でした。昨年の11月から我家の担当になられたO先生ですが、shinにも両親にも積極的に関わって下さり、とても心強い存在です。冬場はどうしても運動不足になる両親を誘い、今日は近くの自然公園までの散歩でした。二人とも外出の時は杖を使いますが、義母は歩行器の方がより安定するらしく、今日は軽めの歩行器を押しての外出になりました。義母と義父は起床の時間から違うので昼間の生活時間も微妙にずれ、義父は一緒に行きたそうにするのですがなかなか一緒にお散歩…という段取にならないのです。でも今日は前回からのお約束でお天気も良く、二人とも嬉しそうに出かけました。(義母はこの日のためにスニーカーも新調していました)家族が運動や散歩を勧めてもなかなか出かけようとはしませんが、先生に関わってもらうことで両親も弾みがつくようです。shinが発病した時、shinの事と共に両親の今後がとても心配になりました。ショックで寝込んだり、認知症の症状が出たりしたらどうしよう…そんな不安が私を捉えました。結果として介護保険の利用は私たち家族にとって大きな支えとなりました。ケアマネージャー、訪問リハビリの先生、ヘルパーさんと一月に10日あまり人が来てくださり、それだけでも両親の笑顔が増えました。それに加えてそれぞれの分野の専門的な助言やアドバイスはいつもタイムリーに私たちを支えてくれました。家族だけでは抱えきれない問題も介護保険を通して乗り切れたと思います。介護保険も時間が経つにつれいろいろな問題も出てきました。今後制度の見直しや改正も行われるかもしれません。安易な利用は良くないと思いますが、介護は家族だけで解決できる問題ではないのです。それでも介護される人と支える人が少しでも幸せな時間が過せるように介護保険が存在してほしいと思っています。介護保険に関してはもう少し書きたいこともありますが、また次の機会にしましょう。
2005.02.04
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2005 2/3(木)こんばんは、minminです。今日は節分ですね。お宅ではもう豆まきしましたか。1週間前は「予約受付中」でしたが、今朝のスーパーのチラシには例の丸かぶり寿司が季節品としてでっかく載っていました。私も初めて「恵方巻き」なるお寿司を買ってみました。まあカットしていない太巻きなんですが、お作法?通りに今年の恵方:西南西を向いてガブリと食べてみました。太巻きって太いから太巻きって言うのですね。ワイルドな食べ方は初めてでしたが、口をかなり大きくあけないと食べられませんでした。太巻きの魅力は何と言っても数種類の具と酢飯と海苔の織り成すハーモニー(ちょっと大袈裟!)だと思うのですが、ガブリと食べると更に美味しく感じたのは私だけではなかったようで、家族もいつもよりニコニコしながら食べていました。でもアングリとかぶりつくものや繊維の強いもの硬いものは苦手の両親にはカットして出しましたけど。たまたま通りかかったお団子屋さん(関東の不思議:お団子やお饅頭と一緒に巻物やお赤飯が売ってあるのが以前はとても不思議でした)も今日は沢山の巻物のポップが貼ってありましたが、中でも「エビフライ巻き」や「ヒレかつ巻き」なんてのにはちょっとビックリしました。「あぁ今日は節分だね」といつもと違う食べ方で食卓の話題が増えれば、それだけでホンワカ暖かい夜になりますね。明日から暦の上では春ですね。「春」をつかむ為に最後の追い込みの学生さんも多いことでしょう。みんなガンバレ。
2005.02.03
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2005 2/2(水)こんにちは、minminです。ヨハネ・パウロ二世…246代の教皇です。バチカンでのスピーチの様子などでご存知の方も多いでしょう。私の出身地長崎では歴史的な背景もあり、カトリックの信者さんも大変多いのです。そんな長崎ではヨハネ・パウロ二世の事は「パパさま」と呼ばれています。私は信者ではありませんが、教皇への尊敬と親しみを込めてそう呼ばれているのでしょう。そんなパパさまが長崎にいらしたことがありました。調べてみたところ1981年のことでした。教皇になられたのが1978年でしたから、年齢も60代でまだまだお忙しい最中だったのかもしれません。長崎に来られたのは確か年が明けて暫く経ったころだったと思います。野外での御ミサか集会だったか覚えていませんが、普段はスポーツをするグラウンドにいらっしゃるということで、それはそれは沢山の信者さんがあつまりました。ずっとお天気が続いていたのに、どうしたことでしょうか。前夜から雪が降り始め、当日は長崎には珍しく雪景色になってしまいました。それでも会場のグラウンドには続々と信者さんが集まりました。先祖代々の信仰を持っておられる方々には、遠く離島や僻地に敢えて住み続けていらっしゃる方も多いのです。雪かきも何も出来ていないグラウンドのギャラリー席(と言っても殆どは地面でした)は本当に本当に沢山の信者さんで埋まりました。「パパさまのそばでお言葉が聞けただけで…」と言葉を詰まらせる年配の女性のインタビューの様子を見たように記憶しています。私もまだ若い頃でしたので、「ふ~ん信仰ってこんな感じなのかな」と幾分引いた気持ちで見ていたように思います。最近は巷に色々な宗教が溢れていますが、やはり長く続いてきた歴史を持つ宗教はそれだけのものを備えているのだと感じるようになりました。1/21の産経新聞には在位26年は史上3番目の記録と書かれていました。信仰の有無は関係なく人を優しく穏やかにしてしまうようなパパさまの笑顔が私は好きですが、最近はご高齢に加え持病もおありだとか…。お昼のニュースではインフルエンザに罹られた…と報道していたようです。後継者云々とささやかれたりもされているようですが、パパさまが一日でも長く健やかにお過ごしになられるように…と思った午後でした。
2005.02.02
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2005 2/1(火)こんばんは、minminです。日本中とても寒い2月のスタートになりましたね。今日は先週の続きです。7月で80歳になる義母が携帯デビューをしました。購入までの経緯は1/25に詳しく書きましたので省略しますがCMも盛んにやっている「超簡単携帯」を買っちゃいました。先週チェックしたショップでは担当者が外出中で、慣れないスタッフがあれこれ手続きを進めてくれました。必要な証明書類にも不備があったりと、事前の準備がちと足りなかったのですが、これも何とかなりました。書類の記入も普通は人任せの義母ですが、今日は全部本人が記入していました。「へぇー携帯を買うのって結構大変なんだねぇ」と言ったので、「携帯を使った犯罪も増えてるから本人確認もしっかりあるのよ」と説明すると妙に納得していました。携帯は本当に簡単な作りでボタンも数字と電源の入り切り…くらいしかありません。呼び出し音も高齢者への配慮からかとても大きな音です。液晶の画面もありません。それでも義母はちょっと嬉しそうでした。幾つになっても新しいもの・ことへの興味は持っていて欲しいと思います。長女が義母のベッドサイドに充電器をセットしてくれました。「外出の時だけでなく、休んでいる時に家族を呼ぶような時も使えるよ」と娘が言うと義母の顔がパッと晴れました。携帯を持つことで義母が「安心」を実感したのでしょう。暫くは外出する時に「携帯持った?」と家族が聞く日々が続くでしょうが、義母の日常に小さな弾みがついたのが本人も家族も嬉しいことでした。
2005.02.01
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