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楽天フロフィールで、新しいお友達が出来つつあります。
過去に記しましたが、とても興味あるお話ゆえ再録してみました。
京都本来の姿に戻って、京都観光の最も多く訪れられる
清水寺に訪問される前に、本日のお話は参考になると思います。
清水の舞台から眺めて対面に「子安の塔」(こやすのとう)が
見えます。その東麓に、延鎮さんと行叡居士と会われた場所か
あり、立札に書かれています。奥の院からその辻を多くの人は
通られますが、急ぐ気持ちからか、殆ど立ち止まられません。
しばし往時を立ち止まって偲ばれるには最適の場所と心得ます。
【清水寺の縁起】
昔々、奈良は高市郡の【小島寺】にとても足の速い、
小僧さんが仏に仕えていました。名を 【延鎮】(えんちん)
と称しました。或る日 【夢のお告げ】 があり、むしょうに
足はある方向に向かってとまりませんでした。
何と、未だ京の都も制定されていない、少し前に、東山の
山麓で、足が止まりました。
不思議や、延鎮の前に、杖を突いた白髪の仙人が現れました。
【行叡居士】(ぎょうえこじ)と言う方で、庵を設けて、
修行されていました。
【行叡居士】は、【延鎮小僧】さんに 「この霊木で観音さんを
彫り、祀って護りなさい」 と伝えて、姿を消されました。
8年がかりで、彫った観音さんを、山中で、祠を建てて護りました。
或る日、鹿狩りで、「雌鹿を射止めた」 【坂上田村麻呂】
(さかのうえたむらまろ)と、ばったり出くわしました。
延鎮は、「何故そんな殺生するのか?」と問いただすと
「妻が腹ぐみ、雌鹿の生き血を飲むと安産する」との
迷信に、延鎮は、戒め「私の彫ったこの観音さんに祈る事により
きっとお恵みが有ると」と説得。事の理をわきまえた
田村麻呂は、雌鹿を鄭重にこの地に葬り、妻と一緒に
観音さんを日参されました。
日も満ちて、【玉のような男の子】が誕生しました。
大喜びで、貧しい、祠を素晴しい大きい御堂を田村麻呂は
寄進しました。
この噂は、村中に広がり、われもわれもと参詣する人が
増え、御堂前は、混雑しました。そこで、岩間に懸崖を
造り、出来上がったのが、現在の 【清水の舞台】 と
成りました。 【清水寺は安産の祈祷寺】 が本来の姿で
衆派も奈良の 【北法相宗】(きたほつそうしゅう) と
されています。 京都一観光客が多いです。