『ティンブクトゥ』
ミスター・ボーンズは飼い主であるウィリーが、
もうあまり長くは生きられないことを知っていた。
ウィリーは詩や小説、エッセイなどで埋めつくした74冊のノートと、
ミスター・ボーンズを、高校の時の国語教師、ミセス・スワンソンに、
託すつもりだった。
土曜日の午後、ミスター・ボーンズが怖れていた通りにウィリーは倒れた。
ミスター・ボーンズには人の言葉がわかるが、しゃべることはできない。
世界のどこかにはタイプライターを打つ犬がいるそうだが、
ウィリーがミスター・ボーンズにタイプライターを教えることはなかった。
ウィリーはそれを深く悔いていたが、残りの人生はあまりにも少なかった。
犬目線の物語は、世の中にたくさんあるけれども、この主人公(主犬公?)、
ミスター・ボーンズは、なんとも哲学的な、世の中のことを悟っている犬。
それもそのはず、飼い主のウィリーは、貧乏であるばかりか、一人ぼっちで、
身体的な病気を持っている上に、精神的な病も抱えている、という、
犬としても、いや犬でなくても、あまりパートナーとして一緒にいたくはない、
そんな人物で。
しかしウィリーは、ミスター・ボーンズを犬以上、家族以上に扱い、
ミスター・ボーンズにしても、ウィリーの生活と、そしてその人間性を、
誰よりも深く理解しており、そして何よりウィリーを愛している。
もちろんそのことをミスター・ボーンズは伝えることはできないけれど、
ウィリーはちゃんと分かっていると、ミスター・ボーンズは知っている。
ウィリーはミスター・ボーンズを猫可愛がりしていたわけではない。
犬以上の生活を、与えていたわけでもない。
犬以上の何かを、求めていたわけでもない。
それでも、離れがたい2人。
家も何もかも捨て、手に持てるものだけを持って、旅に出た2人。
激しい咳の間に語られるウィリーの言葉を待つ、ミスター・ボーンズ。
ウィリーも路上で行き倒れてそのまま死んでしまうほど不幸だったが、
ウィリーを失った後のミスター・ボーンズも、幸せではない。
むしろミスター・ボーンズは、自ら幸せから逃げてしまった。
その行動は、新しい飼い主には理解できなかったかもしれない。
読み手である私たちにも、理解しがたいことで。
でも、ミスター・ボーンズにとっては、そうすることが自然のことで。
ウィリーのいない世界では、自分もいないも同然。
ウィリーのいるティンブクトゥという場所に犬も入れるというのなら、
そこに行くまで。
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