全7件 (7件中 1-7件目)
1
熊本の慈恵病院は、「こうのとりのゆりかご」がある病院として有名だ。その設立者の蓮田太二医師が84歳で逝去されたようだ。この方、熊本県で遺棄される新生児が相次いだことから、2007年にこうのとりのゆりかごを病院内に設置され、以後その運営を行ってこられた方だ。2020年までの14年間に155人が預けられたそうで、医師として人命を救い、その上にリスクを背負ってまでもこのような施設を作り医療だけでは救えない命までも救いの手を差し伸べられたなかなかできることではないと思う。この世界に「天国」というものがあるとするならば間違いなく「天国」へ登って行かれる方と思う。ご冥福を心からお祈りいたします。さてこの「こうのとりのゆりかご」無償ボランティアで経費と面倒事ばかり発生し今の日本の法律ではいろいろと微妙なところがあって訴訟リスクとかも内包しており、よほどの覚悟がないとできない。だからこそ、趣旨に賛同する人は多くてもいざ自分が実行しようと一歩踏み出すことは容易ではない。慈恵病院が今後このゆりかごを継続できるのか、どうかとても心配だ。もう14年も実績があるのだから、そろそろ本来担うべき行政が仕組みをつくって肩代わりするべきと思うのですけどね・・・このあたりが「少子化」だから子供を産んでくれ、とか言っておきながらやるべきことをやらない日本政府。高齢化はまあ、仕方がないことかもしれないけれど、少子化の方は人災だと思うんですよね・・・今の状態だと、子供を産むのは罰ゲームみたいな感じすらしているわけでいくら個人の自由と言ってもね今の日本ではまだ、この世で一番大事なものは「命」という価値観が大勢をしめている。しかしいくら命が一番重いと言ってもね具体的に救済の手を差し伸べる「行動」をしなければ口先だけになると思うんですよね・・・記事元URLhttps://www.nishinippon.co.jp/item/n/657926/慈恵病院院長・蓮田太二氏死去 「こうのとりのゆりかご」創設2020/10/26 6:00 (2020/10/26 8:12 更新)西日本新聞 社会面 (以下全文引用) 親が育てられない赤ちゃんを匿名で預かる国内唯一の施設「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を創設した慈恵病院(熊本市)の理事長兼院長、産婦人科医の蓮田太二(はすだ・たいじ)氏が25日午前11時37分、急性心筋梗塞のため熊本市の病院で死去した。84歳。台湾生まれ。自宅は熊本市西区。葬儀・告別式は近親者で行う。 熊本大医学部を卒業後、慈恵病院の前身である琵琶崎聖母慈恵病院に着任。1978年に慈恵病院を設立して理事長に就任し、2011年から院長を兼務していた。熊本県内で新生児の遺棄事件が相次いだことなどから、07年5月に「ゆりかご」を全国で初めて開設。20年3月末までに155人が預けられた。 父は、同人誌「文藝(ぶんげい)文化」で発行兼編集人を務め、三島由紀夫の作品を世に送り出した国文学者の蓮田善明。
2020年10月26日
コメント(8)
身内だけでお葬式をして、参列者は親族もこないで本当に家族だけだったというのに49日も過ぎたというのにまだちらほらと香典を頂戴する。その取りまとめをしているのが私で、相応の返礼品を手配しているのだけど、香典袋に名前と住所を書いて下さらない方が結構いてこれを調べるのが実は一番手間がかかっている。自分のときも、名前だけ書いて置けばいいかな?って対応をしてきたので人のことは言えないのだけど、立場が変わるとこんなにも手間を発生させる行動だったんだ・・・と大層反省した。普段なら通夜や告別式の時に出すことが多いので、芳名帳に記載するから香典にまで書かなくてもよいということもあるだろうし相手としては、大した金額でもないのでお返しはいらないよ、というお気持ちの方もいらっしゃるだろうし私とあなたの付き合いだから、住所なんていらないよね?毎日あってるし、ということかもしれない何れにしても悪意のない行為であることは明白なのだけどお名前も苗字だけの方もそれなりに多く、まあ、それでもどういうご関係の方かわかるから何とかなっているけれど几帳面にきっちりとデータを仕上げたい欲求の強い私としてはなんともはがゆい感じが時々するのだ。このような名簿は実は大事で、香典を頂戴した方やそのご家族に何かしらの場合此方としてもそれなりの対応をするためにはどうしても必要なのである。ただ、最近はそのような義理堅い関係はあまり流行っておらず貰ったから必ずお返しをしなければならないと考える人は減ってきているらしい。
2020年10月21日
コメント(14)
ドライフルーツ、といえば「レーズン」とか「プルーン」とかそのまま食べるよりも加工して食べるイメージがあった。お酒につけてフルーツケーキの材料にしたりパンにいれてぶどうパンを作ったりするのだ。ところが、最近これをヨーグルトにいれて食べる食べ方を知った。ヨーグルトは「明治ブルガリアヨーグルト」や「雪印 恵」のような昔からあるとろとろとしたタイプのものがよいそうで、このヨーグルトに程よくカットしたドライフルーツを一晩漬けこんでおくのだそうだ。大きさにもよるのだろうけれど、一晩くらい漬け込むとドライフルーツがヨーグルトの水分を吸って柔らかく戻り混ぜて食べるとただドライフルーツをいれただけよりもずっとおいしく食べられるのだそうだ。そういえば最近、セブンイレブンで1袋500円(+税)でさまざまなドライフルーツが売っている。セブンにもオリジナルのヨーグルトがあるので、それに漬け込んで今度食べてみたいと思う。私にこの食べ方を教えてくれた人は、マンゴーのドライフルーツが一番合うといっていた。この辺は好みだと思う。差し当たって手元にクランベリーのドライフルーツがあったので、そのままヨーグルトに入れてみた。クランベリーはあまり大きくないので、そのままでも良かったが、カットしなかったからか、24時間くらい放置してからのほうがより柔らかくおいしく食べることができた。もともとフルーツ入りのヨーグルトのほうが好きなのだけど、砂糖もたっぷり入って甘いのでちょっと控えていたこれからはドライフルーツで自作すれば糖質を取りすぎない程度に楽しめる幅が広がる気がする。さて、どれがおいしいかな・・・
2020年10月18日
コメント(8)
この時期になると、ご家庭用のりんごがあちこちで売りに出される。りんごは意外と重たいので、いつも10キロとかの箱で買っているのだけど今回は楽天のフリマサイト「ラクマ」を使って生産農家さんから直接購入してみた。いつもだいたい10キロ3800円送料込みくらいの値段で買っているが、今回見つけたのは8キロで3200円だった。おおよそ30個くらい入っているらしい。値段だけみればスーパーで買うのとまったく変わらない。でも毎年1回か2回、どうしても買いたくなって買ってしまうのだ。ずいぶん冷えてきたけれど、九州はまだまだ気温が高い。りんごは冷蔵庫に入れないと2週間と持たない。これからしばらくは昔はやった、りんごdiet状態になるかもしれない。少しお裾分けに回してお昼ご飯をりんごにして。それでも食べきれそうにない分はせっせとエリスリトールでリンゴジャムを作らねば。
2020年10月15日
コメント(7)

来年はうちの子の成人式だ。誕生した時からご加護をいただいている飯盛神社で加冠の儀を行いその後嬉野温泉へ一泊してお祝い会をすることになった。さて、その宿の予約なのだが、せっかくだからgo toキャンペーンを利用することにした。最初、いつものようにじゃらんで予約をしようとした。そしたら、なんと10/10からは35パーセントの割引額に上限が設けられていて、最大3500円しか割引にならないのだった・・・それでも仕方がないので、予約をした。いつの間に、上限額の引き下げがあったのだろう・・・時事に疎いとどうにも損をするなあ、と思っていた。所がである。ふと下記の記事が目にとまった。1万4000円割引のはずが、3500円に? GoToトラベル割引上限額引き下げ相次ぐ---毎日新聞2020年10月12日 12時08分(最終更新 10月12日 20時20分)その中に、「1人1泊当たりの割引上限額を引き下げたのは、じゃらん▽一休・com▽ヤフートラベル。」とあるではないか。数あるネットから予約する旅行関係のサイトのなかでこの3つがあげられている。ということは…それ以外はまだもっと割引額が大きいままなのでは?ということで楽天トラベルで同じ宿を予約してみた。うちは3家族いくので3部屋必要なのだ。これを楽天トラベルで3部屋とってしまうと、gotoの割引は1会員1予約との制限でうまく割引ができないエラーになってしまう。面倒くさいけれど、お金には代えられないので、仕方がなく家族(部屋)ごとにそれぞれ予約を入れてもらうことにした。その結果。割引額は24,500円から67,952円になった。お部屋代が違うので、旅行代金としては結果的に2万円弱しか変わらないのだけどその分豪勢なお部屋に泊ることができたのだった。この制度、本当にわかりにくい・・・・写真は嬉野温泉 「お宿 紅舎宮」(おやど くじゃく)の「文屋」のお部屋※お写真はじゃらんの「お宿 紅舎宮」のギャラリーページから転載しました。
2020年10月12日
コメント(5)
ニュースをみていたら、たいそう面白そうな見出しの記事が目についた。国内死亡者数減 コロナ禍で高齢者が通院控えたのが理由か10/5(月) 7:00配信 ニュースポストセブン https://www.news-postseven.com/archives/20201005_1600289.html?DETAIL内容を抜き書きしてみると、「厚生労働省「人口動態統計月報」では意外な数値が並び、医療関係者を驚かせている。9月に公開された今年1月から4月までの国内死亡者数を昨年同時期と比べると、今年の方が1万200人以上も少ないことがわかったのだ。」「死因の中で最も減少しているのは呼吸器系の疾患で、6708人も減っている」「注目すべきは、循環器系疾患の死者が昨年に比べて5629人も減少した点だ。ただし、大幅な減少をしているのは65才以上の高齢者であり、65才未満の世代では昨年と大きな変化はない。循環器系疾患の中でも、65才以上では急性心筋梗塞1423人、心不全1407人、脳卒中1691人も減少した。」高齢者の死亡が減っているというのだ・・・。コロナが流行し、これが高齢者に罹患するとたいそう危険、死亡率が上昇すると騒がれた結果、しっかりと自衛した方が多かったのだろう。記事では、病院に行くのも今までより減らした人が多いことが示唆されており、それが原因であるかのように書いてある。年齢層はわからないが、確かに病院へ行く人が減っているのは実際に病院に行ってみると感じている。待合にいる人が減っているのをひしひしと感じるからだ。調べてみるとそれを裏付ける記事が8月にでていた。2020年4月、病院の患者数は前年同月比で入院7.6%減、外来19.5%減―病院報告、2020年4月分https://gemmed.ghc-j.com/?p=35441さまざまな催し、気軽な外出を控えたこともあるし、病院にいくのも自粛した人が多かったのは確かだろう。記事では医療過誤とか病院に行くリスクとか何やらいろいろ書いてあるが、医療過誤というより容態が悪い時に病院に行くのは体力を使い余計に疲れて体に負担がかかるからなんじゃないかと私は思うのだけど・・・。死者数が減ったというのは良いことだし、来院する人の数が減ればそれだけ医療費がいらなかったわけだし、それで結果問題がなければよいことづくめのように思えるが、病気というのは一朝一夕で結果が決まるものでもないのを忘れないようにしなければと思うのだ。短期では減っていても長期的にみて増加していれば意味がない。コロナ怖さに病院へいくのを恐れるのも変だし、かといって、ちょっと不安だからと病院へ行くのもまたおかしい話だ。どうしてこうなるのかを考えてみたら、どういう時に病院に行くべきか、という知識が正確ではないからかもしれないと思う。私自身、この夏はいろいろなことがあって、病院に付き添いで何度も行っていて、普段はからない血圧なんかをつい一緒に測ったりした結果なんと200とか198とかの数値が何度もでて、これは一大事と病院に駆け込んだのだった。しかし、よくよく話を聞いてみると、血圧が心配であるならばまずは自宅に血圧計を買って、朝夕継続的に測ってその結果をもって相談に来るべきと諭された。血圧計は腕で測るタイプと手首で測るタイプがあるが、腕のほうが良いと言われ、その理由として血管が肘から先は2つにわかれ、左右どちらの血管が太いかは個人差があるけれど、センサーは1つしかないので、手首式は若干誤差が出やすいことをも説明された。測るときの注意点として、朝は目がさめて用を足したらまたお布団に戻り、落ち着いたら測るとか、夜はのんびりとお布団にはいり、さて寝ようかなという気持ちになったくらいの落ち着いた時に測るとか。なるほどね、と思った。こういう知識があればむやみに慌てて病院に来なくて済むのだ。適切に病院にかかるというのにも知識がいるのだな・・・そうこの記事をみて思ったのだった。
2020年10月05日
コメント(6)
月日の経つのは早いもので、もうすぐ四十九日を迎える。四十九日までは、魂は中有というところにとどまり、そのご次の世界へ移動していくそうな。私はその次の世界というのが、生まれる前にいた場所、つまり彼岸であると思っていた。そしていつか定めが来た時、次の生を受けるのだと。魂が輪廻すると信じれば、また次の生があるわけだけど、その次のスタートが49日目が過ぎた時であるともされているようで、それであれば1周忌だの3回忌だのは、すでに転生している魂は現世にあるのに前世の為の供養をしているってことになる。なかなかに面白い。私事で恐縮だが、今年の7月逝去した伯母は私の祖父が逝去したあと、お寺でせっせと修業をはじめとうとう得度までしてしまったようだ。今はインターネットでいろいろと調べることができるがその当時は知りたいと思えばそういったところに行って教えていただくしかなかったのだろう。人の心が迷う時、宗教に走るそうだけど、私は常々、どんな宗教でもかまわないが200年くらいは歴史のあるところにするほうがいい、と思っている。私自身はたまたま仏教系の高校に進学したご縁で私がすがれそうなのは浄土真宗しかないのではないか、と早々と他の一切にみきりをつけかといって特段すごく信心深いわけでもなく自力救済がみこめない体たらくであることはまちがいないので、ひたすら「南無阿弥陀仏」と唱えることしかしないし、またできないのであった。
2020年10月05日
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1


