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自分を責めるクセを… New! かめおか ゆみこさん

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ゆきえ@ Re:「戦争はなくせませんが減らすことは出来ます」(他者の視点を持つ)(01/08) 自分の勝手な思い込みの長文を、コメント…

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森の声

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2010.01.06
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カテゴリ: カテゴリ未分類
最近のお母さん達は、子どもに「何でも自分一人で出来る子」になって欲しいようです。そして、それが「自立」だと思い込んでいるようです。

それと関係しているのかも知れませんが、子育て支援関係の人と話をしていると、時々「最近のお母さんは子どもから離れたがっている」という話しも聞きます。それは、子どもと一緒にいる時間を楽しむことが出来ないお母さんが増えてきたということなのでしょう。

そういうお母さん達は、子どもを愛してはいても、具体的に毎日の生活の中でどう接したらいいのかが分からないので、子どもとの関わりを楽しむことができないのだろうと思います。

つまり、「一緒にゲームをやるような距離感」での関わり合いは出来ても、顔と顔を向き合わせ、肌と肌、心と心を直接触れ合わせるような距離感での関わり合いは苦手なのではないかと言うことです。

その結果、着飾らせたり、おもちゃを買って上げたり、一緒にディズニーランドに行ったりして遊ぶことは出来ても、毎日の生活の中ではあまり関わりたくないのかも知れません。

やましたさんが書いてくださった
3歳の子供が沢山歩いて疲れたと言うと、「疲れたなら座って休めば良いでしょう。抱っこしてなんて甘えないで自分で管理しなさい」と告げ、疲れた子を横で待つと、周りから「子供のペースを守ってあげて素敵なママ。スーパー子育てだね。凄いわね。」と誉められていましたが…。

というエピソードのお母さんも、「子どもは子ども、私は私」という子育てをしているように見えます。そして、それが子どもとの対等な関係であり、子どもを一人の人間として尊重し、自立を促していると思い込んでいるのでしょう。周囲のお母さんもまた、そのように考えているのでしょう。


確かに、幼い子どもはお母さんや大人に依存を求めてきます。そして、多くのお母さんや大人達がそれを単なる「甘え」や「わがまま」だと思い込んでいます。そして、そのような「依存」や、「甘え」や、「わがまま」を受け入れたら子どもが自立できなくなってしまうという理由で、その「依存」や、「甘え」や、「わがまま」を拒否しようとしています。

でも、その論理には何の根拠もありません。実際、発達心理学関係の専門書にはそんなことどこにも書いてないからです。



我が子が東大に入っても、有名人になっても、それだけでその人の子育てが肯定されたことになどならないのですが、なぜかその本人も、周囲もそれが「優秀な子育ての結果」だと信じてしまっています。そして、その「子育ての方法」を、他の人や子どもにも押しつけようとしています。

そのような人たちは、「子どもの事実」を受け入れたら、自分の方が否定されてしまう不安を無意識に感じているのかも知れません。

実は、幼い子どもの成長には「依存」や、「甘え」や、「わがまま」が必要なんです。成長に必要なことだからこそ、幼い子どもたちは強くそれらをお母さんや大人に求めてくるのです。赤ちゃんが泣くのにも意味があるように、幼い子どもの「依存」や、「甘え」や、「わがまま」にもちゃんとした意味があるのです。

ですから一方的にそれらを「悪いこと」として拒否してしまったら、幼い子どもは人間らしさを学び、育てることが出来なくなってしまいます。

大切なことは、その「依存」や、「甘え」や、「わがまま」を通して、お母さんと子どもがどのように関わるのかと言うことなんです。これらは全て、「関わり合い」のきっかけだからです。

幼い子どもはお母さんとの関わりを求めて依存し、甘え、わがままを言うのです。それを「甘ったれるんじゃありません」の一言で切ってしまったら、子どもはお母さんとの関わり合いの機会を失い、「人と人との関わり方」を学ぶことが出来なくなってしまいます。

お母さんに依存しない子、甘えない子、わがままを言わない子は、お母さんとの関わりを放棄し、他の子との親密な関わり合いが出来なくなってしまった子なのです。そのような子は「孤独」の中で一人で生きていくことになります。

でも、そのような子は大人になってからも、その「満たされぬ想い」から自由になることが出来ません。それで、他者に依存し、甘え、わがままを要求するのです。子どもの時に満たされなかったことを大人になってから他の人に要求するのです。

それはつまり、成長してからも「幼児のような大人」になってしまうということを意味しています。幼児の時に「依存」や、「甘え」や、「わがまま」を真剣に受け止めてもらっていないと、幼児のような大人になってしまうのです。そのような大人は求めるばかりで与えることが出来ません。そして、今そのような大人が急増しています。

そのような大人は、求めるばかりで与えることが出来ないので、子育てでも子どもに自立を求めます。夫婦の間でも助け合うことが出来ません。それでバラバラに生活することになります。

そして、「大人としての夢」を持つことが出来ずに、「幼児のような夢」ばかりを願うようになります。結果として、社会全体が幼児化していきます。そしてそれを、豊かな経済社会が後押ししています。幼児のように「求めるばかりの大人」が増えた方が経済は活性化するのです。

ただし、誤解しないで欲しいのは「依存」や、「甘え」や、「わがまま」を肯定すると言うことは、それらを全部そのまま受け入れるということでは無いということです。子どもが求めているのはそれらを通した「関わり合い」であって、結果ではないからです。



大切なことは、どうその欲求と向き合い、それらを通して子どもと関わるのかということなのです。子どもはその「関わり合い」を通して、「大切にされている自分」を感じ、人間として成長していくのですから。





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Last updated  2010.01.06 11:06:37
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Re:「子どもに自立を押しつけないで」(幼児化する大人達)  
やました さん
幼稚園探しでも、毎日のように届くベネッセでも、「自立」をうたい文句にしていたりして、流行っているんですよね。でも内容はお粗末なものです。本当にお母さんたちはかかわるのが嫌いなんだと思います。自分が楽をしたいから、ランチをしたいから、買い物に行きたいから…。気持ち、わかりますけどね。

母子分離ができなかった息子が、もう大丈夫だよと、自信満々の顔でいってくれたこと、忘れられません。自信こそが自立なんだと。自信を持てるために何が手助けできるのか…。
ひとつ気になるのは、あまりに聞き分けがよいところです。これは買わないで、ママと一緒に作って、駄目ならまた買いにこよう。ラーメン食べたいけど、明日、パパ休みだからその時に一緒に食べに行こうよ。どれも、簡単に「わかった~。」と言ってくれます。みんな泣き叫んでいるのに…。
私が何処かで我慢させたりして、聞き分けがいいのかと、時々不安になります。本当に、子育てであまり困ったことがないので、それが楽観的すぎる私のせいで、とんでもない子育てしていないかな…。10ヶ月間、夜泣きで苦しんだので、その代償で、楽をさせて貰っているのかな…。 (2010.01.06 16:28:42)

Re[1]:「子どもに自立を押しつけないで」(幼児化する大人達)(01/06)  
やましたさん

>自然に興味を持たせ、世話をすることをさせるために、ベネッセではおじぎ草が付録でついてくるんですって。

え!!!!!
(目が点)

>自信こそが自立なんだと。自信を持てるために何が手助けできるのか…。

全くその通りで、明日書こうと思っていたことです。

>ひとつ気になるのは、あまりに聞き分けがよいところです。

それは大丈夫です。うちも憂鬱質の四番目以外は聞き分けがいいですから。

その四番目も最近、それほどだだをこねなくなりました。

自信がついてきたからでしょう。 (2010.01.06 18:35:33)

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