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ゆきえ@ Re:「戦争はなくせませんが減らすことは出来ます」(他者の視点を持つ)(01/08) 自分の勝手な思い込みの長文を、コメント…

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森の声

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2010.01.08
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「自立しているということは、自分一人で何でも出来るということではない」ということを繰り返し書いてきましたが、では、実際には「自立している」ということはどういうことなのでしょうか。今日はそのことを考えてみたいと思います。

まず、被害者意識が強く、愚痴や言い訳が多く、人のことばかり気にして自分の言いたいことも言えず、自分がどう感じているのか、何をしたいのかも分からず、ちょっとの失敗ですぐに諦めてしまうような人は、たとえ東大を出ていても、英語がペラペラも、人間として自立できているとは言えませんよね。

確かに、収入や生活面で自立できることは大切なことです。自分の衣食住を自分で確保することが出来ることは、全ての動物において「生存のための必須条件」です。(動物には「衣」は必要ないですけどね。)

でも、人間以外の動物は他の動物と戦いながら、「自然」から直接「食」と「住」を得ています。その時誰も助けてはくれません。だから、「個としての能力」に優れた個体が生き残ることになります。

でも、人間は「自然」の中で生きているわけではありません。人間は「人間が作った社会」の中で生きているのです。だから、そこで求められるのは「自然」の中で生き延びる能力ではなく、「社会」の中で生き延びるための能力なのです。

人間は、「自然」からではなく「仲間」から「衣食住」を得ているのです。それが「文明」と呼ばれるものの働きです。そして、そんなことをしている生き物はこの地球上で人間だけです。

確かに、一人で「自然」の中で生きていくのなら「自分一人で何でも出来てしまう能力」は必要です。でも、「人間」の中で生きていくためには、それとは違う能力が必要になります。

まず、そこで必要になるのは「コミュニケーション能力」です。確かに、「あれが出来る」、「これが出来る」ということも大切ですが、コミュニケーション能力に劣った人は、この人間の社会の中で生きていくのが困難なことになります。

ちなみに「知的な障害」と呼ばれるものは、そのほとんどにおいて「コミュニケーション」における障害とつながっています。どんなに記憶力があっても、どんなに算数が得意でも、人と人とのコミュニケーションにおいて障害があるのなら、その子は「障害児」と呼ばれてしまうのです。



一月一日の朝日新聞に「支援校併設増55校」という記事が出ていました。
その中には、


このような分教室、分校が増えている背景には、特別支援学校の高等部に通う生徒の急増がある。文部科学省によると、02年度は4万1206人だったが、09年度には5万3093人に達した。
その一方で、全国の高校生の数は少子化に伴って89年度の564万人をピークに減り続け、09年度は334万7千人まで落ち込んだ。この結果生じた空き教室を、特別支援学校高等部の生徒の過密化解消に利用するねらいだ。

とまとめています。

つまり、子どもの数自体はどんどん減ってきているのに、「特別な支援を必要とする子ども」は逆にどんどん増えてきているのです。変ですよね。でもこれが、悲観論でも何でもなく、今の日本の現実です。この現実と向き合わずに楽観論だけで問題を処理しようとする人は、この現実をさらに悪化させることに手助けしていることになります。(ただし、「悲観しなさい」と言っているわけではありません。ちゃんと事実は事実として向き合おうよ、ということです。)

その障害を「個性だ」と言い換える人もいますが、人が人のつながりの中でないと生きていくことが出来ない現実の中では、コミュニケーションにおける障害はやはり「生きていくための障害」となってしまうことには変わりがありません。そこが本来の「個性」とは決定的に違う点です。だから「障害」なのです。
そのことに目を向けないと、障害を持った子どもたちが人間らしく生きることをサポートすることが出来なくなってしまいます。彼らに一番必要なのは、まず「コミュニケーション」におけるサポートなんです。

なぜ、こんなにも「特別な支援を必要とする子どもたち」が増えてしまったのでしょうか。そこには食べ物、環境汚染、ライフスタイルの変化、電磁波など様々な要因が絡んでいるとは思いますが、でも私は、子どもたちが「コミュニケーションを学ぶ場」を失ってしまったことも非常に大きな要因だと思っています。

ある小児科の先生の本に書かれていたことですが、最近「発達障害」が疑われる子が連れてこられることが多くなったそうです。

目を合わせない、奇声を発する、落ち着かない、コミュニケーションが取れないなどの症状です。それで、家の中での様子を色々と聞いていくと、一日中テレビばかり見ている子が少なくないようなのです。つまり、生活の中に「人と人とのコミュニケーション」を体験する機会がほとんどないのです。

それで、その先生はまず「テレビを消してください」、「お子さんにもっと話しかけてあげて下さい」と伝えるそうです。

すると、それだけで状態が改善されてしまう子が本当に多いらしいのです。特に、幼ければ幼いほどすぐに「普通」に戻ります。でも、年齢が上がるに従って改善されにくくなってしまいます。



このような子がそのまま大人になったら、「人間の中」で自立して生きていくことは困難になってしまうと思います。でも、その理由が分からず人をうらやみ、愚痴を言い、被害者意識ばかり強くして生きていくことになるでしょう。

人間は、「他者とのコミュニケーション」によって学び、成長する生き物ですからコミュニケーション能力において劣る子は、自分の苦しみの原因が分からないのです。むしろ、なまじ個人的な能力に優れた子ほど「ねたみ」の感情は強くなるかも知れません。





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Last updated  2010.01.08 08:22:28
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