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森の声

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2025.09.09
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カテゴリ: カテゴリ未分類
自然の中で自然を相手に生きている動物たちは、当然のことながら、「自然」に対応した感覚や感性を持っていて、自然と調和するような生き方をしています。

人間も、自然を相手にしながら生きていた頃は、「野生動物と同じ」とまではいきませんが、それなりに「自然」に対応した感覚や感性を持っていて、自然と調和するような生き方をしていました。そしてまた、そのような感覚や感性や生き方を大切にしていました。そうしなければ生き延びることが出来なかったからです。

でも、人間は次第に「自然から切り離された人間のためだけの環境」を創り出し、その「自然から切り離された人間のためだけの環境」の中で生まれ、育ち、生活するようになりました。

そして、人間は適応能力が高い動物ですから、生まれたときからそのような環境の中で暮らすことで、必然的に、「自然に対応した感覚や感性」は失われ、「社会に対応した感覚や感性」のみで生きるようになり、「人間が、人間のためだけに創り出した価値観、感性、考え方、生き方、意識や心やからだの使い方」に囚われて生きるようになりました。

人間は野生動物たちを捕まえてきて、人間が創り出した環境の中で、人間の都合に合わせて育てることで、自分たちに都合の良いように家畜化してきましたが、それと同じことを自分たち人間にもしてきたのです。これを「自己家畜化」と呼びます。ちなみに、これは私が考えたことではなく、人類学の中では昔からある考え方です。

そして「自然」の代わりに与えられたのが「社会」という環境です。昔の人間は「自然」を相手にして、「自然」の中で生き延びていましたが、現代人は「社会」を相手にして「社会」の中で生き延びなければならなくなったのです。

その結果、感覚や、感性や、意識や、心やからだの状態も「社会」にうまく対応できるように変化してきました。

でもここで問題が起きてしまいました。人間は「人間が作った社会」の中で生まれ、生活することで、「人間の社会」に合わせて、感覚や、感性や、意識や、心やからだの状態を変えることが出来たのですが、その「人間」という存在を支えている「命の働き」の方は、何十億年前から変化していないからです。「命の働き」の原則は、何十億年と固定されたままなので、「人間が作った社会の変化に対応して変化してくれる」などということはないのです。

ですから、「社会の変化」が「命の働き」に反するような状態になってしまうと、「命の働き」が狂い、その「命の働き」に支えられている、人間の感覚や、感性や、意識や、心やからだの状態も狂ってしまうのです。



その変化は、「洞窟のカナリア」と同じで、心とからだの状態が一番デリケートな子どもたちの中にまず表れます。「子どもの問題」として言われていることは全て「大人の問題」なんです。そのことに気付かなければ、人類はこのまま消えていくことになるでしょう。

でも、自然と共に生きている生き物たちは、自然を破壊し、自然と共に生きることが出来なかった人類の消滅を喜ぶでしょう。

「地球が静止する日」という映画があります。ある日、宇宙から「地球」を救うために宇宙人がやってきます。「地球を救うために来た」と聞いた人は「人類を救いに来た」と思い込んでしまうのですが、実際には、「人類を滅ぼして、人類によって破壊されている地球の方を救いに来た」というのです。そんな宇宙人がやってこないことを祈ります。また、人類が、そんな宇宙人が来なくてもいいような生き方が出来ることを望みます。





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Last updated  2025.09.09 08:12:09
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