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可能性は、無限に、… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2026.09.06
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カテゴリ: カテゴリ未分類
絵本の読み聞かせが、現実の世界での体験不足を補う助けをしてくれます。でも、その読み方にも工夫が必要です。

まず、感想や評価を求めるのは止めた方がいいです。そんなことしたら「素直な体験」が出来なくなってしまうからです。

また、声色を使ったり、大げさに演技するような過剰な表現も止めた方がいいです。
絵本を読む時にあまり大げさに表現してしまうと、「お話し」そのものよりも、「読んでいる人」の方に子どもの気持ちが向いてしまうからです。

絵本などの読み聞かせでは、主人公はあくまでも「お話し」であり「絵本」です。読み手は「声」を通してその世界を聞き手に届ける導き人であって、そこに余分なものを付け加えてしまうと子どもは絵本が創り出している世界の中に入ることが出来なくなってしまうのです。

読み聞かせで必要になるのは「子どもを面白がらせるための演出」ではなく、「読み手の心やからだとつながった声」なんです。

でも、私も読み聞かせを始めた頃はそのことを知らずただ大げさに演技しながら読んでいました。その方が子どもが喜ぶと思っていたからです。

そして実際、多血質や胆汁質が強い子の場合は、大げさに読んだ方が喜びます。でもそれをすると、「お話し」や「絵本」が本来持っている力は失われてしまうのです。

でも、「親子遊び」としてだけの「読み聞かせ」ならば大げさに演技しながら読むのもOKだと思います。楽しく読むことで絵本がお母さんと子どもをつなげる働きもしてくれるでしょう。また、劇遊びににもつなげることも出来るでしょう。

ただ、そういう読み方では子どもが絵本を通して擬似的に体験することが出来なくなってしまうということです。

「読み手」はただ「文字を読む人」ではなく、「導き手」でもあるからです。

大げさに演技している人は、自分の解釈によって「お話しの世界」を演じているだけで、「お話しの世界」の中には入っていないものです。だから不自然に大げさになるのです。

読み手自身が物語の中に入って物語りを感じながら読んでいる時に、声の中に自然に現れる表現は演技ではありません。だからそれはそれでいいのです。
よく、「絵本は淡々と読んで下さい」と言われますが、「淡々と」を演じてはいけないのです。「淡々と」を意識し過ぎろと、それもまた不自然な演技になってしまうからです。

以前、知り合いの絵本作家の人が、自分が描いた絵本を、自分の気持ちに素直に読んだら、絵本の読み聞かせ活動をしている人から「そんな風に感情を入れて読んではいけないのではないでしょうか」と言われたそうです。
それでその作家は「そうじゃないのに、分からないのでしょうか」とおっしゃっていました。

「淡々と」にこだわることなく、お話を自分の中に取り込んで、自分の感覚と感情とからだに感じたままに素直に読めばいいのです。素直な声だから子どもは素直に受け取るのです。

「目の前に大きな木がありました」と書いてあったら、読みながら、登場人物と同じ視点に立って、その「大きな木」を見るのです。
それだけで「声」が変わるのです。
すると、その「声」によって、子どもにも「大きな木」が見えるのです。

人の感覚は、声を通して共鳴するように出来ているからです。

「読み方」ではなく「声」が、子どもの心の中に「大きな木」のイメージを創り出すのです。

「音が聞こえてきました」と言う時には、読み手もその音を聞くのです、すると子どもにもその音が聞こえてくるのです。
その時、自然に現れる読み手の声の表現は「意図的な演技」ではないのです。






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Last updated  2026.09.06 07:00:05
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