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以前もここで書いたのだが、児童、あるいは生徒同士の「敬称」について、職員会議で話題が出た。 現在勤務している中学校区には二つの小学校がある。そのうちの一つの学校は数年前「人権教育」の研究校だったそうで、その時の名残で今でも「先端の教育」を行っているらしい。そこでは、男女関係なく児童同士は「~さん」と呼び合うよう指導されているそうだ。おそらく、「男は~君、女は~さん」と、性の違いによって呼称を変えるのは差別意識を助長するというのがその理由だろう。あるいは、大人になれば性別に関係なく「~さん」と呼び合うようになるからというのも理由なのかもしれない。 「いろいろな考えはあるかと思いますが、本校(つまり僕の勤務校)では、『~君』『~さん』で統一します」というのが人権教育主任の話だった。真っ当な結論である。 さて本題。ある意見なり考え方なりの「論理性」は、異なる意見(批判、反論)を持つ者からの攻撃に耐えることのみによってのみ証明が可能である。ある偉い先生が「論理的であるとは隙のないことである」とおっしゃった。つまり、ある意見が論理的であるかどうかは、その意見単独では証明できない、その論理性を証明と思ったらあらゆる反論に打ち勝つ必要がある、というわけである。これは至言である。もし、ある意見が批判なり反論なりによって論破されたとしたら、それは論理性がなかったからで、そのような脆弱な意見を述べたものは潔く自説を撤回しなければならない。その覚悟がなければ安易に「論理」などと口にすべきではない。 と、癇癪玉のようなことを書くのはここまでにして、「男は『~君』」「女は『~さん』」という名前の呼び方が差別にあたるか否かを検証してみよう。 続く。
2008.04.06
あっという間に1週間が過ぎた。予想通り、とんでもなく忙しかった。去年も忙しかったが、それは何が何だか分からないまま過ぎたからである。今年の忙しさは仕事をいっぱいした忙しさで質が違う。従って、充実度は今年の方がある今週末は完全休養。来週火曜日からの新学期に備える。 今日は久しぶりに自転車に乗った。去年の自転車通勤は11月末で終わってしまった。寒くて風邪を引きそうだったからね気候も良くなったので復活である。桜も満開、近所の公園は花見客でにぎわっていた。 30分ほど自転車をこいで母校のラグビー部の練習に参加。2時間ほど高校生と一緒に練習をしたが少々きつかった。やはり、定期的に体を動かさないとまずい年齢になってきたのを痛感。自転車通勤をしようと改めて決意した。 明日は、頭の方を動かす予定。まとめて本を読み、充電します。では。
2008.04.05
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