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「ラグビー日記」の題名とは全く違う内容が続いていますが、ご容赦を。「やめちゃったんですか?」というご質問を頂きましたが、ばりばりの現役です。シーズンに向けて調整中です で、見出しの件。先週の木曜日に、勤務校にも結果が送られてきました。点数などは非公開とされていますので書きませんが、結果は「良」と言ったところでしょうか。 この調査、1回の実施に49億円もかかるそうで、政権交代の暁には、形を変えて実施(抽出校だけ実施)になりそうな気配です。「基礎学力はついているが、応用に課題」等、49億円かけなくても分かりそうな結果だけに注目すると、確かに無駄遣いです。誰がどう考えても「基礎は苦手で応用が得意」という人間よりも「基礎はできるが応用に難あり」という人間の方が圧倒的に多いに決まっています。ついでに、「学力向上フロンティア」等の研究成果が「朝や放課後にプリント学習を取り入れたら学力が上がった(←勉強する時間が増えたらある程度は成績上がるのは当たり前)」「複数の教師が指導にあたったら学力が上がった(←学習につまずいている子にとって、個別に近い形でこれを取り除いてくれるのだからありがたい)」等に終始しているのも税金の無駄遣いです。誤解のないように言っておきますが「学力向上等必要ない」「プリントをやらせたり、チームティーチングが間違っている」と言っているわけではありません。問題にしたいのは「どうしてそんな当たり前のことが行われてこなかったのか」「これら以外に学力向上の方策として有効な手立てを提示できないのはなぜか」という点です。研究とも呼べないような作業に従事させられた先生方には同情を禁じ得ません。 余談が過ぎました。本題に戻りましょう。結果に一喜一憂するのはある程度仕方ないとしても(私も自分の担当教科の結果を見て喜んじゃいました)「全国何位」ばかりに目をやらずに、その結果をもとに、自分たちのしてきたことを検証する姿勢が必要であると考えます。今回、勤務校の国語に関して言えば、全国の傾向とは異なる結果が出ました。学年主任は「国語の授業がいいのでは?」という結論を出していましたが、私は少々異なる見解をもっています。まだ仮説にも至らない、思いつきの段階ですが、国語の授業以外にも学年の枠を越えて一緒に活動する機会が多かったり、あるいは生徒同士が話し合いをして集団の意志決定をする機会が多かったりという点が大きいのではないかと考えています。 これが正しいかどうかは、他の学校との比較をしないと証明できませんが、このほかにも「小学校6年生時の特徴が中学校3年時にはどのように変わるか」なども興味深いテーマです。勤務校の場合、地元の2小学校の生徒をそっくり(若干流出はありますが)受け入れていますのでやろうと思えば来年からできます。もっとも、学校ごとの結果は非公開という原則がありますので難しいでしょう。 いずれにせよ、私は調査結果の活用の仕方を工夫すればかなり有効な調査であると思っています。49億円…たしかに大きな金額ですが。ここまで書いて気になったので調べたのですが、最新鋭の戦闘機F-22って1機150億円以上だそうです
2009.08.30
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まとまった文章を書いた経験のある方なら、たぶん共感していただけると思うが、書き終えた後は本当に頭が空っぽになったように感じる。これは僕のような才能のない人間だけの現象かと思ったら、大学院時代の指導教授も同じような話をしていた。次から次へと作品を出し続ける作家の頭中はどうなっているのだろう、と考えてしまう。発信したら蓄積しなければならない―これも先生の教えである。そんなわけで、8月後半は(とある事情で満足に動けなかったというのもあって)意識して本を読んだ。面白かったのはこれ。エビデンス主義その中に紹介されていたこれも面白かった。ヤバい経済学「経済学」とあるが、全く経済学門外漢の僕でも一気に読めた。心のまっすぐな学校の先生が読んだら起こるような内容が次々登場するが、荒唐無稽な話ではないし、むしろ、物事の因果関係を単純に割り切るのは危険だと改めて考えさせてもらえるという点でいい本だと思う(僕が「心のまっすぐな学校の先生」であるか否かの問題は棚に上げておく)。次の課題は、頭に充電した内容が漏電しないようにすることだね
2009.08.26
太平洋戦争開戦時の海軍大臣(後に軍令部総長を兼務)であった嶋田繁太郎は、極東軍事裁判で死刑を免れ、終身刑に処せられますが、やがて釈放。以来、公の場に姿を現しませんでした。しかし、後年、海上自衛隊の練習艦隊が海外に航海に行く際の壮行会に招かれ、これに出席、挨拶と乾杯の音頭をとります。 練習艦隊が帰国し、訓練に参加していた海軍士官学校出身の幹部自衛官が、土産をもって井上成美海軍大将のもとを訪れました。そして、壮行会での嶋田大将の様子を話したところ、井上大将は「恥を知れ!人の前に出せる顔だと思っているのか」と周囲の者が青ざめるほど激怒したそうです。私自身、たいした人間ではありませんが、それでも、「恥を知れ!!」と怒鳴りたくなるような人が多すぎます。多くの人を束ねる立場の者が、自分がスポットライトを浴びないと気が済まないというのは、周りの人たちにとって大迷惑だし、見苦しいことなのだ、というのが分からないらしいのです。そういう人に限って「生徒のため」「先生方のため」と口に出すから腹立たしい。周囲は「今年で退職だから」と寛容な心でおつきあいしていましたが、毒蛇はいくら親切にしてやっても毒蛇であることには変わりありません。ゾンビのごとく蘇り、今度は「自分のため」に活躍(正しくは暴走)することでしょう。「大将と言っても、一等から三等まである」と言ったのも井上成美です。彼の言葉を借りれば「校長と言っても、一等から三等まである」となるでしょうか。よその学校の校長ながら、三等校長の下で働かざるを得ない先生方に同情しました。また、人として、彼の行いが他山の石となるよう、私自身も心して行動するようにします。なお、僕の勤務先の校長先生は、米内光政のような上司です、念のため。
2009.08.23
ここ数日、2時間に一度は携帯電話が鳴る。「どなたかレフリーいませんか?」、そう、菅平の練習試合のレフリーの依頼である。毎年、この時期には菅平に上がっているので「今年も」と思ってくれるようだ。しかし、今年は目の回るような忙しさ。電話をくださった皆様、ごめんなさい。この場を借りてお詫びします。閑話休題。数週間前、地元の新聞に同級生についての記事が載っていた。彼とは高校のラグビー部で一緒、3年生の時のクラスも一緒だった。今、彼はちょっとした「時の人」である。というのも、最近、DNA鑑定の精度が問題になり、被告人が逆転無罪となった裁判があったが、彼はその弁護団を構成する一人である。彼は高校時代、ルーズヘッドプロップだった。体が格別大きかったわけではなかったが、スクラムは強かった。だが、僕の彼に関する記憶の中でもっとも印象に残っているのはタックルである。試合の終盤、一番身体が苦しいであろう彼が、強烈なタックルで相手を倒すシーンを何度も見た。その度に、「負けられるか!」と闘志がよみがえってきたのを覚えている。彼自身はどちらかと言えばやんちゃな高校生だったが決していい加減なやつではなかった。少なくとも、仲間のために体を張ってくれる男であることは、同期の仲間が、そして、あのタックルが証明してくれるだろう。彼は「高校時代の苦しい練習を思えば、どんなことでも我慢できる」と語っていたが、記事を読みながら「そうだよなぁ」と思った。久しぶりに奴を見て「負けられるか!」という気になった。これだから、ラグビーは面白い。
2009.08.13

戦前のワラビーズに、日系選手がいた。ブロースローカップで活躍した彼は、ワラビーズのイングランド遠征のメンバーに選ばれた。しかし、歴史は彼にトゥイッケナムでのプレーを許さなかった。彼らがイングランドに到着した、まさにその日に第2次大戦が始まったのである。彼については、僕の高校の先輩である蟹谷勉氏が著した『死に至るノーサイド』でも取り上げられた。僕も、キャンベラの戦争記念館の壁に刻まれた彼の名前を見て、何も言えなくなってしまった思い出がある。ぜひ、ご覧ください。
2009.08.09
仕事の休憩中に、懇意にしているラグビーショップの方から電話があった。「常総学院高の石塚さんが…」。一瞬耳を疑った。先月末、横浜でお会いしたばかりだったからだ。 僕がラグビーに興味を持ち始めたころのジャパンのキャプテンが石塚さんだった。また、初めて秩父宮でオフィシャルの仕事をしたのは早稲田対帝京の試合だったが、そのときの早稲田の監督が石塚さんだった。3月には、宇都宮高校のラグビー部を連れて常総にお邪魔して一緒に練習をさせていただいた。本当にお世話になった。 心からご冥福をお祈りします。
2009.08.06
毎年、この時期には中学3年生を対象に、「高校一日体験学習」が開かれる。昨日は県庁所在地の工業高校、今日は同じ町内の普通科高校に生徒を連れて行ってきた。 私が中学生の時は、普通科での一日体験学習(当時は学校見学と言っていたような気がする)は実施されていなかった。たまたまテストケースとして、当時在学していた中学校のみを対象に、ある普通科高校が学校見学を実施した。 その学校、校舎はお世辞にもきれいとは言えなかったが、それがかえって中学とは違った深みのようにも感じられ、また、その校舎で勉強していた高校生たちを見ている内に、なんとなく「勉強しなくちゃ」という気分にさせられた。 結果的にその高校に入学したのだから、やはり一日体験の効果はあったのだろう。勉強しに入学したはずなのに、ラグビーばかりに夢中になったのは我ながら誤算であったが 両校とも、こちらから見れば至れり尽くせりの歓迎ぶりだった。少子化の影響で、生徒数の確保は学校を維持していく上で必須の条件である。「お客」である中学生によい印象を持ってもらおうと工夫しているのがよく分かった。 うれしかったのは、どちらの学校でも「あ、先生」と声をかけてくれた教え子たちがたくさんいたことである。こういうのは中学校の先生ならではなのだろうな。 生徒たちにどれほどの自覚があるかは分からないが、進路決定の時期は迫っている。しっかり自分の目で見、自分の頭で考えてほしい。
2009.08.05
生徒にとっては「夏休み」、僕にとっては「夏働き」真っ最中です。それでも、授業がないというのは体(神経)は楽です。 さて、昨日の地元紙「○野新聞」社説に、「今からでも遅くないから小学校高学年の英語活動をやめて、国語の授業を増やすべきだ」という社説が掲載されていました。県の教育会の調査の結果から、幼稚園生~高校生の言語力が低下していることがわかった、というのがその背景にあります。「国際人の育成もいいが、このままでは肝心の日本人が居なくなってしまう」(この言い方はなかなかしゃれていていいですね)、という主張です。 再三ここで書いているように、僕の立場ははっきりしていますから繰り返しません。一言言うなら「始める前に言ってくれ」。それはそうでしょう。だって、日常生活の中でただでさえ字を書いたり本を読んだり、人と話をしたりする時間が激減しているのに、肝心の先生が「ハロー」なんてやってるんですから、子どもが日本語を使う環境は悪くなるに決まっています。 先日、隣の小学校で高学年の英語活動の公開授業がありました。同僚の英語の先生が、感想を求められたときに(何の考えもなしに)「今日やったこと、子どもたちは中学に来るときには覚えてないでしょうね」と言っちゃったそうです小学校の英語活動のねらいは「英語に親しむ」ことが第一だそうですので、楽しければいいのかもしれませんが、「貴重な時間とエネルギーを割かなくてはならない小学校の先生には同上を禁じ得ません(僕もこの前まで小学校の先生でしたが、そう考えると中学校に来て幸運だったかもしれません)。なお、同僚の先生の何気ない一言の後、会議は凍り付いたそうですなぜこんな話題を出したか?僕らの身の回りで、「そんなのやる前から分かってた」という「研究」と称する壮大な時間と費用の浪費がまかり通り、それによってどれほど多くの先生たちが消耗しているかを痛切に感じるからです。例えば数年前まで「学力向上フロンティア」校なる学校が指定され、盛んに発表が行われましたが、結論は「補習」と「少人数指導」をすれば学力が上がるという、やる前から分かっていたものがほとんどでした。逆に言えば、なぜその程度のものすら学校はやってこなかったのか、あるいはできないのかという検証の方が大事なような気がします。筆の勢いに任せて書きたい放題ですが(笑)来年度からその「研究」に携わらなければならないような情勢になってきました。今度は「裁かれる」番になるでしょう。そんなこともあり、今年の夏は猛烈に忙しいのです。でも、菅平には間違いなく行くんですけどね
2009.08.02
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