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2月の予定がびっしりで途方にくれています。月曜日に発表一個、次の週の半ばにもう一つ、2月の末までに20ページの論文、それも2月の末に母が来るので、その前にやっておいたほうがいいのでしょう。3月の頭に語学の試験(年に一度の最も重要な行事)。それぞれの課題の間に一週間ずつしかない。どう考えてもいっぱいいっぱいです。
2003/01/31
前歯の一本がかけてしまいました。ショックです。時間無いのに、歯医者さんに行かなければ・・・今日のル・モンド「イスラエル リクードの躍進、和平陣営の敗北」アリエル・シャロン首相率いるリクード党は、28日に行われた選挙において、議会で37議席(18議席増)を占めるという圧倒的勝利を収めました。
2003/01/30
今日友達と話していて、とても印象深かったことがありました。彼は日本が大好きなフランス人で、来週始めて日本に行くのがとても嬉しいのですが、「Iちゃんに電話したら元気だって。T君は来週パリに行くんだって。みんなしあわせだね」ってとっても嬉しそうなのです。友達が幸せだと、自分まで幸せになる。そういう彼の心をとても美しいと思いました。今日のル・モンド「国連、迅速な軍縮をイラクに要求」ブッシュ大統領は、火曜日夜、議会の雨で一般教書演説を行いました。イラクに関する決定は表明されませんでしたが、イラク政府に対する戦争の必要性を世論に納得させようとする議論が展開されました。
2003/01/29
最近、前者が圧勝しています。食べるとなると、買い物して、作って、食べて、お皿洗って・・・という一連の作業をしなければならず、だったらその時間寝てしまいたいと思ってしまうのです。今日のル・モンド「アビジャンで反仏暴動」象牙海岸の和平協定を承認する首脳会談が先週末パリで開かれていたころ、何万人もの「愛国者」がアビジャンでフランスの象徴的プレゼンス(大使館、2つの高校、商店等)を標的とした襲撃を行いました。
2003/01/28
なんて、目の前で言われたのは生まれて初めて。今日、留学生のための授業に一分遅刻して、教室に入ったら先生に「まだ始まってないのよ」と言われました。ああ良かった、と思っていたら、もう一度、「まだ始まっていないの」。私がきょとんとしていたら、通訳をしてもらおうと思ったらしく、先生はイギリス人の学生に向かって、「彼女は英語が話せるの?」と質問しました。そしたらその学生が一言、「いいえ」。それから私にフランス語で、「まだ前の授業が終わってないのよ。」と言ってきました。私は、「ああ、分かりました。まだ始まってないし、まだ終わってないんですね。」と言って教室を出ましたが、そのイギリス人に「彼女は英語が話せない」と面と向かって言われたことがショックでした。何回か彼女は私の英語を聞いたことがあるはずだけど、確かに私が会話に加わるといつもフランス語に切り替えていたなぁ、私の英語は米語っぽいから気に入らないのかしら、そもそも、米語で話せているのかしら、などと考えたら落ち込んでしまいました。でも、その直後、別のイギリス人の友達と話していたときに、ちょっと内容が込み入ってきたので英語に切り替えたら、「あら!英語が話せるのね!!」と言われて、ほっとしました。もう一人のイギリス人も忘れてただけかもしれないし。でもそれだったら、せめて「分かりません」って答えて欲しかったなぁ・・・今日のル・モンド「ラ・マルセイエーズ 法律で保護」23日に国会に出席した下院議員は、右派も左派も、国内治安に関する法案の枠組みの中で、三色旗と国歌に対する不敬罪の新設を盛り込んだ修正を採択しました。司法官協会と弁護士協会は道徳秩序を課する新しい措置に反対しています。
2003/01/27
フランスで、先週くらいから公開されています。トゥールーズ市内だけでも、2つの映画館で上映されています(一つは字幕版)。フランス語吹替版だったので、全部分かったとは言えませんが、他の観客の反応を見ているだけでも興味深かったです。要所要所で笑い声が起こっていましたが、笑いのつぼはあまり変わらないようでした。子ども連れも何組かいました。おもしろかったのは、フランス人の友達が、音の無いシーンがあったのが気になった、と言っていたことです。会話や油絵のように、びっちり埋め尽くされていたほうが安心するのかもしれません。
2003/01/26
安かろう悪かろう。トゥールーズの大学の特徴です。確かにフランスの大学はうそのように学費は安いのですが、設備はびっくりするほど粗悪です。私の行っているトゥールーズ政治学院は、生徒数1300に対しトイレは一箇所、二つだけ。トイレットペーパーの補充は朝に一回だけ、一つだけの洗面台には鏡なし、もちろんペーパータオルもハンドドライヤーもなし。コンピューターラボは一つだけ、端末は15台くらいだったと思います。大学生協(大学の中のコンビニのようなところ)ももちろんありません。日本の私立大学と比べてはかわいそうですが。以上、今日のル・モンドの前説でした。今日のル・モンド「オルセー大学、財政難により2週間閉鎖」パリ・オルセー第11大学は業務遂行に必要な資金力の不足を理由として、1月27日から2週間閉鎖する予定です。同様の理由から、トゥールーズ第3大学も二月に同様の処置をとることとなっています。
2003/01/25
年2回の国民行事にやっと参加してまいりました。1月の第2週くらいから始まっていたのですが、ちょうど試験前で行けなかったのです。私は「ショッピング」と言うものが苦手なのですが、明日も引き続き挑戦してこようと思います。今日のル・モンド「ポルト・アレグレ 反戦サミット」ブラジルのポルト・アレグレで23日から28日まで開催される第3回世界経済フォーラムは、「反ネオ・リベラリズムと反戦」を掲げた大規模な行進で幕を開けることになっています。この期間には、10万人以上の「脱グローバル化」活動家たちが議論に参加する予定です。フランスからは、教育大臣のリュック・フェリーが大統領特使として派遣されることになっています。
2003/01/24
10月に盗まれた自転車そのものの自転車を家のそばで見つけました。大学内でしか扱っていないメーカーのもので、荷台が付いていて(私のにしか荷台は付けていないと自転車屋さんが言っていた)、ベルがそのメーカーの標準装備のものではない(私のはベルの上半分が無くなってしまっていた)。間違いない、と思って警察に電話しました。まずは被害届けを出した事務所に電話。「ディセットをして」と言われました。「ディセットって何ですか?」「オーララァー(フランス人がびっくりしたりあきれたりするときに発する言葉)。」しばらくこの質問を繰り返した後、「ディセットをして」と言うのは「17(フランス語でディセット)番」に電話をかけて、と言う意味であると気づきました。17番はフランスの110番にあたるものです。そうなんだろうけど、「オーララァー」って・・・と思いながら17番に。「盗まれた自転車を見つけました。」「あなたのものだと証明できますか?」「特徴は一致しています。被害届けも買ったときの領収書(登録番号付き)も手元にあります。」「番号は一致していますか?」「分かりません。登録番号って自転車のどこに付いてるんですか?」「ペダルのところです。」「待ってください・・・何もついていません。」「じゃあ警察は出動できませんね。」「でも確かに私のなんです。」と言う押し問答を10分くらい続けた後、警察が根負けして、来てくれることになりました。ところが警察が来る前に、自転車の持ち主が戻ってきてしまったのです。「すみません、どちらでこの自転車はお買いになりました?」「movimentoよ。」私が買ったのと同じお店で、中古は扱っていません。ということは??と、後ろからなんとその自転車屋さんがやってきました。彼らは一緒にお昼を食べていたのです。「マドモアゼル、ほら、あなたの荷台とはここが違うでしょう?」と言われ、そうだったかなぁ、どうだったかなぁ、と思いながらも、どうやら私のではなかったらしい、と思い始めました。三ヶ月でここまで変わるか?と言うほど汚くなってたし。警察に電話して、「やっぱり私のではなかったので、来ていただかなくて結構です」とあやまりました。その後、母と電話したのですが、母が一言、「その自転車屋さんもぐるだったんじゃない?」・・・そう、かも、しれない。登録番号だけでも確認しておけばよかったなぁ・・・。わたしがフランスに来てしているつもりの苦労の大部分は、ひょっとしたらこんな風にむだに大騒ぎしているだけなのかもしれない、と思わされた一日でした。今日のル・モンド「SNCF、リスクの高い時期に突入」フランスの国営鉄道、SNCFは、ここ5年大規模な雇用を続けてきましたが、1200~2200の雇用削減を予定する予算計画を1月23日に発表することになっています。
2003/01/23
ロデス(アヴェロン県の県庁所在地)にある高校まで、電車で2時間かけて行ってきました。2年制の農業の専門学校の学生から、日本についての紹介をするので、それに参加して欲しいとたのまれたのです。一部屋は日本の武道(柔道、剣道、合気道、空手)のデモンストレーション、一部屋は盆栽の展示、私たちはその二部屋の間の部屋に連れて行かれました。「何でも良いから、何か日本っぽいことをやってください」ということのようでした。私を連れて行ってくださった方はこういった経験が豊富な方で、おりがみ、ゆかた、習字セット、日本の食材、そろばん等を一揃い持ってきてくださっていました。その方のご指導の下、折り紙のレパートリーも増え、浴衣の着せ方までマスターしました。今日は、来場してくれた高校生たちよりも、私のほうが日本についてたくさん勉強できたかもしれません。驚いたのは、日本レストランも無いようなところなのに、合気道クラブも盆栽クラブもあったということです。フランスの合気道人口は日本についで世界第二位なのだそうです。今日のル・モンド「イラク 仏『戦争を正当化するものなし』」1月20日、国連安保理の会合において、フランスはアメリカに対する反対の立場を明確にしました。
2003/01/22
私が苦手なもののひとつです。確かにあっちこっち行っていますが、そもそも旅行自体が好きというわけではないため、友達に会いに、仕事で、研究のため、と毎回何か理由があって移動をする、というパターンでした。本当に観光だけが目的で旅行に行ったのは、学部卒業時の韓国旅行くらい。でも、2月に母が来てくれるので、ついでにニースのカーニバルに行くことになりました。飛行機にするか、電車にするか、日帰りにするか一泊するか、ニースを満喫するか、マントンのレモン祭りまで足を伸ばすか・・・悩みます。今日のル・モンド「仏独、協調強化に前進」シラク大統領とシュレイダー首相は、エリゼ条約(仏独友好条約)40周年式典を盛大に行うことに決めました。史上初めて両国の議会がベルサイユ宮殿に集まることになっており、ベルサイユ宮殿は戦争の象徴から平和の象徴へと姿を変えることになります。
2003/01/21
遅ればせながら、ということを三つも今日は片付けたのでとってもいい気分。まず、滞在許可証を取るための健康診断へ。本来去年の9月に行くべきだったのに、召喚を受けた日にたまたま旅行をしていたりして今日までいけなかったのです。レントゲンの技師さんもお医者さんもゆっくり優しくしゃべってくれて、とっても快適でした。それに検査手順を書いた紙が10ヶ国語以上で壁一面に貼ってあり、日本語もあって、感心しました。 それから待望の仏語の個人授業一日目。今朝4時まで準備をしていた甲斐があって、大変充実した授業でした。内容は、雑誌(「エクスプレス」)の記事の読解と要約、それにラジオのニュース(「フランス・アンフォ」)の書き取りです。本当は週二回のペースでやりたいのですが、学校もあるし、週一回にしておこうかと思っています。それにしてももっと早く始めればよかった!本来私の留学の目的は語学習得なので、久しぶりに「フランス語で勉強」するのではなく、「フランス語を勉強」できて満足でした。 最後に、一学期中に出すはずだった小論文のことについて、担当教授に相談に行きました。私の学校ではゼミらしいゼミが無く、論文の指導は学生が教授を選んで直接お願いしに行くことになっています。相談というより、「採点をお願いしていましたが、時間が無くてできませんでした。」とあやまりに行くつもりだったのです。ところが話してみたら、2月末までに出せばよいということ。今日二学期は始まったのに?でもそういうことらしいので、あきらめず何か書いて出してみようと思います。テーマは、日本で専門にしていた日本の対アフリカODA政策。二学期の終わりには、フランスと日本の対アフリカODA政策の比較で一本論文をかけたらなぁ、と思っています。今日のル・モンド「ブッシュの脅し、反戦派のデモ」フランス、ヨーロッパの他の地域、モスクワ、米国、日本、そしてアラブのいくつかの国において、戦争に反対する人々のデモ行進が先週土曜日にありました。
2003/01/20
試験も終わったので、今日は久しぶりに市場へ。カーネーションを買って、花瓶に入りきらなかったので、剣山を使って基本立真形に挑戦。試験勉強にかまけてほうっておいた台所の床を磨き、お風呂を磨き、トイレ掃除をして・・・明日までに書くつもりだった小論文と、明日から始まるフランス語の家庭教師の課題は手付かずです。
2003/01/19
本日を持ちまして試験期間が終了しました。全部一夜漬け。どうかしら。今朝8:00から試験があるというのに、昨日の夜はお別れ会がありました。留学生仲間の中には、前期終了と同時に帰国する人たちもいるのです。涙で別れを惜しむ子達もいる中、私はあまり感傷に浸っていませんでした。出会いと別れを繰り返す中で、ここで会う人たちは、いつか別れる人達、別れたら最後、多分もう二度と会わない人たちだという感覚が染み付いてしまっていたからかもしれません。これから出会う人たちもそう。フランスの後もいろいろな国を転々とすることになるだろう私は、これからもたくさんの出会いと別れを繰り返す。楽しみでもあるけれど、切なくもある。でも、今別れてもこの人とはまた会うだろうな、という人達もいる。一緒にいたときはそうでもなかったのに、意外とメールで細く長く続く関係もある。そう思っているからか、別れの場面でも涙は出てこないのです。または別れの場面に慣れすぎて感覚が麻痺しているのかも。もっと恐ろしいのは、すぐに離れ離れになってしまうからと私の感情がセーブされている可能性もあるということ。それは無いと思いたいなぁ。今日のル・モンド「パリ 失われた職を求めて」2002年、パリの失業率は20%上昇しました。財界と議員は、この傾向を覆すため、1月21日に再度会合を行う予定です。
2003/01/18
今日は試験期間の一日目でした。でもそれどころじゃない事件が。皆さんご存知でした?私は知りませんでした。洗剤が凍るなんて。学校から帰ってきて、お皿洗うか、と台所に立ったところ、容器を傾けても洗剤が出てこない。あれ、と思って容器を押しても変化なし。少なくなっちゃったのかな?と容器を見て愕然。固まってる。洗剤が。最近試験勉強で家にこもりきり、しかも寒いので窓も閉めっぱなしだったので、今日家を出る前に台所の窓を開けっ放しで出たのが効いたようです。恐る恐るお湯を容器にかけてみたら、ちゃんと溶けて使えました。凍るんですね、洗剤って。今日の最低気温は-7度だそうです。慢性低体温症のMORONEEの生存が危ぶまれます。外出時はコート二枚重ね、就寝時は毛布3枚に掛け布団2枚です。もう限界です。というわけで、今日のじゃないル・モンド(1月11日)「凍死」9日、今年になってからパリで5件目のホームレスの凍死事件が起こりました。
2003/01/13
新年会は大成功でした!おいしかった~。計8時間日本酒で煮込んだ豚は脂身がもうとろとろ。こんなことでは、フランス語力以上に料理の腕があがりそう。その後、郵便局に小包を取りに行きました。フランスの小包の配達には受け取りのサインが必要なものとそうでないものの二種類あるらしく、前者しか配達が無いらしいのです。後者の場合、郵便局に取りに行かなければならないそうで。でも今までに3回、その配達してもらえるべき小包を実家から受け取っているのに、配達してもらえた回数は0。郵便受けにぴらっと一枚、「不在に付き配達不能。本日X時以降、15日以内に引き取りにこられたし」と紙が入っているだけ。ちなみに、その通知が入れられた日時に私が「不在」だったことは「ありません」でした。あぁ、フランス。新年会にお誘いしたお友達の一人が車で来ていたので、一緒に郵便局に来てもらいました。そうでなかったらタクシー呼ばなきゃいけないところだった。でも小包開けて歓喜狂乱。頼んでおいた本9冊と(←これだけでもすでに私の腕力をはるかに超えているのです。あぁ、郵便局・・・何も言いますまい。)化粧品が着いたのも嬉しかったけど(エステ・ローダーのアイシャドウにキスをして、ロベール仏和大辞典を胸にかきいだく位)、やっぱりプラスアルファが嬉しい。寒がりの私のためにフリースの室内着と、レッグウォーマー。フリーズドライのスープと雑炊と甘酒。おかあさ~ん、ありがとう~!!今日のル・モンド「在仏ユダヤ人の懸念」12月16日、パリ第6大学において、イスラエル政府の政策に反対するため、イスラエルの大学へのEUによる助成金廃止を要求する自治会の決定があったことを受け、これに対抗するデモがユダヤ人コミュニティーに呼びかけられました。追伸:来週は試験週間となりますので、試験終了(18日)まで「毎日更新!」の公約の例外期間とさせていただきます。ご了承ください。
2003/01/07
今日は一日お買い物。姿見と本棚が我が家にやってきました。(本棚の配達は明日)。その後は明日の新年会のための買出し。今は明日の料理の下準備をしているところです。うまくできるかなぁ?一度も作ったことが無いものばかりなので、どきどきします。今までお世話になった方をお招きして、「昨年はお世話になりました。本年もよろしくお願いします」のつもりの昼食会なので、お料理を失敗したら意味が無いのです。献立は、「茶碗蒸し」「豚の角煮」「お雑煮」。何で作ったことも無いものを作るのかといえば、ひとえに皆、私が今食べたいものだから。明日お呼びする方に、「試験とか、大丈夫ですか?」と伺ったら、「自分こそ、余裕やなぁ」と言われてしまいました。ひょっとして私現実逃避してる?今日のル・モンド「ジョスパンが政界に復帰したら?」昨年4月21日に政界を引退してからも、リヨネル・ジョスパンは社会党に影響力を持ち続けています。
2003/01/06
今日は見知らぬフランス人のおうちにお呼ばれしてお昼をご馳走になってきました。トゥールーズには、ポール・ユーロペアンという留学生とフランス人の交流を促進する協会があり、そこがフランス人家庭に留学生を紹介する、というプログラムも実施しているのです。マダムと、3日前からそこでホームステイしているという日系アメリカ人の男の子とご飯を食べました。こういうプログラムがあるって、すごくありがたい。寂しくて仕方なかった9月、10月を思い出して、もっと早くこのプログラムに申し込んでおけばよかった、と思いました。夜、フランス人の友達から電話がかかってきました。何でか分からないけど、彼のフランス語は私にはとても分かりにくくて、特に電話だと「??」という瞬間が数多くあります。今日もそうで、「??」が3回くらいあった後、突然涙がこぼれ始めました。彼は私がわからないと必ず繰り返してくれるんだけど、もう分からなくなっちゃうとゆっくり言ってくれようが言い換えてくれようが脳細胞がフランス語を拒絶してしまって、何にも分からなくなるんです。授業中泣いちゃうのもこういうことなのかな。勉強中の言葉なんだから分からないのは当たり前だよ、と思えればいいのですが、もうなんだか自分のフランス語力の無さが情けなくて・・・アメリカで勉強してたときも、最初の3ヶ月はものすごくつらかったんですが、お正月に底を打ってからは急に楽しくなりました。あの頃もいっぱい泣いたなぁ、と思いつつ、でももうフランスに来て6ヶ月なんだけどな・・・
2003/01/05
昨日はスペインのダリ美術館に向かうため、朝6:30に家を出ました。TGVと電車で乗り換え一回、3時間あまりで国境到着。国境にある山を登りました。穏やかな地中海が見えて、急斜面を登ってきた苦労が報われます。その後、また電車に乗って、Figueresまで。ダリ美術館は、とっても濃かったです。絵画を超えた表現を模索し続けていたダリらしく、画集では味わえないような作品を多く見られたことが収穫でした。美と醜が表裏一体となったダリの世界。見終わって美術館を出たときは、胸いっぱいに深呼吸してしまいました。タパスとパエリアとビールで遅いお昼ご飯。11月にバルセロナに行ったときはあまり食が充実していなかったので、敵討ちをした気分で大満足。夜9時過ぎトゥールーズ着。その後アイリッシュ・パブで2時まで飲み・・・おかげで今日は歯も痛いし、山登りが効いておしりが筋肉痛です。こんなふうに、思い立ったら日帰りで隣の国に行けちゃうと、自分がヨーロッパにいるのだな、とひしひしと感じます。お詫び:昨日「すごく面白い話」があると書いてあったので期待していらした方々へ。面白すぎて諸方面に差しさわりがありそうなので、申し訳ありませんが自主規制させていただきます。今日のダイジェスト版と昨日の表題から想像するにとどめておいてください。今日のル・モンド「象牙海岸、二陣営に挟まれるフランス」3日、外相ドミニク・ドゥ・ヴィルパンは、アビジャンを訪問し、フランス軍が監視することとなっている停戦合意が度々違反されていることに関し、象牙海岸当局に説明を求めました。
2003/01/04
今日はすごく面白い話があるのですが、もう朝の3時なので詳細は明日。朝6時起きだったんですもの・・・最近こんなのばっかり。今日のル・モンド「ブッシュからブッシュへ」ジョージ・W・ブッシュは、父親の作業を・・・より正確に言えば彼の父が計画しかできなかったことを成し遂げようとしているのだろうか?サダム・フセインの排除とその余勢をかった新国際秩序の創設という重要な二点について、この傾向は日に日に明確になりつつある。
2003/01/03
昨日の夜から怪しかったのですが、ついにいつもの親知らずが痛み出しました。もう4年くらい、疲れると腫れるということを繰り返しています。親知らずが腫れるとなんとなく熱っぽくなるのですが、たいしたこと無いと思い、お買い物に出ました。だしの素がもうすぐ無くなるので、いつものアジア食材店に。すると、いつもは賞味期限切れのものしかない日本のインスタントラーメンの棚に、どうしたわけかまだ賞味期限内のものがたくさんあります。興奮してあれもこれもと手にした後に、ふと気がつきました。もう2003年なんだった・・・私が買おうとしていたのは、みんな賞味期限が2002年の2月とか3月のもの。ぐったりきました。それがいけなかったのか、一気に自覚症状が悪化し、到底お買い物どころではなくなって帰宅しました。ほんとは来週から始まるバーゲンに備えて下見をしておきたかったのですが・・・昨日のル・モンド「2003年、イラクの戦争は勃発するか?」 2002年は、国際社会に多くの不確定要素のうちに終わりました。フセイン政権を倒そうとする武力攻撃は、アメリカが望んでいる以上、避けがたいものなのでしょうか?フランスの立場はいかに?今日のル・モンド「中近東:すでに2807人の死者を出した戦争」 イスラエル・パレスティナ紛争は死が日常化する状態に陥っています。二度目のインティファーダが起こった2000年9月以来、推計死者数は2807人に上り、そのうちの大多数はパレスティナ人です。
2003/01/02
お昼ごはんをフランス人のお友達のところでご馳走になってきました。ここのおうちではご飯を作るのはお父さん。これがまた大変おいしいのです。一皿目はトゥールーズらしくカモの燻製とフォアグラ、二皿目は海老の塩焼き、三皿目が雌鹿のシチューでした。そしてもちろん、チーズとデザート。私が一番気に入ったのは海老。リカールというアニスのリキュールでフランベしてあり、大変美味でした。夕食も勧められたのですが、もうここのところの睡眠不足と食べすぎでぐったりしていたので、失礼させてもらいました。この日記では食べ物のことばかり書いているような気がしますが、食こそフランスの生活の中心といっても過言ではないので、そうなるのも当然かもしれません。
2003/01/01
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