自らの悪相を、 麦と豆だけの節食 で変えた南北の、その後を辿ってみよう。
彼は、まず3年間 床屋 で働いた。多くの人相に接するためである。
つぎの3年間は 風呂屋 、次の3年間は 火葬場の人夫 になり、骨の相まで研究した。
このような実践研究によって、人相見としての技量を磨き、高い評価を得るようになった。
しかし、彼の予想が百パ-セントと言うわけには行かない。
いい人相の人が不幸なめにあったり、悪相の人が意外な幸運に恵まれたり、ということが時々ある。
この見誤りはなぜなのか?
意思堅故固で探究心の強い彼は、さらに研鑽を続けた。
だがこの悩みを克服できないまま時は流れ、南北が 50歳 になった時のことである。
お伊勢詣りに出かけ、五十鈴川のほとりで 21日間の断食と水垢離の行 を行った。
その時、外宮の豊受大神(トヨウケノオオカミ)の次の声を聞いたという。
「人の運は食にあり」。
南北は、悟ったのである。
自分は麦と豆だけの食事で剣難の相を消した 。
食は人相を変えるのだ・ ・・・・ということは、食のあり方で運命もまた切り開く事ができるのだ。
これを契機に南北は食のあり方を研究し、 「 節食開運説」 に到達する。
それは南北の 観相学の完成 でもあった。
以後南北の観相は 「百発百中」 といわれるまでになり、悪相の人には食のありの改善を指導し、多くを幸せな運命に導いたという。
節食改運説を、実践する 南北の運も大きく開け 、名古屋に構えた屋敷は1丁四方、蔵四軒を連ねるまでに財をなし、当時の寿命50歳を大きく上回る 78歳 まで健康に生きて、 天寿を全うしたという。
(つづく)
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