【果てしない約束】(2)
9月20日、英紙ガ-ディアンは、米軍が過去に起した恐るべき事故について詳細を報じ
た。
米国公文書は50年間機密指定されているが、この事故は経年によりこの指定を解かれ
たため明らかになったものだ。
事故の詳細は、1961年1月、米国南部ノ-スカロナイナ州ゴ-ズボロ上空で、米国爆撃
機B-52が積載していた水爆を止め金が外れたことにより、地上に落してしまった。
幸いにも4個あった安全装置の内、3つが作動したが、残りのひとつが作動しなかったた
め、奇跡的に起爆を免れることが出来たという。
作動したのが正しかったのか、作動しなかったのが正しかったのか定かでないが、危な
いところであった。
福島原発のメルトダウンは、安全装置がせいぜい2~3段階程度であり、爆弾のそれ
は、4段階と多かったことからギリギリ大丈夫だったようだが、もし安全装置が2~3個だ
ったら、確実に大惨事になっていたことだろう。
さて、この水爆の威力は、広島に投下されたウラン型原爆の260倍だという。
広島では半径11キロ内(直径22キロ)に爆風が届き、半径2キロ内(直径4キロ)の建物
は全て崩壊してしまった。
単純比で爆風は、半径2860キロ(直径5720キロ)、建物崩壊は半径520キロ(直径
1040キロ)となる。
実際にはそう単純にはならないが、1発で関東地方全域を消滅させる位の威力はあった
だろう。
B52がどの程度の高度で飛んでいたのか定かでないが、仮に1万メ-トル程度として、地
上に落下するまでの時間はせいぜい分単位だろう。
この間にパイロットが、水爆の落下を確認し、果たして何処かに緊急の連絡が出来たの
であろうか?
今回の事故もその点が、全く不明である。
もし、それがなされず、4つの安全装置が全部駄目になっていて爆発に至っていたとする
と、・・!!!
事故機もキノコ雲に巻き込まれて事故か攻撃かが不明のまま、あっという間にアメリカ国
内で、1~2の州が消滅してと思われる。
それに対しアメリカは、必ず即、反撃に動いたことだろう。
こんな事態に敵対国とされる、ソ連、中国に向けて1発のミサイルも打ち出さないという保
証は全くない。
そうなると、潜水艦やミサイル基地、そして双方の友好国の基地から、あらゆる兵器の打
ち上げ大会の始まりである。
世界には原爆だけで2万発あり、これだけで数だけでは隅田川の花火大会に匹敵する。
隅田川花火大会は、2時間もあれば打ち上げは終了である。
世界中に散らばる基地で、一斉に始まる原爆・殺人兵器打ち上げショ-は、数10分も掛
らないのかもしれない。
「海女さんの」放映時間15分あれば、全てが終わっていることだろう。
こうなれば、「ジェ・ジェ・ジェ」をいう暇もない。
この花火大会が幕を降ろす時、同時に人類の終焉となることだろう。
そんな危険な事態は今回だけではないのだ。
過去からずっと続いているのである。
以下に原爆事故を列記する。
1965年12月5日
米空母「タイコンデロガ」の艦載機A4が、水爆2個を積んだまま看板から5千メ-トルの海中に落下。
深海のため未回収。
1968年1月21日
チュ-レ米国基地周辺で4発の水爆を搭載したB-52が、機内火災を起し、ノ-ススタ-
湾海上に墜落。
核弾頭1発が破損して飛散、周辺に大規模な放射線汚染を引き起こした。
1966年1月1日
スペイン南部上空で米軍同士(B-52と空中給油機)が衝突、水爆4個が落下。1個は海
中、3個が陸上。
陸上に落ちた水爆2個の起爆用通常火薬が爆発し、ウランやプルトニウムが飛散。2平
方キロの土地が汚染された。
その他
世界の深海には原子炉9基(原子力潜水艦)、核弾頭20発近くが回収不能のまま沈んで
おり、今でも刻々と腐食が進んでいる。
今一番欠けているのは、このことに想いを向けない人間が多くなってしまったことである。
誰もが、ラッキ-の一言を発するだけで、後は完全に諦めてしまっていることである。
これは火山の噴火や、洪水、台風、あるいは地震や津波など自然災害と違うのである。
人類の手によって創られた危機であり、それを避けることは出来ることなのである。
われわれの心次第で止められる危機を、どうして放っておくのだろうか!
少なくとも我々は、神に「地に満ちよと!」と祝福され、ノアの箱舟に乗り込み、生き延び
た人類の子孫の筈である。
その約束も、自らの手で破ろうとしている訳だ。
恐ろしいのは、運よく逃れたこの奇跡を、誰もがただラッキ-だった思うだけで、気にもか
けず、何もアクションを取っていないことである。
今アメリカでは、皆保険制度を巡って民主党と共和党が対立し、国内が混乱している。
私としては、それどころではないと思うのだが・・・・?
3.11の大津波やそれによって起こった福島原発事故。
また近頃の異常気象は、世界中に記録を塗り替える予想外の惨事を起している。
でもあらゆる危機が、危機一髪のところで、不思議と何とか歯止めが効いている。
これは一体、どうしてなのだろうか?
昨日、日本では伊勢神宮の20年遷宮神事が行われた。
これこそ過去から永遠と続くこの国の、荘厳な祈りの形である。
度重なる地球滅亡の危機がどうして逃れられたのだろう?
逃れられているとしたら、それは祈りのお蔭なのかも知れないと私は思う。
人類には、仏教、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、神道、その他様々な宗教がある
が、その人間の無垢な祈りの心が、大参事による人類の滅亡を何とか止めているので
はないだろうか?
「感謝し、自らだけでなく、他の幸せのために祈る」
その気持ちが、かろうじて「永遠なる約束」を維持しているのかも知れない。
しかし、危機の元を一日も早くなくさなければ、何時の日か、滅亡のその時は必ず訪れる
だろう。
いまこそ、祈るだけでなく、万民の勇気ある行動こそが、必要な時である。
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