Laub🍃

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2011.10.12
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カテゴリ: .1次長
#感情を抑えつけ過ぎると麻痺する。
 それどころか発散の仕方もうまいこと吐き出す方法も知らないもんだから、暴走するか黙りこくるかの二択しかなくなる。

 強くなろうとしすぎた俺には、今が冬か夏かも分からない。
 夏に厚着をしても汗一つかかん、冬に着流し一枚でも風邪をひかん。

 はったりを利かすときにしばしば便利っちゃあ便利だが、その実負荷を溜め込んでいるならざまあない。

 そんな俺の傍ら、伝家の宝刀はいつも気ままに人の血の熱さを求めるもんだから、ある意味羨ましい限りではあった。





 理性は感情の武器でありながら感情を騙す。
 感情は理性の武器でありながら理性を殺す。




 世間ではこういう考え方を哲学だとか言うらしいが、哲学ってのは単なる酒場の親父のくだとそう変わりはない。
 だーれも聞いちゃくれないから、自分一人で悩むしかないが、そのまんまじゃおっ死んじまいそうだから無理矢理に理屈理性を働かせただけだ。

 社会とまともに向き合えねえ癖に何かを切り捨てる覚悟もねえ、弱者の生きる知恵ってやつなんだろう。
 俺のことなんだがな。


 さて、この弱者の知恵ってのにもいろいろある。
 何か成し遂げる強者でなかろうが、そんな強者に「ついていきたい」「手を貸したい」「力になりたい」と思わせる弱者は知恵者だ。
 だが、その知恵が浅ければそれはたちどころに愚か者になりかねない。

 例えば、ある振る舞いをして強者に気に入られたとする。
 だが、その気に入った理由、「力になりたい」と思った理由が自分自身のカリスマに由来するものでなかったり、そいつ限定での相性だった場合、同じ振る舞いを他所でもしちまったらそいつは馬鹿だ。
 寒い所で股引一丁だったら死ぬ、暑い所で何重にも着込んでいたら死ぬ。
 自分の力の及ぶ範囲を分からずに自分の足を引っ張るのは馬鹿だ。


 …そうやって、弱者のままでいる言い訳する俺が、一番の弱者だけどな。

 責任の範囲をしっかり把握してスレスレで動くか。
 責任なんざ知ったことかと好きなように暴れるか。

 俺の人生、常に悪例の二択でしかなかったから仕方ないと言い訳する俺も弱い。
 この二つは、どっちも生きる為に必要でどっちも生きる為に邪魔だった。


 身近な大量の反面教師どもは、そうやってぶっちぎってやがったけどな。

 その姿を見る度に「ああはなるまい」と思っていたら、何者にもなれないのは普通だろ。
 俺は、弱いけど、間違ってないだろ。


 …いや、認める。
 憧れる芯を持たない俺は、いつも弱者で、いつも正しくない方だった。
 「強くなりたい」が口癖だったのは、その証だ。

 だが。そんな俺に、今の嫁は「強くなりたい」と思う事が強者の証だと言ってくれた。
 あの頃は、8割がた慰めだろうとも本当に強くなれた気がした。

 嫁を失いたくなくてかっこつけてる時、口癖として出ていた「俺に力があれば」があいつん中じゃ印象に残っていたんだろうが、それでも成せば成るものだった。

 俺からしてみれば、そうやって人を気遣いながらも気を違わずに居られるあいつの方が余程強かったから、あいつに憧れて焦がれているほど俺は強くなれた。

 あいつが喩え、生きていられないほど身体が弱くても。


ーそう、あいつが居た時は俺は、強かった。
 弱い所をあいつが守ってくれていたから、強く居られた。

 だから周囲には期待されたくないのに期待を背負っているなんて思わずに喜んで背負えたし、迅速に危機に臨むことができていた。

 しかし今はあいつの助けなしで、それに挑まなくてはいけない。

 昔に逆戻りした俺にとっては”家の長”は枷で重りでしかない。
 幼い頃少しはいいものと思っていたのは子供の浅はかさだった。箱を開けてみたら断れねえ弱者か断らない弱者かのどっちかが継ぐもんだったんだと俺は愚かにも気付いてしまった。

 それなのに、だ。

 俺の三番目の子供はそんな俺によく似ていた。

 狼の頭。
 迅速に動くだけでなく、見せかけの人情で臨むのでもなく、群れを率いるべくして名付けた名前。

 俺はこうして、あいつに呪いをかけた。

 俺に似た育ち方をする呪いを。

 あいつは育つごとに俺に似てくる。特に俺の昔の記憶をえぐるような言動ばかりしてくる。考えていることも大体分かるからどうにも扱いに困る。
 父さんが役割を押し付けてきたとしても母さんさえ普通に愛してくれればと世界を呪っている所までそっくりだった。

『俺だって、あの頃のあいつにまた会いたい』
 何度言いかけたことか。だが、そんな葛藤も結局は無駄だった。
 俺に出来る事は無駄なあいつの下手な真似ばかりで、滑稽なそれはやはりじきにかなぐり捨てるしかないものだった。

 だから、年頃になって一気に馬鹿らしくなって愛される為の努力から世界を壊す為の努力をするところまで似てしまったことを悟った時、ある程度覚悟はしていたと思った。

『外で庇いきれない問題を起こすなと言っただろう。それもこんな下らない…
 お前は”家”の頭の器じゃない。今日限りで勘当だ』

 と言っても、息子の場合まだ傷は浅かったからー叱りながらも、突き放しながらも、一応は”家”に居させてやるつもりではあった。息子以外に継げる相手も居なかった。
 たかが軽くモノを盗んで警察にしょっぴかれた程度、誤魔化しはきくが一応は止めておかないとまずいと思った。断じてやり過ぎなどではない、むしろ甘いくらいだ。

 逃げることを許し、正しい律を教え、一応世間の手からは庇ってやる。
 それ以上に出来る事があるか?ないだろう。


 ……白状しよう。
 俺は息子が羨ましい。

 大した罪も犯さない子供に育った息子が。

 俺の場合はもっと酷かった。思い出したくもねえが、”家”から逃げ出したいと思う度に思い浮かぶのがかつての”家”ーいや、親父に対する借りだ。
 特に拮抗していた所と勝手に抗争して落とし前つけさせたことが、一番悪質でどうしようもない。そうなる前に、息子のことは、狼頭のことは止められてよかった。




 息子に対して怒りが湧く度に、父親の怒りの理由を知る。
 自分以外に憎める相手が居ない。

 だから気晴らしとして、親父の会合に乗り込んで指をばらまいた時の胸がすくような思いを想い起す。

 あれから親父は権力を減らし、俺も「藤染に負けるな」だの「鹿沼なんざ弱小だ」だの「白宮程度に何を手こずっている」なんざ言われなくなった。

 だが、あの事件から3年、倒れぬように必死に踏ん張っている親父は父親の背中と、カシラの背中をしていて。
 そのほつれを作り出したのが自分だってことを重々自覚していたら、それを支える以外に選択肢はなかった。


 だから、俺に似ている息子が俺に面倒をかけるのは、ある意味仕方のない事だとも思っている。
 そうしていつか、息子も豪語している通り、俺のほつれた背中を支えて、使命を受け継いでくれるんだろう。

 そう、思っていた。


 理屈と理性の観念に振り回されて何も分からなくなった俺にも、認められたくて振り回されて何も分からなくなった息子にも、ただ一つの感情を抱くことだけは許されているから。

 ただ一つ、

ー”家”を発展させたいー

という意志。

 それこそが過去の清算を成し遂げ、同時に生きる意味を創ってくれるものだ。
 絶対に、理屈でも理性でも疑ってはいけないものだ。
『そもそもどうして家を発展させる為に人生を犠牲にしなくてはいけないのか』
なんて考えたら、全てが崩壊する。これまで捨ててきた全てが墓場に引きずり込もうとしてくる。

 だから今日も俺はこの意志以外を理屈で操作する。

「親父さん、狼頭さんの捜索は…」
「要らん。あいつは言っただろう、『必ず”家”の仇をとってくる』ってな」

 哀れだとか、気にかかるだとかの感情も全て、”家”の発展の為になる。

 今日も俺は、涼しい”家”の顔をしている。

to be continued... ?





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最終更新日  2017.04.28 02:16:29
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