Laub🍃

Laub🍃

2018.01.21
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カテゴリ: 🌾7種2次裏
・夏A以外タイムスリップ安居回
※1夏A→精神逆行(一人一回)
 2夏A以外→身体逆行(ループ/新ちゃん、わんこ達は毎回記憶リセット)
 3  +一人ずつ蘇る
 そんなファンタジー展開欲張りセットな話。ファンタジー成分においてとらじネタあり。

・キャラ掘下げ、接点少ないキャラ同士の絡みあり
・胸糞メリバ気味 循環話
・施設の設定ところどころ捏造
・嵐視点

 安居(ヤンデルカイワレ族)+要さん(サイコパスエコロジスト)+嵐(青臭いお人好し)

SS
01→ (安居サイド・三人称)/外伝後編後→タイムスリップ→夏A10歳夏(崖登り試験)
02→ (要サイド・三人称)
  03↓ (嵐サイド多めダイジェスト)/10歳→13歳(クラス分け)→15歳(銃教習)

15歳前半(のばら脱落)→15歳後半~16歳?(早撃ち試験・赤い部屋)→16歳?(船実習)→17歳(貴士先生の獣作り&最終試験忠告)→最終試験(干支殺人予告・火・水・山)






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ロープとナイフをもう一度ー第三小節ー


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◆0ー青田嵐の見た井戸



 白状すると、俺達がこの時代にやって来るのは1度目じゃない。
2度目だ。



 初めのタイムスリップは流星群の降る仄明るい空を見ていた時だった。

『…あの流れ星、大きいね』
『……まさか、また隕石とかじゃな……』

 花の声は途中で途切れた。

 ひときわ大きな星がまたたいたと思ったら、次にはその光が線となり、やけに多い流星群となり、その光の渦が周囲の陰になっている山々まで巻き込んで、夜空と背の高い木々がぐるぐると回る感覚が襲ってきて、……木々のざわめきが、次第にちゅうちゅうと鼠の鳴くような耳障りな音になり……唐突に、どんと背の高い草むらに投げ出された。

『嵐!』
『花…!』

 俺は花が隣に居たから、それだけで少し落ち着けた。
 混乱はその後の事。
 もともと外に居たのにどこに投げ出されるんだ、と一緒にあたりを見回したら村の別の場所に居た筈の人達が、唐突に家が消えたと集まってきていた。そこまではいい。
 その中に、船で涼や安居と旅に出た筈のまつりも居たのだ。

『……あ、あたし、置いてかれちゃったのかなあナッちゃん……』
『え…さ、流石にそれはないと思うよ、なんか、なんかの間違いだよ……』
『……まつり、ナツ、危ない!』
『……え!?』
『…大蜘蛛だ!』

 しかも。俺達…………人間だけじゃない、ご丁寧に新巻さんの犬達から秋の村の家畜たち、挙句の果てには最近安居達が置いていった大蜘蛛までタイムスリップしていた。ロープはついていたものの、杭などで縛られていないからそいつらは一気に脅威に早変わりした。飼い慣らされて多少動きが鈍くなっていただけ少しましではあったけど。
 …犬や家畜はともかく大蜘蛛などは抑え込むのが大変で、わたわたしている内に外で楽器を吹いていた過去の百舌さんに見付かった。 俺達は隕石が落ちる24年前の佐渡に戻ったんだと、そこではじめて気付いた。

 先生達を呼んでこられ、保護された時は正直ほっとした。

 だけど、前の時はこの巻き戻りの仕組みも、施設のシステムのこともよく分からなかった。
 ……でもこれが夢や幻覚じゃないということは、なんとなく皆認識していた。

『……なんとなく、これ、現実に近い気がするんです』
『螢ちゃん…』

 螢ちゃんの近く、じっと考え込むような顔をしていたひばりちゃんをお蘭さんが見やった。

『ひばり。あんたも分かる?これ、現実?』
『…螢ちゃんがそう言ってるんだから、現実でしょ』
『…ひばりだから、分かることもあるかもしれんやろ。それを話してくれへん?』
『……分かったわよ。現実…かも。……なんか…別の……現実なんだけど、別の世界……でも偽物じゃ、ない』

 どこか神秘的な雰囲気をまといながら、ひばりちゃんは目を星々に向けた。

『当たってる保証はないけどね』
『……分かったわ。ありがとう、ひばり』
『ありがとうな』

 お蘭さんと角又さんに、ひばりちゃんはフンと鼻息を鳴らして答えた。

『……別の世界、かぁ……ドラ●もんに出て来る鏡面世界みたいなもんやろか』
『どんな喩えよ…』

 そんな会話をしている所に過去の百舌さんがやってきて、事情聴取され、この場所は通常立ち入り禁止区域だと説明されて……ここには過去の百舌さん達が居る事、そして事情を知っている者を外には出せないということだけが分かってきた。

 未来からやってきたと突飛な内容を話した蝉丸も、俺達は偶然遭難してここにやってきてしまったけどあんたらはここで何してるんだと現実的な、それらしいことをでっちあげて話した秋ヲさんも、どちらも百舌さんに訝しまれた。
 即座に出ていくか、それともここからずっと出ていかないかの二択を迫られた。
 次の巡回船が来るまで助けてくれと食らいついた対応は、結局の所失敗だった。それは後者を選択したのと同じだった。
 百舌さんは、巡回船が来る前に折角だからと施設を見学させてくれた。
 …その太っ腹な様子を怪しむ余裕は俺達にはなかった。

 その際幼い頃の安居や涼達を見ることもできたけど、殆ど土に塗れて畑を弄っている様子や、命綱を着けて崖登りしている様子、木造校舎での、やけに進んだ授業を一瞥するくらいが限度だった。



 小さい子どもたちは100人近くいるらしかった。最初はもっと多かったんだよ、と子ども達の中でもしっかりした感じの子が教えてくれた。
 皆同じ格好で、同じように訓練をして……俺達には最初、だれがだれだかも分らなかった。

「小さい涼くん…!」
「一瞬で見付けたねまつりちゃん」
「愛の力は偉大だな」
揶揄う蝉丸に、まつりは首を振る。
「……ううん、分かりやすい。涼くん、よく一人で居るみたいだし…」
「けど安居とか茂にはよく絡んでるな」
「……」

茂さんだろう、おとなしそうな少年の髪を引っ張る幼い涼。
なんだか見覚えがあるなと思ってる内に幼い安居が止めに入り、幼い涼がその様子を皮肉る。涼は相変わらず涼だなと思っていると、ナツがまつりの前で手を振っていた。

「まつりちゃん…まつりちゃん?大丈夫?」
「……えっ、うん、大丈夫」

 ……概ね、概ね、そんな妙なシーンはあったものの、子どもたちは皆、素直で、子供らしくて可愛くて……そして、個性に満ちていた。

「…花、大丈夫?」
「大丈夫。……お父さんは、まだこの時代、ここに居ないみたいだし……
 安居も涼も、別人みたいだし」
「本当に、何があったのかしらね」
「…この子達が皆犠牲にされてしまうなんて…」

 くるみさんが不安そうに、不憫そうに呟いた。
 新ちゃんをぎゅっと抱き締める腕は、この生に満ちた施設の物陰に潜む、どことない不吉さを感じ取ったかのように鳥肌を立てていた。

「小瑠璃明るいな…」
「安居もちょっと怒りっぽいけど優しいね」
「…やめろよ…小瑠璃が言ったこと思い出すだろ」

 ハルくんがむっすりと返したけど、多分ハルくんも、今の安居の性格は未来と大分違うとは思ったんだろう。

「…もし、このままやってきてたら、あんなこと起こらなかったのかな」
「十六夜さんは、殺されなかったやろな…」

 ……だけど、俺達を助けてくれたあの能力は身に着いていたのか。

 今それを言っても、なんら意味はないから言えないけど。



 日がな一日場所を共有して生活するということ。
 未来でのそれを、彼らは当たり前のように実行していた。

 基本的には会話に参加しないけど、若い頃の百舌さんは時々彼らの会話を聴いて噴き出したり、ツッコミ役になったりしていた。

「ねえ要さーん!」
「これなんて虫ー?」
「これはね……」

「要さん、これどうしよう…」
「まずおちついて。大丈夫だから」

「要先輩、これどう?出来てる?」
「おしい!ここがまだ抜けてる」
「あっ、そうか」
「だけどあと少しだ、頑張れ」
「はーい!」

 百舌さんはその空間で、小さな神様のように尊敬されて、お伺いを立てられていた。
 先生達より笑顔で、生徒達より冷静に佇むその姿は、お地蔵様の姿とどこか似ていた。

 子ども達もよく笑う。未来のあの姿を連想できない程に幸せそうに無垢に笑う。

「うわー!卯浪が来たぞー!」
「逃げろー!!!」

 いたずら真っ最中の子達が走り回っては小瑠璃さんやあゆさん達に馬鹿ねえ、という目で見られていた。
 平和、とてつもなく平和な世界がそこにはあった。

 秋ヲさんが「温室じゃねえか」なんて言っているのを、俺や蝉丸は注意することもできずにいた。
 ……俺も、『思っていたよりも随分幸せそうで満たされてるじゃないか』なんて考えてしまったから、慌ててそれを打ち消した。…何が分かる。少ししか見てない癖に。

 ……だけど、その後先生達と百舌さんによって用意された展開は、かつて安居と涼が見せていた人間不信に相応しく、不穏だった。

 俺達はどこかの宿に連れていかれた。ここまではいい。
 だけど食事をして後は風呂に入って休もうかと言う所で俺達の意識は強制的に奪われた。

 意識を先に手放したのは花だった。
 初めは、ただ慣れない疲れで眠くなっただけだと思っていた。
 けれど花はどんなに揺すっても起きず、違和感を感じている内に俺の体も急激に重くなってきた。何か盛られたとやっと気付いた。でも、その時には全て手遅れだった。

「は…な……」
「……」

 眠る花の顔が徐々に蒼褪めていく。
 …生きては、いる。だけど、これは、ただの眠りじゃない。
 もう二度と……
 たとえ、どんな痛みを受けようとも、目が覚めなそうな……

 花。

 花の姿が、瞼のせいで見えなくなっていく。
 こんな瞼切り落としたい、せめて錆付いた喉ももっと震わせて、花を安心させる為に声をかけたいのに。

 何も動かせない。

 花を守れない。

 駄目だ、こんな終わり方、あまりにもひどい。

 花の手を握っていた俺の手は最早微塵も動かず、ずるりと畳に落ちた。

 役立たずな俺の腕と畳と目の前の花を巻き込んで、窓の外の空がぐるぐる渦巻く。デジャヴ。毒のような紫がそこに混じって、そこで意識が途絶えて……

 俺は、『もう一回』と祈った。




 高らかで美しい音で気が付いた。




 意識が戻った直後触れた温もり。
 抱きしめ、潤む目で確かめた荒れた長い髪。

「…嵐…?」

 寝ぼけたようにかすれた声。

「花…!花、大丈夫か!?」
「……え、どうしたの?」

 戸惑いながらも抱き締め返してくる腕。

 その全部が愛おしくて、守れなかった自分が情けなくて、俺は嗚咽を漏らしながら花をずっと抱き締めていた。



 しばらくして、おーい、と蝉丸達に声を掛けられ、やっと俺は我に返った。

「花……俺達、戻れたのかな」
「……多分、そうだよ嵐」

 戻れたんだ。俺達は、また、あの時に戻ることが出来た。だからこうして生きている。

 ……あれ、でももし俺達が、最初と同じ条件で同じ場所に戻ってきたなら。

「あ、大蜘蛛は……!?」
「大蜘蛛なら、牡丹さんや秋の皆さんが抑え込んでくださったので大丈夫ですよ」

 螢ちゃんが先回りして教えてくれた。情けない。

 秋ヲさんがこちらが落ち着くのを見計らって、口を開く。

「……ありゃあ殺されたな」
「…同感。こっちも、ナツが先にやられた」

 蝉丸も俺と似た姿でナツを抱き締めていた。
 目を覚まさせる為に引っ張られたナツの頬が少し赤くなっていた。

「めーちゃんは…こうなること……知ってたの……?」
「……」

 若い百舌さんと死神の姿が脳裏で重なった。だけどそんなことを言えるほど俺の口は軽くなく、ただ震える花を抱き締めて落ち着かせた。

「…花、守れなくてごめん」
「……ううん」

 あの震えと、少しも揺らぐことのない綺麗なセッションが『今回』のはじまりの記憶だった。











◆1-10






 ……だけど。


 一周目の収穫は、失敗と死ばかりじゃなかった。

「……あれ?皆さん……」
「あんた…!」

 二周目がやってきたとき、なんと、俺達の所に、ざくざくと夏草を踏み分け十六夜さんがやってきたのだ。
 お蘭さん、秋の面々がお互いを揺さぶる。
 そして幽霊やない、と茜さんが呟いて、十六夜さんがゆるやかに目を瞬かせるのを見て歓喜の声を上げた。

「お蘭さん!?…無事ですか!?撃たれませんでした!?」
「無事よ…あんたのお蔭で…」
「…お、お蘭さん大丈夫ですか?泣いて…」
「泣いてないわよっ!!」

 鼻声でお蘭さんは十六夜さんに背を向けた。

「……何なのよ…一体…撃たれた時の傷も消えてるし……」
「…あれ?……夢…?ですかね、これ…」
「……そうかもね…」
「ええ…!?」
「ちょっとお蘭さん…!?」
「えっ、また幻覚なんですかこれ!?」

 わたわたと戸惑う十六夜さんと皆。

「……いえ、多分、幻覚じゃないです…!十六夜さん!…この子、あの時の子です」
「あなたが助けてくれたから、この子はこうして生まれることができたんです」
「くるみさん…流星くん!」

 またわっと沸く秋のチーム。

 だけど、皆あの洞窟で幻覚騒動に巻き込まれた以上、やっぱりなかなかこれを現実と思えない。幸せな夢を見ている時のように、皆喜びながらもどこか不安を滲ませてもいた。
 花もその例に漏れず。

「…嵐、……幻覚じゃないよね?」

 地味に傷付いた。

「…本物だよ、花。……『1m先を』」
「…見てるよ、嵐。……本物だね」
「ああ」

 幻覚の中の自分ほど甘くない答え。それを耳にして、花は信用してくれたようだった。


 それから数時間。俺達は戸惑いながら、今度は警戒されないようにしようと計画を立て、夜中に少人数で近づくことにした。

 そこではうまくいった。

 だから、今回は比較的安全に、前の周と同じものを見るだけだと思ってた。
 子供達の顔と名前リストや、職員の雑務だけ教えられて数日。

 ……その後にこんなハプニングが起こるとは思ってもみなかった。


「…安居!?」

 俺達の目の前で幼い安居は卒倒した。

 ……目の前で保健室に運ばれていく安居とついていく茂さんを見送り、俺達は朝礼を終えた。
 ……もしかして、まさか。

 目配せを皆でし合い、その後俺達の初仕事が決まった。
 安居の見舞いだ。




◆1-××安居の居た井戸



「ここか……」

 あれから三十分後、俺達は保健室の戸の前に居た。
 メンバーは俺とナツとくっついてきた蝉丸、心配でついてきてくれた牡丹さんの4人。
 少し躊躇する俺達を他所に、木製の引き戸が横へぱしーんと開かれる。

「たのもー!」
「蝉丸うるさい」
「小学生じゃないんだから…」

 入った瞬間、強い視線を受けた。見覚えのある眼光と、興味深げないくつかの目。
 少し前に目を覚ましていたらしい安居が信じられないものを見るような目で俺達を見ていた。
 そんな安居に、隣に居た茂さん達も警戒心を露わにしている。

「…なんで…お前たち…ここに……」
「心配してきたんだよ」
「いや、そうじゃなくて」

 予測が確信に変わる。

「…………安居くん、記憶があるんですか?」
「…え…ああ……ごほっ」

 幻覚じゃないのか、と焦って咳き込みながら呟く安居に、蝉丸が顔をしかめた。

「幻覚じゃねーよ!なんなら俺の料理食べて確かめてみっか?」
「いや、それはいい……他の確かめ方はないのか」
「……安居、もう大丈夫なの?記憶…幻覚って?最近安居が眠れなかったのと関係あるの?」
「…茂」

 俺達は集団で異常現象に巻き込まれたけど、同じような迷いを一人で抱えていたらどうなっていたか。安居の目の下の隈がそれを現していた。
 そんな安居をじっと見た小瑠璃さんが言う。

「……ほんとほんと。なんか最近安居、調子悪そうだよ」
「だから平気だって。もういいから帰れお前ら。さっきからずっと喋り倒して……食べ物の話とかここじゃなくていいだろ」
「ひどーい安居、少しでも気を紛らわせようとして話してたのに」
「お腹きゅるるって鳴ってたくせに」
「鳴ってない」
「鳴った!」
「鳴ってないって言ってんだろーが!」
「だからさっき憎まれ口叩かなきゃよかったのに」
「そしたらカレーの具よそったげたのに」
「おいしかったなー」
「だから鳴ってねえっていってんだろ、帰れお前ら!」

 元気な三人娘を追い返し、顔を真っ赤にした安居が一息吐く。
 ぜえぜえと息を吐いてはいるものの……なんか、思ってたのと、違う。
 続いて、四人のやりとりを微笑まし気に見ていた茂さんに安居が言う。

「…茂も、もう大丈夫だから。先に部屋に戻ってろ」
「……ええ……でも……」
「平気だから。……本当に辛かったら、こうして話せてないだろ?」
「……うー…ねえ、ほんとに大丈夫?」
「本当だ」
「ほんとのほんと?」
「ほんとのほんとだ」

 何度も振り返り振り返り保健室を出ていく茂さんに、安居は微笑んで手を振っていた。幼い、気を許したような顔で、秋のチームが見たら目を疑いそうな表情だった。

「……で……お前らは、……お前らも、未来から来たのか」
「……ああ。安居も、そうみたいだな」

 だが数分後、異常現象についてお互いの経緯を説明し合う時には、その顔は年不相応に引き締められていた。

「……俺がここで気が付いたのは二か月前。茂と崖を登ってるのが、初めの記憶だ。
 未来の世界では船に乗ってたから環境の変化が大きかったな……
 変化が大きすぎて、最初はその中で夢でも見てるのかと思ってた」
「…じゃあ、あたし達よりも先にタイムスリップしたってことでしょうか」
「そうなるな」

 乾いた喉を潤した安居が口を開く。
 傍らの水の入ったコップは、ナツが水道から水を汲もうとしたのに断わり、ふらつく安居自身の手足で汲みに行った賜物だ。
 …あまり借りをつくろうとしないところは、子どもの姿になっても健在のようだった。




 それから俺達は十分ほど、タイムスリップの状況について情報交換をした。

 未来で暴走していたとはいえ、流石に長年リーダーを務めていただけあって安居の話は分かりやすかった。

「ありがとう、安居くん。……眠いでしょう、一旦休みなさい」
「……」
「眠ってる間もここに居るから」

 互いの事情を一頻り話して、疲れた様子の安居に牡丹さんが言う。

「……分かった。……ありがとう」

 ひとつ小さなあくびをして、安居は布団をかぶった。
 生え代わる途中なのだろう、真っ白な歯列の隙間はとても子どもらしかった。

 …だけど、充血した目と力のない表情は長く年を取った人のそれだった。
 布団からはみ出す黒い短髪にも三本ほど白髪が見えた。

「……何か聞こえた?」
「いや…」
「わわっ」

 引き戸を開き保健室と書かれた看板の下に踏み出すと、わたわたと走っていく子どもの後ろ姿が見えた。…見覚えがない後ろ姿だ。

「……あ、あの、何を話してたんですか?」

 戸の右、柱の陰からひょっこりと小さな顔が出て来る。

「…安居、そんなに具合悪いんですか…?」
「まさか、外にでなきゃいけないとかじゃないですよね」
「いつもはもっと元気いっぱいなんです」

 残った子たちが口々に話し始める。
 さっき付き添っていた茂さんと小瑠璃さん、繭さん、のばらさんだ。

「最近よく眠れてないみたいだね、って話をしてたのよ」
「…そうだよ、多分、もう少し休んだら、元気になれるよ」

 少人数でやって来て良かった。

「……分かりました」

 俺達と入れ違いに保健室に入っていく茂さん達、そして牡丹さんを見送る。

「…安居……寝てるの?」
「ああ……ちょっと眠い……15分くらい休んだら、戻る。……悪いが茂、お……僕の課題一緒に出しといてほしい」

 休み時間の曲らしい音楽は、そろそろ終盤に近付いていた。

「……分かった。……ほんとに、無理しないでね」
「ああ」
「あんまり無理してると…」
「代わりにご飯食べちゃうから」
「そうそう、今日のお昼もあたしたち当番だし」
「お前らな…」


 ……以降は、人気の少ない所で話した方がいいな。

「……どっか別の所に行くか?」
「そうしましょうか」
「じゃあどこに……って、うわっ」

 角を曲がると、小さな影とぶつかりそうになった。

「……!」
「あれ?涼」
「……」

 小さな影……というか涼は、おそろしく顔をしかめて去っていった。……小学生くらいの子のする表情じゃない。





「……ナッちゃん!安居くん大丈夫だった?」
「うん……多分」
「……もう少し、人目のつかないところで話そう」
「そうしましょうか」

 あまり人数が多くても変だということで、待機していた皆。
 少し歩いた所にちょうどいい場所があった。
 安息の地は、大きな橋の上。

「……ここで大丈夫?」
「大丈夫そうだね」

 ここなら見通しも効くし、周囲に川があるお蔭で少し音も掻き消せる。
 俺のもたれた手すりの近くにはロープと浮き輪がついていた。近くの川で危ないことがあった時に使うのかもしれない。
 ナツがなおも周囲の様子をうかがいつつ口を開く。

「……安居くんも、未来の記憶を持ってる。姿は子どものままだけど」
「まさに身体は子ども、頭脳は大人だね…」
「……私達を見て、パニックになってしまったんでしょうね」

 さっきの安居の蒼褪めた顔が浮かぶ。俺達のせいではないと安居も言ってたけど、なんとなく罪悪感。

「……どうする?」

 安居に対して。……そして、俺達自身が。

「…なんか、こういう変な世界にやってくる話って、おーぱーつ?とかいう奴を見付ければもとに戻れるっていうけどな」
「またゲーム?」
「おうよ。なんかよ、その時代にある筈のないモンとか、変な現象とかを見掛けたり触ったりすると、元の時代に戻れんだよ」
「……この施設、見おぼえないものばっかりだな」
「だから安居なら、何が変なのかとか分かるかもしんねーだろ?」
「……安居、協力してくれっかな」
「…してくれると思いますけど…」

 …安居が記憶を保持していることは不安な一方でありがたくもある。
 ここの施設の始まりから終わりまでを見ている彼の協力があれば、この世界をもう少し長く見届け、そして元の世界に戻れそうな気がしたから。
 それに、これが幻覚なのかどうか散々に悩み倒した安居を見ていると、やっぱりこれ、幻覚じゃないよなあと確信を持つこともできた。

「……それより安居くんとしては、ここで起こったことを変えたいんじゃないでしょうか…」
「…うーん……安居くんきっと、同じ事を繰り返したくないよねえ…」
「タイムスリップものって、変に未来から来た奴が介入すると拗れるんだよな。ドラ●もんだと確かの●太が、両親の結婚を止めそうになっちまって消えそうになってたような気ィする」
「でも……ひばりちゃん、別の世界、って言ってましたよね。……それなら、介入しても大丈夫なんじゃないでしょうか」
「……螢ちゃんも、別の世界だと思うの?」
「そうですね。…ひばりちゃんの言葉で、違和感の正体が分かった気がします」
「もしかしたら、並行世界っていうやつかも」
「……それなら…取り敢えず、自由に動いても大丈夫か?」
「殺されなきゃな」
「うっ…」
「……先生見習いとして動いてくれる限り、身分は保証してくれる、って言ってたよね」
「そう、それ、ちまきちゃん。……未来で知ったこととか、いろいろきっと役に立てられるよ」
「……そう…だな。……安居も、俺達の話で少し顔色良くなってた気がするし……
 俺達はきっと、協力関係になれると思う。
 俺達が先生として力になれるかどうかはまだ分からないけど」
「…ま、なんとかなるだろ!」
「……さ、三人寄れば文殊の知恵、って言いますし。もっと寄ったら、もっと、きっと、知恵が浮かびますよ」
「…そうだなあ」

 …そう。人が協力する際の、簡単で大きな効果はそれだ。
 確認の必要がないこと、二度手間でないこと、やらなくていいことをやらなくていいこと。
 着実に積みあげるため、計画を立ててその通りに実行して、前日に達成したものから新たな道を伸ばしていくことは、協力している人が多く、その相手と意思疎通がうまくできているほど容易になる。

 また、こうした計画を立てる時、周囲の人を参考にしたり、アドバイスをもらったことを活かしたり……他の人の作戦に寄り添わせたりすることで、人と人の関係が1+1に限らず、もっと大きな効果も齎すのも俺は好きだった。

 ……ここでも、安居とそういう関係を築ければいいんだけど。

◆1-11

 俺達の存在が契機となって、安居に聞いたクラス分け前の準備期間とやらはかなり早くにはじめられた。

 俺と茜さんは水のクラスとして子ども達と川やプールに行き、流星くんは風のクラスでハングライダーを繰って螢ちゃんは星や風から何かを読み取って告げ、お蘭さんは土のクラスとして17年間の変化も含めて指導をし、ちまきは造るもののスケッチ方法や作図方法を教え、牡丹さんや苅田さん達は火のクラスで格闘技の相手になり(時折腕にぶら下がられ)角又さん達は武器や狩りの仕方について見守り、くるみさん達は動物クラスでファームの経験を活かし…花もその手伝いをして、藤子さん達は医療クラスで海外でのボランティア経験を語りながら動き、まつりやナツ、蝉丸たちは植物クラスで植物の進化や用途、似てるキノコや草で痛い目に遭った経験について話し……と、数か月やっていくうちに、俺達は何とか施設の職員として認められ始めた。

 因みに新巻さんの犬達や、混合村の家畜達、安居達の置いていった大蜘蛛は家畜舎の近くで家畜として働くことになった。……とはいえ、大半の面倒は俺達が見ることになっていたけれど。『その方がいい』と安居も言っていた。最終試験に巻き込まないで済むから…と言う声は苦かった。

 ……ともあれ。これでやっと、一周目で失敗したことを取り返せたような気がする。

 ミスはやり直すものじゃなくて、取り返すものだ。
 やるんなら、もしこうだったらと考えるなら、叶わない過去の仮定でなく未来のシミュレーションをすべきだ。
 安居もそういうタイプだと思っていた。真面目で融通が利かなくて、だけど時折現れる不測があればそれも計画に組み込む。

 それが習慣として身に着いていることは、財産だ。

 当たり前だ。
 やり直せるより、やり直す必要がない方がずっといいんだから。




 あれから、ぽつりぽつりと俺達は話すようになっていた。
 勿論TPOは選んでいる。

 未来と違って命の危険がないからか、まだ夢を見ているような感覚だからか、安居も比較的色々な話題に乗ってきてくれる。

 特に、先日安居と茂さんセットでひどい風邪をひいた後なんて何でもいいからと言って知識を新しく取り込もうとしていた。

 そうした様子に対し、秋や新巻さんあたりは素直過ぎて拍子抜けするような顔もしていた。

「…過去に戻ってるのは俺だけだと思ってた」
「俺達も、夏Aの中に記憶を持ってる人が居るなんて思わなかったよ」
「…未来で俺が人を殺したり、傷付けたことを話したのか?要さんに」
「いや、話してないよ」

 話してどうなる。
 普通の人がおかしくなる世界を糾弾する為に話したとしても、それじゃあ他の夏Aはどうなのかという話に行きつくだけだろう。
 他の夏A…涼はこの際考えから除くとして…彼らは卯浪以外を殺さなかった。
 だけど、安居の立場や経験と他の夏Aは違う。
 そして、どうしようもなく、安居がリーダーとして全てを負っていたせいとか、それともその真っ直ぐな気質があの異常と相性が悪かった、という理由もあるだろう。
 …そういったことを考慮せず、また安居が俺達を助けたことを聞きもせず、未来で暴走した要さんを見た後では、下手に未来の事情を漏らすわけにはいかない。

「……お前が、…失敗作として、『始末』されかねないんだろ?」

 そう言うと安居はほっと顔を緩め、直後引き締めた。

「…後ろめたいのかな、俺は」
「……未来でのことはともかく、過去の世界のことは……
 苦渋の選択を迫る方が悪いだろ」

 今現在は、安居が何もしていない時間軸だ。
 人を殺しても、傷付けてもいない。
 だけど、心は何かをした後のそれだ。

「……選択、か」

 安居の白髪はまた増えていた。

「……お前には俺を理解しきれないだろうし、俺もお前を理解できない。
 だけど、目的は近いと思う。……だから、…俺が選択をする前に、少し話をしてもいいか」
「勿論」

 そう言うと、安居はやっと不安を吐露しはじめた。
 毎日、毎日、恐怖と殺意がふとした瞬間に過っていたという。

 だからこそ夢だと思いたかった、心まで子どもの頃のように無邪気に帰りたかったと、それを俺達の存在がぶち壊してしまったと言う。

「……だけど、…そうしないと駄目なくらい、弱ってたのかもな」
「お前たちは現実だ。…だけど、力でもあるんだ、きっと」

 呟いて、安居は俺達をじっと見た。


 その目に走る閃光は、背後の窓の向こう、飛行機雲と同じ色をしていた。


◆1-12


「俺は、火を捨てることにする」

 あと1年でクラス分けが決まるという時に安居はそんなことを言い出した。
 落ち葉集めが終わった後ということで、ほかほかになった焼き芋を安居は配ってくれた。

「……格闘技とか、武器の扱いとか、料理や材料を加工してる時の火の管理とか……身に着けなくていいのか?」
「格闘技以外は頭の中に入ってる。不慣れだけどな。……銃の訓練場は誰でも使えるし」

 銃、と言うと、花や秋の人達が、安居に銃を突き付けられたことが頭に浮かんでしまう。
 安居に言及する気がなくても。

「で……問題は、代わりにどのクラスを取るか、だ」
「取りたいものにすればいいんじゃないのか?」
「…いや、同じクラスだと一緒に通りづらいとか…最終試験でどういう動きをすることになるのかとかが変わって来る」

 安居に説明を受けた所、最終的なクラス選択は大体今の体験版に来てる面々と変わりはないようだった。今、よく土クラスと植物クラスの体験に来ている虹子さんが、土クラスと水クラスを選択するようになるくらいだろうか。

 安居、涼、茂さんは火と水の体験。
 虹子さんは水と土、あと植物の体験。
 小瑠璃さんは風と医療の体験。
 繭さんは土と…水や植物の体験。
 のばらさんは…動物と火の体験。
 鷭ちゃんは動物と医療、あと植物の体験。
 あゆさんは植物と……土、医療の体験。
 源五郎さんは動物と植物の体験。

 確か、そうして別々の選択をしていた気がする。

「……今回の俺が通ると言う保証もないけどな。……最終試験で、不得意な分野も補えるだろうから、少なくとも茂とは別のクラスにしたいんだ」
「……人が少ないクラスにしてみたらどうでしょう?」
「…それなら多分、風クラスだな。もともと選ぶ人が少ないのと、通常試験が苦手だって言ってるやつが多いから…」
「……でもお前、人が落ちるの見てられるのか?自分が落ちるのも」
「それなんだよなあ……」

 安居が頭を抱える。

「……動物は、無理だと思う。源五郎みたいに話せないし」
「……話すのは、源五郎くんも多分無理じゃないですか?……それに、安居くんだってダイくんと仲良さそうにしてたじゃないですか」

 動物舎でもふもふによく癒されているナツが、少し残念そうに言う。
 未来で、ダイが背中に飛び乗るのを受け容れていた安居が思い浮かぶ。

「あれはダイが特殊なんだ。ダイは誰に対しても人懐こい。
 ……話を元に戻そう。あと、医療と植物は難しいな。血や中毒に対して迅速な対応をできる自信がない。……有り得るとしたら土かな。物を造るのは好きだ」
「ああ…、橋とか昇降機とか色々造ってたよな」
「そうだな……」

 一頻り話しているうち、焼き芋はなくなっていた。

「……そろそろ、帰る。相談に乗ってくれてありがとう」
「いや、こちらこそ。焼き芋ごちそうさまでした」

 言うと、安居は少し嬉しそうに笑った。


◆1-13


 クラス発表から半日。


 1の名を付けられた校舎で、俺達は集まっていた。

 施設の中でも傷みと拉げる音の年々強くなるそこは、夕方人気が少なくなる。
 そこに、俺達より少し小さな人影が現れる。

「悪い、涼にばれた」

 人影は、現れるなり爆弾発言を寄越した。

「えっ」

 あまりにも悪びれない様子に、俺は絶句することしかできなかった。
 俺だけじゃない、他の面々も一緒だ。
 よりにもよって。
 誰かにはばれるかもしれないと思ってたけど、よりにもよってか。
 未来で最悪のコンビとして一時期扱われていた安居と涼の様子が頭に浮かぶ。

「でも大丈夫だ、当たり障りのないことしかばらしてないから」
「えっえっ」

 安居達にとっての当たり障りのないことという基準が分からない。

「未来の世界で必要になるものとか、未来の世界の状況とか、俺達が起きた時期とか」
「……」

 それくらいなら……まあ…いいのか……?

「あと、外の奴と仲違いして俺達が一時的に離脱して、夏のBと合流したくだりは話した」

 ……え?

「よりにもよってそれ!?」
「……ちなみに、その仲違いの原因は…」

 俺達の思いを代弁するように叫ぶ蝉丸とお蘭さんの苦々しい問いかけに、安居は少し緊張した面持ちで口を開く。

「話した」
「……全部?」
「全部だ。誤解を与えないようにしたいなら、出来る限り正確に伝えた方がいいだろ」

 重苦しい空気を前に、安居は焦ったように言葉を重ねる。

「だって相手は涼だぞ。何か誤魔化したり隠しながら伝えたら、そっちの方がろくに信用されずに悪い方向に転がるだろ……俺だけに有利な部分を話したら、涼とお前らの仲がどうなるか分からなかったし……
 ……何か、違うか」
「違うっていうか……」
「……涼以外にもしばれたら、ここまで話さないぞ」

 どこかばつの悪そうな顔で安居が言う。
 いや、相手が相棒だとしても、だ。
 迂闊に話せない部分として扱うもんじゃないんだろうか。

「いや、どこが当たり障りないんだよ」
「……安居くん、ごめんなさい、それは当たり障りある気がします…」
「でも…個人の名前は出してない。あと、要さんと殺し合いになった事も言ってない」

 個人名はともかく、後者は比較対象がおかしい。
 ……やっぱり安居達の感覚は俺達とは違う気がする。

 蝉丸が呟く。

「こいつらぶれねえなあ…」

 同感。

「……あんたらが2人揃って、しかも周囲にまだ見放されてないとなったら手に負えないんだけど。涼がもし下手に暴走したらどうしてくれるの」
「……いや、この頃の涼はまだ、俺の為には動かない。むしろ俺と喧嘩したりする」
「それはそれで厄介なんだけど…」
「……茂くんを虐めてたのもその一環でしょうか」
「…分からない。……前に15歳になった時は多分、茂が弱そうに見えたからやったんだと思うけど」

 巨船での、涼が安居に向けた言葉を思い出す。

 あそこまでやれるとは思わなかった、と涼は言っていた。そして安居に向け、『主人公として認めてやれ』とも叫んだ。

 ……茂さんは、見た所あまりしっかりしてるようには見えなかった。
 記憶力や気遣いといった面で秀でた部分はあったものの、やはりここの他の生徒たちに比べるとやや遅れてついてくる子だった。それに、甘えん坊気質な所もあるみたいで、特に安居とはニコイチのように行動していることが多かった。
 ニコイチ。まさしく、二人はお互いを支え合っている所があった。寄り掛かりあっていると言い換えてもいいかもしれない。
 そんな茂さんを喪った安居がおかしくなるのは頷ける。
 茂さんの最期を看取り、おかしくなった安居を支えようとした涼がおかしくなっていったのも。ずっと一緒に居た幼馴染。残された二人が、異常で、血の海のように深く、俺達には理解のしがたい関係を……どこまでも縺れながら続けてきた結果があれだったんだろう。

 ……今なら、それを止められるのか。
 ……俺達がそれに、割って入っていいのか。

 分からない。

 ……だけど、黙って見ているままということもできない。



◆1-14


 クラスが決定して一年。
 火のクラスを取らず、安居は風クラスを取った。
 元々気象モノが好きだったんだと安居は言っていた。

 小瑠璃さんに比べ、かなり危なっかしく安居は空を飛んでいて……特に墜落については過去のトラウマに苛まれていたようだったけれど、最近は段々と落ち着いてきている。

 今日もその訓練が終わった所だ。

 薄暗くなった空の下。焚火の中で、じっくりと川魚が焼けていく。
 焚火の火を目に宿しながらも、安居の目は薄暗いままだった。
 だけどこちらに気付いた時ぱっと明るくなる。

「嵐か」

 その明るさが今は痛い。

「俺達も居るぜ」
「ナツ、牡丹さん!……と、蝉丸」
「何でいきなりテンションが下がってんだよ」
「まあまあ、で、安居くん、今日の調子はどう?」
「ああ、少しずつ長く飛べるようになってきた。小瑠璃の腕には程遠いけどな。
 ……あ、でも、ハングライダーを造るのは上達してきた気がする」
「そうなの!今度見せてもらいたいわ」

 一頻り話した後、安居が口を開く。
 ……先日の話の続きだ。

「……なあ、……この間、少し触れた話なんだけど……」

 来た。

「ここの施設では、生徒は落第したら殺される。
 ……死なずに済むなら、死なない方がいいと思うよな」

 未来の世界で迷った時、前に誰かが残していった標を見た俺達みたいに、幼い安居の目は輝いていて、そして切実だ。

「のばらを助けられないか?」

 期待の光にじりじりと焼かれそうだ。背中を脂汗が伝う。

「……のばらさんが……はじめに、いなくなるの?」

 のばらさん。小瑠璃さんと繭さんとよく一緒に居る様子が思い浮かぶ。

「……俺の周りではな。『外に出た』と言われた皆の中で、俺が死体を確認したのもあいつだけだ。……他の生徒も皆、多分既に殺されてるけど」

 なんとなくわかってはいた。だけど、要さんに身分を保証され、施設職員として雇われている以上、あまりそうした際どい問題について言及することは出来なかった。
 落ちた理由について庇えるものなら庇ってみろと、いつも話を反らされる。
 ましてや、止めることなど出来る筈もなかった。

「……のばらちゃんって、確か、成績いいわよね」

 彼女は、先生達、またその影響を受けた生徒に『優秀』と称されていた筈。安居とはトップ賞で張り合ってもいた。

「…成績の問題じゃない。遺伝リスクの問題だ」
「……遺伝?」
「視力」
「……!」
「お前達も、視力はいいんだろ?遺伝病も大怪我をしたこともなく。一般人枠なら多分それが最低基準だ。多少体力とかに疑問があっても、個性で済むってことなんだろう」
「……あと付け加えるなら、身内に犯罪者を含む人も居ないってのも基準の一つね」

牡丹さんが付け加える。

「……犯罪者、か」
「…?」
「……殺人が無罪になるなら……殺された奴は人じゃない…ってことになるのか」
「え…」
「いや……まあいい、それは後で話す。……のばらの話に戻ろう」

 安居が後で話すと言った話。……誰のことを言っているのか、分かってしまった。
 この場に花が居なくて良かったと心底思った。
 当事者なのに抱えている秘密を知らなかった、それだけだ。本当にそれだけなのに。

 沈み込む俺に構わず、安居は話を続ける。

「今から一年後、のばらは視力が低下して殺される」

 その話自体はどことなく予想がついていた。7人以外は殺された、と耳にしたことがあったから。だが、その後に続いた言葉が衝撃的だった。

「殺されて、家畜の臓物とぐしゃぐしゃに混ぜられて、植物の肥料や動物の餌にされる」

 声変わりの最中、やや引きつれた声で安居は呻くようにこぼした。

 龍宮の日記が頭を過る。
 花も確か読んでいたな、花がこれをきいたらどうするんだろう、ああでも貴士先生とは多分関係ないだろうからいいのか、でもあちらとも貴士先生は関わっている。

 ……だけど、あそこは閉鎖空間で、殺されているのは『余分』とされた大人達だ。ここはこんなに綺麗な青空と山々とのどかな小鳥のさえずりに囲まれているのに、……対象は皆まだまだ未来の拓けている子ども達なのに、どうしてそんなことが起こる。

「……どうしてそれを知ってるんですか」
「…俺が15の時、卯浪を殴って、懲罰房の『赤い部屋』って所に入れられたんだ。そこで見た」

「…先生達にとっては、俺達も家畜も同じだ。自分の都合で育てて、不都合だから殺せる」

 血を吐くような独白だった。
 どうして卯浪先生を殴ったのかだとかいうことより、その事実の方が気になった。

「…じゃあ、皆で立ち向かえばいいじゃないか」
「そんなの、皆殺される。……万が一逃げ出せても、そこからどこに行けばいい?俺達に逃げる家なんてないのに」

 だから、もし、もし本当に大丈夫なら、家を用意してほしい、と安居はつぶやいた。
 俺は何も返せなかった。

「そろそろ食べ頃だ」

 安居にもらった川魚はどこか懐かしい味がした。





「……これで本当に未来が変わるのなら、十六夜の為にも助けておきたいところだけどね」

 未来では死んでいる筈の十六夜さん。……この時間軸だからこそ、蘇った十六夜さん。

 吹雪さんや美鶴さんだってもしかしたら蘇ってくれるかもしれない。

 それに。もしも世界を、今の時点から変えられるなら、彼らだって様々な方法で助けられるかもしれない。
 その実証として、まず安居達を助けてみるかと秋のチームや、新巻さんを気遣ったちささんたちは言っていた。


「もしも助けられないなら……」

 その続きを新巻さんは言わなかった。
 だけど誰もがその先を、出来る事ならずっとここでと続くと思っていただろう。


◆1-15


 焦燥と苛立ちの行き場がどこにもない。
 俺達に彼らは救えないという事実が痛いほどのしかかってくる。

「……君達、分かってる?……いくら君たちが別の世界からやってきたと言っても、これは変えられないよ」

 安居に記憶がありますと言っても、きっとのばらさんの死は止められない。

「これは、政府の極秘プロジェクトだからね」

「だからこそ、資金源も限られる。……居てはいけない子の行き場所も限られる」
「だからって…」
「もしも一般人に秘密が漏れて…パニックが今後17年続いたら、君達は責任を取れるのかい?」

 息をするように、要さんは人倫を破る。
 だけどその人倫を守るだけの力を俺達は持たない。

「この秘密が漏れて、17年間コールドスリープやシェルターを造る過程で支障が出たら……君達はそれを補えるのかい?」

 眼鏡の奥はいつでも凪いでいる。

「それでも…食べさせる必要はないでしょう?
 人は…共食いしません」
「……余裕のある内はね」

 どこかでしたような会話だった。

「……結構死体ってね、いい養分になるんだよ。随分と、経費を節約できる」
「それに、未来に行けないなら、せめて血肉だけでも連れて行ってあげないといけないだろう?」

 脳裏に過る、再会したばかりの安居の言葉。
『要さんは訊けば何でも答えてくれる』
 確かにその通りだ安居。
 だけど、その先はないのか。
 百舌さんが答える、既に決まり切っている回答の先から、レールの外へは逃れられないのか。

「……それに、甘い経験では人は伸びないよ」

 百舌さんとの会話。行き着く結論は絶対的に間違っている筈なのに、何も言い返せない。

「未来で君達の仲間が夏Aと合流した際、支配関係に一時期なったらしいね」

 百舌さんにある圧倒的な力は、権力だけじゃなく、多くの、動かしようもない知識と経験に根差している。

「どうしてそこから彼らは逃れなかったんだい?」

 山のようにどっしりとした体制、こちらの無知と甘さをやさしく、けれど容赦なく突いてくる鋭さに追いつくことができない。

「どうして対等なやりとりや取引ができなかったんだい?
 ……夏Aの『誰か』の導く力を、本当は認めていたからなんじゃないのか?」

 ゆるやかに、けれど有無を言わせない調子で百舌さんは続ける。

「その導く力の源が、この施設が与えた経験でないとどうして言える?」

 百舌さんの語る『事実』一つ一つが、彼らの背負う使命とかトラウマとかそういうものと繋がっていた。

「百舌さん……百舌さんにとって、あの子たちは、なんなんですか。
 ……伸びなかったら殺すなんて、まるで家畜みたいな…」
「家畜……家畜扱いをしてるつもりはないよ。
 彼らは、特別な子だ」

 安居達が秋ヲさんに言われたと言う、『温室』という言葉が頭を過る。
 温室。まさしく温室だ。
 伸びなければ間引きして、特別ならば出荷して、他の生き残りの役に立てと。
 子育てには異常な環境だ。
 なのに特別という言葉を使われると、部外者の俺には口出しを出来ない。
 立場の垣根を越えるとか、理想の違いとか、そういう問題じゃない、もっと深い溝が俺達の間にはある。

「だから特別な機会を与えられているし、特別な使命も背負っている」

 取り付く島もなかった。

「だから、君達の物差しで測られない」




◆1-1×

 あれから、月日は何事もなく過ぎ去ってしまった。

「のばらちゃん、元気でねー!!」

 今。ここで見送ったら、もう、生きているのばらさんとは二度と会えない。
 それなのに、時間はどうしようもなく、いつも通り流れていく。

「…嵐…」
「……っ」

 俺はどうして今、目を反らしたんだろう。

「……安居、どうした」

 卯浪先生の声に安居が答える。

「……いや、何でもないです」

 俺の考えてることは正しい筈。
 だけど、正しくても、何もできない。誰も救えない。

「嵐。……普通に、見送ろう」
「…!」
「あくまで、普通に、何事もなく、門出を祝おう」

 どうすればいい。

『どうするの』
『坊や』

 秋の村での後悔が今更蘇る。

 あそこで彼らは支配されていたのに、それを当たり前のこととして受け取っていた。
 俺は首を突っ込む余所者で、無力で青くて、裁くことも、救うことも、何も出来なかった。


 ……花に会いたい。

 俺を救い、裁いてくれるのは花だけだ。
 だから、花が大丈夫と言ってくれるなら、花が抱きしめてくれるなら俺は大丈夫なのに。


「ミサンガ、絶対に外さないから!」


 喩え目の前に居る子ひとり助けられなくても。



◆*******



【続】





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最終更新日  2018.02.25 13:30:04
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