おぢさんの覚え書き

おぢさんの覚え書き

2018.08.12
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カテゴリ: 読書
おぢさんが、洞窟オジさんこと加村一馬氏を知ったのは「行列のできる法律相談所」を見てのことだった。加村少年の山中での生活の話や、番組内で披露された弓の威力が強く印象に残っていた。
加村氏の矢は竹を斜めに切って尖らせただけで、石鏃などは付けていなかったが、戦闘用として十分通用するように見えた。

戦後まもなくの1946年、加村氏は群馬県大間々町に生まれた。13歳になった頃、両親に虐待されていた加村少年は家出をする。後からついてきた飼い犬のシロと足尾銅山の鉱山跡での暮らしが始まる。群馬・福島・新潟の山中でカブトムシの幼虫やヘビやネズミ、カエルやウサギ、シカやイノシシを狩る生活を15年ほど続けた。

弥生人の生活をあれこれと想像しているときに、洞窟オジさんのことを思い出した。群馬県といえば、樽式土器を使った人々の生活の舞台でもある。樽式を含む中部高地型櫛描文土器文化に属する人々は丘陵伝いに分布域を広げていたように見える。彼らの生活は山の恵みに依存するものだったのだろう。洞窟オジさんの山での生活と重なる部分は多いに違いない。

こういうわけでおぢさんは考古学的興味から『洞窟オジさん』の本を読み始めたが、単純に読み物として面白い。

後から考えると、洞窟オジさんは竪穴住居住まいではなく、農耕はせず、土器も持たない。どちらかと言えば旧石器時代に近い生活と言えるかもしれない。一方でスコップ、鉈、ナイフという少なくとも古墳時代並みの金属器を持ち出しており、条件の再現という点では不十分であるが、それでも弥生中期前半以前の生活を想像するうえで参考になる所は多い。

13歳の成長途上にあり、決して体力的にも恵まれていたとは言えない少年が単独でも、生活していける程に毛野の山々は恵み豊かであることが分かる。少年は家出する前から、山で生活する為の最低限の知識を身に付けていた。
親父とはよく裏山に一緒に出かけた。遊びに行くんじゃない。食料を調達しに行くためだ。親父が木を切り倒して薪を割っている間に、おれが山菜やきのこを採る。《中略》カブトムシの幼虫の食べ方も、ヘビの食べ方も、親父を見て覚えた。ヘビを捕まえて、天日干しにして焼いて食べたこともある。本当にうまかった。だけど、親父のようにマムシを捕まえてその場で生き血を吸うことだけは、気持ち悪くてできなかったなぁ。口の周りをマムシの血で真っ赤に染めている親父の顔が、恐ろしい光景として今でも記憶に刻み込まれている。
p.14-15



親父さんも、そのまた親父さんから山の生活の知識を見て学んだのだろう。山の近くでは、山の食料を調達するための知識が先史時代から戦後しばらくまで継承されていたのだろう。

少年が住む場所を選ぶときに考えたのは、飲み水が手に入りやすく人目が避けられることだった。古代人も水が入手しやすい場所を選んだのは当然だが、人目は気にする必要はない。周囲に住む人間は基本的に仲間か交易相手だっただろう。ただ、密度によっては限られた食料資源獲得の競争相手ともなっていたかもしれない。
少年が家出をしたのは、山に依存する生活をする者が姿を消していった頃だろうか。共同する者がいない代わりに競争相手がいない点は有利だろう。

山にも川にも、食べ物はたっぷりとある。山にはアケビや山柿、栗、川には魚がいる。いつだっておれの腹を満たしてくれる。そこではいじめられることもなければ、仲間はずれにされることもなかった。山も川もおれの友達だった。
p.17

食べる物がなければ生きていけない。山の暮らしは、毎日、食料を探すことで明け暮れた。違うのは追いかける獲物と歩く場所だけ。生活に欠かせない鉈とナイフは、家から持ってきた砥石で毎日手入れをしていた。でも、家出した頃は刃渡り20cmもあったナイフがこの頃はわずか数cmにまでちびていた。
p.74

食料は探して集める、あるいは追えば手に入るものの、それで一日の大半が費やされる。弥生時代も似たようなものだろう。農耕を始めてからは備蓄もできただろうか。ちょっとルール違反の感じがする金属器だが、それに代わる黒曜石のナイフや磨製石斧の使用頻度が非常に高かったであろうことが想像できる。

山の生活のほかに本書で興味深いのは、異文化との接触である。弥生時代末、樽式土器を使った人々(樽の人々)は、川を遡上して平野部に住居を構えた東海的文化を持つ人々と接触したはずだ。
加村少年は青年となり、道端などで山菜などを売ることを見よう見まねで覚える。最初はお金の価値も使い途も分からず、おっかなびっくりだったが、掘った穴に暮らしつつ、売店で食料を買う生活に慣れていく。
加村青年が接触したのは1960年代の日本の文明なので、具体的には弥生時代末の文化的接触の参考にはならない。とはいえ、人間というものは新しいものに興味を持ち、便利なものを取り入れる生き物である。興味はときに不安や恐怖に打ち勝つということを教えてくれる。ずいぶん後の話だが、40代の加村氏はある事件を起こし、警察に厄介になる。

不思議なもので、見るものすることが何もかも初めてだと、もの珍しさと驚きのほうが大きくなって、警察とか留置場への不安が横に追いやられていく。
p.169

低地に居住しない樽の人々と、平坦な低地でも平気で田を作る東海系の人々は、居住域が重ならず競合しなかった。樽の人々には傾斜のない土地は稲作に不向きな土地に思えたに違いない。しかし、彼らが渉猟する土地に現れた異人と、異人が営む平地の水田を興味を持って眺めただろう。



本書は実験考古学ならぬ実践考古学の名著である。


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Last updated  2018.08.14 20:05:36
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