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さっきに続いて、また思いつくままに書きます。年末が近づいて、師走ではないですが、誰もが仕事や夢のために大変な毎日のようです。仕事ができる方は、どんどん仕事が集まってくる。重圧に押し潰されそうになりながら。それでも見事に期待に応える…夢に向かっている方は、自分で決めた身近な目標に本来なら普通の毎日を送ることができるのに…ミリ単位でも前へ前へと進む…好きなことも今は後回しにして。人のためになにかできればと、自己表現である音や美の世界で人に優しさを投げかけようとする方…そんな前向きの方が多いことに身が引き締まる思いです。今日も疲れ気味の身体ですが、みなさんの文章を読ませていただいてる内に、明日ももっと頑張ろうって気持ちになります。本当にありがとうございます。
2005年11月29日
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さすがにこちらも寒くなってきました。とはいっても暖房までは必要ありません。さて、今日は本格的に新事務所を使用しました。思ったより快適です。周りがアジア系が多いのが気になりますが、これもしばらくの間と思っています。でも気になるのは会社を分けたのはいいですが、日本人が多いグループとそれ以外のグループに分かれてしまったこと… 業務を考えれば当然ですが、私にはちょっと気が重いです。日本人が多いと思わずこれなら日本でやった方がましだ、なんてひねくれものの私です。電話もDSLもネットワークも設置でき、後は2名の人材採用です。人材斡旋会社で今回成功でした。彼に任せた部門は見る見る成果を出しています。やっぱり人ですね。それに予定している日本の事務所開設にも来年から募集をかけることになります。人と出会うのは楽しいですか、折り合いがつかない出会いは寂しい思いです。前回日本で会ってリクルートしようとした人はまだ脈がありますが、一点集中型は危険です。といいながら、今日もCDで例のアール・クルーを聴きながら…日中の気の昂ぶりを静かに和ませています。Happy Holidays!
2005年11月29日
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戻ってきました。ノートPCも持参でしたが、時間と体力がもたず、崩れるように寝てしまったこの2日間でした。コンサート、そして翌日はDavid Copperfieldのマジックショーと贅沢三昧でした。もともとジョン・レノンのファンである私は、ポールは秀才で天才的なジョンとは相反すると考えていました。その意味で彼への見方も醒めていて、ただ伝説の人を見に行く、みたいな気持ちでした。別に世代的にもビートルズでもなく、気がついたら解散してたので、そのコンサートに集まった平均年齢を多少下げたような私です。その後のウィングスにしても、いいヒット曲がありますが、私にとってはみんな秀作という感じがしてなりません。まるでヒット曲の作り方を熟知しているような。もっともその彼の口から、「亡くなったジョンとジョージと、そしてリンダのために」黙祷と胸に手をあててる彼を見ると、色んな思いがしました。解散してからの彼らの関係は決してよいと言われてなかったので…しかし、ビートルズの4人の内、残りは2人となってしまったのですから。彼にとっても2人の死は想像がつかない衝撃的なものであったのでしょう…彼のリバプール時代の話が何度も出てきました。その都度、ジョンとジョージの話が出ました。この曲は3人で話をしてて、こういう方向になって、それでこんな曲に出来上がりました(ブラックバード)とか。本やTVでなかったビートルズを見た思いです。再婚して子供も小さいまだまだこれからの彼ですが、しかし30~40年位前の時代の話やビートルズの曲を演奏して観衆が大喜びする姿は、私自身生で聴いたという喜びと同時になにかやるせなさも感じました。まるで過去のヒット曲を続けるディナーショーの歌手のように…しかし、約3時間近くの演奏は凄かったです。声のかすれも多少気になりましたが、あの声があって一連の曲が曲でありえるんだなってつくづく思えました。
2005年11月28日
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今日はThanksgiving、街もほとんどが休んでいます。今日が終れば、街はいよいよクリスマスの飾り付けに入ります。FMでもクリスマスの音楽が流れ出し、ポインセチアが目につくようになってきました。そうこう思っているうちに、午後4時過ぎになって濃い霧が出てきました。1年は早いものです。これから、七面鳥とマッシュポテトとか、テーブルにはキャンドルが演出します。ワインも好きなPinot NoirとMerlotを買ってきました。久しぶりに、この後は寝るだけになりそうです。
2005年11月25日
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久しぶりに今のことを書きます。まず、会社のクレジットカードが3回ほど使えずに別のを使っていたのですが、カード発行会社から電話が入りました。いつもの調子で、「ふんふん、営業の電話…」と思って聞いていたら、なんと、11月9日に私がグアテマラでギャンブルで大金を使ったっていうことでした。それでカード会社はおかしいと判断し、それ以降差し止めたということでした。それから11月8日にはカリフォルニアのマックで$3.61使っているということから、地理的に飛び過ぎていると見たのでした。向こうから聞かれました。このマックは自分で使用したか?って。私はマックにはもう何年も行ってません。というのは、前もって作ってるマックは他に比べると味が落ちます。だから私はIn'N OutかCarl's Jr.派です。しかも、そんな低い金額でカードを使うことも考え難い…それで調べたら、私がアメリカに戻ったのは11月7日。間違いなくギャンブルは私が夢遊病者のようにやってしまったのではなく、グアテマラで使用した際に情報を盗用されて使われたようです。しかし、カードが安心なのは、こういった際の対応です。保険も完備して、一切カード会社が対応してくれます。だから、不当な使用に関しては支払う必要はありません。ついでに、この場合、カード会社は不正使用を許してしまったお店に責任を問います。私の会社でもカードの取扱いをしていますが、過去に苦い経験があります。ともかく、では、あのマックは誰が…???で、思い出せないけど、これはカリフォルニアだし、金額が金額だし。それで自分かもしれないって話しをして電話を切りました。その話をスタッフにしたら、「マックも知らない」って言ったらどうなったの?って。なるほど。しかし変に業を積むのはやめておきたいですね~ $3.61で~(笑)とにかく、戻ってきても未だに余韻の残る旅でした…明日はサンクスギビングスです。感謝祭とはいっても、それよりも9月以来の祝日で4日間休みという意義が大きいです。明後日はラスベガスでポール・マッカートニーのコンサートです。楽しみな気持ちよりも、その次の週にもラスベガスということに気持ちがうんざり気味です。(正確には1月上旬まででこれから計3回…)それより、寒い日本が恋しいです。
2005年11月24日
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3部作の最終第3弾です。やはりまだ首が痛く、車中やティカルの長い道のりが大変でした。この日の内容は当日のブログに書きましたが、早朝から集合、バスにて民間(?)空港へ。そこから45分くらい飛んで、最寄の空港到着。さらに車で揺られること約1時間。やっと到着の後、午後3時まで歩き続けました。身体が万全なら、なんてことはなかったでしょうが、疲労からくる首や肩の痛みというのは休養できなければ、鎮痛剤を飲み続けるしかありません。ついには食事を喉に通すのも困難な状態でした。前に話しました生け贄台…ティカルのテンプルテンプルに登るのも降りるのも大変です。30メーターの高さのテンプルです。調子が悪いにもかかわらず根性もので登ってしまいました。上に登りきった場所から撮影しました。へとへとになってホテルに戻りました。-------------------------------------------------------おまけです。そこで見かけた異様な虫と友人の背中にとまる虫…
2005年11月23日
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さて、3部作の第2弾です。まだ首が痛く、ところどころのグアテマラ市内の道路の良くない舗装が、車中でも激痛でした。さすがに大手工場の役員クラスの人たちは弁護士や修士など、英語も流暢で頭脳明晰です。ほとんどがアメリカで教育を受けてるようです。その2は、地元のメーカー工場視察です。中国の工場とはまた違ったダイナミックさがあるように感じました。ポインセチアや3色すみれ栽培会社の巨大グリーンハウス群へ向かいます。ほとんどアメリカ用ですが、日本へも輸出してるといいます。次に、ジーンズ縫製工場訪問。大手ブランドの縫合を行っています。ここも日本にも輸出してるようです。新品のジーンズに擦って傷をつけて使い古しに見せかけます。これが結構大変な作業で、会社にとってはこの技術が他社との差別化につながってるということです。作業を見た感じでは、バンバン叩いたり、ナイフみたいなものでカットしたり、せっかく綺麗に作ったものを台無しにしてるような半ば暴力的シーンにも映りました。芸術と紙一重なんですね…巨大洗濯機で洗います。彼らにとってはやはり今、中国が競争相手のようです。最後に巨大ハンバーガーチェーンにも卸しているというパンの工場へ。全員頭にシャワーキャップ着用。頭の上や横でベルトコンベヤーに乗ったパンが流れてきます。(その3 ティカル編へ続く)
2005年11月22日
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2週間ずれてしまいましたが、アンティグアの写真を交えて思い出を綴ります。11月3日深夜発でグアテマラ・シティ空港に早朝到着。そこから車で約一時間揺られて(思いっきり揺られました)アンティグアへ。そこで初日から授業です。午後にはグアテマラ大手銀行から会社案内と企業戦略の話(下に写真)がありました。※アンティグア、グアテマラ市、そしてマヤ文明の古代遺跡、ティカル訪問の全3部としてまとめます。市の中央広場の建物です。市の中央広場の建物 その2。市内全部に広がる石畳授業風景 @市内のホテル授業合間の休憩 @ホテルの屋上アンティグア最後の夜の打上げ会ここのレストランは雰囲気、食事とも素晴らしかったです。最後はマリアチで雰囲気が演出されます。(その2へ続く)
2005年11月21日
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"Try not to become a man of success, but rather try to become a man of value." - Albert Einstein, physicist成功者になろうとすることよりも、価値ある人になるように、といったアインシュタインの言葉です。内容に全く同感です。成功って、追っかけすると、逃げていってしまうような。それに成功って自分で思った時点で、壊れてしまうような…ちょっと違いますが、関連して、座って半畳、寝て一畳… これも私の好きな言葉です。
2005年11月21日
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相変わらず頭と身体がボーっとしています。徐々に心身ともに緊張が解けてきているような気もします。同時にこのままでいったら、すごいだろうな、なんて思ったり。前に書いたかもしれませんが、半年ほど前に、別の大学のMBAプログラムから勧誘を受けたことがあります。その時は、今回今のMBAを終了したら間髪いれずに引き続き勉強しようと思っていたので、先方に興味ある意志を伝えました。2つ目のMBAといっても、ここはいつも全米Top5位以内。ハクが違います(今のプログラムは最新のNewsweekでは世界19とか22位らしいです…)。で、どうせなら上を挑戦したいって思っていました。それに集中して本を読んだり書いたり、いいリズムが出来上がっているので。(というのは仕事だけに戻ると、書類から書類で、要点だけでどんどん処理するし、報告を受ける時も同様です。だから瞬時に変わる話題への集中力がものを言います。つまりじっくり集中することはありません。)しかし、2ヶ月前にその大学には断りを入れました。また興味があればこちらから連絡するって。なにが問題であったかというと、社内では大きい声ではいえませんが、学校に行ったことによって得たものは膨大ですが、同時に失ったものも結構あります。例えば、仕事面でさっと飛んでいけば大きな展開になりそうなことや、いつものようにビジネスの匂いがするとすぐに行動に移していたことを見過ごしたり… それなりに犠牲も多く、またその点でスタッフに対して罪悪感を持ち出したからです。彼らも、自分の大切な一日の3分の一を会社生活に費やしています。その分、人生の内、大事な時間を賭けてくれていると見ています。だから、トップとはいえ決して自分のことにだけ精を出し続けると、失礼になると思っています。ともかく、この大学に断りで電話を入れた時、こちらはアメリカでのネゴのプロです。断っても相手が納得する説明をしました。結果からいうと、相手のディレクターは感動して、「貴方はうちの大学院にふさわしい人です。その時は是非私に連絡して下さい!」って。なんかえらく感動してもらいました… でその分、申し訳なく思いました…だってもう仕事を犠牲にしたくないですから、その可能性はない…そうそう、その時に人から言われて、弁護士の資格を取ればとの話にリサーチしたこともありました(LLMの方ですが)それもこれも当時は勢いだったです。さて、これからは後一人の教授からの合格通知が入れば卒業です。であれば卒業式は12月10日です。日本からおやじも友達も来るし、会社のスタッフも元スタッフも来るっていってるし。絶対卒業は外せません…しかし日本から来るのはいいけど、その前後はラスベガスとか観光に連れて行かなくてはなりません。私はきっと、ガウン着て、帽子をほうり投げれば、それで卒業式の日はセミの抜け殻みたいに無気力人間になるでしょう。この思いに関して一つたせば、最近私がアメリカに来て3年目の走り書きが出てきました。出てきたのは日付からして20年近く経っています。その時は宝石鑑定士の資格とデザインも終了して、続けて大学に入ったものの、どうしても大学院に進学する資金がありません。まして生活費もありません。なんとか稼がないと生活できません。それで方向変換してとにかく宝飾業で永住権をとってから、大学院にと決めました。しかし、物事は思うようには行きません。結局、仕事も楽しく、永住権取得後は会社もはじめ、学校のこともいつか忘れてしまいました。英語で「Unfinished business」というやり残した仕事みたいな感じの言葉があります。私にとってはまさにこれで、去年、このままでは半端で終るし、それよりもトップが成長しないと会社も大きくならないし、スタッフみんなへの責任からも、ついにその腰を上げました。それが去年頭でした。その中でその走り書きを読んだ時は驚きました。「へぇ~、そうだったなぁ。で、今、学校に行ってるもんなぁ~」って感慨深く思えました。去年開始した時はこんなこと忘れていました…これは私にとってUnfinished businessだったんだなって。
2005年11月20日
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mokogreenさんからずいぶん前にいただきましたイメージバトン、やってみます。1 バトンを回してきた人のキーワード2 その人が回してきたキーワードから連想するものをひとつ挙る3 最後にバトンを回して来た人に一言4 次にバトンを回す人3人を挙げますここに来るまでに、海→ブルー→サッカー日本代表チーム→ドイツ→ソーセージ→バーベキュー→カニ→白砂→砂丘→海→太陽→ひまわり→種→スイカ→うめぼし→和歌山→みかん → あたしんち→猿山→赤ちゃん→フレンチブルドッグ→おばあちゃん→ボーリング→ハイタッチ→アメリカ→カジノ→ドラクエ→スライム→キング→トランプ→マギー審司→ジュエリーマキ→後藤真希ちゃん→モーニング娘→テレビ東京→ 旅→駅弁→牛タン→カルビ→脂肪→カプサイシン→カタカナ→ひらがな→日本→アンジャッシュ→おぎやはぎ→メガネっこ→のび太くん →夢→寝坊→二日酔い→ウコン→サプリメント→美容→ヨガ→マドンナ→注射→ワクチン→ラクチン→温泉旅行→会席料理→日本酒→芸者さん→ジャパニース→ ジャニーズ→光GENJI→短パン→ぴちっぴちっ→Gパン→普段着→Tシャツ→無芸大食→自分→ぐーたら→なまけもの(動物)→木の上→秘密基地→仮面ライダー→変身→女優→ハリウッド→プリティ・ウーマン→最高の笑顔→サザエさん→サザエさん症候群→月曜日→月9→森山未来→若い→稲葉浩志→カリスマ→ 美容師→バイクレディー→美女1 バトンを回してきた人のキーワードなるほど、バイクを乗りこなす美しい女性って素敵ですね~。2 その人が回してきたキーワードから連想するものをひとつ挙る『美女』→ 薄命ひねてるからでしょうか、美女という言葉にいつも悲哀を感じます。結局は外見で判断されて、中身をよく見てもらえないような。で、マリリン・モンローじゃないですが、薄命で。せっかくイメージの湧きやすいものにしていただいて、ここで捻ってしまってすみません。でもイメージとなるとこうなりました。でも、アメリカでブロンドだと、綺麗で逆に頭が空っぽって見方があります。美女であるが故に、中身はどうでもいいって育ってしまう、ってことです。美女の方、ごめんなさい…3 最後にバトンを回して来た人に一言思わず考え込みました… 3~5人にバトンを廻すと、このイメージは美女から薄命、美女からモンローとか美女から彼女、とかみんなが別々の物をつけてずっとそれぞれの進化をしていくんだろうなって。であれば、倍々で増え続けるのかなって。他愛もないことを思ってしまいました。でも、バトン、ありがとうございました。4 次にバトンを回す人3人を挙げます誰に回すか恐縮します。私のところで、ひねてしまうわけで…ビジベンさんはもう参加されたでしょうね。もしまだだったらビジベンさんの感性で聞いてみたいです。それにSouthwind17さん、未央奈さん、みなさん、お忙しそうですが、もし時間があれば…
2005年11月19日
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今日、もう一本電話が入りました。2人目の教授(担当教授)からの合格の連絡が…担当教授Bのお墨付きが入れば、もう心配することはないとの話。嬉しいですが、まだ高いハードルで悪名高い教授が残っています。Two down, one to goです。久しぶりに週末にゆっくりできそうです。
2005年11月19日
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みなさんに応援いただき本当に感謝しております。長い報告ですが、昨日、昼より最終稿を終え、製本屋に。そこでかかること3時間。午後3時過ぎに完了し、そのままキャンパスへ論文の持参。そこで担当の人が以前、足を怪我した教授の車椅子を一緒に押した人で冗談を交えながら無事手渡し完了。その達成感からキャンパスからクラスの友達に電話。内一人がこれから同じように届けに向かってるとのこと。その彼と一緒にスターバックスでもと、彼を待ってる間に、「もうここに来ることはそんなにないなぁ」って思い、キャンパス・ストアに入り、記念品を片っ端から買い込みました。彼が程なく到着、思わず同じ達成感から肩を抱き合い、喜びを分かち合いました。彼は以前日記に書いた韓国大手銀行のアメリカの頭取。40代後半。国籍や文化や年は関係ないんですね、目標が同じで、ともに苦労して達成した喜びというのは。二人とも子供みたいに喜び合ってるわけです。で、ストアで買った学校のロゴ入りのペンを彼にプレゼント、私とお揃いになります。だって、彼は来年、韓国に帰任しますが、いつか韓国へ行く時に逢って、共有の物を持っていたいですから。で、コーヒーを飲みながら驚いたのは、彼は130ページの論文5セットを全てカラーコピーで、しかも上質紙を使ったとのこと。一方、私は一般紙、白黒。特にグラフは多少見難くなってしまっている…(内心、汗)(まあ、出してしまったもの、もうどうしようもないですねー)さて、昨日今日と日本から別のお客さんグループが訪問しており、夜は食事が入りました。ビーチ沿いのイタリアンレストランで話が弾む中、急に私の携帯が鳴り出しました。私の座ってた場所は会社の代表ということで日本の習慣に合わせて一番奥。で、席をはずすことができません。お客に断りながら、電話をとると、なんと大学院の教授からです。その前に… 提出した卒業論文というのは、これから教授3人の審査にかかります。私の論文にはその教授たちの認可したという署名があって初めて卒業が決まります。話を戻すと、電話の向こうで教授がこう切り出しました…会話はこんな感じです。 教授W:「卒業が決まったわけではない。が…」 私:「…???」(英語でこういう言い方をする場合は、その後に何かがあります…私の頭の中では走馬灯のように、だめだったか、書き直しか、それとも何か問題があったのか???と緊張感が走りました。で、教授は続けました… 教授W:「君の卒業論文査定の主任教授は誰だったかな?」 私:「ファイナンスのB教授です。」 教授W:「そうか。彼次第だろうけど…」 私:(や、やばい!?) 教授W:「君の卒業論文は素晴らしかった。」 私:「えっ!???」 教授W:「担当教授がどう見るかはこれからだけど、 私の時点では合格です。君にはそれを伝えたくって。」 私:「えっ?と、いうと…???」 教授W:「先ほど、君の卒業論文には今日私の署名を入れておいたよ。」 私:「えっ???」まるで、フリーフォールにでも乗ったような急展開です。もっとも、人をおちょくるような言い回しでしたが。とにかく3人の教授の内、難関だと思われてた2人のうち1人は突破できました。つまり彼の地点は合格です。まだ、2人の審査がありますが。で、教授は続けました。 教授W:「君は逆境の中でもよく頑張ったし、素晴らしい結果を出した。 これなら、これからの君の成功は間違いないよ。(お世辞)」 私:「(思わず)この後、個人的に教授と話する機会がないかもしれないから、この機会を借りて言わせて貰えば、学校に行く決断をして良かったです。最高の教授陣(少しお世辞~笑)と素晴らしいプログラム、そしてクラスメートに巡り会えたこと、その機会を貰ったことにとても感謝しています。」といったような言葉を切り返し、電話を切りました。ふー(冷汗)。で、そのレストランのテーブルで、お客さん2名、会社のスタッフ2名も何らかの状況が察知できたようで、状況から判断し、その話をしました。実は社員でも数名には学校に行ってる話はしていたのですが、後の一般社員は知りません。もちろん顧客も知りません。しかし結局みんなから祝福してもらい、とりあえずちょっとの達成感をもって帰宅しました。と、こんな感じの48時間でした。長くなってすみません。とにかくよかったです!
2005年11月18日
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昨日の内に、第一次はパスしました。それから最終稿がやっと終りました…この後、製本する作業が朝からあり、午前中に大学に届けることになります。寝れそうにありませんね~(笑)Stan
2005年11月16日
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で終ります… 果たして…
2005年11月15日
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明後日、正午までの期限まであと35時間となってしまいました。一つの課題を残して、とりあえず終りました。後は明日です。明日に備えて、今日は休みます。会社の方も明日は朝から会議があります。久しぶりに出社しないと…
2005年11月14日
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今、深夜の3時ーおかげさまで首の方はよくなったようですが、ずっと同じ姿勢でいたから、今は肩や腰や腕なんかが痛いです。この状況ももうそう長くはないということで、これから私のいる環境を説明いたします。PCは大型のノートPC。しかも、ノートPCは身体によくないってことで、Kensingtonのドックをつけてほとんど縦にするように設置しています。画面が大きいので、そのドックにノートとは別のマウスとキーボードをUSBでつないて書いています。(つまりPCのハードとモニターとして使っているだけです)で、左手のちょっと置くには食べたチョコレートの包み紙が散乱。主に、身体によくないと思えるSnickersやMilkyWay… 普段はお腹がすいても食べない代物なのに… なぜそれがあるか?それは、例のハロウィンでTrick or treatって誰かがきたら、あげようと思って買っておいたものの残り物。その先には空っぽのコップ。そのちょっと上は卓上のランプ。ランプの足元にはオークレーのサングラスがこちらを見てあざけ笑っています。で、逆に右側はCDプレーヤー。今、K-WAVEでえっと、あのJazzの名曲が流れています… A列車で行こう?といった感じです。とにかくファイナンス分析と見通しが終ったので嬉しいです。とはいってもやっぱり身体が大事なので休みますね。失礼しました。P.S. Mokogreenさん、バトン、承っております。しますね。でもちょっと時間かかります。
2005年11月13日
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さて、泣いても笑っても残り3日間。お客さんは明日出発。それからはエンジン全開で論文を仕上げます。ここまで145ページ…残りは自分の会社の財務諸表分析、新規プロジェクトの財務Forecast、Implementationの仕上げ、そして論文全体の流れ… と、索引の点検だった…気分は、線路は続くよ、どこまでも~♪です。いつまで続くんだろう、この奮闘?追記2点、昨日、接待ゴルフをしました。首が本調子ではないのに。それと、大きな契約が取れました。仕事は楽しい。特にこういう時は!しかし、勉強も楽しいけど、時間のやりくりが苦しい…さて?私の大切なこの広場の方々、来週の後半になったらうるさいくらい皆さんのところにお邪魔しますね…
2005年11月12日
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真夜中到着のフライトで無事戻りました。それからすべきことはいっぱいあるけど、一番すべきことは寝ることだと決めて午前中は休みました。首の方は良くなってきているようですが、今度は頭が痛いようです。多分、疲労と風邪なんでしょうね。さて、グアテマラの最終日、午前4時起きで、早目にベッドに着いたのですが、首が痛くて、寝返りなどでほとんど1時間おきに目が覚めます。仕方なく、2時過ぎには諦めて起床。時差を考えればアメリカ西海岸では12時ですが、そんなことは考えられず、とにかくアスピリンも切らし、貰った睡眠促進薬も1錠だけだし、苦し紛れにお風呂に入りました。5時に全員集合し、6時前にローカルの空港に到着。20人乗りのプロペラ機でTikalへ。飛行機は約45分間… 乗りながらも、もしなにかあったら、日本のニュースでは遭難者内、邦人1名、なんてことになるのかな、なんて思いながら機上の人となりました。Tikalの空港へ着いてから約1時間、車に揺られ、さてマヤの遺跡の中心といわれる場所に着きました。気持ちは車の中で休んでたかったのですが、「次にはもう来ることがないかもしれない」という貧乏性が災いし、みんなと一緒に歩きました。色んなテンプル跡があり、高いのは40mくらいでしょうか、梯子で登りました。頭はくらくらするし、首は曲がらないし、吐き気もするし…どれもなんとか登りつめました。そんな感じなので、歴史的意義とかのガイドの説明もほとんど覚えていないのですが、なんでこんな高地に石でこれほどのものを作ったのか、その意志、実行という部分で考させられました。私の視点からして特に頭に残っているのは、生け贄を捧げる石でできた台です。生きてる男性を生け贄としてその石台に乗せて捧げたというもの。もちろん、今ではなんの形跡もないですが、一部の権力ある人間のための人が使われたというのが心痛をもってまざまざと感じられました。さて、これから出社し、3時より日本からの顧客とNYから来社する大手企業社長との3者打ち合せです。準備はこれまでにしてありますが、肝心の直前の確認事項の復習をしていません。これは億単位の商いでもあるので、これから準備して出ます。またマヤの件、できれば撮った写真を交えて書きたいです。
2005年11月09日
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アンティグアでの最後の朝、移動でこの後はゆっくりと座ってることはないだろうから、今書いています。昨晩、人から貰った鎮痛剤と睡眠薬を結局飲んで寝ました。4時間くらいは眠れたので、ちょっとは快適な気分です。睡眠薬は飲むのは初めてでちょっと決心が必要だったけど、あまりにも寝つきが悪いので、飲んで寝ました。でも朝になると普通に起きれるんですね。ちょっとは気分がましです。昨日はマクドナルドにパンを卸しているパン製造会社、それとアメリカを始め日本やヨーロッパに輸出してるジーパンの縫製会社を訪問しました。ジーパンの会社では有名なブランドが連なります。一旦作ったジーパンをいかにすり減らしたり、穴を開けたりするのかが興味深かったです。さて、これからホテルをチェックアウトして、午後から首都に移動です。この後行く遺跡は、マヤ文明の中心地とのこと。マヤとかアステカとかインカとか、名前でしか縁がなかった私ですが、マヤは中米で、アステカがメキシコ、そしてインカはペルーだったんだって地元の人から聞きました。そうやって身で接すると、机上の勉強からきた知識でなく身体にしみ込むようで忘れないでしょう…。しかしこの国の実力者の手配による旅行とはいえ、ホテルでも車でも、そして食事でも、とてもグアテマラの一般の人たちにはすることのできないことのようです。一部の富裕層でのみなさてるということを感じるのは、なんど経験してもいつも複雑な思いです。2つ以上の文化が同じ国に存在するかのようです。
2005年11月06日
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グアテマラ2日目が過ぎました。明日はここアンティグアから首都のグアテマラ・シティに移動です。よく把握してなかったですが、翌日にはティカル遺跡にも行くようです。風邪をひいているのか首が痛くて、気持ちが優れません。しかし今夜行ったアンティグアのレストランには驚きました。出てくるものもそうですが雰囲気が素晴らしい。どこまでがレストランかわからない大きさで、どれが室内で室外かわからないとてつもなく街独特の伝統文化を演出しています。22名でワインやなんやかんやで一人30ドル。ついでにマリヤチ・バンドも来て、べサメムーチョなどのトリオ演奏… 首の筋が痛くなければ本当に満喫できたのに… でも楽しかったです。グアテマラ人のことをあだ名でChopinとかチョッピンっていうそうです。そこのPlato Chopinを食べました。(ショパンのスペルも同じではとか思 いながら…)実は私は顔つきが日本人離れしているようで、ラテン系に間違われます。日本でも外国人に間違われることも度々…この地で、本調子であればアメリカで培ったスペイン語をどんどん使ってるところなのに、と思いながら、アンティグアでの一夜でした。いやいや身体が一番大事です。
2005年11月06日
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5時間くらいのフライトで、これから車で一時間ゆられ、ここアンティグアに到着しました。早速、クラス全員が集合して授業です。午後からはグアテマラの最大手銀行のプレゼン、元グアテマラ財務大臣で現大学教授のプレゼン、それからクリスマスのポインセチア(だったかな?)の栽培で有名だという菜園訪問。ここから日本にも卸されているようです。最後に食事でやっと部屋に戻ってきました。強行で論文作業や夜中の飛行、しかも通路側指定してたのにその横2人が大学院教務部長たちであったので、気を利かして真ん中の席になってしまった… というような理由から、首の筋を痛めたようで、夕方はつばを飲み込むのも苦痛な状態でした。中に医者がいたので、鎮痛剤を飲んでちょっとはましになったのですが、なかなか色んなことがあります。後、3日もあるので、論文作業も念頭に休み休み頑張ります…明日も強硬なので、これから明日に備えます。では!※写真を撮ったのですが、考えたらカードリーダーを持ってきてないので諦めました。
2005年11月05日
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今日はハロウィン。夜なのに妙な活気があり、各地で歓声が上がっています。今回は何もできなかった…社の方針として、今までみんなで仮装をしてきたにもかかわらず、新事務所や私の事情もあり、参加型ではありませんでした。3週間前には一度、コスチュームを見に行ったんですが、ぴんとくるものがなく…アメリカにいながら損した気持ち。なにもしなかったハロウィンなんて、今回と初めてアメリカに来たとき以来。しかし社内には全身パンプキンとかオズの魔法使い、それに忍者もいたなぁ…来年、頑張ろう。
2005年11月01日
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