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夕焼けこやけのHNにしたのには、童謡の「夕焼け小焼け」から貰いました。童謡も好きなんです。ゆっくりとした歌でどこか寂しげなところが好きなんです。父が生前、私に「叱られて」という歌を教えようとしました。歌の先生みたいに、ああやこうやと言って、どうにか父が納得のいくように歌いましたが、教科書なんてもの(楽譜)がなかったから、私が歌う童謡は、父から、歌い継がれてきたものもあります。後にテレビで聴いたら、父から教わった歌い方に間違いなかったことで、父を尊敬しました。歌は、趣味で歌っています。ドラえもんの漫画に出てくる、ジャイアンみたいに近所迷惑になってるかも(笑)最近の童謡は、昔に比べると、楽しい歌(小学唱歌も入って)、新しい子供向けの歌も追加されていき、古めかしい歌が段々消えていくと言うか、歌われなくなっていくのが寂しいです。それも、世代交代だからしかたのないことですが。「雨降りお月さん」、「こがねむし」、なんかは、よく歌っていました。最近では「大きな古時計」を、よく耳にします。子供が幼稚園の頃に覚えた歌です。そういえば、子供が小さかった頃は、テレビが子守り代わりになっていました。「お母さんと一緒」、「みんなの歌」は、必ず見ていた。ゴールデンタイムは、アニメでした。今でも、その頃の影響か次女はアニメを録画して見ています。将来は声優になるつもりでいますが、どうなることやら・・久しぶりに日記を書いたら、ぎこちなくなってしまった。何でも、続けるって難しいです。。
2002年11月30日
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毎日やらなければならない事の中に、おフロ掃除があります。私は、家の掃除はサボり勝ちなのですが(いけませんね)、どうしても、「おフロ洗い」だけはサボれないのです。他の掃除は、夫が手伝ってくれます、夫はきれい好きで、結構うるさい、というか、私がサボっているから、仕方なく掃除機をかけてくれたりします。でも、おフロ洗いは手伝ってくれません。これは、私の仕事として、誰も手をつけないで残してくれています(残してくれなくてもいいんだけど)残り湯を洗濯に使うからだろうと思うけど、洗濯をやらないことには、おフロ洗いが出来ないと決めているようです。おフロのドアを閉めると、もうここは私だけの世界です。洗っている間は、せいぜい10分もかからないんですけど、その間、歌をうたっているんですよ。毎日、その日の気分によって変わります。おフロの中で歌うとなぜか、声がよく通って聞こえるんです。音の反響って言うのでしょうか、よく判りませんが、カラオケに行った気分になるのは、私だけでしょうか、今日は「はじめてのチュー」を歌いました。気分がいいと、おフロから出ても歌っています、聴いているのは家族だけですから遠慮はなしです。「ちょっと静かにして!テレビが聴こえへん」と、夫はテレビしか頭にありません、私だけの世界に浸れる空間、「おフロ」にありました。
2002年11月23日
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あ~~(汗)、この日記を読んでくださった人で、まちがって、ヘビイチゴは食べないでくださいね。あれは、毒イチゴですから、(汗)道端によくなっているやつがそうです。野イチゴは、そうそう、ありません。粒が、ちょっと大きくて、やわらかいです。手遅れにならないうちに、書いておきます。もう、遅かったかな??ここ、ニ~三日留守にしてて申し訳ありませんでした
2002年11月21日
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峠を越えて学校へ通った事があったのは、前に書いた通りです。登校時に、山道に差し掛かる付近で、野イチゴを見つけた時があった。普通のイチゴより五分の一程の大きさで暗赤色をしていて、見た目が小さいから、私は食べる気がしなかった。兄は、見つけるとすぐに取って、その場で食べてしまう。山の中腹で脇道を入っていくと、あけびがある。兄は、それも見つけると美味しそうに食べているというか、汁を吸っているという感じだ。私は、見ただけで食べようとは思わなかった。でも、ある日、私は、野イチゴを食べた。ちょっと、すっぱかったが、食べれない事はなかった。一度食べて、食べれるということが判ったら、山道を歩くのが楽しくなってくるもんです。どこか他にも、野イチゴがなってる所はないかと探しながら歩いていると、いつのまにか峠を抜けているのです。それからです、山道を歩くときは、「野イチゴ、なってないかな」と探しながら歩くようになりました。野イチゴだけじゃなく、可愛い花(すみれ)を見つけたら、どうにかしてやりたい気持ちになってくる。こんな山道でひっそりと咲いていて、誰にも見られることもなく花の生涯を終えてしまうのですから、・・でも、ここで咲いているのが一番良いのかもしれません。私のような登山者達の目を楽しませることが出来るのですから。。峠の野イチゴは、30年以上も前の話で、今は、住居が押し寄せてきて、乱獲の嵐に遭って、消えてしまっていると思います。でも、私の子供時代の想い出として私の脳裏にいつまでも残っています。
2002年11月18日
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それは、音楽と漫画、私がどちらも好きな理由は、少女時代の想い出から語らなければならない。無口でおとなしいで通っていた私に、友達らしい人が現れたのが小6の春だった。きっかけは、「けんか」から始まった。私は、転校生でみんなと馴染めずにいたのをからかわれたりしていた。放課後には、何かがおこる。いじめたり、いじめられたり、子供のうちは、それも遊びの一つであったかもしれない。あるボスを取り巻くグループができる。ボスは、勉強が出来る子だったり、体育が抜群に出来たり、ヒーロー的存在の子の周りには、いつも人が集まっていた。私は、その輪に入り込めない性質で、ひとりでいるといじめの的にされた。でも、それもいつまでも続くとキレルのが私の性格です。(怖いですよ)男の子と取っ組み合いのけんかもした、力では敵わないはずなのに負けん気が強かったんでしょうね、今は笑って話せるようになりました。そんな中で「ごめんね」と声を掛けてくれた「Kちゃん」は、「漫画大好き少女」だった。その子といると知らない間にいじめもなくなっていた。将来は「漫画家になろうね!」と本気で言っていましたね。(夢は大きくもったほうがいい)でも、現実はそうはいかない、きびしいですよ。好きな事をして生活出来る訳は無いです。第一、才能が無い!これが一番厳しいです。・・・つづく
2002年11月15日
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仕事柄、バイクに乗るのだが、雪の日でも乗らなければならない。それが仕事だから・・、雪が怖いと思うようになったのは、ツルツルと滑るからだ。滑ったときは、猫の毛が逆立つような感じで、ビクッとして冷や汗が出る。体勢を整えて、冷静沈着に前進していくのみです。20年以上も前の事ですが、長女が1歳9ヶ月の時、風邪をこじらせて、嘔吐と下痢を繰り返し、開業医に見せると、「すぐ入院しなさい」と、大きな病院を紹介してくれた。その日は雪が降っていました。長女を背負ってバイクに乗って来た。小さい原付バイクで、自転車よりは、安定が良いし、ゆっくり行けば着くだろうと・・、病院まで、バイクで峠を登って行った。交通量は普通にある道で、幸い、雪はそんなに積もっていなかった。あの時、もし、滑ってこけていたらと思うと、ぞっとする。下り坂なら、止めていたと思う。何年か前に実際にこの峠をバイクで下っていて、滑ってこけたことがあるから、慎重にならざるをえない。無事に病院に着いた。結局、2週間の入院生活(私はつきそい)でした。主人は呆れていました。「よう、バイクで来たなあ」・・と退院の時は、タクシーで帰りました。zzzzzzzzzzzzz眠くなってきたので、今日はこの辺で。
2002年11月10日
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私の子供時代で一番充実していた時といえば、父親が自分のお店を持ったわずか1年半足らずの時でした。お隣が貸し本屋さんで、あまり、繁盛はしていなかったようですが、私のような固定客が有れば、そこそこやって行けるのかなと思います。店内は、そんなに広くはなく、マンガの単行本は沢山有りました。手塚治虫でも、あまり知られていない単行本があったように思う。というより、読んでいて面白ければ良かった、貸し本屋さんのマンガ本は、私に夢をもたらしてくれました。あの当時の娯楽はテレビが出始めた頃です。まだ、アニメは放映されていませんでした。「鉄腕アトム」は、まだ、貸し本屋さんには並んでいなかったように思う。あの頃は「少女まんが」と「少年漫画」の違いがはっきりしていました。私はどちらもむさぼり読んでいました。父は時代劇漫画と恐怖漫画が好きでよく借りていました。私は、子供ながら、結構読んでいました。だからでしょうか、「怖いから見ないように・・」と言うフレーズのイラストなんかは怖くはないですね。もっと怖い場面の漫画を知っていますから(笑)私が昔マンガを好きな由縁がわかって頂けたかと思います。
2002年11月04日
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仕事で団地を回るときがある。ある家電量販店のトラックから、大型テレビが降ろされている。団地の階段付近までは、台車に乗せて行けるが、それから、階段を上がらなければならない。男性は、テレビを背負う為、テレビより低い位置に腰をおろし、手を頭上より後ろに回そうと、テレビが入っている段ボール箱の持ち手を手探りで見つけようとしている。こんな大きな物を結わえるものもなく、持ち手だけで、しかも、階段を一人で運ばなければならないとは、仕事とはいえ、残酷ではないかと可哀想になってきた。だからと言って、私には何も出来ない、邪魔になるだけだ。精密機械だから、落としては大変、助手が何故居ないんだと、つくづく思う。女性には、到底出来ない仕事である。それでも、男女平等と訴える事ができるだろうか。女性があの大きな荷物を背負って、階段を昇れるのであろうか。あの大きな荷物を、一人で運んだ「運転手」に、表彰状をあげたいくらいです。
2002年11月01日
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