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今日、と言っても、昨日になってしまったが、仕事から帰ったら、最近は夕焼けが見れるようになった。日が少しずつ長くなっているからですね。犬の散歩に出掛けると、夕焼け空がオレンジ色に染まって綺麗でした。途中、下校中の女子中学生達が犬に近づいて来るので、うちのアホ犬は尻尾を振って愛想を振り撒くのである。二本足で立って女子中学生に前足をもたれかけて手を舐ったりして甘えている。女子中学生は「かわいい!」と言って前足を触ったりしていた。男子中学生は犬には関心が無い様である。小学生の男の子でも犬を怖がる子が居る。犬も人間を見抜く性質がある。善人か悪人かを第六感で察知する。普段から食べ物で手なづけていると悪人でも犬にとっては善人になる。さて、犬を怖がる原因の一つに「吼える」「噛み付く」がある。犬は、本来、番犬として人間の為に役立つ「セキュリティ」みたいな動物として飼われるのが普通だと思います。不審人物が来たら、本能的に吼えるのが普通です。何もしなければ吼える事も無いはず、どこか行動が怪しいから吼えるのです。うちのアホ犬ですが、番犬としては満点をやりたいぐらいです。知らない人が来ると吼えますが、家人が一緒に居ると判ると吼えるのを止めます。子供には余程の事が無い限り、吼えたり危害を加える事は無い。余程の事、と言っても、ずいぶん前に小学1年生3人が下校中に犬をからかって石をぶつけてきたことがあった。その前にも、幾度かあったらしい、壁に石がぶつかる音がして判った。その時でも、うちのアホ犬は尻尾を振って愛想を振り撒くので、何も悪い事していないうちの犬がなんで小学生にいじめられなあかんねや、と悲しくなりましたね。犬を誤解していると・・もちろん、子供には叱りましたけど、反省して無いようだから先生にも言いました。次の日、先生に連れられた小学一年生3人が誤りに来ました。それからは、石をぶつけられるような事は無くなった。でも、毎年、新一年生が通るので油断はできません。ふざける子、無神経な子、何にも判らない子がはしゃぎまわっています。大人は、地域の教育係として声を掛けて行かなければと思いました。夕焼け空は、見る見るうちに闇夜に変わって行くから、私は、早く帰って、カメラを持って来て撮りました。
2003年01月28日
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次女が東京のとある養成所に通いたいと言い出し、去年の夏休みに入学テストを受けて合格し、3月に東京に行く予定です。内心、不安でいっぱいですが、娘が自分の道を自分で切り開きたいというのだから仕方が無い。夢を持っているのはいい事だが、実現できるかどうかは二の次、実行してこそ実を結ぶ事もある。何もしないで手をこまねくよりは、若いうちにやりたいことをやったらいいと思う。たとえ実を結ぶ事が出来なくても、自分が決めた道を歩くんだから後悔の無いようにすればいいと思っている。この歌の内容とは違う日記になってしまったが、遠い世界に旅立つ娘に贈りたい歌です。いらないってか・・;;遠い世界に 作詞 西岡 たかし作曲 西岡 たかし唄 五つの赤い風船 遠い世界に旅に出ようかそれとも赤い風船に乗って雲の上を歩いて見ようか太陽の光でにじを作ったお空の風をもらって帰って暗い霧を吹き飛ばしたい
2003年01月23日
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コンピューターは、本当に便利な道具です。私は、PCを手にしてからというもの、夜は寝なくなった。完全にはまってしまっている。なぜかというと、一つ判らない事があるとそれを解決するまで止められない。誰も教えてくれないから、PCから教えてくれるのだが自分で思考錯誤しながらだから、まったくわからない。何をしているのかというと、CD-Rに音楽を保存したいだけなんですが、ソフトを買ったりしたけど、時間が掛かり過ぎなんです。やり方もわからないから、手順も覚えられない。やっと、一枚何とかできたけど、作り方をもう忘れてしまっている。これで、PCから離れているとニ~三日でまた一から勉強のやり直しです。プロじゃないから、これでいいんだけど、作曲までには遠い道のりです。
2003年01月19日
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今日、つ○やに行ってきた。実は、レンタルビデオを娘に借りてきてと頼まれた。アニメで「スクライド」の、4巻、5巻と2巻があれば・・ということで体に鞭打って行ったが、無かった。それもそうだ、100円セールをやってるから早いもん勝ちだ。仕方が無いから、帰ろうとしたら、中古CDが100円で売っていた。掘り出し物があればラッキーと・・端から端までタイトルとアーティスト名を見て回ったら、奥田民生のCDがあった。私は、どんな歌手か知らないが、歌のタイトルの中に「悲しくてやりきれない」があった。そう、あの、・・懐かしいうたです。今、聴いています。得した~~。
2003年01月18日
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我が家には猫が居る。雌猫で、もうすぐ6歳になる。手のひらサイズの時に、物置の下で泣いていたのを掴まえて、なんとかする、と言いながら今日まで来ている。最初は反対していた主人も世話をやいてくれる、本当は嫌いではないのです。世話をするのが大変だと言う事がよく判っているからなのだが、結局は、条件をつけて飼う事になった。条件とは、最初は部屋に入れてもらえずに、外で物置の中に毛布を入れて飼っていた。しかし、5ヶ月ぐらいしてから寒くなってきて、寒がりの猫を外で飼うのは可哀想だからと、ようやく家の中に入れてもらえた。でも、猫の毛がつくのを主人が嫌うので、部屋の中でも繋いで飼っていた。長く飼うと情が移ってくるのでしょうか、部屋の中で紐に繋がれている猫を見ていて不憫に思ったのでしょうか。ある時、紐がうまく結べなくて、それまでうまく結べていたのに、スルッと腕から抜けて部屋の中を思いっきり走り回ったのです。今まで我慢していた鬱憤を晴らすかのように、その光景を見ていた私も『これが本来の猫の姿なんだ』と、フローリングの床が爪で傷だらけになるのもお構いなしに、自由に走らせた。こうなると、主人は、もう、あきらめモードです。壁をカリカリするから、い草の座布団を壁に押しピンで貼っています。賢いもので、ちゃんと、い草の上で爪を磨いでいる。それと、脱衣所に、桐のすのこを敷いているのだが、それも猫の格好の爪磨ぎになっている。同じ所をカリカリしているから、大分削れてしまっている。好物はスルメ、主人のお酒のおつまみでもある。冷蔵庫の中にあるというのが判っているから、欲しい時は冷蔵庫のドアをカリカリする。カリカリしたら怒られると判っていながらやっているから、人の顔色を見ながらカリカリする、賢いもんだ。レザー貼りの座椅子も爪痕だらけである。主人は、その座椅子でコタツに入ってテレビを見ている。ファンヒーターの前が特等席というのが判っていて、主人や娘が来ると、一番暖かい熱風が出る場所の取り合いになる。なぜか猫が一番良い場所を取るのだが、近づきすぎて「燃えるで!」と言っても、猫にとっては、燃えるような経験をしたことがないから、判らない。今でも、前足を伸ばして、頭を横にして、グターとなって寝ている。ファンヒーターを切ると、「なんで?」というような顔をして、さっきまで熱風が出ていたファンヒーターを覗き込むのである。そうなると寒いもんだから、娘の布団の中に体を滑り込ませるのである。我が家で一番、部屋の中では自由気ままな生活を送っている↓。傷だらけの座椅子で・・レザー部分が見えませんが・・
2003年01月11日
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大雪を初めて見たのは、小4の冬でした。住んでいる所では降っていなかったのに、電車に乗って北へと進むにつれて、電車内から見えるのは、田畑の雪景色でした。一時間程、電車に揺られてついた所は、終点駅で、当時は人口が三万人の市でした。今は11万人を超えて、住宅ラッシュと言われている。そこからバスで30分ほど揺られてついた所が、父が働いているお店でした。道路沿いにあるそのお店は、昔の絵本に出てきそうな山里の床屋さんという感じでした。夕暮れ時だったので玄関の外灯がついていた。裏口から入ろうとすると、ウサギ小屋に白兎が二兎いました。目が赤かったのが印象的でした。家の中に入ると、ストーブの灯油の燃える匂いがして、見るものすべてが私にとっては初めての事ばかりでした。そこには、2日ほど泊まったような記憶がある。まだ大雪が残るそこをあとにして、またバスに乗って帰った。それから二ヵ月後に、そこよりもまだバスで10分ほど行った所に引越した。
2003年01月04日
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中島みゆきの歌を聴いています最初に中島みゆきの歌を聴いたのはテレビ番組の主題歌「時代」でした♪めぐるめぐるよ時代はめぐる別れと出会いを繰り返し今日は倒れた旅人達も生まれ変わって歩き出すよ♪というフレーズが好きだそれから「ホームにて」も好きな歌ですその歌の情景が浮かんでくるスライドを観るように次々と浮かんでくるのです「ひとり」という歌も好きです中島みゆきの歌は別れの歌が多いのですがひとりで強く生きていくという歌になっている哀しい歌なのに不思議と元気になりますそれと、「地上の星」は勇気と力が湧いてきますいい音楽をありがとう、と言いたいですまだまだ、いっぱいありますが、私が書くと安っぽくなるので、今日はこの辺で終わります
2003年01月03日
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何年か前には、きょうだい揃って食卓を囲んで、賑やかなお正月を迎える事が出来たけど、今は、それぞれ事情があるのか、お正月には顔を合わさなくなった「お年玉」というものを貰うのも、次女が今年で最後・・後は、義理のお姉さんの孫が居るのだが、長く会っていない。盆と彼岸には、墓参りで義理のお姉さんが帰ってくる。その時は賑やかになります。何年か前には、バーベキューをしたり、夜は花火を見たりして楽しみました。それも、毎年やっていると、飽きが来るのか、声が掛からなくなりました。私達は呼ばれる方だからかな?こちらから呼ぶなんて、今までに引越ししてからしたことがない。きょうだいが集まれば賑やかですよでも、一人、二人とそれぞれが家に帰っていく時は、なんともいえない寂しさがあります。私たちはいつも最後まで居るほうだったから、見送る方でした。「また、今度ね~」「ほなら、帰るわな~」・・と別れの挨拶の時は、どう言っていいのか、「ほな、きいつけて、またね~」・・と、手を振って別れる。最後に私達が帰るときは、もう、普段の生活に戻っている。楽しいひと時よりも、普段の生活の方が長いんだから、普段の生活に戻ると、ホッとするような、寂しいような、変な気分になる。賑わいが大きければ大きいほど落差が激しい。二次会とか三次会とかいうのは、落差を縮めるために有るのだろうと思う。家庭で楽しむ方法は・・う~む・・PCか、ゲームしかないのか?そういえば、昔に、トランプや花札遊びに夢中になった事があったな。それと同じようなものかもしれないな~遊ぶってそういうことなのか・・判ったような判らないような、複雑な気分になる、年の始めでした。
2003年01月01日
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