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スーパーで遭遇した。私、インスタント食品好き。よって、買った。四角いカップヌードルか??なになに?袋詰めのドライライスとスープのもと、具材、、かぁ。お湯を沸かして準備をしていたが、、なに~!!お湯禁止!?自ら作ってくださいとのこと。電子レンジ専用かぁ。かき混ぜて、、なんだこれ、、食べ物には見えない。電子レンジで、、おお!!蒸気が噴出してきた!!6分程度、そして蒸らしを2分。これで完成。私はお好みで、荒挽きコショウとごま油をたらしてかき混ぜる。味はカップヌードルの汁を濃くして、ご飯をあえて、かき混ぜた感じ。うーん、、これに220円は出すかなぁ。冷凍食品のピラフと同じ値段だ。そうか!非常食としてはいいか!!これも震災からの影響なのか。あ!停電では電子レンジは使えない。うーん、、、ラーメンスープに「ごはん」を入れる発想はさすが日清食品!日清 カップヌードルごはんカップヌードル味オススメ電子レンジで簡単調理日清食品
2011年08月31日
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四国に上陸のようだ。四国、愛媛県宇和島市には祖母がいる。もう90歳をこえている。心配だ。テレビが唯一楽しみの祖母、、あ、地デジにしたのかな?心配だ。台風、、それろ!!
2011年08月30日
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一時期テレビドラマで取り上げられた時期には、名称の認知はされた。しかし、あくまでも俳優が演じるクリーンなイメージの状態をさした名称認知だ。一時期事件が起きて症例を聞くと、誤ったイメージと名称が結びついた。それも過度で想像の域からデフォルメされたイメージ。私は「障害」ではなく「強い個性」と言うが、回りくどいといわれる人もいる。確かにそうかもしれない。昨今、何か行えば様々なご意見が飛び交う。それにしても難しい。知り尽くしているような口ぶりの人が、知的障害と身体障害の区別すらついていない場合もある。本当に難しい。障害者サイドからすれば、「理解してくれなきゃ困る」一般者サイドからすると、「知らないものは知らない」まさに難しい。ともあれ、バリアフリー。ノーマライゼーション。がお題目にならないように、何かしなければいけない。と思いつつ、、、ああ、、難しい。
2011年08月29日
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いよいよ!!
2011年08月28日
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いつも書くけど、、「親の小言と冷酒は後から効いてくる」青春真っ只中であり、一般常識が難しい生徒にはすべてを説明して理解させるのには3年制学校では時間不足。方法はどうあれ、、卒業して数年後、なるほど、そうか、、とわかってくれたらいいな。数年後、確実に大変な思いが待っているのだから。
2011年08月27日
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彼はもう三年生になった。あれから数年が経過した。彼は男子マネージャーからスタートした。しかし、新人戦ではレギュラーとして活躍した。夏合宿も歯を食いしばって頑張っていた。しかし、怪我をした。怪我人生活はかつての彼を呼び戻した。やる気を失い、自分に言い訳をする。心の奥底に根強く巣食った虫は息を吹き返したのだ。しかし、今彼は葛藤している。そして、私は信じている。再び奮い立つことを。あの頃から比べれば、大したものだ。でも、比較対象にもしたくない。やらせでも、演技でもない。リアルな彼がそこに生きていて、あれから2年経過して、しっかりと人生を歩んでいるのだから。番組は過去の彼を如実に映し出し、今では恥部となっている。いや、”数年経ては恥部と言えるようになりますよ”と言っていた。私は信じる。彼の奮起を。今は待つだけ。
2011年08月25日
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釜石からの贈り物。ミサンガをもらった。漁師の方々が漁業ができない今、内職として編み上げたミサンガだそうだ。番号も入っている。大切にしよう。復興を祈って。
2011年08月23日
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決めた。決めたんだ。そう、、決めた。それがいい。そうがいい。決めた。
2011年08月22日
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彼らにとって釜石のボランティアは大変大きな衝撃だったようだ。メディアなどからの情報やネットでの画像だけではなく、評論化が唱える理想論ではなく、彼らが受け止めるのは行動したことによる体験が大きな印象を与えるのだろう。ある意味、幼さではあるが、入ってきた情報を処理するよりも、実際に五感を通じて入ってくる現実のほうが理解しやすいのだろう。それにしても、現状は悲惨である。目を背けたくなるような場面も多々ある。仕事の内容から、少々の躊躇いはあったが、仕事はボランティアセンターで頂くものであり自由選択ではなかった。だから勇気を持ってこの仕事ができたのだと思う。東京に戻ってきて、彼ら彼女らはボランティアの状況を家族に報告したようだ。プランノートを見ているとそれがわかる。
2011年08月16日
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理想論を言いたがる。でも、求められるものは現実的な結論。理想論で育てた子どもが、現実主義の社会で通用するのか。それでも大人は理想論を並べたがる。現実的な理不尽さは理想論を木っ端微塵に打ち砕く、社会に出るとそんなものだ。学生時代に理想にどっぷり浸かって安全地域を歩んできた若者にとって、寒風吹きすさむ社会は極寒の地に感じるのだろう。わからないわけではない。残念ながら、卒業生が就職した会社を退職した。ここ一年で、数名が就労先を去り、就職先を去った。どこも厳しい。優しいのは、家庭と学校だけ、、、
2011年08月15日
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http://ameblo.jp/iwate-rugby/entry-10980946639.htmlあの日の出来事が書いてあった。今年の合宿でのベストシーンである。私もグランドでプレーしながら号泣してしまった。あの魂をもらいたい。
2011年08月14日
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合宿中に大変悲しい出来事があった。チームや生徒に関係することではない。大変お世話になった方が亡くなった。最初にお会いしたのは、私が23歳の頃。ドキドキしながらお宅にお邪魔して、正座をしてご挨拶をした。その後意気投合して、記憶がなくなるほど酒を飲んだ。その後は、よき理解者として、生活を支援してくれる人生の先輩として、時には苦言もぶつけて頂いた。時には一緒に泣いたこともある。性格は短気で涙もろく、独創的な思考をめぐらすこともある直情型。いつも気にかけてくれた。いつも心配してくれた。いつでも味方でいてくれた。休みや正月にお邪魔すると、いつでも誕生日席を準備して、座椅子の傍らには肘掛と灰皿が置いてあった。エビフライが好きだというと、次回訪問時は山のようにエビフライが準備されていた。まぁまぁ。といいながらビールも焼酎も次々に酌をしてくれた。私が不甲斐ないために、その関係は10年で疎遠になってしまった。それでも気にかけてくれて、心配してくれて、、お借りしていたものを返しに伺ったときには、泊まっていけ!と言ってくれた。病院へ見舞いに行った際には、別れを惜しんでくれた。ああ、、あの時泊まっていけばよかった、、、元義父が亡くなった合宿中の夜。私は一人、部屋でこぼれる涙を止められなかった。シーズンが終わったら、お墓には行きたい。ご冥福をお祈りします。合掌
2011年08月13日
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最後は軽く終わるはずだった。しかし、部員は気が抜けていた。だったら!!!ランパス!!!グランドに再び怒号が響きエンドレスのランパス。ところが、それを見ていた怪我人が言い出した。「一緒にやりたい」と。松葉杖をついた一年生が仲間の後を追いかけ始めた。彼は学校に足が向かなかった生徒。家にも迎えにいった。しかし、仲間の嗚咽を聞きながらいてもたってもいられなくなったのだ。それが17日間の成果。すると、肉離れをして戦線離脱していた3年生も走り出した。その部員は一昨年3月にTVで様子を紹介された。その当時はマネだったがその直後に部員に転身。レギュラーとなり新人戦勝利に貢献した。足を引きずりながら仲間を追う。そのうちにマネージャーが泣き始めた。最後はインゴールに全員集合。雄叫びを上げて最後の一本を走った。終了後は、全員涙。天宮部のN君は泣きながら仲間と抱き合っていた。マネージャーも部員も入り乱れて泣き出した。達成した歓喜。やり遂げた者しかわからない。そして、知らない人間はとやかく言うだろう。彼らの涙が成長の証。それを見ながら私は思う。「さぁ、、秋が来る。本番が始まる。」身震いをした。
2011年08月12日
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チームのオジキが恒例の合宿参加。檄を飛ばすし、褒めてもくれる。そして、ホタテや野菜の差し入れもしてくれる。オジキは他校のOB会長。でも、、本校ラグビー部のオジキ。買ってきてくれる野菜は採れたて野菜。朝とれた野菜は生で食べて甘い!野菜が好きではない部員もバリバリ食べる。ピーマンだって、ナスだって、トマトだって、プラムも桃も、、ナスに味噌をつけて美味しそう!これがオジキ。自分の会社のヘルメットをかぶって仕事中。え?何の仕事かって?ホタテを買い付けてくれたオジキは、グランドの脇で炭をおこして焼くのがこだわり。全員分プラスOBだから100枚以上の殻付ホタテ!!これが最高!!生食用だからレアでもいいし、磯の香りがして最高。更にグランド脇で食べられるのは本当にうれしい。グランドでホタテ。そして、その気持ちがうれしい!!合宿最終日、部員たちは笑顔がいっぱい!!
2011年08月12日
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お手伝いテストが復活した。お手伝いテストとは、、天宮部の部員たちが洗濯物の、手洗い、脱水、干し、たたみ。これらを行って、マネージャーがそれをチェックするものである。今回は少人数で、ブラシでの手洗いを行って、別の洗濯物を脱水。そして、洗濯物干し場で制限時間内に綺麗に干すのだ。指示がどれだけ聞けるか。細部に注意をはらえるか。新しいやり方、方式を飲み込む早さ。返事ができるか。わからないことが質問できるか。上記は職場実習の必要条件名であるため、こういったテストをやっている。何故合宿時期か。それは、体力的にも精神的にも厳しい状況下になると素が出てくること。そして、ここで覚えたことは記憶に残りやすいことからだ。家庭という自分のテリトリーの中で行われることは、意外と残りにくい。そして、大人も集中して見られないことから見落としが多くなり、甘くなる。だから故に合宿で行う。昨年も行ったのだが、一部の親から「やって当たり前だ、、」「評価が厳しい、、」という驚きの意見があったために作成したレポートを配布せずに破棄した。部活合宿でのサービスの一環として行っているものであり、同じ授業料を払っているマネも生徒の一人である。それぞれの立場に立って冷静に感謝の気持ちを持つことが出来るのが大人だと思うが、昨今は「当たり前」が横行しているケースが少なくない。もちろんこの「当たり前」は、子どもが親に対してい思っていることもでもある。掃除や洗濯、持ち物管理など、依存している部員はこの合宿で困難を極めている。ここでは大人が子どもに対して至れり尽くせりをする「当たり前」は存在しないから。四角い鏡を丸くなでる部員。雑巾を丸めて握ってしぼる部員。掃除後に用具をほったらかしにする部員。学びの場であり、更に発見の場でもある。
2011年08月11日
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合宿に来る前から計画していた、日本大学ラグビー部との交流。そのため、数日前に日本大学ラグビー部監督の加藤尋久氏と会いに行った。何とも魅力的な人物であり、尊敬できる魂をお持ちであった。現代っ子に対する独自の切片からのアプローチと、今後のビジョンを聞いていると少々わくわくするような、そんな気持ちになった。「今回単発ではなく、継続的に交流を、、」とも言っていただけた。そして、昨日。午後の試合後16:00~17:30という時間帯だったが、日大のグランドにて合同練習を行った。合同練習とはいっても、文理学部体育学科の学生を中心に、低年齢層のコミュニケーション練習のようなメニューを行った。鬼ごっこ、追い詰めごっこ、人数あわせ、、などなど、幅が広い本校の生徒たちに戸惑いながらも楽しませてくれる学生たち。中には外国人選手もいるが、その選手が一番積極的だった。そこには年齢区別も、障害差別も何もない。ラガーマンとして純粋な学生と、それを慕う後半の絵となった。天宮部でラインアウトのリフトを経験したのだが、体重が軽いため後ろの選手一人で持ち上げられるほどだった。学生の笑顔。コーチや監も笑顔。今後もお付き合いがあるといい。
2011年08月11日
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明日への希望になってくれますように!!
2011年08月10日
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私の相棒は、帽子とサングラス。帽子を目深にかぶって、サングラスをすれば部員の誰もが視線の先となる。みんなが見られている感は緊張感も走る。それにしても、夏の帽子は汗をかくために塩がつく。これも苦労の証かぁ。
2011年08月10日
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風呂場に忘れ物がある。それも、ほぼ毎回ある。あれだけブヨ対策を言ったのに、昨日は2名病院へ連れて行った。腿の裏側や、膝の裏側をかきむしり、膿が出てきている状態。このままだとリンパ腺が腫れて発熱の可能性もあるから。虫除けスプレーは持っていても、塗布しなければ意味がない。また、汗をかけば流れてしまう。熱中症対策のために無料で帽子を配布した。しかし、持ってこない部員がいる。どれも、誰かが声をかける問題なのか、それとも違うのか。当然、ある程度個人能力を考慮して顧問も声をかけるが、長丁場の合宿で問題点は他にもあり、多くは自己管理の問題となる。よって失敗することによって学ぶケースが多い。だからこそここは大事な青空学校なのだ。それにしても単純な失敗が多くなった。いや、、、ここに至るまで、失敗する経験が少な過ぎたのだろう。失敗後の対応を見ると、これまでの生活がハッキリ見えてくる。さぁ、今日も大いなる失敗を!!
2011年08月09日
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ここまでの戦績は、、8/5vs黒沢尻工業B 26-12 勝vs盛岡北 0-28 負8/6vs黒沢尻工業B 0-21 負vs水沢工業 7-31 負vs宮城水産 12-12 引き分け8/7vs多賀城 0-24 負vs仙台東 0-30 負8/8vs宮古工業 40-15 勝vs大船渡東 31-24 勝29日からスタートした合宿はピークを迎え、ABチームは疲労から足を引きずっている。しかし、これはどの合宿でも見られる光景であり、当たり前である。その状況下でお互いにしのぎを削るのが合宿での練習試合である。負ければグランド外から檄が飛び、練習での頑張りを全否定されることも少なくない。しかし、勝負の世界では自分の努力を誇示するよりも、結果を優先されるのだ。とかく「自信を持て」「自分なりの目標を」と大人から教えられてきて、本当の意味合いを履き違えて、勘違いして、甘く育ってしまった子どもは、勝負に負けても自己完結して自己肯定して、反省したり努力不足を認めたりしない。だからある時、それらを全否定することも必要だと思っている。負ければうなだれる部員たち。しかし、不足しているから負けるんだ。不足しているものを直視して改善しなければ、敗北が山積しそれに慣れてくると、本当の負け組みになってしまう。だからこそ過酷に。それでいて結果が出ず、苛立ちの中で涙を流し、それでもボロボロになりながら走る。そこから掴めるものがある。これは健常者もそれ以外の部員も同じこと。中間点を過ぎて、疲れのピークを越えて、それぞれ一皮むけてきた。
2011年08月09日
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食事の風景。この食事も学びの場である。さすがに、肘をついて食べる部員や立膝で食べる部員は即座に先輩から叱責されるからいない。しかし、口をあけて内容物が見えるように食べる部員。茶碗を持ったまま味噌汁も持って食べる部員。毎食出てくる鍋物では、先輩に取り分ける以前の問題として、自分の箸で好きな具材だけをとってしまう一年生もいる。更には、茶碗にご飯をよそっても、しゃもじでペタペタ圧縮したり、ご飯のついたしゃもじのまま水につける部員。合宿前半は怒号が飛び交う食事となった。また、食事量はといえば、、家庭用の茶碗に8~9杯の上級生に比べ、1年生と2年生の一部は2杯、3杯が限度の部員も。当然モリモリ食べる部員は見違えるように体が大きくなる。中には誰からも強要されていないのに、泣きながら食べる一年生もいる。聞いてみると、体を大きくして強くなりたいそうだ。食事も練習の一部。私も節食。合宿初日から比べて、7kg減量に成功!!
2011年08月08日
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マネリーダー不在の状態で準備が始まった合宿。ところが準備不足は全てに影響した。部員の一周走タイムが測れない。部員の名前がわからない。ジャージの色を間違える。試合の残り時間計算ができない。点数の計算ミスから試合の勝敗が逆転。購入した物品がどこにあるかわからない。ああ、、書くだけで気持ちが萎えてくる。そんな状況。ガタガタのマネージャーたち。そのマネをまとめるのが、OGマネ。3人が3種の動きをして、尚且つ下級生の指導も平行して行う。その指導によって、、練習後の「お疲れ様でした」を相手の顔を見て言うようになった。洗濯物の手順がよくなった。宿の玄関先とマネ部屋がきれいになった。怒られたら改善するようになった。今年はOG様様だ。本当に心から感謝。そして、がんばれ!怒られ続けている1、2年生。実は、OGは君たちよりも怒られて育ったんだよ。
2011年08月08日
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総勢137名の大BBQ。部員を中心に、保護者と保護者チーム、OB、顧問。全員が現役部員を激励する純粋な楽しい会になった。席から見渡すと楽しげな声が聞こえてきた。プラスの気が充満した会場は夢の世界に見えた。
2011年08月07日
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合宿などの宿泊行事にいつもあるもの。ゴールドツアー。それは、班対抗や個人戦で点数を競い、上位者に用意される特別ツアー。今回も、ルールテストや班対抗リレー等々、競技を用意して上位者がランチバイキング、地熱発電所、露天風呂。と合宿中日を満喫した。なんと優雅な、、そして、しっかりと社会化見学。今本当に大切なエコエネルギーに関して。露天風呂も!実はこのツアー、試合も平行して行われたため、上位者であったAチーム部員は辞退した。よって繰り上げ当選の部員は棚からぼた餅ツアーとなった。こんな喜びも大切だ。
2011年08月06日
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初戦は黒沢尻高校。有名校だがAチームはほかの場所で合宿をしていて、対戦したのはBチームらしい。しかし、さい先良く、勝利だった。盛り上がるチーム。ところが、単純なミスと、喋らない事からのコミュニケーションミスから徐々に綻びが大きくなり、他の試合は全敗となった。特に目も当てられないのが、HBとCTB。ミスがミスを呼び、チョイスミス、確認ミス。消極的な思考はイマジネーションを消していく。チームに暗雲がちこめた。
2011年08月06日
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泣きながら走った。5時には練習を始め、400mトラックを走ること22周。足が棒になり気力も失せる。でも走る。そして仲間から励まされる。先輩から激励される。でも、、その後はゴールドツアーをかけた班対抗のゲーム大会!そこでは笑顔!何故なら今日の午後はOFFになると知ったから!!こうなったら、打ち上げ花火のパラシュートを争奪戦。そして、ラグビーゴルフ!女子マネも天宮部も混成の班対抗リレー!各競技は点数が加算され、競技毎の勝利チームにはご褒美も出る。青森県産の牛肉を炭火でこんがり焼いたステーキも!!あれ、、、さっきの練習よりも走れているような、、、まぁいいか!!高校生の合宿にはこんな楽しみも必要なのである!!合宿中日のひとコマでありました。
2011年08月06日
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一年生WTBの、KとM。2年生FBのNと3年生FBのT。明らかな好敵手である。通常練習でも闘志丸出しで争っている。内々の試合では対面同士。この争いが人を伸ばす。「あなたなりに、、、」「自分を信じて、、」だけではなかなか難しいものだ。だからこそ、「あいつだけには負けたくない!」が大切。少子化、一人っ子が多い家庭生活では味わえない人生のスパイスがそこにある。さぁ!どっちも頑張れ!
2011年08月05日
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きっかけは一年生の言い訳と時間厳守違反。毎年のことだが、時間を守る習慣がついていない一年生。地球は自分を中心に回っていると勘違いしている一年生。理屈はすべて自分本位であり、時間を守らず、持ち物管理も甘い。全員ではないが、周囲の大人がかなり甘く接してきた痕跡が長期の合宿では浮き彫りになる。特に食事前と食事中は戦々恐々。時間が守れない部員もいれば、箸を持ったまま歩いてしまったり、箸をくわえたまま醤油をとる部員も。そこには厳しいペナルティーが科せられる。それは、起床時間の繰上げ。合宿になると睡眠時間が一番のご褒美。ところが、、今日は積もり積もって、3:30起床になってしまった。上級生は腹が立つものの、自分も通ってきた道故に歯痒い気持ちにもなる。もちろん大人もそれに付き合い、一緒に走る。3:30は暗かった。昨夜は12時過ぎまで顧問ミーティングを行ったから、睡眠は3時間。合宿の我々のスケジュール。朝起きてすぐに練習。午前練習は9:30に終わり、入浴して10:30にブランチ。11:30にはミーティングで、13:30には午後練習が開始。午後練習が17:30に終わり、入浴して19:15に夕食。20:30にミーティングをして、21:30からはマネージャーミーティング。22:30から顧問ミーティングを開始。翌日の予定を話し合い、試合のメンバーを決める。終わるのは23:30を過ぎる。これが私の一日。空いた時間にブログをアップする。故に3:30起床は辛い。でも、ここで妥協したりできない条件を出したら子どもは育たない。徹底すること。約束は良かれ悪かれ絶対に守る。実は、、一年生の粗相を一番ショックに思っているは顧問かもしれない!ともあれ、この日は5:00から400mトラックの一周走を22本。起床繰上げの張本人は途中で走りたくないとごね始めたが、先輩以下、全員で励ましたり叱咤激励したり。徐々に感情が高まって、泣き出す部員もいて抱き合いながら励ましあう部員も出てくる。素の感情があらわになってくる。最終22週目は、鼻水をたらしながら歓喜の雄叫びとともに走った。競技場内には音楽が鳴り響き演出効果もある。「やればできる。」「達成感はすばらしい。」これを体感した部員たち。そして、、予定通りに、午後のオフを伝えると喜びは最高潮。多くの部員が涙を流している。そう。元々この日の午後はお休みにするつもりだった。疲労の回復と睡眠時間の補填。午後は温泉に入って、昼寝して、夕食食べて。充電完了!明日から頑張ろうという意識も戻ってきた。明日からはいよいよ対外試合が始まる。こんなにきれいな芝生のグランドは滅多にない!さて、私も昼寝、、とはいかないから難しい。買出しと試合のスケジュール調整だ。
2011年08月05日
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八幡平の食事がグレードアップし続けている!!被災地から戻った我々は作業服を洗濯機に入れて、風呂に入った。なかやま荘の風呂は広くてサウナもついている。気分爽快で食事場所に向かう。部員たちも笑顔になっているところを見ると、釜石から我が家に戻ったような気分になるのは私だけではないようだ。夕食は一心不乱にかぶりつく。いつものように肉料理と鍋物が出ていて、ご飯は食べ放題。なにやら昨日はホワイトシチューが出て、ピザも出たらしい。なんとも進化を続けるなかやま荘の食事!!ブランチも展望レストランのような場所で、岩手山を見ながら。まったく、、ここはすばらしい。
2011年08月05日
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街のど真ん中にあって驚いた。公園だと聞いて耳を疑った。新日鐵釜石と海外チームが試合をして数千人が集まったという歴史に感激した。グランド脇でBBQをして文化の違いを感じた。練習をしていると、通りすがりの人々が寄ってきて、どこから来たのか、、どんなチームなのか、、熱心に質問をしてきた。そして、プレーの批評は辛口。マネにお菓子やアイスをくれた人もいた。上中島にある多目的グランド。多目的といっても、Hポールがあって立派な芝のラグビー場。思い出がいっぱい詰まったラグビー場。あるときはそこで歓喜の涙を流し、ある時は悔し涙が止まらなかった。居残り練習は車のライトを使用したこともある。そのラグビー場が、、、向かいにある団地の屋上から撮影した。いつも試合を撮影する場所だ。何とも寂しい気持ちになって、仮設住宅の中を歩いた。すると、小さな子どもたちが家から飛び出してきた。笑い声高らかに鬼ごっこだろうか走り回っている。ボーっと見ていて気持ちが変わった。うん、、いいじゃないか。子どもたちの笑顔は、仮設住宅のおかげ。ラグビー場は役に立っている。何故だか心から納得できた。いつの日にか、ここでまたラグビーができるように。そう願って後にした。
2011年08月04日
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二日目は嵐のようにはじまった。前日の夕食時間ギリギリに滑り込んだ一年生が風呂上りに髪の毛を乾かしていないことを先輩に指摘され、時間が足りなかったと言い訳を連発することから、「時間がないなら起床する時間を早くする!!」と私が雷を落とし、一年生の起床時間が5:30となった。これは、かねてから予定していたことだが、朝食を無しにして、簡素な手作り弁当をバスの中で食べるために、一年生の手も借りて、マネと私で弁当を作ることになっていた。5:30当然マネと私は米を炊く準備。全部で10kgの米をとぐのも一苦労。一年生は半数がおきてきた。ところが当事者の一年生がいくら待っても起きてこない。業を煮やした私が部屋に行くと、全員がスヤスヤと安眠状態。これに激怒。本人にも激怒したが、半数起きてきた一年生にも激怒。そして同室の上級生にも激怒。発展途上で成長過程で常識不足の一年生であればみんなでケアをするのが常識。いや、上級生だってそうやって成長してきたのだから。来た道なのだから。よって、八幡平に戻って5:00起床が4:00起床に早まることになった。(約束違反や時間が守れないと、起床時間を早めることは公言していた)その後は、米、海苔、米、海苔を敷いた海苔弁つくり。真ん中には梅干。脇には漬物。シンプルな日の丸海苔弁。人数分を積み込んで、早めに出発して市内を回った。バスの中はガヤガヤと昨日のことや合宿のことで賑わっていたが、被害の大きかった地域に入ると、静まり返った。そして、毎年釜石商工や釜石南と熱戦を繰り広げた多目的グランドは、仮設住宅が立ち並び、その形跡すら残っていなかった。(写真は次のアップで)あまりの状況に言葉を失った部員たち。そして、昨日のボランティア場所に向かい一生懸命活動をした。すると、家主の方が見えて「本当にありがとうございます。」と言葉をいただいた。全員が安堵した瞬間だった。様々な思いを胸に、釜石を後にした。
2011年08月04日
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クリタ工業の選手がホームグランドに来てくれた。それぞれアドバイスを受けた部員は嬉しそう。こんなプレゼントは嬉しいね!
2011年08月03日
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今回の釜石ボランティアは、トップナッチツーリストの片山さんが大活躍。先乗りをして、ボランティアセンターで交渉。そして、用具を買い集めて宿泊施設も準備。受け入れた後は、ボラセンと連絡をして全て滞りなく実行できた。なんと、そのボラセンのHPにその片山さんが載っていた。http://blog.canpan.info/kamaishi-vc/archive/119なんと!片山先生!?交渉をするなかで学校名を出していたから、相手の方が先生だと思い込んでいたらしい。まぁ、これもいい。ある意味先生以上の教育効果を生み出すのだから、先生としておこう。実際、合宿初日のミーティングでは、我がチームの組織図をかいて説明したが、監督直系は、HC(ヘッドコーチ)とマネージャーリーダーと片山さんだと説明した。それにしても、、、美味そうにメロンを食べる人だ。
2011年08月03日
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被災地でのボランティア作業は廃屋の整理と瓦礫の仕分け。津波被害にあった廃屋に入り、思い出の品を選定しながら瓦礫を仕分けする。具体的に言うと、家具などを外に出して、木、鉄、陶器などに仕分けて、重機がそれらをトラックに積み込み運びやすくする。そして、最終的には家を取り壊す解体作業も行う。マネは細かい小物や書類の仕分けを私と行った。判断が必要な作業なので慎重に行ったのだが、出てくるものは運転免許証やお手紙、日記、葬儀の記帳、家計簿、ローン返済一覧、茶道の道具や生け花の道具。内容確認をすると涙が出てくる。その家庭の状況や人となりが浮き彫りになってくる。果たして、この家主は無事なのか。そして、どこにいるのか。そんなことを全員考えていたと思う。数時間の作業の中で、宙を見つめる部員もいた。私は「さぁ、がんばろうぜ。」と声をかけると、ハッと我に返る。ぶち当たっていたに違いない。八幡平でボランティアメンバーを選出する際に子どもたちに言っておいたことがある。「きっと、膨大な仕事量に圧倒されて、ちっぽけな自分の努力が有用なのか、無意味なのかそんな疑問に全員がぶち当たると思うよ。でもね、小さな努力を無意味とすれば、大きな達成はなしえないんだ。一歩、一掴み、少しの努力の積み重ねが前身になるんだ。」作業後に聞いてみると、やはり全員それを考えていたらしい。作業後は釜石商工高校の港陵会館に戻り夕食の支度をする。厨房はガランとしている。思えば、ここ数年お邪魔をすると、ここに佐々木さんというオジサンがいて、遠征してきた我々50名の食事を一人で作ってくれた。60代半ばで、いつも白い帽子をかぶっていて、無骨な佐々木さんはお土産を渡すと「いつも、、ありがとうございます。」と深々とお辞儀をしたのを鮮明に覚えている。たった一人で、主食も副食も味噌汁も、、すべてを作ってくれていた。片付けもいつも一人だった。全てが終わると厨房の片隅でタバコをふかす。その、、佐々木さんは震災直後行方不明者リストに入っていると聞いた。そして最近になって、行方不明者リストから外れたらしい。思い出し、涙が出た。そして、一生懸命食事を作ってみた。米を炊き、缶詰を並べ、海苔を切り、漬物も切る。被災地に来て再び粗食にしてみた。言葉少なの食事になると思いきや、ボランティアで感じた思いを口々に話す部員たち。喋ることが苦手な部員たちが感情を言葉にしていた。食後は一年生が片づけをした。私も片づけが終わり、佐々木さんの定位置でタバコをふかして全体を見渡してみた。佐々木さんはこの充実感を感じていたのだと思ったら、また涙が出てきた。
2011年08月03日
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早朝出発して釜石へ。到着してすぐに唐丹(とうに)という場所で廃屋の片付け瓦礫仕分け。 これは…凄い。
2011年08月02日
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明日から釜石に向かう。人数は部員23名とマネ5名。引率教員が4名。八幡平の宿舎である、なかやま荘のマイクロバスを借りて移動する。セレクトされたメンバーはミーティングで緊張した面持ち。瓦礫の撤去作業を行うのだが、さて参加する部員はどんな感情を抱くのだろう。安全に戻ってきて、残った部員に語れる経験をしてくれることを祈る。
2011年08月01日
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