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2026年02月11日
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カテゴリ: 津軽八十八霊場
深浦港を望む崖上の集落に境内を構える寺院です。両隣りに​ 荘厳寺 ​・浄念寺という寺院があり、規模は小さいですが寺町のような風情が感じられます。
宝泉寺は晩鐘で有名な寺院です。明治初期の画家 蓑虫山人も宝泉寺を描いており、黒松に飾られた本堂が見事です。作品は現在、深浦町の風待館にてご覧になれます。
そんな郷土の寺院を参拝してみましょう!

2024.8.11
津軽八十八霊場六十九番札所:深浦山 宝泉寺


2024年の熱い夏の頃、二度目の参拝をしました。もう8月だというのに、まだ咲き残る紫陽花が寺門を飾ります。この年も雨が降らず大変だった覚えがあります。



門をくぐり右に向かうと十王堂と祠があります。祠には稲荷大神が祀られており、曹洞宗寺院ではよく見られる光景です。祭神はもしかすると荼枳尼天かもしれませんね。



十王堂の内部には彩色された十王像・地蔵尊像が収められています。



境内を見回してみましょう。一際大きな黒松が目を惹きます。樹齢はなんと500年にもなるんだとか。当寺院の名物みたいな感じですね。




黒松の老木の根元には、県内最古の芭蕉句碑が建ちます。詳しい説明は御由緒部分に記載しましたので、そちらをご覧ください。



鐘楼と本堂との間に、ひっそりと金毘羅堂が建っていました。この金毘羅堂には、和尚を守った蟹の伝説が残っているんです。これも↓で詳しく見てみたいと思います。



気に隠れて良く見えませんが本堂です。古めかしい外観をしていますが、木彫装飾は大変に見事でした参拝時には忘れずにご覧ください。



御由緒です。
深浦山 宝泉寺

曹洞宗 ​ 白花山常源寺 ​末寺
本尊:釈迦三尊

 西郡深浦町のほぼ中央、港の真向かいに猿鼻神公園がある。国道バイパス建設以前は、公園内の岩山をえぐったトンネルを通ったものだ。現在でもトンネルは保存され”深浦の顔”になっている。トンネルのそばまで波打ち際が迫り、宝泉寺は猿鼻神の裏山で黒松に囲まれていた。猿鼻神は宝泉寺の境内の一部なわけで、黒松越しに見下ろす日本海は”深浦十二景”の1つ。夕方、猿鼻神境内から響き渡る梵鐘の音が懐かしい・・・と語り継がれているが、戦時中の18年、軍部に献納されたのは惜しまれる。

 記録によれば、現在地で開山したのは天正2年(1574年)。それ以前は寺屋敷で庵寺だったらしい。弘前市の本寺​ 常源寺 や​ 長勝寺 とは親類同様の関係で、十七代海月潭玄和尚が途中で長勝寺の住職になり、十八代廉翁勇道和尚も長勝寺で長く修行した。開山当時から境内の一角に金毘羅堂があり、航海人の願いをかなえている。
 ところで金毘羅堂にはカニの彫刻がはめ込まれている。伝説によると、近くの沢にヘビが多く生息、僧の修行を邪魔していた。そこで修行僧たちが金毘羅さまにヘビが現れないように願掛けをした。すると満願の日、海からカニが出てきてヘビを追い払ったという。「宝泉寺をカニが守ってくれたことになる」ということで、今でも宝泉寺内にはカニを入れず、毛ガニの料理も食べない風習になっている。

 現在の本堂は約200年前に建立されたが、その間火災に見舞われ、安政2年(1855年)に改築している。しかし、玄関入り口の軒下には元禄時代の名残とみられるスイカと唐獅子の彫刻があった。「スイカは実、花、ツル一式が刻まれ、珍しいものです」という。
 玄関わきには樹齢500年の黒松が境内に君臨するようにそびえ、芭蕉塚があった。明和4年(1767年)深浦町の俳人 竹越里桂らが芭蕉の法要を兼ねて石碑を建てたもので「闇の夜や 巣をまどはして 啼く千鳥」という芭蕉の句が刻まれている。津軽地方で一番古い芭蕉塚ということで、町では “千鳥塚”と呼んで史跡に指定している。秋田・青森両県の俳句大会も石碑の前で催されている。
 また宝泉寺では毎月第二・第四日曜日、近くの住民が集まって座禅会が開かれている。

石川県の愛宕神社には大蛸が仏像を運んできたなんて伝説がありますが、宝泉寺の場合は大蟹が僧侶の助けとなったとする伝説が残っているみたいですね。やはり海の近くの神社・寺院には海の生き物にまつわる伝説が多いみたいですね。
宝泉寺の蟹伝説は、ふかうら風土記という書籍に載っています。その内容を↓に引用してみましょう。現在購入しようとしてもまず見つかりません。近場だと円覚寺の門前にある”かまど屋”に置いてありますので、読みたい方は行ってみましょう。
宝泉寺の蟹伝説
小野道一

 毎朝、和尚はお釈迦様に供げたご飯から取りよせた生飯を無縁仏・畜生道・餓鬼道の人たちを供養するために、宝泉寺の横を流れる沢に流していました。ご飯粒は沢を流れ流れ寺浜へ流れていきます。
 ある朝、和尚が朝早く鐘を打とうとして鐘楼堂に行くと、大きな蛇が鐘の下でとぐろを巻いていました。本堂で朝のお経を始めようとすると本堂の中まで入ってきます。庭そうじをしようとすると庭にいてじゃまをします。あげくのはてには、寺にお参りにきた人たちにも墓をぐるぐる巻きにしたり、行く手をじゃましたり、日を重ねるごとに蛇の悪さはひどくなっていきて、和尚も困ってしまいました。
 大きな蛇の悪さに困った和尚は、お釈迦様にお願いするしかないと思い、月の光が明るい晩に、本堂で一生懸命「般若心経」を唱えて拝んでいると、なにやらミシ・ミシ・ミシというすごい音が聞こえてきます。何ごとかと思い外をのぞいてみると、大きな蛇が、本堂にぐるぐる巻きついてしめつけているのです。本堂は左右にグラリグラリとゆれながらミシ・ミシと音をたててしめつけられます。もう駄目かと思いながらも一心に「般若心経」を唱え続けました。するとどこからともなくガサ・ガサ・ガサ・ガサという音がしだして、その音がだんだんと大きくなってくるのです。その時突然、ドシン・ドシンという音がしました。ドシン・ドシン・ガサ・ガサ、その度に本堂がぐらぐらゆれるのでした。和尚はなおも一生懸命に「般若心経」を唱え続けました。やがて、ぱたりと音がしなくなり静かになりました。
 夜が明けてきたので和尚が外をのぞいてみると、大きな大きな蛇が死んでいます。よくよく見てみると大きな蛇にはたくさんの蟹がかみついていて、死んだ蟹や、まだ生きている蟹が境内一面に、本当にたくさんいるのでした。どこまで蟹がいるのかたずね見てみると、沢から寺浜まで続いていました。いつも和尚に生飯をもらっている蟹たちが、和尚を助けてくれたのです。
 それからというもの宝泉寺では、四国の金毘羅様を分社していただき、寺を守ってくれた蟹を守護神として祭り、供養のため蟹を食べないことにしたのです。現在でも宝泉寺の境内にある金毘羅堂には蟹が彫刻されており、門内に蟹を入れることなく、食べることもなく、昔の伝説が生きています。(宝泉寺住職)
​ふかうら風土記 84.85ページ より引用

日々の行いによって救われるという流れは非常に仏教説話味がありますよね。
仏教説話では良く蛇が悪役になっています。大陸ではヴリトラやナーガなどの蛇神が存在しますが、これは仏教が生まれる以前から存在する古い神格だとされています。そうした土着の古い神格が、布教の過程で仏教が取り込み、そうした影響が日本にまで及んでいると思うと感慨深いものがあります。

本堂の木彫装飾を見てみましょう。虹梁の牡丹?も見事ですが、蟇股のスイカの装飾が面白いですよね。まず他の寺院では見ませんよね。説明通り花や蔓・葉までリアルに表現されており、非常に見ごたえがありました



入口には山号額。地名を冠する山号です。







本尊です。



斜めから。
深浦の風土を形作ってきた古刹でした。今でも夕方に鐘を撞いているかは不明なんですが、深浦の素晴らしい夕景と共に、素晴らしい撞鐘の音を味わってみたいもんです。海辺にて酒を飲みながら夕日を拝み、遠くから撞鐘の音が聞こえてくる・・・。なんて素晴らしいんでしょう・・・!深浦の名物とも言える風景がそこにあります。




みほとけの ちかいをてにしふかうらの ひとのこころに つきかげぞすむ

本尊:釈迦如来 शाक्यमुनि

以前貰った御朱印です。



以上です。

次の記事
・七十番札所:岩崎山 龍王寺 津軽の西浜守りし武将が眠る寺院

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最終更新日  2026年02月18日 22時14分20秒
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