PR
カレンダー
キーワードサーチ
サイド自由欄
カテゴリ
コメント新着













平町八坂神社
祭神:素戔嗚神
村社、平町揚土台 県社 子鎌倉神社の西方に在り。祭神は素萎鳴等。
人皇四十三代光明天皇の御宇(1336~1348年)勧請すと伝う。往古 山部神社と称し、後に牛頭天王と呼び、更に八坂神社と改む。内郷村・御厩・小島・御台境の三大字を氏子とする。
初め大館に鎮座し、岩城初代維衝の父 平隆行(成衡)崇敬厚く、大館城を築くにあたり、城中鎮守となす。後物見岡・赤目崎に遷し、慶長年間(1596~1615年)鳥居氏の築城に際し、現地に移せり。岩城氏以後、鳥居氏・内藤氏・井上氏・安藤氏等の各領主何れも崇敬厚く、證判を附せらる。









参考資料の引用:国書刊行会 「石城郡郷土大鑑 : 磐城郷土史博物館」
・101.102ページ
縣社 子鎌倉神社
平町宇揚土台に鎮座。延喜式の官社にして、祭神は稲倉魂命なり。明治五年由緒に富めるを以て縣社に昇格す。
古は磐城四郡の總鎮守と称し、岩城氏累代崇敬尤も厚く、千餘貫文の神田を寄附せらる。是より先醍醐天皇延喜五年、左大臣藤原忠平延喜式を撰す。此式に列する神社は皆延喜以前に創始せられたるものにして、其の古社としての由緒を有することは言を俟さざる所なり。
我が磐城園式内神社に列するもの七社あり、本社亦其の一に居る。又平城三社の一と稱す。本社は古來櫻町の高所に在り、北方の眺望无も富めりとせしが、鳥居氏一たび新城を築くに方り、士邸を此高所に置き、社地を兼併して祠宇を顧みず、頗る神威を犯すの嫌なきに非す。幾くもなく鳥居氏政を失し、封を山形に移され、内藤氏之に代る。前後領主轉封に際し、其の士邸内に在る祀字の尊厳を知らず、荒廃に委するもの久しかりしが、内藤氏一旦其の非を悟るや、有司に命じて本社の遺址を探査せしめ、茲に揚土台の地を相して神廟を新築す。適々天保二年二月、火を失し、神殿・拝殿・神楽殿共に鳥有に帰す。嘉永六年五月之を改築す、今の社殿是也。境内坪數千四百九十三坪を有し、一堆の丘上に據り、平町を脚下に俯瞰すべし。樹林鬱葱さして社殿を繞り、櫻花爛發の際は、頗る殷販を極む。祭禮は毎年五月八日とし、神輿渡御の式あり。明治三十九年十二月廿一日、勅令に依り、神饌幣帛料供進する神社に指定せらる。
いわき市:大國魂神社 大国主神祀るいわ… 2026年05月14日
いわき市:佐麻久嶺神社 素戔嗚神の御子… 2026年05月11日
いわき市:住吉神社 東北1社の式内住吉神… 2026年05月09日