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東方山 如来院 薬王寺
浄土宗 光明山無量院誓願寺 末寺
開山:良常大円和尚?
本尊:阿弥陀三尊
五所川原市の十川を上流へ約8㎞行くと、北郡板柳町五林平地区。この地区は板柳本町から約2㎞離れているが、五所川原市をはじめ鶴田町、南郡浪岡町までいずれも8㎞ほどの等距離にある。その起点ともなるのが浄土宗の東方山薬王寺。津軽、南部を襲った天明の大飢饉のとき開山されたといわれるが、そうすると開山年代は今から約200年前の天明3年(1783年)ということになろうか。しかし庵を構えたのはそれより以前とされており、延享4年(1747年)以降、火災で全山を焼失したと伝えられている。このころは近くの岩木川がたびたび大洪水を引き起こし、 多くの人が水にのまれたといわれ、そもそもは供養のため勧請した寺院だったのだろうか。それを裏付ける過去帳などの記録はいっさいなく、今となっては知るよしもないという。
当時は「薬王庵」と称したが、開基和尚と目される良常大円和尚が檀家を頼って天明元年(1781年)からの新たな過去帳を作成、現在まで伝わっている。弘前市 誓願寺 の末寺といわれ、明治6年(1873年)に寺号を「薬王寺」とし、昭和5年(1930年)に本堂を再建立、庫裏は最近新築したばかり。本尊は阿弥陀如来。本堂は寺院建築特有のマス組みを施した総ヒバ材の彫刻仕上げだが、再建時はこれで精いっぱいだったともいう。「火災に遭っていることと戦時中は梵鐘はじめロウソク立てのはてまで没収され、これといって古くから伝わっているものは何もない。だから本尊はじめ新しいものばかり・・・・」と話す蔵沢住職。
ただ、寺宝に珍しい「金毘羅大権現」がある。由来は不明だが、相当古いものらしく、最近まで境内の片すみにあるお堂にまつられていた。海神で雲と波に乗っている2種があるといわれ、薬王寺のそれは前者。形は一寸たらずで極めて小さな神様である。また昔は県内各地の信徒らが、のぼりを立てて祈願に来たといい、今でも大切に保存されているのぼりの1つには嘉永6年(1853年)の年号が記され、施主は青森市上米町の今村屋喜代松となっている。
明治ごろまでの話であるが、宵宮のときは青森、弘前方面から何1,000人もの人が詰めかけ、夜店が村はずれまで並んだものだったとか。 地区をはじめ県内では古くから宵宮が開かれた寺院として知られている。
寺に伝わる「津軽霊場八十八ヵ所御詠歌御霊」は貴重で、地区の信徒、故斎藤重太郎という人がこれをよすがとして88ヵ寺を訪ね歩いたという。77歲の厄年を機会に10年がかりで全部の祈願を終えた。この記念にと「津軽八十八カ所霊場納経」を作り、同時に感謝のしるしとして自費で製作した金毘羅権現ののぼりを寄進している。先代の住職がしたためた御詠歌かどうかは知らないが、先の御詠歌集には「へだてなき よのつみはふかくとも あらわれてすくう なむこんぴらさん」と記載されている。







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