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光明山 髙雲寺
曹洞宗 鳩峰山報恩寺末寺
開山:報恩寺四代 養山玄想大和尚
開基:木村杢之助秀勝
本尊:釈迦三尊
光明山 高雲寺は青森県三戸郡五戸町愛宕後に境内を構えている曹洞宗の寺院です。高雲寺の創建は慶長2年(1597年)、木村杢之助秀勝により開かれたのが始まりとされます。
秀勝は文禄4年(1595年)に三戸城(三戸町)の城主 南部二十六代信直の命で五戸館を築き城下町を整備した際、木村家の菩提寺として高雲寺を創建したと思われます。
慶長20年(1615年)に一国一城令が発令されると五戸館は廃城になりますが、変わって五戸代官所が設けられ、木村家は歴代代官を歴任し高雲寺も庇護されました。
高雲寺の堂宇、境内共に当地域では格式が高く、山門は向こう唐門、銅板葺、一間一戸、懸魚、木鼻、欄間部には精緻な彫刻が施されています。本堂は入母屋、銅板葺、平入、正面1間軒唐破風向拝付、外壁は真壁造、白漆喰仕上げ、入り口左右に華頭窓付、向拝懸魚と欄間には龍、木鼻には獏と獅子の精緻な彫刻が施されています。
又、明治3年(1870年)に会津藩の後継藩である斗南藩の藩庁が五戸代官所に設置された関係で旧会津藩の墓碑も多く境内には会津藩の家老だった内藤介右衛門(鶴ヶ城攻防戦では三の丸で指揮、斗南藩廃藩後は五戸町に移り住む。戒名「英烈寺殿信雄良節居士」)や会津藩士だった倉沢平治右衛門(斗南藩小参事、五戸町に移住、戒名「曹源院範岳儒翁居士」)などがあります。
開基となった木村杢助秀勝の墓や五戸代官所に勤めた圓子家歴代の墓が建立されています。





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