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2026年04月29日
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小雨降りしきる五戸の町を、一人歩いております。五戸も南部の他の町同様、もとは城下町であり、現在は城跡に図書館が建てられています。夏も終わりに近づくころ、この舘跡を中心として三社大祭のような秋祭りが開催され、展開式の山車が広場に集合します。
五戸は五戸南部氏が治めた・・・訳ではなく、三戸氏庶流の南氏が統括していた様です。南部二十六代信直公の代には、木村杢之助秀勝という代官が派遣され、統治を任せられたのです。今回紹介する髙雲寺は、その菩提寺です。

2024.8.31
光明山 髙雲寺


城下町の風情が残る細路地の寺町、その一画に髙雲寺は境内を構えています。



参道の先に建つ山門は最高の木彫装飾で飾られています。所々に九曜紋の装飾がありますが、これは南部氏が使用した家紋の1つとされています。



装飾を近くで見てみましょう。草花の装飾も多いんですが・・・



このように麒麟など瑞獣の図像も多いんです。



門を過ぎると広い庭園があり、その先に本堂が置かれています。



本堂の前には聖観音の石像も。







光明山 髙雲寺

曹洞宗 鳩峰山報恩寺末寺
開山:報恩寺四代 養山玄想大和尚
開基:木村杢之助秀勝
本尊:釈迦三尊

 光明山 高雲寺は青森県三戸郡五戸町愛宕後に境内を構えている曹洞宗の寺院です。高雲寺の創建は慶長2年(1597年)、木村杢之助秀勝により開かれたのが始まりとされます。
 秀勝は文禄4年(1595年)に三戸城(三戸町)の城主 南部二十六代信直の命で五戸館を築き城下町を整備した際、木村家の菩提寺として高雲寺を創建したと思われます。
 慶長20年(1615年)に一国一城令が発令されると五戸館は廃城になりますが、変わって五戸代官所が設けられ、木村家は歴代代官を歴任し高雲寺も庇護されました。
 高雲寺の堂宇、境内共に当地域では格式が高く、山門は向こう唐門、銅板葺、一間一戸、懸魚、木鼻、欄間部には精緻な彫刻が施されています。本堂は入母屋、銅板葺、平入、正面1間軒唐破風向拝付、外壁は真壁造、白漆喰仕上げ、入り口左右に華頭窓付、向拝懸魚と欄間には龍、木鼻には獏と獅子の精緻な彫刻が施されています。
 又、明治3年(1870年)に会津藩の後継藩である斗南藩の藩庁が五戸代官所に設置された関係で旧会津藩の墓碑も多く境内には会津藩の家老だった内藤介右衛門(鶴ヶ城攻防戦では三の丸で指揮、斗南藩廃藩後は五戸町に移り住む。戒名「英烈寺殿信雄良節居士」)や会津藩士だった倉沢平治右衛門(斗南藩小参事、五戸町に移住、戒名「曹源院範岳儒翁居士」)などがあります。
 開基となった木村杢助秀勝の墓や五戸代官所に勤めた圓子家歴代の墓が建立されています。

五百羅漢で名高い盛岡の報恩寺の末寺です。17世紀以来、五戸の行政と深く関わってきた寺院で、五戸代官 木村家はもとより、会津藩の後継 斗南藩士の墓なども多くあるようです。

それでは本堂の木彫装飾を見ていきましょう。
まずはこの時点でかなり見とれてしまうんですが、これだけじゃありません。
正面の蟇股には怒り狂う三頭の龍、何れも身をくねらせて暴れまわっている様に見えます。懸魚も龍と観音という面白い造詣です。木鼻の獅子・象共に、他の寺院とは一線を画す素晴らしさです。是非とも直にご覧になってください



近くで見てみましょう。少し傾げた首が躍動感を生んでいます。



本堂の壁面にも天女の図像が刻まれていて、何とも風雅です。



山号額です。



斜めから。
地方ではこれほどまでに気合の入った木彫装飾に巡り合うのは本当に稀で、小雨の中とは言え見とれてたたずんでしまいました。南部随一の本堂を是非ともご覧ください



以上です。






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最終更新日  2026年04月29日 13時36分27秒
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