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2022.12.12
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ぎ人という資格証(のちに技芸師)が必要でした。

相撲界も同じで、明治初期には裸とちょん髷は野蛮的だ
という風潮を流し、
新規力士の鑑札を認めず、正業に就かせなさいという意
見まで飛び交っていたようです。

ところが明治11年、初代梅ケ谷藤太郎が大関になった
頃には1月、5月の2場所制になったものの野天小屋ゆ
え雨が降れば中止されるという始末でした。


 明治42年に国技館が開かれ設立委員長の板垣退助が
開館の挨拶を行ったとあります。

それでも末期に活躍した太刀峯右衛門以降、目だった力
士が出ず、昭和の初めには幕内力士の分離独立騒ぎもあ
りました。


この危機を救ったのが35代横綱双葉山で、昭和11年
から14年にかけての69連勝、
優勝決定戦の日は会社・官庁も休業状態だったというこ
とでした。


戦争で再び下火になりまつつも次第に昔日の隆盛に戻っ
ていた矢先、昭和32年、

国会で相撲協会の非公益性が問題視され、出羽海親方の
切腹騒ぎもありました。


この折、事態収拾に活躍したのが双葉山(時津風)で、
思い切った改革を図り、
協会の安泰に寄与、33年から6場所制を定着させまし
た。


 こうして歴史を振り返ってみると相撲協会はいろん
障害を乗り越えてきていますね。





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Last updated  2022.12.12 07:50:40
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