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2024.11.12
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カテゴリ: カテゴリ未分類

井沢元彦著『 歴史不思議物語』 を参考に、戦国武将の
英傑・織田信長のアイディアをご披露。

 戦国時代の兵は9割が領内の農民兵で占められていた
ので、
武田信玄や上杉謙信と謂えど農繁期には兵力を本
国に戻す必要性がありました。

        *
ならば年がら年じゅう戦のできるよう専門の兵隊を作れ
ば良い
という風に信長は考えたようです。その表れが鉄
砲重視とも言えそうです。

        *
長篠の合戦では千梃もの鉄砲を使ったとされていますが、
1梃5万石とすれば、5千石、5千人を1年間養え得る
価額と言えます。
兎に角、金がかかります。そこで目をつけたのが商業政
策でした。
        *
楽市・楽座を推奨、商人に稼がせた売上金を一旦回収し、
再分配するという方法を採りました。

 国会議員の条件には「地盤、看板、カバン」と言われ
ていますが、まさにその通り。

信長には尾張という地盤があり、再興させた将軍(足利
義昭)という看板、
商業で吸い上げた金というカバンが
あったのでした。

        *
本拠地の尾張から、
美濃、近江と経済基盤を拡大していったのです。
恰も植
民地政策的には、
領地全体を取りに行ったポルトガルやスペインと異なり、

商業都市を抑え管理し稼ぐイギリス型と同じ考えに徹し
たのでした。





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Last updated  2024.11.12 08:38:37
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