2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全10件 (10件中 1-10件目)
1
昨日はバイトデー。平日の喫茶はそう忙しくはないが・・・昨日は祝日。夫が仕事で家にいなかったので子ども達は家でお留守番。前日から子どもは明日のお留守番のことを思うと嬉しさをかくしきれなかった。「おかあさん、明日は何時に家を出るの?」「ん~お願いして遅くいこうかな・・・」と私。「そんなぁ!おれら、大丈夫だから!朝早くから行ってもいいよ!」「そうねぇ・・・次男は風邪気味だし、長男はまた頭痛があるとこまるしね・・・」「おれ、見てるから大丈夫!!」2人で同時に叫ぶなよ・・・・おまえら、ザ・タッチか・・・とにかく前日から母不在、ゲームしたい放題の奴らには心はずむ思いだったようだ。いつもは喫茶の若奥様と2人で十分なのだが、いつものベテランお姉様Yさんがきてくれた。Yさんは平日はパートつとめ。土日は若奥様のお友達としてお手伝いをしている。本当にバイタリティーある。すばらしいのひとこと。だんなさんは手の足りないときにはお皿洗いなどのお手伝いをする。エプロンをつけて給仕をするがアットホームな感じがなかなかよい。「みましたよ、hossy! hossyのことでしょ?」いつもは下の名前でさん付けなのに・・・・?hossyってまさか・・・・ば、ばれた?口をあけて硬直している私。「僕じゃなくて奥さんがみつけたんだけどね!」ぬ、ぬわにぃ・・・?「お店の名前と芋煮会で検索してみたの~」「・・・・・」「掲示板に書き込みしてたでしょ?」私のよくさんかしている掲示板はともだちのところだった。ほっ・・・・どうやらここではないらしい。心臓バクバクものだった。一瞬、私の頭の中は・・・・ここのくだらないブログの内容を検索しまくっていた。なんか。。。。自分、まずいこと書いてなかったか・・・・・?どうやら、ここではないと確信したあたりから私の口はいつものように動き出した。ほっ・・・読まれて困るようなっものを書くなって?!バカはさんざんばれているけどねぇ・・・ここで書いているようなことはすでに口にしているか・・・・でも賢い人達だから・・・あえてここをしらないふりしているのかもね・・・ま、いっか~そして昨日から私の愛称はhossyとなった。どこに行っても同じ扱いだ。勝手にそう呼ばれていくから不思議だ。「そう呼んでね!」って頼んでいるわけはないが皆口を揃えてhossyと呼ぶ。名字に関するものだが・・・家族ではだれもそんな呼ばれ方をしないのに。不思議だなぁ。昨日はいつもの平日とは違う忙しさ。と言ってもお待ちいただくほどでもなく割とスムーズだった。特に私の口が・・・あいかわらずのもたつき仕事ぶりだがなんとか1日をおえた。ふーっ。子どもたちには朝に課題をあたえておいた。そうそう帰る前に電話だ。「おかあさん、今から帰るよ~できているかな?」「・・・」次男、その反応はまさか・・・・「できてなかったら、どうなるかわかってるよね?!」連帯責任で、長男には次男にやるように促せと言ってあった。できなければ今度から、お留守番の時にはお母さんがゲームを持って出かける!ありえんことだが・・・優しい母は買い物して時間をあたえてあげよう!1日、家には近所の子達がチャンスとばかりにやってきていたらしい。鬼婆いないのか~そんな感じだろ。夕方、次男は必死でがんばったのだろう。課題は終わっていた。よしとしよう。今朝は起きたら9時だった。身体が筋肉痛。夫がお泊まりでいなかったので、これまた気がゆるんだのか?!そんなに緊張してるのかよ!って、つっこみありそうだが・・・さて・・・寝坊してだせなかったゴミ。ど~っすっかな・・・・さっき長男から聞かれた。「典型って、どういう意味?」「これがぐうたら主婦の典型だ!」長男よ!よ~く理解できたであろう。収穫ひとつあり・・・・?!
2007年11月24日
コメント(3)
昨日いつもの接骨院に向かうために車を走らせていた。車のすりかえは減速しないと走れないような道を走っていた。左横は用水路。すると前方に赤い車が道からはみ出て止まっていた。後ろからも車は来ていたのだがとりあえず降りてみると・・・なんと顔見知りの人。小学校でみかける保護者。「どうしたのぉ?」「車、はまっちゃってでないの~。」ちょうどどっかのおじさんも車から降りていた。もう押すしかないよねぇ・・・ってことでおじさんと車の前を押す。しかし地盤がぬかるんでいて沈みそう・・・ちなみに、おじさんは草履。私も近所の接骨院とあってサンダル。運転するには違反なんだけどね~せ~のっ!!そう言えば・・・わたし、今から接骨院だったわ思ったよりも足は痛くないのだが足場が悪い。1回目。ウィーンって車は滑り泥だけ跳ね上がる。もうかかってるけど、なんでもいいから上がってよ~っ!!ラッキーなことにけが人の私と年寄りで車はぬかるみから脱出できた。やったー!!私よりもおじさん、かなり足下汚れてしまった。車を落とした本人はおじさんにティッシュを渡したり、名前を聞き出そうとしていた。なんだか、天気もあやしくなりポツポツきたため私は何も声をかけずに去ってしまった。早く接骨院に行って順番もとりたかったし・・・さすがに押したときに腕と胸に力がはいりすぎて筋肉痛のようになった。すぐに治ったが・・・運転中、空をみあげると虹がでていた。ああ~なんか気分、いいなぁ・・・勝手に自己満足。自分も助けてもらったら嬉しい。車も人も無傷でよかった。用水路のほうをさけるためにハンドルを反対にきったのか・・・事情はきいていないから謎。そして夕方・・・肘の下の方が痛いのに気がついた。ん?!あのとき・・・・そう、車を押したとき・・・・ではない。朝のゴミ出しに急いでいて閉めた車のドアにぶつけていたのだった。自分の腕が残っているのにドアを勢いよく閉めたおばか!痛いこともあったが良いことしたってことでプラスだと思いたい。本当に痛いのは・・・・冬用のタイヤを購入しなければいけないってこと・・・それが何よりも痛い私なのであった。
2007年11月21日
コメント(4)
日曜日の夕方にテニス仲間、看護師Tさんからメール。「明日は忙しい?ランチしませんか?」はいはい~。断る理由はない。最近、テニスを一緒にする機会が減ってしまってなかなか会えない人。といっても1カ月半前にランチしたっけ~?「ねぇ。Tさんからランチ誘われたんだけど、どこがいいかね?」なんて夫に相談して、良い身分だよなぁ・・・夫は睡眠時無呼吸症候群の検査入院のときにTさんの勤務する病院に世話になった。なんとTさん、わざわざ挨拶しに来てくれたらしい。「いつも奥さんにはお世話になってます~。」初対面の相手である夫がパジャマ姿というのも複雑だ。私の話から聞くと、どんなにでかい人なのかと想像していたが意外に小さい人ね!って感想だった。まあ、私の話しがいかにひどいかってことか?!とにかく夫とTさんは顔見知りの間柄。「○○でも行ってきたら?」と夫。夫の行きつけの飲み屋さんなのだが昼間のランチも評判良し。「あ~。あそこ、前にTさんと行ったよ。」「え?!いつの間に・・・」そう、あのときは言わなかったのだ。前に夫がランチがいいって言ってたのを聞いていて私が誘ったのだ。夫、こいつはちょくちょく行ってやがるな?!疑惑のまなざし・・・・「たまたまだよ~~~」嘘バレバレ~そして昨日の朝。6時に目覚ましがなる。夫が起きる。そして私を起こす。そしていつもなら私を起こしている声で長男が一番に寝室をでていく。その後、夫が出ていって・・・起きられない私が、更に起きられない次男を起こす。目覚ましが鳴って10分コース。ところが昨日は・・・私を起こしていても長男が起きない。私がしぶしぶ起きて長男を起こすと。。。。ヘンだ!!呻いている。いつもなら寝起きが良いのに・・・涙を流して泣いている。「どうしたの!!長男!」はっきり話さず訳分からなく泣いている感じ。「はっきり話せよ!!」夫は起きるのがイヤで泣いていると思っている。「ヘンだよ~!救急車呼ぶ?」と私。「頭がいたい・・・・」さわると少し熱いか・・・?!熱があがるのかも・・・・長男は一ヶ月前に学校で倒れて、その後いろいろ検査をした。普段の頭痛なら見逃すが少し心配。そのまま目が届くようにリビングで寝かせて様子をみていた。また痙攣なんかおこしやしないかとビクビク。。。熱はそんなにない。今からあがるのかなぁ・・・学校に休むことを連絡して様子をみていた。Tさんにランチの断りをしなきゃ。ってことでメール。「またの機会にね。気になる頭痛だから病院で診てもらった方がいいね。」そうですか・・・今までかかりつけの小児科がなくて前回倒れたときに世話になった先生は月曜日の午後しかでていない。ある意味、ちょうどいいタイミングだ。優しいドクターで私も長男もファンになった。もし、また倒れたらその先生にみてもらうつもりでいた。隣町でいくつもの病院を通り越して小児科に行った。前回に頭の中も脳波もみているので心配はないとのことだった。「頭痛があるのはねぇ・・ちょっと身体がつかれてるのかもね。」そう言われるとホッとするものである。「はい、これでいいですよ。バイバイ~」せんせい・・・・バイバイ?!長男は照れつつ頭を下げながら、つられて「バイ・・・バイ・・・」と言っていた。頓服と葛根湯をもらって帰ってきた。「俺・・・明日も頭痛かったらどうしよう。。。」「先生、大丈夫っていってたじゃない!大丈夫だよ!!心配したらだめだよ!病は気からって言うでしょ!」「うーん・・・そ・・・そっかぁ。」と言いつつも私も少々心配。今朝は不燃物のゴミ当番で朝の6時にはいかなくてはならなかった。こんなものよね・・・夫の話によれば普通に起きてごはんを食べたらしい。ほっ、よかった。息子は薬が効いていると思っているようで持って学校に行った。葛根湯しか飲んでいないけど。多分、飲まなくても大丈夫そうだ。やはり。。。。私のランチ計画を阻止したかったのかしら?そうとしか思えない。ま、たいしたことなさそうでよかったが・・・さらにあのドクターのファンになってしまったこれから世話になる機会がないことを祈りつつ何かの時にはお願いね!って感じだ。今度のランチ・・・・家族には内緒にしておこう
2007年11月20日
コメント(3)
捻挫の治療をはじめて2週間がすぎた。午前、午後、夕方・・・いろいろ時間帯を変えて行ってみたが比較的暇そうなのがお昼ちょっと前。3人の先生、それぞれに包帯をかえてもらった。治療といっても電気をかけて包帯を巻くくらいのものだ。何度も足を運んでいると先生達と会話もある。他の人との会話だってイヤでも耳にはいる。いつも思うのだが・・・おばさま、多くね?!一度、私ひとりになったときがあって同年代の先生(假屋崎似)に言ってみた。「いつも思うんですけど・・・ここって、おばさま達、多くないですか?」「そうそう!多いと思う!」假屋崎ノリノリで答える。「先生達、ホストみたいなもん?」「下は2歳から上は何歳まででも会話はあわせる自信あるよ~。」たしかに話しのノリはよい。昼間からエロネタ全開。「暗い時はなんだけど、お日さまがでているうちはいいんですって~。」ああ・・・そうねぇ・・・たしかにいやらしさはない。テンポもよく、ところどころ笑わせる。おばさま達の嬉しそうな顔。若い先生からのマッサージは至福の時なんだろうか・・・「先生、私、今日でおわりです。今まで、ありがとうございました。」60代くらいの奥様がご丁寧に先生ひとりひとり挨拶をしていた。驚いたのがその時の返事。「はい~。また雪で滑ってけがしてきてください~。」とか・・・「はい~。またおまちしてます~。」最初に聞いたときは驚いた。言われた本人達は・・・「ほほほ~」愛ある挨拶なんだろうか・・・「今度は骨折できてくださいよ~。」私にまで言うか?「やだよ!!」すかさず答える。一番えらい先生に影響されているんだろうなぁ・・・やはり20代のにきび青年はまだそんなに汚染されていない。爽やかさもある。数年後には假屋崎似くらいになって・・・・その数年後には・・・「怪我することを祈っております~。」それを挨拶とする人になってしまうのか・・・・しかし患者がたえないところだ。陰では・・・「お客さん」ってよんでるんだろう・・・いや、実際にも言っているか・・・・通院して2週間くらいたったころに「私もよくなりました!もうこの辺で終了としてください。」言ってみた。もともと何年も痛い足で完全に治るとは思っていない。捻挫をする前の状態にはもどっているために言ってみた。「え?!まだ腫れているじゃないですか?!」「ああ・・・でももともとこんな感じですから。」と私。「でも、まだでしょう・・・もう少しかかるねぇ。」そうか・・・・もうテニスも週1でしてるんだけどね。それも良くないのだろう。「運動はすすめないけど、それをきめるのはhossyさんだよ。」まあね~「運動しながら、たまに来ます~。」そう逃げた。若いときのように治りだって早くないし、この先歩けなくなっても困るのは自分だ。だから今回はしっかり治療しようと思ったのだ。寒くなったとたんに、また足が痛み出した。金曜日の立ち仕事、土日に接骨院に行かなかったため一気に悪化したのか?包帯をはずしたので無理したのか・・・もう1週間くらい通うか・・・重症のおばさま達は肩、腰、足とマッサージをうけると1時間は楽にかかるであろう。バックミュージックはド演歌。そこに馴染みつつある自分にとまどう。まだそこにいるべきではない。 ← 一番馴染んでる?!そのためにもしっかり治しておこう。ってきがついたら10年経っていた、なんてことになったりして。今日も、ホストくずれの接骨院にいってきますか・・・かかとガサガサの潤いない足をみせるのもいやなのだが。痛いときにはしょうがない。痛くなければみせることもないところだが・・・かかとで大根おろせそうだ。おばさま達より枯れているのは・・・自分かもしれない。だって・・・・おっさんだもの・・・・?!
2007年11月14日
コメント(5)

日曜日は長男の算盤検定の日であった。長男、幼稚園の時から習っている。最初は30級?!今6年目・・・・本人には言わないが、今頃1級もっていていてもいいくらいだ。それはやる気のある子のはなしだ・・・なんとなく惰性できてしまって今さら引くに引けない状況といったところか・・・ものすごーくマイペースなので前回やっと3級合格。4回目でやっと・・・「練習の時はいつも合格なんですけどねぇ・・・」算盤塾の先生は申し訳なさそうに言った。あ、別にいいです・・・先生を責める気持はこれっぽっちもありませんから~さすがに3回も落ちたら、次にはがんばれ!なんて言えなかった。3回目には「3度目の正直だよ!」なんて言っていたが・・・2度あることは3度ある~となってしまった。慰める言葉もなかった。本人はいつも自信があったようでなおさらだ。検定はいつも日曜日の朝9時からはじまる。いつもは学校が終わって夕方の練習。きっと頭がまだ寝てるのでは?!とにかく会場まで慌ただしく出掛けていた。そして今回2級なので時間が少し遅くなり朝から少し余裕があった。私が起きる頃にはゲームで指先特訓終了~ 朝5時から起きていれば余裕であろう。ご飯の支度をしていると・・・「おれ、ちょっと算盤の練習するわ。」どうしちゃったの?!数分後、長男はもどってきた。どうやら見取り算だけ練習したらしい。ふっ。ま、やろうとしただけほめてやろう。1時間ちがうと何とよゆうのあることか・・・私が家事やら身支度をととのえている間・・・長男は指先のウォーミングアップをしていた。これだ・・・おりがみで何やら作りだした。。。こ、これは・・・・?!「できた~っ!!」「ほら~ ハテナマーク!!」な、なぜ・・・分からないってことかい・・・・「これで指先もつかったしね~。」長男よ・・・自信ありありなの・・・?どっち?その後、車に乗り込み会場に向かった。朝早く起き、ゲームをし、ほんのちょっと練習をし、指先をつかった長男。後ろに乗っている長男に話しかける。ん?!聞こえないの?ミラーで確認すると・・・長男爆睡っ!!駐車場に着いて起こしたものの・・・ボーーーーーーッ寝ぼけまなこで長男は車からおりて会場まで歩いた。朝のウォーミングアップ、なんだったのか・・・?!さすが我が息子って感じだ。まったく・・・笑わせてくれるぜ~結果は今週中にわかる・・・はず?!そのことにはふれない親子なのであった。チャンチャン♪
2007年11月13日
コメント(3)

続 オールウェイズ3丁目の夕日・・・・「みてえ~っ!!」宣伝をしているテレビを見ていて小5の息子が叫ぶ。「いいなぁ・・・お母さんは昭和知っていて。」そ、そう・・・・?!「お母さんは団塊の世代?」ち、ちがうわいっ!!「ああ~っ、昭和の香りがする~~~っ!」あんた・・・昭和、知ってるのかい?前からヘンな息子だとは知っていたが・・・・最近ますます拍車がかかっているような気がする。見た目には昭和の子って感じ。のび太にそっくり。ドラえもんがいないのは残念だ。そんな息子が図書館で借りてきた漫画。 まんがみち プロゴルファー猿 まあ、最新のものはおいてないから仕方ないが・・・最近、銀河鉄道999にもはまっている。そして息子の願いは・・・・「8時だよ!全員集合をテレビでみたいっ!!おかあさんはずるいっ!!子どもの頃に見てたんでしょ?」ええ・・・見てましたとも・・・「大爆笑だったよ~」ちょっと意地悪か、私?「いいなぁ・・・・昭和は・・・」平成もいいと思うが・・・・なんだかヘンな子だ。そんな息子には内緒だが・・・・世の中にこんなものが売っているがヤツは知らない。レンタルあるか?これなら家族全員で楽しめそうだ。「お父さんはいいな~ 平成を知っていて・・・」いつか息子もそんなことを言われるのであろうか・・・・そもそも息子に子どもができるなんて考えられない。漫画が恋人~そんな気がする。生まれる時代を間違えたのか・・・・今度はちゃぶ台返しをやってみたいという・・・・ちゃんと自分でかたずけ~よ!!ちゃぶ台ないけどね。
2007年11月12日
コメント(2)
昨日本屋に寄った。トイレしたくなったのでトイレに行った。そこのトイレはけっこう贅沢につくってある。和式、様式ひとつずつあるのだが、どちらも広々。普段は様式派の私。でも昨日は強い尿意をもよおしていて思考回路がおかしかったのか・・・たまたまそこから出てきた人と入れ替わるようにはいってしまった。普通は人のいない方に行くかもしれない。そんなことを考える余裕がなかった。入ったのは和式。でも、そんなのかんけ~ねぇ!!それくらい切羽つまっていた。ジーンズのジッパーをおろし・・・は~ すっきり!!立ち上がってジーンズをあげ、それと同時にレバーを動かした。ンゴ~ッ水が流れるその瞬間・・・ポチャン・・・えっ、なに?!下をみると私の大事な車の鍵がぁ~ためらうことなんて何もない。すっと私は拾い上げ・・・え、えがった~~~小さな胸をなで下ろしたのであった・・・う○こだったら・・・・?!きっと同じことをしていたろう・・・夫のう○こだったら・・・・わからん・・・だいたい夫のう○この上に鍵をおとすシチュエーションがうかばない。節約家族で一度に流さないという場合ならありうるか・・・・?ちょっと考えたくない。ああ~危なかった。なんで今まで様式だったか思い出した。こういう危険なことが何度もあったからだ・・・様式でも立ち上がって携帯を床の上に落としたことは数回ある。その度に・・・セーフ!!救われた思いだった。私の友人は自分の家のトイレに携帯をおとし何ときれいに流してしまったらしい。それも考えたくない。最悪は家まで歩いてスペアキーをとりに行けば・・・ああ~家の鍵は車のダッシュボードなんだわ!今気がついた。危なかったな・・・実はスペアキー。数ヶ月前には存在していなかった。なんと私・・・・落としてしまい急きょ、作らざるを得なかった。家に帰ってもない。存在しなかったのだ。鍵の職人を呼んで・・・ものの数分でできあがり~請求された金額聞いてぶっとんだ。一万三千円金のかかっているスペアキーなのだ・・・もっとショックだったのは次の日に・・・・落とした鍵が届いたと交番から連絡がはいっていたこと。私が歩いてきた道のりを3往復している間に誰かが拾ったのであろう。しかも。。。。交番の人がちょっと留守をしている間に机の上にそっとおいてあったらしい。どこに落ちていたのかは未だに謎。悔しすぎてブログにはかけなかったネタとしては最高だが・・・気分は海底をさまよっていたような感じ・・・・夫にも言えなかった。安い時給のパートで私はいったい何日ただ働きをしているのか~すっかり過去のことになった今は笑って言えるが・・・もしや届けたのは鍵屋のおっちゃんじゃないだろ~ね~なんだか複雑な気持ちで鍵をとりに行った。しかし和式をつかう人は段々減っているような気がする。老人は足腰が弱いので様式に移行していると思う。うちの次男は老人ではないが和式がだめ。そのせいで学校ではう○こしない。家までおもちかえり~今となってはウオッシュレットがないのはつらいかも。なにはともあれ・・・鍵が海で泳ぐことにならなくてよかった。日頃の行いであろうか・・・← 良い人はおとしません~スペアキー・・・・・くっ!!また思い出しちまったよ
2007年11月06日
コメント(7)
月曜日の朝・・・これまでは午前中はなんちゃってテニスで汗をかいていた。4月から夏休みまで仕事で教室は行けなかった。仕事をしなくなった今、途中から会員になるのもなぁ・・・ってことで最近すっかりテニスとはご無沙汰。一週間に一回だけ地元の練習会に出ている程度だ。10日前に捻挫したのでそれからは一度も練習していない。仲良かった仲間達とも会えなくなった。それぞれの都合がつかない。最低4人はいないとできない。今までが恵まれていたんだよね・・・看護師Tさんとはメールのやりとりをしている。病弱M君は膝が痛いので治療中。最近は独身のK姉妹のお休みをねらって練習が月に1回ペースである。メンバー入れ替えだ。前には食事や映画も一緒に行っていたS奥様。専業主婦という貴重な存在の友。なんちゃってテニスの練習会にでなくなって8カ月。最後に一緒に食事をしたのが・・・・3月だったか・・・・?!メールをしても返事がこない。電話をしても留守電にきりかわる。元気でいるんだろうか・・・・?ものすごーく気になっていた。看護師Tさんに聞いてみた。「どう思います?病気かなんかで入院とかしてないよね?」「そうねぇ・・・あんまりうるさくしても何だから様子をみたほうがいいかもね。」「ん~私がしつこくて嫌われちゃったかな・・・」と私。「あら~、私こそ、無理矢理テニスにつきあわせてたから嫌われているかも~。」やはり放っておくのがいいのよね・・・?!って数ヶ月経つ。彼女は人にあわせるところがあるので無理をさせてしまったのか・・・?この前たまたま彼女の家の前を通った。なんと洗濯物を干していた。主婦だから驚くことでもないが、ちょっと動作がゆっくりな感じ?私は芋煮会に向かう途中で時間が遅れそうだから通り過ぎたのだが、時間があれば車から降りたかった。とにかく入院はしていないのは確か。でも数年前はちょっとふっくらしていたのが、やつれていたような気がした。遠目にもそれはわかった。今日は銀行にでかけた。そこから遠くなくS奥様の家がある。ここは嫌われていても様子をみてこよう!!ところが車がない。買い物かな・・・それでは予定変更して接骨院にいくとするか・・・接骨院は自分の家の近く。今日は空いていた。あっという間におわって時計をみると11時だった。この時間は昼食をつくっているかもしれないから家にいるはず!S奥様のだんなさまはお昼にご飯を食べに帰ってくる。数分でもいいから・・・もう危険なストーカーだ。家とは逆の方向のS奥様宅にむかった。ああ・・・車があった。ピンポンを鳴らすと「あいてます。どうぞ・・・」S奥さんの声。「私だよ!」「・・・・・あれ?!hossyちゃん・・・どうしたの?」「どうしたのって元気だったの?」やはり顔はげっそり痩せている。右腕には湿布薬。「メールしても電話しても話ができなくて心配してたんだよ。」「ああ・・・なんかいろんなメールがたくさん入っていてね・・・」うーん。彼女いわく、私の名前をかたっての嘘メールなのではないか?!なんて不安に思ったというのだ。なんだか・・・やはり恐怖メールだったのか・・・いいわけしているようにも聞こえるけど、それは流す。「はいっていかない?」「いやいや。。。そんなつもりはないんだよ。顔だけみたかったの!」「また食事にでもいこう!今日はだめだけど・・・」「そうだね。Sちゃんの都合の良い日に、また連絡ちょうだいね!私からはしないね。」社交辞令かも・・・具合のわるい日もあるだろうし。彼女がそういう気持になるまで待つとするか。っていうか、大病しているわけではなさそうで少し安心した。ただ目が少しうつろな感じだった。篭もっていたいんだろうか・・・今日はちょっと強引な行動にでてしまった。ここはT看護師姉さんの言うようにそっとしておくのがいいのかもしれない。自分の存在が彼女には疎ましいのか?そのあたりがわからない。2度も家に行くなんて私も異常か・・・ストーカーってよばれてもおかしくないかもね。とりあえず話しができてよかった。数分だったけど・・・これで彼女から連絡がないとつきあいがなくなるような気がする。そういうのって淋しい。でも本当にしつこくすると嫌われるかも・・・って私、そんなにねちっこいつもりは全然ないのだが・・・それぞれの感覚のちがいもあるからなぁ。迷惑なら迷惑と言ってほしいような気もするが・・・そういうことを言えないのであろう。言えないからこそ、心の病気にでもなっていないかって心配になる。私の思い過ごしてあったらいいが・・・私はうざい人なのだろう・・・これでS奥様には近寄らない。本音は連絡ほしいけどね。人恋しい秋なんでしょうかね(≧∇≦)
2007年11月05日
コメント(4)
昨日は喫茶のバイトの日。終わってから接骨院に行ったのだが昼の患者さんとは違って学生が多く賑やか。終わった頃にはすっかり日も暮れていた。夫はたまたま休みであった。「いま、婆ちゃんから電話だった・・・かけてあげて。」この婆ちゃんとは私の母のこと。夫は母の電話を聞き取れない。リスニングができない。まあ、確かにものすごい方言だし・・・主語を省略をするので夫は苦手としている。「おまえんちの母ちゃんの言葉はいまだにわからん。」まるで英語がききとれない人が抱く恐怖のようなもの?!その母の電話だが、いつも困った話しや父親の愚痴に関することが多い。電話があったと聞くとドヨーンと気分が落ちる。今回はたいしたことはなかった。明日父親がうちに来るという知らせだった。毎月、子ども達に雑誌を買って持ってきてくれる。だから家にいろってことだ。ああ・・・よかった。電話を切った。しばらくするとまた電話。母だ・・・・「なに?」「ああ・・・そうそう誰か具合のわるい人いないかい?」「・・・・なんで?」長男が先週倒れたことは言ってない。またお払いだなんだと騒ぎ立てるから・・・「夜に寝ていたら、○○(長男のこと)が突然、大声で・・・・ ばあちゃんっ!!って大声で叫んだんだよ。今、婆ちゃんって呼ばれたって爺をおこしたんやわ・・・・」「え・・・いつごろ?」「一週間たつかなぁ・・・」ちょうど長男が学校で倒れたころ?!夜だったらしいが・・・・考え過ぎか?ちょっとゾクッときた。うちの母はそういう夢をよく見る。その度に私や自分の妹に電話しているのだが・・・何でもないときには単なるたわごとですませるが・・・今回は偶然か?私の夢に出ようにも眠りが深くてでられない?ん~~~あれからトラウマで毎日学校から電話がかかっては来ないかと心配である。昨日は喫茶のバイトの日で途中で電話がかかってないかと気が気ではなかった。家に帰ってくる長男をみてホッとしている。なんとも情けない母である。病気でないなら何かのしらせだろうか・・・いかん。。。弱気になるとこんなふうに考えてしまう。自分の母の他力本願姿をみて子どもの頃はそういうものかと思っていたが・・・・なんでも祈る。自分でどうかしようなんて思わない。まあ、自分もどっか似た部分はあるけど。明日は喫茶でイベントがある。芋煮会。私は初めての参加。芋煮会って芋煮るの?それくらいの感覚でいたが・・・東北出身の奥さんに言わせたら「まあ、花見のようなもの?しないと気持ち悪いのよ~バーベキュー感覚のほうが近いかしら?」ああ・・・そうなんですか~子ども連れていってもいいって話しだからお手伝いすることになった。客?それともスタッフ?一応スタッフの立場らしい。子連れでいいならラッキーだ。芋煮会・・・ちょっと楽しみだ。
2007年11月03日
コメント(4)
長男が学校で倒れて、明日で一週間がたつ。保健室に運ばれてきた長男をベッドの傍らで見守っていた。そんな私を心配してか保健の先生がいろいろ気をまわしてくれた。朝の保健の先生なんて忙しくてたまらないだろうに。。。その日、寝ている子は我が子だけであった。ひとり、教室で皆といっしょに授業をうけられない子がいた。定年退職された女の先生がお勉強を教えていた。「特殊学級をもうけてほしいって校長先生にはお願いしてるんですけどね・・・」予算のこともあり現実には難しいのか・・・保健の先生にはとてもお世話になっている。うちの次男はよく保健室に遊びにいく。多分、彼はやさしいこの先生が好きなのだ。たまにしか見かけない私にだってわかる。だまって長男をみつめている私。「おかあさん・・・みんな、いろんな苦労をしているんです。私もしてきました。」私、そんなに心配しているつもりはなかったのだが、かなり深刻な顔をしていたのかもしれない。「私の次男は不登校だったんです。」そして先生が続けて語り出した。先生のだんなさんは癌で亡くなったのだと・・・その時2人の子ども達は小学生だった。そして1年後・・・下の息子さんの大好きだった担任が突然癌でなくなった。さらにその1年後に自分の父親代わりとなっている祖父がなくなり・・・3年間で愛する人々の死と遭遇した。それから彼はずっと問い続けたという。「おかあさん、どうして人は死んでしまうの?なぜ人は生まれるんだろう・・・」その話を聞いたときに、私は涙があふれでた。小さな子どもが 虚しさ を感じていたのだ。それから下のお子さんは学校に行けなくなった。ダンナさんを亡くし、子どもを養っていかなくてはならないため子どもを犠牲にしてきたこともあったと先生は言った。ダンナさんは養子であったため、子育ては実のお母さんに任せていたという。そのことはとても反省しているという・・・自分に余裕がなく、子どもをしかりつけることもあったという。「先生、実は私は今はこうやって長男のことを心配していますが・・・実は何を言っても言うことをきかない次男にどうしていいのか悩んでます。」先生はもしかしたら私の悩みに気がついていたのか・・・?下の子が提出物を出さなかったり、捨ててしまったり、家ですぐへそを曲げることなどを話すと・・・「まあ、うちの次男とよく似てますね。うちも、そうでしたよ。」共感することが多かった。「叱ってはだめですよ。ちゃんと話しを聞いてあげてください。たとえ悪いことをしても、その子なりに理由があるんです。おかあさんがそこで叱るようなことをしたら、その子に居場所がなくなるんです。」ああ・・・ショックだった。そうかもしれないって思った。次男はたまに私が学校のことを聞いても「教えない!」そう言うのだ。多分、自分のやったことで私が叱ることがあっても褒めることが少ないからだ。どうせ叱られる。次男はきっとそんな気持だったのだろう。「私もえらそうに言ってますが全部、友達の受け売りなんです。友達はカウンセラーをしているので本当はお金を払わなければいけないんですけどね!」ニコッと笑って先生は言った。「長い間、こどもの心配をしてきましたよ。下の子は今年で25歳になりました。3年前に言ってくれたんです、次男が・・・お母さん、僕やっと死ってことから解放されたって。」ああ・・・よかったですねぇ・・・また涙がでる。「どうして息子さんは立ち直られたんですか?」息子さんは不登校でありながら、それまでは考えてなかった高校を受験すると言ってくれたらしい。「いやだったら無理しなくていいのよ。」それでも受けると言って合格したらしい。その後、卒業してアルバイト生活をしていたという。そして数年前に出会いがあったのだという。郵便局の配達業務を通じて知り合った人。その人はひとり暮らしの老人だった。学校の先生をしていて退職したおじいさんだった。いつも息子さんはその人と話し合っていたという。まるで自分のお爺さんと接しているかのように・・・・彼にとっては癒しの時であったらしい。たくさんのことをお爺さんの話しから学んでいった。そして数年前、そのお爺さんが亡くなった時には親子でお参りしたのだと・・・「お亡くなりになったんですか・・・?それで・・・?」「ええ、でも息子はもう人の死に直面しても大丈夫でした。おかあさん、僕に鍛えられたでしょ?って今、笑っていってますよ。本当に鍛えられました。」先生が報われた瞬間だったのだろう。私が長男を見守っている間、忙しいのに保健の先生はずっと語っていてくれた。「先生、お忙しいのに・・・すみません。お仕事続けてください。私は大丈夫ですから。」なんだか申し訳なかった。「hossyさんとこうやって話すことができて私もよかったです。私も聞いて欲しいことがあるんですよ。」「私、先生のお話をうかがって今日、本当に良かったと思いました。息子が倒れたのはショックでしたが、なにか意味があったと思います。」思わず言葉がでた。私の子育てってある意味、脅しだった。こうしないと、こうなるよ!そんな感じ。反省だ。私は子ども達の癒しの存在どころかストレスの原因だったかも・・・「子どもが殺人を犯しても味方になれるか?」かつて先生はカウンセラーの友達に言われ、さすがにできないと答えたらしい。「それではだめなのよ!」そうか・・・殺人をおかすには何か原因があるといいたいのね?!さすがに殺人はいかんが・・・常に母は味方だという信頼関係がないといかんってことかぁ・・・なんだか反省の1日だった。反抗的なのは私自身が原因だった。そうだそうだ・・・その晩から私は子ども達と添い寝をしている。今まで自立するように!なんて都合の良いことを言って子ども達だけで寝かせていた。それまであふれるほどの愛情を注いでもいないのに・・・・小3と小5で何を気色悪いことしてるの?なんて言われそうだが・・・育てなおしってやつかな。布団の中にいっしょにはいると子ども達は驚いた。「どうしたの?おかあさん、こんなに早く寝るの?」「うん、たまにはね・・・」布団の中でこれまで話しをきいてあげてなかったこと、叱ってばかりだったことをあやまった。「そうかな・・・」と長男。長男は少し大人なところがあって、さほど気にしてないよって態度だった。次男は私に背をむけた。「次男、話しも聞かず怒ってごめんね。」もう一度言ったら・・・「もう、いいよ。」許してくれたか?あれから毎晩、添い寝だ。最初は照れて布団から逃げようとしていた次男も普通にねている。「おかあさんのこと、好き?」迷惑な質問だとわかっとるよ・・・「考えとく・・・」と次男。「嫌い!」以前ならそう迷わず答えていた。少しは2人の距離が縮まったろうか・・・保健の先生との数時間、私にとっては大きな出来事だった。人生観を変える瞬間ってあるんだなぁ。そのことにとても感謝している。長男のおかげで思わぬ収穫を得たようなきもちだ。人生、悪いことばかりではないよね・・・・何があっても大丈夫。そう思いたいものである。
2007年11月01日
コメント(3)
全10件 (10件中 1-10件目)
1