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夕方、実家の母から電話。雪がひどいって話しか?!なんと・・・近所の人が亡くなったという話し。私の先輩のお父さんで子どもの頃、よく私にちょっかいだしてくるお父さんだった。寒くなるとねぇ・・・朝玄関先で亡くなっていたらしい。詳しいことは分からない。ということで、またお通夜に行くことになった。ま、いいんだけど・・・「それと、○○の家のお父さんが入院して、手術するんだって!お見舞いにも行ってきて!」( ̄へ ̄; ムムムまたまた依存してきた母。ここで、いやだと言えばまたすねる。しかし、これで3週間連続だよ。お葬式。いったいどうなったのだろう。本当に分からないものである。自分の明日だってわからないんだけどね。ご挨拶してきます。。。
2009年01月26日
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一晩でまた雪が降った。山間部にすむ両親のことを思うと、雪をどうにかしなきゃと思う。朝、実家から電話がはいった。SOSか?!姉からだった。「今、ご飯を食べさせてるんだけど、今日は雪あけてくわ。あんたは今日か、明日来れる?」「うーん。明後日、爺ちゃんのディーサービスだから明日、雪すかしに行くよ!」姉が今日、行ってたべものを運んでくれれば明日の方がいいだろう・・・助かる。姉は一週間フルで働いている。毎週土曜日、朝一番に様子をみてきてくれる。自分もリストラされそうになっているのだが、必死でがんばっている。車で1時間の通勤の場所に行かされても文句をいわずにがんばっている。この1年は正社員だというのにあちこち行くように言われているようだ。なのに、今の姉はとてもやさしい。受話器からの声はとてもやさしく落ち着いたものだ。人ってかわるなぁ・・・両親にたいしては顔もみたくない!葬式には仕方ないからでることになると思うけど!そういう気持ちでいた姉。父の病気。そして父の痴呆を知り、一気に姉の中で何かが変わった。ゆるし・・・ではないかと思う。愛情が欲しくて、これでもか、これでもかと言うくらいよい子でいた。お嫁にいっても、その気持ちがあった。長い間の心にあいた穴はうまることなく、いつしか憎しみに変わった。両親の話になると豹変する。怒りって人をこうも変えてしまうのか・・・私が言えば言うほど姉との関係がきまずくなるのがわかっていた。ここ数年はあたらずさわらず。。。今日も父の報告をしてくれる。「おいしそうに食べてるよ。 私がきたら立って迎えにきてくれそうな感じだった。 痛みがないから助かるね・・・」うれしい。姉は父のおむつもかえてくれる。私がこの前、替えようとしたら「いいっ!!」ものすごい抵抗をした。父にすればトイレにも行けるから必要ないものだという感覚である。母がいやいやおむつを替えるから父は少しでも面倒をかけないようにがんばっている。姉の時はじっと替えてもらっているようだ。姉はやさしい口調で話しているようだ。でも、私には嫌がる。だから私はいつも無理には替えないでいる。それでも母が風邪で具合が悪いからと思って替えようとした。やはり抵抗する。「ごめんね。トイレに行けるのにね・・・ おむつしていたって、恥ずかしいことではないんだよ。 私に、少しだけ親孝行をさせてくれないかな?! こんなことしか出来ないからね・・」そう言うと父は涙目になった。父は最後まで父としていたいのだ。娘に下の世話をしてもらいたいと思うわけがない。最後まで威厳をもって父としていたいのだ。「はい、ありがと。」そう言って終わると父は言った。「おまえ・・・ありがう・・・」母の義務的でいやいやしている作業が父には苦痛なのだ。「婆ちゃんも、自分の身体がしんどいからあんな態度しかとれないんだよ。 爺ちゃん、かんにんしてやってね。」うんうんと頷く父。父はしっかりしている。精神は健康である。母の方が病人だ。そんな父に私も姉も癒され、自分が幸せな気持ちになれる。母も風邪がなかなか治らずめずらしくベッドで横たわっていた。いつもは父と違う部屋で過ごすのだが・・・母はこどもだ。この前までとりつく島もない興奮状態で私とはきまずい関係だった。すっと側によってヒーリングする。頭、おでこにヒーリングしていた。目を閉じている母の目頭に涙。母は泣けないでいた。怒っていたからね、ここ数ヶ月。なんで自分がこんなことをしなくちゃいけないのか!そう思っている。「あんね。。。婆ちゃんがこの家にきたことは間違いじゃなかったんだよ。」母には自分がお嫁にいきたい家があったようだ。私が子どもの頃からそんなことを話すようなお子様な母。いつもああだったら、こうだったらと考えても仕方のない過去ばかり思う。もしくは未来。おいおい、あんた、現在はないがしろかい!!今に満足できないからである。そんな人がいつになったら幸せになれるか・・・なれんよ!あんたがチェンジ!今すぐチェンジ!!はよ、気づけ!!って感じだ。今は父なき自由になった自分を夢見ている。単純だからすぐ分かる。ヒーリングしているので母は素直に聞き入れる。ゆったりした気分でいる。ずっと涙がでている。「あのね、もしもここの家にきていなくても、遠回りしてもここに来ていたと思うよ。 この爺ちゃんでないと、ダメだったの。 どんなに惚れてた人だって、あなたは人を変えてしまうんだよ。」静かに話す。「そう言えば、ここの婆ちゃんが(父の母)嫁をもらうときにどっちにしようかと悩んで観てもらった(占いか?!)って言ってたなぁ。ようも、そんなこと、嫁に言うわなぁ。」母、自慢げに話す。母が選ばれたというわけらしい。良いか悪いか分からんが、そういう運命だったのだ。父の修行がそこから始まるわけだな(≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!父の修行のためには母という悪妻が必要な登場人物だったわけだ。「すごいじゃん!選ばれたひとじゃない~。」と私。母、まんざらでもなさそう。単純である。「そのあとケンカして、実家に帰ったときに婆ちゃんが迎えに来たんよ。」ほえ~歩けば2時間かかるぜ。「もう帰らん!」そう言って母は子どものようにすねていたらしい。「姉ちゃんが帰るっていうまで、ここを動かないってきかんかったんよ。」母、思い出していた。「あのね、姑に嫌がられて離婚される人もいるのに、迎えにきてもらえるなんて幸せじゃない!よく、こんな意地悪な嫁を迎えにきてくれたな~。」と私。ふっと鼻で笑う母。「縁があったんよ・・・この家に来て爺ちゃんとケンカしながらもがんばってきたやろ? 本当に嫌なら、この家にいられないはずだよ。 何も間違いではないんだからね。 けんかするほど仲がよい~って言うでしょ!」「よ~枕ぶつけあったわ・・・」なんや、あんたら修学旅行かいっ!仲いいやんけ~!!私には想像つかないくらいお互いがやきもち焼きのようである。いいこともないと夫婦なんてやってられんわな・・・そのあとでも姑のことを話していた。「どんなに家の中でけんかしてても外で私の悪口を言う人ではなかった。 近所の人が、嫁の悪口をきいたことがないって言ってたもんなぁ・・・」そうそう。その調子その調子。。。ヒーリングで激変ってこともないが、少しは気持ちが穏やかになるようだ。これでしばらくはがんばれるか?!「とにかく怒ってはだめだよ。 身体に力が入るってね、思う以上に良くないんだよ。 怒りたかったら深呼吸。深呼吸。 具合を悪くしているのは自分自身の感情だからね!」だまる母。病院好きな母にすれば病院に行く理由がなくなることは寂しいと思う。何より、病気になればみんなが優しくしてくれると思っているからね。寂しさがそうさせてるんじゃないかと思う。若いときから母は病気自慢するような変な人だった。手術跡を自慢するような・・・10人きょうだいで一番上。関係なくもないような気がする。婆さんの皮をかぶった幼子のようだ(´^`)ンン―‥母がキレた数ヶ月前。ヒーリングをしていなかった。父が入院していた頃、私も忙しくて実家に顔をだせなかった。母も昔の姉のように怒りでいっぱいだったのだ。怒りってこわっ!とりつく島がないところまで同じだった。私に念まで送ってきてたような気がする。本人にそんなつもりはないと思うが・・・(あったら恐い~)あの頃、肩胛骨が痛かったんだよね~。私自身の気持ちの問題かもね。母に対する後ろめたさみたいなものがあったのかもしれない。父は私に遠慮して母に世話をするように仕向けた。病院を脱走。最初は母でないとダメなのかと落胆していた自分。なら母にきっちり面倒みてもらおうと気持ちを切りかえたが・・・ちがっていた。父は私の足かせになりたくなかったのである。母の性格はどこまでも人任せ。何一つせずに自分を私に押しつけることをおそれたのだと思う。父の思いやり、優しさに心をうたれる。「じゃ、帰るね!」そう言って父の顔をみるとしっかりした顔でいた。 声にはださなかったが、よくお前はわかっているなというような顔をしていた。 そして、いつも顔をクシャクシャにして「ありがとう・・・」半分泣きながら言ってくれる。こんな喜びはない。 愛を送りたい。愛を求める必要はないらしい。愛は与えあえば求める必要がないものだ。受け取っていても電池切れのようになってしまう。自分がチェンジですな。そのきっかけになれば・・・人と接する時にそう思うことがある。何もヒーラーという肩書きがほしいわけではない。あれば求める人は来るかもしれないが普段の生活の中で誰かの力になりたいって思う。そもそも求めてくる人は足りないものがわかりかけているのだ。まったく疑問に思わない人。苦しさにもがいている人に気がついてほしい。一緒にいると楽しくなる、なんて言われたら最高に嬉しい。まずは身近なところで・・・私の母。これをクリアできればなんでも出来ちゃいそうなほど強敵ではある。父が私の手本。実践が私の母。かつてカード占いででた。それができないうちは父は安心して旅立てないのかもしれない。私もまだまだってことだな。ありゃ~厳しい教材でっせ~(≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!
2009年01月24日
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お世話になったKさんのお通夜に行ってきた。週に1回4年間もおつきあいがあった。なのに私はKさんの年齢さえも知らなかった。若くして国鉄がJRに変わるときに退職をされた。そのあとはバドミントン、ビーチボール、なんちゃってテニス等の活動に貢献されていた。身体を動かすのが好きな方だった。末娘が一緒にテニスを習いに来ていて何不自由なく育った娘さんだなぁという印象だった。少し早めに会場に着いた私だったが席が後ろの方からつまっていた。空いている席の方にむかうと、おじさんばっかりの中・・・なんか私、場違いか?!「hossyさん!」声をかけてくれたのは独身青年のかつてのテニス仲間だった。横に座らせてもらってしばしばKさんのことについて語った。青年は学生時代にバドミントンで世話になっていたらしい。でも本人よりも最近は娘さんのほうと少しつきあいがあったらしい。「おれ・・・知らなかった・・・入院してたのを。」青年、いささかショックだったらしい。他の自分よりも若い仲間が知っていたことを知ったらしい。もしや。。。この子、娘に気があるのか?!「私も知らなかったよ。入院しているって言うのは風の噂で聞いてたけど・・・」そう。病名だって知らなかった。喪主である奥さんの話で初めて病名がわかった。昨年の2月に肺ガンと診断されたらしい。もう骨にまで転移していて手の施しようがなかったらしい。手術もできず、やく1年闘病されたようだった。遺影をみていると、いつものニコッと微笑むKさんだ。今でも何か話しをしそうである。本当にもう私に話しかけてはくれないんだ・・・あんなにお世話になったのに・・・今も私の頭の中にKさんの声が残っている。テニスの合間にたばこを吸ってたなぁ・・・思い出す。そして父の姿と重なる。父も咳をしながらたばこを吸っていた。「幸せな人生だった・・・ あんた・・・俺の分も生きられかぁ・・・」そう言って亡くなったと奥さんがおっしゃった。Kさん、言いそうな言葉だ。頬を涙が伝った。Kさん、お世話になりました。今、身体は楽になっていると思います。本当にかわいがってくださって、ありがとうございました。笑っている姿のKさんがみえたような気がした。幸せだったといえる人生。よかった・・・また機会があったら娘さんとKさんのことを語りたいと思った。きっとKさんも喜んでくれると思うのだ。私は同じ病気で同じように手術をしなかった自分の父のことを思うとKさんを人ごとのように思うことができない。家に帰ってきても悲しさを引きずっているような感じだった。「せめて話しがしたかったなぁ・・・」呟いてしまった。「きりがないよ。そんなことは仕方ないよ。」夫が言った。そうだね。そうなんだよね。Kさんは今頃、自由になっているんだから・・・悲しいことじゃないよね。そう思おう。またこちらは雪模様。雪かきに忙しくなる。がんばるか~
2009年01月24日
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さっき友達からメールがきた。また知り合いが亡くなった。なんちゃってテニスを教えてもらっていたKさん。60代前半くらいであろうか・・・昼の奥様教室のお世話をしてくださっていた。ボランティアのようなものだったと思う。Kさんは身体を動かすのが好きな人だった。意地悪なプレーを随分、仕込まれた。おかげで私もかなり上達した。5年前からの知り合い。週に1回、約4年間、お世話になった。ここ1年半はご無沙汰していて、Kさんも病気で療養中だと風の噂では聞いていた。人ってあっけない・・・詳しいことはほとんど聞いていないけど・・・でも闘っていたのだと思う。そして天に召された。悲しいけど、身体も軽くなったことでしょう。明日はお通夜。お礼とご挨拶にうかがいます。私が原因不明で体調不良の時に何気なくはじめたテニス。今ではすっかり元気になりました。やめてしまったけど、Kさんに教わったことは忘れません。Kさん、本当にありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。
2009年01月22日
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今日、夫は健康診断に出掛けた。「多分、早めに終わるはず・・・ 1回家によって、仕事にいくつもり~。」夫は毎年、健康診断を楽しみにしている。仕事を堂々とさぼれるから・・・普通はいやだと思うのだが・・・ここ数年、再検査が多い。だけど、再検査もきっちり受けている。3時頃、夫は帰ってきた。ん?!遅くないか?「ただいま~。」「どうだった?まだ、わかんないか・・・」「思わぬ指導を受けちゃったよ~」「・・・?」「メタボ!!」ほらね~言わないこっちゃない!年末に椎間板ヘルニアで腰が痛くなったしね・・・「なんと、4項目もひっかかってたよ。 体重でしょ・・ 血圧と糖・・・ で、お腹周りはねぇ・・・ 」「100センチィ?!」「100もないよっ!!」「うんとね、95.8センチ~」「100やんかっ!!」ほらね!!だから言ってたでしょ!!そして夫、紙をとりだした。「ジャジャーン!!これに毎日、体重を記入しないといけません~!」おうおう・・・「この指導が長いこと・・・」「そら~あんた、保健室に呼ばれる肥満児といっしょだろが・・・」我が甥っ子がそうだった。食べるの大好きな子。姉は子どもの頃、お腹をすかせていた記憶があっただけにこどもに食事制限させるなんて、かわいそうでできなかったようだ。だが、うちの夫。そんなに食べているわけではない(と思っている。)代謝が悪いんだろうなぁ・・・「そう!あと1日何歩歩いたかと体重、月に1回メールで報告しないといかんみたい。」まじで~?!単純な夫である。私が言っても聞く耳もたないが、ちょっと若き栄養指導のお姉ちゃん(だと思われる)に言われれば、やる気もでるらしい。まあ、職場に今日のことはバレルだろうし・・・血糖値もやばい、血圧もやばいなんて笑えないよなぁ・・・思いっきり睡眠時無呼吸症候群だし。完全に成人病だね。「それから、おかあさん! 夕飯にごはんを食べないというのはダメらしいよ!」「え?!お酒、飲むときはご飯たべないのはだめなの?」「そう!お酒は糖にかわるけど、糖に変わるまでの間に ものすごーく肝臓に負担がかかるみたい。 それでは痩せないですよ!って言われたよ~。」ええ~っ!!知らなかった!知らず知らず、私は夫を太らせていたのか?!「でも、一番の原因は運動不足だろうって・・・」そりゃー、私だってわかっていたさ!あんた!言うこと、聞かなかったやないかっ!でも、ありがたい!こういう機会でもない限り、やつは痩せようなどという努力はしない。激やせ夫の図を想像してみる。できない・・・・かつて痩せていたことがないだけに・・・運動と言っても持病のヘルニアあるしなぁ・・・「毎日、早起きしてWiiフィットしよっかな~。」ああ~、いいんじゃね?!まてよ・・・・「とか言いながら、ピコピコやってんじゃないでしょーね?!」「かも・・・」まあ、よいわ・・・この先、体重が増えればお姉ちゃんから叱られるんだから~夫の楽しみにかわるかもね。メル友は体重管理する人。ププッ自己管理のできない人。はずかし~っ!!もしかしたら世間では嫁のせいだと言われているんだろうか・・・栄養なし、カロリーオーバーの献立?!うっ。食べたメニューまで教えろと言われないでしょうね?!とりあえず、正常値にもどってもらわんと・・・良い機会だったとしよう。
2009年01月21日
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昨日は父親がディサービスでお風呂に入る日。雪が降らないのでお迎えの車も無事に来てくれそう・・・その前の週、父は行かなかった。雪の状況を電話で聞いてきた職員さんに、雪がひどいから来なくて良いって言ったらしい。母の機嫌がずっと悪かったので会話らしい会話などできなかった。「なんでディサービスに行かなかったの?」ずっと聞きたかったのだが、聞けばまた怒鳴る。これは放っておこうと心に決めた。ここ数ヶ月、何か言えば噛みつくようにけんか腰だった母。正直、近寄りたくなかった。父の側にいれば更に機嫌が悪くなるし。。。先週の夕方、何気なくテレビをみていた。子どもの頃に捨てられた母に会いたいから探してくださいというような内容だった。それも何度も何度も母に裏切られ、しまいには自分の姉までが子どもを置き去りにして出ていき、その子を現在も育てているのだという。その時、わずか16歳だった。えらい・・・捨てられた親を許すのか・・・ホームレス中学生の本を読んだときも思った。主人公がもし、今も父を憎んでいる。ぜったいに許さない!!そういう内容であったら、あの本は売れなかっただろうに・・・捨てられた父を捜し出し、父を慕うその姿に感動した。そう思うと、自分、ちっこいわぁ・・・ちょっと気になるし、電話でもしてみるか・・・・母がでた。でもなんだか、声が小さく、元気がない。「どうしたん?」「夜になると熱が出る・・・」 お子様かよっ!「何か食べたの?」「何も食べたくない・・・」「食べるもの、あるの?」「ある・・・」結局、次の日はバイトの日でいけなかったので1日たってから行った。その日は土曜日、姉が朝のうちに煮物をつくっておいていってあった。雪が多いので車をとめるスペースがあった。姉が雪をどけてくれたようだ。ありがたい!行くと意外に母、元気。「夜になると熱がでる。昼は元気。」そうなのか・・・でも気になる熱だ。昼ご飯を父に出し、外で2時間ゆきすかし。これで家の前に車も入る。月曜日のディサービスの車も入れるな?!そして昨日、母は父を見送ったあとでバスに乗って病院に向かった。帰りは私が送った。もともと病院が好きだから行けば治るであろう。薬をもらえば安心して帰ってくる。そして、ついでに実家のお向かいのお爺ちゃんのお見舞いにも行ったらしい。83歳で車を運転していた。1年前にお風呂に入ってあがれなくなった父をひっぱりだしてくれた。その時に「随分、やせてるから病院で診てもらったほうがいいんじゃないか?」そう言って心配してくれた。頑固な父が病院に自ら行くわけがなかった。その数ヶ月後に結局入院したのだけど・・・帯状疱疹で入院。検査で重度の糖尿病、肺ガン発覚。一気に病人のレッテルを貼られた。2カ月前に救急車で父が運ばれるときにも家までみにきてくれた。なんとそのお爺ちゃん。お見舞いに行った母に言ったらしい。「父ちゃんは田んぼをしているか?」「え?!もう、やめたんよ。」母はおかしいなぁ~と思いながら答えたらしい。3週間、入院していると認知症のようになるよな・・・うちの父もそうだった。お向かいのお爺ちゃんは急に足が痛くなって歩けなくなったのだそうだ。歩かないと人はぼけちゃうんだな・・・なんだか寂しい。つい最近まで父よりもしっかりしていた。畑の仕事もばりばりしていた。本当にわからないものだ。自分の明日だってわからない。そういうものなんだな・・・いつかいつか・・・父の病気が発覚してから私はいつも父の死を覚悟していた。その間、思わぬ別れがいくつもあった。近所のお婆ちゃんだったり、バイト先のお爺ちゃん、父のディサービス仲間。そして息子の同級生のお父さん。なんだか、考えさせられる。死って特別なものではないんだよな・・・いつも隣り合わせ。生まれた以上、いつかは死ななければならない。おびえて生きていても仕方ない。母も最近、死を身近なものに感じているようだ。今日も実家にごはんを持って行ってきた。めずらしく母が台所に立っていた。昨晩、熱はでなかったようだ。おまけに父と同じ部屋ですごしているし・・・天気が良いせいもあるかな・・・この前までのピリピリした感じが消えた。家の中の空気、ものすごく悪かったからなぁ・・・とりあえず、ホッ。私も大人気なかったかもな。ちと反省。無理せず、ぼちぼちいきますわ・・・
2009年01月20日
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昨日は喫茶のバイト。午前中はお客さんが少なくゆったり。。。雪の日は暇だが、天候が悪くないのに暇とはこれいかに?!奥様と店内でコーヒーなんぞいただいて、こんなんでバイト代をいただいてよろしいものか・・・そして午後から大人2人にお子様5人のお客さま来店。そうなると不思議なことに他のお客様も来店。なんでこう集中するのか・・・暇よりはいいけどね。7人のお客様、予約はしてあったもののお子様が想像以上に大きかったのでテーブル狭し!そういうこともあってか、ジュースをひっくり返されてしまった。なんだか申し訳ない感じであった。「ほとんど手つかずの状態でグラスをひっくり返しちゃったみたいです。 テーブル、狭かったから可哀想かも・・・」奥様に報告。「そう・・・ちょっと残ってる分、だしてあげようか?!」さすが、奥様!そういうところが好きである。ああいうとき、子どもって悲しいんだよね。。。親には何してるの!って叱られるわ。。。こぼして情けないのは自分だし。しかも口に出来ない。こんな寂しいことはない。案の定、代わりのジュースをもっていくと喜んでくれた。よかったね~~~そのお客様のひとり、お支払いの時に私に言った。「あのぉ・・・昔、美容師されてましたよね?!」え?!「大昔の話しですけど・・・えっと・・・どこで・・・」私、そうとう動揺していたと思う。まだ私がインターンの時代。国家試験をとる前。15,6年前なのにどうして分かっちゃうの~っ!!きっとたいしたこともしてなかったろうに・・・なんで憶えているのかを確認するのがこわくて出来なかった。うっわ~なにか私ったら、粗相してたのかもしれない。なんだか恥ずかしくていつものようにベラベラ話すことができなかった。相当動揺していたな。。。厨房にもどって奥様、だんなさまに言うと・・・「きっとhossyの話題がインパクトあったんだと思うよ~。」とだんなさま。「そ、そうですかね・・・ なんか、気に入らないことをしちゃってたんじゃないかと思いましたよ。」「だけど、よく分かるわね~。見た目もかわってないってことよね~」と奥様。ふっ。そうよ・・・昔から老けてたわよ・・・話題もおばちゃん好みだし・・・・10代の頃から20代(しかも後半)に思われてたしえ~え~若さ弾けてた時がありませんでしたよ~だからみんな分かるんだよね。はい、納得。しかし驚いた。私はどこかで見た人だと思っても思い出せない。記憶力の低下?!そのお客さんの記憶力の良さに脱帽。とにかく喜んで「また来ます~。」そう言って去っていかれて良かった。もしかしたら・・・私があのお店のえらい人と思われている可能性はある。だって・・・えらそうだから(≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!何回も間違われている。「私はバイトです・・・」そう言うときの気まずさ!おばちゃんだからね~おほほ・・・ま、なんでもいいわ~昨日も楽しい1日だった。良しとしまーす。
2009年01月19日
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今日は予定通り実家で雪すかし。2時間かけてすっきり!!我ながらよくやったな~と満足感でいっぱいだった。そこに母が来て言った。「そんなことしても、また降って無駄になるわ! ブルドーザーがすかしに来たら、うちに雪をまた入れていって 大変なんに!」余計なことをするなと言いたいらしい。なに言ってるの?!そんな感じ。昨日、電話したら「雪国に生まれたくせに忘れたのか? さっきまで雪すかしして腰が痛い!」そう言って勝手に電話を切ったから今日、来たのに・・・手伝ってほしいのか欲しくないのかよく分からない。私のすることが気にいらないらしい。あの母から感謝の言葉は出ないとは思っていたがそこまで意地悪な発言をされるとは・・・お子様はそうとうご機嫌ななめらしい。正直、あまり気分が良くないまま帰ってきた。往復で1時間。雪をすかしていた時間2時間。明日はいかないつもりだったから必死でやったのだ。もう自己満足でいいや。でも家に帰ってしばらくすると長男が帰ってきて驚くことを言った。「Mのお父さんが亡くなったって・・・ 風邪をひいて気管支がどうとかって言ってたんだけど。」「え?!Mさんって、あのMさんだよね?! お父さん、元気だったよね?!」「年末は元気だったらしいよ・・・」Mさんは長男も二男とも子どもの年齢が同じ。クラスも偶然同じだ。長男の通っている算盤塾もいっしょ。先日の保護者会でもお母さんと隣で話していた。とても感じの良い奥さんでお父さんも好感のもてる人だった。うちの次男のクラスの学年行事でいっしょに遊んでもらっていたことがあったのを思い出した。なんで・・・・とてもショックだ。人ごとには思えない。Mさんのお母さんとは学校でしかあわないし、家も知らないのだがとても気になる。きっとお父さんは30代後半くらいじゃなかったろうか・・・考えると涙がでる。連絡網でそれぞれクラスでお香典を集めることになった。私もお通夜に行ってこようか・・・奥さんは現実をうけとめられるだろうか・・・子どもたちは・・・身近な死にとても考えさせられる。思いもしない突然の死。それが一番受け入れられないような気がする。闘病していたわけでもない。本人も自分が亡くなったことに気がついているであろうか・・・ご冥福をお祈りいたします。
2009年01月13日
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先週の金曜日。私の喫茶のバイト日。天気予報では雪マーク。でも実際にはまあまあのお天気であった。山あいの喫茶なので冬場のお客は少ない。にしても・・・暇すぎであった。「寒いからお店で座ってよ~。」と奥様。厨房は確かに冷える。ギフト用のジャムの箱を組み立てていた。お店によく出入りする青年U君の話になった。以前、うちの姪っことデートを企て一応実行されたがその後は何も連絡をとってないようだ。「最近、U君、来てますか?」と私。「このところ、仕事が忙しかったみたいだからねぇ・・・」「結局、うちの姪っ子とはダメでしたねぇ・・・ どっちも似たようなタイプで進展しそうにもなかったからなぁ。」「そうなの~ ほんと、なんでああなのかねぇ・・・ あっ! 」なんだ・・・?!奥様の目線にあわせると、なんとU君が立っていた。ひえ~びっくり!「今日、営業してないんすか~?」「してるよ!客がこねーんだよっ!!」奥様、普段はとても上品なのであるが・・・心を許せる人にはこのような口ぶりになる。私はそんなとこが可愛くて好きだ。世間からはクールで少し素っ気なさそうに見られているようだが・・・実際を知っている私にはとても魅力ある人に思う。だんなさんは、やることなすこと文句を言われている。「なんで、そんなことすんの!!」「私に逆らうなんて10年早いんだよっ!!」本当に良いコンビだ。旦那様は行動派ではないので、背中を蹴られて押されて動いている。対照的な2人。そう思うとU君とうちの姪っ子ではいかん。やはりタイプは違う方がいいんだよね・・・・U君は私と奥様にからかわれ、帰っていった。「あいつも、うちのだんなとタイプが一緒なんだよね~。」「ってことは、しっかり者の伴侶が必要なんですね・・・ うちの姪っこじゃ~だめだね!」U君は26歳。そんなにあせるほどでもないか・・・そしてお客さん、ポツポツあらわれた夕方。厨房で、ふっとAさんの顔が浮かんだ。「そう言えば、この間、Aさん思ったよりも元気でしたね!」と私。「そうね~、でも薬飲んでるって言ってたよね・・・」Aさんはダンナさんのお友達。38歳、独身。最近、具合が悪いと旦那さんが心配していた。ガラガラ~とドアがあいた。お客だ!「いらっしゃいませ~。」条件反射。あら・・・「Aさん!!いらっしゃい~。」厨房の奥さんに知らせる。「今、噂してたのよ!」「どうせ、僕の悪口でしょ~。」驚いた。その後、Aさんに体調の方を聞いてみたところ・・・眠れないらしい。ああじゃない?!こうじゃない?と私もいろいろ話した。「更年期かなぁ・・・」「わからんね~、あんまり家にこもってあれこれ考えてないで汗をながしたらどう?ジムに通うとか・・・?」それくらいしかアドバイスできない。「私も、昔、具合が悪くて内科で調べてもらったけど異常なし! 立派な健康体です!!って帰されたよ・・・・ こんなに具合が悪いのに?!って首をかしげながら帰ったよ~。」「え~っ!hossyさんにも具合の悪い時、あるんですか~?」「あったよ~!失敬な!! あんまりな医者の態度にきれて、もうおめーらに治してもらおうって思わない! 自分で治すって思ったよ~。」「え~っ!僕も病院行かずにここに来てればよかったかなぁ・・・」まあ、病院は大事だと思うけど。。。「どうして治ったんですかぁ?」「うーん・・・私は家にいないようにしたね。 家にいるととにかく具合が悪くて。。。 外を何時間も歩くの。 雨の日はどっかの体育館で歩いてたよ。 汗をかくように心がけたね。 そのうち、なんとなく治ってたよ。」本当に時折、夜中に心臓がドキドキしたり息苦しい時があった。自分、大丈夫なのかと不安にもなった。今思うと、病気の原因をさぐることに必死になっていた。答えはその時にはでなかった。でも今ならわかる。あの時は自分でどうしようもない思いをもっていた。怒りだ。大きい怒り。それをみせまいとしていた。心の中で大爆発していたのに、誰にもそれを言えなかった。たまに夫に愚痴ってはいたが、それでもなるべく話題にはしないようにしていた。きっとAさんも何かしら人に言えないような悩みがあるのだと思う。優しい人で、あんまり毒を吐く人ではないが私に関しては好き勝手なことを言っている?!喫茶のダンナさん曰く、私には何を言ってもポンポン返してくれるので言いやすいのではないかと‥‥それならポンポン言いなさい。それですっきりしなさいな~ってそんな簡単な問題ではないとおもうけどね。気晴らしができたらいいね。ちょっとしたことで楽になれるんだけどね。今日は朝からずっと雪。は~実家の雪すかしにいかないと。。。肉体労働だな。明日はがんばるぞ!!
2009年01月12日
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人生は楽しむためにある。生きにくいと感じながらもネガティブな感情を出さないように最近までそう言い聞かせていた。でも、私が思う楽しむというのは良いこと、もしくは良いこととしようとすることだった。肺ガンで家に療養している父。母が勝手にキレて私をさけるようになって、もう1ヶ月くらいたつ。父を見舞う私にたいして無視状態であった。私は母の愚痴を聞かなくても良いので気楽ではある。が、父がどんな介護をされているのか知るのは恐い気もする!Σ( ̄□ ̄汗…)言葉の暴力でかなり傷つくこともある。本人は気がついていない。まあ、自分中心でしか物事を考えられない人だから仕方ない。父はおかげさまで足腰は弱ってきたがトイレにもなんとか通っている。認知症もあるのだが、ほんとに認知症なのかと疑ってしまうくらい会話も普通にしている。「あれは寂しいやつだ・・・」母のことである。もちろん、母が隣の部屋にいるときにつぶやく。そして母が部屋にはいってくるとだまりこむ。私といるときは、しんみりと話したり、笑ったりもする。だけど、母がやってくると父は態度をかえるのだ。なんで?!私が父と仲良くしている姿をみせまいとしているのだろうか・・・母は異常なほどやきもち焼きである。身内にだってそうだから驚く。それは母の妹(叔母)から聞いたことがある。実の妹と自分の母親がいつも仲よくしていたのを見ていて自分の母(私の祖母)がいなくなってしまえばいい!そう思っていたと後で叔母に告白していたという・・・さすがに叔母も驚いたという。そういう母を支えてきた父。この人の苦労がしのばれる。そして母のことで父とポツポツと話していたとき・・・父が目で合図した。次の瞬間、母が入ってきた。また黙り込む父。行った後、父はまた私をみて二ヤッと笑った。この人・・・楽しんでないかっ?!母の攻撃的な態度をかわすための護身術?!「爺ちゃん、寒いね・・・ もう数ヶ月したら暖かくなるから我慢してね・・・」すると・・・「いや、まだ3年は生きると思う。」いやいや。。。そういう意味ではないのだけど・・・その時の父の顔は真顔だった。そう簡単には死なないよ~おちゃらけている父の姿がかぶってみえた。うーん。この人、なんだかんだ・・・・楽しんでいるのかも・・・魂はいろんな経験をすることで成長するというからね。自由がきかなくなって私はかわいそうと思っていたけど、まちがっていたのかもしれない。少し弱ってみせているだけなのか・・・実のところ、この冬は越せないのではないかと主治医から言われていた。余命ははっきりわからない。2カ月前くらいに熱が出て入院したが今は熱はない。いよいよか・・・覚悟していた私たちだったが、その間近所で2件も葬式が出た。人生、分からないものである。父は本当にこのままいてくれるかもしれない。母が父を足かせのように言うらしい。私には言わないがたまに来る姉に泣きつくという・・・私にはぜったい、そんなそぶりは見せない。父は姉と私とあきらかに接する態度をかえる。「婆ちゃんは世話してくれる?怒ってる?」そう聞く私に「気持ち悪いほど・・・(よくしてくれている)」そう答える。私には泣き言をいわない。でも姉にはちがうようだ。なんか・・・父が何かを演じているように思う。父の目標は生きている間は自力でトイレにいくこと。転んでしまったら自分ではなかなか立ち上がれないが、それでもがんばっている。母の方が病人のように見える。前ほど父を可哀想には思わなくなってきた。最後まで楽しんで欲しい。お茶目な(?!)父である。母の方も少しずつ機嫌を直しているようだ。私をアテにはできないと思ったようで前ほど何でも頼まれなくなった。自分で出来るようなこともしようとせず、すぐに人をアテにしていたから・・・こどもはアテにならない。母なりに気がついたようだ。それを受け入れるのに母も時間がかかったようだ。子ども = 自分を面倒見るそれが崩れた。冷たいようだが、私には私のやるべきことがある。毎日というわけにもいかないのである。ぐうたらするのも私には必要 ← 大きな声では言えないが父も私の前では最後まで父親の顔をしていたと思う。普段のままの生活を続けることを父も望んでいるだろう。今を生きるしかない。昨年は回想ばかりしていた。おかげで今があるとも言える。でもこれからは過去にも未来にも気持ちを置きすぎないで生きる。それが今年からの私の目標。めずらしく新年に目標をもってしまった(≧∇≦)マイペースでいこ~っ!
2009年01月06日
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スーパーに行ったら・・・こ、これは・・・買ってしまったのがこれ。でかいやないけ~っ!!島根県産 390円 ナシもったいなくて切れない。これも衝動買いか・・・いかんな~
2009年01月04日
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午後から家族で映画を観てきた。外食になって、やめとけばいいのに大好きな雑貨やさんに立ち寄ってしまった。子ども達や夫とまわることはあまりないのだが・・・前に1回買おうかどうしようかと悩んだのだけど買ってしまった。いろんなバージョンがあって悩んだのだが、何となくこれ!って思った。かわい~家族は何も思わないらしい。私の趣味はおかしいのか?!また今日も財布のヒモがゆるんでしまった。反省。明日からはひきしめるわよ~食費! ← そこかよほんと、メタボでやばい!Σ( ̄□ ̄汗…)財布のダイエットはすすんでいく~まじ、こわいんですけど~。でも、かわい~と買ったモノに満足。楽天さんでも買えたんだけどね。家族にはこのかわいさが伝わっていない。かわいいと思うんだけどな~
2009年01月02日
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あけまして おめでとうございます 今年もよろしくお願いします~ 外は雪・・・ クリスマス仕様だったコニファーを変身させた。 なんちゃってだな・・・・
2009年01月01日
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