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7月15日(金)わたしどもの命の恩人とも言うべき「渡辺正夫先生」が 召されました。74歳の生涯でした。わたしと友人のNが、前夜式とお葬儀の 御用をします。 わたしが小学6年生の頃、一つ年上の甥が中学生になった。彼は目を輝かせて、中学校のことを話してくれた。「面白い先生がいる。この先生は自分のことを『ガマ』とか『ガス』とか言っている。この先生は実はクリスチャンで、友人のNが首に十字架のネックレスをかけていたら『そんなの遊びでするもんじゃない』と言って、『じゃ、それを譲ってくれ』と言ったんだ。」 悪童どもにもてあそばれていたカメを助けた浦島太郎の美談のように小学生のわたしには響いた。「中学校にはめずらしい先生がいるんだ」と思っていた。 それにシュバイツアーのイメージなどが重なった。そして、中学生になった時に、担任になられたのが、実にこの渡辺という先生だった。先生は新潟県の出身で色の白い、口の大きな方で、教師になって初めての担任がわたしどもだった。24歳の理想と使命に燃えた先生は、わたしども田舎の中学生に体当たりで教育をしてくださった。「人生は出会いで決まる」と言われるが、わたしにとって、渡辺先生との出会いは、文字通りの「人生をまったく変える決定的な出会い」だった。・・・・http://blogs.yahoo.co.jp/ps23062000/19969543.html 文字通りの「人生をまったく変える決定的な出会い」でした。 先生、ありがとうございました!
2011.07.16
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今日は気仙沼の教会でお話しをしました。 盛岡のホテルを7:30に出まして、水田先生の車に載せていただき 気仙沼第一聖書バプテスト教会に約10:00に到着しました。 この教会は今回の津波で教会牧師館ともに流された教会でした。 教会がなくなって、どこで集会をするんだろうと思っておりましたら、 教会の役員さんの印刷工場を改造しての集会でした。この3日に 皆で板を張り、ステンドグラスをつくり、講壇とマイク等の設備を 完成して、初めての特別集会とのことでした。にこやかで元気一杯の 峰岸先生や多くの兄弟姉妹に歓迎されて、優しい笑顔のただなかでの 説教で、すばらしい恵みのひと時となりました。 家を流されてしまったという方が、おふたり、初めて教会にいらっしゃい ました。最後の握手をしたときに涙をためていらっしゃいました。 集会後に皆でカレーをいただきました。とてもおいしかった! その後、朝日新聞に出た瓦礫の中の流木で作った十字架の写真の 気仙沼第一聖書バプテスト教会のその場所に、案内していただきました。 2008年に新築したばかりの教会なのに2年で流されてしまったとのこと。 3時29分でとまったままの目覚まし時計が二つ置かれていました。 そしたら、「サマリタン」の奉仕の若い方々が6,7人駆けつけてくださいました。 峰岸牧師から「ハリー先生、祈ってください!」と依頼されて 教会の復興、地域の復興を祈りました。教会のお隣の方々は、今も、 避難所生活だそうです。お別れのときに、元気に手を振られ、 「気をつけてね!!」と元気な声を背後に陸前高田の方面を通って 盛岡に帰りました。こちらが元気をいただきました。 明日は花巻の教会で御用です。お祈りください。
2011.07.07
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