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久しぶりに昔描いた油絵を載せてみました。これは18歳のころ。大田区の兄貴のアパートで書いたものです。ちょうど、ゴヤ展か何かがあって、このような色調にあこがれていたころだったんですね。ゴヤの若いときの帽子をかぶった自画像が印象的でした。今年も、お正月、兄貴や姉貴たちと夜2時まで昔の話をしました。20歳の青春の思い出は、なんとも言えない輝きがありますよね!
2008.01.30
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昨年の10月に聖化大会でスティーブ・シーモンズ先生がこのような話をされました。主イエスの十字架の血汐は、わたしどもの恥を取り除きあがないの業をなしてくださるのです。2000年の5月にアズベリー神学校の礼拝でなされた、学生のマーティーという女性の証を忘れられません。彼女の8ヶ月の時です。彼女の父親は、彼女の母親を銃殺してしまったのです。幼い彼女は母方の親族に引き取られ、そこで育てられました。彼女にとっては、幼なかった時に、父親が何かをしたという出来事が、恥となって心に重くのしかかっていたのでした。あなたのお父さんがあなたのお母さんを殺したのよと言われた。これは彼女に人生に大きな影となったのでした。彼女は後にクリスチャンになりましたが、彼女は誰にもそのことは言いませんでした。彼女は神様から、聖書を教えることを示されていました。彼女はヘブル語やギリシャ語の勉強をして、聖書の釈義をしたりしていました。あるとき、サポートグループでその話をしました。学校の教授でありカウンセラーである方のところに行きました。そこで、お父さんのしたことはあなたの過去の一部として受け入れなさいと言われました。彼女が神学校で学ぶうちに、すばらしいチャドという男性と出会い結婚することになりました。その結婚式の招待状を書いているときに、主が彼女に語りかけられました。何通か、父親の親戚にも送ってほしいと言うのです。彼女にとって、それはとても難しいと感じました。生まれてからこのかた、一切、コンタクトがなかったからです。しかし、彼女はそうすることにしました。親戚がどこに住んでいるかも知りませんでした。母方の親戚に電話をしてから、父親の親戚の電話番号を聞き、招待状を出しました。結婚式の当日に父方の叔父やおばに会いました。父方のおばあちゃんに始めて会いました。おばあちゃんはクリスチャンでした。「マーティ、わたしは、あなたのためにずーっと祈り続けてきたのよ。」と言って涙を流して、抱きしめてくださいました。それから、数日後に、彼女は、当の父親に会いに牢獄にまで行きました。そして彼女は父親に許しと優しい言葉をかけて帰ってきました。彼女が語られる間、礼拝の時に皆、黙って聞いていました。彼女は最後に、こう言いました。「わたしは殺人犯の娘です。でも、今は、王の王、主の主であるお方の家の子供として養子となりました。わたしはなぜ、父親の罪を負わねばならないのかは分かりません。しかし知っているのは、主イエス様が傷を負ってくださったことです。そのことによって、あのゴルゴタの十字架で流された主イエスの血潮によって贖われたのです。これまで、負ってきた、恥や多くの問題、エジプトの辱め、悲しみを転がして、わたしの魂を解放してくださいました。主に感謝します。」
2008.01.25
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「神の摂理こそあなたの資産」 アメリカのエリック・スローンという画家の証しを聞きました。彼は若い時にお父様からの遺産として百万ドル(約一億二千万円)の遺産を受けました。ところが若さのゆえにそれらを使い果たしてしまいました。この遺産がゼロになった朝、彼は失意のどん底でした。その日は日曜日でした。彼は、「そうだ、礼拝に行こう」と重い足を引きずりながら礼拝に出席しました。そこで牧師の語られたのは「神の摂理こそあなたの資産」という説教でした。彼は大きく心を動かされ、自分の家に帰って、画架の下の方に「神の摂理こそわたしの資産」と書きつけました。この信仰に立って、彼は絵描きとして大成しました。自分の過去を悔やんでも、新しい業は何も起こりません。しかし、人生の深みに神の見えざる御手を見る者は、人生のマイナスをプラスに転換することができるのです。
2008.01.21
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先日、久しぶりに、田舎に帰った。東北自動車道路からインターで降りて、市内を通り抜け、それから、自分の生まれ育った農村の村落へと向かった。冬の山々は灰色の深い彩りをしていて、なんともいえない風情があった。この枯れ木の枝に雪がつもると灰色と白と薄い紫の日本画のような美しい冬景色となる。田舎の生家に帰る途中、とても懐かしい所を通った。それは都市部から田舎の村落に通じる県道から離れて、近道になっている、更に狭い山のふもとをたどる細い道である。わたしはその山あいの道を通りながらいろんなことを思い起こしていた。高校二年生の夏休み、美術室に毎日、石膏デッサンに通った道である。4時から5時ごろ、美術室を出て、約一時間、夕闇迫るその田んぼ道を自転車に乗りながら、倉田百三と亀井勝一郎の文庫本を読んだ。田舎の細い道は、人っ子一人いない。車もほとんど通らなかった。16歳のころである。跳ね石坂というところを通ったときには、黒い木々のシルエットの中に夕焼けの雲をのこしてどこまでも広がるピンクと紫色にに染まり行く青空を見ながら、涙が流れるほど感動しながらしばし見とれたときがあった。また、暗い茶色の土の上に列を成して伸びている野菜の畑の色調に驚き、「どうしてこんなに美しい世界だったのに気がつかなかったのだろうか!」と思ったりした。またあるときには、自転車のチェーンが何度も外れていらいらした時に、「ああ、このような時にこそ、感謝が必要だ」。そして歎異抄の一節「煩悩しじょうの凡夫、火宅無常の世界は、みなもて空言、たわごと、真あることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏・・・」などと唱えていた。40年前のことでも、今も鮮やかな思い出です。
2008.01.16
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イヤー、天使と相撲をとったヤコブの心境でしたね!三重県から、牧師ご夫妻と、4歳、2歳の元気なちびっ子たちがお正月で来てくれました。ご飯のできるまで、かれらと相撲をとりましたね。なんか、うちの孫ではありませんが、まごができたようなそんな雰囲気でした。4歳の子がいわく「うちは、夜、バルタン星人がでるんだよ!」「え?バルタン星人??」腿のツガイははずされませんでしたが、楽しんで、あごのツガイがはずれそうでしたね・・・。
2008.01.09
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聖会風景元旦礼拝に続いて、2日は新年聖会がありました。137名の方々がご参加くださり、補助イスが出る祝された聖会でした。第一回は英国で宣教師の働きをされた横山基生先生、第二回は原田謙先生でした。お二人とも同じ聖書箇所から説教でした。エフェソ4:17-24.「心の底から新たにされて」という主題でした。聖会の最後は多くの方々が招きの応じて、聖壇の前で、献身の祈りをしました。新しい一年、恵まれて雄雄しく歩みましょう!
2008.01.08
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この絵は天竜川の近くの風越山。未完ですが・・・あけましておめでとうございます!あれー!ばたばたしているうちに、もう、新年4日めだ! 今年は「あなたは善にして善を行われる」詩編119:68のみ言葉に信頼して歩みたいと願っています。30日 07年最終礼拝1日 元旦礼拝、2日 新年聖会 午後1時と4時と2回 夜は親族の新年会3日は休息と年賀状書きこの新年、皆様の上に祝福を祈ります!!
2008.01.03
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