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私にとって、神戸といえば「さんちか」。「さんちか」といえば、('07.09.15日記)にも書いた帽子屋さん!!1番街にあるそのお店は、小さいながらも大手デパートに負けない良品が揃っています。神戸に来たら、必ず立ち寄ろうと決めていました。そうです!!このGWのソウル行きの帽子を探すためです。春先から秋口まで使えるものを ずっと探していました。けれど私が海外旅行に出掛けるのは、冬か夏。春秋用は出番がなかったのですね。(国内で被ればいいだけですが、、それでは勿体ない。。)店先に、白地にピンクの刺繍が施してある可愛らしいデザインの帽子が飾ってありました。縁の広いお洒落な帽子です。「この帽子、被ってみてもいいですか?」「ええ、勿論どうぞ。」、そう笑顔で答えてくれた店員さんは、以前お世話になった方でした。その帽子を試着しながら、「去年の夏に、ベレー帽を香川まで送って戴いたのですよ。その節はありがとうございました。」そう話しながら 鏡を覗き込んでいる私を"じぃ~"と見ていた店員さん、「あぁ、思い出しました。あのベレー、気に入って戴けましたか?」それはザルツブルクでの年越しの為に購入した、ピンクがかったベージュのベレー。一目惚れしたのは私です。「私、イタリア製の帽子が大好きなのですよ。」「目を引く帽子は、大抵がイタリア製です。」そう言う私に、「では、いいお帽子がありますよ。一見、普通の帽子なんですがね、被ると違いが分かるはずです。イタリアといえば、そのメーカーさんが一番ですね。」少し離れた場所に展示してあった 黒色の帽子を手にしながら、彼女は話しました。その言葉に私は"ピンッ"と反応。「そのメーカーさん、もしかして『Grevi』じゃないですか?」「お客様はよくご存知ですねぇ。そうです、Greviです。」お洒落なイタリア製で、被れば印象が変わり、そして被り心地がいい帽子といえば、まずGreviの名が上がるでしょう。その帽子達はユニークなデザインも多いです。Grevi好きな私の為に、彼女は まだ季節の早い 箱の中にしまってあるものまでも取り出してくれ、おかげで様々な色やデザインを試すことができました。しかし最終的に私が選んだのは、ごく普通のデザイン↑。彼女が最初に見せてくれたGreviの品物です。写真では、あまりにも普通で面白みがないように見えると思いますが、これ、被るとお洒落なんですよ。帽子に表情が出てくるというか、、。頭にフィットする感じも格別です。(*^―^*)〈ご案内〉『Grevi』の帽子は、少数ですが大手デパートにも入っています。けれど、もしフィレンツェに行くことがあれば、ぜひ唯一の直営店へ足を運んでみて下さい。当たり前ですが、Grevi一色です♪(オーダーメイドも可能ですし、日本へも発送してくれます。)ドゥオモから徒歩5、6分。ブランドショップが並ぶトルナブォーニ通りから西、スパーダ通りに入ってすぐ左手にあります。
2008.03.31
西宮へ向かう阪急電車の中からは、桜並木がよく見えます。今日は春雨の肌寒い一日でしたが、ほんの少し早い花見を楽しんでいます。兵庫県立芸術文化センターで上演中の『蝶々夫人』。舞台上にも満開の桜が咲き誇っていました。蝶々さんの喜びも悲しみも、その舞い散る花びらが心の内を伝えています。私のオペラ鑑賞は今日が初めてです。"一度は観たい"と長い間思っていたのですが、これという演目が決まらずに今までお預けになっていました。そんな時、一昨年の夏に大成功をおさめた "佐渡裕"芸術監督プロデュースの"蝶々夫人"が再演されると聞きました。主人公は日本女性、舞台は明治初期の長崎、作曲家がプッチーニとなれば、オペラ初心者の私でもストーリーに感情移入しやすいはず。(イタリア語上演、字幕付き)このオペラは、その期待にしっかりと応えてくれたように思います。第1幕では、15歳の蝶々さんは、仲介人の紹介でアメリカ海軍士官ピンカートンと結婚の契りを交わします。蝶々さんはこっそりとキリスト教に改宗した為に、親類一同から絶縁されます。それでも二人は愛の深さを確認します。第2・3幕では、本国に帰ったピンカートンを待ち続けて3年、周囲の者達は蝶々さんに他の男性との結婚を勧めます。しかし彼の帰りを信じ、彼の愛を信じる健気な蝶々さん。彼女には、ピンカートンとの幼い息子がいました。そんな時、ピンカートンの船が長崎の港に帰って来ます。けれど、彼女の喜びと期待とは裏腹に、ピンカートンは本国の妻を連れて来たのです。それを知った蝶々さんは、彼らに愛する我が子を託し、自ら命を絶つのです。これほど純粋な女性を見るのは、時に無性に悲しくなります。あまりにも「健気」すぎて、あまりにも悲しいのです。今日の蝶々さんを演じた並河寿美さんは、その一途な想いを全身から滲み出していました。ピンカートンをあてもなく待ち続ける不安、彼への確固たる愛情、少し上向き加減な顔の角度と、過剰な程に明るく振る舞う姿によって切なくなるほどに演じきってくれました。~彼はもう自分を迎えに来ないかもしれない。~彼女はそれを誰よりも分かっていたのでしょう。けれども、それでも信じたかった。信じ続けたかった彼女の気持ちが痛いほどに感じられます。蝶々さんを囲む人物らにより、それがより伝わってきます。プッチーニは、長崎に実在したといわれている日本女性の悲劇を知り、それに感動してこの作品を作ったそうです。あぁ~、本当にあった話だからなのですね。蝶々さんは昔の日本女性の健気さの象徴のような方でした。この作品が初めて世に出た時代は、日本の思想も文化も まだ欧米人には未知の世界だったと思います。もしかすると、蝶々さんの生き様は理解されなかったかもしれません。でも、その彼女の心の奥底を感じることができたから、その美しく儚く散った彼女の人生に多くの観客が涙して、今なお演じ続けられているのでしょうね。私が蝶々さんだったら、どうしただろう。そんなことも考えながら観ていました。彼女の死と、舞い散る桜。見事な演出で、余計に涙を誘う作品でした。
2008.03.30
「絶対19時半までに家に戻るから! 今日は韓国語やソウルの話はしないでね。」最近、我が家の土曜の夜は韓国料理が定番。父は毎回、お店の奥さん「ウォンさん」と話が弾みます。小学時代までをソウルで過ごした父は、韓国の話をする時は目をイキイキと輝かせます。近頃、韓国語の勉強まで始めました。(『77』の手習い(-.-;))しかし、今日は私に時間がありません。お店に入る前にも念を押し、食事中もできるだけ会話を減らしてもらいました。それは、19時半から始まるNHK・「探検ロマン世界遺産スペシャル」を見るがため。* * *『記憶の遺産』~アウシュビッツ・ヒロシマからのメッセージ~番組案内より。【人類の輝かしい文明の産物が主な対象とされてきた世界遺産に、第2次世界大戦で未曾有の被害を受けた場所であるこの2件が登録されたのは、後世まで"記憶"を伝え、世界平和につなげるためだった。パリ・ユネスコ本部に残る、当時の登録審議の記録をひもとく。また取材班は、1月27日のアウシュビッツ解放63年目の記念日に立ち会った。収容所から生還を遂げ、今も世界各地で収容所での過酷な強制労働や脱走時の状況を語り伝えている、86歳の"元囚人"に話を聞く。さらに広島では関係者への取材を行い、原爆ドームが象徴する核廃絶への祈りを伝える。】『アウシュビッツ』は、私が是非とも訪れたい場所のひとつです。ナチスドイツや独裁者が生まれる時代背景にも興味がある私。同じ過ちを繰り返さない為にも、その場所を直接 肌で感じたいと思っています。このアウシュビッツを世界遺産に登録する為に、新しく登録基準が設けられました。それは、『顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文化的作品と直接にまたは明白に関連するもの。』これにより、1996年にヒロシマ原爆ドームも世界遺産として登録されました。この二つの場所は、人類全体に普遍的警告を発するための"記憶の場所"なのです。私はこれらを"負"イコール"悪"のように思っていましたが、番組の中で語られていた言葉に考えさせられました。『原爆ドームが象徴する核廃絶に向けた祈りの場所、そしてアウシュビッツにおいては博物館として記憶を後世に伝えようとする意志、これらは"善"の遺産である。』、と。そして原爆ドームの登録においては、日本の戦争責任を問う中国と、原爆投下のおかげで戦争が終わったのだという意見を持つアメリカとの二ヶ国から反対の意見が出たという、国際議論についても説明されていました。確かに、私にも当時の議論についての記憶が残っています。けれども改めて、原爆ドームの遺産登録が許された意味の深さを思わずにはおられません。また、今回初めて知ったこと。今まで知ろうとしてこなかった事実も、この番組の紹介で出会うことができました。それは、「韓国のヒロシマ」と呼ばれる『ハプチョン』という街。ここには戦時中に広島へ移り住み、被爆後に帰国した韓国人が大勢います。広島で被爆した10人に1人が韓国(朝鮮)人だったことにも驚きました。彼らは長く記憶を閉ざし、いえ、閉ざさざるを得なかった過去を引きずって生きてきたのです。彼らの証言を聞きながら、もうひとつのヒロシマの課題を見つけたように思います。広島前市長、平岡敬氏も話しておられましたが、日本の歴史をきちんと認識していかなければならないこと。その背後に犠牲になった国民や他の国々について、私は知らないことだらけだなと つくづく感じることができました。『我々は、罪ではなく記憶を背負っていく義務がある。』、これはアウシュビッツ博物館の元館長の言葉です。
2008.03.29
*シドニー湾とオペラハウス【'02.02.14】ブログ仲間の「kiyoshi-kunさん」が、昨晩の日記でオーストラリア英語について書かれていました。オーストラリアはなまりのキツい英語ですので、会話ならまだしもTVやアナウンスでは聞き取ることが難しいとのこと。なるほどぉ~。オーストラリアがそうならば、NZだって勿論そうです。私の場合は、元々英語が大の苦手ですから、教科書的な英語も なまった英語も、どちらも「???」なので、9ヶ月のNZ滞在中もさほど気にはなりませんでしたけど。。(^_^;)ただ、「数字の eight の発音が『アイト』なのよ。」ってことだけは、NZ到着早々に教えて頂きましたっけ。そして気が付けば、Todayは『トゥダイ』とごく自然に頭の中で読んでいました。慣れると その方が現地っぽい感じがして、私は好きです。*日本語だってなまっている私ですし。。オセアニア特有?の「G' day !」という挨拶も、『ギ(ッ)ダァーイ!』と読んでしまいます。言葉って、常に変化していくものですから、本場英国から離れた英語が存在しても当然ですし、だからこそとても愉快です。英語とアメリカ英語だってかなり違うでしょう?NZ時代、フェイドラという大好きな先生のクラスだった時、私は毎日かかさず英語の日記を提出していました。私が使っていた辞書は日本のものでしたから、当然のことアメリカ英語です。*英英辞典を使わなくっちゃね。日本の教科書英語しか知らない私には、それが英語の全てでした。しかし、NZはなまっているといっても本場英国の英語です。その時のノートは、フェイドラによって沢山の単語のつづりが赤ペンで訂正されています。そしてイギリス英語の発音で、今でも治らないものが「often」ですね。最初は全然意識していなかったのですが、耳が慣れると『オフトゥン』の方が可愛く聞こえて、かなり気に入ってしまいました。すべての英語をひとまとめにするには奥が深いですねぇ。単に方言で片付けられるものではないでしょう。英国は別にしても、英国が植民地として治めていた国々で使われる英語は、たぶんそれぞれの先住民の言葉との繋がりもあることでしょう。オーストラリアならアボリジニー語、NZならマオリ語の多大な影響を受けているはずです。面白いなぁ~。改めてオセアニア英語に触れてみたくなりました。*それでもやはり英語は苦手です。
2008.03.28
*職場への道中にある「こがね製麺所」。ここに「釜玉めんたい」というメニューがあります。それにマヨネーズをかけて食べると美味らしい。。?!「うどんにマヨネーズって美味しいんだよ。」午前中、同じ事務員のT.Kさんがそんなことを言い出しました。「えぇ~、それはないでしょう。うどんにマヨネーズだなんて邪道だよぉ。」そう答える私に彼女は言います。「パスタにだって明太子とマヨネーズ味があるじゃない。同じ小麦粉のお好み焼きにもマヨネーズをつけるでしょ。」内心、"確かに、、。"「でも、うどんにマヨネーズゥ~~?ホントに美味しいのぉ~?」二人の話を聞いていたMくんも、「博多にはあるんじゃない?」と驚きもせず。。最初は半信半疑だった私ですが、次第に興味が沸いてきて、今すぐにでも食べてみたくなりました。となると今日の帰りが勝負です。仕事はPM5:30まで、製麺所はPM6:00に閉まります。いつも帰りに買い食いをしているらしい(笑)N.Kくんなら一緒に行ってくれるかもしれない。しかし彼は渋い返事。デイサービス勤務の仲良しさん、I.Iさんを誘ってみるも、仕事が定時に終わらないとのつれない答え。では、この話題を持ち出したT.Kさんと二人で行きましょうと話を進めている時に、うどん通のデイサービス相談員Y.Nさんが現れました。「うどんはねぇ、やっぱり打ち立てが一番美味しいの。だからね、朝一番か人の出入りが激しいお昼頃に行くのがいいんだよ。」そんなことは百も承知です。けれど、今日! 食べたいのです!!「何より美味しいのは私が打ったうどんだね。自分で打つのが最高に美味しいんだよ。まぁ、いっぺん打ってみぃ~。」彼の永遠に続くうどん語りを聞いていた私達は、"今日うどんを食べる"という熱い思いが段々と萎えてしまいました。それからは「うどん」の話になることもなく、私は定時に帰路につきました。いつも通りの道を走ります。あっ! 信号が赤に変わる直前!!右折は無理でも左折なら滑り込みで入れそうです。左折すると、すぐそこにあるのが「こがね製麺所」。もう一人でもいい、入っちゃえぇ~!!私はうどん王国讃岐人、たった一人でだってうどん屋に入れますよ!!しかし、仕事帰りに一人で「うどん屋」に入るだなんて、まるでどこかの親父さんのよう。でも今日は気にすまい。。。「らっしゃ~い! 後10分したら釜あげができるよ。」一人で入るのも、この店に来るのも今回が初めてです。「ここに『釜玉めんたい』があると聞いたのですが、、。」小声で、ちょっぴり恥ずかしがり屋の私。「あぁ、できるよ。ちょっと待っててね。」出てきたのが↑の写真の通り。さぁ!食べましょう、という時に、N.Kくんからメールがピコピコ、、「美味しかった?」私の誘いを渋ったくせに、、プンプンッ(`ε´)/彼もやはり気になっていたのでしょう。この土曜日のお昼に挑戦するそうです。ところで、肝心の味はというと、、まぁ、美味しいでしょうかね。あり得るようで、不思議なようで。めちゃくちゃ美味しい訳ではありませんが、こういうのも「あり」かな、と思います。大・中・小とある中で、私は小を頼みました。「小」くらいが美味しく食べられる量だと思います。やはり、ちょっぴり「さぬきうどん」本来の旨さとは違うように感じますが、たまには面白くてgoodです。小が一杯、370円。少し高いように思いますが、明太子が入ってますからねぇ。総合的に、かろうじて合格点といった感じでしょうか、、。うどんとマヨネーズの相性が良いことには驚きましたね。けれど次回は、、う~ん、私はいつもの『ぶっかけうどん』を選ぶかな。
2008.03.27
『問題は何をするかや、その大きさではありません。その行動にどれだけ愛を込めるかです。』「母なることの由来」、「母なる人の言葉」マザー・テレサのこの2本のドキュメンタリーを観るために、先週の土曜日に岡山市丸ノ内にある"シネマクレール"へ行きました。「母なることの由来」は3/5にも書きましたが、1986年に制作され、マザーの5年間 10ヶ国に及ぶ活動を記録したもの。そしてマザーが亡くなられた後、国葬の日のカルカッタ市内の様子と、生前の彼女自身が語る姿とを交えて表したものが「母なる人の言葉」です。彼女は1979年にノーベル平和賞を受賞されていますが、毎年 受賞者について意見が分かれるというこの平和賞、彼女については珍しく満場一致で決まったのだとか。それからも彼女の業績の偉大さを窺い知ることができますが、それ以上に亡くなられたマザーに対してお別れを告げたいという大勢の人の群れに、彼女がいかに世界中から愛されていたか、そしてそれ以上にマザーが彼らを愛していたかが伝わってきました。自分は決して特別なことをしたわけではない、誰にでもできることだと彼女は言います。けれど、最も貧しい人に自分の人生を捧げるだなんて、誰が当たり前のこととしてできるでしょうか、、。マザーと共に活動してきたシスター達も並の人ではありません。彼女達の勇気ある行いを見ると、やはり神様から選ばれた人なのだと感じます。多くを望んでも なかなか心の底から幸せを感じられる人が少ない世の中で、貧しい者の気持ちを理解するために決して贅沢をせず、ただ与えるだけの人生の彼女達の笑顔の眩しさに大いに考えさせられることがありました。映像からも、彼女達の周りには弾けんばかりの笑顔が溢れていました。思わず吹き出してしまう冗談も飛び交っています。大勢の人から取り囲まれたマザーの顔は、その皺一本からも笑顔と愛情がこぼれてきそうです。確か私は、彼女が亡くなってすぐに放送されたこのドキュメンタリーを見た時もそうでしたが、この温かい明るさにいつまでも包まれていたいと思いました。その笑顔は今ではもう映像でしか見られない、このことにとても悲しくなるのです。彼女を葬る場面では、何人もの人達のすすり泣きが映画館の中からも聞こえてきました。亡くなられてから、もう10年以上も経つというのに。。。一人でも多くの人に、そして世界のリーダーとして活躍する方には特に観てもらいたい作品です。
2008.03.26
*安芸の宮島 大鳥居【'08.02.24】大学2年生の冬、宮島の厳島神社で友達2人と「おみくじ」を引いた時のこと。私は生まれて初めて『凶』を引きました。今までで『凶』を見たのは、この時だけです。その厳島神社で、先月に「きょんさん」と一緒に引いた私のおみくじは『待ち人来たらず』・・・。(T_T)(2/24日記)どうしてこれほどまでに宮島さんとの相性が悪いのか、、、その謎が先週18日に解けました。仕事中、メールの着信ランプ点滅。それは、私が大学時代に妹のように可愛く愛しく思っていた7歳年下の「M恵ちゃん」から。彼女ともしばらくお会いできていませんが、今も変わらず大好きな友達です。o(^-^)o「今日はYさんの結婚式にきました。(^^)厳島神社だよ。」添付写真には、紅い大鳥居をバックに袴姿の懐かしい人が、、。*ほほぉ~、昨年より私からの連絡一切が着信拒否されていた訳はこういうことだったのね。その人は、私が今までで最も長い間 想っていた人。さすがに、それから10年近くの月日が経っていますし、今の私には「IL DIVO」のウルスの方が特別です!!(*^^*)でも、少しだけ寂しい気持ちがしました。それは、その人が結婚してしまったことではなく、私には連絡がなかったことです。彼が結婚式に招いた友達は たったの4人。(その家族も呼ばれたそうですが。)その4人とも私の仲の良い大切な友達です。私も仲間に入れて欲しかったなぁ~。(; _ ;)昨晩、その内の一人 S.Nくんからも同じ内容のメールが届きました。「お久しぶりです。 元気にされていますか? 僕はなんとかやっています。先日、宮島でYさんが結婚されました。 写真送ります。」Nくん、私のことも思い出してくれたんだ!昔の仲間がこうやって、私を時おり思い出してくれることが とても嬉しく感じました。そんなことを思いながら、、"ふと"気が付いたこと。宮島さんは前もって教えてくれていたのかな。将来 ここ宮島さんで結婚する人のことを、いつまで待っていても仕方がないよ、、そう伝えてくれていたのですね。相性が最悪と思っていた宮島さん。どの神社よりも私に誠実な答えを見せてくれていたなんて。今までは、たかが「おみくじ」と遊び半分でしたが、これからは怖くてひけません。(笑)あぁ、どうか神様!!いつかザルツブルクとルツェルンでは、「待ち人『すぐ』来たる」でお願いします!!って、欧州に「おみくじ」のようなものってあるのかしらぁ~???
2008.03.25
「今日は大人しくして下さいね。」たった40分の短い間に4~5回は言われたと思います。いったい私がどう暴れるというのでしょう。。?朝起きて、"これは夕方までは待てない"、と先週から続く『親知らず』の痛みに降参しました。職場に着くや、施設長に対して第一声。「お昼からお休みを戴いて、歯を抜きに行ってもいいですか?」施設長さんは"くすっ"と笑った後、気持ち良く承諾をして下さいました。「昼まで」と自分に言い聞かせても、"じわじわ"と痛む奥歯が気になって仕事に集中できず、、。14時を待ちかねるように、歯科へと向かいました。「あぁ~、前から進行していた親知らずの虫歯が、ここにきて酷くなったんだねぇ。」「さて、今日は消毒をして、・・・」先生のその言葉を遮るように私、「今日、抜いてもらえないのですか?」内心、『"ちゃっちゃ"と抜いてやって下さいよ。』先生、「えっ? 今日抜くの?」*先生よ、それは普通ならば患者側の台詞ではあるまいか、、、。私、「はい。【今日】抜いて下さい。」内心、『はよぉ、抜いて下さいよぉ。。』親知らずを抜くということは、先生にも気持ちの上で覚悟が必要なのでしょうか?「今日 この後、大人しくできる?」「特に何も予定はない?」質問の度に「はい。」と答えながら、私は内心、『"とっと"と抜いてよぉ~!』と叫んでおりました。久しぶりの麻酔の注射は痛かったですねぇ。(最近、注射とは違うやり方の麻酔もできたと聞いていましたが、ここでは今も昔のままです。)しかし、その注射より大変だったのが、当然のこと『抜歯』でした。麻酔で感覚がない為に、親知らずではなく その手前の歯を抜かれているような感じがしてなりません。。口を開けたぶざまな私は、心の中で無事に終わることを祈りました。。"ぐいぐい"引っこ抜こうと先生にも力が入ります。決して大袈裟ではなく、頭部の骨が親知らずと共に口から出てくるのかと思いました。右から、左から、、先生の苦労が伝わるようです。抜けた時の先生の一言、「思ったより長かったなぁ。」せっかく真っ直ぐに生えていた親知らず。しっかり根付いていたのでしょうね。「今日はくれぐれも大人しくして下さい。」はい。ですから、今の私は大人しくブログを書いておりますのよ。o(^-^)o〈余談〉虫歯って、感染するものなのでしょうか?同じ部署6人の内、現在3人が歯科通院中です。明日は、私の前に座るT.Kさんが虫歯の親知らずを抜く予定!そういえば6年前、初めて私が親知らずを抜いた時も、上司のK.Kさんが抜歯した"すぐ後"のことでした。*只今、虫歯前線 拡大中?!
2008.03.24
今月30日(日)まで、高松市にある香川国際交流会館(アイパル香川)に於いて、社会福祉の観点からドイツの歴史を紹介する『ドイツ社会福祉史展(ドイツ労働社会省主催)』が開かれています。写真などの資料50点とともに、主にドイツ帝国宰相のビスマルクからナチス時代を取り上げているのです。ナチスやヒトラーの残虐行為は憎むべきものですが、私はナチスが世界に残した大きな功績に興味があります。世界に先駆けたテレビ放送や、高速道路のモデルであるアウトバーン。宇宙開発やオリンピックの聖火リレー、現在私が直接関わっている給料天引きの源泉徴収制度など、数えあげるとキリがありませんが、ユダヤ人迫害とは違うナチスのプラス面の部分は勉強する価値があるように思えます。それにご存知、日本の健康保険や介護保険制度の見本はドイツの公的医療保険制度ですから、その国の優れた社会保障制度を知ることは大切かなと足を運んでみました。展示の案内によると、ビスマルクが「社会主義者鎮圧法」で労働運動を取り締まる一方、医療保険、労災保険など労働者に配慮した制度を導入した時代背景。ナチスが失業対策の名目で軍備を拡張していったことなどを紹介、とあります。・・・、そういった資料がところ狭しと並んでいました。確かに、そんなことが書かれていたように思います。・・・、思う?そう、実は詳しく見ることができなかったのです。(同内容の小冊子だけもらって帰りました。)先週の火曜日から歯痛がしています。水曜日は歯科に行くのを迷いつつ、木曜日が祝日。金曜日は仕事がとても忙しく、その痛みを忘れていました。昨日も外出しましたので、未だ歯科に行けておらず、、、。今日、忘れていた歯痛が復活したのです。(>_<)* * *昨日の午後は、岡山の書店でアメリカの保険制度について軽く立ち読みしました。格差社会の激しいアメリカでは、保険制度も自己責任という内容。偶然にもその説明の中で、保険に入っていなかった女性(寡婦)の息子が昨年2月に虫歯の菌が脳に回って死亡したとありました。・・・、(^_^;)本当は、歯科になど行きたくないのですが、、。有難いことに、私は基本的には国民皆保険の日本国民。。保険がない為に病院へ行けないのではなく、単に歯科に行くのが辛くて(恐くて)虫歯が大事になったなんてこと、、、これ以上恥ずかしいことはないですね。社会保障を勉強すると共に、それを素直に使っていこうと明日の歯科行きを決心しております。(苦笑)あぁ~、左上の「親知らず」。早めに抜いた方が良さそうです。。(∋_∈)
2008.03.23
*NZではお馴染みの『羊渋滞』。NZをほぼ一周した私ですが、残念ながら羊渋滞には一度しか遭遇できませんでした。旅の疲れか、"うつらうつら"していたバスの乗客達。私も同じでした。そのとき誰かが急に声をあげ、カメラを構えます。すると他の乗客も同様に、窓から大きく身体を乗り出してシャッターを切りまくりました。【'02.02.06 クイーンズタウンからティアナウへ向かう途中の出来事】* * *もう東京では桜が開花したのですねぇ。少し肌寒さが戻ったように感じましたが、すっかり春本場になりました。香川でも、きっと来週には開花してくれることでしょう!桜前線の北上に伴って、全国から届く 桜の名所の映像を見るのが今から楽しみです。春先は、日本では『桜前線』。NZでは『子羊前線』。季節が逆のNZでは、春先を迎える8月下旬から9月にかけて、子羊前線が南下します。この季節になると子羊が生まれるのです。NZといえば、人の数の何倍もいる羊で有名ですが、こういった表現まで羊と離れられない国なのですね。道路では、当たり前のように羊の群れが渋滞を引き起こすそうですからね。↑o(^-^)o(市の中心部では、さすがにそれはないですよ。)『子羊前線』・・・しかし、これはどうもNZだけではなく、英国でもあるそうです。ということは、きっと本場は英国ですね。違いはと言えば、英国では南から北上するのに対し、NZは北の方が暖かい訳ですから、段々と南下していくということくらいでしょうか。。
2008.03.22
*遠い昔になりました、1994年広島アジア大会。開会式を前にカザフスタンの選手と共に記念撮影です!【'94.10.02】先日、「ユーラシア人さん」のブログで"カザフスタン"という国名を見つけ、とても懐かしく嬉しくなりました♪今日は、フィギュアスケートの浅田真央選手が世界選手権で優勝しましたね☆もちろん私も彼女の優勝を願っていました。彼女の実力は言うまでもなく、今回転倒はしたものの常に安定した演技なので、見る側にとっても安心して応援できます。身長も伸びて、手足が長くなったせいもあり、より美しさが増してきました。そして、私が真央選手と同じく応援しているのが「キム・ヨナ選手」!!彼女が日本人なら、私は誰よりも彼女に優勝してもらいたいくらいです。キム・ヨナ選手はリングに上がると、普段のあどけない表情から一辺。曲目に合わせて様々な顔を見せてくれます。技術だけでなく、その表現力の巧みさに、私はいつも魅了されています。今年も昨年同様3位。真央選手とともに、オリンピックでの表彰台中央を目指して頑張ってもらいたいです。* * * * * * *それは、私の大学時代のこと、今から13年半前の「広島アジア大会」。開会式において、私達は選手の入場行進に旗を持って続いたのです。この時、初めて世界を舞台に活躍する方達を"生"で見ました。背の高い、少し怖そうなアラブ首長国連邦の選手は、サングラスをかけて民族衣装を着ていましたっけ。当時は、近くて遠い国だった韓国人選手とも仲良く並んで写真に写っています。それまでのアジア大会には出場できなかった旧ソ連の国々からも、多くの選手が集まっていました。アジアというよりも、むしろヨーロッパの面持ち。私は、カザフスタンという国の存在をこの時知りました。色白でハンサムが多いカザフスタン。昔から"面食い"だった私は、喜び勇んで声をかけたのだと思います。そして、自動販売機の前に一人の素敵な日本人選手を見つけました。"カッコいい~☆"「すみませ~ん♪ 一緒に写真を撮ってもいいですか~♪♪」気持ち良く私のお願いを聞いてくれた彼は、漕艇の「杉藤洋志選手」。皆さんは、きっと知らないですよね。私は、ただカッコ良いという理由だけでお願いしました。しかし、後で新聞を見てびっくり!彼は金メダリストになっていたのです!! 私が勝利の女神かしら?(笑)オリンピックに世界選手権、アジア大会などの大舞台を目指して、日々練習に励む選手達。頂上に立てるのは"たった一人"と分かっていても、みんなに金メダルをあげたくなる その頑張り。今日は、その中でもやはり才能に恵まれて、その上人一倍見えない努力をされた真央選手だからこそ、それを手にすることができたのですね。バンクーバーオリンピックが待ち遠しいです!↑に書いた広島アジア大会の杉藤選手もそうですが、自分が応援する選手の優勝って、ものすごく嬉しいことですね。
2008.03.21
もう限界かなぁ。2000年からのお付き合い。でも、良く頑張ってくれてるなぁ。それは、私の愛用するパソコンについてです。当時はこれでも最新のものを買いました。ソニーのノート型PC『VAIO』。(使いこなせないというのに、、。(^_^;))ここまで使えたのも、その時に古い型を選らばなかったからでしょうが、、。しかし、やはり「windows98」は、もうキツいです。この楽天のブログ更新だけでなく、Amazonでの買い物も、MSNのhotmailの送信すらできません。(T_T)*ブログは携帯から更新しています。友達のmixiのブログを開くにも、何度エラーが出ることでしょう。楽天ブログだって、エラーの為に開いた途端閉じてしまうものもあります。(>_<)コメントを書いていても、突然に落ちてしまうことも"しばしば"。(ToT)You Tubeで試聴したり、プロモーションビデオを見るなんて、もっての他!(><。)。。限界かなぁ~。けれど、やはりこのパソコンに愛着があるのです。それにパソコンを買うくらいなら、そのお金を"ザルツブルク行き"に使いたい、、。(*^_^*)でも、やっぱり限界かなぁ~。
2008.03.20
今日の昼休み、いつものように皆さんのブログにお邪魔していました♪そこで「sakuranomiさん」が昨日(3/18)の日記で紹介されていた『オーラソーマ・カラー心理判断』。面白そう☆、と早速占ってみました。HP: http://www.voice-inc.co.jp/aurasoma/reading.html これが非常にいい気持ちにさせてくれる結果なのです。この結果を読むだけで、セラピー効果があるのかも?sakuranomiさんが書いて下さっていますが、オーラソーマの結果はその時の精神状態が出てくるのだそう。ふむ。ふむ。、といった感じです。実際にやってみて、私とsakuranomiさんの色の違いにびっくり。私はかなり"はっきり"した主張の強いカラーを選んでいますが、sakuranomiさんは、そのお人柄が窺えるような優しいカラーを選ばれています。o(^-^)o* * *↓は本日の私の結果です。◆本来の私、人生の目的と可能性(カラー:ロイヤルブルー/レモン・047)神秘的なことに対する関心が高く、その方面の情報や知識も豊富なあなた。もともと分析的、論理的な思考を備えている一方で、無から有を生み出す直感的な創造力やイマジネーションにも優れています。右脳と左脳のバランス感覚がとれていて、客観的に物事を判断してベストな選択ができる人です。あなたはつねに「どんな人生を送りたいか」というはっきりした方向性を意識しています。そこに自らの使命を見出し、自分にとっての"真実の道"を生きることに最善を尽くします。*てれてれ、、。(*^_^*)◆私の人生の課題やチャレンジ(カラー:クリアー/ディープマジェンタ・100)自分の嫌いな部分ばかりが目について、愛を信頼できずにいるようです。勇気を持って正直に自分と向き合い、本来の力とバランスを取り戻す必要があります。自己否定しがちな闇の部分も、避けずにちゃんと見つめましょう。無意識のレベルに光が注がれて、あなたは自らの無限の可能性に気づくでしょう。感情を抑えず、思いきり泣くことがヒーリングになります。それによって大きな浄化が起こり、新しい自分に生まれ変わることができるでしょう。*自らの無限の可能性!...ぐふっ!(*^m^*)!/◆私の今現在の状態(カラー:オレンジ/オレンジ・026)あなたの心を過去の失敗の記憶が占領していて、まだ変化することに対する恐れを感じているかも知れません。でも安心してください。あなたには今まさに"再生"の力が与えられています。とても社交的で親しみやすい一面、何事も楽しんでしまえる明るさやプラス思考、前向きな姿勢など、あなた本来の魅力を自分自身が認めて、さらに引き出すことができます。周囲の人々に自分をありのままに表現していきましょう。素直に自己表現するあなたの姿は、人々の目にとてもイキイキとして映るはず。自然に人が引き寄せられてきて、交流関係が広がるでしょう。*皆さん、私ってこれ以上楽観的になっても宜しいでしょうか?(*^―^*)◆私の未来の可能性(カラー:レッド/ピンク・080)未来のあなたは自らが備えているパワーや強さ、勇気、情熱を理解し、それらをフルに活かして、周囲に自分をうまくプレゼンテーションしています。例えば仕事では、グループの中心となり、様々な情報やお金、人材をうまく動かして、プロジェクトを成功に導くでしょう。また、クリエイティブな感性に恵まれているので、好きな歌や楽器の演奏、絵を描くことなどに積極的に取り組んでいくことで、才能が開花するかも知れません。自己表現した作品を通して愛と温かさを人々の心に与えることができるでしょう。*ということは、"IL DIVO"のウルスとデュエットして、世界デビューしなさいっていう神様のお言葉ね♪(..神よ、お許しを..)(^^)◆最後に、誕生日から導かれた『私の本質』(カラー:ロイヤルブルー/ゴールド=良い知らせが届くというメッセージ)考え方が明確で、ストレートな態度で他の人と関わることができるので、平和な関係を築くことができます。自分の経験からあらゆることを学び、そこから新たな智恵を得ることができます。強いカリスマ性を持っています。必要なものはなぜか手に入る人ですが、物質的なものには重要性を感じず、できるだけシンプルな生活をしたいと思っています。*もしかして、私って神様にめちゃくちゃ愛されてる?( ̄ー+ ̄)この結果が当たっているかどうかは、私の問題ではないのです。この架空の私が気持ちいい☆最も嬉しかったのは、未来の可能性に記された「愛と温かさを人々の心に『与える』ことができる」という部分。あまりにも良い結果でしたので、きっと私はもう二度とこの診断はしないでしょう?(笑)けれども、この素晴らしすぎる結果に近づく自分になりたいと思います!!"しっかり"おだてられた私は今、まるで天まで昇るようです♪*sakuranomiさん、ネタを拝借いたしました。すみません。
2008.03.19
2000年2月、訪れたカンボジアという国を通して、自分では想像だにしていなかった世界の存在に、私はハンマーで頭を殴られたようなショックを受けました。帰国後すぐのこと、何気なくめくっていた新聞の「カンボジア・スタディツアー報告会」という文字が目に入りました。カンボジアでの学校建設や職業訓練のサポートなどの活動を紹介するものです。場所は香川県高松市。商店街の小さなお店の2Fでした。偶然にも、カンボジアで出会ったサムナンくん(9/14、12/14日記)の話から、カンボジアでの教育について考えさせられることがありましたので、興味津々で参りました。そこは『セカンドハンド』という団体で、同年5月にNPO法人として県から認証を受けています。ここは多くの方達から無料提供された衣類や生活用品を販売して、その売上を国際協力に役立てているチャリティーショップです。今では、高松市に2店舗、同じ県下の丸亀市に1店舗、その他広島店と福岡店があります。HP: http://www.eskimo.com/~2nd-hand/代表の新田恭子さんは、イギリスでチャリティーショップと出会い、そのシステムの完成度の高さと合理性に目からウロコだったとのこと。また、彼女は1994年に参加したユネスコ主催のワークキャンプでカンボジアを訪れ、ポル・ポト時代に親兄弟、友人を亡くした同い年の青年から当時の話を聞いたそうです。教育はなく、生活すべてを管理され、強制労働の日々。同じ地球に住む人間として、何かしたい、何かしなければという思いと、チャリティーショップの手法を結び付けたことが始まりでした。あの日、私は彼女の熱い視線に呑み込まれてしまいそうでした。* * *あの頃より私はずっと悩んでいます。カンボジアにおいて学校建設をする夢を、セカンドハンドと出会う前から抱いていました。学校を建てることよりも、そこで行われる教育に携わりたい。*あれから多くの著名人がカンボジアで学校を建設している話を聞きましたが、それは資金面が主で、セカンドハンドのように地域に根差す活動をされているようには思えません。セカンドハンドの姿勢と、その行動力に拍手を送りたいです。けれど初めは「カンボジア」、「教育」にだけ意識が向いていた私でしたが、いつからか私の目指すものの何かが違うことに気づいたのです。言い替えれば、何をすればいいのか見失ってしまったのです。考えれば考えるほど分からなくなります。私の視点はあくまでも日本で生まれ育った上にあるものであって、その価値観は他に当てはまるかどうかも定かではないし、当てはめるべきことかも分からない。国際協力も政治と同じで、目先の成果ではなく長く大きなスパンで見つめなければならない。(中には、「そのまま」にしておく方がいいこともあるでしょう。)10年、20年経って、結局何が彼らのためになるのか、何が彼らの【幸せ】か、私の前に深い霧が立ち込めました。答えどころかヒントさえも見つからず、他人の意見を聞けば聞くほど迷宮入りしてしまいます。こうして8年も無駄に生きてしまいました。けれど、少し気分を入れ替えてみると光が見えてきたようです。それは幻かもしれませんが、勉強すべきことが具体的になってきました。長かった。。。(∋_∈)そして、悩みながら無駄に過ごした8年を振り返る時、なんて未来ある悩みだったのだろうと気付くことができたのです。〈追伸〉今はカンボジアや教育にこだわってはいません。けれどそれらも、私のこれからの道に大いに関わってくれるように思います。
2008.03.18
ブログを始めた頃。今まで私が出会った人々や景色を何かに残しておきたい。そして、それを私の大好きな方達と共有できれば、これ以上にない喜びだと感じていました。もちろん、今もその気持ちはあります。せっかく知り得た沢山の感動、忘れ去ってしまうのは寂しいです。けれど今、ブログを通して知り合った方達から未知の世界を案内してもらう素晴らしさも噛みしめています。自分一人では限界ばかりの見聞。自分一人では思いもよらなかった世界観を、沢山の方達の視点を通して学ばせて頂ける環境って有難いですね。自分のブログを書くことも、それに戴いたコメントに返事をすることも、また、他のブログにお邪魔してコメントを残すことも、私にとっては何も知らない自分を堂々と公表しているようなもの。現実を知らないことは、ある意味最も強いですよね。その点、私は誰よりも恐いもの知らずだと思います。昨日、私って本当に自分の尺度からでしか物事を見れないなと痛感するお言葉に出会えました。あまりにも視野の狭い私の質問にも、丁寧に答えて下さる親切さに大感謝です。いつまでも今の考えのレベルで留まっているなんて、あまりにも情けないこと。その為にも、その加減を知らなくてはいけませんよね。ですから、これからも"どんどん"無知な自分をさらけ出して、素朴に感じたことをそのまま皆さんに問いかけていこうと思っています。その時は皆さん、呆れつつでも長い目でご教導下さいね。宜しくお願い致します。m(_ _)m『ブログ』って、ホント勉強になります。
2008.03.17
*私が撮ったNZの何百枚もの写真、それを見た友達の多くが 最も行ってみたい街はオマルだと答えました。【'02.02.03 オマル市内にて】「オマル」・「ロトルア」・「カイコウラ」NZの懐かしい街が次々と出てきた昨晩の"ふしぎ発見!"。私がオマルやロトルアを訪れたのと同じ季節、夏に撮影されたものでしょう。NZならではの明るさや眩しさが画面から満ち溢れていましたね。マオリ人独特の眼差しや神と自然に敬意をはらう姿に、このような霊格の高い民族が存在する国に私は数ヶ月も滞在していたのだということを、改めて感激致しました。又もNZで生活するのなら(?)、マオリの多いロトルアがいいかなぁ~と、マオリの友達が欲しいなぁ~、そう思いながら「カウイ」の大木を眺めていました。* * *思いがけない『イエロー・アイド・ペンギン』との出会いに感動冷めやらぬ私達は、次に待つ『ブルーペンギン』を目指して出発しました。昨晩のTVにも、ブルーペンギンが巣に帰る健気な姿を見るために集まった 世界中の人達が映っていましたが、私達も同じように、少し離れた観察小屋で息を潜めて待っていました。私が訪れた日から、もう6年の月日が過ぎています。あれからペンギンを見るツアーの人気がますます高まったのでしょうか。観察小屋は以前よりペンギンと離れた場所に移されていたように感じます。そして、ずいぶん立派になったように思いました。私達は地べたに直接座って待っていましたから、、。(、、だったと思います。怪しい記憶。。)イエロー・アイド・ペンギンのコロニーを出た頃には、まだ陽が傾いていました。しかし気が付けば空は真っ暗。このツアー、ブルーペンギンの方がメインなのでしょうね。ここには観光客用にお土産屋さんもありましたし(ますます怪しい記憶。。)、大勢の方が集まっていました。私とYumikoさんはラッキーなことに最前列の場所をget!!"わくわく、わくわく"胸が高鳴ります。けれど、何十分も待つ私達の前に なかなかペンギンは現れません。まだかなぁ~。数匹のペンギンが姿を現しました。けれど、こんなもの?程度の感動です。かなりの時間、私達は待ちました。私のすぐ隣に座っていた男性は、"痺れを切らして"とうとう帰ってしまいました。それからも、しばらく待ち続けた私達。"おぉ~!" 声を張り上げていいのなら、観光客全員がそうしたことでしょう。"おぉ~!"みんなの口から大きく息が洩れます。数えきれないペンギンの群れが海から上がってきました!!!小さな小さな体を"よちよち"させて、左右に揺れながら懸命に歩くペンギン達。それぞれの巣を目指して、夢中に小走りするペンギン達。かわいいっ!!この言葉以外にありません。めちゃくちゃかわいい!!観光客みんな、満面の笑顔です。そんな時、一匹だけ他のペンギンとは違う場所から陸に上がってきた子がいます。観察小屋のすぐ手前から☆その子は一生懸命 前に進んでいるのですが、ちょっと自分の居場所が分かっていない様子です。私達はその子に釘付けになりました。てけてけ。キョロキョロ。。よちよち。。。てけてけ てけてけ、、、てけてけ てけてけ。。。その子はなんと!私達のいる観察小屋目掛けて歩き出しました!!そして、ある空間を発見した模様。もしかすると、その子はその空間を巣と間違えてしまったのかもしれません。その空間とは、先ほど待ちきれずに席を立った男性がいた場所。そう、私のすぐ「隣り」です♪少し手を動かせば、ペンギンに触れる近さです。o(^―^)o周りにいた人達も、ペンギンが恐がらないように、行き先を塞がないようにと場所を空けてあげました。その子は迷いながら、しばらくの間 人の輪の真ん中で"よちよち"していました。偶然にもその日に、ペンギンを見るためだけに、同じ場所へ世界中から集まって来た見知らぬ者どうし。普通なら挨拶すらせずにお別れしていたと思います。けれど、その迷子のブルーペンギンのおかげでその場の空気は柔らかくなり、お互いに目を合わせ微笑み合うことができました。言葉はなくともみんなの心は温かく、大満足であることは間違いありませんでした。昨日も沢山のブルーペンギンが砂浜を歩いていましたよね。あの光景を皆さんにも実際に見てもらいたいなぁ、って思います。・・迷子の迷子のペンギンさん、あなたのお家はどこですか? o(^-^)o
2008.03.16
*『イエロー・アイド・ペンギン』のマオリ名は"Hoiho~ホイホ"。これは鳴き声を聞きならしたものだとか。【クライストチャーチから南へ250km、海沿いに位置する街"オマル"にて '02.02.03】今晩9時からの"世界・ふしぎ発見!"で、「ニュージーランド―生命と自然の大冒険」と称して、野生のペンギンが生息する街「オマル(オアマルともいいます)」が紹介されます。この街には二つのペンギンコロニーがあり、世界でNZの南島オタゴ地方にしか生息しない希少種の『イエロー・アイド・ペンギン』や、オーストラリア南部とNZにのみ生息する体長40cmほどの『リトル・ブルー・ペンギン』を間近で見ることができます。番組で放送されるのは、"世界最小種"のペンギンとありますから、きっとリトル・ブルー・ペンギンのことでしょう。* * *クライストチャーチを朝8時に出発し、バスに揺られること4時間、ちょうど正午にオマル到着です。私はその足で、その日の宿泊先であるYHAに向かいました。キッチンで出会った 一人旅をしている何人かの日本人の内、私は自分より少し年上で福島出身のYumikoさんと旅の情報交換をしていました。私、「今晩、ペンギンコロニーへのツアーに参加しようと思っているの。」Yさん、「えっ、そんなツアーがあるの? 私も行きたい!」ということで、二人揃ってビジターセンターまで申し込みに行きました。「夜の7時に あなた方が滞在するYHAまで迎えに行きますね。」職員さんの対応はとても爽やか。そして、約束の時間。私達以外にも後2人ほど参加者がいました。まずは『イエロー・アイド・ペンギン(以下、ホイホ)』を見に行きます。ペンギンの生活パターンは、日の出とともに陸上の巣から海へ出かけ、日中は海で漁をして過ごし、日没近くに巣に帰ってくるというもの。ペンギンが作る巣は、海岸より数百mも離れた木々に覆われた場所にあります。それは、太陽熱を遮り外敵から身を守る為です。そのツアーでは、海から上がったホイホが砂浜を歩いて巣に戻る姿を断崖上にある観察小屋から眺めるというもの。というのも、ホイホは非常に警戒心が強いため、原則として観察小屋からでしか見ることが許されていません。ペンギンが巣に帰る夕方以降は海に近付くことすら禁止されています。ガイドさんが指差します。「ほら、あの小さくて"ぽてぽて"歩いているのがホイホだよ。」しかし、あまりにも遠くて小さ過ぎる為に、全くと言っていいほど見えません。これでは貴重なホイホを見たとは言い難い。。(T_T)かなり不満を残したまま車に戻る私達。その途中、コロニーを管理している係員さんに出くわしました。「ちょうどね、子供にエサを与えているホイホが近くにいるんだよ。」「ちょっと僕についておいで。」顔を見合わす私達。えっ? ペンギンの近くまで連れて行ってもらえるの? まさかねぇ~~。「しぃ~~~、静かに!! 足音もたてないで。」私達は無言で足場の悪い森の中に入って行きました。"ペキペキ"と落ちた枝葉の上を歩く音だけがしています。\(◎o◎)/ \(^o^)/ d(≧ω≦)b~~~"わお!"目と目の会話です。高台からは豆つぶより小さく見えたペンギン達が、目の前で仲良くお喋り?しているではありませんか!!わぁ! 本当に『イエロー・アイド・ペンギン』の名前通り、目から頭にかけて黄色い色をしているのですねぇ!!「フラッシュを焚かないのなら、少し離れた位置から"こっそり"写真を撮ってもいいよ。」係員さんは小声で言います。いいのぉ~? ありがとう!(^з^)-☆!! その時に撮ったものが↑。o(^-^)oペンギン達は大変デリケートな為に、本来決められた約束事は絶対に守らなければなりません。ストロボを使った写真撮影はもってのほか。大声を出したり、近づいたりするのも問題外です。私達は運が良すぎたのです。その運はそれからも続き、この後に行く『リトル・ブルー・ペンギン』のコロニーでも嬉しい偶然に出会えました。それについては、また明日。今晩の"ふしぎ発見!"が楽しみです☆
2008.03.15
「おい、この本をお前にやるよ。」仕事から戻ってきた私に、父が一冊の本を差し出しました。それは先日、ブログ友達のsakuranomiさんが紹介されていた、池上彰著『伝える力』という本です。sakuranomiさんの感想を読んで、いつか私も読んでみたいなぁと思っていたところでした。読書虫の父は、昔から自分がいいと思う本は必ず私に押し付けてきます。最近こそ、興味を持つ内容がお互い似通ってきたのか、父から本を渡されるのに抵抗を感じなくなりました。* * *私は本に囲まれているのが好き。しかし、まともに読破した本は極めて少ないです。*好きな本を手にしただけで満足してしまうのですね。このブログで出逢った方達は、皆さん非常に勉強家で本をよく読まれていますし、読解力のある方ばかり。その素晴らしい影響からか、最近の私は読書に対する思いが"ふつふつ"と沸き上がっています。*ありがとうございます!何事にも浮気性な私ですので、様々な本を平行して読みます。今年に入って父から貰った本は今日で3冊目になりますが、以前の2冊も面白いものです。・齋藤孝著、『原稿用紙10枚を書く力』・波頭亮&茂木健一郎著、『日本人の精神と資本主義の倫理』〓これは、経営コンサルタントの波頭氏と、脳科学者の茂木氏の対談形式になっています。そして、私の尊敬するお友達から頂いた大切な本。・坂元真理子&マルティーナ・フォイファー著、『ドイツに住んでみて』〓環境問題の勉強にも関心がある私にとって、とても参考になるものです。*sさん、改めて有難うございます。その他に私が選んだもので、今 手にしている本。・デュラン・れい子著、『一度も植民地になったことがない日本』そして、もう一冊。・ヒラリー・ロダム・クリントン著、『リビング・ヒストリー』どれもまだ最初の方を読んでいる段階ですので、読み終えた時にでも自分の意見や感想を残してみようと思っています。* * * * * * *最後に時期大統領候補のヒラリー・クリントン氏の"著者おぼえがき"より、私が大変感動した一文をご紹介します。『その当時(彼女が小学6年生の時)でさえ、私はこの国とその時代の産物であり、自分の将来を考えるにも、家族の教えやアメリカが何を必要としているかを考慮に入れた。』私はいつか、『オバマ語録』という本も読んでみようと思っていますが、ヒラリー氏とオバマ氏の大統領選の行方は世界中の関心の的。アメリカの大統領が誰になるかによって、世界に与える影響は計り知れないものですよね。二人とも、国を思う気持ちは確かだと信じています。遠い昔 国ではなく、自分を守る為だけにベトナム戦争から逃げた誰かさんよりは、見事に指揮を取ってくれることと期待しています。
2008.03.14
*パリの中心、ノートルダム寺院前の広場にて【'00.01.07】職場の同じ部署のT.Kさんの娘さんが、昨晩からディズニーランドへ行っています。道中は往復とも夜行バスなのだそう。今朝の8時にディズニーランド到着予定でした。けれどちょっとした事故に遭ってしまい、若干到着時刻が遅れたようです。乗客には怪我はなく、Kさんの娘さんも元気に遊んでいるとの知らせに、まずは"ほっ"と一安心。私も旅先で、よく車のトラブルに遭遇します。昨年末のザルツブルク(サウンド・オブ・ミュージックツアー)でも、NZ滞在時に語学学校から行ったミニ旅行でも、バスがエンジントラブルを起こして動かなくり、応援の車を呼ばなければなりませんでした。カンボジアでは私の前を走る車が故障した為に、私が乗っていた少し大きめのワゴンにその乗客らを乗せたこともあります。そして、実際に乗っていた車が接触事故を起こしたことだって。。それは今から8年前、パリの"ど真ん中"において、、。私が滞在したホテルは「ibisホテル」。それはパリでも特に治安が悪い17区にあります。明日が帰国という日、つい時間が経つのを忘れてしまい、少しだけ夜も遅くなってしまいました。ホテルの最寄り駅「ポルト・ド・クリシー」へは13番の地下鉄に乗らなければなりません。一度パリを訪れた方はご存知でしょう。地下鉄13番に乗るとガラッと雰囲気が変わります。それは移民が多い地区だからでもありますが、夜に女性が一人で乗るにはどうかなって感じです。地下鉄に慣れてきた私も、危機感のない私も、さずがにこの時だけは迷いました。そして選んだのがタクシーです。若い運転手さん。まともに会話ができない私には冷たい印象でした。(*余談* ザルツブルクのタクシードライバーさんは他の街に比べてとても親切ですよ!)「イビスホテルまで、、。」返事はなし。パリの街は沢山の車で"ごった返し"ていました。ネオンがキラキラ輝きます。街を行き交う車のライトも眩しいです。私が乗ったタクシーの、その若い運転手さんはかなり運転の荒い人でした。隙間が少しでもあれば、強引にも平気で車を突っ込みます。キキィ~~~!!(°д°;;)案の定、他のタクシーとぶつかりました。どちらにも怪我はなかったけれど、、。彼は大きな交差点の真ん中に車を止め、相手側に話をつけに行きました。どこまで非常識でしょう。周りの車も大迷惑です。(>_<)間違いなく、こちら側が一方的に悪いことは私にも分かりました。数分の間、私は車の中に置き去りにされ、戻ってきた彼は又も無言で車を走らます。(何か説明されてもさっぱり分からないでしょうけど、、一言あってもいいでしょう、、?)イビスホテル到着。あの数分間もメーターは上がり続けていました。けれど それはお構い無し。挙げ句に大きめのお金しか持っていなかった私は、お釣りはチップではなく、きちんと返してもらいたかったのに、、それを伝える術もなし。今なら強気で押せたかもしれませんが、この頃の私は海外にいることだけで小さくなっていましたっけ。運転手さんは最後に一言、「じゃあ」と言っただけでした。(たぶん。。。)きぃ~!!(`o´)/けれど、やはり何も言えない私。悔しい思いをしましたが、怪我がなかっただけでも良しとしなくてはと我慢しました。パリでは毎日のように恐い思いをしています。('07.10.12日記)そして、まさか交通事故に遭うなんて、、。「トラベル」の語源が「トラブル」とは、大きく頷けることですね。
2008.03.13
*春爛漫のハグレー公園、クライストチャーチ【'01.09.28】私は部屋に「The New Zealand Birthday Calendar」を飾っています。書店で売られていた誕生日カレンダー、それに描かれているのはキウイやタカヘなどのNZにしか生息していない鳥達。表紙には、こう書かれています。『...so nobody's birthday gets forgotten.』今日は私にとって、とても大切な2人のお友達の誕生日です。一人は大学時代からの親友Micchan、そしてもう一人は社会人になってから親しくなったY子ちゃん。お誕生日、おめでとう!!!(≧ω≦)bMicchanは結婚後に福岡へ引っ越してしまい、もう7年ほど会えていません。筆無精の私ですので、メールで連絡が取り合えるのは大変有難いです。待望の男の子を授かって、いつも宝物を大切に育てている様子が伝わってきます。こんなに性格が丸かったっけ?(笑)こんなに心配性だったっけ??(笑)こんなに家庭的だったっけ???(笑)私の知ってるMicchanは、いつもハジケて好奇心旺盛、サバサバした性格と自己の強い女性です。キラキラ輝くまぁるい目がとても印象的でした。もちろん、それは今も変わりないことでしょう。けれど きっとその魅力の上に、母性愛溢れた広い心を持つ女性に成長されたのだと思います。Y子ちゃんもそう。大きな瞳がとてもチャーミング。彼女ほど、他人の素晴らしいところを発見するのが上手な人はいないと思っています。「~さんってな、一見 口が悪くてキツそうやけど、ほんまはめちゃくちゃ優しいんで。」"どんぐり"のように目をまん丸くして、方言丸出し。(^^)いつも誰かを褒めています。そのY子ちゃんも昨年4月に結婚して、つい2日ほど前に"おめでた"が分かりました!!誕生日を目前に、最高のプレゼントを神様から戴いたのですね。o(^-^)o予定日は10月だそうですが、私も早く彼女に似た可愛い赤ちゃんに出逢えるのを楽しみにしています。やはり『母親』になるということは凄いことですね。今の私にとっては未知の世界で、これほど大変なことはないように思えますが、みんな ちゃんと乗り越えています。私の親友達は、どの女性も自慢できるほど子育てが上手です。上手下手という表現は間違っているのかもしれませんが、常に子供と目線を合わし接する姿は微笑ましいです。私にはいいお手本。(*^_^*)いつか私も、愛犬「ヨンサマとクリス」以上に(ここポイント!)愛せる我が子を神様から授けてもらえるよう、自分磨きをしていきたいと思います。(あ!その前にスイス人かオーストリア人の素敵な男性をつかまえなくてはね。(^^)
2008.03.12
*NZ クライストチャーチ、ハグレー公園にあるボタニックガーデンにて 【'01.09.28】この日、私はCちゃんと花見に出掛けました。ハグレー公園は日比谷公園の1.5倍ほどの広さを持ち(とにかく広いのです)、その5分の1をボタニックガーデン(植物園)で占めています。公園内を流れるエイボン川は穏やかで、春・夏には花々が競い合って咲いています。さすが、「ガーデンシティ」と異名を持つだけありますね。ふと見上げると、着陸間近の飛行機が空低く飛んでいました。今日の気温は、3月下旬から4月並みだったようですね。この時期って毎年こんなに暖かいのかと思うほどの陽気。香川でも20℃近くまで上がったと思います。すっかり春!! もうすぐ『お花見』の季節ですね。2001年、私がNZに渡ったのは南半球では寒さが厳しい真冬の7月。NZ行きを決心し、職場の方達や友達に伝えたのは、それから5ヶ月遡った2月です。その年の3~5月、私は色々な仲間からお花見に誘われました。それは、もうじき退職をし新しく旅立つ私への励ましであったり、中には、「picchuちゃんは来年の夏まで帰国しないのなら、再来年まで日本の春はお預けだね。今年はしっかり桜を楽しみなさい。」、と声を掛けてくれた先輩もいました。ですから その年の春は、"しばしの別れ"といつもの何倍もの花達を愛でました。そして7月、NZへ。そして9月、半年違いでクライストチャーチにも春がやって来ました!!ボタニックガーデンにも日本庭園があります。桜の花々も咲き乱れています。次回桜を見るのは2年後と勝手に思いこんでいた私の前に、今が盛りと花びらが舞います。クライストチャーチの春は日本(香川)よりもうんと空が高く、一段と青さが増してきて、暗い冬から一気に明るくなります。その頃の私は愉快な友達に囲まれて、全ての不安や悩みから解放された「人生の春」そのものでした。今年も後半月もすれば、桜も見頃を迎えるでしょうか。。私も負けずに、まだまだ沢山の「人生の花達」を咲かせていきたいものです!!
2008.03.11
昨日の夕方のことでした。昼間は太陽の下、しっかり表の庭で遊んだ愛犬「ヨンサマとクリス」を、父が家の中に入れようとした時のことです。うちのヨンサマは、人を振り回して楽しむ癖?があります。あの時も意地悪そうに、すぐには部屋に戻らずにコタツの周りを"ぐるぐる"走り回りました。父が追いかけます。ヨンサマはそれを喜び、ますますスピードを上げ、捕まらないように逃げ回ります。バターン!! オゥ!!w(☆o◎)w大きな音とともに父が前のめりに転びました。コタツの布団に足を絡めたのです。左肩を強く打撲し、顎にもかすり傷が、、。(*_*)(父は長年 透析を受けているのですが、それを左腕で行います。些細なハプニングが大惨事に繋がることもしばしば。。)父は痛みの為、しばらく起き上がれませんでした。クリスが顔を近づけて"クンクン"と見舞います。ヨンは少し離れた場所から"じっ"と父の様子を見ていたそうです。何が起こったのか、ヨンにとっても一瞬の出来事で分からなかったのでしょう。そんな昨日、父は痛みで夜が眠れないのではないだろうか、次回の透析は大丈夫だろうかと色々心配もしましたが、怪我は思ったより大事に至らずにすみそうです。しかし、もっと心配なのは『ヨンサマ』の方。それからしばらく自分のサ一クルから出ようともせず、"じぃ~"っとして動かない。。母が名前を呼んでも動かない。。。ご飯を食べる姿も元気がないのです。母がヨンに遊ぶようにと仕向けてみるのですが、やはり動かない。。。。そんな時、私は自分の部屋へ連れていく為に二匹を迎えに行きました。(二匹は日中は裏庭に通じる犬専用の部屋で遊んで、夜になると私の部屋で眠ります。)いつになく、ヨンが私に飛び付いてきました。小さく丸まっています。自分のせいで父が転んで怪我をしてしまった。。ヨンは小さい頭の中で様々なことを思い巡らせていたのです。ごめんなさいでは済まされないかもしれない。。ヨンは叱られるのが物凄く恐かったようです。私の部屋に移っても元気はなく、、いつも寝る時はベッドの中に潜ってくるのですが、昨晩は朝まで床の上で蹲っていました。こんな小さな子でも色んな痛みが分かるのですね。小さな小さな心も傷つくのですね。今は少し元気が戻ってきましたが、まだまだ意地悪をするまでには復活していません。もう気にしなくていいのよ。ますます愛しく感じるヨンサマです。
2008.03.10
*マルセロ・アルバレス&サルヴァトーレ・リチートラ『デュエット』アルバレスはアルゼンチン人、家具工場で働いていた彼は、地元の声楽コンクールでアルゼンチン国歌を歌って優勝したのを期にオペラの道へ進み、今や世界的なテノール歌手です。テノール二人のデュエットは2003年当時では大変珍しいことだったそうです。3/6に申し込んだリチートラのCDが届きました。本格オペラに免疫がない私は、いきなりオペラ色強い彼のみの歌を聴くのに抵抗がありました。ですからまずは耳を慣らす為に、オペラ・アリアの旋律をもとにアレンジした曲や、ポップスが加わったバラード・コレクションの作品を選んでみたのです。アルバレスについても 今までその存在も知らなかった私は、一度に二人の旬のテノール歌手を知るいい機会。ただ、二人とも甘く魅惑的な声色なのですが、DVDならともかくCDの為、どちらがどちらの声かは分かりません。。(^_^;)「IL DIVO」は彼らのデュオの延長上にあるのかもしれませんが、やはりアルバレスとリチートラの方が本格的です。*大衆受けするのは、間違いなく、「IL DIVO」。オペラ界出身の3人にポップス畑のセバスチャンを加えるなんて、プロデュースしたイギリス人のサイモン・コーウェルの手腕には脱帽です。私にはオペラはまだ早いのかなって感じました。美しい二人の声が溶け合って心地良く耳に入ってくるのですが、まだ肩に力が入ります。寝る前に音量を下げて静か?に流すにはいいかもしれません。そう、私には少し上品すぎるようです。ところが、うちの音楽評論家さん「クリス」は彼らのデュオを大変に好評価しております。(私も素晴らしいことくらいは分かりますが、、。)愛犬クリスはまだうちに来て間がない幼い頃から、情操教育?の一貫として毎晩音楽を聴かせていました。はじめはモーツァルト。その後、飼い主の私がIL DIVOの虜になった為に専ら彼らの歌声を聴いて育ちました。夜が来るとDVDを流します。惚れ惚れする歌声と容姿に、♂犬クリスも画面に釘付け!!(ちなみに、もう一匹の愛犬ヨンサマは仰向けで寝転んでいます。音楽には興味がない模様。。)このせいで、クリスは犬とは思えない異常なほどの反応を、TVの画面にも、音楽にも示します。彼にとって美しいと感じるもののみ穏やかな表情でそれらを受け入れるのですが、それ以外の場面(特に乱闘シーン)や耳障りな音には「アワワワ、アワワワ!!」と吠えかかります。ですから、TVをつけると大抵は興奮して吠えています。静かに耳を傾けるものは極僅かです。美しいものだけ。そのクリスが、今はアルバレスとリチートラの歌声を聴きながら、気持ち良さそうに眠っているではありませんか!!α波が出ているのでしょうかね。(^^)私よりクリスの方が、随分と音楽通のようです。。o(^-^)o* * *このCDには、ジョニー・デップが出演している映画『耳に残るは君の歌声』("エリザベス"のケイト・ブランシェットも出ていますね。)の中に使われている同題の曲も収録されています。映画の中でもリチートラが歌っているそうですよ。また、「君は永遠に僕のもの。君は僕に声を与え、希望をくれる。君なしでは僕は歌えない」という、有名なイタリアのラブソング『永遠に僕のもの』も甘さたっぷりで聴かせてくれます。アメリカのクラシカル・クロス・オーバーの若手歌手ジョシュ・グローバンもこの曲を歌っていますが、私はリチートラ達の方が深みがあって好きですね。そして、私には最も馴染みやすかった『ソロ・アモーレ』。これはバッハの"G線上のアリア"の旋律にイタリア語の歌詞で歌い上げているもの。弦楽器の響きの上に彼らの声を自然にのせて、なんとも表現できないハーモニーを醸し出しています。これほど弦楽器と溶け合う声を私は聴いたことがありません。気持ちいい。。実力ある二人ならではの作品です。リチートラの来日リサイタルまで後一ヶ月。生で聴く彼の歌声に圧倒されることは間違いないでしょうが、、本格オペラを前にして、逃げ出さないように今から馴染んでおこうと思います。(*^_^*)
2008.03.09
*NZの青い空!【'02.02.07】NZのフィヨルドランドで最も有名な入り江、世界遺産・ミルフォードサウンド。氷河によって周囲の山々が1000m以上にわたり、"ほぼ"垂直に削り取られています。ここは年間6000mmを超す、世界的にも雨量の多いところです。けれど、私が滞在した4日間は雲一つない快晴。薄い霧が立ち込めた神秘的なミルフォードサウンドを期待していた私は、少しがっかりしましたっけ。。。これからの季節、特に女性陣はお肌のために『紫外線』対策をしっかりとしなくてはならないですね。私がNZに渡って間がない頃、一番に注意されたのが『紫外線』についてでした。オゾンホールの発生は、特に南極上空にあらわれます。その南極圏でのオゾンホールは、オーストラリアやNZの南部にまで広がってくるのです。紫外線の量はオーストラリアで日本の5倍、NZで「7倍!!」と聞きました。NZでは3人に1人が「皮膚ガン」になると言われています。(>_<)NZやオーストラリアでは、現地の人達がいつも公園で日焼け止めクリームを塗っていたのを覚えています。これは2001年、7年前の話しです。現在はもっと深刻かもしれません。それはNZだけでなく、今の日本も油断してはいけませんよね。私は"つい"何もつけずに、太陽の下に出てしまうことが多々あります。暖かくなって気持ちのいい時効になりましたが、紫外線対策を念入りにしなくてはと気を引き締めています。「あっ、シミができちゃった!(*_*)」では、すまされないですからね。男性陣だってそうですよ!
2008.03.08
*やはり、有名なスペイン無敵艦隊アルマダとの海戦の場面が一番格好良いと思いましたね。「私はスペインなど恐れない。私は風に命じよう!嵐でスペイン軍を吹き飛ばせと!」「この戦いでは自分も生死をともにする覚悟をしている、一緒に戦い抜こう!」女の私から見ても惚れ惚れします。(*^_^*)この映画、実は先週の木曜日に観ました。1998年に映画界に衝撃を与えた『エリザベス』の続編。ならば、まずはその映画で予習をしてからと思っていましたが、早く観たい気持ちに負けてしまいました。見終わって、やはり第一作目を観ようと、あちこちのレンタルショップを覗いてみたのですが、どこもVHSのみ。。(悲)。少し不完全燃焼の気もしますが、忘れないうちに感想を残しておきたいと思います。多くの方が口を揃えて言うように、「ケイト・ブランシェット」の演技は圧巻でしたね。エリザベス1世像の好感度を上げるのにも貢献しましたし、気高さとは、女王とはこういうものなのだと見せつけてくれました。そして歴史物らしく、女性としてのエリザベスを魅了した「ウォルター・ローリー」も、彼女のお気に入りの侍女「もう一人のエリザベス(べス)」も実在の人物であったことに感心しました。実際は違うドラマが彼女達の間に存在したでしょうが、当たらずとも遠からずといった感じでしょうか。。女王として、女性として、その狭間で苦しむエリザベス、頂点に立つ者の孤独をケイトは堂々と演じきっていたと思います。『私はすでに国家と結婚しています。』これは自分の結婚をも外交に利用するという並々ならぬ才を持ったエリザベスが、スペイン国王の求婚を断るときに吐いた名言です。この覚悟を持つまでに、いえ、この覚悟を持つ魂だったがために与えられたエリザベスの試練を思う時、ケイト演じるエリザベスの節々に見せる翳りある表情がなんとも印象的でした。きっと第一作目の映画『エリザベス』の中で描かれていることでしょう、僅か2歳で母親を失い、あろうことか私生児として扱われ、弟や姉が君主の時代にはロンドン塔へ幽閉される時代など、大きな魂は、普通では耐えられない試練を乗り越えさせられるのですね。それ故に磨かれた洞察力や強かな計算力。数ある君主の中でも、名君と呼ばれる方は一味も二味も違うのです。今回の作品では、女王に君臨してからも、なおも続く暗殺計画や、もう一人の女王「メアリ・ステュアート」の存在、そしてクライマックスのスペインとの戦いと盛り沢山の歴史が溢れています。ついローリーやベスとの三角関係、ヴァージン・クィーンとして名高いエリザベスの女性の部分の葛藤に目がいきやすいところがありますが (勿論、それが見所です)、この時代そのものが面白いと思います。2時間でこれほどの内容をまとめるのですから、多少歴史を知っていなければ「メアリって何者?」の段階で躓いてしまうかもしれません。歴史に疎い私ですが、ちょうど一ヶ月前に読んでいた「世界悪女大全(桐生操著)」の中に二人が登場していましたので、その対比にも興味がありました。*その点については、ちょっと物足りない私です。まぁ、この部分だけで一つの大作映画が生まれそうですものね。映像に関しては、前評判通りに当時の衣装の華やかさは目を見張るものでしたし、エリザベスの鬘を見るだけでも楽しめます。そして、やはりスペイン艦隊との決戦の舞台。英国の火船が敵艦隊中に突入する時など、きっと私も興奮して鼻息が荒くなっていた?!ことでしょう。(笑)要するに、特に歴史物が好きな人にはたまらない作品。ただ欲張りな私には、もう少しエリザベスの女王としての采配の場面が見たかった、、もっとエリザベス自身が時代を動かしている姿を見たかったです。最後に、ケイト・ブランシェットが演じているエリザベス女王は、臣下には見せられない弱さも、"国母ならではの、計り知れない無気味さ"も見事に表現していたように思います。このエリザベス治世から約250年後。もう一つの英国ゴールデンエイジを作り上げたのはヴィクトリア女王。ここでも輝かしい時代を築いていったのは「女性」なのですね。(*^―^*)
2008.03.07
家に帰ると、毎月届く"芸文"こと兵庫県立芸術文化センターからの便りが机の上に置かれていました。芸文は入会金も年会費もいらないので、遠くに住む私には大変ありがたいです。先月の案内にも入っていた『サルヴァトーレ・リチートラ テノール リサイタル』。オペラファンではない私は、三大テノールの カレーラス、ドミンゴ、パヴァロッティについてさえも あまり詳しくありません。ですからリチートラについては、今をときめく人気テノール歌手といえども さほど気にもとめていませんでした。けれど、テノールの魅力は「IL DIVO」から無限に教えて頂いています♪三大テノールの一人であるドミンゴが彼を後継者として認め、あのパヴァロッティの代役に抜擢されメトロポリタン歌劇場で大絶賛されたと聞けば、ますます興味が湧いてきます。写真を見るからに、いかにもオペラ歌手の風格がありますね。まして彼はベルン生まれ。IL DIVOのウルスと同じスイスです☆プログラムの内容も良さそうで、これを知って聴きにいかないのは勿体ないと思いました。もちろん、彼の歌声を一度も聴いたことはありません。早速、楽天さんでCDを注文! どんな声なのか、今からドキドキしています。今日は木曜日。 明日一日頑張れば休日です。気持ちも大きくなっていたのでしょう。トゥルルルゥ~、4/8、19時開演。このリサイタルのチケットを電話で申し込みしました!!!*A席(8000円)でしたら、若干空席があるようです。受話器を耳から離して"はた"と気が付く私。。3/30にも『蝶々夫人』を観に芸文へ行くのだったぁ~。( ̄○ ̄;)チケット代だけでなく、交通費の為にも倹約の日々が続きそうです。。・第一部1. プッチーニ 歌劇「マノン・レスコー」より"君たちの中に、栗色か金色の髪を持ち"2. ドニゼッテイ "家を建てたい"3. ロッシーニ 「音楽の夜会」より"踊り"4. プッチーニ 歌劇「マノン・レスコー」より"見たこともないすばらしい人"5. プッチーニ 歌劇「マノン・レスコー」より間奏曲6. ヴェルディ 歌劇「仮面舞踏会」より"永久に君を失えば"・第二部1. プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」より"誰も寝てはならぬ"2. マスカーニ 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より前奏曲とシチリアーナ3. トスティ "かわいい口もと"4. レオンカヴァッロ "朝の歌"5. プッチーニ 歌劇「トスカ」より"星は光りぬ"6. マスカーニ 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲7. レオンカヴァッロ 歌劇「道化師」より"衣装をつけろ"*4/6、14時からは東京のサントリーホールでもリサイタルがあります。
2008.03.06
*この写真は、もう12年も前でしょうか、、高松市で催されていたマザー・テレサについての展示会に行った時に戴いたものです。1997年9月5日、その頃の私は、現在もお世話になっている老人ホームまで自転車通勤をしていました。その日の夕方のこと。私は施設から程近い、産業道路を渡る為に車が通りすぎるのを待っていました。自転車をこぎだした瞬間、"ふっ"と思ったことを今でも覚えています。『お会いできないかもしれないな。』同日の夜10時、TVから流れるニュースで「マザー・テレサ」がお亡くなりになったことを知りました。私は大学生の頃から「マザー・テレサ」について気になり始めました。1994、5年のことです。彼女の生きる姿勢と、その深い愛情から生まれる行いに感銘を受けた私は、実際に彼女にお会いしたいと強く望むようになっていました。就職して間もない頃だったと思います。日に日にインドのカルカッタ行きへの思いが高まっていきます。私はある方に、"インドで一年ほど、マザー・テレサのもとでシスターと共に生活したい"と打ち明けました。「僕らのような凡人には彼女達と生活をし、同じような行いをするなんてことは絶対無理な話だよ。いいとこ"マラリア"にかかるのが落ちだよ。」そう答えられました。"なんて失礼な人だろう"、と当時の私は腹を立てましたが、今思えば彼の言うとおり、私では到底彼女達の真似ができるはずもありませんね。それでも一度でいい、マザーに会いたいと思い続けていたのです。あの9月5日、もう会えない予感がしたのは"虫の知らせ"だったのでしょうね。それから数日後、TVで「マザー・テレサ 母なることの由来」が放送されました。これは1986年に制作されたものです。内容についてはHPから書き写しますね。【悪疫と飢餓に悩むカルカッタ、戦禍渦巻く中東レバノン、麻薬と暴力の街ニューヨーク。マザー・テレサの精力的な活動を5年間、10ヶ国に渡り追った記録と共に、ごく平凡な家庭に生まれた彼女の生い立ちから「偉大なる聖女」と呼ばれ世界中の尊敬を集めるまでの経過を克明に描いていく。あらゆる困難を乗り越え、世界中に愛を届けた一人の女性の記録。】私は涙を流しました。"こんな素晴らしい人が、もう地球上にいないなんて、、。世界はどれほど大きな人を失ってしまったのでしょう。"拭いても拭いても、涙が出てきます。昨年このドキュメンタリーと、2004年に制作された『マザー・テレサ 母なるひとの言葉』が、彼女の没後10周年のイベントとして再度 全国の映画館で放映されました。この作品が、もうじき岡山の映画館へもやって来ます。すでに終了したところも多いようですが、東京では〈吉祥寺バウスシアター〉にて3/29~、大阪では〈シネ・ヌーヴォ〉にて3/15~、北海道では〈シアターキノ〉にて4/19~5/2、福岡でも〈KBCシネマ〉で7月に上映を予定されています。10年経って、もう一度彼女の生きた軌跡を学びたいと思います。マザー・テレサ、『おこなってこそ、愛なのです』人種も宗教も超えてこの言葉を実践した、ひとりの女性・・・。
2008.03.05
最近の私は物忘れがヒドイです。記憶力が悪くなったと言う方が正しいかもしれませんね。私は学生の頃から勉強は嫌いでしたが、暗記力はいい方でした。ですからテストは一夜漬けでも大丈夫。(さすがに高校時代はそれでは済まされませんでしたけれど、、。)特に数字に強かった私は、今でも中学・高校時代に好きだった男の子の住所や電話番号を覚えています。(かなりの浮気性なので、好きな男の子は沢山いました♪)(*^_^*)けれど今は、振り向いただけで忘れてしまうほどの重症です。。(T_T)老人ホームという職場柄、愛すべきお年寄りの物忘れが移ったのでしょうか、。、これは私にとって非常に重大な問題なのです!!私はよく思い返してみました。これほど記憶力が低下したのはいつ頃からか、、。何度 思い返してもたどり着く答えは一つです。それは、『ニュージーランド』!ワーホリでNZに滞在した あの9ヶ月。確かに悩みもなくストレスもなく、ひたすら長いホリデーを楽しんだわけですから、その緊張感の無さが記憶力を失わさせたのかもしれません。ですが私が思うに、『南半球』が要因ではないかしらということ。『北半球で生まれ育った私が、長期間にわたり南半球で過ごしたこと』、これが大きく影響しているように思うのです。*あくまで、私 一個人に対するものです。。今までも何人かの友達に話したことがあるのですが、未だ大賛成してくれる人は一人もいません。(T_T)〈北半球と南半球の主な違い〉1. 季節が逆。(真夏のクリスマスもいいものですよ♪)2. お月様も星座の向きも違います。(もちろん、見える星座も違いますよね。)3. 太陽は北半球では東から昇り南を通って西に沈みますが、南半球では東~北~西へと移動します。(日当たりが良いのは北向きのお部屋です。)4. 低気圧の周りの風は北半球では時計の針と反対向きですが、南半球は時計の針の回る方向に吹きます。5. 自転の遠心力のかかり方が北半球と南半球では逆なので、台風や渦潮の巻き方が北半球では左巻き、南半球では右巻きになります。私はこの他に海流も北と南では反対なのかと思っていました。けれど調べてみて、これについては間違いだと分かりました。*基本的に、北半球の亜熱帯・南半球の熱帯と寒帯循環は時計回り、北半球の亜寒帯と熱帯・南半球の亜熱帯循環は反時計回りに循環するそうです。とにかく、北半球と南半球とでは逆さまなことが多いですよね。地球から発する自転の影響などを考える時、その上で生活している動植物にも何らかの影響を与えているのは確かです。ですから、北半球の人間の私がある一定期間 南半球で過ごしたことにより、その影響を受けたとしてもおかしくはないです、、よね?ということは、まさか血流が逆になるとまでは言わないけれど、もしかして、私の思考回路が逆さまになった?? (^_^ )( ^_^) それはないでしょう、というお言葉が投げられそうですね。。。(^^)これは研究の余地ありだと思うのです。全く影響なしという方が疑問に思えるのですが、、。さて、これを研究して、何かしら答えが出たとして、、だから私の記憶力が悪くなったことには結びつきそうにはありません、、ね。*ちなみに気候風土がもとになる風水について気になって調べてみました♪風水の発祥は中国ですが、南半球でも赤道周辺でも風水のやり方は同じだそうです。ただし、あらゆる方向が南しか存在しない北極と、その正反対の南極では通用しないということです。
2008.03.04
*さすがに今晩はお疲れのヨンサマ(左)とクリス。昨日はヨンとクリスの散髪の日でした。いつもは2ヶ月に一度カットをしてもらい、さっぱりと男前になって戻ってきます。でも今回は季節が冬ということで、4ヶ月ほど長く毛を伸ばしていました。家に帰ってきた早々、お互いを舐め合い、じゃれ合い、走る時も二匹並んで離れようとしません。ヨンサマ3才、クリス2才、今は盛りの二匹です。これからの春先は元気な男の子ですもの、ちょうど発情期に入ります。お店でメス犬の匂いを嗅いできたのでしょうか、、。「シャンプーの匂いで興奮するワンちゃんも多いのですよ。」、お店の人はそう言います。「ハヒハヒ、ハヒハヒ。」とにかく落ち着きがなくなります。喉が渇くのか、飲み水を入れた器もすぐに空っぽです。「ハヒハヒ、ハヒハヒ 。」いつもは私と一緒におとなしくベッドで丸まる彼らも、昨晩はベッドから降りたり、また飛び乗ったりとその繰り返し。。"うろうろ、うろうろ"、"パタパタ、パタパタ"。。。時には私の顔をペロペロと、、。(∋_∈)「こらぁ~、いい加減に寝なさぁ~い!!」きっと私は夢の中でもうなされていたと思います。それは明け方近くまで続きました。ヨンもクリスも昼間に眠れるからいいものの、私は今日から長い一週間が始まります。そんな憂鬱な月曜日。悲しいかな、ほとんど眠れずに夜が明けていきました。
2008.03.03
*オランダを代表する陶器「デルフト焼」。このお皿は、アムステルダムから電車で15分ほどの「ザーンセ・スカンス」へ、風車を見に行った帰りに見つけました。(最寄り駅「コーフ・ザーンダイク」には快速列車は止まりませんので要注意です。)オランダ・デルフトが生んだ巨匠「フェルメール」。"オランダのモナ・リザ"とも呼ばれる彼の名画『真珠の耳飾りの少女 (青いターバンの少女)』を私は二度も近くまで行きながら見たことがありません。オランダを訪れた2004年末、この絵を観る為に「ハーグ」行きも考えたのですが、行き先を「ブリュッセル」に変更したのです。そして、2000年7月。確か大阪の天王寺で「フェルメール展」がありましたよね。7/1、私はモンゴルから帰国し、関西空港からの帰りに美術館へ立ち寄ろうと思っていました。開催はその翌日まで、場所は大阪市立美術館(JR天王寺駅から500mくらいでしょうか)でした。その天王寺駅からの長い列を見た私は、疲れた体に鞭を打ってまで並ぶ勇気も出ずに泣く泣く諦めました。この展覧会が開催される時、日本でも この『真珠の耳飾りの少女』が随分と話題になった記憶があります。私は新聞に大きく掲載されたこの絵を切り抜き、しばらく自分の部屋に飾っていました。この作品からアイデアを得た小説『真珠の耳飾りの少女』の作者トレイシー・シュヴァリエも、自分のベッドルームにこの絵のポスターを飾っていたようですね。彼はそのポスターの少女をじっと見つめていたら、突然に小説の着想が浮かんできたようですが、同じようにいつも少女の顔を見ていたはずの私にはインスピレーションはなし、、。悲しいです。。今日は"ずっと"気になっていた、その映画『真珠の耳飾りの少女』のDVDを見ました。(やっと...)【フェルメールの家に使用人としてやって来た少女グリートが、いつしか彼の弟子となりモデルとなり、そして画家に創造力を与え、いつしかお互い惹かれあっていく。しかし、フェルメールには嫉妬に身を焦がす妻がいて、また好色なパトロンも存在する。二人の許されない恋の行方と、あの名画が生まれた背景は、、。】話しの内容も静かではありますが、実話かと錯覚しそうなほどの見事なできばえ。当時の画家の背景にあるパトロンの存在や、絵の具の調合なども知れて興味深かったです。まず最初に面白かったのは、グリートと共に働く使用人の女性が、フェルメールの名画「牛乳を注ぐ女」そのものだったこと。この映画、何気ない細部までフェルメールの世界を再現しようとしたのですね。そして何より、この映画の素晴らしさは『光と色彩』です。映画の中の彼のアトリエは、実際のフェルメールの絵に描かれた『色』そのままに感じます。映像の端々に感じる『光』と『青色』はまさしく彼の世界。勿論それは、話しのモデルになった少女が頭に巻いているターバンにも、デルフト焼にも通じる青です。それは決して華やかさや明るさではなく、あくまでも地味な中にも目を引く存在感。巧い映像だなぁと感心しました。色彩や視覚について学ばれている方は、この映画を違う角度で楽しめると思います。二人は一度触れ合った手にお互いを感じたことはありましたが、それ以外は触れ合うこともせず、想いを口にするわけでもありません。二人に流れる空気と時間は静けさに包まれています。グリートが絵のモデルになった時、フェルメールは彼女に何度か彼女自身の唇を舐めるように促します。私はあのシーンがこの物語を地味ながらもより艶(つや)やかなものにし、二人の感情の高ぶりを表しているようにも思います。素朴ですが、逆に色っぽいです。そして、後半になって重要な役割を果たす『真珠』。作家トレイシーはこの真珠で作品に色合いを出しましたが、私はこの絵の青いターバンが好きです。誰かこのターバンも主役に、この少女とフェルメールの話しを書いてくれないかなぁ、、と期待しております。この映画は、もとになったトレイシーの小説と結末が少し異なっているのだとか。これは小説の方も読む価置がありますね。*nanaco☆さんへ私はこの後、主人公グリートは肉屋の少年と平凡に暮らしたと思います。その方が、彼女の人生の中で「あの時間」がひときわ輝きますから、、。あくまで私の願望です☆
2008.03.02
*イタリアはローマ、「HOTEL DEI CONSOLI ★★★★」このホテルはいつもお世話になっている旅行会社のMさんに紹介してもらったものです。外観は薄くて可愛いピンク色。この写真では伝わりにくいかもしれませんが、部屋はグリーンをベースにした なんとも優雅で贅沢な雰囲気です。イタリアのホテルはスペースが狭いのが当たり前ですから、ここも例外ではなく とても小さな部屋でした。けれど、バスルームは清潔でゆったりとした空間が広がっていますよ。バチカン市国から徒歩5~10分です。HP: (HOTEL DEI CONSOLI ) http://www.hoteldeiconsoli.com先日、GWのソウル行きの航空券、ホテル代等の振込みを済ませてきました。Mさんに選んで頂いた今回のホテル「SAVOY」は立地条件も良く、人気の高いホテルなのだそう。Mさんのお薦めにハズレはないのです。('07.11.27日記)にも書きましたが、彼女に海外旅行の相談や手配をお願いするようになって、このソウルで7度目になります。「アムステルダムは古い石畳の街ですから、歩きやすい靴で行かれることと、交通の便のいいホテルをお勧めしますよ。」初めて電話でお話した時の彼女からのアドバイスです。実際に訪れてみて、その一言の有難さが分かりました。その時にお世話になったオランダのホテルもサプライズで良かったです!私も色々こだわりを持ってホテル選びをするのですが、なかなか難しいですね。ガイドブック片手に悩んで迷って決めたわりに、いざ泊まってみると、・・・( ̄― ̄;)な感じ。現地で宿を探すには旅行があまりにも短か過ぎるのと、旅行下手な私にはまだ抵抗がありまして、、。ですから、今回もMさんに候補をあげてもらいました。どうせ海外では いつも2、3泊しかできませんので、ここ数年は贅沢なホテルに泊まっています。年に数日間のお姫様ですね。(にしてはレベルは低い?)ソウルでの楽しみはもう一つ。5/3の夜に観に行く「NANTA」です!!随分と有名になってきましたので、ご存知の方も多いでしょう。私は3年程前、韓国語を習っていた当時に先生であった釜山出身のチェさんから教わりました。「NANTA」は漢字にすると"乱打"。結婚披露宴の料理を4人のコックさんが時間内に作りあげるというストーリーです。鍋やまな板、包丁はもちろんのこと、野菜など厨房にあるもの全てを楽器にして叩きまくるのです。セリフのないコミカルなこの劇は、日本でも人気があるようですね。私は今回初めて観ることになります。もし、ぺ・ヨンジュン氏も観に来ていたら、、。(*^_^*)私は決してぺさんのファンではないと いつも豪語しておりますが(その必要性は?)、もし本当にお会いすることができたなら、間違いなく彼を「追いかける」ことでしょう。。「私、あなたと同い年なんですよ。」いやいや、「私が飼っている可愛いワンちゃんも、あなたと同じ『ヨンサマ』っていうのですよ。」、、なんてお話しようかしら、、。(*^_^*)夢は見たもの勝ちですね☆
2008.03.01
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