全376件 (376件中 1-50件目)
2004年の「スマトラ島沖地震」と昨日の「ミャンマー 地震」、7年の間もあるが、一つ、すごく進化したのはやっぱり情報発信のことでしょうか。2004年の地震の時、朝方の時間帯で私はたまたま母乳の為に起きていて寝ようとしていた時だった。近所にあるお寺にいる犬の泣き声が今までの泣き声と違って、人間がすごい苦しんでいるような泣き方だった。しかも、一匹だけじゃなくて一斉に10匹ぐらいだったからすごい大きいな大騒ぎ。次は壁からの音や強い風の音(しかし外を見ても風吹いていない様子だったのが不思議だった)が気になった。壁の方をちゃんとみたら壁がバイブレーションしているのも目で見て、その時私はもう目眩してなにが起きているか分らなくて、音で起きて来た旦那に大声で、「このビル壊れそう!逃げよう!」その時はバンコクでもまさか地震あるって信じられなかった。関東大震災が怖くて我々はタイに住もうと思ったのに、ここで地震が来ると思っていなかった。とにかく、当時が原因が地震だと頭の中に全くなくて、川沿いのコンドーだからもう10年以上の建物だし地盤が緩くなっていたことしか考えられなかった。避難のため、私は生後5ヶ月の息子を抱っこし、旦那はパスポートと現金、お姑さんは紙オムツの大きなパックを持って4人で18Fの階段を降りた。途中、エレベーターを見たらタイ人やインド人で満員!みんなエレベーターで避難していた、全くものタイ人たちだ!とにかく、車に乗ってその川の近くから移動。サトーンを通って行くとある高層ビルの下に人々が集まっていてビルの方を指してなにか話している姿もいた。まさか、そこのビルも揺れた?それでも「地震」と言う言葉は私たちの頭の中にもまだなかった。車を街の中を走らせても違う雰囲気はそれ以上なくて、道路の屋台などは普通通りだった。車のradioをつけてもなにも新しい情報得られないままだった。そのまま、ある新築のサービスアパートにチェックインすることにした。ホテルのテレビをつけて情報を求めようと思ったが、どんなタイのテレビも普通の番組ばかりで、CNNやBBCもイラクのことしかやっていなかった。インターネットで最新ニュースを見てもなにも情報はない。不安が続く、揺れの原因知りたい。でも世の中は普通なので、やっぱり我が家のコンドーだけが揺れたと、信じるしかなかった。4時間後にやっとCNNでちょっと情報が入って来てインド洋側で地震と津波のことが伝われた。それでも規模がまだ明確じゃなかったし、情報が少ない上、混雑だった。きっと幅広い範囲だったし、通信が遅れている地域、アクセスも難しいところだったからだろう。それでもその地震と我々が感じた揺れが同じだとまだ半分信じられなかった。不安が続く。夕方になればもっと情報がニュースで流れて来て、津波による死者の数が数十人から何百人に突破し始めた。死者が千人を超えるにも時間の問題だけだった。でも私たちの情報収集はやっぱり外国のテレビばかりで、伝われるのが遅いと感じた。毎日ニュースを見ながら大規模な被害になってしまったことが明らかになってぞっとするだけだった。地震の2日後にコンドーに戻り、着替を取りに行くことにした。実は、壁が揺れ過ぎて余震が来たら建物自体に入るのが恐ろしくて、、、10日間経過して不安を感じながらでもコンドーでまた生活をすることにした。当時、地震があったこと自体の情報が入りにくくて、あまりにも情報が少なくて不安が続いた。しかも、タイのテレビを見ていてがっかり、、、情報が殆どゼロ!今回の地震では、揺れを感じてすぐTwitter を開き、早速チェンマイで大きな揺れを感じた人からの発信があった。、次から次に他の情報が流れて来て不安はあるけど原因が分るだけで自分たちも冷静に行動できた。MAG7.0の地震、津波の心配ないことをすぐ分るような時代になってありがたい。もうテレビの情報を待たなくてもTwitterで情報を監視することができる。細かいことは後でニュースとかを見て分ることもあるだろうけど。今回だって、我々はNHKのstreamを見ていたけどミャンマーの地震のこと一切報道されなかった。ちなみに、旦那は「ニコニコサイト」のコメントのところにミャンマーに地震起きたことを書いたら、誰かが「ミャンマーってどこ?」って書いてくれた人がいた。日本人は全く興味なかったような、、、CNNのサイトに短い記事だけあって、アメリカの親戚からすぐメールが来ただけだった。他のニュースでは詳しい情報なかったけどTwitterでは現地の状況は少しでも伝われていて、被害の状況も書いてあって、誰よりも細かい情報を手に入れることができたのはTwitter のお陰。やっぱり大感謝して上げなくちゃ!
2011.03.25
コメント(2)
嘘ではない、今日夜9時ごろにウチのコンドーが揺れた!タイで地震を感じたのはこれで2回目。1回目は2004年の「スマトラ島沖地震」で、当時は18階のコンドーに住んでいたけど、チャオプラヤ沿いで揺れが結構大きくて壁に皹までも入った。建物はその当時、15年ぐらいだったと思う。川沿いだから地盤は柔らかいには違いない。今回は26階のコンドーで、一昨年出来上がったばかりの建物。でも新しくて川沿いじゃなっくても安心はできない!壁から出る音、不思議な音で、天上に小さな石が投げられているような音で、最初はネズミが走っていると思った。でも風がないのにブラインダーが随分揺れていた。すぐ今回の東日本大地震のことを思い出して、玄関で子供たちの靴を用意してみんなで非常階段を降りる気持ちでいた。でも30秒以内に揺れが収まって、旦那は早速ネットを調べ始めた。ちょっとたったらあちこちから情報が入り、タイの北部、チェンマイの人のTwitterであっちの方が中心だと分った。ここのサイトではMyanmarで、最初MAG7.0だったが、今はもう既にMAG5.0まで下がっている。バンコク市内の高層ビルに住んでいる人は殆ど揺れは感じられたと思う。しかし、地震を感じても地震だと分らない人が多いだろう、特に高速の近くに住んでいる人は重いトラックが通るだけビルが揺れることが多いからだ。バンコクの一軒家の人、殆ど感じなかったと言うけど地震発生地に近いなくと一軒家の人でもよく感じられたそう。今度もし引越を考えるならコンドーより、場所が不便でも一軒家を考える必要があるかも知れない、ここタイでも。。。
2011.03.25
コメント(2)
実は去年書くつもりだった日記。年中さんになった長男の友達の親たちによく小学校のことを聞かれていて、まだ少なくても1年以上はあるのに、考えるのが早いと思っていて適当に答えていた。しかし、タイ人にとってはこれは大事な選択で皆さんは子供を産む前からもうだいたいは選んでいることらしい。でも私たちにはどう考えてもあまり選択肢がないことに気がついた。確かに最初からインターや日本人学校は考えていなかった。折角タイにいるから幼稚園、小学校まではタイのに入れるつもりだった。一度インターに入れたらもうタイの学校に入れなくなるので逆ならいつでもできる。はい、そうしようと、旦那との意見があった。しかし、旦那の親はどうしても将来、アメリカの大学行かせたいからインターを進められていた。おいおい、「幼稚園のことが先じゃないの?」って、私はへそに向かっていたつぶやいていた。でもタイ人たちはよく留学しても欧米のトップの大学に入れるから心配ないと、なんとか納得してくれた。でもタイの学校なら誰でも簡単に入れられると、勘違いしていた。実は、タイの有名学校、タイ人たちがもっとも自分の子供を通わせたい学校はSatit関係。だけど、これにはコネと$,$$$,$$$バーツの寄付金が大事で、この大きな壁にぶつかってしまった(Satitと言うのは大学の付属学校で、チュラやカセサート大学などのこと)。チュラにどうしても子供を入れたい親がいて、金額を聞いたら1-bedroomのコンドーを買えるぐらいのものだった。毎月寄付を上げていて、そのレシートをもって入学試験の申し込みの時に他の資料と一緒に添付するらしい。更に王室関係の色々な施設に寄付金を納める必要がある。うちはそう言うことはするつもりなかったので一応経験としてSatitの試験だけを受けさることにした(この試験には幼稚園の殆どの子も受けるらしい)。Satit Chulaの入学試験の申し込みに行ったら、我々はタイ国籍ないのであちこちの担当者に回され、最後に特別扱いにしてもらい、受験を認めてくれた。万が一合格してしまっても入学出来るかどうかは別の問題になっていただろう。息子はまだ5才なのに試験当日、緊張もなく、全く知らないところで、全く知らない大勢の人たちに混ざって指示通りに他の子たちと行動して試験会場に入って行った。きっと息子よりママの方が緊張していただろう。試験が終わるごろに迎えに行っても普通の顔で、試験終わってしばらくテレビで漫画を観ていたと、余裕な顔ぶりで言う。大規模なことだと分っていなかったんだろう。。。一週間後に結果が発表されたが、息子はもちろん外れ。Satit系経験はそれで終わり、3ヶ月後から本格的に小学校を探すことになった。実は時期を過ぎてしまったら受け入れ学校がだんだん減って行くと言われた。園長先生と相談して二つの小学校を進めてくれた。今度は入学試験の申し込みの時期を待つだけだけど、その前にその学校が外国人の息子を受け入れてくれるかどうかの問題があると言われた。結局"A"小学校は試験を受けさせてもいいと言われ、手続きに入った。その時、また園長先生に相談され、寄付金はどれぐらいにするかっと聞かれた。タイの学校って子供の実力より親の金力だなって、改めて思った。逆にこちらはなにも知らないので園長先生は同じ小学校に申し込む他の親たちに相談してもらい、我が家からの寄付金を決めた。これは、我が家の子はタイ人じゃないから特別扱いになるので金額は他の子よりちょっと多めにと言われた。その金額、もちろんSatitに比べても桁数が一つ少ないが、少なくはない。しかも、ウチの場合、外国人として特別扱い以外にバイリンガルを希望したから普通のプログラムの子より多い。仕方ない、来年は次男のことを考えれば、その金額を2で割ればいいとする(兄弟の場合、二人目から寄付金必要無いそうだけど、これも時代によってかわりつつあるだとうと)。入学試験はあるが、形だけなのか、その成績によって落とされる子いるかどうか分らない。でも子供が試験中に親の試験のようなものと面接もあり、試験は5つの質問に対して答えを書かなきゃ行けなかった。私のタイ語はゼロなのでなににも役に立たないが、旦那はポー6を受けた事あるのでなんとか読みは出来た(英語で答えを書いたけど)。面接はバイリンガルの場合、2つに別れていた。タイ語の面接の時に付き添いに来てくれた園長先生が殆ど答えてくれて助かった。英語の面接は子供もも合流して、旦那と私だけで、外国人の先生とお話をするだけだった。おそらく、タイ語の面接で殆どの入学が決められるでしょう。色々質問され、特に我々はなぜタイの小学校を希望しているとか、親はどの商売で将来外国に戻る予定あるかとか、親はどれぐらいお金を出せるのか。このような質問がピンポイントだろう。我々の答え、と言うか、殆どは園長先生が答えてくれたが、嘘よりちょっとオーバーだった。だって、将来について、いつまでタイに住むとか、インターに切り替わるかも知れないから本当のことを言ったら落とされるかも知れない。その後の結果、一応合格。今度は手続きを進められ、ビザのことなど、住民票のようなものまで、色々聞かれて書類の準備を会社の人に頼んでなんとか揃えた。子供たちはタイで産まれているし、タイの幼稚園を通っている形跡もあり、タイの文部書に登録されているから正確的にタイ人じゃなくてもあまり文句言われなかった。小学校までタイの学校、後からインターに変わったハーフの友達が結構いるのでインターとタイの学校の一番の違いとは、と聞いたら、インターだと自分で答えを考えることが大事だと教えられる。タイの学校では、まずみんなと一緒じゃないと行けないところがあるらしい。先生が質問してもほとんど誰も手を上げない、積極的じゃないこと、多くの外国人の親からきいた。でもそれも時代で変わりつつあると思い、4年生までタイの学校の様子をみることにする。6月ぐらいまで次男の小学校を考える必要があって、お兄ちゃんと同じ学校にするかまだ悩んでいるところ。確かに同じ学校の方が寄付金のこともあるし、送り迎えや学校のイベント、PTAなと楽だろう。でもうちは年子兄弟なので双子とあまり変わらない状態なので違う学校を通わせた方がそれぞれ独立して歩んで行く道を作って上げたいし、友達も、全く違う方がいいんだろうか。私、一つだけタイの学校について違和感がある。それは「共学」が少ないとこ。家は男兄弟なので共学に入れたかったが、どう探しても近くにあまりなくて男子校の二つに選択が絞られてしまった。。。だって、幼稚園の発表会を観ていて改めて思ったのは、小学校では女の子とペアで踊れなくなり、男の子ばっかりで踊っていたらあまり可愛くないような気がする。。。どうかな?それでタイでオカマちゃんが多い?いや~それなら遠くても共学にすれば良かったかも???
2011.03.23
コメント(4)
子供を持つ親の心の中にこの質問がずっと染み込んでいるんじゃないかな?「この反抗期はいつまで???」 子供の成長を見るのは楽しいけど反抗期も同時にエスカレートするのを見るのも辛い~ 2−3才の反抗は今思うとまだ可愛いもんだなって、今5才4ヶ月になるBEAのママ、私が言う。 泣きべそしたり、スーパの廊下の真ん中に座り込んで誤泣きするのはあの頃鬼のようだった。でも今の年になると体力的に私はもう負けてしまい、バトルの次の日の私の上半身が筋肉痛で起きられないぐらい。 学校では友達の目を指した事件もあった。これはわざとじゃないと先生が言うけどなにかの取り合いをしながら紙の角が目に入った、小さなアクシデント であってもなんで取り合い喧嘩になったのか、私が知りたい。家ではお兄ちゃんとよくそう言う喧嘩しているけどとんでもない原因から始まるんだよね。刺され た子は次の日に幼稚園であって、すぐBEA抱きしみに来て仲良く遊びに連れ出されたからあまりシリアスな喧嘩じゃなかったかも知れない。でも私として、 BEAはたまに頭がガッとなることがあるのでその子が被害になったわけ、放っとけない。 カッとなること、これは最近多くなってきた。ストレスがどうにか溜まっていて、小さなことで自分一人でその気持ちの整理がつかなくて外に出してしまう。これは半年前、いいえ、一年前から溜まって来たかも知れない。 たまにBEAとUFO、同じ部屋でも違うことで遊んでいても喧嘩になる。これは本当に不思議に思った。だって、一緒に遊んでいて急に喧嘩になるのは いい。でも別々なもので二人とも遊んでいて、BEAは急に立ってUFOのところへ行って叩き始める。なんでって聞いたら、分らないと答えられた。いいえ、 本人は言えないけどなにか、昔の事でも思い出してイライラさせたのだ。 年子の兄弟だからよけいジェラシーはあるだろう。 そう、1年前から親はUFOの小学校のことで頭一杯だった。誰の親と話しても小学校のことの相談など、とにかくUFOのことばかり。それに、UFO はLEGOが好きで結構複雑のやつでも自分で色々組み立てができるようになってジジ/ババが沢山買ってくれるようになった。BEAも自分のももらっていた けど組み立てはUFOだった。ちょっと前ぐらいから自分でも部分的に組み立てるようになったけど途中にもう諦めてUFOに完成してもらう。 自転車のこともあった。BEAに16 インチの自転車を買ったけどUFOの18インチの自転車、あちこちに探しても無くてBEAの自転車の補助を外しUFOに先に練習してもらったこともヤバ かったみたい(UFOに同じ16インチのを買ってもすぐ使えなくなるだろうし、20インチはまだちょっと大きかった)。BEAとして、自分の自転車なのに 自分が乗る前にUFOが乗り始め、しばらく自分には自転車が無かった状態だった。それもストレス溜まるよね。でも私から見たらBEAはその変わり、 razor scooterに乗っていたのでUFOより全然うまくなった。きっとそのうちskateboardも簡単に乗れると思う。でも本人としては自転車に乗りた かったらしい。。。夢の中でもたまに「UFOの自転車、早く買ってあげて~!」と言っていたこともある。可哀想だった、これはママも後悔しているわよ、ご めん(涙)。 UFOの小学校が決め、みんなに褒められたりしたこと、これもちょっと原因?UFOは褒めら、ついでにみんなが言うのは、UFOのお陰でBEAは来年簡単に入るだろうと。これは余計な言葉だった。 ジェラシーだけでもない、自分に自信がないこともあるだろう。気が短くて集中できない性格だから途中から諦めることが多く、動力して完成する気持ち がまだ分らない。例えば、塗り絵が好きでわりと上手に色選びもする子だからセンスはある。でも一つの絵を全部完成するのは少なく、学校では先生に無理やり 完成させているだろうけど家ではない。 サッカーの練習、ボールをうまくコントロールできない。チーム選びにもいつも最後に残される。でもこれは仕方ない、小1の子と一緒にやっているから 体が小さいし経験も短い、これを言っても本人は納得いかない。連取の30分でグランドを撤退して、お腹空いたと、私の側から離れない。ちょっとお菓子を食 べさせ、gatoradeを飲んだらまたグランドに戻るかと思ったら今度は疲れたと言う。結局30分で終わり。UFOはBEAよりうまいと言えない、同じ レベルなのに一生懸命上の子たちの跡をついたりボールに近づこうとする。 ゴルフの練習、初日は3時間もコーチの説明を聞かずにたったボールを打って楽しんでいたが、2日目はもう30分で諦めた。やっぱりコーチの説明を聞 くのが面倒、コーチが言う通りにクラブを持つのがいや。やっぱり自分勝手でやりたいから色々言われると諦める。周りにキャーキャー遊んでいる子供たちの声 がよほど楽しく聞こえたそうで、すぐそのグループに交えて練習終了~ 幼稚園はまた勉強のトラブルも。集中できないし、他の子を答えを見ながら自分の答えを書いているそうだ、もう5才でカンニングを実現!タイ文字の読 み書きの練習もいやがっているそうでなかなか進まないらしい。厳しい先生が一人いるらしくて、彼女が教える日の朝から口癖のように、「学校に行きたくな い~!」のが続く。でもその先生のお陰で最近ちょっと進歩したようだけど。。。 この反抗期はただの反抗期じゃないと気がついたのは、夜中に寝ている時にギシギシと言う音、BEAの歯から出て来ている。これって、きっと嫌な夢でも見ている。精神的になにかに襲われていることだろう。 こないだ、幼稚園から帰って来たらUFOと喧嘩を打つばかりで様子がとってもおかしかった。注意させたら泣かずに自分の部屋に綴じ込んでしまい、一 人でグーグー泣いていた。原因聞いても教えてくれない。これは学校でなにかあったんだろうな。次の日、先生に聞いたら友達に目を指した事件だった。やっぱ り、自分の気持ちが複雑で色々困っている子だ。。。 ママだって、助けて上げたいけど本人に聞いても教えてくれない。自分もその気持ちを説明できないだろう。ただ親が出来るのは、フラストレーションを なるべく少なくしてあげること、よくできることをすぐ褒めて上げることで自分に自信を持たせること。 LEGOでも、一つ大きいのを完成させ、その気持ちを経験させる。これでぼちぼち治るでしょうか。 新学期が始まる、5月が過ぎたらもうすぐ小学校のことを考え始める時期が始まる。これもまた悩むことばかり、、、UFOと同じ小学校にするか、別にした方がいいだろうか。もうちょっと考える時間があるので実際UFOの小学校が始まったらまた色々比べられるだろう。 とにかく、最近私も精神的にちょっと落ち込んでいた。
2011.02.08
コメント(2)
痛風は私ではなく、旦那です。年明けから続く出張から帰って来て次の日の朝から膝の痛みを感じ始め、2時間ほど家で中国茶を飲み続け、夕方に漸く効果が出始めた。それでもびっくりだな~だって、こんな年でコレステロルや尿酸血症が高いから60代になったらもっと大変じゃない?出張中にお酒やタバコの付き合いが多いし、運動も出来ない、睡眠不足とのもあり、食事管理もできないだからだろう。家では高尿酸血症の原因となるものはあまり食べていないと思う。ただし、ほうれん草のごま和えが大好きだけどほうれん草はあまりよくないらしい。今度から控えめに(とい言うか、もっと子供に残せろう!)、と注意させなきゃ。こないだ一緒に健康診断を受けたのだが、私の結果がすべて良すぎて、旦那のはボロボロ過ぎたと気がついた。家ではたいてい同じ物を食べているのに~と思いながら、、、でも実際は違うのよね。家では私の朝ご飯はいつもカスピ海ヨーグルトにリンゴ酸を食べている。旦那はいつも急いで出かけるのでパンとコーヒー、たまにシリアルとリンゴだ。リンゴ酸は高尿酸血症にすごい良いらしと、最近ネットで読んだのでこれから冷蔵庫にリンゴ酸のお水を常に作っておく事にした(これはBEAが気に入っていて、パパが帰って来る前に半分以上はもう無くなっているけど)。後、食事のこと、外食は自分で管理知れてもらうしかないけど、彼は元々シーフード好きじゃないし、内蔵系も全然食べれないし、チーズもあまり好きじゃない。ミルクは飲むけど朝は飲まなくなったし、週に2−3回しか飲んでいないと思う(シリアルと)。なにを減らせばいいのかな?もっと増やした方がいいものがあれば、チェリーやリンゴ酢のことしか思い浮かべないな。とにかく、出張中に高尿酸血症がそのまま長く続けられたことが良くなかっただろう。さて、明日から始まる”ウサギ”の年、”鳥”である旦那は最も「悪年」であるらしい。タイ人で詳しいおばさんがいるので旦那はアドバイスをもらい、明日一日中に9カ所のお寺周りに連れ出させる。その後、血を出してもらい、新しい血と入れ替える必要があるらしい。その血を出すには血検査か赤十字で献血して来ることにしなければならないらしい。でも考えてみれば次男のBEAも酉年なのでパパと一緒にお寺周りには一緒に行くべきなのかな?献血はまだ無理よな、可哀想~は~こんな仏教なこと全く知らない私にはなにも言えないから一度聞けば信じるしかないね。まあ、来年我が家は平和と健康であればいいから、神様、よろしくお願いします!
2011.02.02
コメント(4)

ジムで汗流すのは嫌いではないが、主婦って、色々な理由でジムを後回しにするよね(私だけかも知れないけど)。本当に”暇”だったら行くぐらい?汗 だって、家事師ながら十分流すし、子供の自転車の後をついて行くだけで汗もかくし。なので、家にいる時、家事していない時はたいていコンピューターで時間 をつぶし、わざわざジムには行かない。 そんな私、家できる健康グッズを発見したらうぐ手に入れる。 2−3年前、腰が超やばい時に友達に進められたのがこれ: あるお寺のお坊さんたちが作っていると言われ、ふくらはぎのストレッチにキツイけど効き目のある道具だった。一番最初に乗った時、5秒も辛かったけ どだんだんと慣れて来たら痛いけど気持ちいいと感じるようになった。それでも5分は限界だった。でも台所やリービングに置いてあったら子供と喋りながら 乗ったり、お湯が湧かすのを待っている間に乗ったりしていたので少しずつ効果は出ていたと思う。 しかし、旦那はそんな道具が床に置いてあったらじゃまと言われ、お客さんの部屋の奥に持ってかれてしまった。それからもう殆ど使っていない。だっ て、その部屋に入る用事はほとんどないし、ちょっと入ってもタンスに入っているものを取りに行くぐらいで、残念ながら置いてある場所まで行かないことが多 い。 でもこのブログを書こうと思ったのはこの道具のことより、もう一つの道具だった。 これは偶然、子供の幼稚園から始まった。ある日、子供を迎えに行ったら息子のクラスの子たち(女の子も男の子も)ある列に並んでいた。並んでいる理由を覗いてみたら、フラフープを回す順番待ちだった。 最後に回してもらったけど3回ぐらいで落としてしまった。子供のごろは首から足首まで回せたのに悔しい、、、でも幼稚園でみんな使っていたのはポリ 塩化ビニルで作られていて、中に水が入っていた。重くて固い。そでも回そうとしていた子供たち、15人ぐらいいた。その日、ちゃんと回せる子は一人もいな かった。 次の日、子供達が欲しいと言ったのでおもちゃ屋さんで回に行った。軽くてプラスチックの物。子供たちはすぐ回すのがうまくなって、幼稚園に持っていたらもう上手に回している子が何人かいた。不思議~男の子でもあんな重いのをちゃんと回していた! 後でtwitter仲間から知ったけど、実はフラフープは流行っていた。学校にあったのはそもそも先生のだったりして。他に上手になった子たちはおそらくお母さんのを使って練習したんだろうと。 私も結局我慢せず、すぐ自分のを買いに行った。だって、2回出産したら体は元の通りに戻らなくても(ある年齢を超えたらそれは無理やろ)自分が満足出来るような体系になりたい!昔のズボンがもう股から入らなくて悔しいけど仕方ないだろう! 一日目、回せたけどヒップの骨に当たるところが痛くてちょっと回して諦めた。一緒にベルトを買わされたけどそれを使っても痛い。 3日目にやっと長く回せるようになって、痛みも消えて行った。 最近10分も回せるようになったが、友達は40分を毎日回していると聞いたら、私もせいぜい30分間回せるようになりたい。ルンピニ公園に行ったらフラフープを回している人、結構いてタイ人も必死な人いるな~と思いながら自分も頑張る。 最近体の重心をちょっと左に移動したらバランスがよくなり、安定して回せるようになったと思う。更に長く回すことができたから負担も少なくなって来 た気がする。上半身も軽くなって来たようで。前からカイロプラクティックの先生に言われていたのが、私の体の重心がずれているから腰に負担をかかっている と言われた通りだろう。これから少しずつ姿勢を意識しながらフラフープを続かなければならない。 ふくらはぎ延ばし道具と同じようにならないように、フラフープはリービングに置いてある。一日2回ぐらい、5分づつ以上(10分間近く)を回すようにしている。ふくらはぎ延ばし道具もお客さん部屋から出して、旦那や子供に邪魔にならない場所を考える。
2011.01.26
コメント(6)
今日、お姑さんと義理妹との会話の中で、赤ちゃんは飛行機の席取らないからタダで乗れると、勘違いされていたことが判明。税金や空港税など取られるので一般の皆さんが思っている”タダ”と言う事とは全く違うと説明したけどまだ信じてくれない様子だったので家に帰って昔の請求書を探してみた。2005年の3月7日にロスからサンパウロへの往復のVARIG便(ちなみに、この空港会社はもう無くなっている): FLIGHT DATE FROM DEPART // TO ARRIVAL RG8837 07MAR LOS ANGELES 1330 SAO PAULO 0610+1 RG8836 23MAR SAO PAULO 2350 LOS ANGELES 0700+1 FARE (ADULT) : USD 722.00 (X2) US & Brazilian taxes : USD 88.15 (X2) FARE (INFANT) : USD 110.00 US & Brazilian taxes : USD 47.65 GRAND TOTAL : USD 1777.95 We will issue e-tickets on February 11, 2005 and will be available for pick up at the airport check-in. When the tickets are issued you will receive a confirmation via e-mail.この勘違いは私たちも最初に子供と旅行に行った時に分った。請求書をもらった時、長男は8ヶ月だったので、同じ勘違いで旅行会社に電話で問い合わせたことある。答えは”税金と空港税”だと、はっきりと答えられた。こんな当たり前な質問で迷惑のような口だったので、ちょっと恥ずかしながら電話を切った。金額は大人用のチケットの15%で、半分以下だし、バスや電車じゃないから全くタダなんてないだろうと、納得した。今は5−6才になった子供たちの空港券は大人の75%になったが、これこそ、50%なら納得したいところ。
2011.01.09
コメント(4)

オーガニック野菜の生産が多くなって来たので急に仕事の量が増えた旦那の手伝いをきっかけに、子供たちが最近自然に興味を持つようになった。話してあげるうちにもちろん、逆に色々な質問されるようになった。「種はどこから来る?」と質問された時、コロンブスの卵の問題にぶつかってしまった。「誰かが一番最初の種を作ってくれないと果物が出来ない!」と叫ぶUFO。はい、どうやって貴方が理解出来るような答えができるだろう、悩むママ。。。先ずは神様に作ってもらうしかない、、、はい、すべては神様が作ってくれたのだ。種から木になる、植物の生長図 by UFOまた植物に関係する質問でまた親を悩まされるUFO。「バナナの種は?」うん、確かにバナナに小さな種はあるけど、その種でバナナの木作れるわけじゃないよね。。。「レタスに種がくっ付いていないから種ないはず!」うん、確かにレタスの種あるけど、レタス自体には種がついていないよね。。。植物だけには限らず、幼虫/昆虫の図鑑が大好きで最近手に入れたのは「昆虫の育ち方」の本。この本の写真を見るだけ気持ち悪くなるママは実際に飼って上げないからねって、言い続けていた。だって、2年前、カブトムシを飼っていたけど手入れは私だったし、家の中の匂いも嫌で見た目も全然可愛いと思わなかったので2週間後に公園の木に離したことあるのに、、、子供たちが自分たちで手入れするならまだ考えられるけど、との約束。----------------------------------------------------ある夜、農場から沢山の野菜がお店に届いたと言うので、野菜の箱の整理に手が足りなくなって旦那は手伝いに行き、子供達も手伝いへに。サラダの生野菜あまり食べないUFOも一生懸命手伝う:きれいじゃない葉っぱを取って、きれいな部分だけ残す。BEAも負けないで、慣れて来たらもう親に聞かずに自分で判断して、きれいじゃない部分を自分で切って捨てる作業がちゃくちゃくと進んだ。こうやって、4時間の作業が7人(子供も入れて)で2時間で終わった。でも子供たちが一番喜ばせたのは実際の作業より、虫探しだった。そう、オーガニックの野菜だから昆虫が一緒についている事は当然で、作業中に昆虫や幼虫が出て来ると子供達が一番騒いでいた。その中、一緒に作業をしていた女の子がバッタを見つけてくれた。早速箱に入れて、緑の葉っぱを一緒にして家に持った帰って来た。幼虫はママがちょっと気持ち悪いので「家に持って帰るのをやめて~!」と、頼んでおいた(冷汗)。昆虫ならまだいい。家で飼い始めたバッタ作業が終わり、昆虫のペットもゲットしたところ、子供たちはお店が用意していた試食用のカットメローンを発見して二人で取り合いしながら食べた。試食用のメローンを全部食ちゃった!その週末、今度はRose Gardenのオーガニックフェアーで会社の出店があって、みんなでまだお出かけ。Rose Gardenのオーガニックフェアーでのお店と言うか、旦那にはお仕事だったけど、子供たちの目的はオーガニックのイベントより昆虫探しだったのでこのRose Gardenは天国だった。池にカタツムリいっぱい!蝶探しのBEA蝶をつかまえたUFORose Gardenはこのイベントのため、色々準備したもので、なかなかいい見学にもなった。フェアーの周りはタイの農家を再現された展示会になって都会育ちのうちの息子たちにはいい勉強になった。精米とは・・・オーガニックフェアーと関係なく、Rose GardenのThai Villageの見学も初めてだった子供たちは、なぜか像に乗りたいとは言われなかった(笑)。でもビラの中にあるものは全部体験できたのでタイの田舎生活は味わえたでしょう。タイシルクの作り方では昆虫のこともあって、興味を持つのがBEA普段器用じゃないBEAの方がまじめに陶器を作った さて、バッタの話だけど、、、子供達はバッタをすごく可愛がっていて、エサを上げたり、カゴの中の動きを観察したり、ウンチをするのまで見ながら毎日楽しんでいた。カブトムシの用に匂いもないので私も楽で、台所のカウンターの上において皿洗いしながら声をかけたりしてあげていたぐらい、可愛がって上げていた。こないだ久しぶりにこの時期に雨が降り、バッタちゃんが雨好きだろうと、思った私、ベランダに出して上げた(カゴに入れたまんま)。急に用事ができて、バッタを外に出したまんまお出かけに行った。日中雨がやんでまた暑くなり、家のベランダは東向きで午前中は日光がそのまま当たり、当然カゴが暑くなってしまっただろう。夕方に帰って来たらレタスがかさかさでその横にバッタが死んでいたのを発見!は~ママが殺してしまったのだ~(涙)週末にイサーンに連れて行って自然に返すつもりだったのに、、、その日、子供達が幼稚園から帰って来たら報告したけど二人とも泣きそうだった。次の日、会社の人がまた新しい昆虫を見つけ、家に持って来てくれた。バッターじゃなくて、コオロギと言うんだろう。体が小さめで色も茶色。でも体が小さいくせにウンチが沢山でる!カゴの中、壁のところまで黒っぽいのがくっ付いているばかりで、いつ掃除しようかと。でも明日、イサーンに車で行くので車に乗せて田舎で解放するつもり。子供たちはきっと新しいのをまた拾って来るだろうけど、、、もう殺さないように気をつけよう!取りあえず子供たちは観察のつもりで昆虫を近くに置いて起きただけで、しばらくしたら解放して上げるようにしている。
2010.12.17
コメント(0)
朝、子供たちを幼稚園に送りに行ってたまに先生が私に、「ねぇ、これからお家に帰ってなにするの?だって4時に子供達を迎えに来るまで暇じゃない?」って聞くのだ。「暇???」なわけないのよ~すること沢山あるのにそうには見えないらしい。。。(涙)先生は結婚しているかどうか分らないし、お子さんいるかどうかも分らない。でもお仕事されているから専業主婦のことはあまり分っていないかも知れない。掃除や食事の準備とかあることを話したら、「晩ご飯はなんで外で買わないの?」って。タイ人じゃないから毎日外で買うタイ料理は食べれない、しかも、美味しいか別として健康のことを考えるとさ~との答えも言えなくて、、、だけど、こないだは同じ立場の専業集のママにも似たような質問された、「なんで忙しいの?家に帰ったらすることないでしょう?」なんだって。「家はメイドさんいないからこれから帰ったら掃除/洗濯などよ」と、説明すると、「だって、コンドーでしょう、掃除だって、すぐ終わるでしょう」と。これもびっくり。そのお母さん、自分で掃除したことないか、自分たちは一軒家に住んでいるからコンドーに比べたら確かに広いでしょうけど、掃除は毎日にことだし、そんな20分で終わるものだと思っているのかしら。そのお母さん、自分で晩ご飯の準備もしないくせに~(怒)。これで、私は今日お掃除をさぼってジムで汗をかいてきた。今日は会社での即時会があって、たまたま晩ご飯いらない日で、部屋は汚くても、ベッドは片付けなくても一日ぐらい、ほっといても誰も死なないさ。今日は暇にする日に決めた!
2010.11.30
コメント(2)
昨日はタイで大きなイベントとしてロイ・クラトーンがあったが、我が家、もう一つの小さな目標を達成。それは子供たちを生のコンサートに連れて行く事。 バンコクで秋になるとバレーや音楽イベントが出て来るがやっぱり大人向けで子供連れて行けないし、ライブだとバーになるので子供の雰囲気じゃないことが殆ど。でもこないだ、たまたま子供の為の演奏会の案内を見つけたのが、WAFCAT(アジア車いす交流センター)のチャリティーコンサート。 パンフには「お子様もごいっしょに」と書いてあって、リパートリーは子供が好きそうな曲ばかりだったのが大きな魅力だった。 コンサートは小さなホールで行われたがアットホームで親子連れが99%だった。もちろん、子供向けだから演奏中に泣き声やお話されている子供の声が 聞こえたりした。2年ほど前に子供向けと言われていた、あるピアノのコンサートへ行ったら演奏者は意外と敏感で子供の声で演奏を中断したりしたこともある (ピアニストが子供の声が気になって集中できずミスした、子連れの私がそう感じた)。でも今回、ちょっとうるさくてもそう言うことなく、親は安心して演奏 を聞く事が出来たので演奏者へ感謝している。 ウチの子たちのために一番期待していたのは「Sound of Music」の曲だったけどそれ意外に子供が楽しめる曲沢山あった。 前半のSabre Danceで、アップテンポの曲好きはBEAは笑いながら聞いてくれた。前半の最後には「ねこの二重唱」でソプラノの二人が猫のように歌い、みんな喜んで聞いていた。 後半に子供達によく知られている曲が殆どで、「Sound of Music」が日本語で歌われているのを初めて聞いた息子たち、ちょっと違和感を感じたよう。でも「ドレミの歌」や「エーデルワイス」になったらもう自分の鼻声で私の隣で一緒に歌っていた。トトロのテーマ曲で他の日本人の子供たちも盛り上がっていた。「猫バス」の曲への盛り上が足りなかったと思うのでジブリのテーマ曲の方を演奏して欲しかった。 子供だけではなく、大人もいい時間を過ごせたと思う。私は?「デビルのラグ?」のクラリネットとピアノのduetに感動した。ラグは昔からブラジルのchoroと言うスタイルの元だと知っていたけど今回の演奏で肌でそのつながりを感じて、目をつぶったら実際にchoroを聞いているかのような気持ちになった。ただ、choroはサンバの一つ手前のリズムでラグよりリズク的でしょう。 子供たちに色々の生の演奏を聞かせて上げたいのは、音楽に興味を持たせるためで、楽しく聞いてくれるのが一番の目的。実際に音楽家になるかどうかは 本人次第だけどいい音楽の楽しみ方を知って欲しい。この機会はそのため、とっても大事な時期に恵まれ、これからも定期的に似たようなイベントを作って欲しい。 演奏者は全員女性の方々で、子供に対する優しさはステージの上からでもよく伝われる。例えば、10分の休憩後、後半のプログラムに入ろうとしていた ソプラノの方、席の方を覗いたらお客さんの8割はまだ外で休憩から戻って来ないことに気づき、ステージの上にたったままお客さんたちを待ってくれた(普通 はそんなこと、自分のプライドの問題でしないでしょう!)。 とにかく、近い将来にまた演奏をしてくれることを期待するこの方々たちへ: ソプラノ 奥澤 絵里さん、木村 綾乃さん クラリネット 永井 真由美さん ピアノ Khun ウサ ナパワン ?「どうもありがとう!」
2010.11.22
コメント(2)
週末はロイ・クラトーンで街中賑やかだったが、今年はウチではあまりにもロイクラトーン盛り上がりが薄いこと、幼稚園でバレバレ。だって、他のことで色々忙しくて気が抜けた私、ロイクラトーンはどうでもいいと思っていたんだもん!(ママの言い訳)幼稚園でのロイクラトーンは19日の金曜日、その日までに、当然みんなロイクラトーンの為の服をそろえておくが、今年はいいや~と、勝手に思っていたのは私だけ?前夜、夕ご飯を家で食べながら子供たちが花柄のシャツが必要と、先生に言われたと、うるさく言うので仕方なく、旦那に近くのデパートまで運転してもらい、探しに行った、夜8時すぎに。しかし、殆どの出店がもう閉まっていた状態だったので買えなかった。子供たちはもうそこで諦めてもらってたが、朝起きたらやっぱりムードが違う。花柄ないんならチェックでいいと、私が勝手に決め、それに反発する子供たちとまたもめることに。マーケト開いたら花柄をシャツを買いに行く約束をしてからやっとチェックのシャツに着替えてくれた。今思うけど「甚平さん」の手もあったよね。1−2才の時、二人ともこの日、確かに甚平さんだったような、、、(今言ったら絶対怒られそう~)もちろん、その日、幼稚園についたら全員ちゃんとしたロイクラトーン用の服を着ていて、写真撮影する親もいて、また落ち込むウチの子たち。上の子はすぐ気楽で気にしない性格だけど、下の子は自分は友達を違う服装をしていることに気がついて、家に帰りたいと、教室の前で足どまりして号泣。また、マーケットでママが買って来ると、約束してやっと手を離してくれた。でもその日、おじさんをもう3日連続に病院に連れて行ったりして、なかなかマーケット行ける隙間もなく、一日が過ぎてしまったママ、また許してね~夕方迎えに行ったら二人ともいつもの様に遊んでいて、朝の出来事と約束を全く忘れていた様子でホットした。来年のソンクラーンまでにちゃんとタイの花柄のシャツを用意すること、今からもう忘れないようにしておこう。そう、今年は赤シャツのことでソンクラーンが無かったのでシャツを買わなかったんだよね、ごめん~ちなみに、幼稚園では今年プールで流すこと無くて、子供達は食パンで作ったクラトーンを家に持って帰って来た。幼稚園では先生たちが作ったタイのデザートが色々食べられたみたいで、タイの伝統的なデザートの勉強も行ったらしい(これはママも参加したかったな~)。21日の日曜日にみんなでチャオプラヤ沿いでパンのクラトーンを無事流して来た。ちなみに幼稚園のクラトーンはロウソクが倒れたり、飾りの花が乾燥したりして2日間持たなかったのでもっと固いパンの新しいのを買い直した。ロイクラトーンの服装、タイの花柄のシャツは一番簡単だけど(ソンクラーンにも使えるし)、もっと伝統的なのもある。特に女の子用だったら華やかでアクセサリーも一杯で色も沢山ある。男の子のパターンは少なく、色も殆ど決まっている(白と青の上下)そう。さて、来年は約束した上、忘れちゃいけないな~お早めに用意すると。
2010.11.22
コメント(2)
年末まで後3ヶ月!最後にブログを書いたのは新学期が始まったごろだったのに、もう来週から幼稚園の1ヶ月お休み。振り返ると、新学期が始まって間もなく、長男UFOの小学校受験があった。受験と言っても、ここはタイだから日本の受験とか違う。ここは親の"お財布"と"顔"が大事。ウチは財布が薄い上、タイ人じゃないし、そのネットワーク(コネのつながり)が全くない。結局嘘もちょっと加えて、おかげ様で学校が決まった。財布は更に薄く、男女共用の学校じゃないし、ちょっとお坊ちゃんっぽいかなって思う学校。でも学校がないよりは安心した親。これでやっとヨーロッパへの旅行の企画が始まれた。学校が決まらないまま旅行行っても楽しめないだろう。ヨーロッパは子供が出来る前から、いいえ、今の旦那と知り合う前から、【いつかここに子供と連れてきたい】、スイスのアルプスの夢が叶えた。2週間の旅行から帰って来たら今度は子供達の幼稚園復活に困った。帰って来て2週間たった今でも悩まさせる毎日だ。旅行に行ったのが、子供が一番順調に勉強している時期で、毎日色々勉強していて楽しい時。上の子は3桁の足足し算や引き算まで出来ていて、下の子はようやく自分の名前をタイ語でちゃんと書けるようになったごろだ。しかし、その旅行から帰って来たら全て、頭から消え、またゼロからスタート。子供はもちろん、もう勉強する気持ちなく、”もう、また?前できたでしょう?”って、毎日先生に怒られたそう。こう言う状態で今度の金曜日にテストだ。1ヶ月前だったら数学も全てに最高の点数もらうはずだった息子たち、今はクラスで一番遅れているそうで可哀想。まあ、前向きに考えれば、二学期にまたみんなと一緒にスタートするから大丈夫でしょう。それに、旅行中に経験したことはもう忘られないでしょう。おまけに1-10まで、イタリア語で習って来たし、スイスの山のハイキングも出来て、自然と歴史のこと、ちょっと記憶に入ったでしょう。「学校行きたくない」、BEAが毎日のように言うので、また友達たちと以前と同じように仲良く遊べるためにみんな家に呼ぶことにした。雨期にも関わらず、プールサイドのパーティを企画。会わせて60人ぐらいの子供たちに声かけても結局15人しか来れなかった。今度は逆に、そのパーティが楽しすぎて、子供もその親たちにも感動され、ある親から、「毎週金曜日子供たちを集めてplaygroupを作ろうか」と、声を書けられた。もちろん、ウチが場所を提供することに(苦笑)。と言うことで、毎週金曜日はまだ分らないけど、今週の金曜日のためにはもう企画始めた。来月(実は後2週間)日本に行く予定だけど旦那の日程が決まらなくてチケットもまだ取れていない。本当に行けるかどうか分らなくて、ちょっと不安。とにかく、予防接収を避けたくて、子供達も私もインフルエンザに負けないように、一日に2回、manukaの蜂蜜を飲んでいる。効果は、この一ヶ月に3人ともインフルエンザにかからなければ成功!
2010.09.29
コメント(0)
コンケンで色々とバタバタした後、また旦那の会社のイベントでプーケットへ。本来なら、新学期が始まっていたから行かないつもりだったけど、赤シャツのお陰と言ってもいいぐらいで休みがもうちょっと延期になった。 まあ、旦那は会社のイベントだったので別行動で、私と子供たちは本当の旅行気分だった。そう言う生活が続けて、今日から子供たちの新学期が始まったわけだ。 長男は普通に朝起きて、久しぶりに着る制服は嫌がらないで寝不足で協力的。ただ、プーケットで肌が黒くなったので半袖は嫌だったので制服の下に長袖 着たいと。暑いでしょうと、納得させようとしたけど機嫌が悪くしそうだったので許して上げた。学校できっと暑かったら自分脱ぐでしょうと。でも、本当に 「肌黒いね~!」って言われるのが嫌なのかな?タイ人は肌黒い人ちょっと差別するので子供なりに差別されるのが嫌?私はブラジル人感覚で、 suntan(日焼け)の黒い肌は元気のない白い肌より好きだけどね。 それに比べて、日焼けしても肌が黒くならない次男坊は別のことで悩まされる。朝から起こされるのが嫌、シャワー嫌がるし、制服も駄目。歯磨きはなん とか問題なかったので助かったが、家を出るまで大泣き(送りに行ったのは旦那なのでどれぐらい泣いたか分らない、おそらく学校までだったのではないか な?)。また、プーケットで足ちょっと傷になったので靴が嫌と言うのでサンダルを持たせたら余計に反発、なんだろう? まあ、これで二日遅れて子供たちの新学期がスタート(そう、月曜日から始まっていたの)。 でも、母親として色々準備不足でちょっと反省しなくちゃ~ デモだからと言ってもいいけど、本当は買い物に時間あったでしょう。今日気づいたら子供たちが幼稚園で履いている白いスニーカー、もうぼろぼろだっ たり、BEAの制服セット、一着しかなかった(新しい制服に子供の名前を刺繍してもらうのに時間もかかることだし、しまった!)。鞄だけ、クリスマスから 用意していたのがあった。。。これがタイの幼稚園だからよかったな~って思う時よね。 さて、UFOの受験、これから本格的に考えなくちゃいけない時期がそろそろだわ~ドキドキ~!!!子供が受験する学校あれば、親の面接だけと言う学 校もあるらしい。このシステムのこと、あまり知らないし、タイ人に聞いても情報ないから困る~学校によって寄付する金額同じなのか、タイ語とバイリンガル の場合の金額はどうかも、誰も教えてくれない。幼稚園の校長先生にきいたら毎年少しずつ変わるから今年どうなるか自分も分らないという。とにかく、私はど うすればいいとか、受験の時期もしらないので夏休みの企画もできない。。。 いい加減のママ、これからタイの教育システムについてちょっと勉強・・・
2010.05.26
コメント(0)
昨日の夜から家族でサトーンの家を出て難民生活が始まった。まず、川の向こう側のThomburiで一泊して、今朝はIsanのKKへ。家にいてもデモ舞台にあまり遠くないから音が聞こえるし、燃やされているタイヤーの煙も見え、近くのスーパーに行っても駐車所がいっぱいでレジで並んでいる人も多い、少しずつ不便な点が多くなって来ていた。昨日は更に、『戒厳令』の噂もあった(結局無かったけど)。旅行から帰って来てもあまり家で落ち着いて生活していなかったことから離れることにした。今朝起きたらやっぱりSaladaengの近くで大きな爆弾があって、DTホテルもやられたそうで、そんな大きな音だったら家でもきっと響いていただろうと思う。やっぱり家を出てよかった。 今朝はちょっと不安でも車で空港へ向かった。バトル舞台になっているDin Daengの黒い煙を高速のからも見えた。渋滞はあったけど無事に空港についてホットした。Isanは赤シャツが多い町だけど黒シャツがいると言う話がないから、旦那が仕事だったのでみんなでついて来た。でも仕事の用事が終わったら南のPuketにそのまま行くことになっている。しかし、、、今朝、チェンマイとか、Isan地方の各地でも赤シャツのデモが行われているというのがニュースで流れていた。これだと長くいちゃいけないと、不安に思う。。。 まあ、取りあえず今ゆっくりブログできる隙間ができ、更新しようと。しかも、今までiPhoneで更新していたことが多くて、長い文書を打つとやっぱりミスが多いみたい。言いたい事がつながらないし、文書になっていなかったことが気がついた。折角読んでくれた人、読み辛かったでしょう。 あれっ?今KKの中心街から爆竹の音がした気がする。。。
2010.05.17
コメント(4)
子供たちを幼稚園のサマーの最後の1週間に行かせ、新学期が始まったら私はあまり苦労しないだろうとの気持ちもあって先週、日本/香港旅行から帰ってきた(デモの状態に合わせて、一回延期したけど)。さて、でもタイではやっぱりデモのことが気になって、コンピューターの前に座っていても旅行の写真整理ところじゃない。Twitterを見てしまう。特に昨日の夜から多分ピークを向かい始めてからだ。リーダーのセーデーンが頭を撃たれ、今ICUで治療を受けているそう。今日は街の中の渋滞が続く。子供たちの幼稚園は赤シャツのところから離れいてるので今日は問題なく登校できた。でもそれぞれのクラスの人数が異常にすくなくて、英語の特別クラスは二人だけ!旦那の仕事場は赤シャツの集まりの近く、Saladaengなので緊張が高い地域になる。今日もお昼まで仕事らしい。それでも今朝出社できなかった子がいるそう。来週末、Puketの旅行予定だけど、どうなるかまだ疑問。本当はバンコクのことが落ち着かないかぎり遠くへ行きたいけどさ。でも旅行気分じゃない。先日、夜の食事に出かけたとき、Saladaeng駅で降りたら軍人さんたちが駅周辺に沢山いた。彼らの顔を見たらまだみんな二十歳ぐらいの子でとっても未熟な少年に見えた。彼らのことを考えるとこの内戦はばかばかしく思う。ブログを書いている最中に幼稚園から電話、子供たちを早く帰宅をお願いとのこと。はいはい、早速家を出なくちゃ!旦那はもしかして今晩、一日早くIsanでの出張から帰って来れるそう。まあ、最新情報はtwitterで!
2010.05.14
コメント(2)
ちょうど20年前、私がブラジルの留学生として大阪に着いた。桜の満開はその一日か二日前だったけどまだきれいだった。でも桜がちってくる時、雪のようにちらちらーと風に吹かれて落ちて来る花が一番きれいだったこと、まだ記憶に残っている。その20年後に私がバンコクに住むことになるとは、まったく想像しなかった。そのごろに同じ寮に住んでいたタイ人留学生たちが今タイで色々活動していることは、たまに耳に入る。同じコンドーに住んでいて、たまたま同じエレベーターに乗って来て、その一人は結構有名な皮膚科の先生らしい。もう一人は外務省でばりばりはキャリアーウーマンだったり。大学の教授になった人もいるだろうし。私はいまたったの主婦で、旦那と二人の子供の面倒で十分だけど(笑)。他のブラジル人の留学生たちは今どうしているんだろう。名簿あれば何人かの行方が分るかも知れないけど、名簿が入っている箱の行方が今分らない(ブラジルに送ったのか、旦那の荷物に入れてロスにあるのかな)。今なるとまた20年前の日本の初印象が色々思い出して来た。1年間は留学生動詞との付き合いが多くて、大学の先生や関係者意外の日本人と交流がなかったのが今ちょっと残念だったと思う。その思い出の中でこないだ思い出した恥ずかしい話がいくつかあるけど、そのうち纏めて書こう。
2010.04.05
コメント(2)
私のwordpress.comブログへのアクセスが全面禁止されている!3月中旬、タイの赤シャツたちがデモをやり始めてから私が楽天以外でやっているブログへのアクセスが出来なくて、色々調べたら今の政治への反対のことからだそう(私がブログに書いたことが問題じゃなくて、他のブログの人、もちろん!)。ある日、突然"Error 404 - Page cannot found"のようなメッセージが出て、何回かそのメッセージを読んでもなにかピント来ない。それは文法が間違っていることだったが、ソフトを書いた人は英語うまくないだろうかな、"be found"でしょう!でもページが無くなったことって、自分は削除していないのになにか間違って操作したんじゃないか???心配しながら旦那に電話して、オフィスから私のブログにアクセスできるかを確認してもらった。Tweeter友達も日本からアクセス出来たのでブログが無くなったことじゃない。その次、自分のパソコンの設定、色々変えてもアクセスできず、今度は自分のコンピューターを旦那の会社に持っていてwifiにつながり、ブログへのアクセスが成功した。もう、providerを疑うしかない。旦那の会社ではTOTなのでアクセスの問題なかったからだ。私はTRUEMoveの3Gを通じてiPhoneとコンピューターをネットに?げているので直接TRUEのホームページにクレームを書いてみた。メッセージを送ろうとしたら拒否され、結局ネットでクレーム出せなかった。仕方なく、納得するまで諦めない私はTRUE HQに行くことにした。それまでするのかって、旦那に聞かれたけど私がクログを毎日書いている訳じゃないけど、色々書きたい時に書けないのは腹立つの。楽天は日本語で書くけど、wordpressの方では英語とポルトガル語で書いているからこそストレス溜まっているし。もうTRUE社に行こうと準備していた日に、旦那がネットを検索したらある記事を見つけ出して来た:TRUE BLANKET CENSORSHIP。現在の首相の父親がTRUE社の親会社、CP社の取締役の席を持っているそうで、その関係でなにかが規制されているのではないかと言う。もちろん、free speachの無いこの国ではそれ以上書かれると問題起こしそうなので記事は詳しくない。しかも、私のようにブログアクセスできなくなった人沢山いると思うのにあまり話題に出て来ない。本当に腹立ているのは私だけ???私は決して赤シャツ派では全くない。でもね、 政府のこんなやり方は嫌。タイは将来に君主国のままになるか共和国になるか以前、リーダーになる政治家たちの考えを変えないとこの国は進まないだろう。赤シャツの反対運動がまだまだ続きそうなのでしばらくwordpressブログを使わなくなるでしょう。そうそう、でも来週からは日本だから時間あったら更新できるかも。
2010.04.01
コメント(4)
今日は我が家の記念すべき出来事があった。別に大したことないだろうけど、初めて子供たちを他人に預かって、旦那と二人だけで夜お出かけ。 大したことないのは、子供たちを預けてくれたのは旦那の弟夫婦で、よく子供たちの遊び相手をしてくれるからお互い慣れている。それに、旦那と私が出かけしたのは同じコンドーの違う階、エレベータで移動できる範囲だったことろ。 子供たちはおじさんたちと、普段親があまり連れてくれない、マックへ行き、親は友達の家で大人だけの夕食に誘われて行った。家を出る前からBEAの 顔に大きく「フレンチフライ」って書いて、もう誰よりも大興奮状態だった。その変わり、UFOはお出かけの前に食べたシャケのおにぎりで満足したようで マックで食べることより、おじさんたちとお出かけることだけでもう喜んでいた。 今まで夜に子離れできるチャンスあったけど不安が大きかった。でも今回のように、行き先が超近いところから、子供たちを預かってくれるのは弟夫婦 だったから安心できた。いいえ、それより、全然心配なかった。二人は喧嘩もせず、親のことを聞かず、いい子だったらしい。ただ、BEAはフレンチフライと コーラーを一人で食べ過ぎ???って言うことがあったらしい。 しかし、食べ過ぎたのはBEAだけではなく、私もだった~ 友達の家でクスクス料理を久しぶりに食べて、私もちょっと食べ過ぎて辛かった。クスクス料理は軽くて沢山食べも消化が早いくて問題なかったが、食後にパンとチーズを食べたらやっぱり重かった~更にチョコのケーキも頂いたら椅子から立てられなくなって困った。 いいえ、それだけではない。ケーキと一緒にミント(生のミントの葉を使用)茶を飲んだら、今朝方の5時近くなのに全然眠れない。旦那はワインのせいか、割と遅くまで私と一緒に眠れなかったけど3時ぐらいからぐっすり寝始めた。 子供たちは12時まで起きていたので朝はゆっくり起きると思うので私もきっと朝ゆっくりできるだろう。でももうそろそろ寝ないと本当にヤバそう~ 今日の夕食に参加したのは9人、会わせて7つの国籍から6つの言葉が飛び上がっていて面白かった。料理も満点で久しぶりに子供たちのことを一切心配しないでいい時間を過ごせた。 帰るちょっと前に上の階から子供たちを呼ん皆さんに挨拶をしてもらった。おまけにホストのフランス人の友達がUFOにちょっとピアノを触らせて、簡単なduetを演奏してもらった。 家に帰ったらもう0時過ぎていて、子供たちは今ぐっすりと天使のように寝てくれている。長い夜だったね、お疲れさま! 今日のクスクス料理、ブラジルで食べるクスクスと違って、小麦からのだったから消化が早くて軽い感じがしたかも知れ ない。ブラジルのクスクスはトウモロコシから作られる。トッピングは作ったアルジェリア人によるとTunisia風で、お母さんに教わったらしい。ずっと 昔、私が食べたクスクスはモロッコ風でチッキンカレーのトッピングだったけど、 Tunisia風はマトンやチッキンに夏野菜たっぷり使うのでragu料理のようなもので健康そうだった。食べる時は口は中国人になると言う旦那も食べてくれたので今度家でもクスクスを作ってみたい。ご飯が大好きなウチの子たち、クスクスは口に合うだろうか。私のトッピングはchicken raguだね!
2010.03.07
コメント(6)
昨日のBangkok Post の記事「Drought will worsen as temperature rises to 43C」(平均温度が43C、渇水が悪化)を読んだらまず思ったのは、旦那の仕事がIsanでの農業だから今年の生産に大きく影響するだろうと。その次は、今年のSongkranを無くした方が水が無駄にならない?でもタイ政府が安定していなくて、王様の健康もよくないからSongkranが無くなるとこの国の住民たちの喜びが他にもうないことになるでしょう(好きな人はワールドカップぐらい???)。タイ北部で農民たちは水の取り合いをして警察官の監視が必要なぐらい。酷いところは戦争状態だそう。メコン川も危険な状態に落ち、大きな船が通らなくなって最近は道路の方がトラックで渋滞らしい。農民たちが更に主張するのは、中国側でメコン川の水をストップさせていること。確かに、ある情報によると、メコン川に異変が起き始めたのは中国のダム建設が進んでからだそう。でもここで私が思ったのは、メコン川のように、7つぐらいの国を渡ってくる川の水はどう分散できるのか、どうやってその権限を分けるのだろう。元々その川の始まりで決められるのだろうか。この問題はかなり複雑になりそう。とにかく、この渇水が酷くなったらすぐ我々の日常生活に影響が出始めた。スーパーで感じるのは野菜の値段がだんだん高くなっていること。Doi Khamはまだ食安全で安いほうだけど、1-2年前のDoi Khamの野菜より値段が上がっている。でも43°Cの温度は勘弁して~今年のSongkran連休はどこへも行けそうもないのでタイで我慢することになりそう。とにかく、冷蔵庫をもう一台増やそうと思っている。「家には絶対もう一台必要」と、今旦那と交渉中。もう一つ大事のは、これから子供たちに水の節約のことを教えるべきでしょう。シャワーは今一日に3-5回までのを2-3回に減らすように。1回のシャワーの時間もなるべく短く(BEAは放っとくと30分もシャワーの下で一人で遊べるから恐ろしい!)。その変わり、暑かったらプールで遊びなさいと(プールが状態だけどさ)(日焼けが心配だけど~)。地球の反対側のブラジルでは洪水で去年から沢山の死者が出ているのに、こっち側で水が不足しているなんて。。。
2010.03.05
コメント(2)
今週なぜか、タイで色々な日系人に出会う用事がたまたまかさなった。初めて会う人もいれば、タイに来てから出会った方も。でもなぜか、同じ日系人ということですぐなじむことが多い。1) 日系アメリカ人で、中華系アメリカ人と結婚して、二人の女の子のママ。子供たちはうちの子たちと歳がかさなるぐらいで、ウチと同じように日本と中国の血が 混ざっている子で、子供同士でもすぐ仲良く。ウチの子と同じように、中国の名前から日本の名前も持っているとか。その家族は今仕事関係でハノイで生活して いる。2)私が通っているカイロプラクティックの先生はデンマーク系のハーフの先生であって、先生日本に帰国中、手伝いに来ていた先生は日系アメリカ人。アメリカ人以外の日系人に出会うのは初めてだったその先生はなぜか私の事を聞いて驚いていた。3)タイ在住のブラジル人たちのカーニバルパーティの打ち合わせをしていたら(旦那がDJを勤めるので)、気がついたら3人とも日系人だった。これに気づいて3人とも大笑いだった。タイにも沢山の日系タイ人の子供たちがいると思うのでみんなそれぞれどうタイの社会になじんで来たのか、先祖の文化や習慣にどれぐらい興味あって心に残され ているのか、タイの社会にどれぐら影響を与えているのか、ブラジルの日系人やアメリカの日系人とどう違うのか。色々興味持ち始めた。マジで、このテーマを研究したいぐらい。私がもしタイで学校に戻る機会あったら「人類学」を選択しようかな。研究の内容はもう決まったからと言っても実現は遠いだろう。夢にしておこう。
2010.02.19
コメント(2)

もう一ヶ月前のネタだけど、写真整理していたらまた思い出したのでブログにもアップしようと。 ブラジルxタイのハーフの子の6才の誕生日パーティに呼ばれて、子供たちを連れて行った。 初めて行く場所だったけどすごく気に入った。と言うか、私より子供たちなんだけどね。 去年までUFOが通っていたLittle Gymの10倍大きい、Thai-Canadian Community Sportsと言うところ。 巨弾なトランポリンがいくつかあって、ターザンロープもあって、実は大人でも遊びたがるぐらい面白かった。体操を目指したい子にタイで練習させるならここしかないだろう。 もっと近かったらウチの子たちを毎週連れて行きたいけどパパの週末にそこまで運転させるのはちょっと可哀想だと思う(涙)。夏休みの一ヶ月間ぐらいの平日なら考えられるかも(私が一人で子供たちを連れて行く;-)。 Thai-Canadian Community Sports 帰る時間オーバーしても帰ろうとしないのはUFO。なぜなら、このロープにハマったからだ・・・ BEAはトランポリンにハマったけど動きが早すぎて写真に写れなかった。 3月半ばに夏休み。それからの予定はまだこれからだけど、日本行きはきっと4月になりそう(切符もう取れないかしら?香港経由なのである???)。とにかく、バンコクにいる間は他にFunArium(実はまだ行ったことないんだよね)、動物園、博物館、海、などなどのリクエストが上がっている。
2010.02.17
コメント(2)

(つづき) 1月、年明け、家の中はぐちゃぐちゃで、アイロンかける洋服の山とおもちゃの山が一番目立った。旦那はヨーロッパへ出張に行くので冬服を準備してあげたのに、用意してあげた手袋は初日にどっかで無くしたと言う!風邪気味になって帰って来たけど薬いらない程度で治って良かった。 子供たちに有機野菜作りに興味持たせようと思ってKoratまで会社の農場を見学して来た。UFOは酷く汗かくとすぐ汗疹になることを判明して、農業に向いていないと分った。その変わり、BEAはシャベルや色々な道具に触りたくて興味ありそう。 Running away from the sun "Salad!', BEA said when he saw the lettuce また会社の関係で家族でChiang Maiへ。そこも農業関係だったので子供たちはまた色々な畑を見学して来た。 Giant eggplants, almost as big as your heads ! Basil, does it really smell ? The happiest with a shovel でも一番の印象に残ったのはきっと花園の中でのタイ舞踊を踊る女の子たちの姿だったかな。 The opening show with Thai dancers 親 戚の訪問は最後になって、お姑さんも帰国。月末に落ち着いたところ、健康診断受けた。2年ぶりの乳房撮影はちょっと辛かった。異常はなにもなく、 健康と言われた。でも産婦人科だけ、ちょっと確認のため半年後に再検査を進められた。旦那の場合、外食が続けたり、出張も多かったのに関わらず、コレステ ロールは去年より低くなっていた(水泳とジムのお陰だろう)。 2月に 入ってやっと自分たちの生活リズムになるかな。旧正月の終わりごろにバンコクからPenangまで電車で行こうと思っていたけど、旦那のパスポートがすぐ 切れ、それに今他のビーザを申請中なので新しいパスポートにしない方がいいと言われた。電車で旅行すること、子供たちは楽しみにしていたのに(でもここは 日本じゃないし、長旅でも新幹線じゃないから色々大変みたいだけどさ)。旦那はしばらく海外へ行けないことになるのはいいけど、4月は日本に行きたいから それまでパスポート更新してもらわないと困るよね。 さて、これから旧正月の準備、3月中旬から子供たちの学校が長い休みに入り、4月から日本に行く予定。でも今年の課題、UFOの小学校のことだろ う。今年6才になるので再来年のことを考えなきゃいけないのは私の頭になかった。でも今の幼稚園で色々言われていて、他の親のように試験のために色々用意 しなきゃいけないことがあるらしい。幼稚園なのに試験のために勉強させるのは、なんて親なんだろうと、自分は思う。。。
2010.02.03
コメント(4)

去年の9月に引越してからインターネットがないのは大きいけどコンピューターの前に座ってもブログできなかった。日記に残したいこと沢山あったけど、twitterに治まっていた。 今も家にインターネットも電話回線がなくてiPhoneで3Gを通してつながることができる。それでもiPhoneに慣れたらほとんど携帯で google検索、メールなどをやっていて気楽だからますますコンピュータと離れつつ。更に、私のコンピューター(Mac)は調子おかしかったので電源入 れるだけでイライラだったこともあった。今は旦那からのおさがりをもらうことにした(というか、もたされた?)。 10月、日本と香港、まる1ヶ月滞在。秋の日本は最高だった。雨の恐れも無く、毎日晴れた天気で日差しあってもからっとした空気で風も気持ちよかった。春より秋の方が好きになった。 Sunset at Ohori Park 子供たち、狙いのN700の新幹線に乗って福岡ー東京往復をなによりも楽しめてくれた。 別府と湯布院も回って来て、九州旅行もちょっとできた(それもタイ人の団体に交わってのこと)。 Beppu Onsen Oni Jigoku Yufuin 香港のDisneylandはハーローウィンの模様式で夜のパレードは特に超怖かった!昼間の乗り物から恐ろしくて大泣きだったUFOはもう Disneyland嫌いと叫んでいた。BEAはなにも知らないでパパとhunted hotelに入った。UFOは最初から入らないと言うのでママと外で待つことにした。中から出て来たBEAはやっぱり大泣きで可哀想だった(まるで、お化 けにあって来た顔だった!)。 Disneyland Halloween parade ちなみに、 ユニークなハロウィーンをテーマにしたクリスマスツリーを発見(東京の友達のマンションロビーで)。と言うか、10月にクリスマスツリーを飾るのは早すぎる~! Xmas tree in Halloween 10月は 子供たちに一番大きなイベントはgodparents(教父・教母)を決めたこと。BEAのはブラジルにいるKおじさんとおじさんの母親(おじさんはなか なか結婚相手見つかって来ないからお母さんにした)。UFOのは日本に長くいる(もう日本人に帰化された)GおじさんとMおばさん(10以上たってもまだ 子供いない夫婦)。本来は教会で行儀を行うべきだけどウチは正式なキリスト教じゃないから友達同士での約束上になる(子供の頭にワインを流すことにしよう かな?)。 11月、よやく新しい家に本格的に住み始める。と言っても、物や家具をそろい始めることから(4ヶ月経ってもまだ半分しかやっていないのが現実)。 お姑が来タイ。10月からタイに移民しようとして来タイしたばかりの弟夫婦もいるのでタイでの家族が増えた!私が家のことで色々忙しかったのでおば あちゃんやおじさんたちがいると子供たちの相手をしてくれるので助った。親戚たちもぼちぼち海外からタイに遊びに来られる。新しい家で晩ご飯を4人揃って 食べたのは一ヶ月に3日ぐらいだけ。忙しくて作れない日が多かったり、誰かと外食とか、旦那が海外出張でいないことも多かった。 そう言えば、お付き合いは短かったけど、親戚をマーケトに連れて行ったらカメさんを売っているおばさんを発見した子供たち、是非買いたい(飼いた い)と言うので買ってしまった。本当はそのカメさん、川に捧げる為においてあって、ペットにするものじゃなかった。まだ可愛いくて小さなカメの赤ちゃん で、家に持って来たらなにも食べないので3週間後に亡くなられた。ペットにして、申し訳ないと、謝りながら子供たちと死体をChao Prayaに流した。 12月、タイでは父の日。学校でもイベントがあって、BEAはあるグループと一緒に演技することになったので多忙しいパパは欠席することはいけないから無理矢理参加。 BEA on his outfit to perform at Father's Day Father and sons 海外の親戚がタイに来る人数がピークになり、毎日親戚たちと外食したので体重気になる余裕も無くなった~。お姑さんもゆっくりする暇もなく、大変だったと思う。それに、会社関係のお客さんも次から次。。。そのお客さんたちを連れて家族全員でSamui島へ2泊。 Samui Island 旅行から帰って来たらメイドさんが仕事を辞めたことにショック(タイミングが超悪くて、新しいメイドさんを探す時間もなく、結局今でもメイドさん無 しでなんとか生活して来たのでそのまま続けられそう)。 でも最近、子供たちは遊びながら掃除して来てくれるので、なにも手伝わないよりはいいだろう。 Our new cleaning maid ? 12月に入ってすぐクリスマスツリーはみんなで飾り付けた。クリスマスカードを早めに出そうと思ったけど20枚出す予定が結局たった7枚になってしまった。子供に書いてもらおうと思ってもなかなか書いてくれなかった。 Ready for Xmas ? クリスマスイブ会は親戚たちと親の友人たちとのパーティ。 Xmas party 次の日、朝早く起きて、子供たちはツリーの下のプレゼントを明けてそのまま空港へ。 Presents and presents and more... クリスマスの日に会社の40周年記念のため、みんなで行事のためIsanへ。 Dance performance by the staff ちなみに、その行事には全員ピンクの服をもらった。旦那は嫌ながらでも着るしかない。でも一番困りそうだったのはお姑さんだった、大人になってからの初めてのピンクの服だったらしい(照れていたけど意外と似合っていたけどね)。 We all got to plant a tree 帰って来たら親戚たちと正月まで過ごし、結局年末の大掃除できなかった。(つづく)
2010.02.03
コメント(0)

The Brazilian Association in Bangkok is organizing their annual carnival event following the traditional Carnival in Brazil in February. People from all nationalities are welcome. For more details please contact this blog with your e-mail address.2月はブラジルの最大の祭り、カーニバルが開催。バンコクに住んでいるブラジル人も、色々な国の方々にカーニバルを味わってもらいたくてカーニバルを再現。チケット、お問い合わせはこのブログにメールアドレスを記入くださ。どうぞよろじく!
2010.01.29
コメント(0)
今回の引越関係のブログがだんだん増えてきている。でも小さな出来事、どうしても残しておきたいことが出て来るんだもん。引越の日は9月21日の月曜日だった。普通の人は土日に引越するだろうけど、ウチは家を選ぶ時から寝室の向きなどは全部風水の先生に決めてもらっているので引越する日ももちろんその先生に言われた通りにした。朝、旦那は会社を休んで準備するので私が子供達を幼稚園に送りに行ってすぐ家に戻り荷物の移動を始めようと計画していた。しかし、幼稚園の帰りになんと、車が横からぶつけられた。引っ越し用に会社のバンを借りていたので幸い傷が軽かった。事故った場所は橋の入り口だったが、相手の車を運転していたのは中年のおばさんでなぜかまっすぐ車線の上を走らず、左右に動いていたのでそのままうちの車の横に入って来た(恐らく携帯を鞄の中から探していただろうか?)。おばさんは前を走ったまま、「付いて来てくれ」と合図を出してくれた。おばさんの車は橋が終わったすぐ左に出て、そのままあるビルの駐車所に入った。おばさんは警備の人と話して、不思議に顔見知りの様子だった。指示された場所に車を止めて、しばらくしたらおばさんが来てくれた。私もその時初めてウチの車の傷を見た(色が取れていたぐらいでよかったと思った、だって会社の車だし)。また、そのおばさんの後ろにそのビルから出て来た男性が付いて来た。親切そうなおばさんで私が外国人だと気がついてニコニコ笑ってくれた。タイ語のやり取りはあまり分からないのでドライバさんに任せて、私はタクシーで家に帰ろうとしたところ、そのビルの看板を見て驚いた。そこはある保険会社のビルだった!しかも、そのおばさんはそこで勤めていたそう!とにかく、修理代は全部出してくれるし、話がすべてスムーズに進んだらしい。タクシーで家に帰ったら旦那と家に泊まっている友達のKが朝ご飯をちょうど食べ始める頃で私も合流。食べ終わってテーブルの上を片付けていたら茶瓶のフタが落ちて割れてしまった。気に入りの中国茶用の茶瓶で、たった一ヶ月前に買ったばかりだったのに。K友達は私が家に帰る前にお茶を飲んでいて、そのフタが落ちそうだったがタイミングよく捕まえられて、二回目は運がそれほど良くなくて手から滑っちゃったみたい。引越する日に車をぶつけられ、更に気に入っていた茶瓶のフタが割れてしまった。この二つの小さな事件、めったに起きないのにその日に限って重ねて起きた。本当はもっと大きな事故になりそうだったけど神様が守ってくれて障害が少い程度で済んでよかったと信じている。感謝の気持ちが心に残しながら引越が無事に終った。
2009.09.27
コメント(4)
子供達を親と別々の部屋で寝かせるのが今回の引越の一番大きい成果だったかも知れないけど、その2番として続くのはBEAの愛用の布を卒業させることだった。引越する前から、この布はおじいちゃん(私たちが仮住まいしていた旦那の父のコンドー)のところに置いとくと、ずっと頭にインプットしていた。理由は、孫たちが急にいなくなるとおじいちゃんが寂しくなるのでその変わりにBEAの大切の布を置いといてあげあげようと、なんとか納得させたかった。もちろん、BEAとしてそんな約束はあり得なかったので最後まで拒否されていたけど。引越の日、子供達は普通に学校に行く日だったのでいつものよ布は家に預けて出かけた。学校の帰りはもうおじいちゃんのお家に戻らずにそのまま引越先に行ってしまったので当然、布はない(と、BEAは思っていたが、ママはちゃんと荷物の中に入れたよぉ~ん)。寝る前に布が無いと気がついたBEAは泣きべそだったけどおじいちゃんのお家にあると知って安心したよう。2日目、やっぱり布が恋しくなって、次の日にママが取りに行くこと約束させられ、やっと寝てくれた。もちろん、ママは口だけの約束だったが。3日目、ママはおじいちゃんのお家に取りに行くのを忘れたと言い続けたかったけどその夜、BEAは熱でかわいそうだったので布を渡して上げた。4日目、寝る前の歯磨き中にBEAは自分で布を濡らしてしまったので布無しで寝るしかなかった(だって、自分でしたんだもん!)。5日目、学校から帰って来たすぐ布のことを聞かれたけど違うことに集中させたらなんとか寝る前まで布のことを忘れた様子でそのまま寝た。6日目、もう布のことを全然聞かれなかった。熱また出て、今度は39.7°Cなので、もし聞かれたらかわいそうで渡そうと思ったけど布のことを気になるほどの元気がなかったみたい。次の日、もう熱が下がっていて元気だったのに布のことを一切聞かれないのでもう卒業かな?しばらく様子をみよう。日本に行くまで後4日間、期待できるかな? BEAは来月で4才なので4才の子が愛用の布を持って歩いていたら逆におかしくなりそう。UFOはそう言えば、3才8ヶ月ぐらいで布を無くしてあまり泣かなかったのでBEAもそうなって欲しい。子供の愛用の布と離れるのは、子供が成長し、精神的に落ち着いて自信をもつと言うそうで、BEAもそろそろその時期でしょう。
2009.09.27
コメント(0)
今回の引越を機会にどうしてもやらなきゃいけなかったことは子供たちを独立させ、自分たちの部屋で寝かせること。前々からそれぞれが好きそうなヒーローの模様(UFOは"SpiderMan"、BEAは"Thomas")をついているbed coverを用意して子供たちを楽しみにさせた。一緒にベッドを買いに行き選んでもらって関心を膨らませた。UFOはとっても喜んでいたけど引越の前の夜はちょっと不安そうな顔。でも半分以上は楽しみがあったので、自分はもう5才で大きくなったことに自身をもっていたよう。逆にBEAは始めから不安な気持ちの方が大きかった。いよいよ、引越の日が来た時に子供たちが一番興味あるのはやっぱり自分たちの部屋のことで、そこにちゃんとbed coverが用意されていたことでとっても興奮して、じっくりとそれぞれのベッドの模様を眺めながらお互いに自慢をする。一晩目:パパはUFOのベッド、私はBEAのベッドに一緒に入って寝かしつけることに。二人とも疲れていたか、もう5分後にすぐ寝てくれたので大人は自分たちの部屋へ。夜中に急に大泣きが聞こえ、私たちの部屋のドアの前にBEAの姿が。やっぱり起きたのか~抱っこしてまたBEAのベッドに戻って一緒に寝てあげた。鼻水や咳があるのでそれで起きたらしい。朝は一番に起きて来たのはUFOで、一人で寝たことで褒めて上げている時にBEAの下半身が濡れているのに気がついた!新しいベッドに早速チッコが漏れていた!実は今回はみんなにゴムのマットにしたのでチッコが染み込まなくてちょっとホットした。二晩目:UFOは疲れていたせいか、横になってすぐ寝てくれたのでパパは早速荷物片付けのため部屋を出た。UFOは夜中に一度もおきらずに、朝はさっぱりな顔で起きて来るので気持ちよく寝れただろう。BEAはぐずぐず、熱っぽくてちょっと心配だったので私はずっと付き添って寝てあげた。夜中はあまりよく寝れなかったのでその朝方にまたチッコが漏れていた。さすが、この日は学校を休ませた。三晩目:パパは子供たちの寝かしつけの前に出かけたのでUFOはベッドの中で一人は嫌だったし、もちろんBEAもママをお兄ちゃんと分けてあげないから二人で喧嘩を始めた。仕方ないク、ママは5分ごとに二人のベッドを行ったり来たりしていた。BEAはそのうち先に寝たのでママは次にUFOが寝るまで彼のベッドへ。朝はBEAが先に起きて来て、夜中に熱なかったので割と元気でさっぱりな顔だった。夜中に喉かわいて水を飲んだので一人でトイレに行ったと話してくれた。一人で電気もつけられたそうで、褒めて上げたら自信を更に持たせたらしい。四晩目:今日はパパは出張だったので一人で二人を寝かしつけに。でも今日は二人ママのやり取りしなくて、逆に二人ともママいらないと言っていた!まさか、3日だけもうママと寝なくてもいいと言われるなんて~寂しそうに部屋を出ようとしたらUFOに声をかけられ、やっぱりママと一緒に寝たいと。BEAは強がりを見せたくて我慢しながらでもママが欲しいと言わないで寝ちゃった。でも夜中にまたちょっと咳き込んでいたが気になって覗きに行ったら今度はママと寝たいと。うれしいわ~だって、今日は旦那がいないので私も一人で寝るのはちょっと寂しかったよーん!
2009.09.25
コメント(1)
先日引っ越しが無事に終わった。でもお陰で今はネットがつながらないのでブログやtwitterの更新が出来なくなった。その上、最近よく携帯でショットメッセージを書いていたんだけど、その携帯のキーがBEAに壊れて今は登録されている番号意外にはかけられない。まさか、急にこんなに世の中と連絡が取れなくなるなんて、、、大人はネットが無い、子供にはテレビが無い(そう、引越先の部屋にテレビがついていなかった)。実はこの状態を試したいと言ったのは旦那である。最近子供たちはちょっとテレビに依存し過ぎているのではないか、テレビ無かったら子供たちは自然に他の遊び方を探すだろうと。今回の引越を理由にして旦那はこれを実現するにはちょうどいい機会だと思ったらしい。私は逆に、引越で毎日買い物に出かけたりするのでコンピューターの前で座ってブログの書き込みする余裕がないからネットの存在は別にいい。子供たちは今までの家と違うし、引越先で半年間保管されていたおもちゃを出したり楽しく遊んでいるのでテレビがないと、この5日間、まだ文句言われたことない。問題は旦那の方にあった。今年から彼はアメリカの大学の通信教育を受け始めたので先生とskypeで打ち合わせしらし、質問も受けることがある。本来、彼が会社にいる時にできればいいのに、時差のことで夜や朝方のが多いので現時点ではネットがなくて一番困っているのは旦那だろう。こないだだって、子供たちを寝かしつけている間に旦那がお父さんのお家にコンピューターを持って出かけた。その日、先生に質問の答えを出さなきゃいけなかったからだそう。夜中に帰って来て、次の朝から出張だったのに、本当にお疲れさま~ちなみに、子供たち、テレビがなくてとっても楽しんでいる様子。遊び相手にちょうどいいやつがいるので(Kおじさん)、100Kg以上あるおじさんと3人で結構激しく戦ったり、ジャンプしたり、走り回ったりしている。おじさんはよく疲れないな~と思う(43才だけね)。寝るぎりぎりまで結構汗びしょびしょな状態で遊んでいるので寝る直前のシャワーは欠かせない。おかげでよく寝てくれるので助かっている。今日KおじさんはUFOに(mini) skate boardを教えていて、初めて乗ったUFOなのに、もう結構自身持ったみたい(形はとにかく合っている???)。子供たちの幼稚園は25日で終わり、それからほぼ1ヶ月の休みが入る。休み中、毎日家にいるだけで飽きてやっぱりテレビのことを恋しくなるだろうか。でも1日から日本に行くので日本ではまた違う刺激があるのでBen 10やNinja Turtles(テレビのcartoonの色々)のことをしばらく忘れてくれるだろう。11月、日本から帰って来てまたケーブルテレビの復活になるかも知れないけどテレビ自体がまだ無いし買う見込みはまだ真剣じゃない。インターネットだけは Trueの3Gをまず試しで使ってみることに(旦那の計画)、うまくいけば購入。これはBTSの2Km以内の距離まで通信できるそうで、うちはその範囲に 入っているのでますます家に電話回線がなくてもインターネットができるようになる。 楽天の入力画面が変わっていたのも今初めて見た!
2009.09.25
コメント(2)
後期になると旦那の出張が多くなることが多くて、今年も例外ではない。明日は10日間の出張からやっと帰って来る日。子供たちも毎日のようにカレンダーを見てパパが帰って来る日までカウントダウン。で も私、はきいり言うとこの3日間、体がもうボロボロ・・・理由は簡単。子供たちは私がちょっと離れると(トイレにいるだけなのに)、すぐ追いかけて来る。 子供たちが夢中にテレビを観ている時、隙間をみつけてトイレへ行くと、トイレのドアーを閉める音が気になるか、夜だから二人だけでリビングにいるのが怖い なのか、「マミー!」UFOの大声がまず聞こえ、ささっと二人とも走って来る。便秘気味の私はゆっくりとトイレで時間を過ごしたいのに~「マミー、早く!」とか、二人が大喧嘩している声が聞こえたりする。こんな状態でゆっくりできるもんか~ そのことが何日間も続くと最終的に私は=>便秘 もう一つは骨盤のゆがみ~ 朝起きたら二人を順番ずつ起こして、学校に行く準備をされる。もちろん、子供たちはまだ半分寝ていたい気持ちなので全然協力的じゃないし、反発もす るからトイレに連れて行く時によく抱っこして無理矢理連れて行かなければならない。もちろん、そんな状態で抱っこなんて、腰と骨盤にくるばかりだ。旦那の出張が短かったらそれほど感じないけど、今回はもう1週間以上かかると子供たちも疲れるし、私も限界を感じる。昨 日便秘も腰の痛みが酷くて、泣き声を無視してゆっくりトイレにいた。もちろん、泣き声や叫び声はそんな簡単に無視できないので気にはなる。それでもトイレ から出たのはもう9時過ぎていた。早速寝る準備しないと朝は苦労するのだろうし、、、ベッドの上で座っているだけで腰が痛いので「本」はパパが帰って来て からにしましょうと。さらに、いつも二人とも私の両脇の下に頭を挟んで寝るのに、今日は腰が痛いから子供たちの間の狭いスペースに横になりにくいから、私は隣のベッドで寝ると言った。子供たちが見える、隣のベッドで一人で寝たいと言ったら二人とも号泣きだった。「でも今日は勘弁して、マミーの腰が超痛いから。明日はまた一緒に寝てあげるね。」と、泣きながら二人とも納得してくれた。一番ぐずぐず言っていたBEAは泣き過ぎて疲れきっていたからか、すぐ寝てしまった。その次はすぐUFOも寝てしまった。今日は本を読んであげなかったことで、私はちょっと悪いことしたと思うけど腰が痛いから仕方ない。
2009.09.02
コメント(9)
今度引っ越しする先の家の家具買い揃いために色々なところへ出かけたりするのが私の仕事になっている。バンコクに7年間住んでいても、今まで行ったことの無い、バンコク市内の色々な地区を回っているので結構面白い。 こないだ丸いダイニング・テーブルや旦那のコンピューターのデスクを作ってもらおうと思って行ったのはBang Phoと言うところ。そこは家具を売っているだけではなく、実際に作っているところなのでデザインさえ持って行けばなんでも作ってくれそうだし、色々自分で注文できるからお店の既製品を買いたくない時はいいと進められたのだ。昔ちょっと覗きに行ったことあったけど実際に物を買うのは今回初めてだった。このごろそちら方面を回ること多く、ついでに地元のお食事も楽しもうと。 今日、家具屋さんのオーナーさんのお進めはガイヤーンのお店だった。 雰囲気はちょっとtime-slipした感じだったけど地元ではきっと大金持ちな人たちが行くところで、昔は豪華そうだっただろう。 メニューをみたら、そのお店、Viseskaiyangは、もう50年もガイヤーンをやっているので、バンコク市内のガイヤーンのお店の中でも結構有名らしい(ここ)。 入ってすぐ気がついたのは男性のウエーターたちはみんな白いズボンに白いシャツだった。真っ白の制服のおじさんにテーブルまで案内されていたら、な んだかレストランかどうかまず迷った。でも周りを見たら他のお客さんたちはテーブルで食べていたので安心した。ちなみにウエートレスたちもいたけど メインにサービスをするわけじゃないし、制服は普通の紫色だった。 私は食べ物を目の前にしたら口が先に動くので料理の写真がないのが残念(これは次回にゆっくりメニューを楽しむ時に)。 今日は初めてだったのでもちろんガイヤーンを食べて来た。私が今まで食べて来たガイヤーンに比べてまず肉が多い(実際にIssanで食べた鳥が痩せ ていて、食べられる肉が少なかったからな)。後、うまみの多くてとっても柔らかかった。そう、オートーコー市場の中にあるガイヤーンのお店のものは美味し いけど、今日のに比べたらもっとドライだったと思う)。 そう言えば、このBang Pho地区にはTao Phoと言う市場がある。名前を耳にした時、「とぅふぅー」に聞こえたので、一緒にいた日本人の友達と大笑いだった。「オートーコー」市場とまた覚えやすい名前だな。
2009.08.31
コメント(4)
よくタイ人の「ドタキャン」(>.<) 話は聞くけど、今日はインドネシア人の友達にやられた。 彼女の娘のCatちゃんの4才の誕生日はこないだだったので、こちらからレストランでお昼の誘いをした。でも昨日、向こうから勝手に、沢山のfish ball 作ったのでスープを作って我が家の方に持ってきたいと言われた。もちろん、お出かけじゃなくても家で夕ご飯でも別にかまわないと思って、突然の予定変更に なった。 でも家で誕生日祝いすることになったので外食先でケーキを用意してもらおうと思ったのに、家でだと自分でケーキを用意して上げたいと思って、当日の 午前中に取りあえず友達にこちらからケーキを用意することを確認した。友達はもちろん、とっても喜んでくれた。お昼過ぎ、ケーキと夕ご飯おかずを作る為に 買い物に行って来て、帰りに運転手さんが乱暴でケーキの袋を逆さまにされ、ケーキがめちゃくちゃになってしまった。残念だけど、そのままCatちゃんのお 祝いに使うのは失礼だったので家の近くのケーキ屋さんで新たなケーキを買うことにした。近所にはタイ人の普通のケーキ屋さんしかなくて、仕方なくてバター たっぷり塗っているクリームのものにするしかなかった。味より見た目を重視し、UFOは可愛いのを選んでくれた。まあ、子供が喜ぶだけならなにもないより はこれでいいか~(涙)。ちなみに、近所のケーキ屋さんの1ポンドのケーキが150バーツ(500円)で、その安さに驚いた。折角用意していたケーキが駄 目になったのでまだ急いで買いに行ったケーキがこんなに安くて申し訳ないぐらい。 夕ご飯の準備が終わってすぐ約束していた時間の5時になった。さて、5時半に友達からまだ全然連絡がない。まあ、6時まで来れるでしょう、、、 W A I T T I N G.... あれっ?6時半よ~ こうなったら、どっか迷子になっているかも知れないから電話することにした。 「どこにいる、もう近くに来ている?」 「家なの~」 「は~い?もしかして明日との勘違い?」 「違う、今日はもう行けないと思う、ごめん、、、」 ・ ・ ・ 私はショックでちょっと言葉を失った。 頭の中には”来れないと思っていたら電話くれ~!” 友達の言い訳は、Catちゃん の体のある部分に傷が出来て腫れているからだ。病院へ行って薬もらったけど、Catちゃんは敏感でそこに薬を塗らせたくなくて結構な喧嘩になったとか。マ マもきっとなったらしくて、娘にばしっと叩いたらしい。子供は号泣きするし、ママは反省して落ち込んでいる状態。疲れきったCatちゃんは遅い昼寝してし まい、ママの気持ちが落ち着くまで寝かせるつもりだったからまだ起こしていないと。 「もうすぐ起こすから、準備してそちらへ行くね!子供たちがお腹空いていたら先に食べていて~!」 でもね、友達のお家はEkamaiで、私たちはSathornよ。これからお出かけの準備をしてもどんなに早く来ても1時間以上はまだかかりそう、、、(怒) しかも、友達に前もって言った のは、私たちはアメリカから来る旦那の親戚を空港に迎えに行くため、夜の9時に家を出なきゃ行けないと。夕ご飯が遅くなると空港にも遅れるだろう・・・ 焦って食べると美味しくないし、落ち着いてケーキも食べられないしね(まあ、150バーツのケーキだから期待しないけどさ)。 結局、待つこと1時間半ぐらいの8時前に友達が我々のドアーにピンポン!3時間の遅刻・・・ ウチは遅めのお昼を食べていたので子供たちは全然お腹空いていなかったからいいけどさ~(涙) 夕ご飯はもう用意していたのでその早速出してみんなで食べ始めた。私が用意していたspare ribのシチューはもう何回か温めた後で、具の形はもう崩れていた上、水分がほとんど無くなっていた。旦那は、 「見た目はへんだけど味はいい」 と褒めてくれたけど、お客さん に出す状態の料理ではなかった(>o<)。まあ、味はよかったみたいで、友達のタイ人の旦那さんはお変わりを何回かした。友達とCatちゃん も、初めて口にした”おでん”を気に入れてくれてよかった~!Catちゃんは椎茸が大好きで、ウチのUFOも大好きなので、彼に隠れてCatちゃんに ちょっと多めに・・・(笑)。友達のfish ball soupも美味しかったのでドタキャン騒ぎは結局料理のおかげでハッピーな結末を迎えることができた。 旦那はご飯を食べて急いで一人 で空港へ行くことになった。その間、私たちは楽しく子育ての話をして、色々情報の交換ができた。友達夫婦は獣医さんで、やっぱり薬について色々知識があ る。病院でもらう薬はすべて細かく家でまた調べて、安全だと思うものだけ子供にあげろと言った。確かに、私もその知識あったらそうするわ。 ウチの子供たちに普通の風邪の 時に上げている薬を全部見せたらその中にやっぱりちょっと強すぎる薬もあった。アレルギー用の薬で、病院でもらった時には必ず1/4にして飲ませると言わ れた。その薬が一度切られて、薬屋さんに聞いたら売っていないと言われたので病院でしかもらえないそう。まあ、その薬は一日3回飲ませるべきだけど私はよ く忘れるので、寝る前の一回しか上げていないから飲み過ぎの心配はないけど(笑)。 ケーキを目の前にしたCat ちゃんの目がピカピカ光ってとっても喜んでくれた。友達も、幸せそうな娘の顔をみて、私になんどもありがとうと言ってくれた。子育てって色々あることを改 めて思ったのは、Catちゃんはいままで誕生日祝いをしてもらったことないと言う。今回は初めてのbirthdayケーキでとっても感動していた様子で私 も涙が、、、 Catちゃんの親は経済的な理 由ではなく、宗教的なものでもないけど子供だから特別なことはして上げないみたい。子育てには真剣で、たまにママは真剣すぎると、私は思うぐらい。教育に はお金も時間も動力にも限がないけど人生の楽しみに方は下手な人間は世の中にいるよね、確かに。今回、私たちがちょっとでもCatちゃんに楽しい思い出を 作って上げたことで満足したけどそれより、きっとCatのママにもちょっと勉強になっただろうか。私はとにかく、いい勉強になった。 子育てに色々な考え方や方針がある。 子供はいいか悪いか、親に似て育たれること。 子供が元々持っている性格もあるけど、親の性格も子供に影響する。子供の行動をみてまず自分の性格を磨くべきだろう。
2009.08.17
コメント(3)

今日は子供たちの幼稚園で『母の日』のイベントがあった。明日は休日になるので、確かに他の学校でもみんな同じイベントを計画しているせいか、お昼ごろから街ではもう渋滞・・・でも行事に間に合ってよかった。行事が始まるとまずは女王様の歌が聞かされる。他の子供たちはなんとか歌おうとするが、ウチの子たちは誰も、口さえ動いていない、、、いつものタイ舞踊の女の子たちのショーが続き、次は可愛いドレスの女の子たちのショーがあった。それが、可愛いか、言葉が分からない私でも感動して涙が出た。踊りと演技で、女の子たちが母に感謝の気持ちを伝える物語のようになっていて、後半に彼女たちのお母さんたちがステージに上がって、女の子たちが優しくお母さんにお礼を伝える。その演技、最も心がギュッとなった。暑いから今年はパーフォーマンスの数を少なくしてくれたのですぐ終わったが、やっぱり女の子たちがメインでやるので、私みたいに、男の子だけの母親はちょっとつまらないわけじゃないけど、まあ、そんなもんか~で終わっちゃう。そうそう、『母の日』をテーマに選ばれた絵の優勝者の作品が入り口に飾ってあった。その中、びっくりしたのはウチのBEAの絵だった。器用なのはUFOなのに、BEAの絵が選ばれるなんて、、、いつものよりちゃんと塗り絵までしていたので二十丸◎にして上げたい! 帰りにUFOの友達のお母さん、二人に、近くのマックに子供たちを連れて行こうかと、誘われた。でもUFOは友達に、「行きたくない、french fries嫌いだから!」と、はっきり答えてくれた。French fries大好きなBEAだったら絶対断らないだろう。
2009.08.11
コメント(3)
明日はタイでは「母の日」で、女王様の誕生日でもあるのでタイでは休日になる。それで、昨日の夜のベッドの中、子供たちとこう会話を交わした。私、「ねぇ、明日は学校で『母の日』ね」子、「ワンメー! ワンメー!」二人とも喜んでタイ語の『母の日』を繰り返す。UFO、「でも僕は『ワンポー』の方が好き!」僕は『父の日』と言うの。確かに、パパは怒らないからね。BEA、「ワンメー! ワンメー!」、この子はいくら怒られてもマミーが好きUFO、「 ワンプー!」、タイ語で『じいちゃんの日』と言う言葉を作ってしまった。BEA、「『 ワンプー』か、僕は『プーイン』が好き!」、タイ語で『女の子』BEA、「UFOは 『プーイン』好きじゃないの?」UFO、「いいえ、僕はTuiが好き」、学校で一番仲良くしている男友達のこと。UFO、「BEAはNonが友達じゃないの?」BEAといつも仲良く遊んでいる子(男) BEA、「・・・僕は『ワンベニス』!」しばらく考えてから出して来たこと答え、『ベニス』と言うのは、BEAの同級生の可愛い女の子のこと。・・・後3ヶ月で4才になる子、もう5才1ヶ月のお兄ちゃんよりずいぶん異性を意識している?は~BEAが中学生か高校生のごろ、きっとgirlfriendを連れて来たりするのが、UFOより早いんじゃないかな?でも女性にふられることなく、ふる方でしょう。逆にふられて心を痛んで来るのはUFOだろう。。。こんな息子たち、やっぱりいつか成長していくのね。
2009.08.11
コメント(4)
数年前から無農薬やオーガニック野菜や果物の方が安全ということで、自分の庭で作るようになったブームが始まった。私も、5−6年前、妊娠している 時、食材に色々興味あって出産の本と同時で有機野菜や、オーガニック野菜について色々調べていた。作り方の問題だけではなく、使用する種の選び方や、土、 水、肥料などにも影響される。実は雨水の品質にも関係あって、工場が沢山ある地域の上にある雲に汚い雨が降ることもあるので、本当の100%オーガニック で”きれい”な (自然に近い)ものを作るには人間が住んでいる場所ではもうこの地球上ほとんど無理そう。まあ、それでも落ちこくこと無く、できるだけ”きれい”なものを 食べられるように動力すればいいと。だから家庭でも野菜作れば安心だし、もし自分で作らなくても信用できるところから仕入れていたらいい。幸い、旦那は農 業関係の仕事していて、オーガニックの物を作っているのでそう言うものが手に入りやすい。 妊娠頃にも鳥インフルエンザも流行って、色々な事実が明らかになって恐ろしくなった。鶏肉にするための鳥に色々薬が与えられているなんて、想像もし たことなかった。テレビのニュースで初めて見たシーンにショックを受けて、しばらく鶏肉や卵を食べるのを辞めた。それだけではなく、本当に肉食は辞めよう とも思ったぐらい。でもな、お腹の赤ちゃんの為にはそうはいかない。野菜類だけでは栄養が足りない(野菜だって、なにがあるかも分からないしね)。だから 今でもウチは完全に肉食である。 でも本当は、野菜は家で作れるなら鳥小屋も出来そうじゃない?昔、ブラジルの実家では最初はペットとして買っていたひよこたちがいつか大きくなっ て、いつか食卓に出されていたんだもんね。実家には鳥だけはなく、アヒルの子もいた。赤ちゃんの時、ひよこもアヒルの子もふわふわできれいな黄色で、子供 には大人気だった。母とマーケットへ行く度に、かごの中に沢山入れて売り出していた人がいたのでいつか、妹と母を説得して買ってもらった。母にいくら、 「小さい時だけ可愛いのよ、後で大きくなったらブスって変わるのよ」 言われても私たちは諦めなかった。 そのひよこたち、家に連れて帰ったら私たちが”親”だと勘違いしていたようで、どこへ行っても私たちの足をついて来る。まあ、可愛い子たち! それからしばらく、確かに大きくなって私も妹の興味をなくし、次のを買ってもらう。困るのは親だけだった。庭が広かったので、父に庭の奥に鶏たち専用の場所を作ってもらった。それもまた、うるさくて臭いんだよね(涙)。 困ることばかりで、ある日、学校から帰って来た妹と二人が気がついたのは庭が静のこと。母に聞くと、掃除中に鶏たちが逃げて行ったとことで私たちも 納得した。でもその日の夕ご飯、食卓の真ん中に鶏肉の煮物が大きくおいてあって、庭の鶏肉たちの行方が分かった。私は特に波だ止まらず、煮物を食べれな かった。悔しい思い出はしばらく忘れられなかった。でも今思うと、親の方がもっと辛かったと思う。ひよこが欲しいと言ったのは私たちで、困ったのは母だっ た。しかも、折角作ってくれた料理なのに、子供たちが食べてくれないなんて、、、今の私の立場であるからこそ分かる。 まあ、でもそう言う思い出は、こないだの新聞記事を読んで思い出した。 Keeping Their Eggs in Their Backyard Nests (卵は自分の庭で作ろう) 食の安全の理由でもあるけど、 最近のアメリカ人は不況のためにでも自分の庭で食を確保するように考え始めた。まだ小さいブームだけどひよこが足りなくなるぐらいに商売の調子がいいらし い。一日に2ダースの卵が出荷できるので近所でちょっと販売することもできると言う人のコメントもあった。でもそれでお金儲けしようとする考えはまだ無理 で、とにかく、鳥小屋を作るには結構コストがかかるらしい。ガーデニングのように、趣味や興味で余裕のある人がやるならいい。 日本でも、ガーデニングのブームの次は鳥小屋ブームになるかな?でも日本では庭が狭いし、近所同士に空間があまりないので’うるさい’、’くさい’と言うクレームがあるだろうし、衛生的にも反対する人が多いだろう。
2009.08.07
コメント(3)
最近ブログを更新する時間があまりなく、一番楽そうなのはtwitterを更新する方。短い文書しか入力できないのでその時にふっと思ったことが書きやすい。ブログに書くほどの量がない、時間がない時に便利。そうそう、コンピューターの調子もよくなく、ふたを閉めた後にスタンバイになっているはずのマシンが死んでいるため、毎回再起動になるので面倒。ハードがおかしくなったかソフトを更新した時になにかうまくいかなかったか。それでマックに向かう時間も少なくなっている。でもこの様子が一番好きなのは旦那みたい。もう次の機械、どういう構成にしたいとか、、、私のではなく、もちろん彼の。それは、彼が今使っているマックが私に譲り、自分には新しい機械買うでしょう(怒)。まあ、ということで最近はブログにいなかったら私はここにいるリバーのtwitterよろしくね!
2009.08.04
コメント(6)
『If an arrow is sticking out of your side, don't argue about where it came from or who made it; just put it out』 【矢に刺されたら、”どこから”、”誰が”と調べるより、矢を取るべき】 Dalai Lamaがこう言うらしい。私はこの言葉にー日中考えさせられた。(新聞記事はこちらへ) 苦しいことあれば一日早く幸せに戻りたい。その傷をなるべく治せるように動力する。だから悪いことを考えない。傷をもっと悪くすることを考えない。 同じ記事をよんだ旦那の印象に残った言葉は、 『... unhappiness is not the same as suffering...』 【不幸は苦しみと違う】 確かに、苦しい時あっても不幸でない場合もあるよね。それで思い出したのは、日本人によく言われること。”苦しいことを知らなければ幸せをつかめられない” の様な言葉。私はこの考え方に納得できない。苦しさを超えて幸せが来るなんて、、、苦しくなくても幸せになれる。 自分が幸せが思えば、それが”幸せ”。自分が苦しいと思えば、それは”苦しみ”。幸せか苦しいかは自分で決める。 インタビューの中にDalai Lamaは、”幸せになるのは私の職業”と言った。でもこれは彼だけの台詞ではないと思う。人間が生きている上、幸せにならないと生きている意味がない。神様は私たちに命をくれたのは幸せになるためであって、苦しむためではないと思う。 これは昨日、私の誕生日の時に感じたこと。
2009.07.29
コメント(8)
最近ばたばた忙しくてコンピューターに向かう時間がない。UFOの誕生日で学校、旦那の会社にそれぞれケーキを準備した上、週末はホームパーティ も。新しいコンドーのことで色々走り待っているが、やっぱりバンコクで本物の畳が見つかりにくいので”夢の和室”計画は諦め始めるしかないだろう(涙) 週末開け、BEA が突然熱・・・最初は38°以下だったのが、急に38.9°の熱になったところ、病院へ。学校に行かせるのはいけないし、念のため、UFOもかかっている 恐れがあるので新型インフルエンザのテストをしてもらおうと。病院の待合室は一杯で予約なかった私たちは30分以上待たされた。 先生と話した後、待合室に戻ったら大泣きしている2才ぐらいの男の子がいた。泣いている原因分からないまま検査室へ。BEAを抱っこしてしっかり動 かないようにしてくださいと言われた。検査用の道具、長い綿棒のような物を見た時に先の男の子が泣いていた原因が明らかになった。その綿棒を鼻に入れられ て、次の瞬間、BEAは大泣き。先の男の子より更に大きい声だ~(恥)。落ち着いたところ、1時間結果待ちだったのでお昼を食べに行った。 お昼を食べ終わった頃に看護婦さんに聞いたら結果がもう出ていたので、お医者さんと話す順番を待ちなさいと言われ、前の患者さんが出たら我々の順番だと教えてくれた。しばらくしたら前の患者さん、お昼前に大泣きしていた子が出て来た。 部屋の外で待っていたおばあちゃんが、 「先生になんて言われた?」、心配そうな声で。 「感染しているよ、俺の予想あたり!」ニコニコ笑うその子のパパが言う。 ちょっと待って~!そのドアのところでちょうど私たちとすれ違って笑いながら言えるものなのかい? しかも、部屋に入ってすぐ先生に言わるのは、 「おめでとう、BEAはH1N1じゃないけど、ただいまウイルスにかかってしまったかも。」これもうれしそうに言われるのがへん。。。 「まさか~!?」 「・・・先の患者さんから・・・」 私が真っ青の顔を見たのか、先生がすぐに、 「大丈夫ですよ、今うがいして、薬飲んだら大丈夫でしょう!」 そんな簡単に予防できるもんか?私が文句言いたかったが。。。あまりにもショックで、いち早くその病院から姿を消したかった。 結局不安のまま、検査費の1650バーツ(4,600円)を払って帰宅。でもさ~その検査費、請求された時、私はまだ頭の中がちゃんと回っていなかったのでボーとしていたところに払ってしまったが、考えてみたら高すぎる~!!! 風邪引いている人は誰も調べてもらえないんじゃないの?黙って、そのまま出勤や通学をするよな(涙)だからこの国ではH1N1 は減ること無く、増える一方だ~ その後、BEAの風邪は治って、二日後にまた幼稚園へ。今度UFOが風邪になってももう病院へ行かない!だって、もう二度ともあの検査費を払いたくないんだもん!
2009.07.17
コメント(12)
このブログを通じておかしいけど、誰か情報ありまさんか?バンコクで畳屋さんを探しています。畳をただ床の上に置くのではなく、6畳ぐらいで高さ30cmほどの台の上に置きたいので”畳x台”を作ってくれるところが一番便利です。畳はいい質で、裏に板の物はいりません。セントラルバンナーのあるお店で見つけた畳はその感じだったけど畳の上で寝るのは無理そうです。”バンコクTT店”は現在問い合わせ中で、物はまだ見てません。他のお店や工場の情報をご存知の方、是非教えてください。
2009.07.03
コメント(2)
6月22日のNew York Timesの新聞記事『Children: Self-Control Presages Math Gains in Young』を読みながら色々の関連性が頭の中に浮かび始めた。 この記事はとにかく、セルフコントロール(自制)を持つ子供は将来の成功に結びつけると言う。 我が家の子供たちのことを考えてみた。 例えば、一人ずつにチョコレートバーを与えて上げる。2−3個を少しずつ、味を楽しみながらゆっくり食べるのはお兄ちゃんのUFO。チョコレート大好きなんだけど欲望が満足し、自分はそれ以上もういらないから明日のために冷蔵庫に閉まって置く。 しかし、次男のBEAはいっぺんに沢山のチョコレートを口に入れて、味分かって食べているようには見えない。とにかく全部食べ尽くす。次男はこの性格だから親は始めから食べられてもいい量しか与えられない。 こないだ、友達がポップコーンを買ってくれた。しかも、一人に一人に大きな袋を。一つの袋を二人で食べるように言えばいいのに、私はちょっと余談をしていたら気がついたらもう遅かった。。。 UFOは袋の半分を食べ終わって、袋を学校の鞄に入れて、次の日、学校の友達と一緒に食べたいと言う。 しかし、BEAはもう袋の半分以上、いいえ、もう残りわずかのところまで食べ終わるごろだった。。。無理矢理その袋をBEAの手から取り上げた。もちろん、もっと食べたいのに取られたので号泣、、、 私はもうそれ以上食べさせたくなかったのでいくら泣かれてもポップコーンを上げなかった。 その後、泣き終わったかと思ったら、 『ゲぇー、、、コン、コン、コン、、、ゲェー!』 BEAが吐いてしまった!!! 床はコーンだらけ・・・ そう、BEAは食べ過ぎて吐いたのだ。 ポップコーンを食べたのも夕ご飯の直後でその日BEAは良く食べていた(いつもよく食べる)。その上ポップコーンの袋をほとんど食べたので大人のお腹でも無理わ~ BEAの欲望は食べ物だけではない。おもちゃにでも見られる。例えば、ミニカーで遊んでいたら一つもUFOに譲ってくれないことが多い。すべては自分の物にしたい。昨日、たまたま見つけて来た、誕生日ケーキのカタログを二人に見せたらそこでまた大喧嘩が始まった。 BEA:「BEAはこれ、これ、これ、全部BEAの!」ケーキの写真を指しながら自分が欲しい物を選んでいる。 UFO:「UFOも欲しい!UFOのはこれ!」 BEA: 「だめ、BEAの!」カタログを自分の方に隠してUFOにもう見せない。 UFO:「UFOも食べたい!BEAは駄目と言った~!」 こんなバカなことで二人ともよく喧嘩する。。。ただのカタログなのに、実際のケーキはどこにもないのになんで紙のことで喧嘩するんだろうと。大人は思うだろうけど、子供は必死なんだよね。 こう観ていたら、ウチの子たちの『セルフコントロール』と言うのは全く通じていないんだよね。BEAの欲望がなかなかかなえられないのと、UFOのは泣き虫のこと、、、 上の新聞記事を読んだ後、二人に『Head-Toes-Knees-Shoulders』のゲームをしてみた。私が”頭”を言ったら、子供たちは” 足指”を指さなきゃいけない。年齢の差でゲームのルールが理解がまだちょっと薄いBEAは100%外れた!UFOは一応ルールは分かったので自分でミスし たらすぐ’ミス’だと分かる。それでも20%ぐらいしか当たっていない。まあ、今回は30秒だけそのゲームを試したので、次回はもうちょっと長くしたスコ アーがあがるだろうな。 ここで私も反省。自分の場合、どれぐらいできたのかな?UFOと変わらないんだろうな。子供にセルフコントロールを教える前に自分も身を付けなきゃいけないかしら?
2009.07.01
コメント(10)
来年のワールドカップに向けて、今年の南アフリカでのコンフェデレーションズカップの決勝戦、私の予想外れだった・・・ いいえ、うれしい結果だけどワールドカップ優勝して欲しいブラジルがここで優勝したら本番のワールドカップは優勝できない。Jinxというやつがある、、、 でもjinxと関係なく、国内リーグでも大変盛り上がっていて、世界中のトッププレイヤーを買い求めるスペインリーグ、それだけサッカー王国であるスペインが私の優勝候補だった。どうしたんだよ、スペイン、、、 昨日の3位決勝戦でスペインはホストの南アフリカと対戦した。私たちは出かけ中だったの車の中でタイのradio局で試合を聴いていた。タイ語はあまり分からなくても、タイ人の解説者のコメント、「南アフ、テクニック全くないな~」、なんて言っていた。これって、他の国ではあり得ないコメントだろうと、旦那と驚きながら話しもした。バーでビールを飲みながらのコメントのレベルであっても、マスコミの解説者の言葉じゃない!全く、失礼だな~! それでも試合はとっても面白くて、家に帰ったら旦那はすぐテレビをつけて、テレビでも試合を観戦。南アフリカが先にゴールを決めて、もう試合がその まま終わるかと思った。でもスペインはまだ生きていて最終的に逆転勝ち。あんな、3分以内に2点を決めて試合の転回を変えられるなんて、奇跡のようだった。 は~南アフリカ人のサポーターたちは試合が終わる前にだんだんと試合を諦めて、早めに帰宅する様子がテレビで映された時、かわいそうと思った。それで私も途中から応援を変えて、今度は南アフリカの応援をし始めた。でも結局スペインが勝った。。。 その何時間後、決勝戦のブラジルxアメリカだった。完ブラジル応援の私、100%アメリカを応援する旦那、その夜はサッカーの話はスペインx南アフの話に絞った。決勝の話になると夫婦喧嘩になりそうだったので。。。 試合は、タイ時間の夜中だったので私は子供たちのこともあるので観ないと、旦那に言った。どんなに観たくてもやっぱり子供たちのことが先だよね。でも旦那は、私が知らない間の夜中に起きて試合を観た。確かに夜中に旦那の大きな声が聞こえた。まさか、ブラジルが負けているなんて、私は想像もしなかった。 ブラジルは前半は2点の差で負けていたらしい。ブラジルを相手にして、2点の差をつけて後半に迎えたアメリカはすごい!それで旦那が興奮して寝る気がなかったんだろうな。 今朝、私はもちろん、旦那より先に起きてすぐネットで試合結果調べた。ページには、『ブラジルは逆転優勝』と、大きく書いてあった。結局、試合は後半で転回し、ブラジルが3点を入れて勝った。旦那が起きたくない気持ちも分かった。夜中に夢を観て、急にそれが地獄に変わったのでなかなか寝れなかっただ ろう。起こすのもかわいそうで、今朝はちょっと遅れての出勤と通学だった。 まあ、アメリカは予想以外にベスト4に入ったのでワールドカップではいい結果が期待されると思う。ブラジルは前回のドイツ大会のように、コンフェカップを優勝し、ワールドカップ優勝は外れるだろう、、、。歴史の中の今までは両方を優勝するチームはないらしい。 期待はDunga監督とその選手たち、このjinx をどうにかしろ~!
2009.06.30
コメント(0)
今朝のネットのニュースで気になる記事が2つ: マイケル・ジャクソさんの急死 ファラ・フォーセットさん、62才で、、、 ファラさんは前からガンで入院したいたが、それでもいざとなるとなんだか受けいられないね。 私は80年代のこのアイドルたちを知って育って来た。別に好き嫌いとは別に、ニュースや話題に必ず出ていた人たち。そう言えば、実家にあのマイケル のLPが2枚ほどあったようなきがする。スリラーは本当によくできていて、それまでのミュジックビデオの感覚を変えた。マイケルが小さいごろのThe Jackson Fiveの映画もテレビでやっていたと思うし、漫画もあったよね。 ファラーさん、80年代の「チャーリーズ・エンジェルス」に出演していて、知らない人はいないだろう。ブラジルでは毎週水曜日の番組にやっていたよ ね。3人の友達たちとよくAngelsごっこで遊んでいた覚えがある。彼女は美人で彼女のスタイルを真似されるほど人気者だった。 この二人へ心から永遠の安息をお祈りいたします。
2009.06.26
コメント(5)
3才8ヶ月、5才の子供たちをいつごろに音楽コンサートに連れて行こうか、新聞や広告のイベント欄でよくコンサートの案内を観ていいチャンスを待っていた。その日がやっとやってきた。 知り合い日本人ピアニストの”Jun Komatsu"のソロリサイタルの案内に『子供の情景』プログラムが書いてあった。よーし、子供連れて行けるかどうか確認したら一応親との同行は”O.K."だそう。 旦那は出張でいないので音楽に興味をもつ友達を誘って、子供の面倒も手伝ってもうことにした。 コンサートは夜だからその日、学校から帰って来て、まず宿題を済ませてから出かけることにした。普通は考えられないけど、室内コンサートなのに子供だからおやつや飲み物を鞄に用意して出かけた。 会場に着いたら、ウチの子よりうんと大きいけど中学生からの子供たちが沢山いたので安心した。中に下の兄弟を連れて行った親子もいたのでウチの子たちと同じぐらいの年齢の子たちもいた。 UFOは見えるところの前の席がいいと言ったけど、一番前はV.I.P席用だから2列目からにした。そうすると、前に誰か座ったらUFOはぶーぶー文句言ったり、うるさくいい始めるのでまたちょっと席を移ったりしてやっと落ち着いた所にコンサートが始まった。 シューマンの『子供の情景』のなか、聴いたことある曲はいくつかあったけどほとんど知らない。でも元気な曲だと、特にBEAは指揮者のように手を 降ったり、多少は楽しんでくれた様子。UFOはリズムに合わせて頭をうごかしたりした。けれど、ちょっとつまらなくなった頃にUFOはプログラムの台本を 使って、紙飛行機をおり始めた。おっている紙の音が気になって、前の席の人がちょろちょろ後ろに降り向かっていた。飛行機が完成したら取りあえず飛ばし ちゃいけないと、注意したが、飛行機を手に持ったまま頭の上まで持って遊び始めた。今度は後ろにいた人がきっとむかついていただろう。。。 生演奏はまだ続く・・・ 今度はBEA。友達の膝の上に座っていたが、曲の一つずつ終わると拍手をしようとするがタイミングが違う、、、全部終わらないと拍手しちゃいけないと、注意もらってもやりたがる。。。 次はUFOとBEA交代で、今度はBEAが私の膝に座らせて、UFOは友達の膝に座らせた。 「家に帰りたい!」 「まだ終わっていないの・・・シー!」 BEAがちょっとぐずり始めたところ、隣にいた優しタイ人の女性が飴をくれた。飴もらったからしばらくは静で、家に帰りたいと言わなくなった。でも その飴は大人ようののど飴で結構辛かっただろう!ミント好きなBEAはその辛さを楽しみながら飴をなめていた。余計に、隣のお姉ちゃんは口を開けて 「は~!」と、風を通して喉をすっきりさせていたらBEAもUFOも真似し始めた。だけどその「は~!」の音が彼女の3倍よりも大きいのでまた前の席の列の人が落ち着かない様子で後ろをじろじろと見ていた。 これでやっとプログラムの前半が終わって休憩が入った。 「帰ろうよ~!」、「なんでまだ帰らないの?」とかの連発が始まった。 でも休憩だからちょっと大きな声で喋ってもかまいませんし、ちょっとでも走り回っても平気でしょう、、、演奏の時だけは静にしていれば誰に文句言われないでしょう(まあ、人によってそれが演奏中でも静でなかったりして・・・?) 休憩からステージに戻ろうとしていたピアニストはステージの裏で退避していて、その姿が見えた。彼女が立っていた位置からちょうどウチの子たちが遊 んでいたところが見えたので、恐らく静かになるのを待っていただろう。UFOとBEAが走り回って席に戻ったところ、彼女はすぐステージに上った。 後半は大人用のプログラムで、大人でも好みによって聴きづらい曲もあったが子供たちは割と静かだった。と言うか、静より最後の15分間はBEAは睡眠状態だった・・・UFOは友達の膝の上で、頭が重たそうにしてあくびしながら音楽を聴いていたか夢をみていたのか・・・ コンサートが終わって、家に帰るまで子供たちは寝かしたままだった。でもトイレに行かせないと朝まで絶対持たないと思ったので無理矢理トイレに連れた。 今朝は二人とも自分から起き出して来て、シャワーも歯磨きの時もすべて協力的だった。そう言えば、最近BEAとのバトルがなくなって早めに準備できることが多くなって来た。やっと成長したかな? まあ、こうやって子供たちの初コンサートに連れて行くことができたし、思ったよりおり子だんだったと思う。ありがとう!!!あそこで泣いたり、反発 したりすると失敗だったけど最後まで音楽を聴いてくれたことがよかった。後、誰かに追い出されるほどにうるさくなかったので許せる範囲だったんだろうね。 クラシックの女性ピアニストの生演奏は私も初体験だった。でも感想は、、、うん、、、男性の演奏の方が迫力があって気持ちが豊に伝われて来る気がした。他 のジャンルなら女性ピアニストのボヤーンとした感じでもいい。でも今回のように、たまに聴くのはいいと思う。また演奏あったら行きたいと思っているが、子 供たちのことを気になってピアニストの友達からもう案内が来れなくなるかな?
2009.06.24
コメント(8)

昨日「父の日」だったんだよね。タイでは王様の誕生日、12月5日になるのでデパートでセールスあったり、イベントもあちこちにあるので忘られないけど、昨日のことはすっかりと忘れていた。 旦那はしかも、出張でいないし、、、 外国にいる家族や親戚からメールをもらって初めて気がついた。急いで、旦那や旦那の父にメッセージを書いた。ちなみに、ブラジルは8月の第2日曜日なので今回は自分の父にメッセージ送らなかった。 メッセージにUFOが描いたものも一緒に。 メガネのはパパの似顔絵 畑で働くパパ(農産業の会社に勤め)#ミミズに注目!# パパはAeroflotのロシア航空会社で帰って来るけど(ドキドキ)、、、無事に帰って来てね!!!
2009.06.22
コメント(2)

先週に引き続いて、なぜか今週末もバンコクでのプチ見学をして来た。旦那は出張でいないので週末を子供とずっとお家で過ごすのもお互いにストレスが溜まるばかりなのでどっかへ散歩に連れて行くことを考えていた。 行き先はTalad-Na'am(タラットナームのBang-nam-phung)と言うところ。今まで行って来た水上マーケットと違う雰囲気で、外国人の観光客のための所より、タイ人用の観光スポットって感じだった。 中に入ったら水の上に迷路になっている橋を歩く感じになる。下は水で上にはテントがあるが、海の風もあるせいか、周りに木が多いせいか、暑く感じな い。要するに、あのWeekend Market Chatuchakの地獄とは全然違って、快適に見学ができる(特に買い物が目的じゃない私にとっては)。 マーケットの周りはこんな雰囲気、、、 これは果物かよく分からない。スーパーで良く見かけるけどこんな安かったっけ? バナナの葉っぱの中に餅米と小豆が入っているデザートで私も大好き! Chatuchakより洋服関係のお店は少ないけどタイのお土産は買えるし(OTOP商品が沢山!)、子供たちに人気の金魚を売っているお店やおも ちゃ屋さんが沢山あった(週によって商品が違うらしいけど)。でもタイ人たちに一番人気なのは植木屋さんや食べ物系だろう。私も欄の植木買いたくなった が、次回にしよう。タイ人は多分ここに来たら色々な物が食べられるのが楽しみだろう。地上にあるお店だと、テーブルは森の中の木下に用意されていて、まる でピックニックな感覚で食べれるのでは。更に、水上マーケットと同じように、カヌーで食べ物を売れに来るおばさんたちもいる。カヌーのおばさんから食べ物 を買って、そのそばにテーブルが用意されているが、それもとっても清潔感があった。 他に日常品も売っていて(多くはないけど)、野菜や果物、食器などもあって、特にウチの子たちにいくつかの手作りおもちゃを買わされた。そう言え ば、来月UFOの誕生日があるので、その日にクラスの友達たちに配るおもちゃを10バーツでゲットしてきた!そのおもちゃはウチの子たちに大人気でずっと 遊んでいても全然壊れなかった(笑)。だって、10バーツの手作りのおもちゃだし、棒の先に長い紙が巻いているだけなのに長持ちするとは全然期待しなかっ たが、3日目になってもまだ遊べる状態だから結構丈夫みたい。さて、そのおもちゃの名前知はらないけど遊び方は写真だけで想像できるかしら? 棒を振り回したら巻いている紙がずっと延ばしてまた巻き状態に戻るだけだけど。。。なぜか子供も大人もハマってしまう。。。そのおもちゃをいっぺんに25個も売れたお兄ちゃんはすごく喜んでいたけど一つもまけてくれなかったな~(涙) 他にバンコク市内であまり観ないものが沢山あって、色々写真撮ってもよかったけど好奇心の方が先に走ってつい忘れてしまう、、、特にちょっと変わったデザートや食べ物はいろんな種類をまとめて一カ所で買うのに、ここはとっても便利そうだ。
2009.06.21
コメント(2)

サンタクルス教会の見学(と言っても中はみられなかったが)の後、同じ散歩コースにたまたま出会った『クワン・イン』寺院(宮安建)がある。 この寺院は本当に偶然見つけたけど、とっても古くて、小さくて、可愛いものだった。壁に描いていた絵から天井からぶら下がる版画はとってもきれい だった。なんだか、中を覗いたらただの寺院には見えなくて、博物館の感じだった。調べたところ、この寺院はラマ三世の治世 (1824~1851)に建立されたものという。 お寺の裏から入るドアー 中の写真は禁止なので、ドアーから撮った写真 ドアの入り口にあった壁 壁から浮かんで来るこの画像は結構痛んでいるけど青い色の鮮やかさが残っている外の壁にあるこの版画はとっても細かく、素敵な作品である この宮を見学している時、他の見学者たちが見えた。彼らは実はこの宮のドキュメンタリーを作成していた。皆さんにこの宮の大切さを伝えて、歴史を 守って行こうと狙いがあるらしい。中の写真撮影が禁止られているのは、中の作品の泥簿が多いからだそう。写真を撮って、その映像をネットに乗せて、買いた い人が出て来たら誰かがその作品を盗みに来るらしい。こうやって、宮の歴史がだんだん消えて来たと言う。 子供たちは、その宮に並んでいたベルを鳴らして遊んでいたので結構迷惑をかけていたから私たちも急いでそこを後にした。でもこの宮の歴史をもっと知りたいので是非そのドキュメンタリーを観てみたいと思う。
2009.06.19
コメント(1)

今日は子供たちの学校の「先生感謝日」だった。ただの先生の日と違って、タイの伝統的な儀式でもあり、指導者、講師、あるいわ先生への尊敬を示す日である。 ちなみに、ムエタイの試合前に必ず行われるパーフォマンスは「ワイクルー」と言われるのも、今回私初めて知った! 子供たちの学校からもらっていたカレンダーは当然タイ語なので、会社の人に翻訳してもらっていた。6月18日には『Teacher's Day』の英語の表示があって、その隣に【お花を用意】と書かれてあった。とにかくお休みじゃないことと、なにかを用意して子供たちに持たせなきゃ行けな いことだった。 当然、タイの伝統や常識のことを知らない私は、普通の花束を用意するつもりで、会社の人に頼んだところ、みんな大騒ぎし始めた。タイ語があちこちに飛び回って、なんでみんな焦っているかと思いながらみんなの様子を見ていた。 一人のおばさんはガーデニング用のはさみを持って出かけて行った。もう一人は秘書さんからお金をもらってどっかへも出かけた。 私はガーデニングはさみを持ったおばさんをまず着いて行った。 「ほら~これ可愛いでしょう?」ある赤い花の植木を見せてくれた。 「でももう一つ必要なのよ、UFOとBEA用・・・」、もう一人の人が思いだしてくれた。 「あそこにあるのはどう?」もう一人の人が駐車場の外を指して、みんなでまた外へ。 なんと、隣のお家の庭から出ているお花のことじゃないか?まさか~と思っていたら、はさみのおばさんも、 「でもそれは泥簿よ~!」 先提案した人はおばさんからはさみととって、ばさっと小さな花束を切ってしまった。 「いいんだよ、ちょっとだけだし、、、」 おばさんはその隣のお家に向かってワイをするので、私も一緒にワイをして、泥簿を許してもらった(いいのかこれで???) そのうち、お金を持って外に出かけていた女の子が戻って来て、お香とロウソクの2セットを渡してくれた。それが先の人たちが用意してくれたお花とアレンジして子供たちに学校に持たせるようと言われた。お花を丁寧に水に濡れた新聞に巻いてもらって家に戻った。 でも私として、まだ理解できないのは、なぜ泥簿までしてその花束を先生に上げるのか。泥簿しなくてもお花屋さんで買えないのとか。。。 家でネットを色々調べたところ、やっと意味が分かった。会社の人たちは私に必ずタイの古い伝統を教えるために”ケム”と言うお花を用意 してくれたかったみたい。このお花はタイのどのお家によく見かける。「知恵」の意味を持っていて、昔からワイクルーの日にこのお花を使うらしい。でも確かに、だからと言ってお花屋さんでは見たこと無い。きっと会社の人たちが大騒ぎしていたのはそのことだろう。このお花はタイ人なら誰でもお家で育てているし、日常品の一つになっているのでマーケットなら売ってそうだけどお花屋さんでは買えないだろう。しかも、私が会社に話掛けたのはもう午後の3時だったので、 それからマーケットで探すのは無理だったんだよね。次の朝、会社の誰かがお家からわざと私に持って来てくれても学校に持たせる時間までには間に合わないし、面倒だし。。。 取りあえず、今年の子供たちの「ワイクルーデー」はセーフで、出来上がった花束はこちら: 私のイメージの花束とは全く違っていたけど、会社の人たちのおかげで可愛くし上がったと思う。一応、金色のリボンを巻いてつけたけど学校で他のを見 たら輪ゴムでもよかったみたい。なるべく伝統を守りたい気持ちがあるので来年の為にこのお花、ケムの植木を買いたいと思っている。ブラジルの実家の庭にもこのお花あったけどブラジルの名前は知らないし、こんな大事なお花だと知らなかったよ~とにかく、今回のことで私も色々勉強になった。 このケムの花以外にナスのお花も使えるそう。ナスのお花の頭はいつも下がっているので、御辞儀しているようなイメージがあり、「尊敬や謙虚」を示すらしい。 でも私一人だと、タイ人にとっても失礼なことをするところだった。実は、「Teacher's Day」に「花束を用意」と読んだ時、どうせなら花束に他のギフトをつけて先生に上げようかと思っていたの。それを実行していたら大失敗で、子供たちもか わいそうな立場にさせていたんだろうね、、、情けない、、、やっぱりタイ人にちゃんと聞くべきだった! 今回、色々調べたところ、一番参考になった文は英語のwikiのものである。日本語のwikiにはムエタイとの関係がメインとして書いてあるだけ。しかも、日本語のwikiには日にちが間違っている。6月16日、決まった日にちのように書いてある が、実際には新学期の始まりごろの木曜日の日に行われるそう(木曜日はヒンズー教の”先生や知恵の神”を祈る日であるからだそう)。
2009.06.18
コメント(3)

こないだの日曜日、友達が遊びに来ていることで、ちょっとバンコク市内の観光をしてきた。今回はいつもの観光スポットより、ちょっとメージャーじゃないところにした。それはThomburiにあるSanta Cruz Church (サンタクルス教会)である。こちらのページから映した文書:会場:ワットサンタクルス( Kudiチン) 、トンブリ地区"サンタクルス"ポルトガル語、素晴らしいクロスを意味します。この教会は、トンブリの最初のカトリック教会、司教タイムスリップトゥゴアは、フランスの司祭は、 1767年には、アユタヤの立ち下がりは、ポルトガルの首都逃れたキリスト教徒によって建てられました。 常任教会の建物は、1916年に建てられた、イタリアの優雅なスタイルは、一階建ての構造は、川に直面している。残念ながら私たちが着いた時間にはもうミサが終わっていたので中には入れなかった。午前中と夕方のミサに人が集まる時しかドアーを開かないらしい。タイは仏教の国なので教会の裏にあったマリアやイエスキリストの像は新鮮に感じた。 また、隣にあった学校の広場に描いていた壁画、なぜか豚とマッフィンの様なお菓子があった。これって、ポルトガルからタイに渡って来た文化を表現しているんだろう。 チャオプラヤ川からの教会入り口にちょっとしゃれた船の乗り場があった。実は、このトンブリ側の古バンコク巡りはチャオプラヤ沿いに作られた橋を使ってずっと散歩できるようになっている。川沿いなので風通しはいいけど日差しの中を歩くのは大変だった。子供たちは途中から嫌がっていてイライラさせることもあった。本当に暑い日で(40°Cは超えていただろう)、子供たちの頭から汗がだらだらと流れていた。でも次回、この下の写真のように、散歩橋は長く続いているそうで、【暁の寺】(Wat Arun)まで歩いてみたいね。
2009.06.17
コメント(6)

今日はバンコクで久しぶりの暑い日。。。いいえ、冗談じゃないの、Songkran以来に40°Cを超えたただろう。。。 でも夕方、急に大雨が、、、 家の周りは全部窓やベランダがあり、今日の雨で"南”と”南東”、両側から雨漏りが、、、こんな両側から雨が入って来るのは初めてかも知れない。 こんなスコールは日本でも経験したことない。実家のアマゾンでよくあったけどバンコクではたまに経験する。子供たちも驚いて泣きつけて来るが、家の中に窓から雨が入ったので、それを拭いたり、暴風 も強くてベランダの洗濯棒が倒れたのでどっか飛ばされる前に家の中にしまっておこうとか、、、でも色々やっている間に急に風がおさまり、その後雨も小雨に変わった。 先までちょっと危険そうなベランダの様子を覗いたら、こんなのがあった: 「虹のところに行きたい!」、UFOが叫んだ。 「行けないの、行けたら私も行きたいわよ、、、金取りに、、、」 このお話まだ知らない子供たちに話してみたけど”金”に全く興味ない子たちだからお話は面白くなかったみたい、、、 子供たちは引き続き、ケーブルテレビのアニメに夢中。ところで、そのアニメが”SUSHI PACK"と言うんだけど、日本では全然知られていないのは当然だろう(全然面白くないんだもん!)。 子供たちに人気なかった今日の虹は、私が今まで見た虹のなかで一番きれいで一番はっきり見えたので感動した。旦那がまた出張で空港に向かうごろでちょっぴり寂しい気持ちだったけど、この虹を見たらちょっと元気になった。
2009.06.14
コメント(11)
今日の新聞記事の内容がとってもとっぴななお話でブログに書くことにした。 日本の年寄りならで、ありそうなな話だけど、自分のおばあちゃんじゃなくてよかったと思う。 これはイスラエルのあるおばあちゃんの貯金のこと。 娘さんがお母さんに喜びを与えようと思って、ベッドのマットレスを取り替えようと。もう何十年も使っているマットレスは凸凹で穴も開いていたそう。優しい娘さん、お母さんに言わないでマットレスを取り替えていた。 新しいマットレスに気がついたお母さん、朝起きたら娘さんを起こして秘密な話を聞かせた。マットレスの穴の中に貯金をずっと突っ込ん来ていたけどそ のまま処分されたのでは。。。それが1ミリオン$$$近くだと言う。急いでゴミ場まで走った娘さん、そのゴミ場はもうきれいにゴミが無くなっていた。急い でゴミ処理会社に問い合わせしたがそのマットレルが出て来ない。 ニュースを聞いた人々がそのゴミ処理所に大勢集まり、整備が大変らしい。いいえ、おばあちゃんを助けに来た訳じゃなくて、自分のためのtreasure hunting である。 でもおばあちゃん、心広いか、悔しいけれでも自分も家族の人が大きな事故や末期症状になった訳ないからお金は見つからなくてもいいのよって感じで、すぐ開き直ったみたい。その娘さんも、自分は今までもっと酷い状況になったことあるのでこんことで落ち込むことないと、、、 神様、こんなおおらかなおばあちゃんと娘さんにずっと幸せを与え続けて欲しいな。 英語の記事はこちらへ。
2009.06.11
コメント(5)

タイの幼稚園の新学期が始まってからもう3週間終わったところ、子供が過労を感じきている? まさか、過労なんて、、、 とにかく、3週目の最後の金曜日、学校から帰って来たBEAは熱っぽい。体力なさそうでとにかく疲れていて、帰って来たらそのまま寝てしまい、夕ご飯も食べないで、次の朝まで寝た。まる15時間も! でも起きたらすごい元気で、最初に言ってくれた言葉は、 「パン食べたい!」 よーし、これは元気の証拠だ。 でも心配だったのは、寝ている時に熱を計ろうとした時、耳が痛いと言われたこと。耳炎か調べてもらうため、今朝は早速病院へ。でも驚いたのは待合室 がとっても込み合っていたこと。いいえ、こんなに子供と親たちがきていることはやっぱり風邪が流行っている?小さい子から中学生ぐらいの子まで、とにかく 患者さんが多かった。 病院は予約無しで行ったのでいつもの先生のリストは先に5人、1時間半ぐらいの待ち時間になりそうと言われたので、人気のない先生に回してもらっ た。いつもの先生じゃない時は外れことが多いけど、今日の先生は大きい子を見る先生だけどすごく印象がよかった。でもやっぱりいつもの先生じゃないから BEAは液体の薬より、錠なら飲んでくれると知らなかった。会計の後に錠の薬に変えてもらうためにすごい時間がかかってしまった。 UFOは普通の風邪が引いているけど鼻水や咳だけだけど、熱もないし、食欲も普通なので心配はない。でもBEAは最近気になること、もしかして保育 園から幼稚園に変わってからストレスを感じているのだろうか。幼稚園だと宿題もあるし、もう遊ぶことが100%じゃ無くなって、習わなくちゃいけないこと が増えた。2週間目から週に1回は水泳やキーボードでの音楽のクラスもあって、本人は楽しいと思っていても体がまだそんな忙しいことに慣れていないだろ う。まあ、考えてみたらまだ3才だもんね。色々な初体験することは大変な緊張感を与えられるからストレス・過労はあるだろう。 BEAはまだマイペースで鉛筆の持ち方がまだ正しくないし、それでも直線や数値も書かされる。学校ではみんなと一緒だからなんとかやらなきゃいけな いと思うっているのか、なんとかやっているそう。でも家では絶対無理・・・塗り絵だって、ちょっとしたらもうすぐ飽きるし、色を塗っている感覚がなく、鉛 筆を試しているって感じがする(ちょことちょこと塗るのが特徴?)。 一方、UFOはもうそろそろ5才になるところで、幼稚園はもう2年目で体は1年間鍛えられて来た。今年からキーボードも続き、新たにテコンドーと水 泳の特別クラスを習い始めた。水泳はこれで週に3回することでかなり疲れて家に帰って来る。水泳が無い時、テコンドーがあって、どれもとっても好きみた い。テコンドーは去年からお進めしていたけど怖くてやりたがらなかったのに、今年は自分からやりたいと言わたから体力に自信がついたようだ。UFOはもう とにかく、学校が楽しく溜まらないぐらいで、家でレゴや自分のおもちゃで遊ぶだけで物足りなくなったと思う。でもいいことに、体をたくさん動かすので最近 は肉系(たんぱく質)を良く食べるようになった。 BEAは今ちょうど色々なことに慣れる時期で、これを超えたら体や精神が鍛えられるだろう。今はちょっとハードかも知れないけど2学期目から大分成長することを願うこと
2009.06.10
コメント(8)
全376件 (376件中 1-50件目)