April 18, 2009
XML
カテゴリ: クラシック音楽
二日ある定期演奏会を両日共聴いた。

その二日目、ドボルザークの交響曲第7番のフィナーレの終結部分で、隣席の若い女がわっと泣き出した。

このフィナーレはユニークな終わり方をする。

全体の一貫した悲劇的な短調の曲調から、ブルックナーの交響曲の終結部を思わせる空虚五度で終わるのかと思わせつつ、一転して長調の和音になって終わる。

この劇的な転調と展開は、何度聴いても、どんな拙い演奏でも感動させられるものだが、首席客演指揮者ラドミェル・エリシュカの演出と無縁の素朴で誠実な演奏は、まったく格が違った。

ただの劇的な転調ではなく、何か崇高なドラマに立ち会っているような、一秒が永遠の時間に感じられるような感動があった。

エリシュカの音楽作りは、長年クラシック音楽を聴いてきた者にとっては懐かしい感じがする。カラヤン以降にファッションになった、耳触りのよい響きで流麗に音楽を作るのではなく、バーンスタインのように音楽に没入して燃焼するのとも違う。どっしりとした響きで全体を構築し、聴き手におもねるような表現をせず、剛直に音楽を進めていく。

昔はこういうタイプの指揮者はたくさんいた。札響の常任指揮者だったペーター・シュバルツもおおまかに言えば同じタイプだった。

しかし、エリシュカがそうした指揮者と違うのは、剛毅な中にも暖かな温もりがあり、音楽が和む瞬間が多々あることである。



エリシュカはヤナーチェクの孫弟子にあたる人だが、一曲目はそのヤナーチェクのオペラ「利口な女狐の物語」組曲(ターリッヒ編)。オペラというよりバレエ音楽の抜粋のような曲で、キャラクターの強い印象的なフレーズが散りばめられていて、初めて聴いたが退屈せず聴けた。

エリシュカが昔気質の指揮者だと痛感させられたのは12型の大編成で演奏されたモーツァルトのバイオリン協奏曲第3番。

しかし大編成なのに重くなったり野暮ったくなったりしないのはさすが。ゴツゴツ、ギスギスしたヤナーチェクの音楽とその響きのあとで、こういう室内楽的なモーツァルトを演奏できるのは指揮者にもオーケストラにも脱帽する。ソリスト(木嶋真優)をじゃますることなく、穏やかで和やかなモーツァルトの時間が流れた。

二日間では、二日目が断然よかった。一日目は、棒についていけないところがあり、オーケストラがいまひとつ消極的でミスも多かったが、二日目は完全に息が合い、オーケストラも常に確信に満ちた表現をしていた。おもしろいもので、そうなるとミスも激減する。

シベリウスを演奏させたら札響の右に出るオーケストラは日本にはないと思っていたが、ドヴォルザークも付け加える必要があるかもしれない。

東欧や北欧以外のオーケストラで、札響よりいいシベリウスやドヴォルザークをやるオーケストラがあるなら、誰か教えてくれないか。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  April 21, 2009 01:21:48 PM
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

プロフィール

ペスカトーレ7

ペスカトーレ7

バックナンバー

December , 2025
November , 2025
October , 2025

© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: