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先だって宮城県へボランティアに行った次女 昨日の朝、ワイフが 「ちび2が、今日のみのもんたの朝ズバッ!に映るらしいよ」 録画しておいて帰宅してから見ました 番組出では、娘が行った船越という集落の様子が… 地元の産業は漁業 地震で150隻あった船はわずか3隻になってしまった事 家々のほとんどが失われ、人々は外の親戚や避難所に出てしまい、残ったのは、5世帯15人 でも、残った人達は、必ず復興させるんだという強い決意で毎日を過ごす 復興の構想がイメージとして浮かぶ しかし、悲しいかな、漁業の達人である彼らは、魚を獲らせれば誰にも負けないが、ものを描いて訴えるのは苦手 彼らは、 復興ボランティアにイラストを描ける人を募る そこで、応募したのがうちの娘だったようです 番組では、娘が名前のテロップ入りで映り、自分の思った事もしっかりしゃべってました その後、娘がイラストにした復興構想が紹介され、更にそれに賛同するプロの方がイラストを元に、まちづくりのジオラマを作り、地元に持って行った時の住民の方の喜ぶ様子 娘がオブザーバーとして参加した地元の熱い集会なども映りました 番組は、地元で踏ん張る住民とボランティアに対して、政争に明け暮れる永田町の体たらくという構図で構成されていました 娘は、今は大学が忙しく現地には1度しか行っていませんが、また行きたいと希望しています また、地元の方々の強い絆、連帯感に心を打たれたとこないだ言っていました それに何より、地元の方々にとても親しくしてもらった事か嬉しかったようです 世のため人のためにする仕事ほど幸せな事は無いと僕は思っています というより、仕事というものは(一部の反社会的なものは別として)全て世のため人のためになっているのだと思います それに若い時に気づく事が出来た娘は幸せ者だと思います 船越の方々、ムスメがお世話になりありがとうございました 一日も早く復興され、活気あふれる漁業の街になる事を心から願っています
2011年06月30日
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このタイトルの電子書籍が出ていたのは知っていました 何を隠そう、この僕は 掃除洗濯整理整頓が、大大大の苦手 独身時代、自炊は全く苦にならなかったけど、片付けは0点 結婚してみると、ワイフは、いつもきちんと片付いてないとストレスを感じる人 僕に対するストレスの8割は、それではないかと感じています 僕も何も雑然とするのが好きな訳じゃありません きちんと片付いている方がいいに決まっています でも、僕が片付けると、片付ける前より散らかってしまうし、要る時にモノが出てこない 最後には、(恐る恐る)ワイフに尋ねる羽目になる iPhoneのブックにタイトルの本が800円で出ていたけど、買う気にはならなかった 今朝朝刊の広告に、この本が載っていた 紙媒体は1400円位(電子書籍なら800円) 版元は僕の大好きなサンマーク出版 よし! 読んでみようと もしこれで片付いたなら、この本は800円どころか800万円位の値打ちがあるかも知れない って事で、さっきポチッとダウンロードしました さっそく読んで見ます
2011年06月28日
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昨晩は真夏みたいに寝苦しい夜でした 6月にしてこの暑さっていうのは、今まで無かった様に思います 電車の中だけは涼しいけど、会社はまだまだ冷房入れてくれそうに無い、かと言って、扇風機も無いので、汗だくです 原発に頼らないと言うなら、甘んじてこの暑さを受け入れなければいけないし、暑さが嫌なら、代替エネルギーをどうするか徹底的に詰めないといけません 明治維新、敗戦と過去の大きな国難の度に、日本は、社会構造から、国民の意識までを大転換し、それが後の大躍進につながりました 敗戦以来の国難といわれる今、国も国民も、脳みそを入れ替え、未来の人達から 「あの地震があったからこそ、こんなに安全で便利な、楽園の様な生活が出来るきっかけが出来た」 と評価してもらえるように、一人ひとりがしっかりと考えて行く事が大事だと思います では、今日も元気に過ごしましょう\(^o^)/
2011年06月24日
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発車すると、緩やかに右にカーブし、電車は再び南に向かいます。だんだん暗くなって信号の光が目立ちます。途中左を走っているのは、府道京都宇治線です。ほどなく木幡駅に到着します
2011年06月21日
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夢の中で正夫は旧日本軍の兵士でした 戦争末期の大雨の降る戦場でした 自分達には、援軍食糧の補給もなく、敵の奇襲と飢えのため、仲間の兵士はバタバタと死んで行きました ある時、年配の兵士がやって来ました 「戦闘で死ぬのは止むを得ない。しかし、毎日、子供みたいな若い上官に理由もなく殴られるのには、耐えられない。どうかこの場でオレを撃ち殺してくれ」 確かに、その兵士に対する上官の制裁は、尋常ではなく、このまま戦いを続けて犬死にするなら、一刻も早く死にたいという気持ちも分かりました 「分かった。今までありがとう。さようなら、○○」 正夫は、老兵と固く握手をして、静かに横たわり、目を閉じた老兵の額に銃をあてがい、静かに引き金を引きました 「そこで何をしている!」 振り返ると、そこには、若い鬼の様な上官が立っていました 上官は、激怒するかと思えば、せず 「俺も死にたい。殺してくれ」 と、頼みます 正夫は、無責任さに呆れましたが、このままこいつが生きていれば、兵士は不幸なだけだと思いました 上官は死んだ老兵の隣に横になりました 正夫は上官の額に銃をあてがい (死んでからお前はしっかり罰を受けろ) という気持ちで引き金を引きました 数分前までは元気だった2人は、2体の骸になりました 正夫は、自分も死のうと思いました 自分の手で、仲間を2人も殺してしまった以上、生きて帰ることなど許されない 正夫は自分の眉間に銃を当て、引き金を引きました 全ての景色が消えました 次の瞬間、正夫はどこかの家の仏壇の前にいました 飾られている写真は、あの老兵でした どうやら、正夫は死なずに日本に戻り、老兵の家にやって来たようです 老兵の息子は、言いました 「父がどんな思いであなたに介錯を頼んだか、遺書でよく分かりました。あなたが訪ねて下さって、きっと父も喜んでいるでしょう」 線香をあげようとして、正夫は手が動かないことに気づきました どうやら、自殺を計った時に、脳に損傷を受けて、障がいが残ったみたいでした あの絶望的な戦場で自殺を計った自分を、助け、日本まで連れて帰ってくれた誰かがいる あの老兵を死なせたりしなければ、彼もまた、帰って来れたのではなかったか 深く悔やみ、うつむいたところで目が覚めました ------------------ 忘れないうちに、記録しないと消えてしまうので、日記に書きました
2011年06月20日
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発車してまもなく、それまで南に向かっていた線路は大きく東に向きを変えますしばらく緑の中を走り、山科川を渡ると、六地蔵駅ですこの駅も、10年前に新設されました近年急激に開けた京都市伏見区・山科区と宇治市北部の中間点にあり、しっかり快速が停車します
2011年06月19日
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だんだん暗くなってきました。木幡駅を発車すると、まもなく右手に国道24号が併走します。国道沿いに、明治維新、鳥羽伏見の戦いの舞台となった御香宮が見えます桃山駅は、明治天皇他を祀った桃山御陵のそばにあり、戦前は修学旅行生は必ずここに参詣されたそうで、そのためか、大きな面積となってますが、いまは各駅停車しか停まりま?せんではまた明日
2011年06月14日
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かつては、稲荷の次は桃山までかなりの距離、駅がありませんでした10年位前に新設されたのがJR藤森京阪電車にも藤森駅があることから「JR」が頭についています
2011年06月13日
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東福寺を発車してすぐに京阪電車本線と立体交差します稲荷駅は、全国のお稲荷さんの総本山「伏見稲荷大社」のそば駅には、現存する日本最古の鉄道施設「ポンプ小屋」があります稲荷大社の建物に合わせ、駅は朱塗りの柱になっています
2011年06月12日
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京都駅17:54発 城陽行き電車は京都駅を発車すると、すぐに国道24号線高倉陸橋(京都の人は「たかばし」と言います)をくぐり、すぐに東海道線から分岐して南へ向かいますまもなく、電車は新幹線のガードをくぐり、鴨川を渡り、東福寺駅に着きますこの駅は、紅葉で有名な東福寺の近くにあり、京阪電車と接続しています
2011年06月12日
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昨日は記録的に早く帰宅しました 帰りの電車の中、宇治川を渡る車内から並行している宇治橋を撮りました なんだか、不思議なムービーでとても気に入っています 見てください
2011年06月09日
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昨晩帰宅すると、こないだ東北のボランティアを終えたちび2が家に戻っていました ちび2によれば、被災地の方々は皆さん明るくされていて、大勢の人に親切にいていただいたようでした 娘の担当は、被災地の復興プランをイラストにすることだそうです 娘がお世話になった街では、あるお寺が避難所になっていたそうです ご住職は、地震発生と同時に、寺を開け放ち、いつでも住民が避難して来られるようにして待っておられた そこに大津波が来ると言う情報が 近隣の方は高台へ避難して助かった でも、ご住職は「まだ、ここに来る人がいるかも知れない」 と、寺を動かず大津波に呑まれてしまったそうです ちび2は、その場に立派な仏像が残っているのを見たそうです 地元の方々は口々に 「復興のイラストには、お寺を入れて下さい」 と言われたと言う事でした また、復興について話し合う集会にも陪席させてもらい、地元の方々が、熱く熱く、必死の思いで、この苦境を乗り越えようとしている様子を見て、口には出しませんが、何か大きな勉強をさせていただいたようでした ちび2は昨日は発熱したため、家に戻り、誰もいない家で思い切り寝て少しは体調快復したようです 数日ゆっくりして、しっかり話を聞かせて欲しいけど、彼女も忙しいから無理かな? 夕べの、ご住職の話を聞いて、自分の仕事に対する甘さを実感しました 世のため人のために尽くす 仕事とはこれが究極なんだと 被災地の皆さん、娘を通じて貴重な学びをさせて頂き、ありがとうございました 一日も早い復興を祈ります
2011年06月07日
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