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今日は部屋のかたずけでした。もうすぐにリホームの業者が入るのでその部屋のかたずけでした。一度にやるのは大変なので、少しずつです。 ヨーロッパの報告ドイツの印象 ・この国も自転車道がたくさん整備されており、その道を走るのが前半は多かった。また自転車のツーリングを楽しむ人も多かった。 ・100メートル幅ほどの運河かあり、未舗装の道が60キロくらい一日中走っていた日があつた。この運河船が行きかい、荷物運搬に大切な運河の模様、 ・畑はほとんどがトウモロコシで、道路際には小リンゴがたくさん植えられており、食べられるほどでした。 街にある住宅はみなきれい・・その中にロマンチック街道などあり素敵な街が多かった 前半は運河道などフラットのところが多く、後半はアップダウンの道が多かった。 パン屋さんが多くあり、スパーに併設などもあった。中でコーヒーブレークもできた。 フランスになつたら、フランスの人で3日ばかりのステージランナーがパホーマンスでピンクの衣装をまとい走っていました。園ちゃんと・・・ 狭い体育館でした。場所とりは早いもの順番で、遅い組スタートの早い人が良いところを早くとっていました。 ゴールしてビールおじさんから缶ビールをすぐにかつて飲み、休んでいるお2人さん。ホットですかね・・・
2012.10.31
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夕方名古屋に出かけるので、もうブログを書いてます。3カ月ぶりにウルトラの仲間たちに会いお話しできるのが・・楽しみです。本当の土産よりお話の土産を聞いてね。 ところで、菰野では片岡温泉が新しくなり、じぎあってます。なかでも世界の料理人、奥田食堂、と世界のパテイシエ辻口が開いている洋菓子店が併設されており、女性たちの人気が沸騰中です。普通に行っても駐車場はいっぱい、もしは入れても入口に女性たちが並んでいます。 先日夕方もういいだろうと行ったら、中の洋菓子などすべて売り切れていました。この人気いつまで続くのかな・・そのうち熱気も醒めるだろうと思うのですが。 ヨーロッパフットレースの国は デンマーク スタートはデンマークの最北端、スカーゲンの町でした。この街は飛行機で一番近い空港、オールボー空港から100キロもあります。そこからバス、列車を乗り継いで行きました。オールボーの町はレース2日目に走って通過しました。 スカーゲンの町は、美しい街並み、家も街も整備されていて気持ちのよい街でした。高層の建物はなくほとんどが2階建の建物でした。 この国は自転車道が国道のそばに整備されていて、ツーリングをする人も多かった。 酪農の国で、牛や馬が広々とした整備された草地で放牧されていて、北海道という感じでした。 高い山がなく、ほぼ平坦な自転車道を走ったという感じです。 ドイツの田舎町のゴール風景、おおむねどこでも歓迎していただきました。 スタートの遅い早いランナーたちのスタート前風景 1時間後スタートです。 ゴールした後、体育館の裏庭で洗濯ものを干している風景、どこでもこんな感じ
2012.10.30
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ずいぶん髪の毛が伸びてきたので、太陽が出ている庭で、自分で刈りこみました。大会期間中も自分で刈りこんでいたので、上手になりましたよ。 ヨーロッパから帰り自分たちの部屋を2階から1階に移し、終の部屋らしくリホームすることにしました。畳の生活からベットに、そして和室から洋間にリホームです。かみさんとはいろいろ意見の衝突がありましたが、なんとかまとまりそうです。工事は2週間くらいかかるそうで、しばらく大工さんが我が家に入ります。 ヨーロッパのレースの走行について 歩道が右側にない限り、原則左側走行でした。またコースの走行指示もそれに沿ってつけられていました。 交差点などでは必ずつけられていて見落としてもそのあと1キロくらいごとにつけられているし次の交差点で指示がなければまちがいで戻らなければならない。交差点で曲がる場合は、必ず指示のマーキングが2枚あり予告としてありました。 前日の夜か、当日朝に走行指示表が渡される。細かく道路の指示が書かれている。エイドの位置、距離なども知るされていた。 ドイツに入ってすぐに走った運河そばの道、この道が60キロくらい続き走りましたよ。運河は運搬船の通行が頻繁にありました。 いつも第二エイドのドイツ人のお二人でした。食べ物、飲み物十分でした。 ちょうどスタートから1000キロの表示の前で、浪夫婦、園ちゃんでした。
2012.10.29
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タイトルは現在走っていないのに、走ってますではおかしいので変更しました。「休眠中」です。でも佐渡島一周ウルトラマラソンにエントリーしているので、そう長くないうちに走らなきゃねー。 今日は一日雨・・ヨーロッパの荷物のかたずけでした。 トランスヨーロッパフットレースの話 このレース現在まで ・2003年 リスボンからモスクワ 64ステージ 5036キロ ・2009年 イタリアからノールウエイ 64ステージ 4488キロ ・2012年 デンマークからスペイン 64ステージ 4200キロ 区間最短 39キロ 区間最長 83.3キロ 平均 65.2キロ 制限時間 6キロ/時間 参加者 52名 日本人18名 男性43名 女性9名日本から奥さんのサポートで着ていたなみさん夫婦、浪ママが時々ステージランナーで走っていました。園ちゃん頑張っている風景、このような自転車道を走るんですよデンマーク3日目日本人トップでゴールのnakyoshiでした。
2012.10.28
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昨日は夕方関空で送った荷物が届き、そのかたずけで大変でした。ほとんど洗ってもらいました。僕の匂いはまだ消えず・・臭い臭いとまだ言われています。ヨーロッパ3ヶ月間は僕をヨーロッパの体質に変えたのかな また今日は、親しい人が御苦労さん会をしてくれるということで出かけます。これでは日記も書けないので、早く書いておきます。 ヨーロッパの毎日の生活 朝4時に宿泊する体育館の電気がつけられ、5時まで準備、5時に朝食20分ほどの後、歯を磨いたり、トイレなど、そのあと荷物を運搬車に預け、スタートを待ち、5分前くらいからスターターのインゴーから5分前の声がかかり、4分、・・1分、9,8、・・・・1スタートとなります。またスタートはランの遅い組が、6時スタート、早い組が7時スタートでした。 早い人たちは、6人でだいたい30キロくらいまでには全部の人が遅い組を抜いていきました。毎日でしたからびっくりです。僕も抜かれましたが6分を着るようなスピードです。僕は7分くらいで走っているので当然です。 ゴールしてからは、自分が早くゴールした場合、自分の寝る場所、仲間の寝る場所を確保、シャワーを浴び、一緒に洗濯をしてすぐに外に干します。そのあと、ビールを売ってくれる人がサポートにいまして、その人を探し、缶ビールを2本買って飲みます。 夕食は、町のレストランにインゴ、が準備してくれることがほとんどでした。前回も出たこのチャンの話では、今回はサポートのメンバーが少なく、大会側もそうしているのだろう戸のこと、レストランの食事はほとんどが美味しかったです。 夕食後消灯の9時までの間はパソコンをしたり、日記をつけたり、足の手入れをしたり、明日の準備をしたり思い思いにみなさん過ごします。9時に消灯でした。 明日はコースの走り方など書きます。 初日、スタート地点で、オーストリア人の毎日国旗をつけて走ったアンドロスと園ちゃんと 中京地区から参加のメンバーで撮りました。僕とがんちゃん以外は全員完走でした。 体育館の生活状況、この体育館は良い方で、ほとんどがコンクリートの上にペンキの塗った寒々とした床でした。
2012.10.27
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8月19日日本を出発して10月24日日本に帰りました。こんなに長く海外で過ごしたのは人生初めての経験、デンマークのスカーゲンと言う小さな町をスタート64日間をかけてスペインのジブラタルの入り口近くにゴールする大会、長かった。でも終わってみるとあっという間でした。 今日から僕のブログは、この大会を少しずつ書いていきます。大会前日、スタートの宿泊所から5キロほど離れたこの大会の北の端の海へ行きました8月19日スタート会場に向かう前に日本人選手団全員の写真木曽路の笠をかぶって毎日走り切りました。園ちゃんと私、真ん中は女子の1位だったリアちゃんです。早かったですよ・・・
2012.10.25
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完走ランナーは調子が上がっている人、疲労困ぱいの人、それぞれいて大変です。僕は今日で走り始めて10日目、まあまあ走れていますこのまま行きたいものです。
2012.10.16
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なんとか走れるようになつて5日目ーガラスの足が悲鳴をあげて長い休養になつても困るので車の移動にしました、明日は走ります。
2012.10.09
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