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猫はフォトジェニックな動物であると常々思います。犬の写真を撮るようになってから、尚更そう思うようになりました。犬の撮影には毎度毎度苦戦しています。犬は中々カメラ目線を呉れません。それと比べると猫は割りと容易に撮る事が出来ます。猫は大抵カメラ目線を呉れます。写真を撮る上でこれが一番の違いだと実感しています。 ■ プレーのお寺「ワット・プラタート・ポーンスゥナン」 宝石の目を持つ猫 … この猫は飼い猫ですが、警戒心が強いので近付くと直ぐに逃げてしましました。飼い主であるお坊さんが半ば強引にカメラの方を向かせて呉れました。 ■ チェンラーイのお寺警戒心ゼロの猫。カメラを向けるとゴロ~ンと横になりました。 ■ ランパーンのお寺「ワット・チェディ・サオ」 撮って下さいとばかりに、日傘に入って来ました。 ■ ランパーンのお寺「ワット・チェディ・サオ」 カメラを向けると見事な大欠伸。 ■ プレーのお寺仲良く二匹並んでいました。横には散り落ちた花が…。 ■ チェンマイのお寺 階段を上ると猫がじっと座っていました。 ■ ランパーンのお寺「ワット・コ」 視線を感じる…と思い、上を見ると猫が…。 ■ ランパーンの市場 開店前の屋台で一眠りしていた猫。 ■ ランパーンのお寺「ワット・チェディ・サオ」 お寺の飼い猫。 ■ アントーン 民家の飼い猫。半野良猫のような感じです。 ■ ランパーンのお寺「ワット・ポン・サヌック」 黒髪にチョビヒゲ。 ■ ランパーンのお寺 カメラを向けると、見事カメラ目線! ■ ランパーン 路上 この後、直ぐに逃げられました。 ■ ランパーン 友人宅 ボール遊びに夢中だったのにカメラを向けると見事カメラ目線! ■ チェンラーイ ベンチで横になって伸びをしていました。其の直後の1枚。胴が伸びてま~す。 ■ ランプゥーンのお寺「ワット・ドイ・ティ」 警戒心の強い猫。撮影後直ぐに逃げられました。二枚撮れた内の一枚です。
2008.07.30
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タイを旅していて、特に田舎へ行けば行くほど、色々な動物に出くわします。 先ずはお寺。 田舎へ行くと必ずと云って良いほどどお寺に犬がいる。 (犬の写真はたくさんあるので、後日纏めて…) お寺には猫がいたり鶏がいたり…。 時には鰐やイグアナなど一寸珍しい動物がいたりもします。 このお寺・ランプーンの「ワット・ドイティ」には孔雀がいました。 放し飼いだそうです。 こちら、ランパーンのお寺「ワット・パカーム」には 近寄って見ると 狐!? お坊さんが森で捕まえて来たそうです。 ランパーンのお寺「ワット・ノーンラコーン」には、猿。 これはお坊さんの腕。「蚤取り」の習性を披露してくれました。 田舎でよく見かける牛。 そこら辺に生えてる雑草を食んでいます。 餌が雑草ばかりの所為か、痩せた牛が目立ちます。 牛の大群が目の前を横断して行きました。 こちらは、今まで行った事のある場所で最もスリリングな町・ロッブリー。 町の一角には猿の大群が…。 時々人が襲われています。 電線を綱渡り。 停車中の車の荷台から果物を盗んで食べています。 運転手は気付いていないようでした。 ロッブリーが「猿の町」なら、ランパーンは「馬の町」 ランパーンの町には観光用の馬車が走っています。 馬車は赤信号で確りと信号待ちをしていました。 ランパーン駅の近く。 これも放し飼い。 生えてる雑草は食べ放題。 チェンマイ・アーケード バスターミナル近く。 お寺と食堂前の路上に突如現れたのが豚。 これもまた放し飼いだそうです。 豚の写真を撮っていると食堂のおばさんに笑われました。 バンコク・ドンムーアン空港近く。何鳥かは?? アントーンにて。水牛に遭遇。 蚊除けをする為、枯れ草を燃やし煙を出しているそうです。 何十回もシャッターをきりましたが、煙がひどくて殆ど煙しか写っていませんでした。 この1枚は運良く、煙が風に靡き、水牛の顔が写っていました。 煙が目に沁みました。
2008.07.29
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其処に人がいる訳でもないのに視線を感じてしまう事があります。霊感が強いとか、そう云うのではありません。何かこっちをじっと見ているようで、一寸不気味に思ったりもします。人が見る為に作られたはずなのに、逆にこちらが見られているような錯覚を起こしそうになります。 今回は「平面からの視線」と題して、タイの街角で見付けた広告、ポスターなどを集めてみました。 人魚がこっちを見ていたので… ニュータイプ コブラ印のセメント。 広告と云うより日除けとして活用されている。 天地無用!逆さに吊るさなくても…。 有名な「ガイヤーン・ハーダオ」。其の名も「5つ星」 何のポスターでしょうか? 一寸睨まれました。 本屋の雑誌コーナー。 タイの歌手Palmy(パミィ)。ベルギーとタイのハーフ。 → Palmy パーミー The Best Hits of Palmy (ベスト盤) 天井に張り付いたヤモリでも見ているのでしょうか? 美々った…。 バンコクににて。バスの車内から… ラマ4通り。 《左》バンコク・マーブンクローンセンター向かいサヤーム側のビル。《右》チェンマイ・ワローロット市場近くのビル。 西日が射すランパーンの市場にて。以下は選挙ポスター。指名手配ではありません。(念の為…) ■ チェンマイ ■ ランパーン 斬新だ!斬新過ぎます! 何故ゆえにこんな貼り方をしているのだろうか? ■ バンコク ちょびヒゲが…。
2008.07.28
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初めてのバンコクは、ナンプラー(魚醤)の臭いが鼻を突いて不快だった云う記憶があります。しかし、如何云う訳だか、何度もタイへ足を運ぶ内にナンプラー臭さを感じなくなってしまいました。以下は12年前の1996年6月、初海外、初タイの時、バンコクで撮影した写真です。 この時と今とで顕著な違いは服装に表れています。1996年当時のバンコクは、ブカブカの服装が目立っていました。女性の髪は黒々として長く、女子大生の制服のスカートも一様に長かった。80年代の日本を彷彿とするところがありました。今はもう長いスカートを穿いている女子大生は皆無に近いのではないかと感じます。時代と共にファッションが変化するのは日本もタイも同じのようです。12年前は、日本とタイとで大きくファッションセンスの違いを感じたものですが、今では其の差も余り大きく感じなくなって来ました。今は、多少タイ人の方が日本人より派手な色を好むのかなと云う程度に留まっています。現代のタイのファッションは日本のファッションを手本にしているとも云われています。タイの雑誌などではよく日本のファッションが紹介されています。そんな事もあってか、タイのファッションセンスも日本と余り違いが無くなってしまったのではないでしょうか。違いが無くなってしまうと、其の趣が感じられなくなってしまい、少し残念にも思います。通りへ出ると先ずバイクの騒音に圧倒されました。ガラスの割れたバスや傷だらけのタクシーが平然と客を乗せて走っているのにも驚きました。初めてのバンコクは驚きの連続でした。屋台が立ち並ぶ様子に驚き、更にセブンイレブンの前にも平然と屋台が出ているのにも驚き、屋台の周辺に野良犬がゴロゴロと寝ている有様にも驚きました。驚きの中にも、平生の生活をする人々の姿を垣間見ると、逞しくも思え、漫ろに微笑ましくも思えて来ました。 歩いていると突如、雲行きが怪しくなりました。6月は雨季。早速其の洗礼を受けました。激しいスコール。激しく降りかかる大粒の雨。一斉に皆、雨宿りに入っていました。30分もしない内に其の激しい雨は止み、青空へと変わって行きました。何とも極端な気候でした。そして、鱗雲が広がって行きました。バンコクは、都会でありながら田舎臭さを感じる不思議な町であると感じました。高層ビルが屹立し、大通りには車やバイクが行き交う。そんな中、所々に屋台や露店があり、路地へ入れば人々の生活の匂いが感じられる。都会のせかせかした雰囲気と田舎ののんびりとした味わいとが同居して感じられました。バンコクは年々小奇麗に変貌して行き、都会化の一途を辿っています。其れは都会の宿命かも知れません。不便な点が改善されて行く事は大いに賛成なのですが、都会化と共にタイ独特の趣が無くなって行ってしまうのではないかと云う懸念もあります。バンコク自体に取り分け魅力を感じる事はありませんでした。居心地の良さは余り感じられませんでしたが、雑駁とした其の空間は視覚的に面白いと云う興味を覚えました。以上、1996年のバンコクの写真(カラー編)でした。自己採点で40点以下。今思うともっと上手く撮れたんじゃないかと思ってしまいますが、其の時はこれで精一杯でした。バンコクは東京と違い、つくりが大雑把であっちこっち歩くのには一寸苦労を感じました。バンコクで、写真を撮っていて、人から変な目で見られる事も無かったので、其の点では都合が良いと感じました。出発前は、海外と云うと危険なイメージを持っていましたが、バンコクを歩き、そんなイメージも大分和らぎました。治安も悪くない、物価も安い、よく晴れていて写真を撮るにも都合が良いし、と思い、2年後に再びバンコクに降り立つ事となりました。バンコクを起点に東南アジアを陸路で旅しようと計画し出発したのですが、何故かタイの田舎に長居してしまう結果となりました。其の後、何度もタイへ渡り、今に至ります。今では原油価格の高騰により、安かったタイへの旅費がグーンと上がってしまい、とても残念に思います。2万円、3万円代で成田⇔バンコクの往復チケットが買えたのが遠い昔のようです。今は高くて嫌になります。燃油サーチャージ!何とかしてもらいたいものです。タイが遠く感じてしまう今日この頃です。撮影データ;カメラ:キャノンEOS5フィルム:フジクロームPROVIA400プロ(リバーサル)2本
2008.07.07
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幸か不幸か、初めての海外がタイでした。タイへ“行った”と云うより“行かされた”と云うのが最初でした。其れは、今から12年前の事…研修で「タイ&シンガポール」か「アメリカ」のどちらかへ1週間行かなくてはならない事になってしまった。正直、どっちも行きたくなかった。其の頃、アジアもアメリカも余り興味が無かったのです。ヨーロッパなら行ってみたいと思っていたのですが、選択の余地無し。「タイ&シンガポール」or「アメリカ」の選択…単に安いと云う理由だけで「タイ&シンガポール」を選びました。仕方なく行く海外、タイ…自由旅行ではない研修のツアーと云う事で余り晴れ晴れしい気分ではありませんでした。初めて海外へ行くと云うわくわくした想いはほんの少しだけしかありませんでした…。バンコクに降り立つとモヤモヤっとした蒸し暑さにげんなり。空港からは送迎のエアコンのバスでホテルへ移動。束の間の冷却。ツアーなのでやや高級なホテルに泊まった。(VIPではなく団体割引で)空港もそうったが、ホテルの周りにタクシーやトゥクトゥク(三輪タクシー)の客引きが常時居て、付き纏われるので嫌だった。以下は1996年6月、初海外、初タイの写真。バンコクに着いたが、右も左も解らない。地図を片手に、当てもなくあっちこっちと歩いた記憶がある。ホテルから1キロ程離れると、庶民的なゾーンに入る。外国人の姿も無くなり、英語で話しかけてくる客引きもいない。歩道はガタガタ。コンクリートが所々崩れていて歩き辛かった。歩いていると何度か話しかけられた。このおじさんにも話しかけられた。タイ語なので何を言っているのやら。其の頃はタイ語が丸で解らなかった。「Do you speak English?」と英語で返しても通じず。結局、其のおじさんが何を言っていたのか全く解らなかった。「英語が話せれば世界中何処でも会話が出来る」と断言していた中学の時の英語教師を思い出し、少し苛ついた。一番の驚きは野良犬の多さ。信号が一部壊れていて機能していなかったのにも驚いた。地図を見ると、徒っ広い「ルンピニー公園」が目立っていたので其処を目指した。其処は庶民の憩いの場。午睡をする人の姿が目立った。公園に限らず、市場、屋台、お寺など、午睡をしている人の姿が目立った。 女子同士で手を繋ぐ超仲良しさんの姿も矢鱈と目立っていた。レズではないらしい。中にはレズもいるらしいが。(当人に直接確認した訳ではなにので真相は判りませんが)数年後、少しタイ語が解るようになり、タイ人の友人に「タイの女子は何故、手を繋いで歩いているの?」と訊くと、「日本の超仲良しさんは手を繋いで歩かないの?」と逆に訊かれて吃驚した事があった。超仲良しさん同士は自然と手を繋ぐと云う事なのでしょうか?しかし、どういう訳か、手を繋ぐ超仲良しさんの姿も最近では余り見かけなくなりました。これは一体どういった事なのだろうか?単に時代的変化なのだろうか?一説によると、タイに来た外国人の中に、女同士で手を繋ぐタイ人を蔑む人が多く、其れが影響しているのではないかと…。其れも定かではありません。女同士で手を繋ぐくらいは、「仲良き事は美しき哉」でいいんじゃないかと思いますが…。中には男同士で手を繋ぐ光景も少なからず見かけますが…。路地裏へも入って行った。ホテル周辺の高層ビル街とは対照的に、古びた民家や商店が目立つ下町風で生活の匂いが感じられた。民家を覗くと暑さを凌ぐように日陰で寛ぐ家族団欒の光景が目に入った。お寺へ。猫が激しく喧嘩していた。この時はお寺には殆ど興味が無かったので積極的に足を運ぶ事なく終わりました。初めてのタイはバンコクだけで終わりました。そして、シンガポールへ飛びました、とさ。(バンコクとシンガポール計1週間の滞在でした)撮影データ;カメラ:キャノンEOS5使用フィルム:ILFORD 400 DELTA PROFESSIONAL 36枚撮り5本以上、12年前のバンコクの写真。木村伊兵衛、土門拳よろしく!絶対非演出、絶対スナップの「リアリズム写真」を念頭に置いて撮影していました。でも、自己採点で50点以下の出来です。今一つ上手く撮れませんでした。言葉が通じないのと初めての海外での戸惑いもありましたが、単純に腕前が低かったのです。今でもそんなに高くはありませんが。バンコクの町を知るには、歩いて体感してみるしかないと思って只管歩いてみました。暑さと騒音と排気ガス、そして歩き難い歩道…歩き回るのには向いていない町だと云うのが、率直な感想。今も其れは殆ど変わらない。歩道が大分良くなったと思うが、排気ガス、騒音は相変わらず。暑さは如何にも変えられない。野良犬が少し減った気がする。取り分けまたタイに行きたいとは思わなかった。でも、其の2年後の1998年に再びタイへ降り立ちました。初めての一人旅でした。成田からバンコクへ。其処から東南アジア各地を巡る旅をしました。東南アジアを巡るには其の中心にあるバンコクが都合が良いと考えたのでした。そして、バンコク以外の田舎も行ってみたいとも考えていました。言葉も少し覚えたのでタイ人とのコミュニケーションも取れるようになりました。そして、タイ人の友人も出来ました。友人から家族、親戚、また別の友人を紹介され、タイ人の友達が増え、其の後、毎年、丸で帰省するかの如くタイへ足を運ぶ事となりました。若しも、タイ人の友人が出来なければ恐らくタイへ度々行くなんて事も無かっただろうと思います。おかげで、未だにヨーロッパへは行けず。近場で、友人がいるタイばかりを優先してしまいます。
2008.07.07
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ターク(TAK)は以前からずっと行ってみたいと思っていた町でした。念願叶って2007年の12月22日、初めてタークに滞在しました。タークはガイドブックなどで余り大きく紹介されていない事からも察する事が出来ましたが、実際、足を運んでみて、矢張り、予想通りの庶民的でのんびりとした雰囲気の町だと実感しました。12月は乾季で雨の心配は丸で無し。涼しくて心地良く過ごす事が出来ました。次の予定が決まっていたので、泊まったのはたった一泊だけ、長居出来ず。ちょいと残念でした。朝、空が青々としていました。青い空を見ると生命力を感じます。私の場合は空が青いとシャッターを押す回数が確実に増えます。正に“写真日和”と云った具合です。朝一番にお寺へ。乾季のタイで此処まで青く澄んだ空も珍しいのではないかと思います。(レンズフィルター未使用で撮影しています)そして、川へ。タイの川と云うと、流れが緩く、茶色く濁った川と云う印象が強かったのですが、タークを流れるピン川は、流れも割りと急で、川の水も澄んでいました。川を眺めていると、蒲原有明の「朝なり」と云う詩を思い出しました。 朝なり、やがて濁川にごりがは ぬるくにほひて、夜の胞えを ながすに似たり。しら壁に ―― いちばの河岸の並み蔵の ―― 朝なり、湿める川の靄。 蒲原有明の「朝なり」冒頭部分。この詩は、1905年(明治38年)に発表された詩集『春鳥集』に収められています。100年以上も前に書かれたこの詩は蒲原有明が隅田川の場景と自らの想念とを照応させ作り上げたと推測出来ますが、何故だか異国の地に来て、ふとこの詩が浮かびました。そして、其の詩と目の当たりにしたピン川の情景が見事に重なり合う錯覚を感じました。此れは意識的錯覚であり、完全なるこじ付けであると解っていながらも、重ね合わせてみたくなる衝動に駆られました。朝食は食堂で。奇しくも、其のテーブルは青空同様青かった。「クワイ・チャップ」10バーツ(約33円)と云う良心的且つ庶民的価格。この店のスープはシィーイウダム(黒醤油)ベース。クルリと巻いたマカロニのような形をした米で出来た短い太麺が特徴的。モツ類、、鶏肉、揚げ豆腐、ゆで卵、ネギ、パクチーなどが入って具沢山。具に対して麺は少なめ。日本では馴染みのない“鶏の血の塊”「ルワット・カイ」が入っています。朝食以外にも、夜食の屋台でもよく見かける一品です。タークの写真こちらもご覧あれ TAK < LAMPANG STREETS >
2008.07.07
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