草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2017年01月12日
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第 百二十 回 目


 亡妻の出身地である青森県上北郡野辺地町の町起こしの為に、私が勝手に、独自に

準備している「或る遠大なプロジェクト」のスタートとして想定している、読み聞かせの

会で使用する台本の候補作品を、アットランダムに並べていますが、今回は その恩は

海よりも深い と讃えられる母親を取り上げてみたい、と考えました。


           「岸壁の母」

 母は来ました 今日も来た / この岸壁に 今日も来た / とどかぬ願いと 知りながら

もしやもしやに もしやもしやに / ひかされて

 (セリフ) また引揚船が帰って来たに 今度もあの子は帰らない。この岸壁で待っている



大きな声で… お願い… せめて、せめて一言…

 呼んで下さい おがみます / ああ おッ母さんよく来たと / 海山千里と 言うけれど

なんで遠かろ なんで遠かろ 母と子に

 (セリフ) あれから十年… あの子はどうしているじゃろう。雪と風のシベリアは寒いじゃろう

つらかったじゃろうと命の限り抱きしめて… この肌で温めてやりたい… その日の来るまで

死にはせん。いつまでも待っている…

 悲願十年 この祈り 神様だけが 知っている 流れる雲より 風よりも つらいさだめの

つらいさだめの 杖ひとつ

 (セリフ) ああ風よ、心あらば伝えてよ。愛し子待ちて今日も又、どとう砕くる岸壁に

立つ母の姿を…

    ( 作詞:藤田まさと 作曲:平川浪竜 歌:二葉百合子 )



「舞鶴への生還 ― 1945~1056シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録ー」

が登録されました。歌手・二葉百合子さんが歌い、大ヒットした、引き揚げ船を待つ母親

の気持ちを歌った歌謡曲「岸壁の母」の題材としても、よく知られています。

 シベリア抑留とは、第二次世界大戦終結時にソビエト連邦に降伏し、または逮捕された

日本人が、シベリアで強制労働を課せられた事を言います。主として軍人であったが、満州



含まれていた。


 私・草加の爺が母親を思うとき、真っ先に瞼に浮かぶのは、和服に純白の 割烹着 姿

で掃除をしたり、洗濯したり、台所で朝食用の味噌汁の具の、大根を刻んだり…。

 そのような実に甲斐甲斐しい、清潔なイメージであり、聴覚的な懐かしい記憶は、

トントントンと、俎板(まないた)の上で、包丁がリズミカルな心温まる、美味しそうな

メロディーを奏でる音だ。 ― まことに清々しく、また頼もしく有難い、その清潔そのもの

といった姿!

 私がテレビドラマのプロデューサーとして全国を巡り歩いた経験からすると、「嬶天下

(かかあでんか)と甲斐性なし亭主」(― 家庭内の実権は奥さんが握っていて、亭主は大概

その奥さんの尻に敷かれている、働きの少ない者)と、大体において相場が決まっている。

ですから、このフレーズが北から南まで、全国で一律に通用する、普遍性のある言葉なの

であります、幸か不幸か。

 働き者で、聡明で、家族を懸命に命懸けで愛し、ぐうたら亭主の尻拭いまでして、シワ

くちゃになるまで頑張り続け、余計な愚痴は言わず、明るく朗らかに、お天道様に日々

感謝の念を捧げながら、人生を全うした。そんな古き、良き時代の産み出した偉大なる女性、

健気で愛らしい人、女性の中の女性。そんな無条件に素晴らしいお母さん達に万歳。感謝、感謝、

又々感謝…。


 それに引き比べて、私もその一人である父親という存在は、非常に影が薄い。というよりも

有って無きが如し、で実に 情けない 存在と化してしまっている。

 してみると、かつての強い、権威ある家父長像を始め、頼りになる父親というイメージは

儚い一過性の虚像にしか過ぎなかったのかも、知れませんね。私は、潔く「それで良いのだ」と

申し上げたい。女性が素晴らしい国・日本。それで良いではありませんか…。私見によれば

我が大和の国 ニッポン は大昔から女性で持ってきた、お国柄なのでありますからね。

 男とは所詮、「働きバチ」か「兵隊アリ」であり、生産に直結する労働か、大量殺戮・戦争

の資材・手段として利用され、消耗・消費されてしまうしか、能の無い、詰まらない役割を

担わされている、くだらない性なのでしょう、残念ながら。

 歴史的に展望すれば、古代の母系制から、今日のユニセックス系社会へと移行し、公の場を

独占していた男達が、女性のパブリック・公社会への進出につれて、家庭というプライベイト

な場へと追いやられる傾向に、拍車がかかっている。益々、男の価値が下落している。

 極論を言えば、男などは無用だ。その精子だけ、子種だけありさえすれば、それで御用済み。

そんな、優秀な女性陣からの男無用論が、本当に聞こえて来そうな風潮さえ、見え隠れしている。

 これに対して、私は「それで良いのです」とは申しません。日本の素晴らしい女性達を

更に輝かす為にこそ、疲れきって、消耗し、生命力を、生きるエネルギーを枯渇させ果て

てしまっている男性達に、頑張ってもらいたい。張り切ってもらいたい。元気溌剌と持てる

生命力を発揮して頂きたい。日本の輝くお母さん達を、復活させる意味でも、恰好いいところを

示して欲しいのですよ。それが、男の端くれである老人の、切ない願いの中心にある、願望

なのであります、実際に…。





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最終更新日  2017年01月12日 13時20分51秒
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