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もし未来のブログを見ることができたら、どうだろう。と、過去の自分に言ってみる。たとえば・・・、「母と二人」を書いた頃の自分に8年後のこのブログを見せてみたい。あなたの母は、8年後に突然亡くなるのだと。このブログには、これまで長年にわたる母との葛藤をほとんど記さなかった。同居して20年、母には子育ても家事も経済的にも本当に助けてもらった。そういうことが十分わかっているのに、私は葛藤という名の「自分の都合」を手放すことができなかった。要するに、子どもだったのだ。「~~してくれない」「~~さえしてくれれば」という依存的な思考から卒業することが本当に難しかった。要するに、単に甘えた子どもだったのだ。でも、その体験は私にたくさんの縁をもたらしてくれた。12ステップ、アドラー心理学、仏教、瞑想、キリストの教え、内観。宝物のようなこれらとの出会いは、何物にもかえがたい。常に自分中心でありたいがためにまわりを変えようと感情をふりまわしていた私を、少しずつ少しずつ、変えていくレッスンであった。苦しかったから手を伸ばしたし苦しかったから学び続けた。苦しかったから出会えた数々のレッスンが、今の私の基盤をつくってくれている。母の在宅介護がスタートしての約3年は少しずつ母から自立できていくチャンスのような気がしていた。そして突然の別れが訪れた今、あまりの悲しみと後悔と寂しさに、私がどれほど母を頼っていたかが身にしみてわかった。こんなに頼っていたのだ。あの「母が~~してくれないから私は不幸」という叫びは、母に心底「頼っていた」(依存していた)という証拠だ。今、本当の意味で、わたしはやっと卒業できるのだろうか。これからの私よ。寂しさに耐え、後悔と自責の気持ちを受け入れ、「そうとしができなかった」自分自身をゆるしていこう。これから3年後、5年後、10年後、どんなブログを書いているのだろう。今、それが読めたらどんな気持ちになるのだろう。未来のブログを読むことはできない。10年後の私がしあわせであっても、ふしあわせであっても、1日1日、良い因をつくっていくことしかできないのだ。いや。いつだって、今、良い因をつくっていくことができるのだ。10年後の自分へ。「母の死が、私に良い因(縁)を与えてくれました」と、あたたかく、なつかしく、やさしい気持ちでこのブログに記すことができますように。
2017.08.27
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2017年8月8日未明、母がこの世を旅立った。突然の、ほんとうに突然のお別れだった。出張で家をあけることが多い私や、子どもたちも帰りが遅く家族全員がそろうことが少なくなっていたなか、その日は家族全員がそろっていた。急を知らせる電話を受けて救急搬送された病院にみんな集まり、少し早めに到着していて医師からあらかじめ病状の説明を受けていた私は、子どもたちに「最期のお別れだよ」と伝えた。ICUに入って、家族全員でお別れをした。言いたいことは全部伝えた。お母さん、ありがとう。生んでくれてありがとう。育ててくれてありがとう。楽しい時間をありがとう。そばにいるからもう大丈夫だよ。安心していいよ。最期の瞬間まで、抱っこして、手を握って、足をさすって、汗を拭いて、たくさんからだに触れた。じゅうぶん、お別れができたと思った。良いお別れができたと思った。通夜や告別式が終わる頃までは、多幸感でいっぱいだった。母への感謝やいとおしい気持ちがとめどなくあふれ出て、しあわせだった。でも、あれから19日あまりの時間がたっている今、私は悔いてばかりいる。母の死を受け入れられずにいる。昨日は施設に荷物をひきあげにいって、大泣きしてしまった。家に帰って、母の見慣れた衣服をたたんでいたら、涙が止まらなくたった。あんなに葛藤があった母。母にやさしくできなくて、苦しい思いをしてきた20年。介護で心身共にくたくたになり、この先どうなるのかと不安にだった3年間。終わったんだ。こんなに突然に。いや。終わったのだろうか。「終わったんだなあ」と思えるには、きっとまだ時間がかかる。それでいい。
2017.08.27
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