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先日、大々的に悪霊退散したおかげで、朝のぷちお掃除がすこぶるラクです!テーブルや棚の上のごちゃごちゃが少ない分、平面を復元するのが容易。↓片付け前 ↓片付け後 ところで、先日外で遊んでいた娘が、5分もしないうちに家に帰ってきた。「泥で靴が汚れちゃうから、もう遊ばなくいいや」とのこと。私「ええ!なんで!?汚れてもいいから思いっきり遊んでおいでよ」娘「だって、靴がどろどろになっちゃうよ」私「汚れたら洗えばいいじゃん。靴は汚れるためにあるんだよ」この小さなやりとりが、とても印象に残った。「汚さないために活動は控えよう」というメッセージを、もし私が日々娘に与えているのだとしたら、これは大問題だ。と、大いに反省。生きることは汚れることだ。汚れる痕跡がないとしたら、それは「生きていない」ということだ。汚れることがいけないのではない。汚れたら、きれいにお掃除すればよいだけのこと。うちのリビングも他の部屋も、とにかくいちいち散らかるし汚れる。でも、それは生きている証拠。当然のこと。私たち家族は、汚さないために生きているんじゃない。汚してもきれいにする力があるってことが、生きているってことなんじゃないかな。ということは、生きる力とは汚す力でもなり、同時にそれを掃除する力でもある。(人間の体だって、そんなふうに出来ていると思う)同じようなことは、他にもよくある。傷つくのが怖いから自分の殻に閉じこもってしまったり失敗するのが怖いから行動するのを控えたり批判されるのがいやだから発言を控えたり…でも、本当に生きるってことは、傷ついたり失敗したり批判もされるってことなんだと思う。それらを避けて安全に生きていく人生って、つまんなくない?と娘に言うと、「う~ん、でも、傷つくのはやだな」との返答。まあ、そりゃそうだね。でもさ、傷つくことも失敗もなく、誰からも批判されない安全な場所って、唯一それは「お墓の中」じゃないかな。(ちょっと飛躍しすぎ?)どんなに傷ついても汚れても、自分にはそれを修復する力があるってことを信じて発揮していきたい。「ママの清掃生活って、そういう意味なのさっ!」とエラソーに言うと、横でやりとりをきいていた息子がひとこと「へ~」と言いました。
2006.01.31
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本日お休みのため、荒れまくった部屋のお掃除に一日を捧げることにいたしました。↓私の出張中に荒れ放題の限りを尽くした、リビングの荒れ模様正面に見えるのは、インフルエンザで寝込んでいた娘の布団(ずっとリビングに常駐状態でした)。あまりにすさんだ部屋の状態にあわせて、つい人間もだらしなく寝っころがってしまうの図。これでも一応、毎朝一回は掃除してるんですが…。↓お掃除後なんかこう、「憑き物がとれた」って感じがします。↓違う角度から見ると(お掃除前)モノがあふれているため、つい爪先立ちで歩く息子の図。↓お掃除後…これで、安心して歩けます。しかし、部屋の中を安心して歩くことすら難しい状態って…。やっぱお掃除はいいもんですっ!!!(←だったらもっとやれよ)お掃除と共に、心のモヤモヤもだらだらも、悪霊と共に(?)退散した気分。一日の初めにお掃除で「マイナス気分」もろとも一掃すると、今日一日が新しい気持ちでアクティブに過ごせます。お掃除は、偉大なり。
2006.01.29
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海外からのVIPをお迎えしてのイベントが、いよいよ始まりました。このイベントには私だけでなく夫もかかわっているので、夫婦二人ともに大忙しの時期に突入しました。昨日の第一弾は大成功で、順調な滑り出しです。と同時に、うちの暮らしの荒れ具合も順調に進まないように注意をしています。はい。確かに注意はしていますが、行動が追いついておりませんね。やはり。床面積が、少しずつがらくたたちに侵略されつつあります。忙しくなると、お掃除方面だけでなく、「食」方面にも荒れが確実に出ます。昨日も帰りが遅くなったので、夕ご飯はすべてお惣菜を購入。たぶん今日もそうなる予定(子ども達よ、すまん!)。まあ、しゃあないか。子ども達も事情をよく理解してくれて、不満も言わずに「○○さん(←海外のお客様)、どうだった?うまくいった?」と言葉をかけてくれます。ありがたいです(涙)。ここはひとつ、家族で乗り切っていくしかないでしょう。さて、今日もこれからイベントです。今日は少し時間があるので、20分ほど片付けとお掃除をして、行ってきま~す。
2006.01.28
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娘がインフルエンザにかかり、日々看病と仕事の毎日でくたくた。。。そうなると案の定、暮らしが荒れはじめました。暮らしの荒れはどういうところで現れるかというと…・床や棚やテーブルなどの平面に、モノが積み重なる。・あるべきところにものがなくなる(とりあえずそのへんにおいてしまう)・バッグの中身が乱雑にあふれてしまう(なんでも放り込んで整理しないため)今までのパターンでは、これらの現象が多々起きていました。はい。いまやその現象がひたひたと押し寄せてきているのを感じます。不気味です。そ、そんなことではいけませんっ!!しかーし!危機感は充分あるものの、からだが充分に動きませんっ(悲)!しかも、今週末には海外からの大物VIPをお迎えするお仕事が始まり、さらに忙しさはヒートアップ必至。そうなると、暮らしはますます荒れ模様が予測されます。暮らしの荒れを最小限食い止めるいために、私にできる行動はただひとつ。「毎朝、掃除をする」…床や棚やバッグの中にあふれたモノを毎朝リセットし、とにかく5分でいいから掃除をする。せめて、これだけを守っていきたいと思います。(…そんなことも守れんのんかいっ!?というツッコミがきこえてきそう…)↓本日の画像(リビングの風景)リビングの隅に、一応きれいに重ねて置かれたランドセル(親亀小亀みたい)。「ぽん!と放り投げたんじゃあありませんよ。ていねいに置かせていただいているのです」という子ども達の無言のアピールでしょうか?(ランドセル置き場のスペースが、ないのよね。がらくたがいっぱいで…これもちゃんと考えなくちゃ)
2006.01.25
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たしか年末にはすっきり空っぽにしたはずの郵便物を入れる箱。毎日届く郵便物やDMやチラシなどを、何気なくぽんぽんと入れて溜めつづけた結果、↓1カ月もたたないうちに、このような姿に。。。あふれかえっております…(ため息)。この中からは、開封しないまま埋もれている郵便物も次々と発掘されるありさま。郵便物に混じって、なぜか定規や子どものシール、写真なども次々と姿を表し、そのうえ請求書、締め切りの過ぎた督促状(嗚呼!)、大事な書類もここに眠っていました。。。すべて開封し取捨選択し処理し、格闘すること30分。↓このような姿に郵便物はその場で開封↓その場で取捨選択の判断↓処理(戻すべきところに整理、もしくは捨てる)この一連の行動が日々できていれば!!!はい。明日から実行してみます。一日一日で、小さな未完了を完了させていくことが必要なのでしょう。↓処分した郵便物や書類など(23日分)のお姿けっこういらんものが郵送されてきているんだなあ~(そしてけっこういらんものを溜め込んでいるんだなあ~)、と実感した瞬間でした。
2006.01.23
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きっかけは、ある本の中の一節。少し長いけど引用します。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・直接生産や金に結びついていないように見えるものは「雑事」とか「雑用」とか「野暮用」とかと呼ばれる。家事全般がそうだ。それは「できることなら無しですませたい」厄介ごとであり、それに携わることは一種の無駄だと見なされ、それに携わる者は損でもしたように感じながら、「こうしちゃいられない」と嘆くだろう。掃除、洗濯どこか今では、家族と暮らすことさえ「雑用」と見られかねない。(略)しかし、人生とはそもそもこうした雑事の集積のことではなかったのか。(「スロー・イズ・ビューティフル」平凡社 109頁より)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・目がさめるような、衝撃的な文章でした。だって私にとって、お掃除や炊事やお弁当作りなどの家事は、ずっと「雑用」で「厄介ごと」だったから。家事というお仕事には、全く敬意をはらってこなかった。でも、それらのお仕事がほんとうに「雑用」であるのなら…日々の子育ても暮らしも、すべて「雑用」にすぎないではないか。だったら私の人生っていったい…!!?自分自身の中にそれまで確固としてあった「価値あるもの:価値ないもの」という信念に大逆転?が起こった瞬間でした。(そのへんのことは、以前日記で「聖なるお仕事・俗なるお仕事」として書きました)以降、家事全般は、自分の生き方の根幹にかかわるものとして、見返りを求めず敬意を持って取り組んでみようという気になってきました。しかし、ものの見方が変わったからといって、日々の行動がすぐに変えられるわけではありません。なにせ、何十年も慣れ親しんできた超ズボラ行動パターンでありますゆえ。お掃除を軽蔑しきっていた私が、お掃除という行為に敬意を払い、ちゃんと取り組めるようになるまでに、なんと2年ほどの年月がかかっているのです(まさにスローライフ?ですな)。そして、いまだ未完成のまま現在進行中。今でも油断していると、つい「掃除なんてツマンナイ仕事なんだから、さぼっちゃえよ」という甘いささやきに負けてしまいます(とほほ…しかもけっこう頻繁に負けてます)。本日も早速その甘いささやきに負け、完全にお掃除をさぼって熱がある娘と共に雪だるま作りに精進してしまいました!
2006.01.21
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本日も5時に目がさめ、布団の中で葛藤の後、5時半に布団を出る。(やっぱ寒いっす! 布団から出るのに勇気がいります)順調に早起きが続いています。早起きすると、やはりいいです。「今日一日の方針」が、定まる感じがします。↓さて、本日のお弁当左が夫の弁当。右が私。なぜか私のほうが量が多い。(夫はこれプラス、生協のパンを持っていきます)昨日、「見返りを求めずにお弁当を作る」ということを書きました。これは、実はある方のブログに触発されてのことです(トラックバックしてみました。うまくいったかな?)。私の場合、あくまで「自分のための」修行!?ともいえます。決して、「夫のため」ではございません。(すまん!夫よ!!)(たぶん、「夫のために」やろうとすると、私は腹が立ってくると思う。わがままだから)私はずっと、家事は「損な仕事」だと思っていました。なので、夫婦間で家事を「どっちがやるか」「どれだけどちらが負担しているか」ということが問題になり、トラブルも絶えませんでした。夫婦間で、家事を「押し付けあって」いたのです。そのバトルの成果?で、私たち夫婦は家事を6:4ほどの比率で分担に成功しました。そのことについては、よかったと思っています。しかし。去年あたりから、私は「家事」に対する考え方を変えようと思い始めました。(長くなりそうなので、明日につづきます・・・)
2006.01.19
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本日も5時起き成功!・・・と思いきや、うとうとと二度寝に入り、気がついたら5時半。しばらく布団の中で葛藤後、やっとの思いで起きてきました。予定通り、まずは換気(寒いけど、やはり気持ちいい)。お湯を沸かしている間、台所で水切り済みの食器をしまったり、テーブルの上を片付けたり、流しやテーブルなどの「平面」を拭き掃除。(うちはとにかく「平面」の維持が大変。すぐにモノをいろいろ置いちゃうから)ここまでで約5分。お茶を飲みながら、30分ほど自分の時間。その後、朝ご飯とお弁当の支度に取り掛かる。余裕、である。やっぱ早起きは、「その日一日の性質を決定する」と確信。さて、朝食後、ちょっとしたことがきっかけで、夫とシビアな話し合いになる。表面上は冷静に話し合いは済んだが、私は腹の虫が収まらなかった。相手の欠点ばかりに目が向いて、むかむかしていたのだ。先日も書いたけど、今年は「ちゃんとお弁当をつくる」のが目標のひとつ。特に夫のお弁当は、「見返りを求めず」作ると決めたのだ。でも今朝は、作りたくない気分だった。朝の一件で少し腹を立てていたし。しかーし!「見返りを求めずにやるんだもん。やるって決めたんだもん」と言い聞かせて、お弁当を作り始めた。作っていたら、だんだん気持ちが変わってきた。「ふん!なにさ、えらそーにっ!」という彼を責めるモード全開の気分から、「私、言い過ぎたかも・・・私のほうが傲慢だった」という気分に。不思議なもんだなあ、としみじみ思う頃には、お弁当が完成していた。お弁当を差し出すと共に、「私、言い過ぎたと思う」と彼に謝った。なんだかなあ。お料理もお掃除も、「見返りを求めずやる」と決めたら、なんとも謙虚な気持ちになる。むずかしいけど、しばらく続けてみようと思う。
2006.01.18
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今朝は、以前の日記で決意したことを、思いがけず実行。そうです。早起き。5時に起きてみました。(・・・というか、たまたま目がさめたので、勇気を出して布団から出ました)今年の目標「しっかりと朝食作り」「お弁当作り」「お掃除」の3点セットを完成させるためには、どうがんばっても早起きしかありません。それに、やりたいことがいろいろあって、自分だけの時間がどうしても欲しくて。。。今朝はあまり寒くなかったのでなんとか成功しましたが、普段慣れない事をしたため、せっかく5時に起きても何をしてよいのかわからず、しばらくぼ~~~っとしてしまいました。なので、あまり効率よく時間が使えなかったかも。朝の時間をどう使うか迷った挙句、お掃除しようかとも思ったのだけど、こんな朝早くに掃除機かけるのもなあ、、、と思い、しかたなく?棚や家具の上などの「平面」を片付けて、埃を拭いてみました。やってみると、「な~んだ、これだけで、けっこうきれいになるじゃん」というのが大きな発見。要は、「毎日こまめにお掃除する」だけでずいぶん変わるんじゃないの?ってこと。どうやったら片付けられるか、効率よく掃除できるか、などと理屈をこねて考えている暇があったら、さっさと掃除しちゃったほうが、早いってことですね。明日早起きできたら、まずは換気→ぷち小掃除→(自分だけのひみつの時間)→朝食・弁当の準備→家族を起こすという手順でやってみよう。朝は寒いけど、永平寺に比べたら屁でもありますまい。(このまえ永平寺のお坊さんの修行ドキュメントを見たもんで)ところで、昨日の日記に書いたテーマで、私が大好きな本(子供向けの本)があります。「うしなうたびに、何かが見つかる」「おもちゃをなくす、友だちをなくす、健康をなくす、離婚で親をうしなう、そして大切な人を死でうしなう…。悲しいだけじゃ、ないんだよ。大切なものをなくしたあとに、いちばん大きな贈り物が見つかる」(本の帯びより)とても素敵な本です。「手放すことは、痛みだけではない。そこには大きな贈り物もある」ってことを、思い出したので、ここに紹介します。
2006.01.17
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今朝新聞で、長野で行方不明になっていた小5の少年が遺体で発見されたとのニュースを読み、朝から涙。昨年暮れの行方不明になっていた時点から、何とか早く見つかってくれ!・・・・・と切実に祈りつづけてきただけに、ほんとうにショックで残念だった。その後、時々私のブログにコメントをくださるkuma0424さんのブログ「捨てる再考」を読む。いずれはいなくなってしまう自分。そして家族も。ふと思い出したのが、少し前の新聞記事。このままの人口減が続くと、西暦3300年(だったかな?)には、日本人は消滅しているという予測記事だった。衝撃だった。3300年に「日本人がいなくなる」ことではなく、そのときには確実に「自分はいない」ということに、だ。もちろん、その頃には私の家族も確実に存在していない。そんなあたりまえのことを、普段は忘れて日々を「こなすように」暮らしている。でも心の奥底では、そのことを心底恐れているような気もする。子ども達や家族の記録を写真やビデオに溜め込むこと。古い手紙、読んだ本、日記、共に過ごした衣服の数々、それらのものをなかなか手放せないのはなぜなのか。モノを手放すことには痛みが伴う。いや、モノに限らず「手放す」という行為には、何らかの痛みが伴う。家族、記憶、感情、愛する人、慣れ親しんだ考え方、ふるさと・・・。自らが決意して手放すことはできなくとも、いつか別れる日は来るのだ。確実に。だからきっと、「手放す」という行為は、スピリチュアルな(聖なる)行為なのだと思う。同じように「暮らす」ということも。
2006.01.16
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本日、終日横浜にてお仕事。横浜・・・誘惑の魔の手が私に迫る。世はバーゲンの真っ只中。しかもおしゃれな街・横浜。数々の巨大ショッピングモール、アウトレット系のお店が並ぶ、誘惑の魔窟。「いけない、いけない、見てはいけない買ってはいけない。暮れに服をぎょーさん処分したではないか!!」と自らを戒める。「少ない服で、身軽に自由におしゃれに生きる。サウイウヒトニワタシハナリタイ」と、去年誓ったではないか!!などとしばらく己と戦っていたが誘惑には勝てず、結局仕事が終わってから、激しくバーゲン会場を巡ってしまった(嗚呼・・・)。素敵なスーツが、半額!欲しかったブランドが、70%オフ!見てまわるうちにだんだん興奮してきて、自分の感覚が麻痺してくるのを感じてきます。なんというか、頭がぼーっとして痺れてくるのよね。で、「安いし!」「今買わないと売れちゃうかもしれないし」という考えが頭を占めてしまうのであります。いわば、洗脳されている感覚ですな。(その洗脳の結果、どれだけ服の肥やしを溜め込んでしまったことか・・・)結局、敗北。買ってしまいました。。。お気に入りのブランド「45rpm」の、オレンジ色のシャツ一枚2380円なり(7割引です)。「シンプルな少ない服でおしゃれに生きる」果たして私にも、そんな日がやってくるのでしょうか。
2006.01.15
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本日は「磨きデー」と命名。かねてより娘から指摘されていた、風呂場の汚れに取り組むことにいたしました。そこは自分では見えなかったのですが、シャワーの蛇口の裏側なんです。この家に住んで5年ほどですが、娘に指摘されて「はじめて」私はその部分を目の当たりにしました。背の低い子どもならではの視点でないと、気づかない汚れ。↓たとえばこんなかんじ(お掃除前) ↓このように美しくなりました(お掃除後) → 写真ではわかりにくくて残念ですが、お掃除前は「おえええっ!」って感じの、迫力あふれる汚さでした。クレンザーと重曹と歯ブラシを手に格闘すること15分。黒や茶色に変色し果てた水垢がきれいになり、ぴかぴかに。↓ちがう角度から見ると(お掃除前) ↓お掃除後 → しかし、クレンザーで磨いてもどうしても白い水垢のようなものが落ちきれず、お掃除の本「重曹・酢・石けんでナチュラルおそうじ」 で調べてみたところ、白い水垢(カルキ成分?)跡は、酢の力で落ちるとのこと。さっそく酢水をスプレーして、重曹でごしごし。すると、おどろくほど白い汚れが落ちてきました!↓目に見えるこの部分も、よ~くみると相当汚ない!(お掃除前)写真では、汚れのリアル感が伝えられず残念です。でも食事前の方は、あんまりリアルな写真は見ないほうがよろしいでしょう。↓お掃除後・・・酢のパワーを見よ!(あと私のパワーも)風呂場で無言でゴシゴシ掃除していると、子ども達が入れ替わり立ち代り様子を見にきます。「どう?」なんて声をかけてくれたりして。子ども達も手伝いたそうなんだけど、ここは「母のお掃除修行のため、手は出すまい」と思ってか、そっと見守ってくれるのでした。そしてついに、お掃除後の写真撮影。「やったね!すごい!ぴかぴかっ!!」と大絶賛。少し誇らしげな私でありました。
2006.01.14
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今年になって、「朝ご飯をきちんと作る」を目標とした私。今日はトマト味の玄米おかゆを作っていて、ちょっと目を離した隙に、鍋が吹き零れて悲惨な状態に!(鍋とレンジまわりに真っ赤なトマトスープが飛び散り、まるで流血の現場そのもの)あ~あ。と思いつつ、しこしことクレンザーで「流血」の汚れを落とす。鍋の周りをぐるりとひたすらゴシゴシしていたら、だんだん無の境地に。気がつくと、鍋がぴかぴかに!!使用前よりも、はるかに輝いているのです。そういえば・・・私、鍋を洗うときは、いつも鍋の「内側」しか洗っていなかった。なので外側は焦げ跡がついていたり、汚れの色がなんとなく沁みてこびりついていたりして、汚かったのです。それって「しようがないもの」だと思っていたのですが(私だけでしょうか)。ちがうんですね。いつも「使うところ」だけに注目して洗っていたので、気にならなかったのかもしれません。しかし、内側も外側もきれいに磨かれた鍋の美しいことといったら!私の今年のモットーである「くらしの「荒れ」を見て見ぬ振りせず、誠実にとりくんでいる」とは、こういうことなのかもしれません。自分がいかに目の前の「汚れ」や「荒れ」に鈍感であるかを思い知らされたできごとでもありました。まさに、災い転じて福となる。真っ赤なトマト飛び散り事件が私に教えてくれた、お掃除の極意(??)であります。
2006.01.13
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「部屋が散らかるかどうかは、帰宅して2分で決まる」と、どこかで読んだことがあります。まさに、そのとおりだなあ!と共感。そのときの問題は、たぶん2点。1)帰宅直後にバッグ(などの持ち物)やコートをどこに置くか。2)脱いだ靴はどうなっているか。今の我が家の現状を見てみると、1)については、「そのへんに<とりあえず>ぽんと置いてしまう」2)については、「脱ぎっぱなし」そこで、この問題をクリアすべく、我が家のルールを決めてはどうかと家族に提案しました。その結果、あまり高すぎる目標ではなく、皆が守れそうなこととして合意が得られたことは・・・我が家のルール1)帰宅したら、コートやバッグなどの持ち物は、玄関のコーナーに置く2)靴を脱いだら、そろえて置く(なんだか読んでいて情けなくなってきましたが・・・。はい。こんなことすら守られていなかったのです)それ以来、1)については、コート類に関しては守られています。しかし、バッグや持ち物類は、どうしても部屋の中まで持ち込んでしまい、リビングのあちこちに置いてしまうという状態に。これは、ルール改訂が必要なのかもしれません。↓しかも、玄関にこのような不恰好なエリアが出来てしまう。まるで、「荷物の木」。夜に見ると、人が一人立っているみたいで不気味です。今後の課題といえましょう。2)については、子ども達はしっかり守っています。しかし、情けないことに、もっとも守れないのが私と夫であることが発覚(・・・す、すみません)。これは、努力するしかありますまい!そして、私の中でひそかに制定した「私ルール」として、次のものをあげておきます。ひそかな私ルール1)脱いだ服や使ったものは、元の場所に戻す2)↑が無理だったら、そのへんに置いてもいいけど、きちんと畳んでそろえて置く3)床には、家具以外のものは極力置かない。4)平面の上(棚の上や家具の上)には、モノを極力置かない。う~ん。3)と4)は難しそうです。↓私の奮闘ぶりを見守る我が家の柴犬
2006.01.11
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昨夜3日間の出張から帰り、ほっと一息ついているところ。寒がりな私なので、いつもは「もし寒かったらいけないから」という理由で、下着や靴下を多めにつめこみ、数々の防寒グッズもつめるだけ詰め込んで、大荷物になってしまうのですが、今回は、出張に行くにも荷物は「少ないもの」で、という「目標」を実行してみました。下着も靴下も泊数のみ。防寒グッズも、なし。必要だったら向こうで買えばよいし。しかーし!・・・寒かった・・・。やっぱり寒かった。今回の教訓。「無理は禁物」かさばらないあったかウォームビズの下着を手に入れよう。(そして、かさばるわりにはあったかくないBABAシャツを手放そう!)また、「せっかくの出張だから、夜は一人の時間を楽しもう」と、持っていった本は3冊!(重い!)。MD3本とMDプレイヤー。これも、「退屈するといけないから」って理由なんだけど・・・。結局、それも、読まず聴かず。仕事で疲れ果て、出張先では結局「疲れて寝るだけ」の夜となりました。こうやって振り返ってみると、私がいかに不安感からモノに依存しているかということが、よくわかります。「寒いかも」「退屈するかも」「ひょっとして必要になるかもしれないから」等という、不安(?)が、有り余るモノを手放すことの障害となっているようです。ううむ。。。本日のお掃除 = パソコン上の不要な書類やアイコンを「捨てまくる!」↓PCデスクトップを整理してみました。 →
2006.01.10
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昨日から仕事始め。何事もはじめが肝心。しっかり朝食を作って、お弁当をつくって、お掃除をして出かけようと思ったものの、お弁当を作り終えた時点で、すでにタイムアウト。あわわわとあわてながら、結局お掃除とお皿洗いは夫にまかせて出勤することに。いや~、まだまだ慣れないもんで、時間配分がうまくいきません。去年までは、朝食はありあわせのもので、弁当はなしで出勤していたのです。でも今年からは、ちゃんとお弁当もつくっていこうという野望を抱いたため、いきなり時間切れで、結局お掃除関係が挫折。う~ん、これでは本末転倒。しかし、へこたれずにもう少し工夫しながら(手抜きしながら)やっていきたい。やっぱもう少し朝早くおきないとだめかな。早起きの実験もしてみよう。目標、5時半!!(寒さが身に沁みそうです)それでも本日のお掃除成果。↓朝の結露でどろどろの窓窓の向こうにぼんやりと見えるのは、我が家の柴犬の姿。(たぶん彼は、朝日を拝んでいるところ)↓結露を利用して、新聞紙で拭いてみました所要時間15秒。窓がすっきり美しくなったのはいいものの、窓の向こうの庭の荒れ具合がかえってくっきりと目に入り、結局きれいになったのかどうかわけがわかりません。すでに使っていない子ども達の自転車・遊具や、植木鉢が無残な姿をさらしています(嗚呼・・・)。今年は荒れ放題の庭にも、お掃除の手を伸ばさないといけないようです。明日より二泊三日の泊りがけの出張のため、ブログの更新は少しお休みです。出張とはいえ、ひさびさに一人きりの夜。ゆっくり読書でもしようかな。どんなふうに過ごすか、今からわくわくしています。
2006.01.06
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↑我が家恒例の「今年の夢・書初め大会」。我が家の中で、唯一具体的な夢だったのが、小1の娘。某球技のキャプテンをめざすとの熱い思いであります。具体的で実現可能な夢というのは、いいですね。家族も彼女の夢を応援すべく、正月からキャッチボールの練習などで協力。息子の夢は、「去年より楽しくする」。いつもながらシンプルで素晴らしい。さて私の場合は、娘ほどの具体的な言葉が出てこず、なんとなく思い浮かんだ言葉を書いてみました。ちなみに去年の書初めで出てきた言葉が「清掃生活」。今年もよく似た言葉になりましたが、たぶんこれが今の私の気分なのでしょう。今年の家族の夢としては、家族で沖縄の海に旅行に行くこと。しっかり(2枚も)書初めしたので、これも含めて、み~んな壁に貼っておくことにしました。「今年のキーワードは「たのしく・沖縄」だなあ~」とは夫の感想。さっそく沖縄旅行に向かって、情報収集をはじめます~。(もちろんお掃除もね)
2006.01.05
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この年末年始に心に残ったものを1つ。たしか年末にやっていたTV「銭形金太郎」スペシャル。全国各地のいわゆる「ビンボーさん」たちの暮らしぶりを、おもしろおかしく紹介する番組。これまではたまに見る程度だったけど、今回のスペシャルには感動しました。2006年の私の目標の一つである、「お金をかけずに知恵とからだを使ってくらしている」を、まさにからだをはって実現している「つわもの」たちの生き様に、私と子ども達は激しく心をゆさぶられました。それを見ていた夫が「またバカな番組見てる~」と番組を馬鹿にするや否や、息子がすかさず反撃。「この人たちはビンボーだけど、ばかじゃないよっ! すごい人たちなんだよ! パパはなんにもわかっちゃいない!!!」ついに夫を謝罪にまで追い込んだ息子(小四)であった。(でかしたぞ!)これまでのこの番組を見ていて思ったのは、単にお金をかけない暮らしをしている人たちでも、志(こころざし)のあるビンボーさんと、志のないビンボーさんに分かれるなあ、ということ。志のあるビンボーさんは、まさに知恵と体を使って、お金はないが「豊かな暮らし」を実践している(自ら選んでビンボーしているかんじ)。そして、背筋がすっきり伸びており、部屋がすっきり片付いている。(←ここ、重要ね!)しかし、志のないビンボーさんは、本当に「貧しい」。まず部屋がおそろしく汚く、投げやりで、背中がだらしなく曲がっており、まさにビンボーに「仕方なく陥った」という感じなんである。以前、捨てる女さんのブログで、「ビンボーはOKだけど、ビンボーくさいのはNG」という言葉があった。これ、すごく重要だな。お金でははかれない、本当の豊かさを生きられる人になりたい。ちなみに、息子が心から尊敬するビンボーさんは、この方です。
2006.01.04
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あけましておめでとうございます。2006年も「清掃生活」をめぐる冒険は続きます。皆さん今年もどうぞよろしくおねがいいたします。昨年の元旦に「清掃生活」を決心し、その10ヵ月後に実行に移した私。そんなのんびりものの私も、元旦にまたもや決心いたしました。題して、「私の2006年は、こ~であってほしいもんだ↓」* 少ないモノでくらしている。* ていねいにくらしている。* お金をかけずに知恵とからだを使ってくらしている。* 自分のエネルギーを惜しみなく(他人のためにも)使っている。* くらしの「荒れ」を見て見ぬ振りせず、恐れず見つめて誠実にとりくんでいる。これはお掃除だけじゃなくて、仕事にも、コミュニケーションにも、自分の内面や生き方にも適用できる、私の大きな原則になるなあって感じています。失敗やとほほな体験を重ねながらも、ちびっとずつ一歩ずつ清掃生活を暮らしていくことでしょう。今年も学び多い素晴らしい年になりますように。
2006.01.01
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