SF拡張の原理

SF拡張の原理

2009.06.15
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カテゴリ: SF

継ぐのは誰か?

小松左京「継ぐのは誰か?」(同上)
超能力?を用いた予告殺人の犯人探しという完全なSFミステリとして進行する前半から、新人類との接触に至る後半、そしてほろ苦い結末へと一気に読ませる本格人類SF。ヴァーリイの「プレス・エンター」と同じオチかと予想しつつ読み進んだが、半分違っていて、しかもその違っている部分こそが重要だった。もっとも、その違っている部分は、予想外というよりも、あまりにもベタ過ぎるというだけだが。
小説としての完成度という点で見れば、前半のミステリとしてのひねりも素直すぎるし、後半の展開もあまりにも性急なご都合主義で、登場人物の説明で全部ネタを割って済ましてしまうという荒っぽさだし、人物の行動の合理性や辻褄も今ひとつあっていない。このあたりは解説の石川喬司も指摘している通りだ。しかし本書にはそういった欠点を補って余りある人類の行く末への強い切羽詰った関心と、これに裏打ちされた真摯な文明考察がある。この魅力でもって一気に読ませてしまう作者の情熱と知力はやはり只者ではないと思った。特に単独で長編のテーマになりそうな魅力的なアイデア、理論、着想が随所にちりばめられ、かなり詳しくディテールまで考究されているところがいい。サーリネンの犯罪人類学の理論(下記抜粋)とか、そのまま刑事政策の教科書に載せたいぐらいだ。


「・・・犯罪的傾向および、犯罪的行為の起源には程度の差はあれ、万人が所有し、生物集団としての社会が、常に再生産している、ある種のきわめて本質的な要素があることをも、知る必要がある。犯罪社会の中には時代によって地下の世界においやられてしまった、古い組織文化、古い価値体系の一部が、いきいきと保存されている。・・・いかなる人為的、道徳的教育も、この本質的要素を、完全に除去することはできないだろう。犯罪的傾向をもった人間の、幼時段階あるいは、それ以下の段階における早期発見と除去は、もし達成されるとしても、そういった社会は、長期的に見て、はなはだ偏った社会になるだろう。なぜなら、そういった傾向の中には、あきらかに、人類社会に対して、いきいきとした刺激をもたらすような、行動型の天才の種も、ふくまれているからである。・・・(そういった人間を)除去してしまえば、そういった社会は、長期の間に、きわめて美しいが、きわめて脆弱な社会になってしま(う)・・・問題は、いかにして、犯罪そのものにふくまれている、文明にとって有効な成分・・・をそこなわずに、・・・その暗黒なはげしい力を、われわれの文明に対して、一定の役割を果たしうるように統御しつつ組み込みうるか、ということである」

作者が「果しなき流れの果に」でより本格的に追求することになる、異質なる物の相克と弁証法的総合の反復による文明や意識や知性の高次化・高度化運動への強い希求が顕著に表れた考え方だと思う。





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Last updated  2009.06.16 01:33:45


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