SF拡張の原理

SF拡張の原理

2009.12.15
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カテゴリ: SF
SFマガジン2010年1月号

○「息吹」 テッド・チャン★★★★★
さすがですね。100%仮定で構築された世界での理詰めの真理探究談。空気の詰まった肺を毎日交換する機械的構造の生物が、意識の謎を探究するため自らの脳を解剖し、恐るべきエントロピー宇宙の真理を悟る。機械生物の身体構造が珍妙かつ精巧で面白いし、意識の本質、エントロピーに関する比喩的舞台設定を駆使した思弁は深く、読み応えがある。エンディングも決まっている。SF以外の手法では表現し得ない独創的な作品。
○「クリスタルの夜」 グレッグ・イーガン★★★
イーガンはどうもマンネリ化の兆しが見える。コンピュータ上でAIを進化させ、彼らに移住先の新宇宙生成の研究をさせる話。AIたちが新宇宙を製造する過程の科学的ディテール説明にイーガンならではの科学知識が生かされているところにオリジナリティはあるが、ストーリー展開もキャラクター設定もどこかで見たようなものでいささか退屈に感じた。
○「スカウトの名誉」 テリー・ビッスン★★★★1/2
これは面白い。ホモサピエンスとネアンデルターレンシスの遭遇ネタを、時間ループのアイデアと絡め、なおかつ、電子メールという身近なメディア、孤独癖のあるヒロインという親しみやすい主人公と組み合わせて、ミステリアスに話を進行し、綺麗なオチへと収斂させている。物語作者としては断然イーガンよりも上だろう。
○「風来」 ジーン・ウルフ★★★★★

この作品を読んでいる間、SFを読む快楽の本質について考えていた。本を読む快楽の本質は、私の場合「想像できない物を想像できる物に変える」ところにあると感じている。そして私が特にSFというジャンルに面白さを感じるのは、まさにこの「想像できないものが想像できる物に変わったという実感、驚き」が、SFというジャンルの作品において顕著に強いがゆえである。
この観点から、上記4編をみてみる。テッド・チャンの作品は、完全に想像だけで構築した環境の中での科学的思弁を展開しているという点で、まさに私が読書に求める上記快楽の本質そのものを提供してくれる典型的作品だ。次のイーガンも本来の作風は同様であるのだが、上記作品に限っていうなら、「既存の作品の焼き直し」の域を出ず、要するにそこで提供されている意味体系の中に私が個人的に「想像できない物」が何一つ含まれていないがゆえに、今ひとつつまらなく感じたのである。次のビッスンの作品は、「ネアンデルタール人とホモサピエンスの邂逅」という場面が私個人の知識の範囲では「想像困難なもの」にあたる(ただし、ゴールディング「後継者たち」を既読なので「想像不可能」とまではいえない)し、電子メール・タイムループといった素材は「想像可能なもの」であるが、それとネアンデルタール人の話との結び付け方、あるいは謎解きの過程における情報の小出しの仕方がよく工夫されていて、このような展開での物語進行は、私個人の力だけでは容易に想像し得ないものであるから、面白く感じた。
ウルフ作品に関して言えば、衰退した未来と新人類という素材自体は陳腐であり、「想像困難なもの」ではない。登場人物のキャラクターや心理の動きなども特異なものではない。ではなぜこの作品を面白く感じたのだろう? 第一には、「登場人物のキャラクターや心理」がむしろ「想像しやすい」がゆえに親しみやすいものであることから来る、感情・情緒レベルの移入による快感である。これは、「想像できない物を想像できるようにする快楽」とはまったく別種の、世間ではより一般的な(人気のある)タイプの快楽だ(この快楽は、ビッスン作品における主人公の造形においても作用している)。では、「想像領域拡張的快楽」がないのかといえば、そんなことはない。「風来」と呼ばれる新人類の謎めいた描写、主人公の犯した不文律違反によって祖母が処刑され、ある結末に至るまでの意外性を含む物語展開、この2点に「想像領域拡張的快楽」があると思う。
要するに、快楽には、知的快楽と情的快楽とがある。想像領域拡張的快楽とは、知的快楽のほうを指し、ある意味体系の有する快楽は、知的快楽と情的快楽との相乗によって決せられる、ということが分かった。SFにおいては通常前者の比重が高い作品が多く、またそれがSFの独創性でもあるわけだが、必ずしもすべての作品が知的快楽のみを重視するわけではない。上記分析によるとウルフ作品のように情的快楽重視の作品もSFジャンルにおいては傑作として成立しうるのである(とはいえ、ウルフはどちらかというと、物語構成技術上の知的快楽依存型の作風であるが)。対して、知的快楽と情的快楽の両方とも提供できずに終わると、イーガンの作品のような凡作に終わってしまうというわけだ。
今後、作品の評価基準として、ある作品を「厳密に」評価する必要があるときには、「想像領域拡張性」と「情的快楽提供性」の2本柱で評価するようにしたいと思う。これによると例えばイーガン作品は、
想像領域拡張性 ★★★
情的快楽提供性 ★★
程度が妥当であろう。
ところで、「情的快楽提供性」もよく考えてみれば、一種の「想像領域拡張性」ではないだろうか。なぜならば、ある感情的イベントが快楽と感じられるためには、常に意外性、新鮮さが必要だからであり、もし仮にそれが物語素材の助けを借りなくとも自らの想像力だけで脳内再生産できる類の陳腐なものであるならば、おそらく情的快楽の提供性が弱いだろうからだ。つまり、われわれが自らの想像力だけでは想像困難な「感情的イヴェント」を提供して「想像可能なものに変える」という性質を、情的快楽提供性の強い作品のすべては当然に具備しているはずなのだ。
そうすると結論的には、知的快楽も情的快楽も、最も広義における「想像領域拡張性」に止揚される、ということができるのではないだろうか? 例えばウルフ作品も、「登場人物が親しみやすい」としても、そこで発生する事件が陳腐なものであったとしたら、そこから得られる情的快楽は限定的なものにとどまるはずであって(陳腐であざとい「お涙頂戴もの」としか感じられない)、やはりそこで起こっている事件の異常さ、新奇さ(意表をつく物語展開)のあったればこそ、高い情的快楽が提供されていると考えられるのである。
要するに、「想像領域を拡張」することを通じて「知的快楽または/および情的快楽を得る」こと。これが物語を読むなど、人が何らかの意味体系を摂取しようとする行為の動機なのではなかろうか?

サボテンに魅せられた植物学者が生態系の織り成す幻覚とおぼしき娘に魅了されていく話。メインの共生ネタが「人生における人と目標との共生関係」の隠喩にもなっていて、深みがある。サボテンの生えるアメリカ西部の風景の魅力、幻想的事象の妖しい美しさ、程よく俗物な登場人物の親しみやすさ、人生の本質に対する新しく深い洞察など、想像領域を拡張するファクターを多く含み、かつ、情緒喚起的である。名作といっていい。
○「秘教の都」 ブルース・スターリング ★★
トリノでの環境保護運動家魔術師の活躍話。魔法の設定が陳腐だし、環境保護運動という題材も食傷気味、主人公の思想に共感もできず、非常につまらんかった。
○「ポータルズ・ノンストップ」 コニー・ウィリス ★★1/2
観光バスツアーがジャック・ウィリアムスンの自宅周辺を名所として案内する話。内輪受けでつまらない。

玉石混交だが総じてまあまあ面白い。特に複数の所有格を使い分ける言語が戦争を遠ざけるという「言語と思考・思想との関係」をえぐった「文法のレッスン」は、言語が思考や文化に影響を与えないと言い張る西洋の馬鹿言語学者どもに読ませてやりたい傑作。地球人類の戦争風習が極めて特異で珍しいものとしてエイリアンの好奇心の対象となり大人気を博するという風刺ものの「戦争映画」もすばらしい。この2編がずば抜けた傑作。
○「フューリー」 アレステア・レナルズ ★★★
何万年も生きながらえ、現在は巨大な鯨のような姿になっている皇帝と、彼に使えるロボット。ある日、皇帝が遠隔操作している人の形をした「代わり身」が銃撃される事件が起こる。護衛ロボットはその犯人を追って、廃墟となった火星の都市を訪れ、そこで兄弟のロボットと出会う。そして、太古の昔に皇帝が犯したある犯罪と、自分たちの起源を知る、という話。脳や身体の改変などのガジェット類が非常に面白いのに、ただの道具立てとしてとしか使っていないのが作者らしい。メインのストーリー自体はややありきたりでイマイチ。それとラスト、皇帝が銃弾を割って泣き出した理由が不明。再読してみないと。
○「ウィケッドの物語」 ジョン・スコルジー ★★1/2
戦艦同士の闘いを、船のAIが調停するという話。機械知性に対する捉え方が素朴で古臭いし、話もありきたりでつまらなく、飛ばし読みしてしまった。
○「第六ポンプ」 パオロ・バチガルピ ★★★1/2
環境汚染によって多くの人類が「トログ」と呼ばれる白痴と化してしまった近未来を舞台にした、汚水処理員の話。問題解決しようとして大学を訪れた主人公が目にする大学生の惨状は圧巻。「トログ」というショッキングな素材はとてもいいのだが、ストーリーがやや淡々としすぎていて、オチらしいオチもついていないのが残念。この続きこそが面白そうなのに。
○「炎のミューズ」 ダン・シモンズ ★★★★
グノーシス神学的な宇宙を舞台に、シェイクスピア巡業劇団が、人類の進化能力を証明するため神々の前で4大悲劇を演じる話。ディテール描写が魅力的だし、ミッションクリア物の定石にのっとったストーリー展開も普通に面白い。最終試験のロミジュリで主人公と女が本当にセックスしてしまうというくだりは笑った。2段組90ページという長さだが、物足りなくて続きを読みたいほど。さすが物語巧者。





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Last updated  2009.12.15 17:25:00


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