2003年05月03日
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ヤクルトの藤井投手が手術をうけた。

まず、手術を決断してくれたことがうれしい。彼にとって、「投手生命を左右する」クラスのケガが2度目なだけに、
そのリハビリの辛さや思ったとおりにならない焦りなどわかったうえでの決断は本当に立派だと思う。
ケガの直後、「(手術を)迷っている」と聞いたときには、もしかしたら野球をやめるという決断もあるのかなと思っていた。

藤井投手を初めてみたのは、春の甲子園だった。
その当時、僕はそれほど高校野球を熱心に見ていたわけでなかった。
「藤井投手をみたい!」と思ったのはナンバーに紹介されていたからだ。(362号)
『トルネード投法もびっくり。センバツに登場「ベロ出し投法」』

ベロを出して投げる・・・・?当時はガルベスも来日前なので、どのタイミングでベロを出すのか全く見当がつかなかった。
振りかぶったときなのか?リリースの瞬間なのか・・・?
それだけの興味でテレビの前にいたのである。
(もちろん記事には大会屈指の好投手ということも書かれている。)

そうしてこの大会は藤井投手を追いかけたのだが、そのシーンはまさに衝撃的だった。
準々決勝の神港学園戦。それまで好投を続けた藤井投手だったが、9回に突然山なりのボールしか投げられなくなったのだ。
この年から、投手に無理をさせない規則が強化されたこともあって降板。
試合中に投手が(故障で)変調し、降板する姿を初めてみたのがこのときだった。
チーム(今治西)は準決勝に進んだが、藤井投手は投げられなかった。
このときの診断が「左腕屈筋群肉離れ」。二度とピッチングはできないだろうといわれたそうだ。

藤井投手というと、上原や松坂とメール交換をしたり、中日の福留と仲がよかったり、というようなことが話題によくのぼる。

やはり、闘争心とかそういう面で問題ないのかなと以前は、そう思っていた。
しかし、あるインタビューで、故障してから、野球的に全盛期にもどった感覚はなく、いまはピッチングができるだけで幸せと感じる、といっているのを読んだ。
プロ入りしてからも、1度つぶれた選手という気持ちはある、ともいっている。
この言葉を読んだとき、藤井投手の考え方が理解できた。
「1度きりの野球人生を思う存分楽しもう。野球での出会いをもっと大事にしよう。」


藤井投手の決断の背景にはやはり、いまの桑田投手の活躍が大きいのは、まちがいないだろう。
ファンとしては、リハビリがうまくいって、あの雄姿を再びマウンドで見られることをねがうばかりである。





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最終更新日  2003年05月03日 20時31分06秒
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