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いろいろ書こうと思っていたんだけれど、風邪を引いてしまってうまく文章がまとまらない。なので簡単に一言。娘のブログを読んだ。>遊び相手がいないからね・・・(--;)>なのでお父さんと遊びました。>その時は楽しかったです。http://plaza.rakuten.co.jp/sayuri1995/diary/200604300000/涙腺がゆるくなっている。
2006.04.30
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ネットチャンネルKYOの毎週水曜日23時に放送している「サイバーラボラトリー」、4/26分の放送原稿です。1. Google、ついに“Google Calendar”を公開前から噂をされていた、GoogleのCalendarサービスが公開されました。流行のAjaxを使って、ブラウザの中で簡単な画面操作で使うことができます。とても使いやすいと思います。http://calendar.google.com/ これはGoogleのアカウントではなくても、任意のメールアドレスでこのカレンダーサービスを無料で使うことができます。自分のスケジュールだけでなく、他の人と共有することができます。スケジュールの検索としても優秀です。Yahooのカレンダーも良かったけれど、Googleの方が使いやすいですね。惜しむらくは日本語の表示になっていただくと、もっといいと思います。日本語を使うことは可能です。2. Google、イントラネット用検索システムを発売Googleが検索エンジンの企業用のものを出荷しました。会社の中で使用することができる、専用の検索サーバーです。これは、社外に出したくないデータを社内で検索できるようにしたものです。社内で使うWebページ(イントラネット)だけでなく、社員が持っているWord, Excel, PDFといった文書を検索対象にします。Googleのサイトと同様なものを用意したものです。値段は検索対象数によりますが、5万文書で46万円ぐらいからです。http://ascii24.com/news/i/hard/article/2006/04/12/images/images805143.jpg3. ワンニャン村、チップ埋め込み済みペット販売ワンニャン村というペットショップが4/1より発売するペットに、チップを埋め込んで発売することになった。http://www.wannyanmura.com/欧米の国の中には、ペットはチップが義務付けられているところもある。長さ11mmで幅2mmの小型カプセルに入っている。それを注射針のようなもので、体内に埋め込む。カプセルはコラーゲンで作られていて、身体に注入カプセルを入れると身体の組織と一部が溶け合って固定される。まったく無害で丈夫なカプセルである。ICカードと同じように、外からの電波で発電して内部のチップが起動する。外から15桁の数値からなる国、メーカー、動物種、固体番号を読むことができる。迷子の犬や猫などの持ち主がわかるというわけである。先日テレビを見ていたら、同じものを人間にも注入していた。アメリカのあるバーで会員証の代わりをしていて、財布やカードを持たなくてもそのバーで決算ができるようである。最初はちょっと痛いけれども、便利だとか。SUICAやEdyなども、こういうカプセルにしてしまうのはどうだろうか?4. 東芝、初のPMC搭載「gigabeat」を発売東芝からiPodそっくりの、動画プレーヤーを発売した。30GBか60GBのハードディスクを内蔵して、動画を見たり、音楽を聴くことができる。値段もほぼ同じくらいだ。違いは、これがWindows Mobile Portable Media Center(PMC)というOSを使っている点だ。Windows XPの一種類である、Windows XP Media Center Editionと同じようなメニュー配置をしていて、Windows Media Player 10を内蔵しているところが特徴だ。NC-KYOの動画がそのまま見えるのはいのかもしれないが、果たしてiPodのように売れるだろうか?残念ながら、iPodモドキにしかみえないので、あまり売れないのではないだろうか?ビジネスはむずかいしなぁ。
2006.04.29
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・フリーページをバックアップするようにしました。・また、ブログやコメントのバックアップで改行がたくさん入ってしまいましたが、画面表示と同じような感じで改行されるように直しました。ダウンロードはこちらから。http://www.solisart.com/assets/files/rakuten_backup/rakuten_backup.zip小出ししてすみませんが、機能追加を少しでも早く提供できたらと思った次第です。機能的にはこれでほぼ完成だと思いますが、次はディレクトリ名や日付の保存や使い勝手をよくしたバージョンを提供しようと思います。使い方は、こちらをご覧くださいませ。http://plaza.rakuten.co.jp/solis/diary/200604240000/
2006.04.28
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1日に3つもブログを、しかも起業に関するブログを書くなんて初めてです。なんか調子づいちゃいそう。NHKで、夜10時から「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組をやっています。今日は「サキ・コーポレーション」の秋山咲恵さんです。サキはもちろん、咲恵さんのサキです。(だからうちもソリスアート、奥さんの旧姓からとっています)秋山さんは、私が最初に入社したアンダーセンコンサルティングの先輩に当たる方です。3年上ということになるでしょうか。当時はアーサーアンダーセンアンドカンパニーのシステムコンサルティング部門、いまはアクセンチュアという会社です。私は直接秋山さんと一緒に仕事をさせていただいたことはないのですが、私の友人はお付き合いがあって、しかも彼は一株主です。彼から秋山さんの武勇伝を聞いていたのですが、番組はだんなを殴ろうとしたというところぐらいを紹介しただけでした。ん~残念。私の口からは言えません。でもそれを聞いて、何て怖い人なんだ~と同時にすごい人と思いました。起業家の先輩として尊敬しておりますし、アクセンチュア出身のベンチャー企業としては成功している部分の一つです。同じ技術中心の企業としては、苦労のしがいや人の育て方などいろいろ参考になります。また5959mammyさんがおっしゃっていたように、自分の知っている人ががんばっている姿をみると、励みになります。前のブログで紹介した、5959mammyさんもあいちベンチャーハウスに誘いましたし、立て続けに起業が動き始めていて、なんか調子付いています。とってもうれしい日々を送っていますが、ここで少しふんどしを引き締めて、明日から地道にプログラミングをしていこうと思います。
2006.04.27
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午後6時から入居している、あいちベンチャーハウスの交歓会で流通システムをつくっている会社の社長が講演に来ていただきました。講演というよりは、ご自分の経験を語っていただいてベンチャー企業にエールを送るという感じです。社長のお話でいくつか共感を持つことができました。・企業の存在意義は、世の中に奉仕をすることです。 とにかく世の中に対して、人のために、Give, Give, Giveです。与えるのが最初、そのうち何かをいただくことができるかもしれません。最初にいただくのはダメ。もらうことしか考えていないのは、すぐにつぶれます。・約束を守ることが大切です。信頼を築くのは時間がかかるけれど、信頼を失うのは一瞬です。・あいさつが大事です。あいさつがきちんとできるかできないかが、大きく影響します。いまからでも挨拶の勉強をするのは遅くない。 -ついぞんざいに挨拶してしまうので、頭の痛いところです。はい、挨拶はきちんとするように気をつけます。・起業して3年で30%が倒産、5年で85%が倒産します。・恥をかくことを怖がらない。たくさん恥をかく人は伸びます。 -頭がいたい言葉ですが、どんどん恥をかきます。・社長はお子さんがいらっしゃないので、社員の中から後継者を5名選んだといっていました。それは一人に継がせると、5人の間にトラブルが起きるので、5つの会社に分割したということだそうです。結果として2社は倒産しましたが、3社は残った。3つの会社の規模は、1社の2倍以上になったそうです。私は「なぜ会社を分割するのではなくて大きくすることを考えなかったのか?」と質問しました。「会社の規模の2乗で、リスクが大きくなる。リスクに見合うちょうどいい規模があると思う。」あいちベンチャーハウスでは、起業に関する刺激がいろいろありますね。来てよかったと思いました。
2006.04.27
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このブログにときどきコメントをいただいている、5959mammyさんとむらやまさんが事務所に来ていただきました。むらやまさんは浜松からわざわざ来ていただいたし、5959mammyさんはほぼ1年振りの再開です。5959mammyさんのサイトはここ(http://www.rakuten.co.jp/5959mammy/ )です。お二人に来ていただいてうれしかったです。お昼前に来ていただいて、一緒に食事をして、その後5時半までお付き合いしてもらいました。5959mammyさんは3年ほど前から起業して、楽天などで豆乳などを販売して好調です。むらやまさんは、浜松で起業して、キャッシュフローゲームを中心に人脈作りをされています。お二人とも起業の先輩で、また仲間です。なんかいろいろ話したけれど、本当に参考になることばっかりでした。辛いことも楽しいことも、「社長」という視点で共有できてよかった。ほんと「社長」は辛く孤独で、でもやりがいのあることです。人生の深みが増します。結婚すると、辛いことは半分に楽しいことは2倍になるといいます。社長になると、辛いことは数倍楽しいことも数倍になるのではないかと思います。ほんと自分の人生を客観視すると楽しいですよ。成功物語を見る必要はないし、人の成功をうらやむこともありません。成功しようと失敗しようと、それはドラマティック!!!他の人が演じるドラマを見る必要がありません。自分のドラマを創りましょう。そんなドラマを一緒に楽しめる仲間が、2人増えたって感じです。ねっ、ねっ、事業を楽しみましょうね。
2006.04.27
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午後1時半から、東京本駒込にあるIPA本部で、未踏ソフトウェアのプレゼンがありました。一生懸命準備して、プレゼンに臨みました。いまの自分の力を出し切ったと思います。プレゼン自体は自分の納得のいくものだったと思います。ただ、それが客観的にみてどうだったかといわれると、問題点はたくさんあるかもしれません。5月下旬に正式に通知があると思います.... プレゼンはプレゼン。プレゼンの直後から課題点を明らかにして、そして開発を続けます。受諾されたら開発に専念できるし、受託されなくても続けます。稼いでいかなくてはなりませんから。私が応募した先生は優秀な開発者が集まるところみたいです。難易度は高いですが、優秀な人が集まるので刺激になっていいかなと思いました。だめだったら、自分の能力不足です。知能では勝てないのなら、愛嬌で勝負です。プレゼンの後に、にっこり笑って「ぜひ先生と一緒に仕事をしたいと思っています」と言ってきました。本心です。その気持ちが通じるといいなぁ。この未踏ソフトウェアに応募する上での課題ができました。受託されない場合でもその課題を克服していかねばなりませんし、次回の未踏ソフトウェアの応募でもその課題をクリアしないといけません。(ここから先は技術的な話になってしまって、わけがわからないかもしれません。すみません。)課題とは、技術的なこととプレゼンそのものです。後日反省するために記録しておきます(恥ずかしいことを自分でも良く書くなぁ)。技術的なことは、パターンマッチングのことです。(1000に1つの可能性で、先生がこのブログを読んで下さっているかもしれないので、書いておきます)私が大学院で認知科学を研究しているときからの私の仮説にも関連しています。でもそれは正しくないのかもしれない、そして今の認知科学・人工知能分野では新しい仮説があるのかもしれない。最近は人工知能学会誌を読んでいないし、いろいろな大学のAI関連のサイトをみたり英文学会誌からも離れています。そういう意味で、パターンマッチングについてきちんと答えることができませんでした。私の仮説は、「人間的な柔軟な思考も芸術的なものも無意識下にある未完成の命題論理から成り立っている」というものです。すごーく人間的なことでも、実は"if A, then B." というルールエンジンが何百万、何十億と積み重なっているものではないだろうか?カオスというものがあります、すごく単純なルールでも自然は複雑を生み出します。私たちの思考も、単純なルールが結果として複雑を様しているのではないか。数千個や数万個の論理からは無理だけれど、数十億の不完全な論理ではないか。こんなことは20年前に考えたもので、それからどうなっているのが正しいのかわかりません。人工生命や今読んでいるブルークスのことからもヒントを得ようと思ったのですが、結局よくわかりません。仮に別の何かがあるとして、論理を数十億積み上げても実現できなければ、何かあるのでしょう。その前に論理以外の何かがあると思っても、それは単なる仮説の一つにしかすぎないのではないかと思います。もっと勉強しなくちゃいけないと思っています。どんなヒントがあるのでしょうか。ここに載っているよと言ってくだされば、英語の参考書でもアマゾンで買います それに、プログラム作成能力かな。C++などで、ばりばりと1日1000行を書けるぐらいの能力がないといけないかも。Rubyで1日数十行書いて満足していたらだめだ。能力があるかないかわからないけれども、もっとプログラムに親しんでバリバリ行かなきゃ。PHPかRubyかJavaかで、いつも文法が曖昧になって文法エラーで詰まっていることが多いからなぁ。私のソフトウェアはスパイダーリングを応用したもので、Webからデータを取得するパターンマッチングを行います。普通の正規表現では限界があるので、それをルールエンジンをつかって賢くしようとしていました。もう一ひねり欲しいなと何日も考えていたのですが、上記の仮説以上のものはありませんでした。先生に質問があったときに、議論をふっかけても何なのでそれ以上のことはいえませんでした。もう一点は、プレゼン方法をもっと磨かなきゃいけない。いつものようにマイペースでプレゼンをしてたら、時間オーバーになってしまいました。それにネットワークトラブルが。デモをしようとしたら、ネットに接続できない。直前ではつながっていたのですが、プレゼンのときにつながらない。目の前で動くことを見せることができませんでした。うーーーー。事前に動いた結果をバックアップとっていたのですが、、プログラムの内容はきちんと整理していないので、突っ込まれることが多かったです。大学の先生なので、やはりアカデミックなものをかもし出さなければならないのに、会社なのかSEなのか先生なのか対象が曖昧のようなプレゼンをしていまいました。これは反省点です。(明日は知人と会うのでプレゼンして反応を見ようかな)普通の顧客に売ろうとしても売れないもの、でも需要は必ずあると思っています。知能や技術がなければ、あとはスピードしかありません。とにかく早く一つでもつくらなきゃと、ブログのバックアップソフトの次を開発し始めています。
2006.04.26
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妻とちょっとしたことで言い争いになった。妻は専業主婦で一日家にいるので、私が帰ってきて食事のときに今日会ったことを話すのが好きだ。女性は誰しもそうらしい。どうでも良いことたわいなことを話したがるそうだ。それに対して意見を言うべきではない、ただ「うんうん」と話を聞く。うわのそらで聞いていると、「話を聞いているの?」と叱られる。帰宅後、気分のいいときもあればそうでないときもある。そうでないときは、つまらないと思う話は聞きたくはない。昨日もそうだった。私が7時に帰宅するまで、先にお風呂に入って待っていたのはうれしい。お皿を並べたりするのを手伝って、例のごとく息子がお風呂から出るのに手間取っている。「早くしなさい。」妻と娘は先に食事を始めている。私は息子に悪いので、息子が服を着て席に着くのを待っている。今日は息子が水泳に通っている日だが、水泳から戻ってきても遊んでいて、宿題と明日の準備をしていない。いつも妻が口を酸っぱくしてやっていない。私は小学校2年生には酷かもしれないが、息子の性質と父親の威厳を見せるつもりで、息子に注意した。ちょっと虫の居所でも悪かったのか、ちょっとくどかったもしれない。その後、食事を始めると妻が世間話をしはじめる。「今日ね友達に会ったのよ。そして『あなたのマンションを売るとしたらいくら?』と聞くので、500万円から700万円ぐらいと答えたの。」ここをいつもの妻が使うフィリピン訛りではこうなる。「今日カイ、ともだち、ヘレン、知っているかな~。会ったの。そして、メルシーのマンション、いくら?アスクミー。そうねーー。500マンかな~700万かな~。たぶん、そんなもんね。」「家を売るとは一言も言っていないのに、そんなこと言うな。もし買うといったら、どうするの?今1000万円積まれても、行くところないよ~。」そういって、しゃべるのをさえぎったら、妻が不安をたらたら。最後には、「はなしきいてない!!!」と怒り出した。私は「あなたの話はおかしい」と論理的に責める。妻は「はなしきいてない!!」とお互いに責めて平行線のままの状態になった。9時になって、息子と娘が一緒に私と寝たいと言い出した。週1回か2回は、寝るまでの10分ぐらいずつ一緒に寝て話をする。娘に「パパはママの話を聞いていないかな?」と尋ねると、娘は「ママの話はよくわからないから、わからない。」と答えた。今朝になって、妻は後を引きずる。私は前日のことは前日で終わって、さっと忘れるほうだ。妻は「ダーリンがそうだと、私嫌いになるかもしれないから。」私「嫌いになったら、フィリピンへ帰るの?」妻 無言。ときどき、魔がさすことがある。このまま背負っているものをすべて降ろすことができたら、どんなに楽かなって。結婚して子どもができると、子どものために生きているところがある。自分の夢よりも、子どもの成長の方が大事だなって。妻や子どもいるときが一番気が休まる。だけど、すべてを壊したくなるときがある。インドのシバ神は破壊の神。そんな恐ろしい神はなぜ慕われているかは、破壊の後には再生があるから。なぜすべてを壊したくなるか、それは自分の心の奥にあるシャドウかもしれない。何かのことに集中すると他の情報を寄せ付けなくなる。何かを搾り出そうとしているからかもしれない。明日のプレゼンの前にいろいろ考えていたら、いろいろなものが出てきたり、あるいは肝心なものが出てこなかったりして、出てこない。出てくるのを待っていたら、妻のことばがじゃまになった。こんなことはありませんか?数学的に言えばこんなことを考える。1+1=2の現実の世界から、1+1=3 が正しいとしたときに、1+2=?, 1*2=? はそれぞれどうなるか?具体的にはこんなことを考えていた。明日のプレゼンのために想像をめぐらしていた。正規表現の本質は何だ?その拡張する余地はどこにあるか?バイナリファイルの正規表現はどうなるか?正規表現の上位概念は?って、ずっと頭の中で、時間が経つのを忘れて考えていたら、普通の生活が吹っ飛んでしまった。「数学や科学の真理の前では、人間の存在は小さすぎる」という一説が頭に響く。しばらくして子どもが「パパ、一緒に寝よ」と言ってくれると、現実の世界に引き戻してくれる。
2006.04.25
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「楽天日記バックアップ」ソフトを更新しました。画像とコメントのバックアップができるようになりました。特徴楽天日記を画像とコメントを含めてバックアップをします。バックアップは、HTMLファイルではなく、整形されたテキストファイルです。rubyでつくりました。 インストールここよりダウンロードしてください。http://www.solisart.com/assets/files/rakuten_backup/rakuten_backup.zipダウンロード後に、解凍すると、"rakuten_backup.exe"というファイルがあります。そのファイルを自分でバックアップを取りたいフォルダに移動してください。レジストリ設定はしませんし、ショートカットなどをつくることもしません。 使い方"rakuten_backup.exe"をダブルクリックして起動します。ディレクトリのところに、バックアップをしたい楽天日記のディレクトリを指定します。バックアップする開始日と終了日を入力します。デフォルトでは、それぞれ2006年1月1日と今日の日付になっています。以前にバックアップをとった場合、上書きするかどうかのチェックがあります。画像を保存するかどうか、コメントを保存するかどうかのチェックがあります。デフォルトではすべてチェックが入っていますが、任意に設定してください。設定が終わったら、「バックアップ実行」ボタンを押してください。途中で止めたいときは「中断」ボタンを押してください。バックアップが終了すると、ボタンが「中断」から「バックアップ実行」表示に戻ります。実行結果rakuten_backup.exe"のあるフォルダに、ディレクトリで設定したフォルダが作られ、そこにバックアップされます。(私の場合は、"solis"というフォルダになります)日記は、"年-月-日".txt というテキストファイルに保存されます。1日に複数の日記がある場合は、2つ目以降から"年-月-日-0001".txt, "年-月-日0002".txt...と順番がつけます。名称は楽天日記のフォルダ名に準じています。 画 像は、それぞれの日記の"年-月-日.files"フォルダの中に保存されます。1日に複数の日記がある場合は、2つめ以降が"年-月-日- 0001.files" , "年-月-日0002.files"と日記のファイル名に準じたフォルダに保存されます。画像のファイル名は、アップされているファイル名と同じ名前にな ります。コメントは、画像のフォルダと同じフォルダの中に保存されます。コメントは、コメント順に"1.txt", "2.txt"...とテキストファイルで保存されます。それぞれのテキストファイルの、1行目にタイトル、2行目にコメントを書いた人、3行目以降が、 コメントの内容です。 次のバージョンは、設定した状況を保存して次回起動時に読み込むこと。バックアップした一覧をダブルクリックしたら、そのファイルを開くことかな。あー、フリーページもやらないと。。。。何か不具合があったら、教えてください。m(。_。;))m (http://www.solisart.com/rakuten_backup/ )
2006.04.24
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私が住んでいる古いマンションの管理組合がありました。 30年前に当時の住宅公団から購入した分譲住宅です。 私の両親が購入したものを、8年前に私たちが両親から購入しました。 当時の値段800万円強だったと思います、今の資産価値は500万円?ほどでしょうか。 名古屋港の工業地帯に程近く、もともと山林であったところを木を切って、山を削って谷を埋め立てた新しい土地です。小学校やショッピングセンターも作った、日本中のどこにでもあるニュータウンです。名前はつつじが丘です。 私たちの住んでいる分譲住宅はつつじが丘の二期目の分譲です。一期目よりも人数は半分くらいで5棟180戸です。30年間半分以上の家が入れ替わりがありますが、比較的長く住んでいる人が多いです。私も結局10年近くは外に出ておりましたが、また戻ってきてしまいました。そのため、全員が顔を知っていて顔を合わせると挨拶をする間柄です。 とはいえ、人と住宅の高齢化社会がおきつつあります。 入居当時は今の私と同年齢ぐらいの人たちだったと思います。それが30年経てば、70歳前後になっています。60歳以上の入居者が半数を超えるようになったそうです。年金生活者が増えて、運動会やお祭りなどの行事に参加するのは、だんだん酷になってきました。 住宅も修繕積立金を毎月徴収して、修繕費に用意しています。ときどきの水漏れ修理に当てたり、10年に1回の屋根の修理、外壁の修理などのために用意しています。上下水道管も腐食が進んで、そのうちすべて取り替えるということが必要だと思います。 http://allabout.co.jp/living/mansionlife/closeup/CU2xxx-xxx-xxxxx/index.htm そしてあと20~30年経てば、コンクリート自体の耐久性がなくなり、マンションを壊して高層の新築マンションを建てることになるかもしれません。でも今の入居者は新しい家に立て替える余裕のある人もない人もいると思いますので、どうなることになるやら。車椅子用に周辺設備を整えるのはどうかという話もありましたが、エレベーターをいまさら作ることは多大な費用が発生しますし、段差をなくす工事も大変です。ここは私有地なのですべてを自分たちでやらないといけません。 古い設計のものは、いろいろな意味で停滞しています。 このまま地震が起きてどうにもならなくなったところで、入居者から権利を安く買い叩き、高層マンションを建て直すようなハードランディングしかないのかもしれません。
2006.04.23
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「今の若者は...」といい始めると、年を取ってきたといわれる。 いつの世も年寄りは「今の若者は...」という言葉をいうそうである。2000年前のイタリアのポンペイ遺跡にもそういった記述が壁に書かれていたようです。 中津川で中学生の女の子が高校一年の男に殺された。 年頃の子どもを持つようになると、今まで気にならなかった事件につい目が言ってしまう。 これまで年齢的には無関係の事件であるが、子どもがその歳に近づいていくと「うちの子は大丈夫だろうか?」ということになるかもしれない。 原因は「恋愛のもつれ」のようである。 新聞記事には、「今の若者は振られたりしたときは、逆ギレしてしまう人がいる」と書いてあった。いささかステレオタイプな見方だと思うが、そういう傾向があるかもしれない。自分のプライドが傷ついてその傷を認めたくないので相手の方が間違っている、という考えに向くのかもしれない。 昨日読んだ本でも、20代の人は小さくまとまっているという。ベンチャー企業を起こす一部の人を除いて、うまく立ち回る人が多い。あまり人を信用しないそうだ。またニートを生み出している世代でもある。 日本の世の中が裕福になって、社会主義的な制度が根付いて楽に生きれる世代である。欧米の先進国も同じようなところがあるかもしれない。しかし、ふと追い上げてくる他の国、中国やインドなどを見るとこれから生活が豊かになるという夢を持って競走を繰り広げている。 昨日のブログで触れた本も、今の若者は「ガラスの心臓」を持っていると書いてあった。心が傷つきやすく、きつく叱ったりするとプライドが傷ついて立ち直れない。そしてお互いに傷つくようにはしない。 グローバルしつつある中で、隣で中国人やインド人が働きつつある中で一緒にやっていけるだろうか?生存競争を戦ってきた中国人やインド人は、日本で言えば団塊の世代に相当する。彼らはこれまで傷ついても傷ついてものし上がってきた人たちである。そのような人と戦っていかねばならない。 こういった戦いは、世界が平準になるまで続くと思う。 世界において富が一部に偏っている限り続く。日本の鎖国時代のように世界とは交易を閉ざした結果、日本の中では落ち着いた江戸時代が続いた。しかし、その鎖国がギリギリとなったときに、鎖国の壁を一気に壊すように開国・明治の時代となった。 日本もメーカーは海外で商品を売って国際化をしていたが、金融業、建設業など内向きの業種は国際化されていない。それが金融ビックバンなどで国際化が流れてきたときに、さまざまな弊害が出てきた。 子どもたちはこういった時代の寵児である。 こういった時代に生き残れるように教育するべきだと思う。うまく教育されなかったとしても、本人の問題である。私はニートを保護するとかは間違っていると思う。ニートを保護するよりも、中国やインド、東南アジア、アフリカの優秀な若者を連れてきたほうが良いのではないかというのは言いすぎであろうか。 しかし、学校で落ちこぼれた人にも敗者復活はある。 高校や大学へ行かなかったとしても、社会人になって学ぶことは山のようにある。 だから多少のことは諦めずに生きていって欲しい。 世の中には辛いことがたくさんあるが、それも人生のスパイスである。それをあまり楽しめずに死んでいった女の子に追悼をささげたい。
2006.04.22
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著者:堀紘一発行:PHP研究所値段:1400円+税ISBN4-569-63816-3新しいオフィスになって、本を読む速度が遅くなっている。これではいかんなと思いつつある。通勤の車の中で信号が赤になると、1分ぐらい本を読む。一小節ぐらいしか読めないが、信号が青になって走り始めると読んだ内容を頭の中で噛み砕いている。こういうことも大切かなと思った。この本は、そうやって1週間かけて車の中で読んだ。正直に言えば寝る前の数十分ぐらいも読んでいました。テレビでビジネスについての論客、堀紘一氏の本である。こういった本は内容が薄いことがあるのだが、ときおりハッとすることがあるので読む。ちょっと生意気。エッセイ風で読みやすかった。内容は、30歳代のビジネスマンを対象に、これからどうやってキャリアを積んでいくかということを彼の経験に基づいて書いてある。私はサラリーマンをやめてしまったので、読むときはどうしても経営者側の視点で読んでしまう。これからの世の中と、どうやって人を採用して活用するかだ。・これからは激変の世の中なので成功経験が通じない・本当に自分の能力を活かしていくような時代がきた 社内力学で生き残る術は必要ない。社内力学が規制の中でしか生きられない会社を作ってきた・人を育てることが一番大変で、それに注力することが会社が拡大する術である・経営者のリーダーシップや、一億円プレーヤーの条件ついては、他の本でも書かれていることなので割愛する。おもしろいなと思ったのは、新しい産業に人材を輩出している会社がある。古くは日本IBMやソニー、新しくはリクルートである。日本IBMは外資系の会社が日本で事業を起こすときに、英語ができるのとビジネスセンスの点で採用してきた。ソニーは、外資系の製造業が多いだろう。リクルートは、それらとは異なる。(1) 採用にもっとも力をいれている これは他の会社のために人材を紹介しているが、自分の会社にもっとも注力するのはもっともである(2) 独立心旺盛な人が入ってくる 能力主義はもちろんのこと、上司を選択することもできる。そして早期退職制度や30歳以上や勤続5年以上の社員が独立するときは退職金以外に1000万円の上積みがあったそうです。(3) 経営者の訓練ができる職場環境 徹底した事業部制をとっており事業部長が経営の全責任をもち、社内にいながらにして経営の訓練をしているただ実はリクルート出身者には2種類の人材がいる。1つは採用を担当したり人事制度を考えたり、経営戦略を練ったりする、会社の経営全体を担当したりする。また新規事業をのスタッフだったりする。こちらは作戦参謀と呼べる人たちで社内で起業訓練を行っている。こうした人は独立しても、そのままの仕事をすればいいので、すぐにやっていける。有名なところでは、リンクアンドモチベーションだろうか。一方、大半の営業部隊の人たちは戦略に踊らされて仕事をしていたので、成功は難しいという。いつも思っているが、新しい産業を生み出さなければ成功はおぼつかない。いまある事業では、資源に劣る自分にとっては競争におぼつかないだろうな。そのため、いまはスキマだけれど将来拡充する事業を探してやらないといけない。普通の人は「そんなものはダメだよ」ということに対して、「いやそれはいけるんではないか」「100に1つしか成功はしないかもしれないけれど」と考える。後は強烈に目的意識を持って、絶対に諦めず、やり抜いていくしかない。もちろん1人ではできないので、小さな成功を収めることができたら一緒にやっていく人を探そう。
2006.04.21
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今日の夜、「IPA未踏の書類審査に通ったので、プレゼン審査に来なさい。」というメールが担当PMの一人より届きました。来週の水曜日4/26にプレゼンしに東京へ行きます。本当は完全に受かったとかすべったとか、結果がわかったときに報告するものかもしれませんが、これからIPA未踏に申しこまれる人にもおおよそのスケジュールをわかっていただいたほうがよいかと思い、中間報告をしました。プレゼンは30分です。最初の10分間で自分がプレゼンをして、残り20分が質疑応答になると思います。先日、4分のプレゼンで時間オーバーしたため注意が必要です。相手の目を見て、心を揺さぶるようなものを用意していきたいと思います。そして、事前にきちんと練習をしなくちゃいけない。これまでおおよそ半年ぐらいじっくり煮詰めた応募だったので、ほっと一安心しました。これで選考に残らなかったら自分の半生を否定されている、というのは言いすぎかもしれません。でも自分の能力を材料に、性質や性格を味付けに、ぐつぐつ煮込んだらできたシチュー(開発内容)という内容です。これでダメだったら、あと半年煮込む予定でした。おいしくなるまで、いえ味が究極になるまで煮込んでいくつもりです。プレゼンの結果は一ヶ月後には出ると思います。その結果を成否問わず報告しようと思います。一人でやっていると、リズムに乗れないと開発が止まってしまいます。ちょうどこの1週間がそんな感じでした。IPAの担当PMのようにきちんと報告する人が出てくれると、ペースメーカーになってくれるし、独りよがりではない方向へ指導を受けることができます。また同じ未踏で採用された人と知り合いになれて、刺激を与えたりいただいたりできます。そして何よりも9ヶ月間の収入が確保できるというのはいいなと思います。プレゼンがんばろう。もちろん楽しんで。
2006.04.20
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ネットチャンネルKYOの毎週水曜日23時からの放送"Cyber Laboratory" 4/19の放送原稿です。1. NIFTY-Serve、パソコン通信19年の歴史に幕1994年頃から、インターネットが普及し始めたように思う。その10年前からパソコンをモデムにつなげてホストと接続する、パソコン通信というのが始まった。私は1988年頃から2400Bpsのモデムで、パソコン通信を始めた。今のADSLや光の通信速度がおおよそ10Mbpsとすると、1000倍以上の速度が出ている。その結果、文字通信がやっとであったが、いまや動画を配信している。当時は、草の根ネットといわれるホストがあった。これは自分でパソコン通信のホストを立ち上げているところである。草の根ネットの場合、自分で電話回線(受信専用も)をたくさん引いて、おまけに自分でパソコンをホスト専用で起動しているので、頭の下がる思いである。そのころ、草の根ネットはどうしても、一部の人しか集まらないので、全国規模でつながるNIFTY-ServeやPC-VANなどが有名であった。これはフォーラムといわれる、いまでいう掲示板のようなものである。全国の人たちがいろいろな情報を交換しているのは本当に勉強になった。いまでいう、MixiなどのSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)に似ている。それがとうとう今年3/31に終了した。時代に合わなくなっているので閉じてしまうのは致し方ないが、残念なのは過去に情報交換した掲示板などが消えてしまうことである。2chのように過去ログとして残す方法はなかったのか。またフリーウェアなどのデータやプログラムも消えてしまった。合掌2. Winnyなどのファイル転送、ISPが通信制限Winnyなどで情報が漏れている対策というわけでもないだろうが、プロバイダーがWinnyのファイル転送を留めてしまった。いまプロバイダーで流れるデータのほとんどが、Winnyのファイル転送か、動画ストリーミングである。iTunesのファイル転送もあるかもしれない。プロバイダーが自社のサービスと直接つながらないのに、データ転送をされてはたまったものではないと、今回通信制限をしたものと思われる。自宅ではぷららを利用しているが、こちらも完全にシャットアウトである。Winnyは使っていないからいいけれど。ただ、こればかりはプロバイダーの勝手な都合の気がする。3. Sun、「1時間1ドル」でグリッド計算を提供開始Sunが自分のサーバーを計算用として貸し始めた。1CPUを1時間使うと1ドルであるという単純な値段である。普通の人がこのサービスを使うことはないかもしれないが、単純な計算をたくさんする用途があるのでこのサービスは歓迎されるだろう。大学や研究所で、熱力学やシミュレーション、遺伝子分析、自動車や飛行機の流体力学(風の流れ)などである。おもしろいサービスが始まったなぁと思って、このサービスを紹介した。1990年代初期、MPEG-1のエンコードをスーパーコンピューターでしていると聞いてびっくりした。今はMPEG-1どころか、DVDや次世代DVDも普通のパソコンでできるようになった。当時のCPUは16bitの20MHzぐらい、今は64bitの3GHzぐらい。単純計算すると、4×150=600倍の性能である。いまこういった特別な計算も10年経てば、家庭で普通にできるようになるが、こういった計算の需要はある。たぶんこれからは、ゲームの動画のように人物や背景などの基本データを送っておけば、リアルタイムで映像を手元でつくることになるんだろうなぁ。4. 韓国国防省、プロゲーマーを「電算特技兵」に韓国ではプロのゲーマーがいる。ゲーム大会に参加して優勝をして、それでお金を稼いでいる人たちがいる。トップは年収が1000万円ぐらいで、ちょっとしたゲーマーでも年収200万円ぐらいかせぐという。日本ではそういった職種はないが、ネットゲームが流行っている韓国ならではのこと。ゲームも基本パターンを覚えて、それを状況判断して瞬時に行動に移す。これは、自動車の運転や戦闘機の操縦と似ていないか。これからは戦闘機などもコンピューター制御が多くなり、戦闘機の操縦もゲームの操縦もあんまり変わらないかもしれない。最近では、America's Army という国防省が教育用につくったゲームもある。http://www.americasarmy.com/時代は変わったものだ。
2006.04.19
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今朝、あいちベンチャーハウスへ行くと、あいちベンチャーハウスの人に呼び止められた。今日11時から、起業診断はいかがですか?事前に自分の経営状況のアンケートを出していて、それに対してのフォローをするというものだ。11時に事務所へ行く。2人の担当の方がいる。先週の木曜日に入居者の集合がかかった。夜6時から入居者全員の自己紹介をしたものだ。最後にお2人の自己紹介を聞いたが、それぞれ起業を目指したことのある人たちであった。一人は経営コンサルティングをやっており、もう一人はいろいろな経緯で社団法人に入った人だ。率直に経営状況をいうと、生まれたての赤ん坊。生まれたばっかりで支えがないとすぐに死んでしまう状態。いまは、マーケッティング調査も営業活動も何もしていない。1年間は蓄えを食っていくつもりでいる。他に稼ぎもなければあと1年が勝負であろう。開発を半分ほどして、残り半分を東京からの受託開発かITコンサルティングでしのごうと思っている。しかし、受託開発も東京にいるわけではないから、せいぜい1年ぐらいだという。そうか、だんだん厳しくなるなぁ。開発はゆっくりすすんでいる。全体的な構想もある。私の会社の問題点をいえば、開発がスケジュールどおりにいくかどうかと人材だという。開発に関して言えば、少しずつ進んでいる。未踏に採用されれば拍車がつくかな。先日発表した、「楽天日記バックアップ」は副産物の一つで、全体の中での具体的な製品になったものだ。こういった作品は無料で提供していき知名度を上げて、企業向けの汎用的なツールをお金をとって行きたいと考えている。進捗としては、去年まではやるべきことの下調べをしていて終わった。今はRubyのいろいろな特徴をつかんでいるのでいるところだ。 人材に関して言えば、開発スタッフをもう一人欲しいところだ。私よりも優秀なプログラマーはたくさんいるから、私の代わりに開発して欲しいところだ。しかし、同じ道を歩んでいく人は周りにいない。優秀なプログラマーは他のところで仕事をしている。結局自分でするかないのかと思って、しこしことプログラムを作っている。 「会社滅亡まで、あと347日。さらばー、地球よ~♪」 とはならないように。
2006.04.18
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新しい事務所ができて大きく変わったのは、毎日「通勤」していること。東京でのベンチャー企業にいたときは、前半は会社に泊まっていたので通勤はなし。後半はホテルや友人宅に泊まっていた、ちょっと遅い時間で通勤。この1年はほとんど自宅にいた。それが毎朝7時には起きて、家族で朝食をとり、8時半頃に家をでる。車で1時間弱と少し遠いが、毎日通る道は決まった。この信号ではどれくらいで赤から青に変わるか、黄色の次に右の右折信号が灯るか、だんだんわかってきた。当初、車で移動するのは電車やバスとは違って、事故が起きないかと緊張感があった。しかし、慣れてきて気をつけるところを気にして、スピードを少し落とすと、事故が起きる感じはしない。そうすると、ちょっとわがままになって、車が止まると本を読んだりする。車が走っているときは、本に書いてあることについて考えたり、ぼぉーと考えたりする。これまで歩いていたり、電車に乗っていたりするときは、本を読んだり、ぼぉーと考えたりする貴重な時間だと思っていたが、車に乗っているときでもできるんだなと気が付いた。もちろん、事故にならないように気をつけたいし、信号無視やスピードに出しすぎにならないようにしたいと思う。自宅から事務所までは、自動車専用道路や名古屋市内の国道が多く、70Km以上飛ばせるところがある。次の信号までは青が続くが、その次、あるいはもう一つ次の信号までしか青がなくて、その後止まってしまう。車の中には、市内なのに100Kmぐらい飛ばしている車もあり、左・右と開いている車線を探して走っている車もある。制限速度以下でゆっくり走る車もある。荒い車は、会社の名前がついている業務用の車だったり、セルシオや外車に多い。ほらほら、そこをどけといわんばかりだ。車に乗ると性格が変わるといわれるが、本来の性格が出てくるのではないだろうか?シャドウ=車道なんて、シャレをいうわけではないが。まっすぐ制限速度を守って、着実に目的地へ向かう人 = マイペースの人スピードをだして、少しでも早く行く人 = 少しでも早く出世しようとする人かっこいい車や大きな車に乗って、どけどけといわんばかりの人 = 会社のプライドを見せ付ける人渋滞に巻き込まれると、少しでも開いている車線に移る人 = トラブルに巻き込まれたらすぐ逃げる(動く?)人などなど。車の選択には、いまや社会的なステータスと関係は減ってしまった。車を買うのに、実力はさほどいらない。ちょっといい車に乗って、えらそうにしている人にはなりたくない。
2006.04.17
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名古屋市から北30Kmぐらいのところに、犬山市というのがあります。愛知県としてはテーマパークが固まっているところで、モンキーパーク、明治村、そしてリトルワールドがあります。娘が誕生日の祝いにリトルワールドへ行きたいというので、行くことになりました。http://www.littleworld.jp/自宅から名国道247号線の自動車専用道路にのって、大高インターから名古屋高速に入りました。市内は750円、名古屋市から小牧方面で名神高速までが350円の合計1100円。ちょっと高速料金が高い気がしますが、名古屋市内の信号と混雑を避けることができます。小牧北ジャンクションで高速を降りて国道41号線へ行き、少しわき道に入るとすぐにリトルワールドです。リトルワールドは、去年の万博「愛・地球博」の縮小版のようなものです。これも、4回目ぐらいになりますので、見るものはなく子どものためです。子どもは新鮮な感じで喜んでいました。世界中のいろいろな建物があるのでおもしろいようでしたが、息子はあまりよくわからないみたい。池の鯉にえさをやるのが楽しいぐらいです。天気は晴れてきたものの山に近いので、肌寒かったです。日曜日なのに人はさほど多くはありません。でも桜はちょうど見ごろで、風に吹かれて桜が舞っていてきれいでした。リトルワールドには、いつもサーカスなどが催されているのですが、この時期はキューバからのキューバサーカスでした。サーカス団員10人、ミュージシャン2人で40分間、演じてくれます。中国雑技団はレベルが高いですが、このキューバサーカスもレベルは高いです。しかも、セクシーです。このサーカスは、WBCの「日本対キューバ決勝」でニュース放映されましので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。http://www.littleworld.jp/circus/女性はラテン系とアフリカ系ですが、とても美しくスタイルがよく、踊るときの腰のひねりを見て、悩殺して興奮してしまいました。ほんとにあの腰には参りました。毎週土曜日には、サーカス団が教えてくれるサルサ教室もあるそうです。
2006.04.16
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「いるかくらぶ」の親子会がありました。「いるかくらぶ」は、知多市に住んでいるアスペルガー症候群、ADHD、ADDなどの軽度発達障害の子どもをもつ親の会である。このブログでも私の息子は、ADHDだと告白して書いているが、子どもの5%ぐらいはこれらの軽度発達障害を持つ。こういう団体は全国的にも少ないそうである。それは知多市に軽度発達障害に積極的に取り組む児童心理カウンセラーがおり、数人の親が協力して団体をつくったからによる。軽度発達障害は、知能は普通と変わらないが他の人との付き合い方がうまくできないところがある。この障害は大人になっても消えることはないが、年とともに落ち着いてくるそうだ。それは右の手を使うことができなくても、左の手が代替できることになるのと似ている。脳の発達とともに他の機能がそれを補うのだ。だけど、大人になっても解消できずに苦労することがある。私も人付き合いは下手で、息子を見ていると自分が映ることがある。まるで自分を見ているようで、いとおしく思うこともある。また妻の兄弟や甥も、息子と同じように元気なところがあり年頃になると落ち着いてくる。両方の遺伝により、息子はADHDになったのかもしれない。親子の会は、子どもがボランティアスタッフと遊んでもらう間に、親が話し合うことができる。いつもは、身近の状況を話し合うことをしているが、今回は今年の計画について話し合った。今年はこういった毎月の活動だけでなく、知多市の補助金をいただき2回の講演と1回の相談会を催す予定となった。うちわだけで慰めあうことも大切であるが、外に軽度発達障害の理解を求めることも大事であると思うので、賛成である。地元で軽度発達障害に関わる医師や心理カウンセラーを呼んで講演をしていただく。また特殊学級の先生たちを呼んで、親との話し合いをする。ほんの10年前までは軽度発達障害ということが特別だとはみなされなかった。それは知能障碍があればはっきりするのだが、知能が高くても成人になって苦労をしている人たちがいることがわかった。それは親の育て方や環境による後天的なものではなく、先天的なものだがそれを知らない。学校の特殊学校の先生ですら知らない人もいるので、普通の先生はわからない。これまで親は育て方が悪い、しつけが悪いと、公共の場所で責められてきたが、そうではないと少しずつでも広まれば、気が休まる。さて、息子のことであるが、今年2年生になった。昨年度の担任や心理カウンセラーの薦めもあって、特殊学級「みどり学級」に進んだ。普通学級にも所属している。算数と国語と生活科はみどり学級で、体育や音楽、図工などは普通学級でということになった。普通学級の担任の先生も元特殊学級の先生で心強い。毎日、リタリンを服用しているが、元気で学校に行っている。ストレスも減ったようだ。妻も毎日学校へいく必要がなくなった。息子が特殊学級へ通うという点は、正直言えば少しひっかかる。息子よりもひどいケースのお子さんも特殊学級に通わずに、普通学級だけにしているところもある。しかし、逆に考えた。特殊学級の場合は、教室に数人の子どもがいるが、先生が教えるときは1:1である。息子が算数ができるということを既に先生はわかったので、「本人が自信を持てるように、どんどん先へ進めてあげてほしい」と伝えた。自宅でも、2年生なのにパソコンでかな文字の入力ができつつある。既存の学校の指導要領などにとらわれず、本人にとって一番良いと思う方法を考えねばと思う。
2006.04.15
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書名:成功して不幸になる人びと The PARADOX of SUCCESS - When Winning at Work Means Losing at Life著者:ジョン・オニール監訳:神田昌典訳者:平野誠一発行:ダイヤモンド社値段:1800円+税ISBN 4-478-73268-Xえのっちさんから紹介されて神田昌典氏の「成功者の告白」を読んだのは今年の1月だった。それについて、以前このブログで書かせていただいた。【本】成功者の告白・前半【本】成功者の告白・後半それ以来、「ビジネスで成功すると、家庭は不幸になる!!」ということが頭から離れない。以下のようなことが書いてあったと思う。「すべてのものを手にすることはできない。ビジネスで成功すると、妻はそれをねたむことになる。ビジネスが新しいステージに移ったとき、家族は一緒に新しいいステージに移ることは難しい。夫婦の関係が悪くなれば、子どもはその関係を修復しようとして自ら病気になって2人の気を引こうとする。気づくのに遅いと、子どもは自ら命を落としてしまう。」有名な経営者というのは、光があたっている面だけ見れば成功と定義されるが、本当はどうなんだろう?私たちの身の回りには、ビジネスの成功やお金持ちになった人は、幸せになった人ばかりであろうか?人生の目的がお金持ちになること、名声を得ることならば、それでいい。しかし、充実した人生を送ることや世の中に貢献するということを考えているならば、成功と引き換えに家族を犠牲にしているかもしれない。本書の冒頭でもジャック・ウェルチはGEの名経営者であるが、退職後に離婚訴訟となった。仕事で忙しくしているビジネスマンの中には、家庭は冷え切っているか、離婚前後であることも多いのが事実である。私が数年前からなかば単身赴任の生活を送っていたときは、夫婦の関係は徐々に冷えつつあった。私が自宅にほとんどいないので、父親のいない家庭はどこかバランスが崩れていた。私の息子がADHDの症状が出始めていたときであり、娘も妻もストレスを溜めつつあった。いま私が東京の仕事を辞めて自宅に戻ってきたときには、家庭的な問題は減りつつある。それとは反対に経済的な問題は出てきたのだけれど。神田昌典氏もその答えを探していたようである。そして彼がアメリカの本屋でみつけた本がこの本である。この本では、彼が書いた本「成功者は不幸になる」の理由が説明されている。不幸になる理由は、人のもつ「シャドウ(影)」と断言している。シャドウは誰もが持っているものである。子どもは自我が強く、わがままで思い通りのことをするため、裏と表がない。人は成長とともに、他の人との関係を保つために、自我を抑える。他人にみせる自分は、他人にとって不快ではない面である。大人は他人にとって不快でないところを隠して付き合う。その隠しているところがシャドウである。しかし、成功するとそのシャドウは暴発したり、爆発したりする。それが、家庭を失ったり、親友をなくし、同僚をなくすことにつながる。シャドウは、自我が成長しても消えないのだ。私たちは大人になって、悪いところを隠そう隠そうとしても、決してなくならない。良い面が成長するとともに、そのシャドウも成長する。成功するとは、自分の良い面が成長することでもあるが、シャドウも同時に成長する。そして、そのシャドウを自分がコントロールできなくなくなるということだ。シャドウは、私たち人間が持っている欲について大きくなりやすい。人間は誰しも欲を持っている。マズローの5段階説というのがあるが、生存に関わる食欲、睡眠欲、性欲から社会的な欲に関わるものまで、大なり小なり満足させたいという気持ちがある。それを抑えていると、シャドウに入り込む。日常生活の中で解消できる欲は問題ないが、シャドウの中に抑えている欲はどこかで解消する必要がある。性欲だって人の見えないところで解消したり、権力を満たしたいという気持ちをこっそり自分より弱いものにぶつけて解消したりするかもしれない。これが成功したとき、このシャドウも強くなる。これまでの夫婦関係で解消していた性欲が、夫婦関係では収まらず会社の若い社員と関係を持ったり、2号さんをもったりする。上司に押さえつけられていた権力欲が、人の上に立つことで満足する。自分の成功に慢心して、すべてのことについて自分を正しいと思い、人の意見を聞かないようになる。ではどうすればよいのか?まず成功したことによって、自分は成長しシャドウも大きくなったことを認めるのである。そして、成功したときが頂点ではないことを自覚するのである。まだまだ永遠に成長することを目指すべきであることを。成長曲線というのがある。S字になっている曲線である。何かを始めるとき、最初はゆっくりと始まるが、やがて効率よくなってぐんと伸びる。やがて頂点に近づくと成長が緩み、努力したわりに伸びない。そして、最後は落ちていく。すべての成長はこんなカーブを描く。しかし、これは一つのことに対しての成長曲線で、私たちは同時に複数の成長をしている。一つのところで伸び悩んだら、別の成長曲線を探せばいいのである。カーブが行き詰まったら、別のカーブをはじめる。そのカーブがまた伸び悩んだたら、別のカーブへいく。それを繰り返せば、永遠に成長することができる。例えば、ゴルフのスイングが伸び悩んだら、パターを学び始める。パターが行き詰まったら、サンドエッジをやり、その次はテニスをやったり、哲学書を紐解いたり、ピアノを始めたり、絵の勉強をしたり、何でも良い。とにかく自分の関心のあることをやり続ける。ただし、実はその切り替えが実は難しい。人は習慣を簡単に変えることがなかなかできない。居心地が悪くてもなかなか換えることができない。そのときは、孤独になって自分と対話することである。「あなたのしている仕事は、あなたの人生にとって重要なことか?」「あなたがその仕事を捨てた場合は、どうなるか?」「あなたが本当にやりたいことは何なのか?」「あなたの仕事は、遊んでいるように楽しいか?」「あなたがもしこの瞬間に死んだら、遣り残したことはないか?」こういった質問を自分に投げかける。そしてシャドウと率直に向き合う。シャドウは永遠に隠すものではなく、うまく付き合っていくものである。ときには、シャドウを人前に見せなくてはならない。それはセックスをするときに、自分の恥ずかしいところ、恥ずかしい性欲を相手に見せるようなものである。シャドウをうまく表現することは、人間性としても大切なことでもある。他人に見せるのがよくない部分を、うまくどうどうと見せることができれば、人間としての評価が高いのではないだろうか。自分の失敗をおもしろおかしく伝えたり、バカに振舞えるというのは、とてもすごいことだ。この本が正しいかどうかわからないが、どうなるかわからない将来に対しての布石が一つ打てたような気がします。
2006.04.14
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夕方の6時から、あいちベンチャーハウスの懇親会がありました。はじめて入居者が顔をあわせる会合です。各社4分程度の自己紹介が中心でした。入居されているベンチャーハウスの会社のほとんどと、管理されている組織の方の多くがいらっしゃいました。名古屋には他にもITベンチャーを支援するところや、普通の事務所でITベンチャーを起こしている会社がいると思います。だけど、名古屋のITベンチャーの一角を見た気がします。決して派手ではないけれど、着実に伸ばしていこうという名古屋っぽさががあるかもしれません。東京はそれと反対で、見た目ばっかりな会社が目立ちました。もちろん、しっかり地に足のついた会社も多くあり、名古屋より優れた会社も多いと思います。これまでの異業種交流会やいろいろな会合と違う点が一つあります。社長の顔をしているなというところです。おどおどしているところはありません。小さいながらも、一国一城の主。責任と孤独と強さ、そして人生経験が垣間見られました。うらやましいと思ったのは、個人で事業を起こしている人よりも社員と一緒にやっているところです。一人ではできることは限られ、壁にぶち当たると先に進めません。それで、誰か一緒にやってくれるパートナーを探したいとかねがね思っています。とはいえ、最終的に決断を迫られることになると、誰か代表が責任を伴って決断をしなくてはなりません。すると、代表取締役は一人ということになります。この最後に「けつを拭く」(汚い言葉ですみません)ことに関して、最後の最後は一緒にできないもどかしさを前職で感じました。かといって、自分の下で働いていただく社員を雇うという気持ちにはなりません。まだ主従関係でやっていく余裕がありません。社員と社長は、何もかもまったく違います。責任も視点も、取り組み方もすべて違います。一緒にやろうといっても、結局は「社員を活用すること」と「社員で稼ぐこと」を中心に考えます。ある意味、社員は道具です。「一緒にがんばろうね。一緒に会社をよくして行こうね。」ときれいごとを言っても、心の底では社員を道具かお金に換算できなければ、経営は立ち行かないと思います。大きなリスクをとるのは社長ですし、社員の換えはあっても社長の換えはないのですから。でも、やはり自分の事業を大きくしていきたい。パートナーあるいは社員と一緒にやっていきたいです。私自身が事業で成功できるかどうか確証を持てずにいますので、まずは自分でやってみていけそうだったら仲間を集めてやっていきたいと思います。そのためにも、まずは一本の柱を立てるべく、小さな成功をおさめたいと思います。
2006.04.13
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ネットチャンネルKYOの毎週水曜日23時からの番組”Cyber Laboratory"に出演しています。以下は4/12放送分の原稿です(番組での補足ですが、必ずしも一致していません)。 1. Apple CorpsとApple Computerの訴訟始まるApple Corpsという会社とApple Computerの間で、訴訟が始まりました。Apple Corpsという名前の会社はご存知でしょうか?ビートルズの楽曲を運営している会社です。Apple Corpsは、Apple Computerが社名とロゴを不当に使っていると1991年に訴えました。その後、音楽関係にコンピューターを使わないということを条件に、社名とロゴの使用を許可しました。Macintoshがスピーカーをつけて音楽が聴けるようになってから再度訴えて、その後和解金を支払うことになったとか。今回、iTunes, iPodで音楽配信とプレーヤーを販売しているので、明らかに音楽を売っていることになります。とはいっても、ビートルズ=Appleという意識はないし、Apple ComputerがビートルズのAppleを真似して利益を得てるようには思えないけれど。商標の権利を侵しているという判決はどうなるでしょうか?いっそ、2つの会社は合併してしまったらいかがでしょうか!? そうすると、iTunesでビートルズの曲が配信されるしね(今は配信されていない)。2. Windows VistaとOffice 2007は、発売延期次のバージョンのWindows とOfficeは、来年2007年以降に発売延期となった。システムが複雑になったせいで開発が遅れているのが原因のようだ。Windows 2000からWindows XPは、見た目は変わったが中身はさほど変わっていない。その証拠にどちらも以前のOSよりは安定性が高く、ソフトのほとんどはどちらのOSでも動く。その差は10%ぐらいだという。XPになって機能は増えたので、かえって必要とするメモリーは増えたぐらいだ。Vistaとなると、グラフィックの部分が大きく変わるようだ。3Dでウィンドウがさくさく動くということになりそうだ。ファイルシステムもリレーショナルデータベースのようなものも搭載される予定だったが、やめてしまった。この点は今年の夏ぐらいに最終的にどんな仕様になるか発表があるので、それまでわからない。でも新しいパソコンにはVistaが付いてくるかもしれないが、Windows 2000で十分なことがほとんどだけど、誰が買うのだろうか?そしてOfficeも、Office 97, 2000ぐらいでほぼ完成してしまったが、買い換える人はどれくらいだろうか?MS Officeと互換性のある、Openoffice.org 2.02で十分な気がする今日この頃である。3. サイバーエージェント運営のサイト、Google除外3月の下旬、サイバーエージェントが運営しているサイトが、Googleから検索できなくなったようだ。(3/31には復旧したようだ)これはサイバーエージェントが、画面の隅に自社サイトのリンクを相互に張っていたけれど、これがユーザーの目に見えるものではなかったことによる。以前にも、BMWやリコーのドイツ法人がGoogleの検索対象から外されていた。見かけだけのSEO対策はやめよう。中身だけで勝負しよう。とはいっても、普通の広告は中身がなくてうるさいのばっかりだ。4. 国交省、ETCを車版「電子財布」へ計画車に搭載されるETCは、高速道路料金を払うために使われていて、利用されることも多いそうだ。私は高速にあまり乗らないので、持っていない(;;)このETC端末が、高速道路料金の支払だけでなく、駐車場の料金やドライブスルーの料金の支払に使われるそうだ。車関係で使えるのは便利かもしれないが、電子マネーが増えても困るね。会員カードを絡めたクレジットカードが増えているし、会員カードも多いしね。車にカードを挟んで忘れがちになるけれど、それは高速道路しか使えないということが歯止めになっている。それがいろいろなものに利用できるようになると大変なことになると思うよ。それよりも、ETCは無線で通信するが、他人のを決済してしまうことになったりしないだろうか?高速道路の料金所ではそういったことがあるらしく、電波を遮断する板をつけているらしい。
2006.04.12
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楽天日記バックアップのソフトを更新しました。こちらからダウンロードしてください。http://www.solisart.com/rakuten_backup/ver03.html他にも似たようなものありますが、テキスト保存して無駄なデータがないのはこのソフトだけです。そろそろvectorにも登録しようかしらん。 以下の機能追加しました。・GUIです!・1日に複数のブログがある場合は、従来は1つだけでしたが複数のブログがバックアップ取れます。ただファイル名は、2006-04-11.txt, 2006-04-11-0001.txt, 2006-04-11-0002.txt... と、最初は何もなし、2つ目からは、0001, 0002と順番が一つずれて付きます。これは楽天日記のディレクトリ名そのままに対応させています。何か不具合や希望があればコメントをお願いします。これからの追加は以下のことを考えています。・画像の保存・コメントの保存・他のブログの対応娘のブログ http://sayuri.magnet.ne.jp/ が消されてしまいました。理由はわかりません、問い合わせしても返答がありません。たぶん、管理者側の不手際かデータのバックアップをとっていないからだと思います。無料だからといっても、小中学生対象にやっているブログサービスです。小学校5年生にははなはだショックです。もうちょっと早く、娘のブログに対応していればなあと思いました。
2006.04.11
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娘が11歳になりました。 ささやかな祝いをして、ケーキを食べました。 だんだんと娘が大きくなってきて、ときおり見せる大人のしっかりした面と子どもの甘得ている面が混在しています。娘は4年の頃からクラブでバスケットボールをやっているので、誕生日プレゼントでバスケットボールと本2冊を買ってあげました。 そして、娘にねだられて一緒に寝てあげました。寝付くまでの5分くらいで、いろいろな話をします。 母とはないのですが、これまでときどき娘や息子と一緒に寝ています。うちでは絵本を読んであげるということはしてあげませんでしたが、週に1度くらいそれぞれ15分くらい一緒に寝てあげることがあります。不思議と妻が一緒に寝ることはないのですが、私が出張で不在のときは、川の字になって3人が一緒に寝ることがあるようです。 これから第二次性徴を迎えて、だんだんと大変なことになりそうです。
2006.04.11
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ネットチャンネルKYOの水曜日23時の番組"CyberLaboratory"4/5分の放送原稿です。1. ソフトバンク、Vodafoneを1.75兆円で買収ご存知のようにソフトバンクが、Vodafoneを1兆7500億円で買収しましたね。数千億を自己資金で、残りの1兆円余をVodafoneの資産を担保に買収ですね。もうニュースで報道されたので詳しくはいいませんが、びっくりです。1億より大きな金額は、想像ができません。すごいというだけです。Vodafoneを持っていますが、サービスが良くなるといいなと思います。海外でも国内でもそのまま使えるようにしていただけませんか?ドコモやauと同じようなことやってもよくなりませんものね。2. Google、ウェブのワープロソフトWritely獲得Writelyというのをご存知でしょうか?http://www.writely.com/ ブラウザの中でワープロの機能を持つものです。Ajaxを使って、ワープロを実現しています。サーバーで文書を保存できますし、他の人と共有できます。こういったものがどれだけ需要があるかわかりませんが、印刷することが前提のワープロではなく、インターネットで表現をするワープロというところに興味があります。ブログやWikiなどでも、従来のテキストではなく、こういったワープロ志向のものが出てきたのはうれしいです。Writelyという会社はたった3人だそうです。私は応援したいと思います。でも、Googleは買収してどうするんだろう?3. ソフトバンク、世界初のMMOAG「真・三國無双BB」MMORPGという、多人数で同時にプレイするロールプレイングゲームがあります。MMOAGというのは、私の造語です。書くところがなかったからです。これでアクションゲームをやるというのは、要望はあると思いますが、技術的には実現は難しいです。弾が飛んであたったり切ったりするのは、非常に微妙ですし、それが多人数となれば大変です。従来の多人数でプレイするアクションゲームは、LANの環境で実現されています。LANならば、通信がきちんと届いて反応が、きちんとあります。しかし、インターネットですと通信障害や通信の遅延が起きると、プレイするに耐えません。相手をやっつけたと思ったら、自分が通信できなくなって、ネット上から落ちてしまいます。2~3年前に、ポトリスというターン型のアクションゲーム?をやりました。一人の人が20秒以内に操作をして、ミサイルをうつというゲームです。やってみると、途中で敵か味方が通信障害でいなくなってしまって、戦況が逆転するということがありました。もうそのときはやる気を失くすほどです。でもこのソフトバンクの子会社による、三国無双をアクションゲームでやるというのは英断です。ヤフーBBに加入していれば通信の遅延を想定の範囲内であると見ています。このために、ヤフーBBに入ってみたい気がする。でも成功すれば他のプロバイダーかインターネット全体に広がるんでしょうね。三国無双自身がおもしろいので、ぜひやってみたいです。4. PSP、ビデオキャスト対応とPSゲーム対応PSPが春にまず音楽のポッドキャスティングに対応して、秋には動画のポッドキャスティングに対応するそうです。ブラウザとしても春には、Flash6に対応するので、いろいろなページをそのまま見ることができるようになります。また、PlayStationのソフトが動くようにエミュレーターも用意するとか。PSPはゲーム機よりも、Webを自由に見ることができたり、Location Freeのテレビが見えたり、マルチメディア端末へ進んでいるのですね。PSPのディスクによる映画コンテンツが、アメリカでは売れ行きが悪く、アメリカの会社は撤退をするそうです。DVDでもあまるのに、あのディスクでは在庫が残りやすいでしょう。最初っから予想できましたよ。Nintendo DSは成功しているので、PSPはどこへ向かっていくのでしょうか?HDが内蔵されて、iPodと対抗するというのはどうでしょうか?5. PS3、発売延期を正式発表--11月上旬へPlayStation 3が今年の春に発売予定でしたが、11月上旬に発売延期をします。原因は2つ。Blurayの仕様が決まるのが遅かったことと、ゲームの開発ツールの提供が遅れていることでゲームの開発が遅れているからです。4~5万円で発売されると思います、売れますでしょうか?XBOX360の売れ行きにどう影響を及ぼすでしょうか?PlayStation 3は、画像としてはXBOX 360よりも抜きん出た映像になると思いますが、お客さんは付いてくるかな?PlayStation 2でも映像の美しさにびっくりしましたが、2がアニメだとすると3は実写という違いがありそうです。そこまでの映像を必要とするかどうかですね。需要としては微妙なところです。問題は、ゲーム会社がPlayStation 3の機能を使いこなして、おもしろいゲームを提供できるかどうかですね。私は今のところ2で結構満足していますので、3のソフトに期待するのみです。それよりも、Nintendo Revolutionの方が夏頃出てくるのではないでしょうか?秋になったらPlayStation 3に話題で消えてしまうのですから。DSのようにおもしろいソフトが出てくるのを期待します。
2006.04.10
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会社訪問といっても、自分のオフィスです。午前中は、子どもたちが子ども会の新入生歓迎パーティです。午後から、名古屋へ出かけました。妻を名古屋にあるみこころ教会で降ろして、子どもをオフィスへつれてきました。休みでも開いています。24時間いつでも出入りが可能です。子どもを職場に連れてくるのは良いことだと聞いたことがあります。家ではお父さんはごろんとして何もしないのを見て、子どもは「お父さんは遊んでいる」と思われますが、会社で生き生きと仕事をしているところを見せると、子どもから尊敬を受けることができるとか。そう思って、オフィスへ子どもをつれてきたのですが、結局やることがなくて2人ともNintendo DSのゲームをしていました。そうなると私もすることがなく、パソコンでゲームをすることに。あとで教会にいる妻を迎えに行って、オフィスへ連れてきました。妻は妻で、オフィスの掃除をしはじめて「きちんと整理されていない」と言って片付け始めました。結局、何のためにつれてきたかわからないが、ちゃんと仕事しているよということを伝えることができたかな。
2006.04.09
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土曜日だけど事務所へ出勤しました。9時半まわって到着して、仕事を始めました。天邪鬼のようなところがあり、人が仕事をしているときは仕事をしたくなくて、人が仕事をしたくないときに仕事をしたいところがあります。だから土曜日の静かなときは、集中してはかどります。仕事は3種類を並行して行いました。(1) サイトのリニューアル(2) 楽天日記のGUI版開発(3) 頼まれている仕事(1) 自分のサイト(http://www.solisart.com/) が古いままです。MODx(http://modxcms.com/)というCMSを知って、入れ替えました。まだプロフィールを入れて、Skypeのオンライン表示を入れてと、少しだけですが、時間をみつけて更新していこうと思います。 これまで、トップページをXOOPSから始まって、Nucleus, Drupal, Textpattern, Geeklogと入れ替え試してみました。どれもしっくりしません。 HTMLを直接書くのはいとわないのですが、デザインのセンスが乏しいので、つまらないものになってしまいます。それで、たいへんなときはコンテンツを少し書いてすむだけがいいと思います。この楽天日記もなぜ続けているのかは、メールでアップができるからです。サイトを開いて編集するのはなんとなく使い勝手が悪く文章がサクサクかけません。私がCMSに求めていた要件は、以下のとおりです・操作がわかりやすい Ajaxを使って、直感的なわかりやすい操作・FCKEditorのようなワープロのような編集ができること (久々に楽天日記の編集画面を見ましたが、ワープロのような編集ができるようになりましたね!!)・静的なURLが書き出せること PHPやPerlなどで作られることが多いですが、変数で表示されるコンテンツはなんか好きになれません。SEO対策というよりも、URLを紹介するときにいやな感じがします。・バックアップがとれること 娘のブログが消えてしまったようです。http://sayuri.magnet.ne.jp/ 一生懸命書いてきたので、かわいそうです。自衛の手段をとりましょう。楽天日記のバックアップは0.3になったGUI版を近々公開します。・軽いこと キャッシュを使ってもかまいませんが、XOOPSのような重いのはいやです。・ブログが作成可能なこと 将来、楽天日記と自分のサイトのブログで、同じコンテンツを同期とれるようにしたいと思います。まだまだ不具合が多少あるものの、MODxはこの条件にぴったりあてはまります。これでいこうと思います。あと不足しているのは、多言語版(英語と日本語)のサイトが簡単にできるといいなと思います。(2) 楽天日記バックアップソフトは、1日に1つだったコンテンツを複数保存できるようにしました。そしてGUI版を作り始めています。近々出来上がると思います。たくさんの人が使ってくれるといいなぁ。(3) 知り合いから頼まれているサイトを有償でつくっています。少しずつ進んでいます。それで、2時からNPO起業支援ネットの起業道場へ行こうと思っていたら、上の仕事が長引いて間に合わなくなってしまいました。4時には出席できるように早めに行きました。自動車で行っているので、お酒もあまり飲めないし、2次会にも参加できない。これから車を置いて、地下鉄で行こうかしらん。ん~悩む。#しかし、Sさんのイチローに対してのコメントは目の覚めるような思いでした。他にもね。来月は「起業道場」へ行きますよ。
2006.04.08
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ネットチャンネルKYOの水曜日23時からの番組"Cyber Laboratory"、3/29の放送原稿です。遅くなってすみません。収録して1ヶ月ぐらい経ってしまって書いているので、情報が古い(すみません)1. Winnyで情報が漏れるのを防ぐには巷で話題になっていますが、Winnyでたくさん情報が漏れています。もらしたいと思っているわけではないのですが、Winnyで転送されるウィルスによりパソコンにあるデータすべてが共有対象になってしまい、データが流されていくのです。いろいろなウィルス対策ソフトを作っているところから無償でWinny対策ソフトがあるので、それを使うのが一番手っ取り早いです。そうでなければ、Winnyを起動させないこと、Winnyの入っているパソコンでは大事なデータをいれないことです。Winny自身はとても優れたソフトです。でもそれを悪用する人が多いというのは残念なことです。もっともWinny作者も挑発的にあったそうですが。いま出回っているWinnyに寄生するウィルスは、Winnyのファイル交換能力をそのまま使っています。Winnyは指定したフォルダのみだけを交換するようなソフトですが、ウィルスはその範囲をCドライブ全体に書き換えてしまいます。このウィルスを作ったのは愉快犯ですが、本当に怖いのはこういった情報をこっそり手に入れる人です。私たちの知らないところで、どんどん情報が漏れていくのが怖いと思います。2. Microsoft、新プロジェクト”Origami”Microsoftが、PDAとノートパソコンの中間ぐらいの"Origami"という新しいパソコンの規格を発表した。Windows XP Tablet PC Edition 2005というOSを使っているので、Windows XPと互換性があり、タッチパネルでペンで入力する。しかし、Windows CE 5.0を使った、W-Zero3よりもずいぶん大きい。ただし値段は10万円を切る設定にしているので、少し割安感がある。このPCは4月から日本でも発売されるそうだが、どうだろうか?私は中途半端で売れないと思う。1Kgぐらいのノートパソコンの方が使い勝手が良い。W-Zero3をなくしたので負け惜しみではないが、W-Zero3もポケットに入れるには少し大きくて、使い勝手がよくなかった。確かに電話とPDAが一緒になった点がよかったが、もう少し小さいほうがうれしかった。いっそう、PalmかCLIEの小さいほうが胸ポケットに入って、使い勝手がよい。これまでも、ペン入力のものがあったが売れなかった。値段を安くしたけれど、画面サイズといい値段といい大きさといい、中途半端でダメだろう。3. 「PSEマーク」無し製品の販売に例外措置経済産業省が2001年から法律が成立して、それ以降の製品にはPSEマークというのが付いているそうです。安全に使うことができる電気機器という意味である。2006年4月からPSEマークがついていない電気機器は一切販売することができない、という法律であったが、坂本龍一氏らの反対で古い楽器などの例外を除いてよくなったようだ。最終的には、希少性のある販売可能一覧が発表された。これについては、大手の中古販売業者の在庫一覧ではないかという冗談も出たが、かなり偏っている。独自でPSEマークつけることができるかどうかをチェックする機械を経済産業省が提供することになっているが、絶対数が足りないそうである。こんなのやめちゃえば。商品を売る店が責任をとればいいのである。
2006.04.07
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たくさんの方から、お祝いの言葉をいただいてうれしいです。このオフィスは愛知県が提供しているITベンチャーのためのオフィスです。入居している会社は、すべてITと絡んでいます。とはいっても、ITといっても非常に幅が広いので、分野が重なることはなかなかありません。でもせっかく集まったので、何か一緒にできるといいなという期待があります。オフィスに入ってよかったと思うことは、・対外的には、信用を得られること 愛知県の審査を通ったことで「怪しい人・会社」ということだけはクリアしたかな。・生活のリズムが得られたこと 一人で自宅で仕事をしていると、朝・夜がありません。家族がいますので、深夜の時間が邪魔が入らず一番快適ですが、家族との時間も合わせないといけないので身体を壊してしまいます。辛いと思うこと・家族との時間が少なくなったこと 往復2時間の距離を自宅から事務所へ車で通っています。朝8時過ぎに出て、帰りは8時頃です。サラリーマンでは当たり前ですが、この1年間はずっと自宅にいたのでちょっと辛いです。・費用 事務所の費用が4万円/月、駐車場1万円/月、往復の交通費2~3万円が、余分にかかります。この分をプラスして稼がなきゃいけません。仕事を2割増しぐらいかけないといけませんね。オフィスを借りる前は、自宅で1部屋を占有して仕事をすることが理想でした。ただ、都心から離れているのと、家が狭いということで現実的ではありません。オフィスを借りると決める前は、妻と話し合って名古屋市内に4LDKか5DKくらいの部屋を賃貸で借りて、引越しをしようかと話し合ったこともあります。だけど広い部屋の賃貸って、なかなかないんですよね。名古屋市内で15万円ぐらいかけて、そのうち5万円ぐらいは事務所経費ということにしようと思ったのですが、今の自宅マンションを手放すのはリスクが大きいということで、取りやめになりました。それに、もし他の人と一緒に仕事をするときは、自宅ではやりづらいと思いますからこの線はやめることになりました。2~3年後に開発中のソフトが軌道にのり、会社組織も大きくなれば、名古屋市内に引っ越そうと思います。娘も中学生になる頃ですから。短い人生ですから、家族との時間を大切にしていきたいと思います。
2006.04.06
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披露宴はおよそ12時半ぐらいに始まりました。 場所は、J.J. Seafood Restaurant というレストランだったと思います。 もうみんなお腹ペコペコです。 といっても、私と妻はレストランに入れません。皆さんが席に着くのを外で待っていました。 司会者の合図とともに、また楽団の演奏です。披露宴会場に入っていきました。 150人分の席はあるものの、120人もいないかもしれません。 私と妻が座るところは、ステージの上の中央でした。 ステージの上には妻の両親と私の両親、そして特別な計らいで妹も座っていました。 人間誰しも一生に一度くらい、主演になれるときがあるものです。 まったく恥ずかしい限りですが、そういうときは素直に演じなければね。 ステージのすぐ下には後見人の人が6人座っていました。 他の席は、15~18人座る丸テーブルが8つあります。座る席は予め決まっているわけではなく、適当です。 後見人の席の左側にマイクがあり、右側にウェディングケーキが飾ってありました。 ケーキは2段で、高さが30cmぐらいのものです。白いクリームにピンク色の飾りがたくさんありました。そしてケーキの横には、後見人やゲストの方が持ってきたプレゼントかありました。グラスや皿、ボール、フライパンなどがありました。ここは現金の贈り物はせず、プレゼントで祝うそうです。うれしい、けれど、日本に持って返れない。いただいたプレゼントは感謝を伝えたうえで、妻の親族で分けることになりました。 料理はステージの上の席と後見人の席のところが少し良いものが並んでいるようで、他の丸テーブルの席にもいろいろあるようです。飲み物はビールかソフトドリンクの飲み放題だったと思います。あちこちで、ビールが足りないぞぉと言っているようでした。 司会者がマイクをとって、披露宴が始まりました。 司会者がいろいろ話をした上で、私に挨拶をするようにいいました。 前日に用意した英語の原稿を読み上げます。 英語でスピーチなんて、しゃれたことはできませんので、今日の結婚式が成功したことの御礼と私たち夫婦の出会いのいきさつと、これからのことを簡単に述べました。ぜんぜんフィリピンの言葉を話せませんが、妻から教えてもらったビサヤ語の挨拶をつけたら、とても喜んでもらえました。 次に妻の挨拶でした。 ウェディングドレスを引きずるようにステージから降りてきました。全部ビサヤ語でしたが、落ち着いてはっきりとしゃべっていました。よく考えると、結婚を決断して、日本に一人でやってくるというのは、なかなか気が強いたいへんな人と結婚してしまったんだと思います。 あと私の両親が話します。 父の言葉を日本語で話すから、それを英語で訳せと言われたのですが、もう疲れていたので、かなり意訳しました。"Thank you, very much" これだけです。父が何を言い出すか、怖かったかもしれません。 妻のお父さんが話しました。こちらもビサヤ語です。いまだに何を話したのかわかりません。 次に私の後見人の一人が話しました。英語でしゃべってくれました。「期待しているからがんばってくれ」というようなことです。 妻の後見人の一人が話しました。ユーモアたっぷりに、妻のお母さんのようにたくさん赤ちゃんをつくりなさい。 どちらの後見人も妻の小学校の先生だった人で、妻のことを良く知っています。遠い親戚でもあります。 司会者が英語でいろいろ話しました。 日本人は私が子どものとき戦争時代にあったことがあると。日本人の兵隊は悪いとされているが、私の会った憲兵隊の日本人将校はかっこよくていい人だった。そんな感じの青年であると、よく言ってくれました。 その後、ダンスになりました。 私と妻が社交ダンスを見せるのですが、2人とも踊れません。 でも音楽に合わせて適当に踊りました。踊りますと、みんなが服にお金をクリップなどで止めてくれます。 (私たちはダンスが下手だったのかもしれませんがほとんどありませんでした。妻の弟の結婚式では、服がお金だらけになりました。ダンスのときにお金をクリップで留めるというのは、お祝い金の習慣のようです。) ダンスの後、各テーブルを妻と周り、(キャンドルサービスではなく、)グラスにビールを注ぎながら挨拶をします。「来てくれてありがとう。」 その後、ケーキのところへ行って、私がケーキを少し切って妻の口に運びます。妻も私に対して同じことをします。いただいたプレゼントを開けてみて、お礼を述べます。 余興に、子どもたちを集めクス玉ようなものを割らせます。クス玉が割れると、1ペソの硬貨がたくさん落ちてきて、子どもがそれを集めます。 そして、未婚女性を集めます。 未婚女性を列に並ばせたところで、妻が後ろを向いて、ブーケを投げます。 偶然、私の妹が取りました。妹はこのときまだ出合っていない男性と、約2年後に結婚しました。 未婚男性はこのときは集めませんでしたが、妻の弟の結婚式では花嫁の履いているストッキングを投げたようです。 司会者のいうとおり進めていって、何がなんだかわからないうちに終わってしまいました。 でも食事はほとんど食べていませんね。 披露宴がおわったのは2時半ぐらいになっていました。 みなさんに感謝とお別れを言って、見送りました。 それから、実はハネムーンです。本当に妻が喜んだハネムーンは、それから6年後のイタリア旅行ですが、簡単な新婚旅行をしました。 私の両親と妹を連れて行かなくてはなりませんし、妻は海外へいけません。そしてお金もありません。 その結果選んだのは、ボホールのチョコレートヒルズです。 いい写真がありますから、紹介します。 http://4travel.jp/traveler/carmen/album/1xxx-xxx-xxxxx/ ジープニーを1台チャーターしたまま、家族全員で行きました。 2時間ぐらいの距離です。 みんなボホール生まれなのに、チョコレートヒルへ行ったことがない人がいます。 私はこれで3度目かな。妻と1月に行き、今回のハネムーンのホテルの予約をするために、事前に来ていました。チョコレートヒルは、高さ数十メートルの、お椀にご飯を持ったものをひっくり返したような小さな山が、数十個?100個以上?ある奇妙な景観です。 地学上も、特殊な存在らしいです。 チョコレートと名づけられているのは、秋になると木の葉が枯れて、茶色に変わるから、そのような名前がついているそうです。たぶん桂林と同じように、石灰岩が溶けているから、変わった形になったんだと思います。 そのチョコレートヒルまでやってきて、私と妻、そして私の両親と妹はホテルにチェックインしました。 他の親族は日帰りで返ります。チョコレートヒルの頂上に登ったころには夕方4時頃です。初めてきた人も多くて、みんな感動していました。日本とは違って遠足で来ることもないし、旅行もしないんだなとびっくりしました。 夕方5時頃、他の人たちはジープニーに乗って帰りました。 まだ明るいですが、帰途に着くころには日が沈んでいるでしょう。日本と違って、夜の灯りは乏しいので、真っ暗になっていると思います。 一方、チョコレートヒルにあるホテルは、すごかったです。 まず水が出ません。ポンプでくみ上げた水を、ホテルの各部屋の大きなカメに貯めてありました。 身体をふくのとトイレの分では十分でしょう。もちろんお湯なんてものは、ありません。 レストランの客は私たちだけでした。そういえばホテルも他にお客さんはいなかったな。 従業員は2人ぐらいだけ。メニューを持ってきてくれましたが、チョップスエィ(野菜炒め)とアドボ(お肉)とご飯だけです。食べれるもの何でもいいやという感じで、食べました。 そして電気も停電だそうです。 ろうそくを灯して食べました。 部屋に1つずつのろうそくを渡されました。部屋も真っ黒。 今日はくたくたで、すぐに寝てしまいました。 翌朝、6時頃目が覚めてベランダに出てみると、感動です。 ジャングルにいるみたい。チョコレートヒルの少し高めのホテルから見る、景色は格別でした。 チキンの泣き声が遠くから聞こえ、鳥のさえずりが聞こえます。 少し霧が森にかかっており、その森の上からみる景色です。 チョコレートヒルの山が、ポコ、ポコっと並んでいます。 もう一度チョコレートヒルの山の上に登ってみると、同じようにすがすがしい景色でした。 でも日が昇って、暑くなってきたので、山を降りました。 ホテルで朝食を軽くとって、山を降りました。 幹線道路のところまで数百メートルを歩いていって、そこで30分くらいバスを待ちました。 バスに乗って、妻の実家へ向かいます。 今はもうちょっと近代的なホテルになっていると思いますが、バンガローみたいなホテルでした。
2006.04.05
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結婚式の前夜は寝るのは遅かった。しかし朝6時に起きた。 結婚式は11時なのにいろいろやることがある。 軽くホテルのレストランで朝食を済ませると、7時から準備だ。 おかまの美容師2人がホテルにやってきた。 どちらかというとおじさんタイプなので、ちょっと気持ち悪い気がするが、腕はいいようだ。 妻のヘアセットとメーキャップを始める。丁寧に丁寧に1時間ぐらいかかった。 メーキャップが終わると、まったく別人のように見える。肌の色が白くなって、丸顔が細長くなり、清楚な感じがする。そしてウェディングドレスを着る。 私は髪を上げて、フィリピンのバロンタガログという半透明のシャツを着て、下は黒いズボンだ。靴は革靴。とてもシンプル。バロン・タガログを訳せば、「フィリピン男爵」か!?暑いフィリピンで着る正装を考えたのかもしれない。 妻の親族もホテルにやってきた。チャーターしてジープニー1台にみんな乗ってきた。 既に衣装も着ている。フラワーガールやリングベアラーが、5歳の姪がやっていてとてもかわいい。お見せしたいがスキャナーがないので、ここに載せることはできない、残念。 彼女たちも、おかまの美容師にメイクをしてもらう。 そうこうしているうちに、9時になってしまった。 あと2時間。 ここから私と妻は先に教会へ行くことになった。 やはりチャーターしておいた、マツダのカペラのような車がきていた。車のことは良く知らないが15年くらい経っている中古車。妻と2人で乗ろうとすると、司会者の方に止められた。ここにも司会者が様子を見に来ていた。 まず私が1人で教会へ行くらしい。 誰が私の両親を空港へ迎えにいくの?とみんなに聞いてみると、妻の一番上のお兄さん(ロミオ)が迎えに行くという。 私は前日に画用紙に書いておいた案内板を、お兄さんに渡して託した。 そして、結婚式のビデオは2番目のお兄さん(バレンティン)にお願いして、カメラは2番目のお兄さんの妻(ヘレン)に託した。前々日に既に彼らにお願いしていて、練習も簡単に行った。私が撮影するわけにはいかないので、あとは任せるしかない。 車に一人で乗って教会へ行く。 一度車は戻って、ウェディングドレスを着た妻が車に乗ってきた。 そして、ジープニーで妻の親族がやってきた。 妻のお姉さん(アデレイダ)が気を利かして、カペラに乗って空港へ行った。私の家族を迎えにいってくれるらしい。 私と妻は、司会者と話す。 結婚前に懺悔をしなさいということだ。神父さんがやってきて、私はカトリック教徒ではないので必要はないといった。私は懺悔のしかたを知らないのでほっとした。妻はウェディングドレスを着たまま、奥の懺悔室へ入っていった。 その後、カペラが戻ってきた。私の両親と妹が、アデレイダとともに車から降りてきた。 1ヶ月ぶりの両親だ。きちんと予約をしておいたが、ちゃんと無事にここまで来れたのはうれしい。 とはいえ、ゆっくり談笑している時間はない。結婚式まで40分ぐらいだ。両親に昨日のリハーサルのことを話した。最初にバージンロードを歩いた後は、司会者の合図で立ったり座ったりすればいいよ。 妻が懺悔室から戻ってきて、両親に妻を紹介した。 両親と妻は、今日始めて会う。 妻はまったく日本語がわからないので、簡単な日本語を昨日教えておいた。 妻は「おとさん、おかさん、はずめましゅて」と少しなまっていた。 そして、11時になった。 楽団が演奏をし始める。司会者のアドバイスで、わたしと両親がバージンロードを歩き始める。 3人が横に並ぶ。私が真ん中で左手に父、右手に母。 司会者から、ゆっくり歩くように言われた。3人で横一列に歩くのは結構難しい。 教会の前列まで来ると、私は真ん中に残り、両親は向かって右側の両親の席で立って待つ。 その後、5mぐらいの間隔をあけて、ベストマン、メイド・オブ・オーナー、グルームズ・メン、ブライズメイド、リング・ベアラー、フラワーガールが順番に一人ずつ歩いてくる。 ベストマンは新郎の親友が行うそうだが、私の場合は妻の弟になった。 グルームズ・マンもその下の弟。 メイド・オブ・オーナー、ブライズメイドは、妻の妹。 リング・ベアラー、フラワーガールは、小さな女の子だが、妻の姪である そして最後に、妻がやはり左手に妻のお父さん、右手に妻のお母さんを添えて、歩いてきた。 音楽の最初は、古いラブソングだった。 でも日本の「ここに幸あり」という古い歌を日本語で聴いたのはびっくりした。 「あらぁ~しぃ~も~ ふけ~ば~ あめぇ~も~ ふるぅ~ ・・・・・・・・・・・・ ここに~~ さちぃ~あ~り~ しろ~い~ くぅ~もぉ~~」 なんでこの歌を知っているの? そして結婚式が始まると思いきや。私と妻は前列の真ん中でしゃがんだまま、ミサが始まった。 ミサは毎週行われるミサと同じ。実はフィリピンでは、何か行事があるたびにミサを行う。 結婚式は、宗教的行事なのでミサと一体化している。ミサの中に結婚式があるという感じすらある。 神父が一番前に立ち、なにやら話している。たぶん説教だ。 その後、信徒代表の人が演台で入れ替わり立ち代りに聖書の一節を順番に読む。 その間、私たちは前列真ん中でしゃがんだまま待つ。 楽団が演奏をする。 後で知ったのだが、カトリックのミサで日本とフィリピンの決定的に違う点がある。 フィリピンのミサでは、歌が多い。5曲ぐらいギターなどで演奏することが多い。 そしてとても明るく楽しく歌う。日本はなんとなくお通夜のような湿った、そして厳かな感じがする。 そして、神父の宣言とともに結婚式が始まった。 アメリカ映画で見る結婚式は、なんてシンプルだろう。それに比べれば複雑すぎる まず私と妻がしゃがんでいるところで、まず薄い絹のようなものを2人の頭にかけられた。 そして、神父はなにやら唱えていた。 次に、聖杯にワインを入れて、そこに聖餅(薄いウェハースのようなもの)をつけた。 聖餅を取り出し、神父が聖杯を口にする。 神父は近づいてきて、妻に聖杯を飲むように薦めた。妻は少し口にした。 次に私の番かなと思ったら、こなかった。カトリック信者でないとダメらしい。ミサに参加した折には、聖餅を口にしているのだけれど。 次に、ベストマンとメイド・オブ・オーナーがロープを持ってきて、私たちの首の周りをロープでゆるくかけた。私と妻がロープでつながっている。 これから2人はつながるという意味であるそうだ。 それからベストマンとメイド・オブ・オーナーが演台に立って、宣言をする。 たぶん、「2人はみんなに認められて結婚することになった。祝福したい。」と言っているのだろう。神父の言葉はすべて英語で薦められるが、ベストマンとメイド・オブ・オーナーはビサヤ方言。さっぱりわからない。 また夫と妻の後見人代表が一人ずつ、演台に立って宣言をする。 その後、神父が何か話す。 そしてロープは外された。 再び神父が私たちに近づいてきた。 私たち2人に立てという。 そして、ベストマンとメイド・オブ・オーナー、それぞれの両親、そして後見人が集められた。 結婚の宣誓である。 ここからはリハーサルの場面だ。 神父が本を取り出し、宣言をする。とても長く感じる。聖書の一説なのかな。 3分くらい続いたであろうか。どこで私がセリフを言えばいいのだろうか? 神父が読み終わったようで、私たちにちらりと本を見せた。 神父がなにやら言うと、本の中のセリフの場所を指で示した。 緊張していてわからなかったが、「汝、ここにいる女メルシィを妻にしますか?」というようなことだと思う。"Wife"という言葉と妻のフルネームを聞き取れたので。 "Yes, Father" その後は、妻が"Yes, Father" そこからは少しリラックスできて、おおよそ聞き取れたと思う。 「結婚後も、カトリックの教義を守り、辛いときも幸あるときもいづれのときも2人で歩んでいきますか?」というようなことを確認させられた。 "Yes, Father" そして、指輪の交換。 結婚指輪は今でもつけているが、とてもやすいもの。2人で3000円!(700ペソ)ぐらいの14Kのものだと思う。 その後、プラチナの結婚指輪を名前入りで作ったが、喧嘩した折、捨ててしまった。 この後、結婚証明書に神父、私と妻、そして6人の後見人がサインをする。 幅はA4だけど、長さは1.5倍。 話は少し変わるが、日本での結婚申請や妻のビザなどで、この結婚証明書が複数必要だということを予め知っていた。そのためこの結婚証明書が複数欲しいと神父さんに言っていた。 すると、カーボン紙を挟んで4枚ぐらい束ねた上に、みんなのサインをしてもらったが、3枚目、4枚目はサインが見えない。結局3枚目、4枚目は使えなかった。 さらにいえば、みんながサインをした結婚証明書のオリジナルは1枚なので、各役所に申請するときの証明書はこのゼロックスコピーで済むことがわかった。 妻はこの結婚証明書を、今も大事に保管している。 それぞれの両親が席に戻ったところで、私は妻の両親に祝福。 妻のお父さんの手をとって、私のおでこにつける。そして軽く手にキスをする。 妻のお母さんにも同様なことをする。 妻も私の両親に同じことをする。 そして、神父が「2人の結婚は成立した」と宣言した。 その後は、ミサに戻る。 神父が聖書を取り上げて、なにやら言って、先ほどの聖餅を渡すべくたった。 すると、結婚式に参加した人たちが、神父の前に出て、一人ずつ聖餅を受け取る。 直接、口に入れてもらう人もいれば、手渡しでもらいその後口にするものがいる。 そして終了。 書き添えなかったが、結婚式では司会の進行役の人が、近づいてきていろいろと教えてもらった。 前に出なさい、立ちなさい、座りなさいとか、それぞれの家族にも同じようなことを指導する。 進行役の人がいないと、なりたたないだろうな。 また楽団も生演奏と歌で盛り上げてくれた。 式が終わると、みんなで写真撮影。 カメラマンは頼んでいなかったので、私のバカチョンカメラで撮影。 2人の撮影や、家族を交えての撮影など、これだけでフィルム1本使った。 式が終わったのは12時半頃。1時間半もかかった。 これから披露宴。みーんなお腹がすいた。 教会からは歩いて10分の距離だけど、私と妻は車で移動。 他の人たちも乗れる人はジープニーに乗った。 結婚式のスケジュールは、順番がまちがっているかもしれません。後日、結婚式のビデオをみて直したいと思います。 (披露宴、ハネムーンに続く)
2006.04.04
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今日の午後に、新しい事務所へ引越しをしました。私よりも元気そうなもうすぐ69歳になる父に手伝ってもらいました。母にトヨタのRAUMを借りて、自宅から25年間使っていた事務机と「社長」イスを運び、あとはコンピューター関係の雑誌や書籍を箱につめました。他の事務所は新しい机やマットを入れているところもありますが、私のところは何か大学に入学した新入生みたいです。Kさんからは中古の冷蔵庫をいただきまして、Tさんからはガジュマルの鉢植えをお祝いにいただきました。たいへんありがとうございました。これから新しい局面にいくというすがすがしい気持ちもありますが、家の中から私の荷物がなくなり、うれしいような悲しいような気持ちです。
2006.04.03
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1994年3月26日は、私は29歳になりました。この日、両親と妹が名古屋空港からセブへ飛びました。大韓航空の特別機を利用して、何かのツアーだったと思います。1月と少し前に旅行会社とかけあい、セブからタグビラランへの往復の飛行機の予約をしました。ホテルはツアーに含まれますが、セブ島の観光などは全部キャンセルです。1人7万円強だったと思います。私と妻は、その日は結婚式直前の準備をした。結婚式の衣装を取りに行く。そして、美容院に持っていく。言うのを忘れたけれど、美容師に結婚前の化粧と衣装の支度をお願いします。日本と同じですね。私たち以外の衣装を、妻の妹に渡しにいく。妻の妹は、妻のお父さんの会社で働いている。会社と言っても、雨がしのげるぐらいの掘っ立て小屋のペンキ屋にいる。午後は、教会で結婚式のリハーサル。神父さんとは何も話さず、司会者と話した。明日11時から結婚式が始まるが、最初に誰がどの席に着くかということを確認する。A4より少し大きな紙に、席の場所にだれが座るか?正面向かって、左側が新婦側の席。右側が新郎側の席。まず両親が特別席に座る。その後ろに、それぞれの後見人3人。次に、家族。親戚。という順番に座っていく。結婚式の進行も話してくれた。そして結婚式の先制で何をいうかということも。原稿を見せてくれた。神父がいろいろしゃべったあとに、"Yes, Father.""Yes, Father.""Yes, we do.""I promise."というだけのようだ。ただ、どのタイミングでいうか、ちゃんと神父のいうことを聞いていないと、セリフがずれてしまう。結婚式のリハーサルのあと、妻の親戚の家に挨拶に行って、その後夕食をとった。ガーデンカフェというボホールでは、チキンがおいしいという有名なところである。2人でチキン半分を分け合った。おいしい。チキンの肉それ自身に味がある。フィリピンでおいしいものは、まずこのチキンだと思う。日本のブロイラーとまったく違う。夕食の後に、妻と"Heaven and Earth"という映画を映画館でみた。ベトナム戦争時の話である。ベトコンゲリラから落ちていって娼婦になってしまう。その後、アメリカ軍の少佐と恋に落ち、渡米して結婚生活を続けるが、夫が戦争後遺症に悩まされ、離婚。結局、ベトナムへ帰った。(実話だそうである)http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD10251/index.html?flash=1映画を見た後、妻は「私もこんなことになるのが心配」だと語った。結婚前夜なので、市内のホテルに泊まる。結婚披露宴をするレストランが、新婚用に無料で一泊泊めてくれるのでそれを利用した。明日は結婚式。
2006.04.02
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今日はエイプリルフールですが、これはうそではありませんよ~。翌日の4/2に書いている(泣)。結婚式を書こうと思ったんだけれど、それよりも大切なビザのことがある。結婚式の滞在期間は6週間である。なんでこんなに長いのかは前述したけれど、フィリピンの結婚制度をフィリピン人のように当てはめたら、1ヶ月かかった。妻の親族には外国人と結婚したケースはなかったので誰も外国人と結婚する事情を良く知らない。同じ部落にもいなかった。こういうことは結構まれなんだけれどね。だから妻と結婚する前には、妻のお母さんが娘に対して「日本大使館へいってらっしゃい。夫がやくざかどうか尋ねてきなさい。」という。フィリピン人は日本人に対してまず、「やくざか?」と思うようだ。フィリピン人は、日本へ行くとやくざにだまされてひどい目にあうと思っているようだ。観光ビザ日本人はフィリピンへ行くときは、ビザがいる。ただ観光でいくならば、3週間はビザはいらない。今回の渡航はあわただしかったので、東京や大阪にあるフィリピン大使館でビザをとらずにフィリピンへ行って、滞在中にビザを延長することにした。フィリピン国内でビザを延長できたのは、マニラとセブとダバオの3都市だけだった。(いまはもっと増えたかもしれない。)結婚の準備を2週間ほどかかったあとは、2人でセブへ行った。婚前旅行だが、まあ許されるだろう。スーパーキャットという名前の高速船で、タグビラランからセブまで1時間半ぐらいでいける。この船ができる前は、6時間ぐらいかかった。その時間を節約するため、セブからボホールで一番セブに近い街トゥビゴン(Tubigon)まで船で2時間半くらいで行き、そこからバスで1時間ぐらいというルートが多かったが、この高速船ができてからは廃れてしまっただろうな。実は、セブからタグビラランまで飛行機で30分、実質プロペラ飛行機に乗っているのは15分というのもありました。1500円也。↓良い地図と案内があったので、紹介しておきます。http://cozumelun.fc2web.com/02bohol.htmlセブはビザを取るためなので、2泊の予定です。ボホールに比べたらセブは都会です。妻にとっては同じ言葉を話すところで、気楽です。セブとボホールは同じビサヤ方言を話します。他にミンダナオ島の北部とレイテ島の一部でしょうか?他では方言が違って通じません。共通の単語もありますが、まず通じないみたいです。フィリピンでは部族によって言葉が異なるため、おそらく日本よりも言語の種類は多いようです。数字だって、ビサヤ方言はスペイン語を借用していますが、タガログ語は独自のものですから。セブのイミグレーションを探していきました。中央政府の建物の一室がイミグレーションで、おじさんが2人いました。ビザの申請とは別に、興味本位で「どこで会ったの?」「日本ではどんな仕事?」「へー結婚するんだ、結婚式へ招待してくれるか?」と冗談とも本気ともとれるようなことを言います。答えに窮していると、「はいビザ」700ペソ。当時のレートでたしか3000円弱だったと思います。ビザは最初に21日に、38日分追加して、59日までの観光ビザとなりました。その後、妻はサントニーニョを見たいというので、サントニーニョ教会へ行きました。フィリピンのビサヤ地方だけだそうですが、イエスの幼児とされる「子どものイエス」の偶像崇拝しています。各家庭にはこのセントニーニョ(スペイン語で「神聖な男の子」という意味だそうです。エルニーニニョと同じ語源ですね)の像が、大切に祭られています。妻もこの教会へ行ってお祈りをしました。2mぐらいある「セントニーニョ像」が祭られていました。そこでろうそくを買って灯し、セントニーニョの足を手でなで、そっとキスをします。http://www.cebuguide.net/guide_citytour.htmその後、サンペドロ要塞やマゼランクロスを見ましたが、似たようなヨーロッパのものに比べると見劣りします。とはいえ、歴史を感じることはできました。婚姻ビザいまの結婚のビザと手続きが少し異なると思います。1994年当時は、まずフィリピンで結婚します。結婚の証明書のコピーを持って、パスポートを取得します。その後、やはりこの結婚の証明書のコピーを持っていって、日本大使館へビザを申請します。当時は、「親族への訪問ビザ」です。私と妻はこのとき結婚しているので、日本に住んでいる夫に会うためにこのビザを取得します。その後、日本に来てから、婚姻ビザに切り替えるのです。私は日本に来ることができるかどうか心配でした。当時、コンサルティング会社を休職中で、大学院へ進学予定という身分です。収入は0で貯金で生活をしています。この身分で大丈夫かどうか?コンサルティング会社は大手でしたので信用してもらったようです。もう一つ、たくさんの人から「ビザがもらえない」という話を聞いていました。大使館で申請のため並んでいると、最初はなにかにつけ外で炎天下を2時間くらい並ばされていました。国際結婚というのはこんな試練があるのかとびっくりしました。長く並んでいると自然と前後の人と話をすることになります。前にいる人は、「夫は日本にいるんだけれど、もう1年もビザがおりていない。そのため、何度も並んでまっている。」そして、並んでいる列では結婚相談の案内のちらしを配っていた。結婚式の日、数日前に妻の家から歩いて数分のビーチへ行ったところ、偶然に日本人とフィリピン人女性のカップルがいた。挨拶をして話してみた。奥さんは日本語がかなりしゃべれる。「もうすぐ結婚するんです~。」「おめでとう、私たちは去年結婚したの。長崎から遊びに来たんですよ。あなたは?」「名古屋です」「結婚は大変でしたよ。なかなか私のビザが降りなくて。半年以上待ったかな…」「それで、地元の国会議員の先生のところに菓子折りをもっていきました。そして、しばらくして電話があって、いまビザの申請をしなさいって、するとすぐにビザが下りたの。」「むむっ、そんなに大変なの」そこで、妻が日本に来れるのは3ヶ月くらい後になるかなと思いました。最悪のケースとして妻が日本にこれない場合は、マニラへ私がいって一緒に住むことも考えました。フィリピンに関してのメーリングリスト(Phil-list-j@cup.com)で、マニラでSEを探していると話があったので問い合わせをしたことがあります。月給10万円ぐらいで、現地の給与としては良いそうです。結局、ビザを申請したら、3日で降りました。拍子抜け~。妻はその後、昨年大学を卒業したときの教員免許試験に落ちてしまったので、再受験することになりました。本当は予備校みたいなのがあるそうなのですが、お金のことは私に黙っていて、宅浪で受験したのですが、落ちました。フィリピンで教員資格を取るのは難しいみたい。1割2割の確率だそうです。日本は資格を取ること自体は大学の単位をとればよくて、採用試験が大変なのですがね。日本に来てからいろいろ知ったのですが、日本でタレントとして仕事をしていた人は厳しいそうです。そして、日本に来るときにニセモノのパスポートを使っていたり、オーバーステイをしていると、フィリピンへ帰ってから1年は据え置かれるということだそうです。おかげさまで、妻は3ヵ月後に6/29の梅雨時に来日しました。そして、ビザの更新を1年、そして1年、3年とやって、いまは永住許可がおりています。日本国籍を取得しないの?と聞かれますが、万一のフィリピンに足跡を残す保険のようなもので、フィリピン国籍のままです。ヨーロッパやアメリカへ旅行するときは、女房にはビザが必要で少し面倒なんですけれどね。妻とフィリピンへ帰るときは、妻は日本国外へ出て再入国するための、再入国ビザを取得しなくてはなりません。1次が3000円、3年間有効で何度も出入国できる数次が6000円です。面倒で少し高いです。私と子どもたちは、妻と一緒にフィリピンへ入国すると、バリクバヤンというスタンプを押してもらい、1年間フィリピンへ滞在することができます。だけど結婚して以来、フィリピンへ行くときはいつも2週間なんです。もうフィリピンは慣れてしまって、私も子どもたちも飽きてしまったんです。
2006.04.01
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